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まつもとゆきひろ

ベテランによるAI時代のプログラミング(2025年秋版)

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😱あなたのマウス、実は盗聴器かも?高性能マウスに潜む意外な脆弱性「Mic-E-Mouse」

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スパイ映画が現実に?高性能マウスの意外な脆弱性

안녕하신게라!パナソニック コネクト株式会社クラウドソリューション部の加賀です。

「隣の客はよく柿食う客だ」
もしあなたが今、PCの前でこう呟いたとしたら、その声は誰に聞かれているでしょうか?
もちろん誰にも聞かれていない…と思いきや、あなたが握っているその光学式マウスに盗聴されているかもしれません。

そんな、まるでスパイ映画のような話を現実の脅威として示した、衝撃的な論文がarXivに投稿されました。Invisible Ears at Your Fingertips: Acoustic Eavesdropping via Mouse Sensors(指先に潜む見えない耳:マウスセンサーによる音響盗聴)

この記事では、この論文が提案するサイドチャネル攻撃 「Mic-E-Mouse」 が、どのようにしてマウスを盗聴器に変えてしまうのか、その驚くべき仕組みと技術的なポイントを分かりやすく解説します。

この論文、何がすごいの?3行でまとめ

  • 発想がすごい: 人の声によって引き起こされる机の微細な振動を、高性能な光学式マウスのセンサーで検出する
  • 手口がすごい: マルウェアに管理者権限は不要。一般ユーザー権限でマウスの生データを抜き出し、音声を復元できる
  • 精度がすごい: 機械学習を用いた高度なフィルタリングで、ノイズに埋もれた信号から最大61%の精度で音声認識に成功する

枠外ですが、ネーミングセンスもすごいです。ハハッ

攻撃の仕組み:「Mic-E-Mouse」はどのようにして声を聴くのか?

この攻撃は、一見すると魔法のように思えますが、物理現象と情報処理を組み合わせた非常に巧妙なものです。ステップごとに見ていきましょう。

Step 1: 音声が「振動」に変わる

あなたが発した声(音波)は、空気だけでなく、机やマウスパッドといった固体の表面にも伝わり、ごく微細な振動を引き起こします。これは、ライブ会場でスピーカーの前に立つと体が震えるのと同じ原理です。

Step 2: マウスセンサーが「振動」を拾う

近年のゲーミングマウスなどに搭載されている高性能な光学式センサーは、非常に高いDPI(解像度)とポーリングレート(報告頻度)を誇ります。
具体的には、人の声の主成分である数百Hzの周波数が引き起こす机の微細な振動(数マイクロメートル)に対し、例えば16000 DPIのマウスは理論上約1.6マイクロメートルの動きまで識別可能です。
これにより、マウスが本来検出対象としていない 「表面の微細な振動」 までも、座標の微小なブレとして捉えてしまうのです。
つまり、マウスは意図せずして、机の表面を伝わる音響振動を拾う「加速度センサー」や「地震計」のように機能してしまいます。

Step 3: データを抜き出す

ここが最も恐ろしい点です。多くのOSでは、アプリケーションがマウスの動き(raw input)にアクセスするのに、特別な管理者権限は必要ありません

攻撃者は、一見無害なアプリケーション(例: ユーティリティソフト、ゲームのMODなど)にコードを仕込むだけで、この微細な振動データを収集し、インターネット経由で外部のサーバーに送信できてしまいます。ユーザーは、マウスが少しガクつくな、程度にしか思わないかもしれません。

最大の壁となる課題: ノイズだらけの信号からどうやって音声を復元するのか?

しかし、この攻撃を実現するには、極めて高いハードルが存在します。マウスセンサーが拾うデータは、音声そのものではなく、目的の信号が大量のノイズに埋もれた「汚れたデータ」だからです。
論文によれば、主に以下の3つの技術的課題があります。

  • 不均一なサンプリング

音声信号を正しくデジタル化するには、一定の間隔(サンプリング周波数)で音を記録する必要があります。しかし、マウスは動いている時しかデータを送らないため、記録間隔がバラバラになります。この「時間軸の歪み」は、音声波形を正しく復元する上で致命的な障害となります。

  • 非線形な周波数応答

高性能なマイクは、人間の可聴域の周波数を均一に捉えるように設計されています。一方、マウスセンサーは音響用ではないため、特定の周波数帯しか拾えず、周波数ごとの感度もバラバラです。これにより、元の音声とは似ても似つかない、著しく歪んだ信号が生成されてしまいます。

  • 量子化ノイズ

センサーの解像度には限界があります。机の微細な振動は、センサーが識別できる最小単位(例:1.6マイクロメートル)に満たない場合、切り捨てられたり、粗いデジタル値に丸められたりします。この過程で発生する量子化ノイズが、ただでさえ微弱な音声信号をさらに汚染します。

この絶望的とも思える状況を打破するため、研究者たちは複数の信号処理技術を組み合わせた、高度なデータフィルタリングパイプラインを構築しました。

その中でも特に強力なのが、Encoder-only Spectrogram Neural Filteringという深層学習を用いた手法です。まず音声信号をスペクトログラム(音の周波数成分を時間変化と共に可視化した画像)に変換します。次に、「正常な音声のスペクトログラムが持つパターン」を事前学習したニューラルネットワークを用いて、ノイズに汚染されたスペクトログラムからノイズ成分だけを識別し、除去します。

これは、いわば「音声の指紋」を知り尽くしたAI鑑定士が、大量のガラクタの中から本物の音声データだけを精密に見つけ出すような処理であり、この攻撃の実現性を飛躍的に高める鍵となりました。

実験結果:本当に聞き取れるの?

