表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
J/53  作者: 池金啓太
十二話「夢か現かその光景を」
468/1032

その光景を

光る靄はあっという間に部屋の中を包んでいった


その場にいた陽太、石動、雪奈の前衛の三人は異常が発生すると同時にいつでも戦闘態勢に移行できるように構えていたが、それを城島が制した


山崎の目の前にいた静希はあたりの景色が靄によってかたどられていくのを見ていた


そこは静希の知らない場所


どこかの山の一角なのだろう、周りには木々が生え、ぽっかりとあいた空間に幾つかの切り株が鎮座している


先程まであったはずの天井は見えず、そこからは青空と太陽がのぞいていた


不意に寒気がするのと同時に、自分の立っている場所に何かがいるのを感じ取ってその場からすぐに離れた


敵意でもなく殺気でもない


なにか、得体のしれない感情を向けられている


そして静希はそれを見た


山崎と向かい合い、そこにいる霊を


そして目を疑った


山崎の姿が変わっているのだ


いや正確に言えば、お守りから漏れ出した靄が山崎の体を包み、その姿を過去の、先程静希が見た若々しい姿へと変えているのだ


『ずっと・・・こうしたかった・・・』


声が聞こえた


今度は静希の声ではない、得体のしれない、誰かの声


静希と山崎は、その声の主が誰であるかを知っていた


「あぁ・・・俊樹・・・さん・・・」


山崎は大粒の涙を目から溢れさせながら、触れることもできない夫に向けて語りかけている


ただただ、名を呼ぶことで


『ずっと・・・ずっと・・・待たせてすまない・・・たくさん、苦労を掛けて・・・すまない・・・君を泣かせることしかできなくて・・・すまない・・・』


物質などない体でありながら、靄のままの幽霊、山崎俊樹は妻である山崎香織の頬を撫でる


触れられないのに、彼女はその手に頬を摺り寄せ、涙を流し続けている


「なにこれ・・・どうなってんの・・・」


この現象を理解できずに、鏡花は周囲の光景を目に焼き付け続けている


それは城島も、そしてほかの生徒たちも同じだった


いったい何が起こっているのか、静希にも理解できない


能力なのか、それとも霊が起こしているまったく別の何かなのか


静希の持っている知識にはまったく該当するものがなかった


『ようやく・・・帰ってこれた・・・本当に・・・』


「いいんです・・・こうして・・・ここに・・・かえって・・・来てくれ・・・て・・・」


山崎の言葉は涙を流し続けているせいで呼吸が荒くなり、正しい発音ができているかも怪しい


だがその言葉は確かに、目の前の夫に伝わっているようだった


『香織・・・すまなかった・・・ありがとう・・・』


もはや山崎は声を出すこともできず、その場に泣き崩れていた


そして、周りの景色が元の和室へと戻っていく


靄が幽霊へと集中し、少しずつ、その存在を希薄にさせていく


『シズキ、しっかり見ておきなさい』


唐突にメフィが語り掛けてきたことで、静希は緊張する


いったい何があるのか、そして今何が起こっているのか、メフィは理解しているのだろうか


『あれは・・・能力なのか?』


『近いものでしょうね・・・でも根本からその法則を離れている・・・』


能力に近いものが発現しているというのに、その法則を理解できない


そんなことがあり得るのだろうか


『物体に能力を封じ込めることは、高い技術と意思が必要なの・・・でもあのお守りはずっとこの家にあった・・・なのに力を得ている・・・本来ありえないことよ』


自身が持っていたお守りではなく、妻が持っていたお守りに宿り、力を与えた


メフィの知る霊装の作り方とは到底離れたものだ


『あの霊自体が能力を使っている可能性は・・・?』


『否定はできないわ・・・でもあの霊も、あの靄も、すべての起点はあのお守り・・・あれは限りなく霊装に近い物体になってる・・・はず』


はず、とメフィは言葉を濁した


そう、静希も気づいている


霊装の特性を、自らが所有している故に、その特性を理解していた


『能力が付加されたのなら、物質は必ず霊装化するはず・・・この世に永遠に残り、限られた者しか触れることはかなわない・・・でもあのお守りは違う、霊装化もせず、能力を持ったまま、誰でも触れられるようになっている、本来ならあり得ないわ、なのに実現している、それほどまでに彼女に伝えたいことがあったんでしょうね』


メフィの言葉を聞きながら、少しずつ消えていく山崎俊樹だったものを見つめる


まっすぐに自らの妻を見つめながら、その体を空気中に溶けさせていく


『私は能力を使える一つの存在として、彼を尊敬するわ・・・誰にでもできることじゃない、いえ、きっと彼にしか・・・いえ、あの二人でなければできない芸当だったでしょうね』


