レイヴン、墜つ
いやぁ、ゲヘナ風紀委員会は強いねー
まさかレイヴンを倒すなんてー
すごいなー、あこがれちゃうなー
レイヴンが力尽き、ゲヘナ風紀委員の部隊を裏で指揮していた天雨アコは、崩れ落ちるように膝を突いた。
体を動かしていないと言うのに、息切れし、肩は激しく上下する。
全身から汗が滴り落ち、胸に手を当てれば、心臓が激しく脈打っている。
まるで全力疾走したかのようなこの状態は、レイヴンから齎された重圧によるものだった。
アコは、ゲヘナ学園の風紀委員会の事務室から、画面越しに指揮を取っていた。
それにも関わらず、まるで現地でレイヴンと対峙しているのかと思うような重圧をアコに齎した。
『行政官、大丈夫ですか?』
届いた声は、風紀委員会の火宮チナツのものだ。
こちらの不調に気付いての気遣いだろう。
息を整え、口を開く。
「…えぇ、もう大丈夫です。ご心配には及びません」
そう、もう大丈夫だ。
何せ、その不調の元凶は、もう沈黙したのだから。
『…とてつも無い方でしたね…お疲れ様でした』
チナツは現場の後方部隊で、負傷者の手当てをする為に待機している。
その彼女も現場の空気を感じ取っていたのだろう。
レイヴン──恐ろしい相手だった。
投入した部隊の内、三割、いや、四割ほどが、彼女たった一人に壊滅させられていた。
今まで導入した前例が無いような、大規模部隊にも関わらず。
しかも、正面から、だ。
あのまま戦いが続いていたら──背中に怖気が走る。
事前に、情報部からの便利屋68との戦闘の記録を精査し、分析し、その上で立てた作戦と、アコ自らが指揮を取っても尚、彼女が突如として戦闘の最中に不調を起こさなければ、全滅していたであろう事実に身体が震える。
爆撃にてレイヴンを孤立させ、そこに部隊を集中投入するというシンプルな作戦だった。
砂狼シロコにイオリを割かなければならなかったのは多少、苦しかったが、あのままイオリをレイヴンに当てても、真っ先に喰らい尽くされていただろう。
耐久性の面では、委員長のヒナには及ばないが、敏捷性、機動力、戦闘頭脳、戦闘技能という面では、勝るとも劣らない。
紛れもない、ヒナに匹敵し得る、最強の一角だった。
改めて考えれば、そんな相手をこうしてヒナの手を借りずに鎮圧することが出来たのは僥倖、幸運と言えるだろう。
アコは画面に視線を向ける。
レイヴンは未だに膝を突いて俯き、左眼からは血が滴り落ちている。
そこへ、警戒しながら委員がにじり寄っている。
どうかこのまま、これ以上、何事もなく無事に終わってくれ、とアコは祈らずにはいられなかった。
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レイヴンの様子は、アヤネと先生もまた、確認していた。
『そんな…イヴさん…!?』
アヤネは衝撃を受け、言葉を失っている。
「レイヴンが負けたって…嘘でしょ!?だって、だってアイツは…!あんな強いのに!!」
セリカは立ち上がり、事実を拒絶するように声を荒げる。
[“…ッ!セリカ、落ち着いて”]
先生は拳を握り、歯を食い締めながらも、頭を冷静にし、セリカを諌める。
「落ち着いてなんて…!──ごめん…」
先生の言葉に、セリカは我に返り、大人しく座り込む。
「そ、それにしても、レイヴンさんが負けるなんて、ゲヘナの風紀委員会の人たちはそんなに強い方々なんでしょうか…?」
ヒフミも実際にレイヴンの戦いは見たことは無かったが、その強さは聞いていた。
単騎で百のマーケットガードを相手に、ほぼ無傷で立ち回るような相手が負けてしまう風紀委員会は更に強いのか、という尤もな疑問を抱いていた。
『いえ、それなんですが、イヴさんは間違いなく、途中までは圧倒していました。相手は手も足も出ていない状態でした…』
「それなら…どうして…!」
膝を抱えて俯くセリカが、答えを追求する。
『…私も遠巻きに見ていただけなので、詳しくは分かりませんが、私が見ていた様子だと、イヴさんは突然、具合が悪くなったようでした。そこに攻撃を畳み掛けられ、回避が出来ずに…』
アヤネは、そこ先の言葉は濁した。
自身でも、口にしたくはなかったのだろう。
[“具合が悪く…?相手の攻撃によるものなのかな…?”]
