【完結】狂い咲きオンスロート~殺し屋から少女になった男の殺戮願望~【第二部】 作:詠符音黎
EX1.Idol Shoot down
真っ暗で広大なコンサート会場に、たくさんの観客がひしめいている。
客数はステージを正面から見られる一階センター席を満席にしているだけでなく、二階アリーナ席や三階スタンド席、さらには立見スペースまでしっかりと埋めており、それだけこれから行われるライブが期待値の高いものなのが分かる。
観客達はみな必死に口をきゅっと閉じていた。今にも叫び出したい興奮を抑え込んでいたのだ。
そうした観客達の努力によってかろうじて保たれている静寂。
それが、突如流れてくるパワーメタル的な曲調の音楽によって破られ、紫色のレーザービームライトがステージから幾本も伸びて闇を裂く。
そして闇に包まれていたステージ上を眩いライトが照らす。そこには左手に紫色の剣を持ち突き上げ、右手にマイクをもった赤いロリータファッションのステージ衣装を着た少女が目を瞑って立っていた。
流れてくるメロディアスで勢いのある曲にはおおよそ不釣り合いな格好。しかし、その少女の顔つきは間違いなく凛々しく引き締まっている。
それと同時に観客が抑えてこんでいた感情が爆発し、会場が歓声に包まれる。その中で目をカッと開いて、たくましく澄んだ声で歌い始める黒髪ショートで緑目の彼女。
彼女こそ今日本中の人気を集める新進気鋭のトップアイドル六波羅六花。
かつてC―666と呼ばれ、裏でPMCブラックブーケの副官として国の暗部リコリスから依頼を受け銃を握っている少女である。
◇◆◇◆◇
「はぇー六花ちゃんかわいい……かっこいい……」
「もうー伊藤さんまた見てるのー?」
昼下がりの喫茶リコリコ。
客の姿が少ない中で千束が漫画家の伊藤が座るござのテーブルにコーヒーを置きながら言った。
その顔は少し呆れた様子だ。
「いやでも実際凄いんだよ六花ちゃんのライブ! これは先日横浜アリーナで行われた初めてのワンマンライブの一部限定公開映像なんだけどさぁ、いやー普段の可愛い感じのトークやキャラからは打って変わって歌うときのイケメンな姿がまたギャップとしていいっていうかさ……もう私すっかりファンなのよー!」
「おお……熱量が凄い……」
今まで見たことのなかったような伊藤のテンションに若干引いてしまう千束。
彼女がそういう態度を取ってしまうのはその伊藤のテンションだけでなく、六花の本当の顔を千束はよく知っていたからだった。
千束が知る六花は真面目で冷徹な副官である。卓越した狙撃技術とずば抜けた近接格闘能力で敵を駆逐し、冷静に状況を判断し戦いを有利に進める殺意滾る魂と凍りつく思考を併せ持つ“鉄の獣”。
それが千束の知る六花の裏の姿だった。
『いやぁー私こんな広いステージで一人ライブなんて緊張してたんですけどぉー、みんなの顔見たら勇気付けられてぇ、一曲目の“ライコウ”もみんなちゃんと乗ってくれたからぁ』
だが、今伊藤のスマホの中に映る六花は可愛らしい笑みでふわふわとしたトークをしている。
「ははは……かわいいねー……」
その姿を見て、千束は伊藤が感じているのとはまた違うギャップを感じて笑うしかなかった。
「あー最初は黒花ちゃんを伝手にインタビューしたいって感じだったけど、今じゃ恐れ多くてまともに話せないかもなぁ。なんなら勝手にモチーフにしたキャラを漫画に出してるってのがバレたら怒られそうだし……いやでも六花ちゃんはそんな事では起こらないだろうけど……」
ぶつぶつと腕を組みながら悩む伊藤。
するとそんなとき、扉が開かれカランカランと来店を知らせる鐘の音がなった。
「はいいらっしゃいま……げっ」
新たな来客に笑顔を向けた千束だったが、その顔はすぐさま引きつる。
そこにいたのは非常にツバの広いキャペリンハットを被り、グラスが大きなサングラスをかけ、左手首に文字盤を内側に向けた高そうな腕時計をし、白いワンピースを身にまとい肩からデザイン重視の小さなバックを下げた女性だった。
露骨にお忍びファッションと言ったようなコーデであるが、それが誰かを千束は知っていた。
