ママが対魔忍の儂がああああ
可哀相だとは思わんのかァァァア!!
弱い者いじめをォするなああああ!!!
里に迫る鬼、総数十。
月の下、夜通し刀を打っている里の僅かな灯りを目で捉え、鬼達は一直線に駆けて来る。
そんな鬼達を、二人で一人の雷の呼吸使いが迎え撃った。
善逸の超高速の居合い、壱ノ型が鬼を斬る。
獪岳の超高速の五連撃、弐ノ型が鬼を斬る。
二体の鬼が崩れ落ちたのを見て、他の鬼の足が止まる。
周囲の鬼に獪岳が陸ノ型で一斉攻撃し、善逸の剣を避けられない状況が出来る。
彼らの攻撃は、その尽くが雷に見える。さながら、鬼を裁く雷神の如し。
「オラットドメ刺せ壱ノ型しか使えないカス!」
「トドメ刺してくださいだろ壱ノ型が使えないクズ!」
「なっ、なんだこいつら―――」
善逸の居合斬りがまた一体、鬼を屠った。
彼らと交戦している鬼は元十二鬼月下弦直属の、人を多く食った鬼である。
普通の隊士では倒すどころか拮抗すらも難しいほどの強さを持っていた。
だが、相手にならない。
鬼の力でも歯が立たない。
まるで空から降ってくる雷に向けて刀を振っているかのような気分を、鬼達は感じていた。
「に……人間のくせに、なんなんだこの速さ!?」
雷の呼吸は神速を尊ぶ。雷にして
鳴柱の指導を受けた善逸と獪岳の攻撃速度は、雷の呼吸派生・音の呼吸の音柱、宇髄天元から見ても感嘆に値する領域にあった。
雷の呼吸は、全てが鬼の目にも留まらない神速である。
壱ノ型は神速の踏み込みからの抜刀術。
弐ノ型は瞬きの間の五連斬。
参ノ型は敵の周囲を回りながらの波状攻撃。
肆ノ型は離れた敵へ届かせる斬撃。
伍ノ型は曲がりうねる対空にも使える斬撃。
陸ノ型は敵に囲まれていても十分有効な全方位攻撃。
これらの技を、壱ノ型を基本として組み上げるのが雷の呼吸という剣術だ。
本来、この全てを一人の剣士が使えなければ雷の呼吸は成り立たない。
欠けがあってはこれらは真価を発揮しない。
ゆえにこそ、善逸と獪岳は異質だった。
「獪岳! 俺はもっと速くていい! もっと戦いの拍子を上げていこう!」
「生意気言いやがって!」
善逸は壱ノ型しか使えず、獪岳は壱ノ型だけが使えない。
善逸が放った壱ノ型を、よく人を喰ってそうな鬼が前兆動作を見て跳び、回避する。
どうやら仲間がやられた瞬間を見ていたため、壱ノ型の前兆動作を見切っていたらしい。
紛うことなく、非凡なセンスを持ち合わせた鬼。
善逸だけで相手をしていたら、苦戦していたかもしれない。
されどここには、善逸の兄弟子も居る。
獪岳が放った対空の斬撃が、跳んだ直後の鬼の首を切り落とした。
「さっさと終わらせるぞ。テメェに足引っ張られてちゃ雷の呼吸の名折れだ」
「獪岳こそ足引っ張るなよ?」
「ハッ、誰にもの言ってやがる!」
壱ノ型を刀や腕で受けられたら、即座に弐の型の五連斬で押し切る。
弐ノ型をバックステップで受けられたら、即座に壱ノ型で踏み込み追撃する。
壱ノ型を盾や壁で受けられたら、即座に参ノ型で回り込み敵を全方向から切り刻む。
肆ノ型で斬撃を飛ばし壱ノ型で切り込んで、壱ノ型を跳躍で避けられたら伍ノ型で対空、壱ノ型を使った直後に囲まれたら陸ノ型で全方位攻撃……雷の呼吸には隙が無い。
だがそれは、全ての型を一人が習得していた場合の話だ。
重要な壱ノ型しか使えない善逸と、重要な壱ノ型だけが使えない獪岳は、そういう意味ではどこまで行っても欠陥品。
されど二人で補い合うならば、『本来の雷の呼吸』を超えたものすら見せられる。
離れた場所から鬼の足を切断する獪岳と、一秒の間も置かず神速の踏み込みから鬼の首を刎ねる善逸の連携を見て、鬼達の胸に浮かんだものは、恐怖しか無かった。
