青空の下、猟犬は求め流浪する   作:灰ネズミ

14 / 35
一度壊れたものは、そう簡単にはなおらない。



14.猟犬の想い

◆◇◆◇◆

 

杖を突く音が聞こえる。あの人が歩く時によく聞いていた音だ。

そう思った瞬間に私は駆け出していた。杖の音以外、無音な闇夜の街中を駆け抜ける。

走り続けて、この身体では珍しくなる位の長さの先にようやくあの人の背中を捉える。

 

見つけた。待ってた。待って。置いてかないで。

 

相変わらず出ない声の代わりに吠え声を上げ、気付いて貰えたのか立ち止まってくれる。

壮年の男性。キヴォトスでは見ない程がたいの良い体付きに羽織る古びたコートは汚れてるが、杖を突く程足が悪いにも拘らず衰えが見えない。

繰り返し(周回)で最初に戻る度、胸へ飛び込んだあの人の姿。

やっとキヴォトスでも会えた。飛び込もうとして、あの人の言葉に冷たい水を浴びせられたように身体が固まる。

 

「621。何をしている」

 

今までは突き放すような言葉でも、どこか優しさや戸惑いを感じていた声色はなくなり。

冷たい季節に降る雨のような冷え冷えとした声音であの人は聞いてくる。

何。って。私は、貴方を、ずっと

 

「傭兵を続けながら俺を待っていたと?何を巫山戯(ふざけ)た事を言っている」

 

ゆっくりと振り返るあの人。その身体は血とコーラルで真っ赤に彩られていて。

虚ろな瞳で私を睨みつけていた。

 

「お前が殺したのだろう。俺の最後の依頼(願い)も無視して」

 

そ、れは。だって、そうしないと、エアが

 

『おかしな人ですね、レイヴン』

 

キィンと耳鳴りと共に視界の端が赤く染まり、彼女の声が割り込む。

いつもは声の波形を見るだけだったのに、背後を振り返ると崩れかけた紅い円形が明滅しながら暗闇に浮かんでいる。

その声の光は最後に敵対した時のように怒りと悲しみに染まっていた。

 

『私も殺しましたし、コーラルリリースで救った同胞達をも見捨てましたよね。そこ(キヴォトス)に居るのが良い証拠ではないですか』

 

私は…わたし、は…っ!

 

「『お前(貴方)のせいだろう(でしょう)』」

 

声にならない声を上げても、その言葉は耳に届いてしまった。

 

◆◇◆◇◆

 

恐らく絶叫を上げて私は跳ね起きた。頭を抱えて荒い息を吐きながら、限界まで目を見開く。

暫くの間何にもわからず浅い呼吸を繰り返していたが、時間が少し経つと目に入る景色が違う事に気が付く。

ガレージ内…じゃない。AC(アーマードコア)…の中でもない。

旧型強化人間の頃からは考えられない程、柔らかい宿泊設備…寝具。薄暗い中を見渡せば、先生に手配して貰ったセーフハウスの設備群が視界に入る。

 

ああ………そうだ。今は。今も。私はキヴォトスで傭兵を続けている。

 

視界に入った景色を認識してやっと、傭兵業を始めた頃から再び見始めた、ルビコンでも見続けた幻覚(悪夢)にまた叩き起こされたのだと気付いた。

時計に視線を向ければ、夜明けにはまだ早い。私は荒くなった浅い呼吸を続けながら、寝具から転げ落ちてガンラックへ這って近寄る。

アサルトライフルを手に取り、マガジンを適当に叩き込んでから上半身を起こし…銃口を口に咥える。

マズルが長いせいで旧型強化人間の頃より少し咥え難いし、強張って震えるせいでトリガーに上手く指もかかり難い。

そして深夜のセーフハウスに銃声が響いた。

 

 

 

やり直し(リトライ)による強制再起動(メンタルリセット)の後、銃火器のメンテナンスをしながら夜明けを迎えた。

早朝のアビドス内を紫関ラーメンへ向かいながら先日の、ブラックマーケットの闇銀行襲撃後を振り返る。

あの後追跡に気を付けながら先生達に合流すると、一人増えていた。

彼女はファウストさんというらしく、現地の協力者(巻き込まれた被害者)らしい。

トリニティ総合学園と思われる制服に、目出し穴がついた紙袋を被る姿は苦労してそうに見えた。

あとシロコさんがずっと青い目出し帽を被っていた。本職の方かな?

