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ツイートまとめ テーマ:「サタンは真の神」と主張する自称グノーシス主義者は有神論的サタニスト。霊性進化論に拠るオウムと同系統のオカルト思想。両建の怪奇性を直視しない「にわか」な“猶太批判”を笑う。

〇フォロワーの方経由で自称グノーシス一味の首領格らしい「ミスターX666」氏がまたぞろ私を誹謗中傷しているらしいと知り、筆誅でもしてやろうと思ってログアウト(ミスターX666氏はブロック逃亡しているので一旦ログアウトしないとツイートを見られない)して見てみたら、、スゴイ事になっていた(笑)

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〇まさかここまでとは。。自称グノ一味はもはやオカルトマニアの同類しか騙せないであろう^^;筆誅をくらわせてやろうと思っていたが、筆誅する気が失せた。スクショを貼るだけで十分。一々ログアウトしてスクショして、またログインして貼り付けてコメントという面倒臭い事をせずに済んでよかった(笑)

〇ミスターX666氏はヒトラーを「人類から神になった」と書いているが、この発想の根にあるのが「霊性進化論」なる神智学の教義である。だから私が神智学を批判すると自称グノ一味が激怒していたのである。あのオウム真理教と同系統の思想である。この一事で自称グノ一味には近づかない方がよいと分かる。

〇666氏の言うヨガは西洋経由。アレイスター・クロウリーは西洋魔術にインドのヨガを取り入れた。グノ一味の「ヨガ」はこの系列。「クンダリーニ」云々とあるが、「尾てい骨あたりに潜在しているエネルギーが頭頂部にまで到達すると悟りを開き無限の能力を開花する」という風な神秘主義的な思想である。

〇666氏は「サタン」が「真の神」だとするサタニストである。「サタンが脳を作った」とも言う。「作った」と書く時点で、猶太基督教と同じく「創造説」を信じている事が分かる。謂わば「ヤハウェ」ではなく「サタン」を「創造主」の位置に据える一神教である。所謂「悪魔教」も西洋文明の産物である。

〇サタニズムはニューエイジの潮流の一角でもあった。アントン・ラヴェイの悪魔教会が代表的だが、ラヴェイは無神論的だった。「サタン」の実在を信じているらしい666氏の思想は、ラヴェイよりラヴェイの弟子で後に袂を分かち「セトの寺院」なる分派を作ったマイケル・アキノの思想に近いと分析する。

〇ラヴェイの悪魔教会から離れて「セトの寺院」なる団体を創設したマイケル・アキノは米国陸軍の情報部員で心理戦の専門家だったそうだ。謂わば洗脳やマインドコントロールのプロである。その人物が作ったのが「セトの寺院」なる有神論的サタニズム団体だった訳である。情報員は簡単にカルトを作れる。

〇オウムの背後にCIAがいたという説があるが、情報員であるマイケル・アキノが「セトの寺院」なるカルト団体を作った事を考えると十二分にあり得る事だろう。諜報機関はダミー団体としてカルト集団を使っていると見られる。オウムやセトの寺院と同系統の思想を喧伝するグループが信用出来る訳がない。

〇マイケル・アキノは平の軍人ではなく相当な高官である。しかも心理戦部門のトップとも言われる。サタニストが心理戦を仕切っていた訳である。自称グノ一味が言うようにサタニストが反権力なら軍の高官になれるはずがない。裏権力の有力な一角である事は明らか。猶太・基督教会とサタニストは両建同根。

〇サタニストには有神論的サタニストと無神論的サタニストがいる。アントン・ラヴェイは後者だが、マイケル・アキノは前者である。無神論的なラヴェイの思想に飽き足らなかったようである。666氏は「サタン」の実在を信じているようなの有神論的サタニストである。有神論的サタニズムは一神教の一種。

〇現代のサタニズムはニューエイジ運動の一部である。ニューエイジの源流は神智学である。自称グノ一味が神智学に執着するのはその為である。オウムも然り。この辺の潮流の根底にあるのが、神智学の思想である。ブラバッキーが英国系フリーメイソンに接触して作ったと言われる。つまりメーソン系の思想。

〇ミスターX666氏はフリーメイソンのベンジャミン・フランクリンを持ち上げている。フランクリンは米国人だが、仏蘭西系フリーメイソンの「9人姉妹ロッジ」のメンバーだったとされる。フランクリンは清教徒的な「勤勉」を説いているが、基督教批判しながらフランクリンを持ち上げるとは矛盾も甚だしい。

