「うるせえばばあ」「じじい」小学生同士の“暴力トラブル”裁判、保護者に50万円賠償命令も…「息子はやってない」えん罪主張
2016年4月、神奈川県内の公立小学校に通う女子児童(当時5年生)が、男子児童(当時4年生)からひざを蹴られ後遺症を負ったなどとして、男子児童の保護者である両親と学校を運営する市を相手取って損害賠償を求めていた民事裁判で、10月3日、横浜地裁小田原支部は、男子児童の暴行と後遺障害との因果関係を認めなかった。
しかし、男子児童が1度暴行をふるったことは認め、男子児童の両親に対し、約50万円の損害賠償を支払うよう命じた。
判決後、男子児童の両親は記者会見を開き、「(暴行は)虚偽の事実であり、不当な判決」として、東京高裁へ控訴する方針を示した。(ライター・渋井哲也)
「うるせえばばあ」「じじい」言い合いからトラブルに
判決文などによると、原告の女子児童Aと、1学年下の男子児童Bは地域ごとに班に分けて集団登校させる「登校班」が同じだった。
Bは、通常学級に在籍していたが、発達障害(自閉症スペクトラム障害)を有しており、学校および市は特性を理解し、学校内の教諭らはもちろん、市のスクールカウンセラーなどにも情報が共有され、定期的なケース会議を開くなど対応がとられていたという。
2016年4月11日の下校時、小学校の敷地内でBがAから「早く帰るように」と注意されたことを機に、「うるせえばばあ」「じじい」などとお互い言い合いになった。
AとBは別々に校門を出たが、その後BがAに追いつき、通学路上のコンビニ付近でAの右膝を蹴ったという。これにより、Aは右膝を打撲、後遺障害が残ったと主張した。
Aはほかにも「膝を蹴られて、髪の毛を引っ張られた」「12日登校時にも足を蹴られた」「(学校内ですれ違った時に)殴るまねをされ、進路をふさがれた」などとも主張していたが、Bはいずれも否認していた。
さらに、A側はBとの一連のトラブルで心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したなどとして、Bの両親と安全配慮措置を講じなかった市に対して約2400万円の損害賠償を求めていた。
1度の暴行認めたが“後遺症”に因果関係は「なし」
裁判所は、2人のやりとりを目撃していた児童への聞き取りやこれまでの両者の発言などから、コンビニ付近でBがAに対し1度暴行を加えたことを認め、Bの両親に対し、約50万円の損害賠償を支払うよう命じた。
しかし、そのほかの行為は「Aの述べた内容を裏付ける事情、Bが述べた内容を排斥できる事情はない」として、Aの主張を認めなかった。
また、Aが主張していた後遺症についても、裁判長はAが暴行よりも前の2014年から右膝痛を訴えて通院・受診していたことなどを挙げ、「打撲が後遺障害を残すような重篤なものであったとは認められない」と、暴行との因果関係を否定した。
弁護士「非常に問題のある『冤罪事件』」批判
判決後の会見で、被告(B)側の代理人である伊藤克之弁護士は、暴行と後遺障害との因果関係が認められなかったことは「評価すべき」と述べたが、「そもそもBは暴力をふるっておらず、非常に問題のある『冤罪事件』だ」として判決を批判した。
「AはBから3回暴行を受けた結果、後遺症を負ったと主張していました。判決は、このうち2回の暴行については、証拠が不十分とのことで認定しませんでしたが、1回の暴行について、警察による触法調査の結果をもとに認定してしまいました」(伊藤弁護士)
Aは警察に「ランドセルを引っ張る、首を絞めるなどの暴行を受け、逃げたにもかかわらず追いかけてきて胸とお腹のあたりを1回ずつ殴る、右膝を5、6回蹴る、髪を引っ張る等の暴行を受けてけがを負った」として被害届を出しており、それに基づきBは触法・ぐ犯調査(※)を受けている。
※少年が事件や非行(ぐ犯事由)を起こした場合に、警察や児童相談所、家庭裁判所が行う調査
調査の結果がまとめられた「申述書」は裁判の証拠としても提出された。これには、Bが調査の中で、「左足でAのスネ辺りを1発蹴りました」と述べたことが書かれており、「本当に1発だけかな」という問いに対しては、「はい」と回答したとされ、最後には署名捺印がされているという。
これに対して、伊藤弁護士は「冤罪事件ではいわゆる『供述弱者』という言葉が使われていますが、Bは発達障害を抱えており、コミュニケーションが非常に苦手です。周りが騒ぐことで本人の記憶が混乱してしまい、実際に蹴ったのかわからないなどの曖昧な中で調書を取られてしまっています」と説明する。
また、伊藤弁護士は事件を目撃した児童について、「原告のAと親しい間柄であり、他にさしたる証拠もないのに、証言を鵜呑みにしているのは問題」と指摘。
さらに、Bは主治医から運動能力が劣る「発達性協調運動障害」とも診断されていることを挙げ、「Aは複数回に渡ってひざを蹴られたと主張していましたが、Bはサッカーボールを蹴ることも満足にできず、同じ箇所を何回も蹴ることはできないと主治医も証言しています。しかし、判決は、『少なくとも一回は蹴った』と認定しました。しかも、申述書ではBは『膝』ではなく、『スネを蹴った』と供述したことになっていますが、判決では『膝を蹴った』とされました」(伊藤弁護士)
「息子はAから嫌がらせをうけ、嫌な思いをすることがあった」
会見に出席したBの母親は「裁判でも発達障害の診断書などを出しましたが、判決は、Bの障害を考慮したものではありませんでした」と落胆する。
「この事件があってから私たちも知ったのですが、息子はAから嫌がらせをうけ、嫌な思いをすることがあったそうです。息子は(特性から)なかなか(自分の悩みについて)言えないし、言葉にできない。
原告に訴えられて以降、息子は壁に頭をぶつけたり、薬を大量に飲んだり、ハサミを持ち出そうとしたり、細かいものも含めれば、何回自傷行為に及んだのか数え切れません。病院に運ばれたことも3回あります。いつどんなきっかけで(自傷の)スイッチが入るのかわかりません」
同じく会見に出席したBの父親は怒りをあらわにする。
「警察の触法調査は、休憩なしで3時間続き、黙秘権の告知も全くありませんでした。息子は、発達障害でこだわりや正義感が強い。だからこそ、警察官になるのが夢で『僕みたいな子を助けたい』と言っていた。それなのに、警察官に冤罪をかけられた。今では(訴えられたことを)思い出すたびにフラッシュバックを起こし、息子は死にたくなるほど苦しんでいます」
両親は1回の暴行が認められた判決を不服として、東京高裁へ控訴することを考えているという。
■渋井哲也
栃木県生まれ。長野日報の記者を経て、フリーに。主な取材分野は、子ども・若者の生きづらさ。依存症、少年事件。教育問題など。
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