強盗の手際が鮮やかだとか真のアウトローだとか賞賛していたアルさんが、実行犯がアビドスの皆さんと知って白目になる所もあったけれど、何か問題でもあったのだろうか。

首を傾げていると先生に手招きされたので、近寄るとお金の入った鞄の処分を頼まれた。

書類以外は不要らしく、緊急依頼報酬のブラッシング(ハグと吸引)をされながら了承する。

やっぱり先生がしたい事だったのでは?私は()しんだ。

結局お金は処分が難しい分を私が預かり、現金を便利屋の皆さんに報酬として渡した。

事務所の維持費や借金の返済に充てたと後日ムツキさんから聞いた。借金をするのはキヴォトスでは珍しくないらしい。

 

その後、便利屋の皆さんと別れてアビドス高等学校へ向かう道中。

ファウストさんがトリニティのお偉いさんにも報告すると言い出したが、ホシノさんが遠回しに断っていた。

理由としてはキヴォトス三大学園の一つであるトリニティにもし悪さされても、今のアビドスでは阻止できないという事らしい。

学園がルビコンにおける企業に当たるのなら、報復すれば良いのでは?とも思ったけど、シロコさんが言うには「その前にアビドス高等学校が無くなるかも」だとか。なら仕方がない。

 

ファウストさんを見送った後、闇銀行から差し押さえた書類を調べた結果。

対策委員会の皆さんが返済したお金は闇銀行の手引きにより、何とアビドスを襲う不良達の補助金に回されていた事が判明した。

アビドス高等学校が返済できなければ、借金は回収できなくなるのに何故か。

詳細は不明だが、これには銀行単体ではなく銀行の本社。カイザーコーポレーションが関わってるのではないかと対策委員会の皆さんは言っていた。

 

先生からそう聞いていた私は、今日それなら一つ提案をしようと思う。

不正でもお金が欲しい奴が一杯いて、相手が強大ならば経験がある。

カイザーの施設を強襲すれば報酬の出る依頼を出せば良い。連中を叩くと金になる(・・・・・・・・・・)。そう宣伝するのだ。

ルビコンで私を戦友と呼んでくれた彼の依頼を思い出していると、紫関ラーメンに辿り着いた。

当時のますこっと?役は私だったが、今回は別な人達に依頼する事にする。

丁度良く、闇銀行襲撃の報酬では金額が多すぎるという話だったし。

そんな事を考えながら紫関ラーメンの扉を開く。

 

友達なんかじゃないわよぉー!!

 

店内からアルさんの絶叫が聞こえた。何事かと思い、声の出所へと顔を伸ばす。

どうやらすでに便利屋の皆さんは来ていて、柴大将さんからラーメンを頂いていたようだ。

その奥には先生の姿もあり、私を見つけて手招きしている。

 

「私達は仕事の話をしにここに来ているの!ハードボイルドに!アウトローっぽく!!なのに何なのよこの店は!お腹一杯食べれるし、温かくて親切で!和気藹々のほんわかしたこの雰囲気!」

 

何やら仕事の流儀に反するのかアルさんが叫んでいる。それを横目に一先ず手招きされていたので私は先生の元へと歩み寄って手を振り挨拶する。やあ先生。独立傭兵、レイヴンだ。

彼の声真似を頭の中でしながら隣に座ると、自然な動作で頭を撫でられた。もう疲れたの(モフモフ切れ)

 

「それに何か問題ある?」

「ダメでしょ!アウトローならアングラでハーミット的な人気のない場所が必要で、決してこんな店じゃないのよ!」

 

ムツキさんの疑問に答えるアルさん。キヴォトスの用語はまだよくわからないけど、人の気が少ないのならここで良い気はする。アビドスはどこも気配が少ないし。

先生が苦笑しているのを横目に見ながら、まだ満足し足りないのかブラッシング(モフモフ)を黙って受け続けてやりとりを聞き続ける。

 

「こんな空気と雰囲気(のする店)は不要よ不要!」

「それって…こんなお店はぶっ壊してしまおうって事ですよね、アル様?」

 

アルさんの言葉を聞いていたハルカさんの声色が変わる。

彼女以外の便利屋の皆さんは不思議そうにしていたが、次の瞬間。

 

「良かった、ついにアル様のお力になれます」

 

彼女を除いた便利屋の皆さんが慌てる声と共に聞こえた起動スイッチ音。

私は慌てて先生を振り解き、ハルカさんへ向かって飛び掛かろうとしたが、連続した爆発に襲われて意識が吹き飛んだ。

 

 

 

「こんな空気と雰囲気(のする店)は不要よ不要!」

「それって…こんなお店はぶっ壊してしまおうって事ですよね、アル様?」

 