〇そもそも自称グノ一味の陰謀情報は某氏が流していた欧米の基督教右派系の情報に全面的に依存している。この時点で矛盾している。しかも情報源は猶太人女性だとか。「猶太が猶太を叩く」などの両建の奇奇怪怪さは戦前の陰謀研究でも既に指摘されていた事である。グノ一味の論は戦前の水準にも及ばない。

〇666氏はヒトラーを「反基督教の英雄」の如く扱っているが、実際にはヒトラーは終始基督教会とは妥協的だった。ルーデンドルフと決裂した原因はそれだと言われている。ルーデンドルフは猶太やフリーメイソン、基督教をも批判していた。故にヒトラーから排除されたのだと思われる。これが実態である。

〇ベンジャミン・フランクリンが「勤勉」や「倹約」を説いた教訓がマックス・ウェーバーの「プロ倫理と資本主義の精神」に引用されていたと記憶している。フランクリンの思想は近代資本主義に適合したプロテスタンティズムの思想の典型なのである。これを持ち上げる自称反基督教ってあ〇ま悪いひとかな。

〇自称グノ一味はヒトラーを「反キリスト教」とするが、ナチス政権下で「積極的キリスト教」という宗教が奨励された。「事実に即して判断する」と書いたが、こういう事である。自称グノはつまらない連中だが、「事実に即する」という事の実例を示すには丁度良いのでそれをやらせて頂いている次第である。

〇「筆誅する気が失せた」と書いたが、結果的に十分な「筆誅」になってしまった^^;私は仕掛けてきた工作員に対しては徹底的に分析してその思想工作を打ち砕こうとするので、かの一味がブロック逃亡したり予防ブロックしたりするのも分からぬでもない。直接バトルしないのは「賢い」選択と言えよう。

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〇オウムは神智学系のカルト教義と陰謀情報をセット売りしていた。陰謀追及界隈には陰謀情報をエサにしたカルトやオカルト集団が入り込んでいる事が多いと見ている。思想に関する分析力や情報の鑑識眼を鍛えておかないと陰謀情報に釣られて妙なカルトやオカルト集団に引っ張り込まれかねない。要注意。

〇カルトやオカルトの連中も陰謀情報については部分的に正しい事を言ったりする。これが厄介なのである。部分的に正しい陰謀情報も発信して、それをエサにしてカルトやオカルト集団に引っ張り込む。これでは陰謀追及のつもりが走狗化してしまう。物事は部分だけでなく総体を見て判断しなければならない。

〇有神論的サタニズムのカルト「セトの寺院」の教祖マイケル・アキノが米国陸軍の情報部員で心理戦のプロだったようにカルトの背後には諜報機関などの裏権力集団が控えていると見る。カルトに引っ張り込まれる事はその時点で裏権力走狗化を意味する。これが陰謀情報とオカルトのセット売りの狙いと分析。

〇陰謀追及者には①情勢論に特化するタイプと②思想や歴史などの分析を重視するタイプがいる。思想などに一切興味を持たず情勢論に特化するなら別だが、陰謀追及者は各種思想に関する知識は一通りあった方が安全である。それらを信奉するという意味ではない。思想工作を分析し見破り、身を守る為である。

〇各種思想に関する一通りの知識が無いと思想工作員らの誘導を瞬時に見破る事は難しい。逆に予備知識があるだけで瞬時に見破る事も可能である。彼らは巧みに思考誘導しようとするが、用いている思想ツールは昔からある思想ツールの組み合わせでしかない。単に知っておくだけで騙されなくなる場合も多い。

〇自称グノ一味みたいな集団に引っ掛かる人もいるかもしれないが、彼らの思想が神智学系でありオウム真理教と同系統の思想という事を見破れば近づこうとすらしなくなるだろう。オウムはフリーメイソンを批判した。だが、オウムの教義そのものがフリーメイソン系だったのである。こんな事はザラにある。

〇666氏は「ヒトラーは人類から神になった」と書いていたが、この「神」とは日本古来の「カミ」観とは全く異なるので注意が必要である。聖書宗教で言う「全知全能の神」が彼らの言う「神」である。「全知全能の神」を人間に内在するものと捉えたもの。つまり「人間=全知全能の神」とする人間中心主義。

〇自称グノ一味の言う「神」概念は聖書宗教の「全知全能の神」であり、それが人間に内在すると捉えている訳である。聖書宗教の一種としての人間至上主義、人間中心主義である。これから表面的なオカルト色をはぎ取ると西欧近代主義となる。実際、ラヴェイの無神論的サタニズムは新自由主義と似ている。

〇人間至上主義、人間中心主義も西欧基督教文化圏の産物である。「人間」を「全知全能の神」の位置に据えたもの。哲学的には実体論の一種である。自称グノ一味らの主張はオカルト色の強い人間中心主義であり、その象徴がサタンでありルシファーという訳である。日本や東洋の文化とは根本的に異質である。