毒や麻痺、睡眠といった、状態異常攻撃は十分に考えられる。
『ハッキリとは分かりませんが、そのような素振りは風紀委員会の方々の攻撃には見られませんでした』
アヤネから見ていた限りでは、普通に銃撃や手榴弾による爆撃のみを扱っているように見えた。
状態異常攻撃の可能性は限りなく低い。
「このままじゃレイヴンさん、マズいですよね?どうにかして助けられないでしょうか…?」
どうにかレイヴンを助けられないか、ヒフミは考えを巡らせる。
「…私が行くわ」
立ち上がったのはセリカだった。
[“セリカ…だけど今は──”]
「このままじっとなんてしていられない。アイツは…確かに最初は襲って来たけど、その後、カイザーに捕まった私を助けてくれた。学校を便利屋の襲撃から一人で守ってくれた。さっきも、私たちを逃がそうと一人で百の軍勢を相手に戦ってくれた!今だってそう!アイツはずっと、私たちの為に戦い続けてくれてる!今度は、私たちが助ける番!そうでしょ!?」
そのセリカには、先程のような自暴自棄になったような雰囲気は無かった。
決意と覚悟に満ちた表情だった。
「今なら私はフリーで誰にも邪魔される事なく、レイヴンのところに行けるはずよ…!」
『ですがセリカちゃん、ホシノ先輩に頼まれた先生の護衛は──』
[“アヤネ、心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫だよ”]
『先生…』
[“今は何も問題ない私よりも、イヴを優先したいんだ”]
「あ、アヤネさん!大丈夫です!私が残りますから!何があっても、私が先生を守ります!」
ヒフミがセリカの後押しをする。
『──分かりました!ごめんなさい!保身に走ってしまいました!セリカちゃんと先生の言う通りです!私が皆さんをサポートします!セリカちゃん!ヒフミさん!お願いします!!』
[“ありがとう、アヤネ”]
「うん!!」
「はい!!」
セリカとヒフミが同時に返事を返す。
その直後、何処かでガラスの割れる音が響く。
「──って、良い感じだったのに水を差してきたのは何処の誰よ!?」
セリカとヒフミは同時に音の聞こえて来た方向へと先生を守るように振り向く。
『侵入者──敵です!』
複数の足音と共に現れたのは、ゲヘナ風紀委員会。
「あうぅ!噂をすれば来ちゃいましたぁ!!」
「ったく、よりにもよって、こんなタイミングで来なくても…!」
現れたゲヘナ風紀委員の部隊は、横並びでセリカとヒフミへと銃を構え、にじり寄る。
[“むしろ、このタイミングだから、かもね…”]
『はい、タイミング的にも、レイヴンが落ちるタイミングを待って待機していた可能性はあります…!』
「何よそれ!?ならこの連中は最初から、先生とレイヴン狙いだったってこと!?」
怒りと驚きでセリカの顔が歪む。
風紀委員の一人が前に出る。
「アビドスの生徒よ、我々も手荒な真似はしたくない。大人しく先生をこちらに渡して貰おう」
「──ふざけてるの…?ここまでの事をしておいて、どの口が言ってんのよッ!!!」
セリカは憤怒の形相で風紀委員を睨み付け、猛り咆える。
「…交渉決裂か。ならば仕方ない──」
風紀委員の部隊が銃を構える。
「──はい!お引き取りください!!」
風紀委員でも、セリカ達でもない、第三者の声。
その直後、暗闇から火花が散り、無数の銃撃が風紀委員を強襲する。
「伏兵か!?撃てッ!!」
一瞬、風紀委員の部隊は混乱するが、すぐに立て直し、反撃の銃撃を暗闇へと放つ。
「よっ、と!それは当たりません☆」
銃弾は暗闇へと吸い込まれるように向かって行き──火花を散らして弾かれる。
「今の声、もしかして──!!」
『今のガトリングの連射は!!』
[“ノノミ!!”]
