その男は禰豆子と炭治郎の前で、炭治郎が作ったおにぎりを美味しそうに食べながら、何にも負けない無敵の人間のように振る舞っていた。
自信は顔や態度に出る。
その男ほど自信満々に、腹が立つほどに傲岸不遜な空気を纏っている人間を、禰豆子はその短い人生で一度も見たことがなかった。
「禰豆子か。いい名だ」
彼と言葉を交わしたのは、自分が12の頃だと、禰豆子は記憶している。
「禰は神に美しい花を捧げる象形から出来た字。
神聖、霊廟を意味する字だ。
豆は禰を頭に付けているのだから、おそらく節分の豆だろう。
豆は
この国で最も有名な鬼滅の武器だ。
見る者が見れば分かる鬼滅の名。
魔と鬼を跳ね除け娘の幸福を守る名。
拙者の私見だが、お前は親に、とても綺麗な名前を付けられていると思う」
子供にはあまりにも分かり辛い説法だったことを覚えている。
それでも、自分の名前と両親が褒められていることは分かったから、嬉しく思ったことを覚えている。
禰豆子は、あの頃の日々のことを、覚えている。
「お前の親は、きっとお前に、鬼になど負けない退魔の祈りを込めたのだろうな」
そして、禰豆子は、今が戦闘中であることを思い出した。
気絶していた禰豆子が目を覚ます。
「っ」
痛む体で激痛に耐え、呼吸を行い、痛みを抑える。
出血なし。骨折なし。足に裂傷あり。冷静に自分の状態を把握し、呼吸で止血する。
気絶から目覚めて一秒と経たず、禰豆子は周囲の状況の把握も完了した。
崩壊された遊郭の家屋。
絶え間なく続く斬撃音。
空には星空に輝く月。
一般市民を庇い鬼の蹴撃を受け、吹っ飛ばされてボロ小屋に叩きつけられた禰豆子は、その衝撃で気絶してしまっていたようだ。
近くに転がっていた己の赤き日輪刀を急いで拾い上げ、鬼を見据える。
上弦の伍の片割れ―――堕姫。
美しくも恐ろしいその鬼と、炭治郎は今一人で対峙していた。
縦横無尽に振るわれる帯が、凄まじい斬撃を連続で放ち、炭治郎の体を切り刻むも、凄まじい速度で体を再生する炭治郎の体からは四肢が離れることすらない。
炭治郎の肉体再生速度は、堕姫が瞠目する程に早かった。
「その再生力、上弦……というか話に聞く侍のヤツのそれに近いのかしら」
嵐のような猛攻が、空間単位でみじん切りにする勢いで、堕姫の帯の斬撃が放たれる。
堕姫は実力こそ現在の上弦メンバーの中で最も劣るが、小器用だった。
帯は広範囲を切り刻む範囲攻撃とすることが可能で、敵単体に集中すれば弱い世代の柱も容易に圧倒し、敵が強力な鬼でも大抵競り負けることはない。
帯で分身体を作り、帯に人間を封じ込めることもできる。
首を柔軟性と強度を両立した帯に変えることで、一定以上の実力を持たない剣士では絶対に頸を切れないようにしており、最上位の剣士でもなければ確実に詰む。
この女を八八のところまで行かせれば、八八は最悪その時点で詰みかねない。
それが、禰豆子と炭治郎の共通見解だった。
彼女が非常に小器用なのは、彼女が鬼になんてならなければ、何にでもなれたということを意味する。これは多才の証明だ。
そして同時に、それでもなお上弦最下位クラスに弱いのは、鬼になる前の堕姫が『血なまぐさい戦いの世界だけは向いていなかった』ということを意味していた。
「喋れないってことは吃音かなんかなんでしょ?
