カンポグランデのトマト缶でトマトソースを作った。この缶は前にも書いたが、塩とクエン酸であらかじめ調整されており、適当に作っても失敗はほとんどない。puristは邪道と言うのかもしれないが、素人には大変扱いやすい。某イタリアンシェフの書いた本にカゴメのサンマルツアーノトマト缶の写真があって色々探して手に入れてみて使ったりしたが、無調整で自分の腕では良い味付けができなかった。
トマトソースの味見に先日作ったおからソーセージとともにスパゲティを作った。トマトソースは漉さずにそのまま一緒に煮込んだ野菜ごとスパゲッティにあえた。塩も足さず、ちょうどいい味加減だった。

ニンニクと適当な野菜(にんじん、セロリ、玉ねぎのみじん切り、大根など)を油(てんぷらなどで一度使った油、オリーブ油は加熱しても香りが飛んでしまうので使っていない)で炒め、トマト缶を加え、3~4時間煮込んだ。
スパゲッティで味見した後、トマトソースは漉して瓶詰め、加熱、冷却して冷蔵庫へ。漉した後のトマトかす、野菜は肉と一緒に煮てカレーにした。
トマトソースの味見に先日作ったおからソーセージとともにスパゲティを作った。トマトソースは漉さずにそのまま一緒に煮込んだ野菜ごとスパゲッティにあえた。塩も足さず、ちょうどいい味加減だった。
ニンニクと適当な野菜(にんじん、セロリ、玉ねぎのみじん切り、大根など)を油(てんぷらなどで一度使った油、オリーブ油は加熱しても香りが飛んでしまうので使っていない)で炒め、トマト缶を加え、3~4時間煮込んだ。
スパゲッティで味見した後、トマトソースは漉して瓶詰め、加熱、冷却して冷蔵庫へ。漉した後のトマトかす、野菜は肉と一緒に煮てカレーにした。
パスタは本来、イタリアンレストランでは、前菜ですよね。
ですから、シンプルなのが一番なのかな?と思ったりもします。ご馳走パスタ!も、ナイスだし大好きですけどね。
シンプルなあっさりめのトマトパスタに、食べる直前にバージンオリーブオイルか、バジル風味のオリーブオイルをかけて食べるとこれまた不思議にオリーブオイルを楽しめて好きです。オイルの香りが死なないので。
ワインは贅沢にバローロとか飲みたいなあ。 久しくお目にかかってないなあ、、、。
今年はカクテルの勉強もしたいなあ、、、。
オリーブオイルはちょっと前にニンニクのオリーブオイル漬けを作りましたが、これでパンを食べるとおいしかった。バターが入手困難だったのでバターなくても大丈夫と思いました。でもいいオリーブオイルはバターより高いんですが、、、
ピンキリですけど。
私の知ってるイタリア人でパンにバターを塗っている人は見たことないです。
彼らは、本当オリーブオイルの人々なのですね。
バターも美味しいですけどね~!!
バゲットにだったら、私は断然ガーリックバター派です。
ところで、イタリア繋がりですが、塩野七生の「チエーザレ ボルジア あるいは優雅なる冷酷」を読み終えました。それで、一昨日あたりから、マキアベリの「君主論」を読み始めました。
決して読みやすい本ではないですが、読んでいて気持ちが良いのは、景色が浮かんでくることです。
あ~、また行きたいなあ、イタリア、、!
ローマと言えば、昔、高校生だった時にちょっと好きだった友達の女の子に音楽だったらベートーベンのピアノ協奏曲「皇帝」本だったらモンタネッリの「ローマの歴史」が最高!と言われ、その曲を聴きながらその本を読んでいたことを思い出しました。
ローマで皇帝とは、、、、、今思うと女子高生にしては渋い好みだなぁ。しばらくして振られましたけどね。自分は青くて渋くなかったからかな(笑)。
好きなものの事を考えるのってなんて楽しいことなのでしょう。ああ、そして、私が10代の頃世界に対する窓を開けてくれたのは佐野元春さん。
マキャベリを読んでいたら、やはり私も塩野七生さんの「ローマ人の物語」を是非とも読むべき!と思いましたが、う~ん、、、ちょっと手をつけられない感じです。(泣)無理。(泣)
ところで、orthoさんのお好きなワイエスが、91歳で1月16日にお亡くなりになりましたね。 MOMAでクリスチーナの世界を見てきたばかりなので、尚更このニュース胸にしみました。
別に仕事一筋ってわけではありませんでしたが、忙しかったのか、まわりの環境が3~4年単位、ひどい場合は1~2年でくるくる変わったためか、考えてみれば20代前半ぐらいで(仕事以外で)好きなもの、夢中になれるものを置いて来てしまったような気がします。
好きなもの(だったもの)ってなんだろうな、と考えてみたら押入れにしまった昔のアルバムのように色々出てきました。
カントの「実践無き理論は空虚にして理論なき実践は盲目である」これは今でも座右の銘で自分の仕事上のモットー。本だったらドーキンスの「利己的な遺伝子」。旅行本だったら地球の歩き方インド編(笑)。詩だったらTSエリオットとフロスト。ドラマだったらシェークスピアのAs You Like It 。哲学・宗教関係だったら伝道の書とコリント人への手紙II、それと10代の頃、読んで理解不十分だったけど、ニーチェのツアラトゥストラと大木英夫の終末論。映画だったら80年代の軽いコメディ、Back to the Future とかPretty in Pink(サイケデリックファーズ最高 !)とか。