〇「人=神は日本も同じじゃないか」などという誘導が容易に予測される。日本には抑々「全知全能の神」という概念がない。日本では古来より多少なりとも尋常とは違う存在が「カミ」として祭られた。それは人に限らず、動物や植物、無機物に至るまであらゆる存在に及ぶ。一言で言うとアニミズムである。

〇「神」という漢字で表記する事で、聖書的な「全知全能の神」と日本の「カミ」(「尋常ならず優れた徳のある畏きもの」という本居宣長の定義がある)を混同する思想改竄工作の手口がある。戦国時代にはキリシタンが奉じる聖書の「創造主」は「神」ではなく「デウス」と呼ばれていた。これが妥当だろう。

〇666氏は「サタンが脳を作った」とするが、人格神が万物を創造したという「創造説」を前提としている時点で聖書宗教の枠内にいる事が分かる。サタニズムは聖書宗教の一つ。古来日本では万物は「創造」ではなく「生成」したものと捉えた。「作る」ではなく「生む」と表現する。仏教では「縁起」と言う。

〇鎌倉時代から学ばれ始め、特に江戸時代に盛んに学ばれた宋学では「気」と呼ばれるエネルギーの離合集散で万物の生成消滅を説明する世界観モデルを持っていた。このように日本や東洋では世界観モデルとしての「創造説」は希薄である。「サタンが脳を作った」は聖書宗教の西アジア的世界観モデルである。

〇「真の神」という表現も聖書宗教ぽい。全ての多神教を調べた訳ではないが、多神教では「善神」「悪神」という分類はあっても「真の神」「偽の神」というカテゴリはないと思われる。少なくとも日本では。先述の宣長の「カミ」の定義に於ける「すぐれたる」には善きものだけでなく悪しきものも含まれる。

〇一芸に秀でた人の技を「神技」と表現する事がある。基督教徒の将棋の名人は「将棋の神様」と呼ばれる事を拒否する。「全知全能の神」の概念でないからこそ、多少とも尋常と異なれば割と気軽に「神技」「〇〇の神様」等々と呼ぶのである。「神に進化」と吹き上がるグノ一味のは明らかに「全知全能」的。

〇結局何が言いたいかと言うと「猶太がー」「基督教がー」と吹き上がっている自称グノ一味もまた西アジア的な聖書的世界観を前提にしているという事である。サタニズム、所謂「悪魔教」は、猶太教、基督教などと表裏をなす聖書宗教と捉える事が可能だと考える。現代サタニズムはニューエイジとも密接。

〇「神が人を作った」という人間観の起源はおそらく「神々が労働を肩代わりさせる為に人間を作った」とするシュメール神話だと思われる。「神々が奴隷の如き存在として人間を作った」という世界観は裏権力の民衆に対する態度に通じる。やはり彼らの発想・思想の根があの地域にあるという確信を強くする。

〇シュメール文明の後継がバビロニアを中心とするメソポタミア文明である。「バビロン・システム」という表現があるが、裏権力の支配手法の起源もまたかの地域にあると推測している。旧約聖書やある版のタルムードはバビロニアで編纂されたとされる。シュメール→メソポタミアの文明の影響があって当然。

〇古代中東の文明の中心地はバビロニアだった。猶太教文化の中心もまたエルサレムではなくバビロニアだったとされる。旧約聖書やタルムード(バビロニア版タルムード)が編纂され、猶太教の教育機関もあったようである。裏権力の思想の源泉はこの地域やエジプト、ペルシャなど西アジア以西にありと見る。

〇猶太教の揺籃の地はバビロニアだと見る。グノーシス主義も猶太教や基督教の周辺に現れた古代中東の宗教思想の一つである。猶太や基督教を叩くアピールをする自称グノーシス主義者が依拠する思想もまたかの地域に由来する。文明の総体を見ると自称グノ一味もまた両建の一角である事が容易に見えてくる。

〇日本は裏権力の思想的源泉である地中海・オリエント文明圏の外にあるので日本の陰謀追及者は裏権力が源泉とする文化文明圏の総体を俯瞰して分析する事が可能な有利な位置にいる。だからこそ何とかして日本の追及者を囲い込まんと各裏権力派閥が攻勢をかけてくるのだと思われる。自称グノもその一つ。

〇各裏権力派閥は相互に両建抗争をするが、両建批判する陰謀追及者に対しては一致協力して攻撃を仕掛けてくる。例えば666氏は基督教を叩きながら恥も外聞もなく某氏の基督教右派系言説に全面依拠する。論理矛盾などお構いなしで、とにかく両建批判者が憎くて仕方がない訳である。大東社系のW氏も然り。