生きてても笑われることしかないんだから……さっさとくたばってろっ!」
炭治郎を粉微塵に切り刻んで肉片を帯に封印してやろうとする堕姫。
振り回す帯は、街の一区画をまとめて細切れにする威力・速度・攻撃範囲を併せ持つ。
炭治郎はそれを受けようとして―――受けようとした彼の日輪刀が、切り刻まれる。
「!?」
日輪刀の強度は、使い手と敵の技量差に担保される。
日本刀剣術には『刃筋を立てる』概念があり、日輪刀もまた、敵の攻撃に対し垂直に刃を当てることで『折れずに断ち切る』という結果を導き出している。
逆に言えばそれは、日輪刀の刃に横から攻撃を当てれば、上位層の鬼の力ならば容易に日輪刀を折れるということを意味する。
剣士の方が技量が高ければ日輪刀は折られない。
ゆえに、これは現在の炭治郎と堕姫の圧倒的な実力差を示していた。
「お兄ちゃん!」
禰豆子が飛び込み、切り込む。
妹が兄を庇うが、堕姫の猛攻は継子クラスで捌けるものではない。
禰豆子が帯による連続攻撃の半分を受け持ち、炭治郎がもう半分を受け持ち、二人の息の合った連携で帯を防ぎ、避け、切り落とし、蹴り落とし、受け流し――
「鬱陶しいわね」
――けれども。
堕姫が少し苛立ち、少し攻撃の手を苛烈にしただけで、押し切られる。
堕姫の帯が地面を切り飛ばし、二人の足元が崩れる。
切り刻まれ宙を舞った"建物だったもの"が二人の頭上から降り注ぐ。
鬼でないなら、無視はできない。
足元は崩れ、飛んで来る瓦礫が体に当たれば怪我をする。
その上で、帯が変わらぬ攻勢で攻め立ててくる。
「―――!!」
柱は鬼殺隊を支える最たるもの、ゆえに柱と称される。
その強さで、在り方で、柱は鬼殺隊という組織と隊士の心を支える柱となる。
現世代は特に強く、十二鬼月の下弦クラスならばまるで相手にもならない。
柱一人でも特級の戦力。
三人も揃えば上弦の下位クラスとも十分に戦える。
問題は、彼らが戦う敵が、上弦の鬼・玉壺だけでなく、下弦の鬼・累とその配下であるということだった。
伊黒の刀の切っ先が、奇跡的に玉壺の首に届く。
だが、その刃は首を切断できず、弾かれた。
「!」
「この鱗は金剛石より硬いのですよ。その程度の攻撃では通らない……ククク」
八八達が黒死牟を倒したことで、上弦にもはや油断はない。
最初からフルに全力を出している玉壺は上弦の格に相応しく、ダイヤモンドを超える硬度の鱗で体を覆っている。
硬度と強度はイコールではないが、硬度とはすなわり『刃の立ちにくさ』であり、十分な靭性を併せ持つこの鱗は非力な伊黒では突破できない。
更に鱗は体表に並んでいるものであり、肉を硬化するのとは違い、強固な鱗と柔軟な筋肉を併用することで、防御力とスピードを両方とも最高値で並立させることができる。
非常に速い上に、硬すぎて大抵の攻撃が効かない。伊黒は忌々しげに歯噛みした。
(この首の硬さ、岩か音の腕力でもないと容易に切断できないか……!?)
反撃の玉壺の拳撃を、伊黒は後方宙返り気味に跳んでかわす。
外れた拳が背後の建物に当たり、建物が丸ごと魚の群れに変えられてしまった。
たった一撃。
されど一撃。
かすっただけで、どんな防御も無意味となって即死する。
「っ」
そこに、更に追撃が飛んで来る。
当たれば操られてしまう操作の糸。
包まれればそのまま溶解されてしまう繭の糸。
強酸性の体液の連弾。
四方八方から放たれるそれを、『ある合図』を頼りに伊黒はそれを跳んでかわした。
伊黒が周りを見れば、そこかしこに鬼がいる。
下弦の鬼・累が連れてきた、累と似た容姿の鬼達。
それぞれが階級下位の鬼殺隊士に競り勝つだけの強さを持ち、当たれば死に直結するクラスの血鬼術を持ち、他の鬼と連携している。
この雑多な鬼の群れが、玉壺に対する『万が一の勝機』を消し去ってしまっていた。
「『群れる鬼』……共食いの習性がある鬼の中でも特異な下弦か」
「数を頼りにできないのは、弱い人間の弱点ですねぇ」
「チッ」
玉壺が嘲り、伊黒は舌打ちする。
伊黒の視界の死角から『空飛ぶ魚』が迫り、パチッ、と合図の音が鳴り、音を聞いた伊黒が魚を切り捨てる。
魚は死ぬと毒を飛散し、伊黒はなんとかそれを避けた。
