始球式に登場した吉川晃司=2018年11月
始球式に登場した吉川晃司=2018年11月

骨折した足で“シンバルキック”

 2015年3月には映画「さらば あぶない刑事」のバイクアクション練習中に左足を骨折し、全治2カ月と診断された。手術翌日には片足立ちでライブに立ち、観客を驚かせたこともある。

「ライブでの派手なアクションでの骨折も多く、バク転した際、バランスを崩し肋骨を折ったり、ステージから飛び降りてかかとを折るなどしています。また、見せ場となっているシンバルを蹴り上げる“シンバルキック”でも、過去に足を3度骨折。ライブではあえて骨折したほうの足でシンバルキックして見せるなど、命懸けのアクションが代名詞となっています」(音楽関係者)

 そんな吉川の人間性は、仲間や社会に向けられる優しさにも表れる。東日本大震災直後には、宮城県石巻市で被災者の自転車のパンク修理や軽トラックでの輸送を行い、数日間黙々と支援活動を続けた。

「芸人のサンドウィッチマン・伊達みきおがバラエティー番組で語ったところによれば、震災直後、吉川が現地で自転車のパンク修理をしていたそうです。その後、COMPLEXを21年ぶりに再結成した際は、チャリティーライブで約6億8000万円を被災地に寄付しました。吉川の人間味を感じさせるエピソードと言えるでしょう」(前出・スポーツ紙記者)

 吉川と布袋寅泰のユニットCOMPLEXは、1989年にデビューしたものの、わずか1年半で活動を休止。理由は音楽性の違いにあったと言われている。

「布袋はデジタル技術を駆使した海外志向の音作りを志向し、吉川は生バンドのアナログ感を重視するなど方向性の違いが顕著になっていきました。そんな方向性の違いもあり次第に不仲となり、1990年の東京ドーム公演で無期限活動休止に至りました。かつては“バチバチの関係”だったようですが、現在はご近所ということもり、たまに一緒に飲むこともあるといい、完全に雪解けしています」(前出・音楽関係者)

 こうした激しい過去を経てなお、吉川は古き時代のロックスターとして、血の気の多さと義理堅さを併せ持つ異端の存在であり続ける。

 吉川自身が再び「今なら書ける」と思えたとき、ファンはその言葉や行動の深意を知ることになるだろう。

(泉康一)

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