そこにいるのは、まさに伊藤が今スマホで眺めている六花本人であったのである。
「……上の席、空いてる?」
六花は表情を変えず人差し指を上に上げて端的に聞く。
そこで千束はハッとなりすぐさま笑顔を取り繕った。
「あっ、はいー空いてますー、どうぞお好きな席へー……」
千束に言われ二階席に向かっていく六花。伊藤はそんな彼女に気付くこともない。千束はそんな伊藤を一瞥した後、ゆっくりと上に上がっていく六花の後ろ姿を見て再び笑顔を引きつらせた。
「休憩上がりました、千束次を……ってどうしたんですか?」
と、そこに昼休憩に入っていたたきなが店に戻ってくる。千束の様子にすぐさま気づいたようだ。
「……コレとアレ」
「……ああ、なるほど」
伊藤と六花それぞれに指を差し小さな声で言う千束に納得するたきな。
その表情は千束以上に面倒に思っている事を隠していなかった。
「まあともかく、千束は休憩入って下さい。とりあえず私が回してますから」
「サンキュー……んじゃ後は任せたー……」
千束は苦笑しながら軽く片手を縦に立ててバックヤードに去っていく。
彼女が去った後、たきなは軽く「……はぁ」とため息をつき、二階席に注文を取りに行った。
そこには椅子に座りながら六花が腕と足を組んで待っていた。表情もサングラスで隠れていても分かる冷たさだ。
「ご注文は」
「……アイスのブラックコーヒーとチョコパフェ」
「了解しましたしばらくお待ちを」
「……待って」
最低限のやり取りを終え去って行こうとするたきな。
だが、そんな彼女を六花は止める。それにたきなは露骨に嫌そうな顔になった。
「……なんです、忙しいんですけど」
「忙しいって今の客私と下にいる伊藤さんだけじゃない。それよりもしれ……黒花さんは?」
「黒花は今日外で仕事をしています。言っておきますけど、“あっち”の仕事じゃないですよ。リコリコでやってる何でも屋としての仕事です」
“あっち”の仕事とはもちろんDAからの下請け業務である治安維持任務である。
今黒花はそれとは関係なく得意先にコーヒー豆を届けに行っていた。
「なるほど……最近入れ違いが多いけど今日もか。まあでもならしょうがない」
「納得いただけて何よりです。ていうか、さっき疑問抱いてましたけど現状が忙しい、もとい面倒なのってあなたのせいだと分からないんですか? てか伊藤さんがドハマリしててバレたらやばいからそんな頻繁に来ないでって前にはっきり言いましたよね。あなたそれなのに結構来るのなんですか嫌がらせなんですか」
直接言いたいことをぶつけるたきな。
だが六花はそんな彼女の言葉に一切表情を動かすことはなかった。
「別に私がそれこそ目の前でこの帽子とサングラスを外すでもしない限りバレないよ」
それどころか、小声ではあるがピシャリと言い放つ。
「その自信はどこから湧いてるんです?」
「無根拠な自信ってわけじゃない。むしろちゃんと根拠があって言ってるよこれは。昔、黒花さんが来る前の話だけど、私達はいろんな場所に送られて仕事をやってそのデータを取っていた。中には世界各地の戦場の空を飛んで荒らし回ってたのもいるくらい。それで私も例に漏れず色々やってたの。主に潜入任務や狙撃での殺しをね」
「…………」
思わぬ話にたきなは表情を引き締め手に持っていたオーダー伝票のクリップを握りしめる。
六花はその様子を気にする事なく注文時に一度置いていたメニューを再び手に取り眺めながら話す。
「それでその仕事は市街が舞台になることもよくあった。そしてそんなとき群衆に紛れる必要があるんだけど、ヘタに地味な服装だと逆に怪しまれる事も多いの。ま、言ってしまえば『私は後ろめたいことがあります』って言ってるようなものでもあるしね。逆にこうして派手な服装、目立つ服装だと“そういうファッション”で流される。今の私だって、まさか今人気絶頂のアイドルがこんなあからさまなお忍びファッションしてるとか逆に思わないのよみんな。ああやって他の事に集中してるならなおのことね」
下の階では伊藤が動画がいいところで終わった事を悲しみつつも自分の漫画を描き始めていた。