今、新宿遊郭の空を舞う一万匹前後の魚は、その全てが柱達の隙を虎視眈々と狙っており、食らいつけば肉を噛み千切り、切り捨てられても周囲に毒を飛散させる。
毒液一滴が肌に触れるだけで即死すると、伊黒は直感的に感じていた。
彼一人で玉壺と対峙しているのには訳がある。
こちら側で伊黒達が対峙していた鬼は、玉壺と累と、累が引き連れた鬼達。
すなわち『群体制圧型』の鬼である。
鬼は群れない。共食いの習性を持つ。
群れた鬼が反逆する万が一の可能性に、無惨が怯えているからだ。
ゆえに鬼と鬼殺隊の戦いが集団対集団になることはめったにない。
強力な剣士と鬼の一対一になるか、鬼殺隊が徒党を組み連携という"人間の力"をもって強力な鬼を討ちに行くか、という形になる。
(俺がこの鬼を速攻で全部片付けてキチ八を助けに行けば……無理か、それは)
ゆえに、強力な鬼が鬼狩りの集団と戦う時の戦闘志向はおおまか二種に分かれる。
単独でも無双できる形か、頭数を増やして数で対抗する形か、のどちらかだ。
上弦の壱、童磨は自分と同等の氷人形を複数投入しているため後者。
上弦の弐、猗窩座は前者。
上弦の伍、妓夫太郎も前者だ。同様に堕姫も前者である。
玉壺は壺から壺へ転移して逃げ回り、大量の巨大な鬼魚を生み出し人を襲わせ、毒を持った空飛ぶ魚を一瞬で一万匹生成する。
広域を丁寧に制圧する力は、上弦の中で最も高い。
累は極めて珍しい『疑似家族を作る』鬼であり、下級の鬼を引き連れ群れを作るがゆえに、血鬼術を活かせる森の中やこういった街中での戦闘ではめっぽう強い。
「……面倒な」
目の前には玉壺。
周囲には累が引き連れてきた数体の鬼。
空には一万匹の猛毒魚。
そこかしこで大暴れする金魚のような形の巨大な鬼魚。
崩壊した無数の家屋。
瓦礫の合間には、累が連れてきた鬼の血鬼術により、蜘蛛に変えられていく途中の、蜘蛛と人間の中間の形態をした人間が蠢いている。
蜘蛛に変えられていく最中の人間が、か細い声で、伊黒に助けを求めた。
「たすけて」
最下級の遊女を、女郎と言う。
"女郎蜘蛛"が、そこかしこで蠢いている。
ここは筆舌に尽くし難いほどの地獄だった。伊黒が苛立たしげに目を細める。
「黙って待ってろ」
助けないなどとは言わない。
無言で見捨てることもしない。
助けてやるから待ってろと、言外に、誓うように伊黒は言う。
完全に蜘蛛に変われば、少し前まで一般人だったはずの彼女らも、鬼に支配され伊黒を襲い始めることだろう。状況は加速度的に悪くなっていく。
甘露寺と煉獄が今どこで誰と――何と――戦っているのか、正直なところ、伊黒は全く把握できていなかった。
そんな伊黒を、玉壺は嘲笑う。
「愚か愚か。
美しさには程遠い、優柔不断なる醜悪。
まったく、これだから追い詰められた人間をつつくのはやめられない」
「……」
「ですが、生きる道はあります。教えて差し上げましょう」
「……?」
「八八という男について全ての情報を吐いていただきます。
さすれば、あなた一人を見逃すくらいは問題もない。ヒョッヒョッ」
「!」
「あの男の不死の手がかりになるもの。あの異様な存在のルーツ。そして……」
玉壺はそっと、"本題"を、会話に織り交ぜる。
「あの男が
炭治郎と禰豆子が八八を助けるべく、ここを離れていったのは、正解だったかもしれない。
ここに居たならば、玉壺は炭治郎を連れ去ってから、改めて皆殺しに入っていたかもしれなかったから。
「これは最近掴んだばかりの情報で、私は一刻も早くこの情報を確定させたいのです」
「……」
「あの御方はまだ確定していない情報を伝えられることを嫌う。
ですが、ほぼ確定の情報と見ていいでしょう。
実際に、太陽の下を平然と歩く鬼を、私はこの目で確かめたのですから。ヒョッヒョッ」
「……」
「あれは自然に陽光を克服したわけではないらしい。
さりとて陽光を克服したことは事実。
ならばその過程を確かめられれば……
食らうことに何の問題もなければ……
あとはあの炭治郎とかいう鬼を食えばそれだけで陽光を克服できるかもしれない。
あの御方だけでなく、我々も全員が陽光を克服できる可能性も高い……ヒョヒョッ」
玉壺が首を人間ではありえないほどの角度まで捻じり曲げ、笑う。
異形の哄笑だった。
鬼が皆陽光を克服したらどうなるか?