「何やってんだ壱ノ型が遅えんだよカス!」
「今のはちょっと俺もそう思った! ごめん獪岳!」
「次から気を付けろ!」
恐怖しか、無かった。
善逸と獪岳の奮闘を、少し離れたところから宇髄天元、八八、真菰が見つめていた。
八八が刀を抜き援護に向かおうとするが、それを天元が手で制する。
「待て。後詰めのまま待ってろ。あの二人を助けるのは危なくなってからでいいからな」
「む」
「あいつらはあの程度の雑魚鬼には万が一にもやられやしねえよ。
なら俺やお前が倒しちまうよりはあの二人の経験にした方がいい。
経験を積めなかった新人は強い鬼と当たった時に死ぬしかなくなっちまう」
「ウワサ通りいい指導だ! ついていこう!」
「そうでもねえ。俺の前に桑島の爺さんがよく仕上げてた二人だったからな」
八八が褒め、照れ臭そうに天元が鼻の下を擦る。
強すぎない鬼は若手の経験値にする。スパルタだが、妥当な指導方法であった。
戦いの流れを眺めていた真菰が、善逸と獪岳の攻勢から逃げてきた――高速移動の血鬼術使いの――鬼を見やり、それを指差す。
「こっち一匹来たみたいだけど、八八くんはどうする?」
八八が刀を抜き、天元もまた刀を抜く。
見据えるは接近中の鬼。
八八の刀は"色変わりの刀"の名に反し色が変わらぬ異端の素色、天元の刀は鎖で繋がれた巨大な双剣。
「! 嘘だろ、こっちにも鬼狩りがいるなんて!? くそっ!」
高速移動の血鬼術を発動し、逃げに入った鬼を見ても、真菰は慌てる様子も刀を抜く様子も見せなかった。
「一撃で決めてやるか? 二人で派手によ」
「拙者とか」
「お前とだ」
カチャリ、と二人の男が構える。
『二刀流の宇髄天元』。
その太刀は爆発する。桁違いの威力である。
喰らって生き延びた者が居ないので今のところ仕組みは不明。
『はぐらかしの八八』。
論戦と戦いで彼を倒せた者は居ない。不死身である。
彼を殺した者も言い負かした者も居ないので今のところ仕組みは不明。
それは、煽の呼吸と音の呼吸の合わせ技。
天元が放つ大威力の斬撃と、逃げ道を塞ぐように放たれる八八の刀身延長技による、逃げ道を無くす合体攻撃であった。
鬼の首が切られ、木っ端微塵に爆裂する。
「爆発して死ぬのに? 逃げても意味ないよ」
「お前爆発好きだよなぁ。俺も好きだ、派手派手だからな!」
いぇーい、と八八と天元の手の平が打ち合わされる。
パチンッ、と小気味のいい音が響いた。
見てるだけだった真菰もまた、ぱちぱちと手を打っている。
「おー、よくできました。なでなでしてあげるね」
「かたじけない、姫」
身長が高い方の八八が膝を折ると、身長の低い真菰が軽くポンポンとその頭を撫でてやり、天元がくっくっと笑う。
「水の呼吸は変な奴が多いな、相変わらず」
「真菰姫は変ではない。これは姫ムーブというものだ」
「これがひめむーぶっていうやつらしいよ?」
「なーんか八八の中の姫観ってズレてねえようでズレてんだよな……」
真菰がくすくすと笑い、その声が天元の笑う声と重なった。
天元は、見ていて飽きない八八が嫌いでない。
"頭のおかしな人間が書き後世にまで語り継がれる出来になった譜面"のような、独特な音階で生きているこの男が、とても面白い珍獣に見えていた。
冨岡義勇のように『親友』に決してランクアップしないからこその関係性であった。
「心の目で見よ。
心眼だ。大切なものは目に見えるところに無いのだ。
真菰姫は剣士じゃねェ姫だ! 達人だがな。
しかし天元は物事をあせりすぎる。
天元がどう思おうが姫と思うかはオレが決めることにするよ。
可愛らしく振る舞う姿、オレにとっては一番侍らしく見えるよ。
ウワサ通りいい姫っぷりだ! ついていこう!
