第二章 エーテルの残響

第一幕 神が築いた街

 星の暦二一七年 七月十四日 木曜日──



「隠蔽事件か、暴発事故か? 事件の真相は闇の中へ」


「一年前、神浜県粳間市で起きたエーテル管の暴発事故において、当局は経年劣化であるという公式見解を発表しました。

 この事故で死亡したと見られるのは、当研究センターに在籍していた夜島詠理さん二十四歳と、身元不明の焼死体──それから調──」


「これは企業発案の秘密計画を隠蔽するための陰謀だッ! 夜島何某はスケープゴートに捧げられたに違いないッ!」


「でた、陰謀論」「草」「どーせただの事故だろ」

「おい誰だよ、下水にガソリン流して遊んでんの」

「クソつらまん。発想がおっさん。乙、わら」

「はいはい解散、どーせ企業お得意のマネーロンダリングだから」


 テレビニュース、インターネットの掲示板、SNS──いずれもが、近しいようで、狙いを絶妙に外れていく話をがなり立てていた。

 世間的には死んだことになっている時継と詠理には都合が良いくらいで、むしろ助かる。


宵村美琴よいむらみこと、宵村剋舟こくしゅう。……手形通りだ、通れ」


 一台のキャンピングカーが、高速道路に設けられた“関所”で身元改めを受けていた。

 徳河幕府の時代、関所は大いな存在感を示していた──入り鉄砲に出女。そんな言葉があったくらいには。

 では今はどうか。

 現代の関所は、何のためのものか──言わずもがな、企業への産業攻撃の備え、各県の有力士族・武士への暗殺防止、あるいは反乱の事前阻止……それらの抑止力だ。


「ままならんものだ」

 剋舟、と呼ばれた男が煙草を吹かしながら言った。


 手形といっても、つらつらと筆で書き綴った紙を見せるのではない。エーテル・チップを埋め込んだカードをスキャンしているのだ。

 本来ならばETCカードでパスできるのだが、二人はそれを所有しておらず、料金所で、交通料金の支払いを兼ねてアナログな方法で身元の改めを行なっていたのだ。


 夜島詠理と夜島時継は死んだ。

 二人は、闇に流れてきた戸籍を使い、宵村美琴・宵村剋舟という姉弟を装い、旅をしていた。

 実際には、剋舟は美琴の八世代前の先祖である。二人の関係は、少々言い表すのに難儀する。


 無論、両者ともに長命の妖怪だから世代が離れていても不思議ではないが、単純に、説明が面倒くさいので姉弟という間柄にしておいた。

 曰く剋舟自身は、「山育ちの武人気質、唐変木のお侍」──である。なんだ、その酷い肩書きは。そう思わないでもなかった。


 二人はあのあと、施設を脱出していた。

 時継らの巻き添えで死んだという「施設の立ち入り調査を行なっていた代行サービス」──というのは、もちろん嘘。あれらは、時継の復活を知り暗殺に来た企業の先兵である。


 あれからすぐ、企業の“掃除屋”がやってきた。時継……否、剋舟は銃弾を脇差で弾くという神業を連続して見せ、詠理──美琴を逃した。

 そうして剋舟は踏み込んでくる四人の男の喉笛を心の臓を抉り、刺し貫いて脱出。

 美琴が先行するなか、剋舟は地下……下水道へ出る。剋舟にはそれがどのような案なのか、当時分からなかった。現代に蘇ってわずか一日だったので、当然だ。


 美琴は周到な罠で、二人が施設に籠城する体裁を取っていたらしい。無人の防衛設備を使いつつ巧みに敵を施設内に誘き寄せて、仕掛けを作動。

 それにより、巡っていたエーテル管を誤爆・暴発させて、総勢十四名の掃除屋と、二人の遺体に偽造した「劣化培養体」を爆殺した。


 身元不明なほどにぐずぐずの焼死体は、歯形などの治療痕・手術痕などの物理的な外見から身元が割り出されるのが常だ。

 その結果、ぐずぐずに炭化したもの以外は、身元が割れている。運よく「夜島詠理」の死亡が公表され、二人の死亡は確実なものとして印象付けることができていた。


