火災保険の元調査員が全国で保険金目的の放火を繰り返した事件では、200万円で購入した古民家の焼失に対し、計約7300万円もの共済金(保険金)が支払われていた。文字通りの〝焼け太り〟を可能にしたのは、保険金額を建物の時価ではなく、建て替えに必要な費用=再取得価額で計算する仕組み。元調査員はこうした専門知識を悪用して保険金を詐取したとみられる。(倉持亮)
一連の放火事件で逮捕されたのは、損害保険調査最大手「損害保険リサーチ」(東京)に長年在籍し、その後独立した深町優将(まさのぶ)容疑者(54)ら。関係者によると、深町容疑者は主に火災保険の調査を担当、知識や実務経験の豊富さから、業界ではこの分野の「エース」と呼ぶ人もいた。
実際に多額の共済金が支払われたのが、岐阜県飛驒市で令和4年に起きた古民家の火災だった。
岐阜県警によると、深町容疑者らは4年5月に木造2階建ての古民家を200万円で購入。建物だけで最大6千万円を保障する共済契約を地元の農業協同組合(JA)と結んだ。
その3カ月後、古民家に放火して延べ約300平方メートルを全焼させ、保障の満額に加え、片付け費用や見舞金などを受け取ったとされる。JAからの委託で火災原因を調べたのは損保リサーチ社。深町容疑者は当時まだ同社に在籍していたが、調査は別人が担当した。
なぜ200万円で買った古民家に高額な共済をかけることができたのか。実は火災共済や火災保険では、保障(補償)額を時価で決めてしまうと、建て替えの費用がまかなえない事態が生じうる。そのため、保障額を再取得価額で決める方法が一般的になっている。
再取得価額は対象物件が建てられた際の建築費などを参考に決められるが、それが分からない場合は1平方メートルあたりの建築単価から算定する。ある大手損保の試算によれば、岐阜県飛驒市の建築単価は1平方メートルあたり23万2千円。300平方では約7千万円となる。今回のケースでも、JAはこうした手法で保障限度額を定めたとみられる。
ただ再取得価額を基準にすると、築年数が古い物件ほど購入額と保障額に開きが出て、保険金詐欺のターゲットになりかねない。このため大手損保は、古い物件については契約すること自体に慎重だとされる。
大手損保では実際の購入額を参考に、物件の写真や現地視察で傷み具合を確認。居住実態なども踏まえた上で契約を見送ることもあり、担当者は「購入額の数十倍を支払うことになるような契約は、自社なら受けない」と明かす。
今回詐欺被害に遭ったJAも、全ての物件で再取得価額による契約を結んでいるわけではなく、「時価が再取得価額の50%未満の場合、加入限度額は時価」との基準を設けている。
ただ、この場合の時価は実際の市場価格とは異なり、再取得価額から経過年数に応じた減額を行った上で算出している。このため購入額が200万円だった岐阜の古民家も、計算上の時価では「再取得価額の50%未満」という要件に該当しなかったとみられる。
JAは大手損保とは違い、契約に際して「物件購入額は共済金額を決める上で考慮しない」と取材に明言した。
そもそも高額な共済には相応の掛け金が必要になり、安く買った古民家にかけるのは珍しい。購入からほどなく全焼した経緯も、保険金詐欺目的の放火が疑われる事情の一つだが、JAや損保リサーチ社は通常の火災と判断、支払いに応じた。
深町容疑者らのグループはこれまでにも岡山、青森の両県で同様の放火を行ったとして逮捕・起訴された。岡山で全焼した古民家はJA共済に加入していた。深町容疑者らのグループによる共済加入や支払いの経緯について、JA側は「個別の事案については答えられない」とした。
「JAは支払い経緯説明を」
損害保険契約に詳しい中央大の平澤敦教授の話
「実際の損害ではなく、再取得価額までをカバーする火災保険は、損害保険の中でも特殊な契約だ。ただ今回のケースは明らかに不審。JAは少なくとも請求を受けた段階で適切に調査を行い、支払いを留保して詐欺未遂で終わらせるべきだった。再発防止のためにも、JAは契約過程や支払いに至った経緯を説明すべきだ」
岐阜県飛驒市の古民家放火、保険金は7300万円 詐欺容疑で担当のエース調査員を再逮捕