侍が座って姫が鬼を殺す決まりなんて、あってないようなものです。
その逆があってもいいとボクは思いますがね。
武士道とは死ぬ事と見つけたり。
姫の祈りなくして力は集まらん。カーラにこの銀河は渡さぬ……私の『義』だ!」
「おう。家出した脳細胞が帰宅したらまた呼んでくれ」
「あ、幸運の印のボク語録だ。いいことありそう。
八八くんの脳細胞は引きこもったまま変化しないからこんなんなんだよ」
「出たな、派手に未来を占う水の呼吸限定おみくじ」
楽しげに笑う天元の額で、多くの宝石が付いた額当てが派手に煌めいていた。
「終わりました! 真菰さん大丈夫でしたか!? 獪岳がこっちに鬼を逃しちゃってて……」
「すんません、こっちに善逸が一匹鬼を逃しちまってたみたいで」
「「……」」
そうこうしている内に、鬼を全滅させたらしい雷兄弟が戻って来る。
天元はにっと笑い、善逸と獪岳の頭をワシャワシャと撫でた。
善逸は「男に触れられても嬉しくない」といった顔をして、獪岳は少し照れた顔をする。
真菰も真似するように八八の頭をまた撫で、美人のナデナデを見た善逸の目に殺意が宿る。
「よし! よくやった! 上出来だ獪岳!」
「……別に、こんくらいで褒められても困るんすが」
「構わねえ構わねえ。いい戦果だ。善逸もな、よくやった」
「俺はあんたの褒め言葉が全て美人の嫁三人持ちの勝ち組の挑発にしか聞こえねぇ……!」
「そんだけ元気あれば十分だな。
派手に走り込み行って来い!
体力使い果たしていいぞ。俺と八八と真菰が居るからな!」
「善逸テメッ余計なことをっ!」
「えっ!? これ俺のせいになっちゃうの!?」
「ほら走れ! 基礎体力向上基礎体力向上!
走り終わって休んで飯食ったら反省会だ!
良かったところも悪かったところもそれぞれあるからな!
そして個性を磨いたお前達を俺が存分に働かせる。完璧だな!」
「クソッ! テメェら俺が柱になったら覚えてろよ! 行くぞ善逸!」
「獪岳がいっつもこういうのに泣き言一つ言わないから!
爺ちゃんも宇髄さんも手加減しなくていいんだって思うんだよぉぉぉぉぉ……!」
走り出す二人。泣き出しそうな善逸。生真面目に走り込む獪岳。
二人を見て、八八は真菰と天元に問いかける。
「拙者も混ざってきていースか?」
「なんで?」
「楽しそうだ」
「うん、まあ、いいんじゃない? 八八くんがいいならいいと思うよ」
「天元のノウハウを全部ブチ込めば順当にいけば天元を超える剣士になるはず!」
「ハッ、言ったな八八テメー、お前は善逸と獪岳の走り込み量の倍だ!」
「ワクワクしかしねぇー!」
「派手派手に行けぇー!」
八八は二人の後を追い走り出し、背後に迫る爆走中の八八を見て『夜道で背後に迫り来る怨霊』を見たような顔になった善逸と獪岳が必死の形相で速度を上げ、それを見た真菰が笑っていた。
笑う真菰を見て、天元がふと疑問を口にする。
「真菰、お前落ち込むことでもあったか? 仲間でも死んだか?」
「? なんで? 宇髄さんにはそう見えたの?」
「いんや。八八が真菰を笑わせようとしてるように見えた、そんだけだ」
「……宇髄さんがそう見えたら、そうなんじゃない?」
走り回る三人を見て、天元も真菰も、笑っていた。
ぜひゅー、ぜひゅー、と息を切らせて地面に転がる善逸と獪岳。
善逸はうつ伏せになっているため顔も見えず、まるで死体のよう。
獪岳は仰向けになって手も足も投げ出し、必死に酸素を取り込んでいる。
八八は「手足を交互に使うことで手足を交互に休ませることができる!」と途中で言い出し、今は逆立ちして全力走行に入っていた。
逆立ちして走りつつ、走り込みを終えた獪岳への煽りも忘れない。
「ひっくり返った蛙のようになって休む姿、オレにとっては一番侍らしく見えるよ」
「うるせえこのクソゾンビ野郎……俺は階級
「拙者も
「……口を開けば煽りのゲロブタ野郎……」
「嫌いを言い換える語彙が豊富だな、獪岳。拙者お前の中に"知"を見た」
「クソッ皮肉言うならもっと直球で言え!」
「待て獪岳。八八のこれは褒めてるんだ。派手にな」
「嘘だろ宇髄さん!?」
「拙者の語彙は少ないが、その説明をする前に今の銀河の状況を理解する必要がある」
「あー、あー……語彙少なそうだなアンタ……ええ……褒められたのか俺……?」
獪岳は善良な人間には接したことがあるし、醜悪な人間にも接したことはあるが、こういうタイプの人間と接したことは無かったので、ただひたすら困惑が勝った。
そして善逸の中では、困惑より嫉妬と怒りが勝った。
「ぐぬぬぬ……!