〇以前海外の陰謀情報は基督教系やニューエイジ系が多いと書いた。陰謀情報と共に世界観ごと丸のみすると思想的に洗脳されてしまう。明治以後にあらゆる分野で見られる欧化主義は陰謀追及界も例外ではない。陰謀追及界隈に於ける欧化主義の克服が必要である。これを主張するから異常に憎まれるのである。

〇やれやれ。この者はまずは日本語の勉強をすべきである。「特定の外国や宗教の話が多すぎる」ではなく(666氏の如く)「特定の外国や宗教の立場の」説が多すぎると書いている。「日本及び日本人の立場から」特定の外国や宗教も論じている。「ダブルスピーク」などとドヤっての読解力の無さを露呈(笑)

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〇外国に由来する思想を論じる場合、物の考え方の参考として肯定的に参照する場合も裏権力の思想として批判する場合も、あくまで日本人の立場から論じている。例えば、仏教や儒学、老荘等など古くから日本に伝わる思想について書く時も印度人や中国人ではなく日本人の視点からそれらについて論じている。

〇また、これは非常に重要な事だが、肯定的に思想哲学を引用する場合は「参考までに」という姿勢である。ドグマ的に引用する事は決してない。自分なりに事実と突き合わせてみて道理に適っている部分があると思えば、「参考までに」という姿勢で引用する。あくまで独立的思考の為の参考資料程度である。

〇思想哲学に関しては「世界観モデル」と捉えている。即ち「そのような見方も出来る」という程度。例えば、日本に古くから伝わる仏教の六識説や唯識などは人間の認識の構造を説明する認識論として優れていると思うので度々引用しているが、ドグマではなく認識の構造モデルの一つに過ぎないと捉えている。

〇仏教や儒学、老荘等は元は外国から来たものだが、長い歴史の中で日本に定着し日本文化に大きな影響を与えてきた。これらは日本の伝統文化の要素の一部と捉えている。もし「純粋な日本文化」を求めるあまりこれらを無理に排除しようとすると平田派がキリシタン化した如くかえって西洋化する危険がある。

〇思想をドグマ的に受け取る事しか知らない666氏のようなカルトにとっては「世界観モデル」という捉え方は理解し難いかもしれない。思想哲学について肯定的に論じる場合も批判的に論じる場合も、あくまで「モデル」に過ぎないと捉えている。思想哲学とは人間の認識作用が生み出した枠組みに過ぎない。

〇平田派でない国学派、つまり本居派やそれ以前の国学者は学問の上では儒仏を排しようとしたが、全面的に排斥しようとした訳ではない。国学の祖とされる契沖は本来は仏僧であり、「梵語」と言われたサンスクリット語を研究する悉曇学など当時の仏教学の実証的方法を元に国語や古典を研究したとされる。

〇万葉集を研究した賀茂真淵は老荘思想の「自然」という考えに傾倒していた。本居宣長は儒学や儒学者を激しく嫌っていたが、孔子という人物には好感を持っていたらしい。浄土宗の熱心な信者だったとも言われる。宣長の学問の方法論は荻生徂徠門下の古文辞学派の方法論の影響を受けていると言われている。

〇このように平田派以前の国学者は儒仏を完全に排斥していた訳ではない。平田篤胤が当時のキリシタンの禁書を読み、「本教外篇」という書を書いた。これで神道に基督教的な「創造主」の観念を密輸入した。この流れから明治以後「国家神道」と呼ばれる近代神道や在野の神道系新興宗教が生じる事になった。

〇吾人の姿勢は江戸時代までの日本人が儒仏に対して取った姿勢を踏襲しているつもりである。日本人としての自主性を重んじる事と儒仏について参考にする事は矛盾しない。先人達は古代からそうしてきたのである。儒仏を完全に排除しようとした事の方が新しい。これもまた近代日本の欧化主義の問題である。

〇裏権力の思想をその淵源を含めて分析する事が必要な事は言うまでもない。その為には一つの宗教だけでなく、文明圏の総体を分析する必要がある。あらゆる現象は孤立しておらず、必ずそれが生じた原因や条件がある。それを見極める事が重要である。日本人の視点からそれらを分析しようという事である。

〇666氏が傾倒する神智学やナチスドイツではチベットが特別視されていたし、レディー・ガガはアレイスター・クロウリーの思想的影響を受けたらしいマリナ・アブラモビッチなるオカルティストに傾倒している。要するに666氏の同類。「ダブルスピーク」は見事にブーメランであった(笑)両建とはこういう事。

