悪魔の笑み
「ありがとう鏡花ちゃん・・・助かったよ・・・」
「もう、あぁ言うのは適当にあしらえばいいのよ」
裏に戻ってくる鏡花と明利を視界の隅にとらえながら、ようやく注文が途切れたことで休みに入った静希が大きくため息をついた
「お疲れさん、セクハラでもされたか?」
私じゃなくて明利がねと言って鏡花は近くの水を一気飲みする
移動し続けしゃべり続ける仕事のせいで喉が渇くのか、二杯目に突入しようとしていた
「明利がセクハラか・・・相手はきっとロリコンだな」
「あんたがそれを言う?相手は四十くらいのおっさんだったわよ、いかにもエロそうなハゲだったわ」
明利と付き合っている静希からすれば、相手のことをロリコンという資格があるかどうかは疑問であるが、さすがに明利がセクハラされたと聞いてあまりいい気はしないようで明利の頭をしきりに撫でながら自分の近くに置いていた
「ていうか、家族連れもいるんだからあぁ言うのは本気で勘弁してほしいわ、ほかにも何人かやられてるのよね・・・」
「ふむ・・・それはちょっと問題だな・・・」
どうやら一緒に働いている生徒にも何人か被害を受けているのがいるようだ
店を監督している店員からしてもいつでもあるようなことではあるものの、頭痛の種になっているようだった
「名札に危険度でも書いておけばどうだ?当店きっての危険人物ですみたいな感じで」
「おぉ、そりゃいい案だな」
「・・・何で私を見ながらその案が出てくるのかちょっと話し合いましょうか?」
陽太から出た案に、とりあえず右ストレートを腹部に叩き込んでから軽く説教をした後、また忙しくなり始めたために接客へと戻っていく
何時働くのか、いつ忙しくなるのかというのがまったくわからないというのが接客業の辛いところである
飲食店ともなれば多種多様な人々がやってくる
家族連れや、友人のグループでやってくる人、個人で来ている人や、暇つぶしにただ寄っただけの人
それだけ多くの人が来れば、必ず問題というのは起きるものである
静希の聞いた話では、何人か生徒に取り押さえられた客が出たそうだ
能力の使用は許可されていないが、客を拘束してはいけないという命令は受けていない
日々実戦向けの鍛錬を重ねている学生にとって、部活などでちょっとスポーツの武道をかじっている程度の人間は相手にすらならないのだ
だが暗黙の了解のようなものもあって、三回ほど忠告を出すように言われている
そして再三の忠告を無視した客は取り押さえられて警備の人間に引き渡される
一度忠告を受けてやめる客はただふざけていたり、祭りの空気に飲まれているだけのいたって普通の人物だ
だが三回もの忠告を無視する客は悪質、はっきり言ってしまえば性根が腐っているタイプの人間である
暴論や自分ルールなる訳の分からない理屈を述べて周囲に迷惑をかける客
そういった客は生徒によって拘束され、拿捕される
自分より若く、背の低い子供だと思って気を抜いた瞬間に関節を決められ、固い地面に押し付けられるのだ
自業自得と言えばそこまで、静希達はあくまでこの祭りの手伝いをしているだけであって、店の人間ではない
面倒な客の常套文句である『店にクレーム入れるからな』などと言う言葉も、生徒からすれば『あぁそうですかご自由にどうぞ』というように軽く流せるのだ
今手伝っているというだけで、自分たちにはほとんどかかわりのない店なのだ、そういった強く出れる部分がこの祭りの特色ともいえるだろう
そうこうしていると、店に何人かの客が再びやってくる
静希達が働いてから随分と時間が経っており、そろそろ交代かなという十五時過ぎ
これからちょっとしたおやつタイムとでもいえばいいのか、子供が大量にやってくるだろうと店の人間は睨んでいるようだった
そして驚いたのが客の中に仮装している人間が数人見かけられるのだ
「なんか・・・異様な光景だな・・・」
「あれって流行ってんのか?ファンタジーな世界観になってるぞ」
裏方から表を眺める静希と陽太、店の中に何人かいる仮装している人のせいでこの店の中の景観が妙なことになっているのだ
衣服や外見が違うというだけでここまで印象を変えるというのがまた恐ろしい
彼らがしている悪魔のような格好と獣人のような仮装に周りの人々も時折カメラなどで撮影を始めている
時間経過とともに徐々にではあるが、あの仮装をやっている能力体験コーナーが流行りだしているのかもしれない
「すごいわねあれ、誰がやってるのかしら?」
「一年生じゃないと思う・・・たぶん二年か三年じゃないかな・・・」
接客から裏へと戻ってきた二人もあの仮装に驚いているようで、目を丸くしていた
なにせ肌や髪の色、骨格までも作り出しているのだ、持続時間も長いところを見るとかなり優秀な能力者が作っているのだろうことがうかがえる
そろそろ静希達の働く時間が終わりを迎えようとしている時、店の人からもう少し手伝ってほしいという申し出を受けながら、静希は気づくことができなかった
トランプの中にいるメフィがにやりと笑っていることを
