知らぬ間にアマプラ会員、どこから解約?「ダークパターン」日本でも

サンフランシスコ=奈良部健 井上道夫 編集委員・若江雅子

 「本を注文したら、アマゾンプライム会員に加入させられていた。3年間、毎月15ドル(約2270円)請求されていた」

 「解約したくて何度もアマゾンに電話したのに、できない。ネットでやれと言われたが、複雑でわからない。お金が取られ続けることにうんざり。助けて」

 先月下旬、米アマゾンの有料会員サービス「プライム」のトラブルをめぐり、アマゾン側が25億ドル(約3800億円)を支払うことで和解が成立した裁判。不当な行為があったとして訴えた米連邦取引委員会(FTC)のホームページには、消費者からの訴えが多数書き込まれている。

 アマゾンプライムは、米国では月額14.99ドルか年間139ドルを支払えば、通販での速やかな無料配送のほか、動画や音楽の配信が受けられるサービスだ。利用者が意図せずに入会したり、なかなか解約ができなかったりするケースにFTCは目を光らせてきた。

 和解金のうち15億ドルは推定3500万人の「被害」にあった消費者への返金にあてられる。残りの10億ドルは、規則違反としての罰金だ。

 ネット通販や動画配信サービスなどが広がるなか、消費者の誤認を誘ったり、「限定」など購買心をあおる文言を多用したりして、消費者に不利な選択を迫るサイト設計が目立つようになった。「ダークパターン」とよばれ、米国や欧州では消費者の声を起点に、法規制されている。

 日本でも昨年、法律家らが「ダークパターン対策協会」を立ち上げた。同協会が試算する年間の被害総額は1兆円を上回る。15日には、被害軽減に向け、誠実なサイト設計の認定制度の運用を始めた。

クリック誘導、難解な解約手続き…消費者に不安と混乱

 消費者がアマゾンのサイトで購入する際、プライムに「登録せず購入を続ける」という選択肢が意図的に見つけにくくされていた――。アマゾンを提訴した米連邦取引委員会(FTC)が米西部ワシントン州の連邦地裁に提出した訴状には、消費者の証言をもとにした「手口」が綴(つづ)られている。

 訴状によると、加入の選択欄にあらかじめ入ったチェックを外さなければ、自動的に月額課金(サブスクリプション)が伴う有料会員になるように設定されていた。登録はワンクリックでできるのに、登録しないで購入を続けようとすると、確認画面を何度もクリックする必要があったとも記されている。

 FTCは「登録が有料契約であることを明示せず、契約に伴う費用を簡単には確認できないようにし、曖昧(あいまい)な言葉で消費者が登録したことに気づかないようにもしていた」と批判する。

 登録へ誘導する一方、解約は難しくしていた。サイト上で解約手続きを見つけにくいデザインにし、複数の画面を経なければ解約できないように設計。解約ボタンにたどり着いても、「配送が遅くなります」「あと数日で次の特典が届きます」などと翻意を促す言葉が表示されたと指摘する。

 最終的に解約を確認する段階では、「自動更新を一時停止する」という紛らわしい選択肢を「完全に解約する」よりも目立つ位置に置いた。多くの消費者が誤って「一時停止」を選んだことで、解約が完了せずに課金が継続したという。

 アマゾン社内では、解約手続きが消費者に不満と混乱をもたらしていることを認識していたようだ。複雑な解約手続きは「イリアス」という名で呼ばれていた。古代ギリシャの詩人ホメロスの24巻にも及ぶ叙事詩の名前をなぞった隠語だ。さらに、「ユーザーの挫折による解約放棄」という指標もつくっていたという。

 アマゾンが支払う25億ドルは、FTC規則違反を認める和解金としては異例の額だ。FTCのファーガソン委員長は、声明で「欺瞞(ぎまん)的なサブスクリプションにウンザリしている数百万の米国人のために、記録的で画期的な勝利を収めた」と述べた。

 一方、アマゾンは和解には応じたものの、不正行為を認めず、声明に謝罪の言葉はなかった。和解に応じたのは、違法行為が認められた場合にアマゾン幹部が責任を問われるリスクを避けるためとみられている。

「ダークパターン」日本でも

 アマゾンのように、消費者を意図しない方向に導く「ダークパターン」とよばれる手法の言葉は英国の研究者が使い始めたとされる。

 国内の状況はどうか。消費者庁の研究機関「国際消費者政策研究センター」は今年3月、物販やサービスで利用実績の多いサイトなど計102のサイトを分析し、ダークパターンに該当する手法の有無を調べた結果を公表した。

 ダークパターンの各分類のうち「事前選択」に該当したのが75サイト。1回限りの購入ではなく定期購入コースになっていたり、複数のプランのうち料金が一番高い料金プランが選択されたりしていた。次いで、事業者が望む選択肢を目立たせるケースが69サイト。高評価のレビューのみを掲載するなど「お客様の声」に関するケースも56サイトで該当した。