たきなはその様子を見て、そしてまた六花に目線を向ける。
「なるほど……人の先入観、心理の隙間をついた迷彩というわけですか。やり方は違いますが、発想としてはリコリスの制服と一緒ですね」
たきなは感心し顎に指を置きながら言った。
六花はそこでメニュー表から目を離したきなに向ける。
「そういうこと。分かったら早く注文お願い。ああ、あとこのスコーンも追加で」
「呼び止めたのあなたでしょうが。分かりました、今度こそしばらくお待ちを」
たきなは再び不機嫌な顔になりながらも下に降りていった。
六花はそんな彼女の姿を見ながらもカバンからスマホを取り出す。
そのロック画面には、微笑んで手をお腹の辺りで重ねている六花、格好つけてニヤリとして腕組をしている黒花、満面の笑みを浮かべウインクをして開いている目を人差し指と小指だけを立てているいわゆるコルナのジェスチャーで囲んでいるチユリ、ぎこちない笑い方をしながら微妙に上がってない腕でわずかに指の関節が折れているピースをしている七色の四人が全員ブラックブーケ用のリコリス制服を着て並びリコリコの前で撮った写真が映し出されていた。
それを見た後、六花は二階からカウンターを見下ろす。彼女はそこからミカとやりとりするたきな、そしてリコリコの店内全体を眺めてふっと僅かに笑ってみせたのだった。
「さて、そろそろ帰ろうかしら。……さすがに長居し過ぎたかな」
六花は左手首にある時計を確認して言った。目の前のテーブルには空になったパフェのグラス、コーヒーカップ、スコーンのカスが残った皿が置いてある。
時計の針はそろそろ長針が一周しそうになっている。
下の階にはいつしか伊藤以外にも何人かの客がやって来ていて賑やかになってきていた。
彼女は伝票の紙を片手に持ち下に静かに降りていってカウンター前に立つ。担当していたのはミカだった。
「今日もごちそうさまでした。コーヒー美味しかったです」
「それは良かった。まあ、たきなはあんな風に言っていたがまたいつでも来るといい。ここなら今の君でもゆっくりできるだろうからね」
「……はい。ありがとうございます」
六花はミカの言葉に静かに口元を緩め、頭を下げた。
そしてお釣りとレシートを受け取ると店を出て行こうとする。そのときであった。
「ただいまーっと。いやー話が思ったより弾んじゃって……」
六花が扉を開けようとしたとき、外から扉が開かれたのである。開いたのは、コーヒー豆を届け終わって帰ってきた紫のリコリス制服の黒花であった。
「あっ……」
「ん? ああ、りっ……お前、来てたのか。んーでも帰るところっぽいしタイミング悪かったかもなぁ」
「……ええ、でも気にしないで下さい。久々の休みに寄っただけですから」
伊藤がいるため六花の名前を出さないようにしながらも残念そうに言った黒花に対し、六花は静かに微笑み言った。
その顔に後悔の色はなかった。
「では、私はこれで……」
「――いいじゃんいいじゃん! 二人で裏に行って話してきなよ!」
と、そこで二人に軽快な声で言ってきたのは休憩から上がった千束だった。
彼女はいつしか六花の後ろに立っていて明るい笑顔を見せていた。
「いや、でも私は部外者だし……」
「別に店側の人間がオッケーしてるしいいのいいの! 別に誰も何も言わないって。ねぇ黒花」
「だなー、そんな面倒なこと言うやつは……まあたきなぐらいだな」
「だから黒花の中で私はどういうキャラになってるんですか」
そこで六花の食器を下げる途中だったたきなが通りすがる最中で言った。
黒花を軽く睨みつけるような視線だった。だが口調にはそこまで棘はない。
「別に私も口うるさく言う気はないですよ。毎回やるとかなら普通に怒りますけど、今日は久しぶりですからね。まあ特別に許してあげます」
「だってさ。んで、どうする?」
黒花に優しく言われた六花。
彼女は黒花、千束、たきな、そして店にいる客達をそれぞれ見る。カウンターにいるミカを見ると、彼は優しく笑ってコクリと無言で頷いた。
「……では、お言葉に甘えて」
「よし、オッケー」