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〇クロウリーはヒトラーに期待していた時期があったようである。666氏は有神論的サタニストだが、氏の「思想」はグノーシス主義や西洋経由のヨガの強調など「666のビースト」を名乗ったクロウリーの二番煎じ。そのクロウリーの系統のオカルティストに傾倒しているのがガガ。666氏とは思想的なお仲間。

〇「はずばら劇場」とかいうデマ図表はどう見ても某おばさんが作ったのは明らか(笑)私との論争を随分歪めてデマ宣伝している。藁人形は平常運転。「困ったときの仏頼み」とか書いているが、仏教を東洋固有の哲学と捉え認識論などとしてよく引用するが、このようにドグマチックに引用した事は一度もない。

〇1年以上もむしむしと恨みを募らせて私を監視していたらしい偏執狂的な某氏に対して「猶太的ルサンチマンに囚われている」「朝鮮半島的な恨の精神」という風な事を言った記憶はあるが。先述したように参考程度に仏教などの認識論を引用すれど「仏頼み」などする訳が無い。過去ログを見れば明らかな事。

〇某氏が作製したと思しきデマ宣伝用デジタルビラをそのまま鵜呑みにして垂れ流す666氏。「反基督教」を名乗りながら平気で欧米の基督教右派の言説を丸パクリするあたり、どうやら「恥」という言葉を知らないようである。裏権力の思想工作員は皆この程度。首尾一貫性などはない。デマ工作の手口も共通。

〇「怒りや憎悪が分析力を曇らせる」「対工作員戦では怒りに注意する」という事はよく述べているが、道徳論ではなく陰謀追及者としてのテクニカルな指摘である。だから古武術に於ける「剣法」「拳法」等に対する「心法」(心の持ち方の技術)の比喩を用いたりする。実際、怒り過ぎるととろくな事が無い。

〇哲学者ニーチェは猶太的精神の根本はこの世界に対するルサンチマンだと分析した、と解釈している。ルサンチマンの近代的な形態の一つが疎外論だと見る。憎悪、憎しみは思考誘導の媒介にもなる。特に大東社系が憎悪を煽る戦術を得意としていると分析。ルサンチマンに囚われた者は格好の走狗候補である。

〇666氏は猶太や基督教を「批判」すると称しながら、それらの根底に横たわると指摘されてきた「ルサンチマン」「憎悪」を問題としない。666氏はダライラマの発言を引用しているが、「憎しみを越えて一つになろう」という風にワンワールドに誘導するのと憎悪を煽り国家破壊などに誘導するのは両建である。

〇666氏は「道徳による思考停止で言論を止める」みたいな事を書いているが、これも666氏自身がやっている事そのものである。対話も議論もせずに異論者をブロックして信者連中に見せないようにして囲い込み、独断的ドグマを刷り込んで洗脳するという裏権力走狗しかやらない「モロカルト」な事をしている。

〇「道徳」に関する見方も一面的である。確かに裏権力は自分らに都合がよい「道徳」を拵えて押しつける。ポリコレなどは最たるものだろう。その一方で各地域の伝統的なモラルを破壊しようともする。国や固有の文化と同様に伝来の道徳はワンワールド化を阻む「壁」になっている。だから破壊しようとする。

〇裏権力が権力維持やNWO化の為に押しつける「道徳」と各地域や各民族の間で自生した固有の伝統的な道徳規範を区別をせずに、「道徳」を一概に否定して破壊しようとするのも裏権力の思想工作である。国や文化を破壊して世界を画一化する為には、各国家各民族が持つ固有の道徳もまた邪魔になる訳である。

〇自称グノ一味は「この地球に真の神の王国を作る!」と吹き上がっているが、「真の神の王国」とは要するに旧統一協会らが掲げる「地上天国」であろう。つまりは「ワンワールド」の別名。これを作るには各地域に伝来する固有の道徳はどうしても邪魔になる訳である。だから「道徳」一般を一概に否定する。

〇「世界政府」という超巨大政府を作る為に「国家」を否定するのと同じである。「世界統一政府」や「統一宗教」という一つの枠組みに人類全体を囲い込む為に固有の文化や「道徳」一般を否定する。「道徳」を否定しながら異論を許さない絶対的ドグマを押し付けようとする666氏はまさにダブルスピーカー。

〇既成秩序の破壊は「新秩序」を作る為。古来の道徳を破壊するのはNWO的「道徳」を押し付ける為。走狗化した宗教指導者が「憎しみを越えて一つになろう」と主張するのも、オカルト主義者が伝統的な道徳を破壊しようとするのも、その目的は同じである。裏権力の思想工作員には両方のタイプがいる。両建。