鬼は自力のみで数を増やせない。
よって漫画の吸血鬼のように一気に数を増やすことはないだろう。
『寿命』と『繁殖』という命の基本ルールを鬼は真っ向から否定している。
存在そのものが、自然の摂理に逆らっている。
そんなものが昼も夜も闊歩し、唯一の弱点の陽光や、陽光の力を宿した日輪刀への耐性を獲得したらどうなるか? 間違いなく、ろくなことにはならない。
伊黒は八八から受け取った青い日輪刀を構え、冷たい口調で言い放つ。
「キチ八よりも中身の無い長話は終わりか?」
「なんですと?」
「頭が悪いな。だからそんな乞食の手作りのような壺しか作れないのか」
「―――は?」
伊黒は玉壺を挑発し、他の鬼に飛びかかる素振りを見せる。
伊黒はそう見せかけただけで大きく動かなかったが、玉壺以外の鬼の注目が伊黒に集まり、それが"最高の援護"になる。
弱い鬼は、柱という強者の動きを無視できないからだ。
伊黒の立ち回りは、蛇のように強かで、賢しい。
味方であれば心強く、敵に回すと厄介極まりないほどに。
「よそみしてたら駄目よ!」
伊黒が全員の意識を引きつけたその瞬間、累が引き連れてきた何体かの鬼の首が、切り飛ばされた。
「恋柱!?」
玉壺はそこで気付く。
鬼狩りの処理能力をパンクさせるために街中に放った空飛ぶ魚達が、もうほとんど残っていないということに。
甘露寺は鞭のような刀を使う。
新体操の如く力強さと柔軟性を両立する彼女の剣術は、"広く薙ぎ払う"ことが得意であり、師の煉獄譲りの非常に高い攻撃能力も併せ持つ。
敵が多数であれば、彼女の剣術は柱でも最上位クラスの効果を発揮するのだ。
伊黒がネームドユニットを素早い身のこなしで引きつけている間に、甘露寺は空を舞う大量の魚達をあっという間に一掃していたのである。
敵を倒すためではなく。人を守るために。
「せいっ!」
屋根の上に着地した甘露寺に、蜘蛛に成り果てた人間達が飛び掛かっていくが、甘露寺のビンタ連発でギャグのように吹っ飛んでいく。
ある蜘蛛は地面に転がり、ある蜘蛛は壁に叩きつけられ、ある蜘蛛は野菜の山に突っ込み、死なない程度の衝撃によってそれぞれ一発で気絶させられていた。
「ごめんなさい! 後で謝りますから今は許して!」
玉壺の眉間に皺が寄る。
目が口、額と口に眼球がある異形の玉壺のそこを、眉間と呼ぶかは分からないが……玉壺が甘露寺に不快感を覚えたことは明白だった。
玉壺が腕を上げる。
すると、玉壺の横にあった壺から、10mはあろうかという巨大な
「……蛸壺地獄!」
「きゃー!?」
巨大な触腕が建物ごと甘露寺をふっとばし、甘露寺が宙を舞う。
空中では身動きも取れず、甘露寺は猛烈な勢いで頭から瓦礫に突っ込み―――そうにはなったが、そうならず。
十匹ほどの"ムキムキねずみ"達が、シーツを広げ、大きな柱と柱の間で甘露寺を柔らかく受け止め、やんわりと着地させてくれていた。
「ありがとうねずみさん達! 後でチーズあげるからね!」
甘露寺が朗らかな笑顔で、ねずみ達に心からの感謝を述べる。
ねずみ達が誇らしげに頷き、甘露寺に握った拳を見せる。
甘露寺もちょっと楽しげに、拳を握って見せ返していた。
ムキムキねずみ達は八八の指示を受け、柱達の援護に回っていた。
死角からの攻撃が柱に行けば警告を飛ばす。
鬼側に動きがあれば合図を送る。
武器が弾かれれば拾って柱に届ける。
鬼に有利な戦場の状態を解消し、戦闘の各場面で伊黒達を援護し、瓦礫で逃げ場がなくなった人間達の逃げ道を作り、その筋肉で瓦礫を押し退け、投げ飛ばし、その力を遺憾なく発揮する。
金魚のような鬼に対しては、足に噛みつき気を引いて、囮の役目も果たしていた。
八八の"人間以外も仲間として扱う"姿勢が、見事に功を奏していた。
ネズミ達は数こそまだ数十匹だが、十分な働きを成している。
それぞれが八八に育てられ、訓練され、八八に大きな家族愛と多大な忠誠心を持っていた。
ちゅー、と鳴き、一般人を守り、柱を助け、鬼の野望の邪魔をする。
それは八八の代わり。
八八がここにいれば彼がやっていたはずだったこと。
彼が成し遂げられなければ後悔するはずだったこと。
生まれた時から八八の顔を見て育ち、彼を家族の輪の中に見ているねずみ達にとって、八八が大切に思うものは、自分たちにとっても大切なものだ。
八八が大切に思う仲間や一般人を彼らが守るのは当然のこと。
『動物を活躍させろ、チョッパーみたいなマスコットを生み出せ』―――それこそが、サムライ8の"義"。
世界を越える岸本の願い。
敬愛する主が戻ってくるまで、主がいつも守ろうとしていたものを守る。
主の命令であるならば、死んでもそれを果たそうとする。
伊黒が跳び回りやすいように周囲の建物の残骸を適度にどけるネズミ達を見て、伊黒は不快そうに舌打ちした。
「……ちっ」
このネズミ達は、八八の手勢である。
八八を援護することもできた。
だが伊黒達の援護に回っていた。
また他人の心配か、と伊黒は独り言ちる。
伊黒は自分の手の中の、八八の現在の主武装であったはずの日輪刀を見て、更に苛立ちを深めていく。
"俺をどれだけ格下に見てるんだ不死身なだけの雑魚侍が"―――と、伊黒は苛立たしげに地面を蹴った。
伊黒の中で、八八に対する怒りと心配が、ほどよく混ざっていた。
だが、伊黒と背中合わせに立つ甘露寺の言葉が。
「はっちゃんに期待されてる気がするわ!
