流れない涙
「・・・鏡花か・・・?」
自分に近づく足音を聞いて、振り向きもせずにそういう陽太はただ一点を見つめている
そこは静希の腕が見つかった場所だ
すでに瓦礫はないために、ただの小石がそこにあるだけ、昼間にあれほど凄惨な光景が広がっていたのと同じ場所とは思えないほどである
「せめて振り向きなさいよね・・・まったく・・・」
何でこんなところにと言いかけて鏡花は止める
何故?そんなことはわかりきっていた
陽太もまだ、気持ちの整理がつかないのだ
突然死に別れることになってしまった幼馴染のことを、まだ完全に納得できていないのだ
「明利はどうしてた?」
「・・・昼よりはましよ・・・でもやっぱりまだ辛いみたいね・・・」
そうだろうなと呟いて陽太はまた自分の頬を触る
その指には何もついていない、一向に流れない涙を前に、陽太は大きくため息をついていた
「明利は泣いてたな・・・」
「仕方ないわよ・・・だって・・・」
静希が死んだから
その言葉を言いたくなくて鏡花はそれ以上何も言えなかった
陽太の少し後ろに立って一点を見つめ続ける陽太の背をつらそうに眺めている
「・・・俺さ、幼馴染の中じゃ二番目にあいつとの付き合いが長かったんだ」
あいつ、それが静希の事を指すことは鏡花もすぐに理解できた
確か雪奈が一番付き合いが長く、次に陽太、そして明利の順に出会っていったということだった
「最初あった時、あいつと喧嘩してさ、喧嘩してたら姉貴と雪さんに怒られて、二人で仕返しして・・・それから一緒に遊ぶようになってさ・・・」
静希の思い出をぽつぽつと語りだす陽太の声は抑揚がなく、ただ声に出しているだけの音声再生機のような冷たさを感じた
「俺の能力見ても、変身ヒーローみたいでかっこいいとか言ってきてさ・・・むしろ怪人の方だってのに・・・全然怖がりもしないで・・・普通にいっしょにいて・・・楽しいと思えた」
陽太の能力を見ても臆さない、子供の頃ならそんな反応をしても不思議はない
特に陽太の能力は本当に変身しているように見えるのだ、静希の反応もあながち間違っていない
だが両親から恐れられた陽太からすれば、非常にうれしかっただろう
「楽しいとさ・・・こう体の奥からなんかが噴き出るみたいな感じがするんだよ・・・ムカついてる時は体の中でなんかがのたうち回ってるような感じがして・・・泣きたい時は・・・すっげー苦しくなるんだ」
陽太の声は一向に変わらない
乾いた声を垂れ流しながら、その手を自分の体に当てて強く服を握るが、それでも陽太は静希の腕のあった場所から視線を逸らさない
「今さ・・・泣きたいはずなんだ・・・ムカついてるはずなんだ・・・なのに何も感じないんだよ・・・泣きたい時は頭の中ぐちゃぐちゃになんのに、ムカつくときは何考えてるのかもわからなくなるのに・・・今は何考えてるのか、どうしたいのか全部わかっちまう」
それは、感情が完全に抑制されている証拠でもある
実月の施した、安全装置
感情の値が一定以上になると強制的にクールダウンさせる
今陽太はそれが働いているせいか、冷静で、何をするべきか適切なことがわかるようになっているのかもしれない
「明利はあんなに泣いてたのに・・・俺は泣けもしない・・・静希が死んだってのに・・・涙ひとつ出やしないんだ・・・」
また自分の頬を触って涙が流れていないことを確認して、陽太はわずかに拳を強く握る
頭では悲しいことがわかっているのに、心が動かない
いや、心が抑えつけられているというべきだろう
本人は泣きたいと思っているのに泣けない
感情を発散したいのに、できない
実月の施した安全装置は確かに陽太の能力の暴発を抑えている
だがそれと同時に、陽太がしたいことさえも奪っているのだ
「なぁ、明利はどんな顔してた?」
「どんなって・・・ひどい顔だったわ・・・泣いたせいで目は真っ赤だったし・・・」
そうかと呟いて、そこでようやく陽太は視線をわずかに上に向ける
雲がわずかに流れている空にあるはずの月は見えない
雲に隠れているのか、それとも今日は新月だったか
月のことなど全く興味のない陽太からすればどうでもよいことだが、そこに何もないというのが少しだけ悔しかった
静希の腕のあった場所に、何もなかったのと同じように
「明利も、お前も・・・ちゃんと泣けてんのに・・・俺だけ、あいつのために泣いてやることもできない・・・」
それは陽太のせいではない、あんたは悪くない、そう思っているのに、鏡花は何も言えなかった
陽太たちが一緒にいた時間は短くない、それこそ人生の半分以上を過ごしている
それなのに、大事な人を亡くしたはずなのに、泣けない
その悔しさは、鏡花にはわからない
「なぁ鏡花・・・俺今・・・どんな顔してるんだ・・・?」
表情も声も変えず、無表情のまま、陽太はそうつぶやいて、そのまま黙ってしまった