Vol.551「〈保守〉とは西部邁が流行らせた」
(2025.9.30)
【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…日本では「保守」が乱立する一方、「リベラル」の退潮に歯止めがかからない。もともとは「左翼」や「革新」がカッコ悪いものになってしまったから「リベラル」に言い換えたはずなのに、もう「リベラル」もカッコ悪くなってしまったのである。そうして今や、「保守」を名乗らなければカッコ悪いということになってしまい、もう猫も杓子も「保守」を自称するようになっている。しかし、ただカッコつけたくて保守と言ってるだけで、本当は保守とは何かなんて全然考えたこともないものだから、ただ古いもの(それが明治以降に作られたルール感覚だと言うことも知らず)一切変えてはならぬという「原理主義」になってしまう。全くどうしようもない有様である。そもそも日本で「保守」を流行らせたのは、西部邁である。彼が主張していた「保守」とは何なのか?そして10月25日(土)に開催する「ゴー宣道場」『そもそも保守とリベラルの差って何だ?』の目的とは何か?
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…今回は「〈健康にせよ〉という呪文」の続編として、この数年で経済界に浸透しつつある「健康経営」なるものを取り上げたい。読んで字のごとく、「健康こそ最重要と捉えて会社を経営する」というものらしい。なにそれって感じだが、調べてみると、従業員の健康を「企業の資源」と見なし、自分の心身をしっかり管理するよう促せば、健康が保たれ、生産性が上がり、離職率も減り、最終的に業績や企業価値が向上するという考え方……だという。実際にはどのような取り組みなのか?そして、この奇妙な発想の発祥地はどこで、なぜ生まれたのか?
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」…皇位継承問題の議論で「当事者(すなわち天皇・上皇陛下、秋篠宮殿下)のお考えを尊重すべきだ」といった声が議員サイドから全く上がってこないのは何故?覇権国家の前では国際法というのは無力?「神功皇后論」を描いていて最も感情移入するキャラは誰?漫画を描く時に今と以前とでは違うところはある?群馬県の女性市長・小川晶前橋市長のラブホテル不倫問題をどう思う?スター・ウォーズの新作「マンダロリアン・アンド・グローグー」は一見さんお断りの映画になっているのでは?…等々、よしりんの回答や如何に!?
1. ゴーマニズム宣言・第580回「〈保守〉とは西部邁が流行らせた」
日本では「保守」が乱立する一方、「リベラル」の退潮に歯止めがかからない。
だが、「そもそも保守とリベラルの差って何だ?」
10月25日(土)、このテーマで森暢平、中島岳志、山尾志桜里の各氏をゲストに招き、ゴー宣道場を開催する。
「保守とは何か?」「リベラルとは何か?」の定義こそ、いま問い直さなければならない重要なものなのだ。
そもそも日本で「保守」を流行らせたのは、西部邁である。
それまでは保守なんて古臭いオヤジといったイメージで、ダサいものでしかなく、「革新」の方がカッコいいと思われていた。
そんな中で西部が『朝まで生テレビ』で「保守とは何か」を語り出して、そこから「保守」という言葉が意識されるようになり、保守の方がカッコいいというイメージに変わっていき、いつの間にか「革新」という言葉はすっかり消えてしまったのだ。
だから、西部邁こそが日本の保守の最大の功労者だったのである。
わしが初めて朝生に出た時も西部は、保守とは例えて言えば、古い家を取り壊して、更地に全く新しい家を建てるのではなく、それまでの家を補修したり修復したりして、住み続けるようなものだと説明した。
わしはその説明ではっきりわかった。保守とは革新のように全てをリセットしてゼロからやり直すのではなく、それまで受け継がれてきたものを、時代とのバランスをとりながら少しずつ修繕していくこと。つまり漸進的に改革していくというものなのだ。
もちろん西部の保守思想も、エドマンド・バーク(1729-1797)やホセ・オルテガ・イ・ガセット(1883-1955)ら、西欧の思想家から学んで形成したものである。
バークは、社会は人間の理性だけで再構築できるものではなく、歴史の中で形成された制度・習慣・宗教・伝統の積み重ねで成り立つと主張。特にフランス革命を批判し、急進的改革は人間の理性を過信して伝統的秩序を破壊し、混乱と暴政を招くと唱えた。
オルテガも「伝統・文化・教養の継承」の重要性を強調。大衆社会では「教養なき人々」が政治や文化を支配し、文明の質を劣化させると批判、本来の社会秩序には、伝統に根ざしたエリートが不可欠だと唱えた。
保守とは、単に昔に回帰すればいいというような懐古趣味ではない。ましてや、昔のやり方を一切変えてはならぬという「原理主義」とは全然違うのである。
時代に合わせて、どこをどう改良していくかということは、老舗の菓子店などでは常に考えていることだ。時代によって人が好む味覚も変わるのだから、いくら伝統の味といっても、時代に合わせて徐々に変化していかなければ、その伝統も守れない。少しずつ、漸進的な改良をしていくのが保守なのである。
たったそれだけのことを、「保守」を名乗る者が全くわかっていない。自民党に近ければ保守だとか、たかが明治に始まったにすぎない習慣や制度を原理主義にしてしまって、何も変えず固執するのが保守だとかいうバカげた観念に囚われてしまっている者ばっかりになってしまっている。
あれだけ言っていたことすら、ちっとも伝わっていないというのでは、西部は本当に気の毒だと思ってしまう。
これも西部がいつも言っていたことだが、保守とは「バランス感覚」である。
サーカスで、長い棒を手にしてバランスを取りながら綱渡りをする軽業師、あれが保守の立場である。バランス棒がなかったら、あるいは少しでもバランスの取り方を間違えたら、たちまち足を踏み外して真っ逆さまだ。
これと同じで、保守とは本当は命懸けの覚悟が要る危険なものであり、過激なものだ。常に慎重にバランスを計りながら、その時代を歩いていかなければならないのだ。わしは体験によって、その生死ギリギリのところを切り拓いてきたといえる。
今回わしは脳溢血を起こしてしまったが、それによってこれまでの生き方を全部改めてしまおうとも、逆に頑固に全く生活習慣を変えずに高血圧のままでいこうとも思ってはいない。これもバランスだ。
自分が何のために生きるのかと考えたときに、やっぱりまだわしには描くべきものがあるのだから、そのための手段として命を使おうということになって、そのためには生活のどこを改良して、どこを修繕するかということを考えるしかなくなるというわけである。
そのように、保守の構えとはそれぞれが、自分の生き方を通して背中で見せればいいものなのだ。



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