六花はそこで黒花を再び見て小さく首を縦に振る。それに黒花はニカっと笑って先導するように店の奥に歩き始める。六花はその後を少し離れついて行った。
「あれ? 黒花ちゃんとさっきのお客さん一緒に入ってったけどあれって?」
と、それに気づいた伊藤がたきなに聞く。
「さあ? どうやら最近会ってなかった友達らしいですよ」
たきなはそんな伊藤にすっとぼけたような笑い方をして言った。
◇◆◇◆◇
リコリコの裏にある和室。
そこに六花と黒花が向かい合って座っている。黒花は片膝を立ててそこに手を置いて、六花は丁寧に正座をしていた。
なお普段クルミがいる押入れの戸は開けっ放しで空である。今彼女はホールスタッフとして駆り出されていた。
「やーしかし、ちょくちょく店には来てくれてたんだよね。そのたびにすれ違いだから、まあ運がなかったなお互い」
「ええ……まあでも、悪いのは私があまり休みが取れない事ですから……」
「いいよ謝る事なんかじゃないさ。“表”の生活が充実してるってのは、お前達にとっては喜ばしい事だものな」
わずかに俯く六花に対し、黒花は笑って言った。
だが六花は未だ顔を上げない。
「ですが……他のブラックブーケのみんなはそれなりに“裏”の仕事もこなしています。それなのに私だけ極端に仕事が少なくなっているのは、申し訳ない気持ちになりまして……」
「はぁ……本当にそういうところは真面目だなぁお前……」
黒花は呆れを隠さない顔で言う。そして、その表情のまま六花に言った。
「いいか、別に誰もお前を責めてないよ。お前も罪悪感なんて覚える必要はない。むしろ、感じるべきは私の方だよ。お前達をそういう世界から足抜けさせてやれなかったんだからな。私と違って、殺しで生きてる事を感じるなんて病気患ってないお前達を」
「そんな、病気なんて……」
「いいや病気だよ。というか、生まれ持った障害と言ってもいい」
六花が上げた視線の先にいる黒花はいつしか真面目な表情になっていた。
冷たく、しかし憂いを帯びた顔つきで、彼女は目を逸らすように斜め下に目線を向けていた。
「まともに生きる事でこれほどにどうしようもなくなる障害はない。今だって私はこうしてリコリコにいるが、仕事で人を殺さないと自分の命が迷子になる感覚に陥る。ないならないほうがいい。やろうと思えばあのバカ博士はこの感覚をお前達にも再現できたろうにやらなかったのが答えだ」
「……司令官」
六花は悲しそうな声を出してしまう。それに気づいた黒花は、一瞬自嘲気味に笑うと、すぐさまニカっとした笑みになって六花のおでこをトンと人差し指で押した。
「バカ、そんな顔するな。今はとりあえずなんとかなってるし、私は決めたんだ。アイツの隣にいるために、どんな壁とも戦ってやるってな。だから、お前が悲観する必要なんてないよ」
黒花の言葉には間違いなく前を向いている意志が感じられた。それに六花もまた勇気づけられる気分になる。
「……ええ、そうですね。思ったよりも情けない部分がある司令官のお世話も私達がしないといけませんから、センチになってる暇などありませんでした」
「さっそく煽りよってからに。ま、そのふてぶてしさもお前のいいところだよ。ああ、あとそうだ」
「はい?」
「言ってるだろ。平時は司令官じゃなくて、名前で呼べってさ」
「……はい、黒花さん。でも黒花さんは平時だと私の事名前で呼べませんよね? というか呼んだら面倒事起きるんで呼んでほしくないんですけどなんとかしてください。ああでも黒花さんそういうのセンスゼロでしたよねどうするべきか……」
「一言目で切ってたら雰囲気良かったのにそれってお前は二言目には煽らないと気が済まんのか?」
そこでお互い笑い合う六花と黒花。とても朗らかで和やかな笑いだった。
――Trrrrrr……
そんなとき、黒花のスマホが着信音を鳴らした。十月末の季節行事を題材にした古いホラー映画のテーマ曲で不安を煽るサウンドだ。
黒花はその着信音を聞いた瞬間、先程までの楽しそうな雰囲気から打って変わって、露骨に不快感を出し始めた。
「……あの、黒花さん?」
「……うん、分かってるよ。分かってるから、今出るから」
六花におずおずと聞かれ、黒花はゆっくりとスマホを手に取り、電話に出た。