早くここの鬼を片付けて、私達が助けに行かないと!」
「―――」
伊黒の考え方を、ガツンと殴っていた。
伊黒は八八の行動を、ただの情だと考えていた。
自分より仲間を大切にしているからそうしているだけなのだと。
自分の実力が十分でないから八八に気遣われているのだと。
信頼されていないのだと。
そうネガティブに考えてしまう。
後ろ向きに受け止めてしまい、苛立ちや屈辱を覚え、戦いの中には焦りがあった。
だが甘露寺は違った。
甘露寺は自分達の方に手厚い援護があるのは、柱が勝利しフリーになり、他の場所の救援に行ける状況を早く作りたいからだと受け取った。
八八が助けを求めているのだと受け取った。
これが八八の信頼の証であると、甘露寺はポジティブに受け取っていた。
だからさっさと片付けて、八八の方の援護に行こうとする。
ネガティブな伊黒は、いつもポジティブな甘露寺に、いい影響を受ける。
悪いとこ探しばかりして、いつも後ろ向きで、自分も他人も嫌いになりがちな伊黒は、良いとこ探しが得意で、いつも前向きで、他人を好きになることで嫌いな自分を少しずつ好きになっていこうとする甘露寺が好きだ。
甘露寺は元々、自分が嫌いだった。
変な色の髪も。
女らしくない剛力も。
本当の自分と、好かれるために作った自分の乖離も。
色んなことがあって、ずっと自分の色んなことが嫌いだった。
けれど、今は違う。
伊黒は自分が嫌いだった男で、今も嫌い。
甘露寺は昔自分が嫌いで、今はそうではない。
自分を好きになっていけるよう変わっていく"勇"を振り絞り、今の自分を好きになれる自分に変わり、ゆえにこそポジティブな甘露寺のことが、伊黒は好きだ。
そんな彼女の言葉だからこそ、いつだって伊黒の心に響く。
"自分と違って"ちゃんと変わることに成功した甘露寺を、伊黒は尊敬し、彼女がいつまでも幸せであってほしいと願う。
伊黒のそれは憧れであり、尊敬であり、恋であり、愛だった。
いつも、何気ない言葉や行動で、自分に新しい視点をくれるから。
だから伊黒は、甘露寺が好きだ。
甘露寺の影響を受けて"あのバカを助けに行ってやるか"と伊黒は自然に思い、自然にそう思える今の自分を、ほんの少しばかり好きになれる。
「そうだな、甘露寺」
伊黒の声が少し柔らかくなっていることに気付き、甘露寺も嬉しそうに笑う。
背中合わせに立つ伊黒と甘露寺、二人の背中がそっと触れる。
伊黒は甘露寺に好きだと言えない。
抱きしめられない。
手も握れない。
だからこれが精一杯。
自分は汚れているから好きな人の隣にいることすら許されないと思う彼にとっては、最大限の歩み寄り。
こんな触れるか触れないかという僅かな接触でも、伊黒の心には、暖かな力が湧いてくる。
それを嘲笑うかのように、玉壺は醜悪な姿に醜悪な笑みを浮かべ、醜悪な腕を地面に勢いよく叩きつけた。
「状況は別に好転しておらず、開始時点に少し近付いただけだとというのに、滑稽な話よ」
地面が震える。
ゴトン、ゴトン、と壺が転がる。
玉壺の血鬼術の端末である無数の壺から、無数の空飛ぶ魚が発生し、"先に仕留めるべき"と判断された甘露寺に向けて殺到した。
「―――喰らい尽くせ、一万滑空粘魚」
「!? 何度でも出せるのか!?」
玉壺が一万匹の魚を血鬼術で出した時、伊黒はそれを何度も出せないと判断した。
この魚は人間の肉を食いちぎり死に至らしめる牙、空を飛ぶ能力、猛毒の体液を持ち斬られるとそれを撒き散らす体質という、強力な能力をいくつも持っている。
それを同時に一万匹だ。
ここまでふざけたレベルの強力な血鬼術ならば連発はできないと、そう読んでいた。
だが、違う。
並みの鬼ならその読みは正しかったかもしれない。だが違う。
敵の名は玉壺。上弦の鬼。鬼舞辻直下、鬼の頂点たる六人の一つ。
たった一匹で並みの隊士ならば対処が間に合わず死に至らしめられる魚を、一万匹一瞬にして生成してぶつける技を持ち、それを連発もできる―――ゆえに、上弦の鬼。
人間の常識を超越した脅威。
もはや戦術兵器クラスの血鬼術。
鬼殺隊でなければ、国軍ですら血鬼術一つで殲滅し得る。
斬る。
斬る。
斬る。
だが間に合わない。
"毒を喰らわないように斬り落とす"のであれば、甘露寺と伊黒の二人がかりでも、猛烈な勢いで飛ぶ毒魚一万匹の処理は間に合わない。
「きゃっ―――」
「甘露寺っ―――!!」
伊黒は間に合わない。
助けは間に合わない。
伸ばした手は届かない。
