第三幕 二百年後の世界

 どうやら己は、本当に二〇〇年以上の時を超えたらしい。

 詠理からそう聞いた時、真っ先に、霊全──かつての友の顔が脳を掠めた。しかし、靄がかかったようにその顔を思い出すことは叶わず、時継は眠りすぎるのも体に悪いと学んだ。

 かつて己の身さえ顧みず戦い続ける時継に、戦友は「四半刻でもいいから眠れ」などと言っていたが──。


 時代が移ろうとはこういうことか──時継は、言葉を失う。

 町。土の地面ではない。何やら面妖な、硬いそれが大地を覆っている。


「これでは草木が生えん」

「都市部だけですよ。和深の雄大な自然は、いまだ多く守られています」

「守る、という言い方が気に食わん。自然は守るモノではない。我らが自然によって守られ、そして裁かれる側なのだ」


 見慣れぬ奇怪なモノが、多々。

 なんなのだ、星の暦とは──ひとが傲慢すぎるくらいに、大地を荒らしているではないか。


「鉄の駕籠が、一人でに走っているぞ。なんだあれは……誰も牽いておらんぞ」

「自動車ですね。エーテルエンジン──えーっと、龍脈から得られた龍霊気という力をエーテルと言うんですが……それを機械的な動作……つまり、往復運動とか回転運動に変換するものを積んで、動いているんですよ」

「なるほど。……カラクリ技術がこのように進化しているわけか。愉快奇天烈だ」


 自分なりの解釈は、どうも、詠理としても正しいもの──であるらしい。彼女は「その通りです」と頷いた。


 道ゆく人、妖。時継の時代にはすでに人妖融和が進み、人と妖怪の共存は普通であった。

 どうやらそれは二百年を経た今も変わらぬようで、時継は、その連綿と続く穏やかな関係性に一種の安堵を感じた。


 しかしあまりにも多くが変わっている。

 空が狭く感じるほどに建物は縦に長く、人も妖も増え、少々──瓦斯ガス臭い。

 色々な、香木というには不自然な刺激のある香りも多く混じり、はっきり言って、かなりきついとすら感じる。これならば牛馬の糞の臭いの方が自然なものとして受け入れられるくらいだ。


 けれども小さく切り取られた青い空の、澄んだ色だけは、あの頃と変わっていなかった。


「俺の体は何でできている? いくら妖怪とはいえ、俺はそもそも、ひどい傷を負っていたはずだ。サイシンイリョウとやらがない時世だぞ。当然、御霊を抜いた時点でどうなるかなど分かりきってはいるが」


 この説明を聞いた時、時継は理解に苦慮した。

 バイオ……なんとかが、どうこうして、生体培養と、妖力治癒の技術を組み合わせて──血族の遺伝パターンを……うんたら。

 ようするに、「培養槽というカラクリの中で育まれた赤子を、人間換算で二十歳そこそこまで生育し、そこに御霊を転写した」ということらしい。

 なんとも──意味合いとしては理解できるような気もするが、しかし、どう言葉を己の中で練り上げても、はきとそれを理屈として捉えることは難しい。


 やがて知恵熱が出そうになり、時継は考えるのをやめた。

 硝子の中に置いてある品物──ショーウインドウというらしい──の中に、一際異彩を放つカラクリがあった。


「箱の中に人がいる。なんだあれは? 見たことのない妖術だ」

「テレビです。遠くの映像を、電波という目に見えない波に乗せて、ここまで送っているんです。電信はご存知ですか?」

「聞いたことはある。トン、とツー、の符号で遠くの者に短文を伝える技術だろう」

「それが物凄く進歩したものが、テレビってやつですね」

「ほう。妖術ではないのだな。……そうか、今のカラクリならば文だけでなく、音も、エイゾウ? 動く写真のようなものも送れるのか。面白いな。一つ欲しいぞ」


 詠理は朝焼けに染まる、通勤通学ラッシュ前の、落ち着いた街を歩きながら、何気なく言った。

「剣鬼。──夜島時継に刀を持たせたら、〈それ自体が斬撃という事象に変貌する〉とまで記されるほど……ですが?」

「さあな。他人が俺をどう見ていようが知ったことではない。俺は俺の“刃圏はけん”で生きる故な」


 時継はそれから、色々なものに興味を持つ。

 懸架式のモノレールを見て「鉄の龍だ。なぜ気高い龍が容易に人を運ぶ?」と言ったり、中心街に行けば「恵戸えど城より巨大な天守だらけではないか。いくらなんでも、不敬極まりない」とか驚いたり。


 己が戦ってきた末の、地続きの世界。

 時継は、いよいよこれが夢や幻ではないと、実感しつつあった。

 そして、だからこそ遺言だからと言う理由だけで蘇った己の、歪な御霊のあり方に疑問を持つ。

 生き物は皆、何かを果たすために生まれる──己がただそう思いたいだけなのかもしれず、けれどもそれを果たせぬままに死することさえあるから、無念という言葉があるのだろう。


 しかし、ならば。

 果たせぬままに死ぬことこそあれ──そも、何一つ果すことのない、意味を与えられてさえいない生とは……如何に?


「…………俺は」


 時継は、何か言おうとした。しかし、何も言葉が出てこなかった。

 凍り豆腐を咀嚼しているように、乾いた喉を空気が掠れて、口がまごつく。

 詠理が微笑んで、

「朝食でも摂りましょうよ」と、そう言った。

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