暗闇から姿を現したのは、銀行の外でホシノと便利屋の加勢に向かったはずのノノミだった。
その両手には、今は何故かホシノのシールドを携えている。
「お話は聞きました!セリカちゃん!行ってください!」
セリカとヒフミの前に、ホシノのシールドと共に立つ。
「ッ!ありがとう!ノノミ先輩!!」
地面を蹴り、セリカが外に飛び出す。
『セリカちゃん!私がサポートします!!』
風紀委員の銃撃をシールドで防ぎながら、ノノミは後ろのヒフミに振り向く。
「ヒフミちゃん!一緒に先生の護衛、頑張りましょう!」
「はい!ノノミさん!よろしくお願いします!!」
「先生!私たちの指揮をお願いします!!」
[“もちろん!行くよ!ノノミ!ヒフミ!”]
「「はいっ!!!!」」
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「ふぅ〜…取り敢えず、こんなモンかなぁ〜」
ピンクのポニーテールを揺らし、右手のSGを肩に担ぎ、汗を拭うホシノ。
それを便利屋一同は唖然とした表情で眺めていた。
ホシノの足元には、力尽きた風紀委員達が無数に横たわっていた。
ホシノは、ほぼ一人で、ゲヘナ風紀委員会を圧倒していた。
「こ、こいつ…ば、バケモノか…!?」
その足元で、逃げようとする、辛うじて意識がある風紀委員。
そこにトドメの銃床を叩き込む。
「バケモノだなんて酷いなー。これでもおじさん、繊細な女の子なんだから〜。傷付いちゃうなー」
ホシノを弧を描くように包囲する風紀委員部隊だったが、誰もが銃口を向けたまま、攻めあぐねている。
不用意に銃撃し、手痛い反撃を受けた結末が、ホシノの足元の骸*1だと言うことを十分に理解しているからだ。
「──それに、私なんてレイヴンちゃんに比べたらまだまだだよ」
「ハッ!そのレイヴンは、もう既に我々に敗れた!終わった!お前たちも、ここ終わりだ!!」
風紀委員の言葉に、便利屋に衝撃が走る。
「な、何ですってぇぇぇえええーーーーーーーーー!?」
アルはこの世の終わりとでも言うかのように白目を剥いた。
「えー…ウソ…レイヴンちゃん、負けちゃったの…?」
ムツキもハルカも、唖然とした表情を浮かべる。
「……」
唯一、カヨコは何か不安そうに険しい表情を浮かべている。
対してホシノは、キョトンとした表情を浮かべた。
その後──。
「あははは!君、面白いことを言うね〜」
ホシノは腹を抱えて笑い始める。
「何だ?強がりは止めておいた方が身の為だぞ?」
「強がり、って…君さぁ──私に手も足も出ないのに、良く言えるね」
薄ら笑いを浮かべながら、ホシノは煽るように言い放つ。
「貴様…!!」
「──それと、レイヴンちゃんの事だけど、君たちは何も分かってないよ。あの子は、追い込まれることはあっても、負ける事は無い。絶対に」
ホシノの言葉に、アルは疑問を抱く。
「どう言うことかしら…?」
「アル、前にレイヴンと戦った時のこと、覚えてる?」
アルに声を掛けたのは、カヨコ。
「え、えぇ…正直、思い出したくもないけど…」
アルはゲンナリした様子で俯く。
「あの時と同じだよ。私たちもあの時、風紀委員程じゃないけど、レイヴンを追い詰めた。その後、どうなったかは──アルも知ってるよね?」
アルはその時のことを思い出し、ゴクリと喉を鳴らす。
「私の見立てでは、レイヴン──彼女は、追い詰めれば追い詰める程、それに応じて力を増幅させ、強くなる。多分、小鳥遊ホシノも同じ考えなんだと思う」
それを聞いたアルは、表情を一変させ、険しい表情を浮かべる。
「…何よ、そんなのまるで──」
「負ける事すら、レイヴンには許されてないみたいじゃない…!」
倒れる事も、負ける事も許されず、勝ち続ける為に戦い続ける。
そんな風に、アルは感じ取った。
「あっ!そうだぁ!」
そこへ、背中を向けたままホシノが声を掛ける。
「便利屋のみんなに、ちょっとお願いがあるんだけど、聞いてくれるかなぁ?」
様々な希望と絶望が入り乱れていますが、はてさて、どうなる事やら…
深い意味はありませんが、取り敢えず、アコちゃん、お疲れ様、です!