甘露寺はここで死ぬ。
伊黒の願いを踏み躙るように、鬼に殺される。
万事休す、と思われた、その時。
甘露寺が数秒の延命のために――焼け石に水をかけるくらいの気持ちで――跳躍にて毒魚達から距離を取った、その瞬間。
甘露寺の眼前で、甘露寺に毒がかからないタイミングで、毒魚達が爆ぜた。
「甘露寺君の言う通りだ! 俺達に遊んでいる時間はない!」
「……杏寿郎!」
「煉獄さん! あいたっ!?」
如何な技量があれば、こんな絶技が可能となるのか。
最高のタイミングで間に合った煉獄は、鬼と伊黒の戦いで倒壊した建物の、ちょうどいい形に折れた柱に刀を峰打ちで叩きつけた。そして破片を飛ばしたのだ。
破片は木の刃の群れとなり、甘露寺に後少しで辿り着きそうになっていた魚達を粉砕する。
一部は甘露寺に当たっていたが問題ない。
ナチュラルボーンゴリラの甘露寺が全身に力を入れれば、もうその肌には刺さらないからだ。
そうして、僅かに窮地を押し返した、その一息の間に、男二人は切り込んだ。
伊黒は毒を浴びないようにしつつ魚の群れの一角を切り崩し、甘露寺を救う。
煉獄は素早く踏み込み、最速で刀を振り、体重を乗せられるだけ乗せ、最大限の速さと力を乗せた一閃を、"正しい刃筋の立て方"で振るった。
ギャリッ、と音が響く。
余裕綽々だった玉壺の表情が歪む。
煉獄の渾身の一撃は、玉壺の鱗を砕き、その肉に浅い斬り傷を残していた。
玉壺は鱗をたやすく抜いてきた煉獄の一撃に怒りを露わにし、煉獄は全力で首を落としに行った一撃でも"浅い傷"止まりだったことに感じた動揺を顔に出さないようにする。
玉壺は自分がこの男に首を落とされるという『万が一』に警戒心を強め、煉獄は自分一人ではこの敵に『万が一』にしか勝てないことに、人知れず歯噛みした。
玉壺の足が一歩引き、煉獄が前に一歩踏み出す。
圧倒的強者であるのに、万が一の敗北の可能性に気が引けている。ゆえに鬼。
圧倒的弱者であるのに、万が一の勝利の可能性を諦めていない。ゆえに人間。
「この私の鱗に傷を……!」
煉獄の肩にカラスが飛び乗り、煉獄の肩の上で、甘露寺と伊黒を見ながら鳴く。
いや、鳴くというよりは、恩を着せにかかっていた。
「ピンチそうだから煉獄呼んできたとも言えるしそうでもないとも言えるカァー」
「拡散していた人喰い魚と人喰い鬼は一掃してきた!
俺もまたこちらに加わるぞ! 安心しろ、まだ俺達の方では死人は一人も出ていない!」
「まだまだ心眼が足らぬカァー」
甘露寺は空の魚を一層していたが、煉獄は逆に地を走る鬼の全てを一掃していた。
現役の柱でも上位の実力を持つ煉獄が専念したため、ごく短時間で一掃は完了された。
まだ煉獄杏寿郎の手の届く範囲で、人は誰も死んでいない。
「全体の状況は読めんが、一つだけ言えることがある!」
ただただ、煉獄は、己を叱咤し仲間を信頼する言葉を叫ぶ。
「八八はおそらく、自分の刀が届く範囲では、誰も死なせてはいないだろうということだ!」
鬼は一体ではなく、そこかしこに強すぎる鬼が跋扈しているけれども。
煉獄の手が届かない遠くにも鬼は居るけれども。
"鬼殺隊の本懐"を自分だけでなく、仲間も果たしているはずだと、煉獄は信じる。
人を守る。
鬼を討つ。
そして、皆で明日に進むのだ。
たとえ死しても、人を守る。死んだ仲間の思いも抱えて前に進む覚悟があるから、煉獄は己の死も仲間の死も恐れない。恐れを焼き尽くす、炎のような勇気があった。
「上弦ごときに負けてはいられん! そうだろう甘露寺君! 小芭内!」
「……人間ごときが、生意気な……最高にみじめで無様で苦痛に満ちた死体に彩ってやろう!」
煉獄の声が炎のように、伊黒と甘露寺の心に熱を伝える。
希望という名の熱を伝える。
伊黒が、自分を助けてくれた炎柱の屋敷で初めて会った時から。
甘露寺が、自分を弟子に取ってくれた彼に頭を下げた時から。
ずっとずっとそう。煉獄杏寿郎は、燃える炎のように、共に戦う仲間の心を照らしてくれる。
森の中で、八八の声が響いた。
「煉獄も目の届く範囲で誰も死なせていないだろう。
拙者もまだまだ実力が足りぬ。
が、それを言い訳にするつもりはない。拙者も負けてられん」
その声を、累は聞いていた。
累は下弦の鬼。上弦の鬼ほど長生きはしていない。
だがそれでも、少年のような外見に不相応なくらいの人生経験は積んできていた。
そんな彼でも、こんな光景は見たことがなかった。
右を見ても氷漬けの八八。