「……はーい、クールビューティー黒花ちゃんですよ。……はあ冗談通じないねほんと。はいはい、で、直電って今回は何なのさ……うえ? マジで? うっそぉ……ああうん、分かった。今ちょうど目の前に本人いるからさ……あい、あい。じゃあ後はこっちでやるから。うい……」
異様に気怠げな、それでいてとても呆れた様子の黒花。
六花はその時点でもう話を聞くのが嫌になっていたのだが、自分が関わってそうな先程の内容を聞かないわけにおいかず、彼女は聞く事にした。
「……えっと、その、楠木はなんと?」
「うん、その……よく聞いてくれ六花」
黒花はまるで難病を告げる医師のような面持ちで、六花に告げた。
「今度のライブに出るお前、殺し屋に狙われてるってよ」
◇◆◇◆◇
「あっはははははははははは! アイドル狙う殺し屋って! どんなキモいアンチ引っ掛けたらそうなるわけ!? アホくせー! あはははははは!」
店が閉まった後のリコリコの店裏和室。
そこで大声を上げて琥珀色の瞳に涙を浮かべ笑っていたのは紫のリコリスの制服を着た六海チユリである。
サイドが長いミディアムアップのブロンドを揺らしながらゲラゲラ笑う彼女を、六花とその近くで座っていたたきなが苦い顔で見ていた。
「……この人、いつもこうなんですか?」
「ええまあ、うん……ごめん……」
たきながチユリを指差しながら言う。それに対し、六花はとても申し訳無さそうに返した。
「ま、まあ世の中いろんな人がいるし、ね……?」
そこで千束がフォローするように言った。彼女もまあまあ困り顔である。
「いや……でもさすがに、トップアイドルに殺し屋は、厄介度が、凄い……ドル売りの代償……」
それに対しチユリの横で紫色の目をスカイブルーの長髪で片目を隠した状態でスマホを見ながらボソリと言ったのが鳥弐亭七色である。
その言葉に更にチユリが大きく笑う。
「あっはははは! 七色辛辣ぅー! まあでもあんなキャピキャピしてたら敵の千や万は作るよねぇー! ははははは!」
「貴様ら……人が黙っていればつらつらと言いたい放題……!」
明らかに頭に来た様子の六花が拳を鳴らしながらすっとその場を立ち上がろうとする。
それを、横にいたたきなと黒花ががっと二人で羽交い締めにするように止めた。
「落ち着け! 落ち着け六花! 仲間同士で殺し合いなんて無益だ!」
「そうですよ! それに和室ってメチャクチャになったら掃除がめんどくさいんですからね!」
「止めないでくださいっ! そもそも私は顔出しとかせずにひっそりとやりたかったのにこいつらが私がパソコンの知識ないことを利用して顔出し動画上げたせいでっ……!」
「えー? でもアレは六花が世間知らずなのが悪いと思うんだけどなー? 素人環境でトラッカーなしでVtuberの3Dボディ配信とか撮影できるわけないじゃーん。自分の無知棚上げされてもなー?」
「自分でやろうとしなかった……六花の怠慢が、悪い……」
「言うに事欠いて貴様らああああああああああああっ!」
「ぬおわあああああああああっ! 落ち着け! 落ち着けえええええ!」
「ステイです! 六花! ステイ!」
そんな彼女らのドタバタを見ながら一歩離れた位置にいた千束は苦笑いをしながらチユリの方向を指差し、近くの押入れを空けてパソコンの画面を見ていたクルミに言った。
「……ねぇ、チユリちゃんって結構性格悪い?」
「そりゃーハッカーなんてやってるやつがマトモな人格してる訳ないだろ」
「いいから止めるの手伝わんかいあんたらっ!」
そこでいつからか部屋に来て見ていたミズキがガッっと千束を引っ張りながら言ってその騒動に加わった。
彼女らの介入でようやく六花は怒りを収め、チユリ達も黒花に怒られ反省の色をとりあえずは示した事により場は落ち着く。
「……それで、詳しい状況はどうなっているんだ?」
黒花にそう聞いてきたのは部屋が静かになるのを見計らって入ってきたミカだった。
彼の言葉に黒花はまた呆れた笑みを見せながら言った。