〇666氏がダライラマをあげつらっていたのは後者の立場から前者を叩く両建抗争に過ぎない。国内外の著名な宗教指導者はワンワールド側に取り込まれている可能性が高いと見ている。国内でも神職や僧侶が世界連邦運動やSDGsを推進している。「真の神の国」を目指す666氏の如きオカルト連中との両建である。

〇「道徳による思考の支配。一神教だ!」と書いているが、道徳は一神教圏に限らず世界中どの文明圏にもある。666氏の発言には人格神が道徳の根拠とされた西欧基督教世界の道徳観がもろに出ている。サタニズムは基督教文化の産物と分かる。東洋では「法」や「道」など道徳の根拠に人格神を置いていない。

〇一神教では道徳は「絶対的な唯一神が定めたもの」と捉えられるが、東洋では道徳の根拠を人格神とはしていない。仏教で言う「法(ダルマ)」は仏がいてもいなくても変わらない法則とされるし、儒学や老荘などで言う「道」も人格神を前提としない。「天」は「天道」と法則的に解釈される傾向が強まった。

〇儒仏伝来以前の日本人は「道」というものを明確に意識した訳ではないが、神話や民俗を見るに神々すら則るべきルールが暗黙の内に想定されていたように思われる。それ故、儒仏が我が国に定着していったのではあるまいか。絶対的人格神が道徳を定めるという一神教的な考えが無かったからこそであろう。

〇私が666氏に言いたい事をそのまま代弁して頂きありがとうございます(笑)「中身」を堂々と論じられないからブロック逃亡する。批判者をブロックした上で好き勝手に印象操作とデマ工作。異論を遮断し信者を囲い込み洗脳。「言っていることではなく やっていることがその人の正体」は100%同意(笑)

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〇これもブーメラン。「サタンが脳を作った」という聖書的な「創造」神話を信じながら何をか言わんや。666氏の「ヨーガ」等も全て西洋経由のもの。氏が語る仏教などもニューエイジや精神世界経由。つまり西洋の秘密結社的なフィルターを通して改変された「東洋思想」。氏の如きサタニズムは基督教文化。

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〇レディー・ガガが生贄儀式に参加中という画像が出回っているが、あれはマリナ・アブラモビッチの「スピリット・クッキング」なるグロテスクな儀式イベントの模様だと思われる。マリナ・アブラモビッチはアレイスター・クロウリー系のオカルティストだと見られる。666氏とガガは思想的に見て同じ系統。

〇確かアブラモビッチは猶太系。猶太人が普通の猶太教徒に見えるとは限らない。オカルティストもいる。戦前の上海で「照空」と名乗って仏教系カルトを主催したトレビッチという猶太人は元は基督教の牧師でウァイマール時代の独逸では右翼革命運動に参加していた。両建の奇怪さを見ない猶太批判は表面的。

〇トレビッチはハンガリーの猶太教徒の家に生まれ、プロテスタントや英国国教会に改宗して牧師をしたり、オカルト雑誌の編集長、独逸で右翼革命に参加、最後は仏教に改宗して上海で死んだ。国際的な職業スパイであり、「両建」の奇怪さを体現したかのような人物。この奇怪さを直視せぬ陰謀研究は表層的。

〇トレビッチの足跡で分かる事は両建の奇怪さである。トレビッチは一体何を信じていたのか。偽装転向など幾らでもあるだろう。トレビッチにとって思想とは只の道具に過ぎなかったかのようである。「対立する思想派閥同士の背後が同じ」という事態があり得るという事を示す思想工作員の歴史的実例である。

〇トレビッチは猶太教徒の家の出の猶太人だが、独逸ではワイマール時代の右翼革命運動に参加した(つまり猶太人が反猶太に参加)。基督教牧師をしたり、オカルト雑誌の編集長としてオカルト思想を流布した。まさに「両建」である。こういう奇怪な事があるので、物事の表面だけを見てはならないのである。

〇自称グノの「猶太批判」は表面的。トレビッチの生涯が示した奇怪さこそが真髄である。この奇怪さを直視しようとしない陰謀研究はあまりに表層的でお話にもならない。陰謀研究を真剣にやれば「両建」という奇怪な現象に必ずぶつかる。ぶつからないという事は本物でないか、両建に嵌められた証だと思う。

〇「道徳は一神教」など無知の極み。「道徳」は語源的には老子に由来する。老子の上篇と下遍それぞれの最初の言葉を合わせて「道徳」という語が出来た。故に「老子道徳経」とも呼ばれる。老子は儒家の説く形式化した道徳を批判した。つまりは形骸化した道徳を批判する文脈で「道徳」という語が生まれた。

〇老子で言う「道」は「自然」の別名。「道」は人格神が作った法則などではなく、自ずからしてある道理と捉えられている。人格神が作ったのなら「自然」ではなく「他然」になってしまう。「道徳」という語そのものが一神教の否定であり、形骸化して人を縛るに至った形式道徳の批判から生まれたのである。

