■特集:特色ある大学の学び
日本の大学では、学部卒業後に大学院に進むのは全体の1割程度、大学院で修士課程から博士課程に進むのは、さらにその1割程度しかいません。この割合は主要国の中でも少なく、そのことが日本の研究力やイノベーション力の低下につながっているという指摘もあります。そうした中で、九州大学は、学部入学から博士課程までの一貫コースをスタートさせます。一貫コースの学びの過程やメリット、入学方法について紹介します。(写真=高校生を対象とした「九州大学未来創成科学者育成プロジェクト」の研究の様子。九州大学提供)
入学後すぐに研究開始
九州大学は、学部入学から大学院の修士課程、さらには博士課程までを一貫して学ぶ新コース「次世代博士人材育成コース」を2027年4月に開設します。目的の1つが、博士課程を志望する学生の数を増やすことです。九州大学の未来人材育成機構で教育改革や高大接続などに取り組む野瀬健教授(学部・修士教育改革部門長、基幹教育院長)は、設置の目的をこう話します。
「大学に入学して研究を面白いと感じても、学生の大半が学部や修士で修了していく中で、自分だけが博士課程に進むのは、よほど強い思いがないと難しいことです。また、博士課程修了後の就職についてネガティブな印象を持つ保護者の方も少なくありません。次世代博士人材育成コースでは、こうした問題を踏まえてサポートしていくことを考えています」
次世代博士人材育成コースの最大の特色は、早期から研究活動ができることです。九州大学では、通常、研究室に所属するのは3~4年次ですが、同コースの学生は大学入学後すぐに研究室に所属します。
「九州大学では、1年次は『基幹教育』と呼ばれる教養教育からスタートします。しかし、卒業生へのアンケートでは、『早くから専門的な教育を受けたかった』という声もあります。同コースではこうした声を反映し、高校生の頃から専門分野の研究に対してやる気が高まっている学生に、早くから研究できる環境を提供します。数学や理論物理学などの分野は若手研究者が優れた成果を上げることも少なくありません」
最近は「レイトスペシャリゼーション」と呼ばれる、入学時には専攻を決めず、1~2年次に幅広く学んだ後に、専攻を決める仕組みを導入する大学も増えています。次世代博士人材育成コースは、それとは逆の仕組みといえますが、野瀬教授は「九州大学にはレイトスペシャリゼーションを取り入れた学部もあり、どちらも教育の多様化に向けた取り組みの1つです」と話します。
同コースの学生は、入学後、学部のカリキュラムに沿った学びをしつつ、空いた時間を使って研究活動を行います。先取り履修などにより、学部・学科が定める卒業・修了要件を満たし、優秀な成績を修めた場合は、早期卒業・修了を認めるなど、学生の成長に合わせた柔軟なカリキュラムを用意しています。
年間50万円の奨学金などのメリット
未来人材育成機構の高大接続改革部門長で、工学研究院材料工学部門の田中將己教授は、早期から研究に携わるメリットについて、こう話します。
「学ぶうえでの具体的な目標が明確にある学生にとって、早くから研究に携わるメリットは大きいと考えています。研究はメインのテーマだけではなく、それと関連した学びも必要になってくるので、何を学ぶべきかが早くからわかり、効率よく知識や技術を習得していくことができます」
同コースの学生は、研究以外ではほかの学部生と一緒に学んでいきますが、その中で孤立しないようなサポートも用意する予定です。
「所属や学年をまたいだ『若手研究者スクエア』という交流の場を予定しています。学部は違っても博士課程への道を目指す同志として切磋琢磨し、学年が上がって専門的な知識が増えていけば、お互いの分野の情報交換をできる場にしたいと考えています。そして、それぞれの学部に戻った時には、同級生を引っ張っていく存在になることを期待しています」
そのほか、教員や先輩から最先端の研究などを聞く機会を設け、未来人材育成機構の教員がキャリアパスについて指導するなど、安心して研究に打ち込めるような手厚いサポートが用意されています。さらに同コースの学部生および修士学生には年間50万円の奨学金が支給されます。
総合型選抜で、コース生に
次世代博士人材育成コースに入るには、2つのルートがあります。1つは、コースに直結する総合型選抜「次世代研究者発掘入試」を受ける方法、もう1つは九州大学に入学後に在学生を対象とした編入試験を受ける方法です。いずれかに合格すると、同コースに入ることができます。
では、総合型選抜「次世代研究者発掘入試」とは、どのような試験なのでしょうか。
「研究志向を持ち合わせた優秀な高校生を発掘するための入試方法です。研究に対するやる気や実績を志望理由書などの提出書類や、プレゼンテーション、口頭試問で評価します。高大接続の観点を重視していますので、高校生の時にどのような研究に取り組んだのかという点を特に評価します」(野瀬教授)
共通テストを課す方法と、課さない方法があり、目立った研究実績がなければ、共通テストを課す方法にするなど、自由に選ぶことができます。
次世代博士人材育成コースを27年度に開設するのに合わせて、次世代研究者発掘入試も27年度入試からスタートします。コースの定員は30人程度、初年度は工学部の一部の学科(電気情報工学科、材料工学科、応用化学科、化学工学科、融合基礎工学科、地球資源システム工学科)と農学部で導入予定です。
高校生でも大学レベルの研究を
次世代研究者発掘入試に合格するためには、研究実績が重視されるということですが、高校生の時に研究体験を積むのは簡単なことではありません。野瀬教授は研究に少しでも興味があれば、「各大学が高大連携事業として実施している研究や講義に参加してほしい」と話します。
「部活などの課外活動でスポーツや芸術に取り組むのと同じ感覚で、研究にも触れてほしいと思います。まずは高大連携事業などに参加して、実際の研究がどういうものかを知ることが大事です」
九州大学では、高校生が大学レベルの研究に取り組む「九州大学未来創成科学者育成プロジェクト(QFC-SP)」を実施しています。第1段階であるQFCプライマリーでは、九州大学の複数の教員によるオムニバス形式の講義を4日間受講し、最先端の科学研究や幅広い分野の知識に触れることができます。続くQFCリサーチでは、希望者を対象とした選抜を経て、約11カ月にわたり、月1、2回程度、九州大学の研究室で本格的な研究活動に取り組みます。最後に、研究発表を経て、修了となります。このプロジェクトを修了した学生が次世代博士人材育成コースに入った場合、希望すれば同じ研究室に所属することもできます。
九州大学は、幅広い研究分野の中でも、特に「脱炭素」「医療・健康」「環境・食料」の3つの社会的課題に取り組んでいます。例えば、クリーンエネルギー社会の実現に向けて、産学官連携によるさまざまな研究プロジェクトを行っているほか、昆虫のカイコを活用したワクチンの原料としての医療用タンパク質の開発、ドローンなどを活用してスマート農業による生産性や効率性の向上に取り組むなど、異分野を融合して社会的課題の解決を図っています。
一刻も早く研究に打ち込みたい、日本の科学技術の発展に尽力したいと考えている高校生にとって、次世代博士人材育成コースは最適な環境といえそうです。
※次世代研究者発掘入試の内容および次世代博士人材育成コースのカリキュラムは、今後、変更される場合があります。詳細につきましては、大学が公表する募集要項や九州大学未来人材育成機構のホームページ等でご確認ください。
(文=中寺暁子、写真=九州大学提供)
【写真】九州大の「次世代研究者発掘入試」の概要図
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