「ああ、今度この六花が代々木公園の外野ステージである新しい音楽フェスにアーティストの一人として出るんだけどさ。そこで極まったバカが殺しを依頼したんだよ。まあまあ腕のある狙撃手を雇ったらしいぞ」
「そこまでの情報はラジアータか。取引の傍受はできるほどに復旧は回復したんだな」
「ああ。でも前みたいに銃持ってぶらついてるやつ見つけてその場にリコリス送り込んで処理とかはまだまだ無理。今回も取引の断片的な情報掴んだレベルだ。具体的には依頼人、殺し屋の簡単なプロフィール、そして取引の内容ってとこだな」
「そこまで分かったらもう丸わかりじゃん」
ミズキがツッコミを入れる。だが黒花はふるふると首を横に振った。
「いやぁこれでもまだ前のラジアータには及ばないよ。それこそさっき言ったように路上で突発的に犯罪起こそうとしたやつですら察知して処理できてたんだから。マジきもいプライバイシーもクソもない」
「それでいて、今回は概要を掴めましたが細かい犯行の段取りなどは掴めなかった、というわけですね。分かるのは六花が野外フェスで狙われている事、それだけと」
たきなの言葉に黒花がコクリと頷く。
「まったくキチガイが立てた計画ってこれだから面倒なんだよ。普通に考えたらアホくさすぎる計画を大真面目に取り組んで金払うんだから」
「それ、あんたが言う?」
「……ハハハ」
千束がじっとりとした目線を黒花に向けてきた。
黒花は彼女の視線に思わず目を逸らし汗をたらりと流す。
「でもさー、依頼人分かってんなら捕まえたらいいじゃん。それでもう殺し屋としては仕事する意味なくない?」
チユリが胡座をかいた状態で合わせた両足を両手で握ってフラフラと上体を揺らしながら言った。
だが、その言葉に六花が首を振る。
「いいや、どうにもそいつ、前金で全額払いしてたそうで。それでいて、その殺し屋も妙に義理堅いやつらしく一度受けた仕事は最後までこなす事で有名らしい」
「いるんだよなーそういう悪い意味でプロ意識高いやつ。クライアントとの信頼関係を勝ち得るための仕事は大事だけど相手がダメな場合はその限りでもないのにさー。そういうのはいくら腕があっても二流止まりなんだよなー」
「快楽殺人のついでに仕事してた人には言われたくないですよねそいつも」
「……ハハ」
今度はたきなからのじっとりとした視線から目を逸らす黒花。
一方で未だスマホの画面に顔を突き合わせていた七色がポツリと口を開く。
「……でもさ、この会場で狙撃なんてできるの? せいぜい渋谷門展望デッキが関の山で、そこも木とか邪魔だしそんなとこで狙撃銃なんて出そうものならバレバレ過ぎない? てか人混みで狙えなくない?」
彼女はスマホで地図を開きながら言っていた。
ステージ正面には基本的に道路や公園の木々、平野が広がっている。
確かに七色の言う通り、そこに狙撃に適したポイントないように思えた。
「いや、そうでもない」
しかし、それに対する六花の答えは否であった。
「相手が腕としては一流のスナイパーなら、やりようのある位置は存在する。でもその中のいくつかは、みんなに処理してもらうとなるとなかなか無理がある場所でもある。今いるメンツがみんな来てくれたとしても、全部をカバーするのは難しい。だからこそ、狙撃位置に適している訳でもあるんだけど……それに、スナイパーではあるけど手段に固執せずブラックマーケットを利用してヘリとかの航空戦力を使ってくる可能性もあるし……」
考え込むように顎に手を置く六花。
眉間に皺を寄せておりとても真剣に悩んでいる様子が伺えた。
「てか、フェスの出場辞めればいいんじゃないか? そうすれば何も問題ないだろ」
そんな彼女に、呆れるように言ったのはクルミだ。
横でクルミの言葉に「あ、それもそうか」とミズキがポンと手を打っていた。
「は? 何言ってるの?」
だが、そこで六花が返してきたのは明確な“怒り”であった。
「えっ? い、いやボクは現実的は話をだな……」
「いい? いくら新規の野外フェスだからって結構なアーティストが集まってるからチケット倍率が凄いんだよ? それでもうみんな命を賭けるぐらいの勢いでチケット手に入れて私を見に来てくれてるんだよ? それを出場を取りやめる? それに問題がない? むしろ大アリなんだよね絶対ありえないんだよねそんな裏切りやれるわけがないんだよね」