〇自称グノは実に浅はか。「中身」を論じるとはこういう事である。「肝心は中身!」という自称グノの言説には「中身」がない。薄っぺらい。だが、彼ら自体は薄っぺらいが、このテーマは深い。故に彼らをダシにして徹底的に考察する価値がある。まだまだ論じるべき事柄がたくさんある。思いつく限り書く。

〇反知性主義が酷過ぎるとその反動で知性至上主義が生じるが、オカルト主義者の道徳否定論もストア派に由来する基督教道徳の反動でしかない。サタニズム的な道徳否定論は基督教文化圏の文脈で生じたもの。猶太基督教中心の西洋文明の一断面が彼らサタニストという事である。日本人には何の関係もない。

〇逃亡ブロッカーにこんな事を言われては某氏としても心外なのでは?「恐怖がない」ならブロック逃亡などするはずがない。その点、某氏はブロック逃亡などせず、「正々堂々」とネチネチ・ジメジメ・ムシムシと執拗で陰険な藁人形攻撃を見せてくれた(笑)工作員としての「戦闘能力」は666氏より上だろう。

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〇「女性だから怖がるのは当たり前」という前提は不当な女性蔑視だろう。陰謀追及者も工作員側も女性に猛者が多い印象がある。これまで交流のあった優秀な陰謀追及者は女性の方も多い。逆に工作員側でも女性工作員に強烈なのがいる。工作員としては666氏より某氏の方が数段厄介である。偏執ぶりが異常。

〇某氏はこちらが書いた事を「全て」曲解して脳内変換する「技」を持っていた。ある意味物凄い偏執的な集中力が無いと出来ない「技」である。何を言ってもほぼ全ての発言を自らに都合がよい風に曲解する。666氏は「某さんは女性だから恐怖があった」など言うが、そんなタマではない。666氏の方が弱い。

〇サタニズム的道徳否定論の推進は強大な権力で「新秩序」を作り出す事を正当化する為の前段階だと分析する。伝来の道徳を否定する事で社会的混乱を作り、その上で「統一宗教」「統一道徳」「統一政府」を押し付けるという算段。戦争という無秩序状態を作り出す事で世界政府の創設を正当化するのと同じ。

〇サタニズム的道徳否定論は基督教道徳の反動である。基督教はその道徳論をストア派から継承した。ストア哲学は汎神論的哲学だったので本来は一神教とは矛盾する体系だが、その厳格な道徳論の部分だけを取り入れた。反知性主義と道徳的リゴリズムの結合という怪物の反動がこれまたサタニズムという怪物。

〇自称グノ一味はちんけだが、その背後にある思想勢力は決して軽視出来ない。裏権力の有力な思想派閥の一つである。基督教会の反知性主義の反動としてのグノーシス主義であり、一神教的な道徳的リゴリズムの反動としての道徳否定論である。サタニズムとは西洋文明の裏の部分である。れっきとした一部。

〇西洋文明の表と裏がある。表は猶太・基督教、裏は神秘主義や魔術などの所謂「秘教」。猶太教には密教であるカバラがある。基督教文化が生み出した陰の部分であるサタニズムも裏の潮流。西洋の知の地下水脈、隠れた知の系譜を「オカルト」と言う。表と裏の両建抗争。日本人はこの総体を俯瞰するべき。

〇「鬼」「天狗」「河童」「怨霊」「妖怪」等々の観念が日本文化の一部であるように、「悪魔」「サタン」「ルシファー」等々は西洋の基督教文化の一部である。「鬼」は改心する事もあるし、人が妄執により鬼と化す事があるともされたが、「悪魔」はそのような事はない。常住不変の邪悪そのものとされる。

〇「悪魔」とは「絶対善」とされる「創造主」の対比として要請された「邪悪」の象徴である。「悪魔」は紛れもなく基督教文化が生み出した。悪魔教は基督教文化の一部である。サタニズムは西洋文明の陰。それ故、サタニズムで西洋文明の超克は不可能。表面的な猶太基督教批判に惑わされては駄目である。

〇「鬼」を自認する人々が明治以後には西洋の裏権力と手を組み始めたと見ている。これは表の支配層が裏権力と組みあるいは取り込まれ始めたのと同じである。ここにも表と裏がある。表と裏の分進合撃。それを象徴するのが比叡山の世界連邦大会。「鬼門」の守護だった延暦寺と鬼の崇拝者が仲良くNWO推進。

