ミタマタケハヤ ─ ゴースト・オブ・ザ・ローニン ─

夢河蕾舟

第一章 二百年の時を経て

第一幕 時渡り

 夜の静寂しじまを分厚い雨音が覆っている。そのホワイトノイズじみた音は、街中を跳ね回る一切の声を遮らんばかりだった。

 夕刻から降り始めた激しい雨は、明け方まで続く見込みである。

 遠く闇の彼方から雷鳴が響いて、夜空を青白く染め上げた。鵺か龍が踊っているかの如く、稲光が黒雲を走る。


 雨上がりの街路が跳ね返る雨粒に白く霞み、遠くの赤信号が滲む。

 ネオンの光が闇の中に飛び散り、その彩りが、万華鏡のように雨粒の中で乱反射した。


 サラリーマンが慌ててタクシーを捕まえて、塾帰りの子供を、母親が傘をさして抱き寄せる。

 ビルの谷間を縫うようにサイレンの音が鳴り渡って、赤い警告灯が、街を切り取っていった。


 その市街地の外れ、立入禁止区域に佇む白い研究棟。

 古ぼけた鉄の看板には「生体再生医療技術開発センター」とある。表向きには、再生医療の研究施設であった。


 だが地下の最深部にあるのは、政府の記録にも、企業のデータベースにも一切残らぬ、隔離個人実験区画。

 すでに、破棄されて久しいはずの──現代の地下墓所カタコンベのようにそれは佇む。


 室内は、青白く冷めたい光に満ちていた。

 床に張り巡らされた御霊封陣みたまほうじんは、幾重にも交差する電子回路や霊子エーテル回路と融合し、まるでそれ自体が生きた神経組織のように淡く脈動を繰り返している。

 中央のカプセルに浮かぶのはひとつの影──それはこの研究の被験体である。

 プレートには、ただこうある。〈Object:YJ-01〉。


夜島時継やじまときつぐ……」


 夜島詠理えいりは、八世代も遡る先祖の名を口にした。

 二百年以上も前の火の時代。そこで迎えられた幕末の動乱を剣と共に生き、剣によって死するさだめを背負い、戦った真のさむらい


 時継は、幕末当時、夢の計画であった「時渡りの法」に参画したと、代々伝わる遺言状にある。

 封じた御霊を現代の最新技術で再構築した人工の肉体へと転写する──時渡りの法改め、「ミタマリヴァイヴ計画」の被験体であった。


 電子音が鳴る。

 霊子エーテル波計測器がわずかに針を振らせ、液槽内の冷却液が小さく揺れた。

 泡が、ひとつ、またひとつと立ち上る。


御霊ミタマ層、反応値上昇。……転写開始します」

 主任研究員──と言っても、ここには己一人である──の詠理が低く告げる。

 彼女の声はかすかに震えていた。

 八代前の血に連なる先祖が、今まさに蘇ろうとしている。


 光が走った。

 御霊封陣が同調し、電磁とエーテルの輪郭が液槽を包み込む。

 天井の蛍光灯が一斉に明滅し、詠理の影が壁に焼き付いたように揺れた。


 そして──心臓こどうが、ひとつ打った。


 静寂。詠理の息が詰まる。呼吸自体が罪深い行いのように感じられる。

 液の表面がふわりと持ち上がり、ぼこんぼこん、と泡立つ。


「液槽内の溶液を廃棄します」

 詠理はそう言って、コンソールのボタンを押し込んだ。太いチューブが内部の液を吸い出し、飲み干すようにして空っぽにしていく。

 スパゲッティのように絡まり合ったコード類が自動的に破断していく。すると、警告音が響いた。


 詠理は冷静に「異常なし」の命令指示を行なって警告を遮断した。

 再びの静寂。


 そのときである。

 槽内の男が、ゆっくりと瞼を開いた。


 水分を含んだ白銀の髪が顔にへばりつき、左右のこめかみから生える漆黒の角が、グラファイトのような質感を光に反射させる。

 銀と藍色、かすかに緋色が混ざりあった双眸が、ガラス越しに、現世の光を掴む。

 その目は、まるでこの世を“初めて見る”赤子のようでもあり、“すべてを見通す”古代の鬼神のようでもあった。


「──瞳孔、対光反射を、確認。御霊転写、完了……! 計画は成功……!」

 詠理の声が震えた。ご先祖の悲願である時渡りが成就した。夜島家八世代、一族をかけてこの計画のために生きてきた。

 ついに、ご先祖の、祖父の、父の、己の──。


 その瞬間、視線が交わった。


 男の──夜島時継の目が、まっすぐに詠理を射抜いたのだ。

 その瞳の奥にあるもの──怒りでも、混乱でもない。


 生きている。

 生きるという、意志。

 生きてやるぞ──“生”そのものの爛々とした輝き。


 次の瞬間、液槽のガラスに微かな亀裂が走った。

 ただ見返しただけで、御霊封陣が軋む。

 エーテルの波が空気を震わせ、モニターが一斉にノイズを吐いた。


 詠理は、息を呑んだ。

 この力は……。

 かつて、夜島家に伝わる古記が語った“剣鬼”のものだ。


 槽の中で、男が唇を動かす。

 くぐもったうめきを、二、三。

 声が、やがて形を持った。


「……ここは……何処いずこだ……俺の、刀は、どこだ……」

 二百年の時を超えて甦った亡霊の、最初の言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る