「わ、分かった分かった! ボクが悪かったから! 何も知らないでテキトー言って悪かったって!」
クルミは慌てて両手を振って謝罪する。
六花はそんなクルミに「……いや、こっちこそごめん」と静かに返した。彼女のそんな感情的な姿に驚くたきなと千束。だがその一方で、黒花、チユリ、七色はなんだか嬉しそうに笑っていた。
離れて見ていたミカもどこか満足げに腕を組んで頷いている。
「……で、それで代案はあるんですか、現役のハイスクールアイドルな六波羅六花さん。理想論だけじゃどうにもならない世界だって、知ってるよな」
そこであえて意地悪な口調で黒花は聞いた。
テーブルに頬杖を突きながら聞く彼女であったが、そこには妙な信頼のようなものも見えた。
彼女の言葉に、六花は少し黙った後、コクリと頷いた。
「……ええ。あります。かなり危険な手ですが、失敗する気はありません」
確固たる決意の感じられる六花の言葉。
彼女の言葉を聞いて、黒花はいつものように不敵に笑った。
「ああ、ならやれ。私達が全力でサポートしてやる」
「分かりました。ではまず……」
すると六花はすっとバッグからスマホを取り出した。
そしてどこかに電話をかける。電話は数コールの後、相手が出る。六花はその電話の相手に話し始めた。
「ああ、マネージャー。ごめんなさい、一つワガママを聞いてほしいんです。今度の野外フェスのセトリ、変更したいところがありまして……」
◇◆◇◆◇
――後日。
夕方の代々木公園野外ステージ。
会場のボルテージはかなり高まっていた。次々と人気アーティスト達が素晴らしいパフォーマンスを披露し、密集した観客達の熱気が周囲の気温を上げているようにすら思えた。
その光景を遠巻きに観察していたのは黒花、そして千束であった。
彼女達はステージの見えるイベント広間の雑踏に紛れていた。
「さてビーストの目論見、果たしてうまくいくかどうか……」
黒花は作戦中のため六花の事をコードネームで呼びながら、周囲を警戒しつつも腕組みをしていた。
その顔はいつもどおり余裕ぶった怪しい微笑みだ。
だが、そんな彼女の姿を横で見ていた千束が手を口に当ててクスクスと笑っていた。
「……フフ」
「……な、なんだよ」
「ううん? ただ、本当はしっかり信頼してるのにそういう事言う無駄にカッコつけなところ本当に変わらないねーって」
「……チッ、もう染み付いた癖になってるんだ。流せよバカ」
顔を赤くし口を尖らせながら言う黒花。
だが千束はそんな黒花に今度はやさしく笑いかけた。
「いや、でもいいんじゃない? 黒花もそういう優しいところ、いろいろ見せるようになれてたのは良いことだよ」
「……ハッ、どうだか。私はいつこんな人間臭い感情に足を引っ張られないか気が気でないよ」
明らかに照れ隠しで大げさに悪ぶる黒花。それが更に千束をニッコリさせることになり、黒花はまた気恥ずかしくなる。
すると、先程までのアーティストの曲が終わりわずかな落ち着きを見せていた会場が再び一気に盛り上がった。
曲がなり始めたのだ。六花の歌のイントロが。
「さて……始まるぞ。ビースト曰く、相手が狙ってくるならトップアイドル様がステージに現れたタイミング。勝負はその一瞬だ。チューリング、トリニティ、そっちはどうだ?」
黒花は一気に表情を引き締め耳に忍ばせていた無線機を通じて連絡を取る。
『こちらチューリング。敵影は確認できず、オーバー』
『こちらトリニティ……同じく、敵影なし。オーバー』
「たきな、そっちはどう?」
『こちらも発見できません。オーバー』
「了解。こちらも同じだ、アウト。ならいよいよ、ビーストの勘に頼るしかないな……」
それぞれ無線を切る黒花と千束。
黒花は研ぎ澄ませた神経を切らす事なく言い、千束もまた会場一帯に目を凝らしている。
すると、会場にその日のために用意された設備から白いガスが噴射される。それこそが六花がステージに上がる合図だった。
より緊張感を彼女らが満たす。
その次の瞬間だった。
――タァン!