論文の実験結果は衝撃的です。

  • 信号品質の向上: 提案手法により、信号対雑音比(SNR)が最大で+19dBも改善しました。これは、騒音の中から人の声をクリアに浮かび上がらせるほどの効果です
  • 音声認識精度: 標準的な音声データセット(AudioMNIST, VCTK)を使って復元した音声でテストしたところ、約42%〜61%の精度で単語を認識することに成功しました

61%と聞くと低く感じるかもしれませんが、ランダムに当てる確率より遥かに高く、会話のキーワードや内容を推測するには十分な精度です。プライバシーに関わる会話が漏洩するリスクを考えると、決して無視できない数字です。

この研究が示す教訓

「Mic-E-Mouse」は、身近なデバイスが思わぬ形でセキュリティホールになりうることを示す、非常に重要な研究です。この攻撃は、私たちにいくつかの重要な教訓を与えてくれます。

  • ハードウェアの意図せぬ機能: 高性能化・高機能化したセンサーは、設計者が意図しない情報を取得してしまう「副作用」を持つ可能性があります
  • サイドチャネル攻撃の多様性: 攻撃者は、CPUの電力消費や電磁波だけでなく、マウスのような入力デバイスさえも攻撃経路として利用します
  • 「権限昇格不要」のリスク: 高度な攻撃は、必ずしも管理者権限を必要としません。一般ユーザー権限で実行できるマルウェアの脅威を再認識させられます

私たちにできることと今後の展望

では、この新たな脅威に対して、私たちはどのように備えれば良いのでしょうか。

現時点では、過度に心配する必要はありませんが、以下の基本的なセキュリティ対策を徹底することが、結果的にこのような攻撃への備えにもなります。

  • ソフトウェアの出所を確認する: 不審なウェブサイトからフリーソフトをダウンロードしたり、提供元が不明なツールを安易にインストールしたりするのは避けましょう
  • デバイスの性能とリスクを理解する: 高性能なゲーミングマウスが即座に危険なわけではありません。しかし、「デバイスの意図せぬ機能がリスクになりうる」ということを知っておくことは、今後のセキュリティ意識において重要です
  • OSやソフトウェアを最新に保つ: 将来、OSベンダーがセンサーデータへのアクセス権限をより厳格に管理する可能性があります。常に最新のアップデートを適用することが、未知の脆弱性から身を守るための一助となります

この研究は、将来のマウスやOSの設計者に対し、「センサーデータへのアクセス権限をより厳格に管理すべきではないか?」という重要な問いを投げかけています。

私たちの身の回りのあらゆるモノがセンサーとなりインターネットに繋がるIoT時代。
便利さの裏に潜む新たなリスクに、私たちはもっと敏感になる必要があるのかもしれません。


お断り
記事内容は個人の見解であり、所属組織の立場や戦略・意見を代表するものではありません。
あくまでエンジニアとしての経験や考えを発信していますので、ご了承ください。

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@kaga-yasumitsu(加賀 泰光)

パナソニック コネクト株式会社で、社内向けにあれやこれやしています。なんやかんやありまして、社外向けにもあれやこれやしていきます。 ※Qiitaに掲載している内容は個人の見解であり、所属する組織の立場や戦略・意見を代表するものではありません。
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Comments

felis
@felis

本来ならノイズや誤作動の原因(休み時間に机に手をついたらマウスが反応してPCのロック画面が反応するアレ!)として捨てられたり無視されたりする信号を分析しちゃおう、という研究ですよね。ヨソで見かけて興味深く思っていました。
光学センサによる高精度データに頼っているので理屈の上ではボールタイプであっても光学式であれば標的になり得る一方で、静電式のトラックパッドや内部で車輪を転がしている昔ながらの機械式マウスやトラックボールには今のところ通用しない(はず)。

他の手段による盗聴に比べればかなり限定的ですし、入力デバイスへのアクセスは他のプログラムに便乗しない限りはOSに検知されるので「聞き耳を立ててる怪しい奴」としてセキュリティソフトがつまみ出すことはできそうなのが幸いなところでしょうか。
(波形の特徴点のみを記録して圧縮したり、他の画像ファイルに紛れ込ませたり、ユーザを誘導して自ら送信させたり、などの巧妙な手を使われる可能性はありますが)

「他のプログラムへの便乗」の典型例はWebブラウザですが、マウスのmoveイベントはそこまで精度が高くないので悪意あるページにミッキーを潜ませるのは難しそうです。

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