 経済産業省の調査によると、2024年の国内の消費者向け電子商取引の市場規模は26兆1千億円に達し、この10年で倍増した。今後も商取引の電子化は進展すると見られる。

 消費者庁の堀井奈津子長官は10月2日の記者会見で、ダークパターンに含まれるような表示手法に対し、特定商取引法(特商法)や景品表示法(景表法)といった法令で規制できるものについては「引き続き厳正に対処していきたい」と話した。

 今年9月には、美容クリームの通販業者が、特商法違反(有利誤認・事実相違など)で6カ月の一部業務停止命令を受けた。1本単位(約2100円)で購入できるかのような表示をしていたが、2回目以降の商品を購入せずに契約を解除する場合、約1万900円の支払いが義務づけられる契約になっていた。

日本、現行法「新手口が規制の網からこぼれ落ちる」

日本でもアマゾンに専門家「典型的なダークパターン」

 プライム会員登録についてアマゾンジャパン広報は、世界の対応として「登録や解約を明確かつ簡単にできるよう努力しています」などとコメントする。関係者は日本でも改善を進めているというが、それでも問題視する声は少なくない。

 消費者法が専門のカライスコス・アントニオス龍谷大教授は「消費者に誤認を与え、意図しない契約を成立させる設計になっている。欧米の規制当局が問題視してきたダークパターンの典型だ」と指摘する。だが、現行法では違法になりにくいとも言う。

 例えば消費者契約法は、契約に際して消費者に分かりやすく必要な情報を提供することを事業者に求めているが、この規定は「努力義務」に過ぎず、守らなくてもなんのおとがめもない。

包括的な規制の欧州

 悪質な勧誘から消費者を守る特定商取引法(特商法)も、このケースには使えないという。特商法は「最終確認画面」で重要事項の明示を義務づけているが、アマゾンはその手前の段階で誤認を誘っており、最終確認画面では法令上問題のない表示にしているからだ。

 カライスコス教授は「日本のダークパターン規制は消費者契約法、景品表示法、特定商取引法など複数の法律に分かれ、しかも、問題行為を例示列挙して禁じる『ブラックリスト方式』も多い」と指摘。「これではデジタル化により次々と登場する新手口が、規制の網からこぼれ落ちてしまう」と嘆く。

 一方、包括的な厳しい規制で臨むのが欧州だ。例えば、欧州連合(EU)の不公正取引方法指令は、取引の種類にかかわらず、「不公正なこと」を包括的に禁止しているため、新たな手口にも柔軟に対応できる。日本のように「どの法律のどの条文に違反するか」という細かい当てはめをしなくても良くなっている。

 さらにオンライン上の消費者保護などのためプラットフォーム事業者を規制する「デジタルサービス法」などでもダークパターンを禁じ、重層的に対策を講じている。

 日本でも「既存の法律では十分に対応できていない」(消費者庁関係者)との危機感はある。だが、包括的な規制には、経済界の反発が予想される。

 もともと日本の消費者法がブラックリスト方式に偏重してきたのも、包括的規制では「何が違法になるのか判断できず、経済活動を萎縮させる」などと経済界が抵抗してきたためだ。

 カライスコス教授は「規制によって消費者を保護することは、悪質事業者を駆逐し、優良な事業者を保護することになる。健全な経済活動の促進のためにも、経済界はダークパターンの解消に協力してほしい」と訴えている。

「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは2カ月間無料体験

この記事を書いた人
奈良部健
サンフランシスコ支局長
専門・関心分野
テック、インド、財政と政治、移民難民、経済安保
井上道夫
くらし科学医療部|消費者庁担当
専門・関心分野
消費者問題
  • commentatorHeader
    鳥海不二夫
    (東京大学大学院教授=計算社会科学)
    2025年10月16日9時18分 投稿
    【視点】

    ダークパターンにはさまざまな種類があり、Wikipediaでは13種類が紹介されていますが、実際にはそれ以上に多くのパターンが存在します。 「意図しない契約」のように後から気づくものもあれば、「偽のカウントダウン」のように、そもそもダークパターンであることを知らなければ気づけないものもあります。 現状では、こうしたダークパターンへの対策は利用者が自衛するしかありません。しかし、そのためには、どのようなダークパターンが存在するのかを知っておく必要があります。とはいえ、現代の情報空間では多様なリテラシーが求められており、それに加えてさらに新しい知識を身につけなければならないというのは、大きな負担です。 今後は包括的な規制や対策の整備、あるいはユーザーの自衛を支援するAIの開発など、社会全体での対応が急務になるでしょう。

    …続きを読む