〇かつて「鬼門」の守護とされた比叡山の地に節分に「鬼は内」と叫ぶ大本系宗教の関係者を含む世界連邦運動を推進する宗教関係者が集結する。これを「鬼門破り」のシンボリズムではと分析した事がある。日本に於ける精神的防壁を突き破って精神的に侵略するというシンボリズムではないかという「妄想」。

〇「鬼」の観念は日本文化が生み出した。「悪魔」の観念は基督教文化が生み出した。明治以後には表の欧化の陰で裏の世界も「欧化」が起きたと妄想する。「天狗」も「鬼」と近いカテゴリだが、鞍馬寺は神智学化、「魔王尊」を神智学の「金星神」と習合させ、今やニューエイジャーの「聖地」となっている。

〇トレビッチの話に戻るが、トレビッチは生涯に、猶太教、基督教(プロテスタントと英国国教会)、オカルト、独逸の右翼運動、仏教(西蔵に住んでいたとも言われるのでチベット仏教かも)と変遷した。表向きに掲げる思想だけではその正体を判断出来ない所以である。両建の奇怪さ。総体を見て判断すべき。

〇トレビッチは最晩年には日本の対外宣伝に協力したそうである。これもまさに両建そのもの。この時期トレビッチを後押ししたのはハインリヒ・ヒムラーとルドルフ・ヘスだそうである。つまりかつて英国国教会の牧師だった猶太人の国際スパイは晩年はナチスドイツの協力者だった。奇奇怪怪なるかな、両建。

〇道徳否定論の流布は伝来の道徳を破壊して「ワンワールド道徳」を押し付ける前提作業と見るべき。伝来を道徳を否定して無秩序状態に陥れ、それを口実に権力を強化して抑え込み「新秩序」を作るという算段。ネットマナーの悪さを口実にしてネット統制を強化する手口を思い浮かべると分かり易いと思う。

〇「救世主の到来」を促す為に人為的に悪徳を蔓延らせ世界を混乱状態に陥れる、という思想もある。ヤコブ・フランクの教義がそのようなものだったらしい。道徳否定論とワンワールド道徳の強制は戦争と世界政府の関係と同じである。まず秩序を破壊し、その上で新秩序を作ろうとする。裏権力の常套手段。

〇「コロナ後に世界は根本的に変わる」という主張は前述の論理と同断である。コロナ危機の混乱に乗じて「新世界秩序」に誘導しようとしている。まとめると「世界各地のそれぞれの固有の国や文化(固有の道徳観も然り)を破壊して更地となし、その上で新支配体制(NWO)を作り出そうとする」という事。

〇ジャック・アタリが「利他主義」を唱え「コロナ後は利他的な社会に転換しなければならない」と主張している。アタリが言う「利他主義」は東洋的な利他主義とは全く異なるので注意が必要である。アタリの「利他主義」は「他の利を図れば結局自分の利になる」という目的合理主義的な功利性を根本とする。

〇アタリ的「利他主義」は英米系の新自由主義と一見相反するかのように見えて、実は西欧近代主義的な功利性を根底に持つ点では同じである。目的合理性、功利性が西欧近代文明の本質だと考える。「自分の得になるから」という「利他主義」は「得にならねば他はどうでもよい」となりかねない危うさを持つ。

〇「利他主義」という言葉でのNWO誘導に注意。日本人や東洋人の考える利他主義とはまるで違う。「他の利を図る事は己の利になる」という功利性を根底とする「利他主義」は、裏返すと「己の利と反すれば他を切り捨てても良い」となりかねない。思想の表現に惑わされず、中身、論理を吟味すべきである。

〇仏教で「自利」「利他」という「利」はアタリの言う「利他」の「利」とは中身が異なる。仏教で言う「利」は「煩悩を制して苦を脱する」という意味が主だと思われるが、アタリの利はもっと功利的な意味である。アタリの「利他主義」の強調は仏教文化圏の人々に訴求力がありそうなので注意を促した次第。

〇アタリは「連帯」を強調し「利他主義」を重視する社会への転換を説く。これ即ち「新世界秩序(NWO)」であろう。言葉の上では麗しい「理想」が説かれるが、それが実質的に持つ論理や本質をよくよく吟味して、「コロナ後」イデオローグに惑わされないようにすべき。今は人心が不安定なので尚更である。

〇「情けは人の為ならず」という日本の諺は「情けは人の為にならない」ではなく「人に情けをかけると結局は自分に良い報いが来る」という意味である。利を得る為に他に情けをかけよという趣旨ではないと思う。江戸期には鈴木正三や石田梅岩らの影響で個人の利を超える道義を重視する商人道が確立した。


https://twitter.com/kikuchi_8/status/1247950070516867075


(了)


by kokusai_seikei | 2020-04-26 08:52 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)


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