「女も子供も片端から突き殺す。一度に五十人、六十人」「人殺しをした後はかえって飯がうまい」日本兵たちの陣中日記につづられた残虐な所業と、戦後の沈黙【映画『豹変と沈黙 日記でたどる沖縄戦への道』】
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どこにでもいたごく普通の日本人が、戦場で兵士として残虐な所業を繰り返した。そして戦後、彼らは戦場の出来事について多くを語らなかった。兵士たちの陣中日記をひもとき、人間の脆さと戦場の異常さを浮かび上がらせた話題のドキュメンタリーが公開中だ。(日記の引用は一部の表記を読みやすく変更しました) 【写真】この記事の写真を見る(5枚) ◆◆◆
兵士たちの陣中日記の率直な記述
《手を合わせて拝むあわれな敗残兵をば銃剣で突き、棒でなぐり、石で頭を割って叩き殺し、その後は、ああ、戦友の仇を討ったと胸のすくような思い。人殺しをした後はかえって飯がうまいのだから、まあ大した悪者になったというものだ》《こんなことは、もし内地へ帰る時があっても、話もできぬようなことである》 国内で穏やかに暮らしていた人々が兵士となり、過酷な戦闘にさらされ“豹変”していく。彼らの多くは戦後、口を閉ざし“沈黙”した。しかし、いつ死ぬともわからぬ戦地では、現実を率直に記していた。 本作は、兵士たちの陣中日記を通し戦場のリアルを描く。軸となるのは3人の兵士。いずれも1937年、日中戦争の開始とともに軍隊に召集され中国に送り込まれた。彼らが書き記した言葉が代わるがわる紹介される。 《天津の思い出。クイーン王(ワン)さん。これは内緒だけれど、他の者は笑うかもしれないけれど、可愛い僕のタイタイ(妻)は本当に可愛くてならない。もし俺に自由の日が来たら必ずや迎えに来ようと思う》 中国で女性と親密になった記載がある一方、戦場では、 《敵前にて小銃、MG(機関銃)弾、榴弾の乱射を受け、皆々恐ろしさに体を伏せ、恐怖にふる(震)う》 《見る見るうちに戦友は倒れていく。あぁ、なんたる悲惨なることぞ》 こうした体験が敵兵士への憎しみを掻き立てていく。
「見事な首斬り。悲惨を忘れて美感さえ覚える」
《敗残兵らしいのを一名捕えて、これを衛生隊の少尉が斬った。見事な首斬り。雪の上に血の飛沫が何とも形容しがたく、悲惨を忘れて美感さえ覚える》 人を殺すことに神経が麻痺していく一方、罪なき人々を殺す罪深さも描写される。 《中隊長の命により、女も子供も片端から突き殺す。残酷の極みなり。一度に五十人、六十人。可愛い娘、無邪気な子供。泣き叫び、手を合わせる。あぁ、戦争は嫌だ》 そう日記に書いた兵士は戦後、自らの従軍体験を手記にまとめた。しかしそこには日記にある殺戮の記載はない。逆に、日記にはない地元の人との触れ合いが紹介されている。 《親子三人で水車を踏んで、水田にクリークの水を灌漑している。私が思わず、你辛苦辛苦(ニー・シンク・シンク=あなた方お疲れ様)と声をかければ、オオ、先生、辛苦辛苦、と片手を上げて応え、足は休みなく、一生懸命水車を踏みつづけている》 戦地で即座に書き留めた日記と、戦後に記憶をたどって書き起こした従軍記では、内容に偏りが生じることが浮き彫りになる。
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