左を見ても氷漬けの八八。
下を見ると氷に覆われてウインクした八八の首が転がっていて、上を見れば宙を舞っている途中に凍らされその場に固定された、月の横でウインクし「拙者も月だぞ」と言わんばかりの存在感を醸し出す八八の首があった。
そこら中に八八が生い茂る、八八の森。
累は思わず叫びを噛み潰したような声を漏らした。
「なんだこれ……!」
今現在、この戦場の鬼達は童磨によって将棋の駒のように動かされている。
累の配下は柱を散らすために使われ、柱達と戦っていた累は八八の方に密かに回り、堕姫も本人が気付かないまま戦う場所をズラされていっていた。
全体の戦局が見えているのは、盤上の駒を安全圏から動かしている童磨と、心眼でおぼろげに見透かしている八八くらいのものだろうか。
戦局を見て、童磨は累を八八の方に回した。
それは上弦の二体と、自分の『御子』を当ててもなお、八八の方が戦力不足であると判断したという証明でもある。
累もそれは分かっていた。
分かっていたが、こんなものがあるとは想像もしていなかった。
「なんなんだこいつ……本当に人間なのか……?」
「その怯えよう……まるで八丸くんみたい」
「うわっ生首だけで喋った!? 気持ち悪っ……いや鬼なら誰でもできるけど」
「その差別意識……まるで八丸くんみたい」
「……僕煽られてるのかなこれ」
「その決めつけ……まるで八丸くんみたい」
「口が動けば煽りにいくとか煽りの化身なの? その口閉じててよ」
「その自分勝手な強制……まるで八丸くんみたい」
「……」
累は苛立たしげに、血鬼術の糸を振るった。
戦車も一瞬でバラバラにする威力の糸が周囲の八八の森を伐採し、深刻な自然破壊――逃れられぬ人間のカルマ――をもたらすが、雄大なる八八の森が尽きることはない。
氷と生首のコントラストは、まるでアマゾンの大森林のように悠然と、そこに在り続ける。
「その暴力に訴えて思い知らせようとする考え……まるで八丸くんみたい」
「鬱陶しいな!」
累が根城にしていた那田蜘蛛山は、鬼が住むがためか、地元の農民達に「この世でもっとも不気味でおぞましい森」と呼ばれていた。
累は生い茂る八八の森を見やり、「いや流石にこの森より不気味でおぞましくはないだろ」と思わず那田蜘蛛山擁護をしてしまう。
累が思わず擁護の声を漏らすと、周囲の生首が一斉に類にウインクし、あまりのホラー度に累はビクッと怯えた反応をしてしまった。
「うっ……だ、大丈夫大丈夫、こいつらは氷漬けの死体みたいなもん……」
累が自分にそう言い聞かせ、首を振ったその瞬間。
何者かが累の腕を強く引っ張り、ウインクしていた氷漬けの八八の身体が裂け、そこから飛んで来た斬撃が累に直撃した。
絵に描いたようなホラー。
候剣が上乗せされた斬撃は累にも致死のダメージを与える可能性が十分あったが、累の腕を引いた何者かの介入によって、累は右足膝下を左右に斬り分けられるに留まる。
斬り分けられた足は、再生しない。
「わああああああ!?」
累の腕を引いた男が、そのまま累を抱えて跳んだ。
跳んだが、そこかしこに蔓延る八八の森を抜けることはない。
この森のどこかに今も八八が潜んでいると分かっているから、ここを離脱する気は毛頭ない。
「あ、猗窩座様……」
「気を付けろ。この男、自分の肉体に斬撃を仕込んでいる。
何秒後か何分後かは分からないが、唐突に肉の中から斬撃が飛んで来るぞ」
「仲間を守るその姿……まるで八丸くんみたい」
軍荼利流、装填内技。金剛夜叉流と並び称される、侍の四大流派の一つの技だ。
体内に仕込んだ武器を体外に出し敵に当てるこの技の術理を、八八は金剛夜叉流の黙斬りにて再現した。
八八が己の肉体の内から外へと向かう斬撃を、黙斬りにて時間差で発動させれば、それは肉体が凍らされた後にも発動する奇襲の罠になる。
心眼と併用することで、こんな奇策も実用レベルの強さを発揮するのだ。
"仲間を守ってね"という童磨の指示を仕方なく守るという形で、鬼らしくもなく弱者を守る。
そこに、背後から八八が鰹節で斬りかかった。
猗窩座は累を持ったまま、刃物同然となった鰹節を膝で受け流す。
自らを囮とした八八が『磁力で引っ張った』包丁が、死角から飛び出し猗窩座の後頭部に突き刺さろうとするが、猗窩座は首を傾け何気なくそれを回避する。
"背後から音もなく迫る刃"も、こともなさげに回避する猗窩座に、八八は絶対的な、隔絶した、埋めようのない技量の差を感じた。