「とりあえずどうする?このまま手伝うか、それともさっさと遊びに行くか」
一度裏方からでて、店の近くで今後どうするかを話し合うことにした静希達
頼まれたものの、強制ではないために従う義務はないが、今まで手伝っているためにないがしろにするというのも気が引ける
「私はどっちでもいいけど、このまま手伝うと終わりまでやらされそうよね・・・」
「確かになー、だったら遊びに行ったほうがよくね?」
「でもこれから忙しくなりそうだし、放っておくっていうのも・・・」
「かといって、ずっと手伝うかっていうと、それは嫌だもんなぁ・・・」
どうしようものかと四人で悩んでいると、また仮装した集団が廊下を通過する
さすがにあれだけの数だと一体何をやっているのかすら不明だ、むしろあれがこの祭りのメインじゃないかと思えるほどに
『・・・!?・・・マスター!』
突如オルビアが叫んだことで一瞬静希が身を強張らせる
何事だろうかと周囲を見渡しても、これと言って気になるようなものはない
「どうしたの?」
「いや、オルビアがいきなり叫んで・・・どうしたんだ?」
オルビアに意識を集中していると、今度は陽太があるものを見つけた
「お、あれメフィみたいじゃね?そっくりだ」
「どれ?あ、ほんとだ、そっくりね」
二人の言葉に静希はオルビアに意識を向けながらも、先程通り過ぎた仮装集団を見つめる
最後尾、何人か混ざっていた仮装集団の中にそれはいた
高い露出に、褐色の肌、銀の髪に歪んだ角
普段見慣れていない鏡花たちは気づけなかったが、毎日その姿を見ている静希は気づいた
『申し訳ありません、もう少し早く気付けていれば・・・』
「あ・・・あぁ・・・」
あまりの出来事に静希が言葉を失っていると、その悪魔の姿をした人物が振り返る
それは見間違いでもそっくりなどというものでもない
にっこり笑ってこちらに手を振る彼女は間違いなく、静希の契約している悪魔メフィストフェレスだった
「ねぇ・・・あれって・・・」
「・・・そっくりっていうか・・・なんて言うか・・・」
「・・・メフィさん?」
普段一緒に居ない三人でさえ、その表情やしぐさ、そして外見からそれがメフィであるということに気づいてしまっている
そんな状況で静希が何もしないわけがない
トランプを取り出しメフィの元へと飛翔させながら全力疾走するがメフィは笑いながら近くの人を次々とすり抜けるように移動し続け近くにいた一般客を静希の方に軽く押して追跡を止めようとしてくる
予想よりも強く投げられたことで、客と正面衝突しながら倒れこんでしまうとその先にはすでにメフィの姿はいなかった
恐らく静希のトランプの射程外に移動し続けているのだろう
「やられた・・・!あの野郎!」
「ちょっと大丈夫!?平気ですか?」
静希と突然投げられた不運な一般客を助け起こしながら鏡花は状況を把握しようと頭を回転させていた
「おいおい、まさか脱走か!?」
「え・・・えっと・・・お、追わなきゃ!?」
陽太ですら気づくような事態に明利は半ば混乱しているようであたふたしながらどうしたものかと右往左往してしまっている
「やばいやばいやばいやばい・・・!もしメフィの奴が面倒起こしたら・・・!」
静希のその想像とほぼ似たり寄ったりの内容を鏡花たちは浮かべていた
最悪この校舎が無くなる
悪魔を解き放ってしまったというか脱走してしまった以上すぐさま連れ戻さなくては一体何が起こるのかわかったものではない
「と、とにかく俺はメフィを探す!お前らは関係ないふりしていたいなら店の手伝いでもしてろ!」
「そ、それでいいならいいけどさ、手伝わなくていいわけ?」
むしろ何人かで散らばって探した方が効率は良いのではないかと思えるのだが、静希の頭の中では全く別のことが考えられていたようだった
「俺はこれから探しに行くけど『今日はお前たちと店の手伝いを終わるまでやってた』っていう事にしてほしい、いうなればアリバイだ、もしあいつを出したなんてことが知れたら・・・」
もし城島にそんなことが知られたら大問題だ、今までのそれとは比較にならないほど強大で極悪な説教が待っていると思っていいだろう
説教を回避するためにも、誰かしら店に残るなりどこかに行くなりしてアリバイを作ってもらったほうが良いと判断したのだ
「じゃあさ、せっかくだからオルビアに手伝ってもらえねえか?あいつなら出しても問題ないだろ?」
「あ・・・あぁそうだな・・・んじゃちょい待ってろ」
近くのロッカーを開けてその中にトランプを入れ、扉を閉めたところでオルビアを取り出し体を顕現させる
再びロッカーを開けるとそこには普段着を纏ったオルビアの姿がある
「オルビア、話は聞いてたな?この場は頼むぞ、もし先生が来たら誤魔化しておいてくれ」
「承知しました、マスターもどうかお気をつけて」
オルビアと鏡花たちをその場に残し静希は全力疾走をはじめた
誤字報告が五件たまったので複数投稿
この流れそろそろ断ち切りたいですね
これからもお楽しみいただければ幸いです