会場に、発砲音が響いたのだ。
直後に、煙が消え現れたのは、ほぼ真横に向かって狙撃銃TPG―1を構え、射撃を終えた青い巫女服モチーフのアイドル衣装を来た六花の姿だった。
その視線の先を見る千束、そしてハッとした顔になった。
「いたっ! 第一体育館の屋上!」
「はっ!? ウソだろまともに見えないぞ!?」
「一応ギリギリ見える場所! でも凄い……一発で仕留められてる……」
「おいおい、あいつ狙撃の腕前も私を越えたか……?」
千束が驚き感心したように言い、黒花はだらりと冷や汗と共に苦笑いを浮かべながら言う。
すると、ダァン! とステージに叩きつけるような音がした。六花が狙撃銃を投げ捨てたのだ。
そして、彼女はマイクに向かって歌い始めた。
《――僕こそが魔弾の射手なのさ……Shoot down……》
“Shoot down”
それこそが、彼女が一曲目に持ってきた曲名であり、歌い出しであり、カウンタースナイプは観客のテンションを引き上げる曲にぴったりの最高の演出となっていた。
◇◆◇◆◇
「ふぅ……」
自分の出番を終えた六花。
彼女は一人裏手の休憩スペースとして作られたテントの下でペットボトルの水を飲んでいた。片手にはスマホが持たれている。汗をたくさんかいていたが、やりきった満足感が溢れ出ていた。
「お疲れ様です、スーパーアイドルさん」
そんな彼女のもとにやってきたのはたきなだった。
たきなの顔を見た六花は目を丸くし、スマホをテーブルに置いた。
「まさか最初に労いの言葉をかけに来てくれたのがあなたなんてね。他の面々は?」
「基本的に事後処理ですね。千束はクリーナーの要請と現場確認、黒花はそんな千束のお守り、他二人は念の為に確認できていない敵がいないかの索敵です」
「なるほど、あなたはそれに参加しなかったんだ」
「ええ、役割分担の結果なぜだか暇になってしまいました。なので、こうして今回のMVPの顔でも見に来ようかと。こうしてあなたがお友達用のパスを配ってくれた事ですしね」
たきなは首から下げた許可証の入ったパスケースの紐をつまみ上げ揺らす。
六花はそんなたきなの様子に眉を顰めながらもクスっとした。
「なるほど。まあありがとう。お陰で無事ステージを終えられたわ」
「と言っても、私達は大したことをしてませんけどね。あんな神がかった射撃をしてあなた一人で対処しちゃったじゃないですか」
「私が対処できたのはあなた達が怪しい場所を全部潰してくれてたおかげよ。だから私は競技場屋根上っていうポイントに絞ることができた。まあ、念の為航空勢力を潰すために準備しておいてもらったペリカン1は不服かも知れないけど。もしヘリが来たら観客に被害が及ばないよううまく人がいないところに追いやってからしっかり処理するって言ってたのに結局リコリス関係の基地で待機だったから」
「さらっと言ってますけどそれ結構難しい事ですよね? できるんですかそれ?」
「……まあ、彼女なら軽くやってのけるのは間違いない」
「そんな凄いんですかその人……」
たきなは呆れの混じった声で言う。
六花もわずかに目を泳がせていたが「ふぅ……」と軽く息を吐くと、再びたきなの方を向いた。
「まあともかく、私がステージを完遂できたのはあなた達のおかげ。ありがとう、私のステージを守ってくれて」
「……いえ、リコリスとして……いいえ、違いますね。そう……友人として、当然の事をしただけです」
静かに笑いかけてたきなは言った。
彼女のその言葉に六花はまた一瞬目を丸くする。だが、今度はすぐさま笑い返して言う。
「……そう、ありがとう。私にもできるとはね、友人っていうのが」
「はい。私も私で驚いています」
「なにそれ」
「さあ、なんでしょうね」
「フフッ……」
「……フフ」
静かに微笑み合う二人。落ち着いた空間がそこには出来上がっていた。
「うおおおおおおおっ! だから! 私は友達なの! 六花の友達!」
「ですからお客様! 許可証を! 持っていた許可証をお見せ下さいっ!」
「いやだから落としたの! そういう融通を利かせろおおおおっ!」
「そんな言い訳通るわけ無いでしょバカ黒花! 私も一緒に探して上げるからさぁ一旦戻ろう!?」
「嫌だーっ! あのクソみたいな人混みの中で地面眺めながらパスケース探すとかしんどすぎるうううううっ! ていうか原因はお前だろうがっ! 真っ直ぐこっち来ればよかったのにお前が出店に私を連れ回すからぁっ!」
「いやでもだって出店だよ!? こんなん優先されるに決まってんじゃん! その場をエンジョイしないと花のJKとして恥だよ!」
「それでお前がパスケースの紐掴んで引っ張り回したのが悪いんだろうがよぉ! もういい私はこのまま行く! 誰も私は止められないっ!」
「よーしこうなれば私も乗っかってやる! 本当はダメだけどそうしろと私のテンションが囁くのだっ!」
「あーっダメですお客様! 落ち着いてくださいお客様! お客様ーっ!」
だが、その空間は突如テントの外から聞こえてきた大声で破壊される。
二人はそこで再び顔を見合わせ、大きくため息をついた。
「……お互い、大変ですね」
「うん……なんで普段のあの人はこう……」
六花はそこで立ち上がり、たきなと共にテントの外に出る。
テントのテーブルに置かれていた六花のスマホの待ち受け画面がその勢いで点灯する。
その画面は、リコリコの前に並ぶブラックブーケの四人、そして一緒に映る千束とたきなといったリコリコのメンバーを加えた新しいものに変わっていた。