黒死牟と対峙した時と、同じように。
「ウワサ通りいい腕だ!」
猗窩座のカウンターの拳が八八の腹に大穴を空け、駆けつけて来た童磨の氷人形が八八の全身を凍らせる。
これで再生も、復帰もできない。
氷の中に閉じ込められた八八は、生きたままここから出られない。
はずなのに。
どこからともなく飛び出してきた新しい八八が、童磨の狂信者が落とした斧を片手に、猗窩座に斬りかかっていった。
新しい八八―――略して新八が、斧を振り下ろす。
「"坂田銀時"を『サムライ8』に出せたらいいなぁって……」
「フッ」
猗窩座は動じず、新八の両手両足を瞬時にもぎ取り、また凍らせる。
生きたまま氷漬けにされた侍はそのまま封じられる。それがルール。事実、前に童磨が結晶ノ御子を戦わせた時は、それで封印は成し遂げられるはずだった。
でなければ八八のあの醜態にも理由がつけられない。
氷漬けになった新八の体が消えていないことからも、八八の体の封じ込めに成功していること、侍の肉体の消失が始まらない程度に完璧な封印ができていることは分かる。
なのに、また元気な新八が出てきた。
次から次へと出てくる新八。
新八のわんこそば。
氷に封じられた新八の体もそのまま残っているため、その繰り返しで八八の森ができたのだ。
八八植林自然活動により遊郭に森を作り上げた猗窩座だが、八八に『既存の攻略法』が通じなくなっていることに、眉を顰める。
「……妙だな。どういうカラクリだ? 不死身の鬼狩り」
「お前は物事をあせりすぎる」
「聞いていた話なら、これで無力化できたはずだ。
お前は不死身だ。
だが不死身なだけだ。
全身を凍らせればそこで動けなくなる。
血鬼術で封印すれば出てこられなくなる。
そのはずが……今のお前は、生きたまま封印しても、どこからともなく現れる」
「その迂遠な喋り……まるで八丸くんみたい」
「……」
「困ったら不満げな顔でだんまり……まるで八丸くんみたい」
「無敵か?」
相手が喋ろうが黙ろうが語録を繋げられる。継国縁壱の日の呼吸に近い"型のつなぎ"に、猗窩座は心理的疲労を感じ始めていた。
猗窩座は、徒手空拳の鬼である。
格闘戦においては鬼の中でも並ぶもの無き拳技の鬼。
振るわれた刀を両手両足で器用に捌き、弱点である首を守りながら眼前の剣士を屠ることができるため、剣士が最も戦いたくない手合いの鬼であると言える。
八八は一対一だったとしても、正攻法で猗窩座を倒せないことを確信していた。
だから煽りつつ、突破口を探している。
猗窩座はこのままでは八八を封ずることすらできないことを確信していた。
鬼側の対策に対し、八八が対策の対策をしてきたことを把握する。
「対策を練ってきた、というわけか。面白い。これは確実に童磨の計算外だろうな……」
次から次へと湧く八八を同じように封印していけば、八八の森はその密度と範囲を増す。
かといって氷の封印をせず普通に殺せば、"八八は普通にやっても殺せない"という最初の問題点に戻ってしまう。
長期戦に持ち込めば、候剣が一発当たれば勝てる八八に勝機が生まれて来る。
朝まで粘っても陽光で鬼は死ぬため、八八の勝ちだ。
鬼狩りが鬼の不死身を攻略し、殺す。
それが鬼狩りと鬼の戦いの基本。
だが今ここでは、鬼が鬼狩りの不死身を攻略し、封印を成し遂げようとしている。
猗窩座の口角が上がった。
鬼が化物になり、人の中から化物のような不死身が出てくる。
不死身の鬼狩りに、不死身対策を打つ鬼が出てくる。
その鬼の対策に、不死身の鬼狩りが対策の対策を打ってくる。
死力を尽くした競い合い。敵の死力を潰し合う殺し合い。その結果としての高め合い。
その流れに、猗窩座の戦意は加速度的に高まっていった。
八八の森に迷わされていた妓夫太郎も、ここで合流する。
上弦二人。下弦一人。戦力は十分だ。
鬼の月は、空の月に映える八八の森を見据える。
「すまねえなぁ、これ迷いやすくてなああああ」
「いい。問題はない。……殺し続けろ、あらゆる方法で。
こいつが童磨の氷結封印対策に何かしている、不死身のタネがあるはずだ」
「……やれるだけやってみるしかないか」
八八はきらめく月光の下、氷と八八で出来た大木の上に立ち、民衆が光月おでんに掌返しする時のように鮮烈に、すぅ~と息を吸い、叫ぶ。
「―――あつまれ、サムライの森―――!」
「気持ち悪い」
「キモい」
「俺らのボスがたまに見せる姿よりきめぇなぁあ」
森の外見の気持ち悪さは、普通に大不評だった。