【橘高淳 審眼(37)】皆さんは阪神の助っ人投手として90年代後半から活躍したダレル・メイ投手を覚えていますか? NPBでの在籍期間は1998~2001年の4年間でしたが、阪神から巨人に移籍したという理由もあってか、何かと話題になり記憶に残る選手でもあります。

 98年に来日した際には、まだ25歳。直球の最速は145キロで188センチの長身左腕で制球力も抜群という触れ込みでした。しかも、前年はメジャーに昇格し29試合に登板し2勝を挙げるなど、相当な有望株です。

 ところが阪神でのデビューは、芳しいものではありませんでした。来日したのは4月中旬で、暗黒時代と言われていたコマ不足の阪神にとっては緊急補強だったわけでしょう。にもかかわらず来日初練習で時差ボケのため、体調不良でダウンしてしまいました。

 ウエスタン・リーグで調整登板を重ねてもピリッとしない成績。それでもこのシーズンは左投手の故障離脱が相次ぎ、5月24日の横浜戦でメイ投手に登録即初先発のマウンドが巡ってきました。

 来日3度目の登板となった6月6日の横浜ベイスターズ戦では先発で9回4安打10奪三振という内容で来日初完封勝利。その後はローテ投手として活躍しましたが、阪神の低迷期だったため援護に恵まれず2シーズンで10勝という成績でした。

 来日2年目の99年7月18日の巨人戦では退場処分も受けています。6回二死二塁の場面で高橋由伸選手が一ゴロを打った際、ベースカバーに入るもベースを踏んでいないとされ判定はセーフ。抗議したメイ投手は杉永一塁塁審の胸を突き退場を宣告されてしまいました。

 その後は当時の野村克也監督との確執などもあり阪神を退団。00年からはライバル球団の巨人の一員となります。そして、この年の6月7日、巨人対阪神戦(東京ドーム)で有名な事件が起こってしまいます。この試合で私は球審を務めていました。

 対戦していたのは昨年までのチームメート・和田豊選手です。間合いが合わなかったのか、和田選手は打席を3度外してタイムを要求しました。次の投球で巨人のメイ投手は和田選手の背中側を通るようなボールを投げ込んできました。

 投球は和田選手の頭部を狙ったというよりは、かなり外れてはいました。そのままプレーを続行し、試合は巨人が勝利。メイ投手はヒーローインタビューを受けることになりました。

 そこからが問題です。メイ投手は試合後の取材で打席を執拗に外した和田選手に向けて故意に投球したと発言したんです。和田選手めがけて投げたのかと問われ、メイ投手が「yes to him」と発言したと。誰かにめがけて投げる場合、英語では「at him」と表現するそうですが、現場の取材陣の質問意図を理解はしているでしょうから問題発言です。

 当時、球界では物議を醸しました。メイ投手には出場停止10日間と制裁金50万円の処分。打席に立っていた和田選手にも遅延行為で厳重注意処分がそれぞれセ・リーグから下されました。現場で危険球退場を宣告するなど、野球規則を適切に行使しなかったとして私を含む審判団にも厳重戒告処分が下されたと資料には残っているのですが、実は私の記憶には薄いんです。20年以上前の嫌な記憶を脳が忘れようとしているんですかね。