それは、言葉にするなら、奇跡と呼べる現象だったのだろう


この世界の誰にもできない、あの夫妻だったからこそ起こせた現象


静希も、そしてこの場にいる全員が、その光景を目に焼き付けていた


『シズキ、覚えておきなさい、貴方は力や技術を欲するかもしれないけど、この世界には力なんかよりも、技術なんかよりも、強いものがあるのよ』


頭の中に響く悪魔の声を聴きながら、静希は山崎俊樹の霊がその場から消えるまで、動くことも、声を出すこともできなかった


数秒の静寂の後、完全に靄が消え、残されたのは嗚咽を漏らす山崎と、立ち尽くす傍観者のみだった


その後、涙を流し続ける山崎を石動に任せ、静希達は胸に残る高揚感を抱えたまま床に就いた


常識を超えた、奇跡に近い何か


それは人の想いが起こす、不思議な現象


科学や常識では測れない、未知の現象だった


「ごめんなさいね、昨日はみっともないところを見せて・・・」


ようやく気持ちの整理がついたのか、それとも深夜まで起きていたのがつらかったのか、山崎は十時ごろに居間に現れた


「もう大丈夫なんですか?」


「えぇ・・・あの人の最後の言葉も聞けた・・・こんな気持ちは本当に久しぶり」


その顔にも、その声にも何の不満もないようで、とても幸せそうに見えた


何十年も待っていた主人の帰宅


彼女にとって、もはや叶わないと思っていたことが、昨日叶ったのだ


これほど嬉しいことはないだろう


「五十嵐君・・・ありがとう、あなたのおかげでまた主人に会えたわ」


「いえ・・・すごいのは俺じゃなくて、ご主人のほうですから」


あのメフィが、彼のことを尊敬するとまで言ったのだ


恐らく百年どころか千年単位で彼のような能力者は現れていないのだということがうかがえる


いや、あんな現象を起こせるものはもう二度とあらわれないかもしれない


それこそメフィにも、邪薙にも、絶対に起こすことはできないだろう


以前オルビアが武器に所有者の意思を保存するということを行っていた


だがあれは事前にかけたからこそ、そしてその場に武器があり、なおかつ彼女の力が保存という特殊なものだったからこそ起こった


だが今回のこれは全く別だ


遠く離れた想い人のお守りに、自らの意思を封じ込め、さらに能力に近い現象まで作り出した


霊が能力を発現しているかのように見えたあの現象、あれを奇跡と呼ばずしてなんと言えばいいのか


静希はただきっかけを与えただけ、ほかに何もしていない


「それでも、主人にもう一度会わせてくれて、ありがとう」


ありがとう


静希の中で幽霊が最後に言っていた言葉が再生される


その言葉を静希は何度も頭の中で反芻する


あのお守りは彼女が自作し、互いの髪を互いのお守りの中に入れて身に着けていたのだという


遺品のお守りの方には山崎自身の、タンスの中にあったお守りには夫の毛髪が入っていたらしい


恐らく山崎の夫の霊はその髪を依代にあのお守りに宿ったのだろうと邪薙は推察していた


もっとも、本当にそうなのかは今になってはわからないが


それから数時間して、静希達は山崎と別れを告げて帰路に就くことにした


全員軽口をたたくこともせず、神妙な面持ちをしていた


当然かもしれない、あのような現象に立ち会ってどのような反応をしていいのか迷っているのだ


普段おちゃらけている陽太や雪奈でさえ、何かを考え込むように窓の外を眺めている


「五十嵐・・・今回の件・・・本当にありがとう」


「・・・なんだいきなり・・・俺はほとんど何にもやってないぞ」


「・・・それでもだ・・・」


石動の唐突の感謝に驚きながら、静希はどう反応したらいいものか困ってしまう


だが、一つだけ実感していた


「なんか・・・あれだな」


「・・・?・・・なに?」


静希のつぶやきを聞いていたのか、一班の人間が静希の方に顔を向ける


何も考えずにつぶやいたが、静希はその後の言葉をもう決めていた


「ありがとうって言われるって・・・いいもんだな」


能力者は基本疎まれ、恐怖の対象となることが多い


静希は能力が弱いせいもあってそれほど恐れられることはなかったが、それでも十分に畏怖の感情を向けられてきた


だが今回山崎から向けられたのは、心からの感謝


恐怖も何もなく、ただ感謝された


それは山崎だからこそのものだったのかもしれない


だがそれでも、静希の心の中にいつまでもあの時の言葉が反芻されていた


どんなに褒められても、どんな利益があろうと、あの一言に勝てる気がしなかった


それほどまでに、心の底まで染み渡る、たったの五文字


こういうのも、たまにはいいのかもしれないと思いながら、静希はゆっくり目を閉じてあの光景を思い出す


山のどこか、少し開けたあの空間


太陽の光が降り注ぐ、切り株が点在する、あの光景を


静希たちが帰った後で、山崎は家の縁側で茶を飲んでいた


その手には、幽霊が宿っていた自分専用のお守りが括り付けられている


空は高く、雲はなく、太陽が照り付ける中、心地よい風が頬を撫でた


「気持ちいいですね、あなた」


眩しさに目を細めて、緩やかに笑いながら山崎は茶を飲む


彼女の平穏な日常はこれからも続くだろう


傍らにあるお守りが、日の光を浴びて少しだけ光って見えたのは、きっと気のせいではないだろう


そこに確かにあった奇跡の残り香を見ながら山崎は空を仰ぐ


自らの教え子と、その友に感謝しながら


これで十二話は完結です、明日から十三話が始まります


ここで一つルール追加


日曜日には誤字報告に関わらず複数まとめて投稿しようと思います


今日からすでに始まっているためこれから少しでも物語加速につながればと思います


もし余裕があれば土曜日も複数投稿にするかもしれません

ですがまずは日曜日だけということでご容赦ください


これからもお楽しみいただければ幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