人気芸能人の過酷な労働時間 元スターダスト取締役に聞く、芸能界の実態と未来
今月の自民党・高市早苗氏の「ワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てる」の発言のように、日本社会や芸能界における「多忙」は、美徳のように語られてきた。事務所・マネージャー・当人は「売れている証拠」「今が勝負どき」──しかし、その裏で積み重なる身体や心の疲弊や燃え尽き症候群は、令和時代において“タブー”では済まされなくなってきている。とくに近年では、SNS運用によるデジタル上でのブランディングが欠かせなくなった今、コンテンツの高速消費は、芸能人の労働環境に新たな圧力を生み出している。
先日も平山あやさんが「30時まで撮影した時代」がYahoo!ニュースのトップ記事になったり、これまでも、ローラさん、飯島直子さん、MEGUMIさんらがテレビやインタビューで「今だから話せる」という過去形で話すことはあっても、なかなか現在を語る人はいない。それを発してしまえば世論からバッシングが来るリスクが高いからだ。実際、最上もがさんは、週刊文春の取材でこう語っている。
アイドルになってから「自分は健康だな」と思えたことが一度もなくて。
仕事を始めた当初は、多忙で疲れてはいたものの、心は病んでいなかったんですが、2014年頃から壊れ始めて、そこから脱退するまでの3年間が私にとっては大変でした。脱退後はズタボロの自分だけが残って「うつ」になっていました。
出典:週刊文春(「“消えたい”という気持ちがなくならない」脱退後、うつを告白…最上もが(34)が明かす、アイドル時代の過酷すぎた裏側)
そんな今だからこそ、芸能界の実態や今後の芸能界の働き方とワーク・ライフ・バランスの未来について考えるべきタイミングが来ている。今回は山田孝之さんや山﨑賢人さん、本田翼さんらが所属する、スターダストプロモーションで主に女優・モデルの広告プロモートを担当し、同社グループ最年少となるグループ会社スターダストインタラクティブ取締役を務めた鹿野智裕さんに貴重な“芸能界のリアルな裏側”事情の話を聞いた。
鹿野智裕 プロフィール
2004年に株式会社スターダストプロモーションへ入社。広告部にて、女優やモデルを中心とした広告プロモーション業務に携わり、企業とタレントをつなぐ営業プロモーターとして活動。2008年にはグループ最年少でグループ会社である株式会社スターダストインタラクティブ取締役に就任。タレントやモデルを起用したモバイルスクール事業をはじめ、P2P技術を活用した定額映像配信事業、ファッションブランド・EC・WEB広告など、新規事業を次々と立ち上げる。2010年、グループ退社後にD&D JAPAN株式会社を設立。「Promotion Designing」を理念に、ファッション、エンターテインメント、IT、地域創生など多分野で企画・制作・プロデュースを手がける。タレントやモデルを起点としたマーケティングをいち早く体系化し、日本におけるインフルエンサーマーケティングの先駆けとして数多くのプロジェクトを成功に導く。 2022年、AI×エンターテインメントのスタートアップ「株式会社FEIDIAS」を設立。 次世代のエンターテイメントの新しいスタンダードの構築をビジョンに、エンターテインメント業界におけるコンテンツのAI化と新たな表現の創出に挑戦。 AIと人間の創造性が共鳴する次世代のクリエイティブプラットフォームを構築している。
錚々たる芸能人を担当してきたキャリアから見える業界構造
砂押:まずはじめに、これまでどういった方のマネージメントに携わってきましたか?
鹿野:スターダストプロモーション広告部時代には、梨花さんをはじめ、北川景子さん、椎名桔平さん、鈴木えみさん、藤井りなさんなど、俳優・モデル問わずファッション領域を中心に数多くの広告案件を担当しました。
砂押:具体的にはどのような業務・役割で取り組んでいたのでしょうか?