 そうして、事前にトカゲの尻尾切りのような真似を幾重にも施して手に入れていた車と物資を使い、各地を転々としながら、この一年間天海郷を旅していた。

 まさかその間にラブロマンスがあるはずもない──剋舟は、いくら世代が離れていても子孫に恋愛感情を抱くような、倒錯趣味はもっていないし、それは美琴も同じである。

 美琴としては剋舟は「扱いづらいおじいちゃん」から「唐変木の弟」という認識に変わったようだが、剋舟にとっての美琴は徹頭徹尾「子孫」であり「恩人」だった。


 旅は、快適とは言い難い。時に喧嘩したり、意見が合わなかったりもしたし、一ヶ月は別行動もしたが、結局互いに行動を共にすることに相なった。

 が、一年も根無草は疲れるというのが二人の正直な意見である。

 各地で傭兵の真似事をして小銭を稼いできたが、ここいらで少し、拠点を持ちたいという意見が二人の間でまとまったのである。


深河県みかわけん……剋舟、なぜ、ここを?」

「お前に初めて食わせてもらったモーニング……その文化の発祥がここだからだ」


 剋舟は車の助手席でそのように言い、二本生えている角の片方を指で擦る。


「どうせ住むなら旨い飯があるところがいい」

「相変わらずですねえ……まあ、それは私も同感ですが」


 車は東海高速道──天海郷における、現代の東海道五十三次である──の神築城かみつきインターチェンジで降りる。

 深河県東深河南部の都市一帯を統合合併し、神築城、と呼称するようになったのは今から六十年ほど昔らしい。


 神が築きし城──その名の由来は、同名の神築城城かみつきじょうにある。

 天海郷の主祭神たる海鳴水凪喪姫うなりみなもひめ様が、今から二〇〇年前──剋舟が御霊を封じた十年余りのちに弑虐されるという大事件が起きた。

 その海鳴水凪喪姫様の子にあたる、海鳴舟渡姫うなりふなわたしひめ様が暮らしていた居城が、ここであるのだ。

 海鳴舟渡姫様はその後、首都・坂東府に向かわれて今はそこにお住まいで在らせられる。この神築城城は郷宝きょうほう指定・和深かずみ重要文化財に指定されている。


 神の威を借るわけでもなかろうが、神築城という名には、相応の由来があるというわけだ。


「モーニング文化の発祥は和夜なごや。だけど、流石に県庁の足元をうろつくのは上手くないですからね」

「ああ。首を見つけるまで油断せん、というのは侍の考え方ゆえな。敵に、古き良き侍がいたとあらば、確実にこちらの首を探し出さんとはするだろう」

「最も、向こうにも面子がありますし。県将けんしょうの異なる県外まで強引に割って入ってくる真似をするか否かってところですね」


 県将──都道府県の知事であり、かつて大名だとか、お殿様だとか、藩主と言われていた存在である。現在ではそれぞれの県の大将という意味で、県将とか、府将とか言うのだ。


 深河にも県庁所在地である和夜市に県将がいる。灯台下暗しの案を取るかどうかで、当初、和夜行きの案もあった。


「木を隠すなら森の中──灯台の下が最も暗いともなれば、人が多く、一見危険でさえある和夜が得策。とはいえ万が一灯台の下で騒ぎを起こして、よもや本当に深河県将まで敵してしまっても困る」

 剋舟は顎に手を当てる。

 なんせ己は禁忌の法で現世に蘇った亡霊。敵は企業だけではない。政府もまた、このミタマリヴァイヴを揉み消そうと躍起であろうから、剋舟──夜島一族は、目の上のたん瘤なのだ。


 車は神築城市の二川宿のあたりを通った。

 剋舟はここを知っているはずだった。しかし、二百年も経つと流石に様変わりしている。今やすっかり現代の波に飲まれていた。けれど、再建と改築が行われた本陣資料館にはどこか懐かしさを感じる。