再び意識が戻ると、丁度ハルカさんの声色が変わる所だった。

リスタート地点にしてはやはり余裕がない。私は力ずくで先生を振り解いて、アサルトライフルを構える。

 

「良かった、ついにアル様のお力に…っ!?」

 

起爆装置を握っていたハルカさんの姿を確認し、発砲。装置だけを打ち抜いて爆破を妨害する。

今度は成功した。飛び掛かって間に合わなかったり、ハルカさんの身体に当たったり、そもそも外したりしてこれで数回目。自身の相変わらずな要領の悪さに溜め息が出る。

振り解いた先生が背後でひっくり返る音が聞こえるが、今は頭の中でだけ謝る。

驚いて私を見る便利屋の皆さんの視線を受けながら、ハルカさんから銃口を外さず見つめる。

 

「レイヴン!?いつの間に来て」

「邪魔しないで下さい!ようやくお力になれる所なんです!」

 

カヨコさんの言葉を遮り叫ぶハルカさん。確かに私と良く似た(猟犬気質な)彼女なら、アルさんの力になろうとするのはわかる。

だけどそれで私が死ぬので止めてほしい。ここで銃口を下げると起爆装置がまた出てくるし。

妨害した私を敵のように睨み付けてくるハルカさんと見つめ合い続ける。

そこに立ち上がった先生が両腕を広げながら、間に入ってきた。

 

”待った待った!落ち着いて、ね!”

「流石に店内でドンパチは遠慮して貰いてぇ所だな」

 

先生と柴大将さんの言葉に、便利屋の皆さんもハルカさんを止めにかかる。

それを見て私もアサルトライフルを下ろして溜息を吐く。なるほど、猟犬はこういう所に注意が必要になるのか。

手綱を引いてくれていたあの人や、彼女の想いが少しわかった気がした。

 

 

 

先生や便利屋の皆さん(主にアルさん)の説得により落ち着いたハルカさんは自身の行動(早とちり)を謝罪していた。

柴大将さんは私の発砲先の弾痕を確認して、腕を組んで唸っている。

 

「店の外なら日常茶飯事なんだが、店内だと目立っちまうな」

”ごめんなさい。修理費やこの子達の分も払います。そういえば…”

 

頭を何度も下げて謝っていた先生が、何かを思いついたのか懐に手を入れる。

そこから出されたカードを見て、私は息が止まった。

 

”このカード、支払いに使えます?”

 

そう言って柴大将さんへ見せるカードに描かれていた図面。

包帯か何かで雁字搦めにされた、下げられた片腕。白黒で描かれたエンブレムは、それはあの人のシンボルで。

認識した瞬間、私は先生に縋り付いていた。

 

”えっ、どうしたの?”

 

どうして先生がそれを持っているの?あの人を知ってるの?どこに居るの?

先生は縋りつく私を見下ろしながら、カードを遠ざけようとする。

待って。追い払わないで。知っているのなら教えてほしい。何でも。何でもするから。

私は縋っていた身体を放すと床に膝をついて座り込み、手を突いて頭を下げる。

解放戦線の戦士(六文銭)から聞いた最上の謝り方と頼み方、ドゲザスタイル。

 

”オンちゃん何してるの!?”

 

先生の驚く声が頭上から聞こえるが、まだ足りないのだろうか。

上半身を床に這いつくばらせるように、更に頭を下げる。マズルが邪魔で額が床につかない。

何故かぼやける視界で、更に首を丸めるようにして額を床に擦り付ける。

教えて下さい。おねがいします。おねがいだから。

 

あのひとにあわせて。

 




いつもご閲覧等いただき、誠にありがとうございます。
誤字報告も頂き感謝の極みです。スウィンバーンが代わりに眼鏡から褒賞をもぎ取ってくれました。

気付けばUAが1万越え…?!本当に、本当にありがとうございます。ACクロスなのに未だケモケモしてるだけな本作を見て頂けるのは、これ以上ない程嬉しいです。
木っ端傭兵(遅筆投稿者)ですが、これからも宜しくお願い致します。



冒頭の自決リトライによるメンタルリセットは解釈違いの可能性も考えましたが、筆者の我儘です。ごめんなさい。

三週もして最終的にコーラルリリースまで辿り着いてますが、それまで数え切れない程のリトライや救えない無力さに折れない程、本作の621は強くありません。(初話でルビコンの世界では救えないと折れてますし)

受容の5段階とは少し違うかもですが、発狂と諦念とそれでもまた追い駆け始める精神。それが現時点の621です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。