鹿野:私はすでに人気のある方々を担当することが多かったため、広告を通じてその方のブランドイメージをどう高めるか、どう世の中に見せるかという「見せ方の設計」に注力していました。
砂押:仕事を進めていく上で、メディアや広告主、代理店、制作・キャスティング会社側から事務所側や当人に「無理をさせる構造」があるんでしょうか?
鹿野:ありますね。どうしてもタレントが「商品」として扱われる業界なので、需要が高まった瞬間に一気に稼働させる構造になっています。短期的な売上や話題性を優先する結果、スケジュールが集中してしまい、十分な休息を取れずにメンタルや体調を崩してしまうケースも少なくありません。クリエイティブそのものよりも“誰を起用したか”が重視される風潮が強く、タレントの知名度に依存するマーケティング構造が、業界全体で過密スケジュールを生みやすくしていると思います。
砂押:それが「人気商売の宿命」と言ってしまったら終わりですが、本人から「休みたい」と言われたとき、心身の疲労がみえる時はマネージャーや事務所としてはどう対応するのでしょうか?
鹿野:一番過酷なのはブレイク直後の時期です。露出が一気に増える分、撮影や取材が連日続くこともあり、体力的にも精神的にもタレント本人の負担は非常に大きくなります。その中で私たちはブランドイメージにそぐわない案件や、タレントの方向性と合わない広告はチーム内で慎重に判断しお断りしたり、スケジュールや拘束時間を短縮するなど、タレントがベストパフォーマンスを発揮できる環境づくりを心がけていました。
砂押:タレントにケアする意識は鹿野さんの意識だけだったのでしょうか?
鹿野:スターダストグループはマネジメント体制がしっかりしており、タレントのメンタル面にもかなり気を配っていました。ただ、他の事務所の話を聞くと、タレントを“商品”としてしか見ないケースも少なくなく、業界全体ではまだ課題が多かった印象です。
生き残りがかかる芸能事務所の未来
砂押:芸能界は働き方に“改善”の兆しはありますか?
鹿野:徐々に改善の兆しが見え始めていると感じます。かつてはタレントもスタッフも長時間労働が常態化していましたが、最近は働き方改革の影響もあり、フレックス制を導入する事務所も増えています。以前に比べると、かなり働きやすい環境になってきたと感じます。
砂押:藤原紀香・篠田麻里さんが所属していたサムデイ、壇蜜さんが所属していた「フィット」など、コロナ禍が明け始めた辺りから芸能プロダクションの倒産も耳にするようになりました。今後、芸能界の労働環境はどうなっていくと思いますか?
鹿野:今後は営業力や企画力のある芸能プロダクションだけが残り、組織はよりスリムになっていくと思います。最終的には、海外のようにタレントが個人単位で契約するエージェント方式に移行していく流れが加速すると思っています。また技術的には一部の企業のみが実現できますが、AIの活用によってタレント自身が撮影に参加せずとも広告に出演できる時代にもなったため、タレント自身の活動選択肢も増えていくかと思っています。
まとめ
「忙しいこと」は、かつて美徳とされてきた。
けれど今は、その“代償”に目を向けることが、ようやく許されようとしている。
とはいえ、芸能事務所が芸能人をどこまでコントロールできるか——その構造が鍵を握る状況は、今も変わらない。
私自身、企画・制作会社としてファッションやビューティーブランドの広告で芸能事務所や芸能人と日々仕事をする中で、もっとも重要なのは「ギャラ」と「スケジュール」だと感じている。事務所側がタレントの稼働を抑えるためにギャラを上げたり、スケジュールを制限するようになると、私たちは広告主に事情を説明し、他の事務所や別のタレントに声をかけざるを得なくなる。その芸能人がどれだけの案件を抱えているかは、こちらからは見えない。だからこそ、現場でできる配慮には限界があり、どうしても属人的な対応になってしまう。
そうした背景を踏まえると、鹿野さんが語ったように——AIの活用や、エージェント方式の導入など、仕組みそのものを変えていく必要性があると感じる。
それでもやはり、忘れてはいけないのは、
芸能人は「商品」ではなく、「人」だということだ。