 近くには東駒屋という店があり、窓を開けていると、ほのかに味噌の匂いが車に迷い込んできた。


「懐かしいですか?」

「少しな。……深河県将、現代の将がいかな兵略を取るかはいささか興味深いが、よもやえい──いや、美琴を巻き込めはすまい」

「そうしてもらえると助かります。……余計な敵を増やさぬようにという思考で、県内二つ目の政令指定都市である神築城市を選んだ、ってことですけど」


 古道沿いを走り、車は中心街の郊外地域──常和ときわ街道沿いに入った。


「ここなら人を隠せるだけの人口があり、県将のお膝元というわけでもなく、も一つおまけに東海高速道ある。よしんば封鎖されても下道のルートもあれば、多少危険だが山越えで岐風ぎふ県にも出られる利がある。最悪、海に逃げるという手も取れよう」


 交通の要衝が古くから戦略の重要拠点となるのは、物流の中心であるからというだけではない。

 兵の前進、後退、駐留──いずれにしても「移動」という戦略の幅が広く、打てる手数が多く利便性に富むのだ。

 兵は機動である。動けぬ兵ほど可愛いものはない。大軍であっても、亀の如く鈍重ならば恐るるに足らず──しかし、小勢であっても狐の如くすばしっこいと、なかなかに厄介なのだ。


 剋舟はいち侍にすぎぬ身。それに、偉そうに侍だなんだとは言っても、所詮は田舎の地侍。いわゆる郷士である。侍としては一番下の階級だ。

 剋舟の実家──本来の名である、「夜島家」は元々天海郷の民ではなく、ここと隣接する花山郷かざんきょうが生家だった。

 二百年前──己は兄弟を養うために、天海郷にやってきたわけである。まさかそれが、このように数奇な運命を辿ることになるとは、露ほども思わなんだが。


 車は寂れたアパートの駐車場に停まった。アパートは路地に面しており、大通りから身を隠すようにしてひっそり佇んでいる。日陰者が暮らすにはうってつけであった。

 内装は、オンラインで確認済みである。


「オンライン、という言葉もなかなか面妖よ。常に何かと繋がっていては、神経が焼き切れそうでな」

「それで、剋舟は基本、携帯をいじらないんですね」

「それもあるが、使い方がいまいちわからん。電話という機能だけで十分だろう」


 二人は最低限の荷物のみを車に積んでいた。必要なものは現地で揃えている。

 見た目よりずっと頑丈な作りの──体重がそれなりにある妖怪が住むことを想定しているのだろう──階段をのぼって、二〇二号室へ入る。

 剋舟は耳をそばだて、気配を探る。それから、妖や術師が少なからず発する妖気がないか気を巡らせて、異変がないと察するや、頷いてみせた。

 美琴がドアを開ける。剋舟は背後を警戒。


「結構いいとこですよ」

「3LDK……というものが、二人で住むには広いというのは理解できるが」

「いろいろ機材を設置しますからね……それもこれも、これから揃えるんですが」


 剋舟には信じられないが、コンピュータとかいう高度なカラクリを、彼女は小さな部品から組み立てるらしい。

 家電量販店で売っているようなマシンではスペックとやらが大きく不足するらしく、やはり、こだわるなら自作に限るのだそうだ。


 引越し費用諸々は、もともと美琴の蓄えがあったのももちろん、この裏の戸籍が保有していた出所不明の金もあった。

 ひょっとしなくとも汚れた金かもしれないが、美琴はそれを見越してロンダリングしており──正確には、本来の宵村何某が死んだ際に、そのロンダリングが完了しているわけだが──悪党の手に渡るくらいなら、有効活用した方がいいと、そのように言った。

 剋舟も、どうせ悪い奴に使われて民草が虐げられるならばと渋々了承したわけである。


「剋舟、早速ですが私はマシンに必要な部品をピックアップして読み上げますから、メモってもらえますか?」

「心得た」


 剋舟は、すでに子孫に顎で使われることに慣れてしまっていた。

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