音楽だったらブロンディー、初期のエルトンジョン(子供の頃セサミストリートでクロコダイルロックを歌っているのを見てファンになりました。後年の太ったエルトンは嫌い)、アメリカ南部の音楽、カントリー、カントリーブルース、ニューオリーンズピアノ、ロックンロール、、、プロフェッサーロングヘア、ドクタージョン、ハリーコニックjr、ファッツドミノ、バディホリー、ジェリーリールイス、プレスリー、、、、高校3年生の頃、受験勉強の傍らFENを聴きまくり、ロックンロールで世界が広がりました。
あとクラシックだったらベートーベンはピアノ協奏曲1番(ロックを感じさせるから!皇帝じゃなくて)、バイオリンソナタ「春」、モーツアルトとコルンゴルトとバーバーのバイオリン協奏曲、バッハの無伴奏バイオリンソナタ1番、フィールドのノクターン、ラヴェルだったらピアノトリオに弦楽四重奏、サティだったらジュトヴー、、、、
まだまだ出てきそうだけれども本当に最近は触れてもいない、、、、こうやって見ているとなんか自分の青春時代を振り返るようで恥ずかしい感じがしますね。。
ところで、ワイエス、亡くなられたんですね。自分はフロストとワイエスを重ね合わせて見ているのですが、フロストはケネディの大統領就任式で詩の朗読をした桂冠詩人です。自分にケネディを投影しているオバマが大統領就任直前でワイエスが死去されたと言うのも何か意味深な感じがします。あるいは一つの時代が終わったのかも。。。。
世の中は素晴しいものであふれているように感じます。読みたい本が沢山あって、つくりたい作品のイメージが沢山あって、やりたいことがありすぎて全然時間がたりません。空想に耽っている、というか、ただ、ぼわ~っとしている時間も長いです。
私のこの感覚はキルケゴールによるところの「あれもこれも」の段階なのかもしれません。
そんな事を思っていると、頭のすみで、サルトルが「人間は自由の刑に処せられている、、、。」と、私をからかいます。(泣)
やはり、「あれかこれか」になれると、作品の質も上がっていくのだと思います。
生きるって、難しい。辛いなあ。あはは。
これまで「あれもこれも」で色々興味のおもむくまま勉強してやってきて一応、一通りのことは平均以上に出来るようになったと思っていますが、じゃあ、何かの分野でトップレベルかと言うと恥ずかしながら決してそうではない。
でも、、、、、今、思うと「あれもこれも」でやってきた、というのは自分にとっては半ば都合の良い、「いいわけ」みたいなものかもしれません。その分野で第一人者になるためには学会、論文で発表して他人と競争して負けないようにしないといけない。地道な発表とか他と競争するのは労力がいるし、負けた時の挫折感とか怖いので競争を無意識にさけてしまってきてしまったのかもしれません。
割り切って開業する気にもなれないし、かといって第一人者を目指すには少し年を取りすぎている。キルケゴールでいるところの「絶望」ですか?その段階にあるのかもしれませんが、そこから次の段階に行けずに流されてしまっている自分がいます。
旧約聖書で好きな伝導の書に
「世の中の一切合財、全ては空しい」ので
「神に与えられた短い人生の日々に、飲み食いし、太陽の下で労苦した結果のすべてに満足することこそ、幸福で良いことだ。それが人の受けるべき分だ。」とあるのですが、そう悟れば本当に楽になると思うのですが、なかなか割り切れませんよね。
もっとも伝道の書では
「何によらず手をつけたことは熱心にするがよい。いつかは行かなければならないあの陰府には仕事も企ても、知恵も知識も、もうないのだ。」ともありますから、日々の課題をクリアしながら地道に仕事して生きて行くのが自分にとってよいのかな? あれ、やっぱり流されているのをよしとしているかな(笑)。
私は一通りのことは、全て平均点以下でしたし、これからもそのように生きていくしかないのでしょう。
できる人にはできる人の、できない人にはできない人のレベルの悩みや葛藤や戦いがありますよね。
なんだかやっぱりつらいなあ。(笑)
平均以上とはあくまでも自分の「整形外科」としての仕事という意味です。
一通りとや全ての分野とは「一般整形外科の全ての分野」ということで生活の全ての分野ということではないのです。ごめんなさい。
そんな生きていること全てを含めて何もかも平均以上なんて無理です。
人には生きていて社会にそれぞれ役割があると思うので平均以下と悩む必要はないと思いますが、どうでしょう?写真だけで感想を述べるのも、それに素人の批評で申し訳ありませんが、minikoさんの作品とかどれも曲線の使い方が素晴らしいと思います。曲線の山と山、谷と谷に挟まれた空間の空気が独特の「色」を持っているように思います。これで平均以下なんて信じられません。
まあ、自分の仕事で「一通り平均以上」と宣言するのもうぬぼれと取られてしまうかもしれませんが、プロフェッショナルとしてのプライドは常にもってやって行きたいと思っています。
profession の語源は「皆の前で公言する」と言う意味ですから「整形外科」と公言した以上は自分のためにも患者さんのためにも「仕事においては」ある程度平均以上でないといけないと思っています。そのために日々勉強しないといけないとも思っています。
でも、よく読むと誤解されそうな文章ですね。生きている全てのことで「平均以上」と宣言してしまうのは嫌味な人間ですね(笑)。恥ずかしいです。