こう言ったら失礼かもしれませんが、紀田先生は「二度亡くなった」んです。僕以上の蒐集家だった紀田先生のご自宅には、3万冊もの本があった。マンションに移るとき、知り合いや図書館など方々にお願いして、貴重な書籍を引き取ってもらおうとしたものの、引き受けてくれなかったそうです。
残った大量の本が業者のトラックで運ばれていったあと、紀田先生は落胆のあまり道に倒れ込んでしまったといいます。本を愛する紀田先生にとっては、それが一度目の「死」でした。
僕は倒れることこそなかったけど、身を切られるような思いだったのは同じです。肉体が死ぬ前に、精神的な「死」を迎えるなんて、思ってもみませんでした。
後編記事『最後の1万冊は「産廃業者のトラック」が持って行った…荒俣宏が振り返る、蔵書2万冊を処分しきるまで』へ続く。
「週刊現代」2025年10月27日号より