この、このっ……駄目だ叫ぶ元気もない……
俺だって……俺だって……
応援してくれる美女の恋人とか居れば……八八さんにだって負けないのに……!」
「善逸お前……こんなことで血の涙流すなよ……カスかよ……」
「うるせぇークズ! ほっといて! ほっといてください!」
困惑ではなく嫉妬と怒りを口にする善逸に、獪岳は更に困惑した。
善逸のあまりの嫉妬に、八八も"誤解を解かねば"と思い始める。
「真菰姫は我が姫だ。
恋人ではない。そういう関係ではない。
恋人じゃねェ姫だ! 達人だがな。
色々あったが簡単に言うなら助力のためだ。
姫の祈りが侍を強くする。古来よりこれを侍の『三身一体』と―――」
「え、マジで!? 二人はそういう関係じゃないの!?」
「その説明をする前に今の銀河の状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ」
「いいよしなくて!
ひゃっほー! 真菰さん!
結婚を前提にお付き合いしてください!
俺いつ死ぬかも分からないんですお願いします!
女の子と結婚もできずに死ぬなんて嫌なんです!
初めて見た時から凄い美女だとビビッと来てました!
結婚してくださいお願いします!
獪岳も俺も童貞でセットで死んでいくなんで死んでも嫌です!
いやなんかもう結婚は後に回してまず最初は無事を祈ってくれるだけでもいい!
真菰さんくらいの美人の中の美人姫なら無事を祈ってくれるだけでも絶対生き残れます!」
「おいコラ」
獪岳が半ギレになるが、ヘトヘトになった体を起こせないようで、何もできないようだ。
『結婚を前提とした姫の祈りをください』と言われ、真菰は顎に手を当てて「んー」と考え込んで、善逸に微笑んだ。善逸の顔に希望が満ちる。
「ごめんね、私は八八くん専用なんだ」
「あああああああああああっ!!!」
善逸の顔に絶望が満ちた。
地面の上を回転を始めた善逸が超高速で転がり、仰向けに倒れていた獪岳を轢いていく。
「ぐええっ」という獪岳の潰れた蛙のような声が響き、天元が思わず吹き出した。
善逸が転がりながら叫ぶ。
「俺も美人から『私は君専用だよ❤』とか言われたいぃぃぃぃ!!!」
「お前は物事をあせりすぎる」
「あせらなきゃ手に入るとでも言うのかな!?
いーや入らないね! 手に入らないですわよ絶対!
そもそもこんな好意的に美女から接されたことないもん俺!
あーあーあーやだやだやだ世の中不公平! ざっけんなよテメェこのモテ侍!」
「お前もいずれ分かる時が来よう」
「分かったらお嫁さんが手に入るんですかぁぁぁ!?!?」
「もう……散体しろ!」
「志半ばでポロッと死ぬのは嫌ァ!!!!!!!」
結婚相手が居れば死ぬのは怖くないんだ……と、口には出さず真菰は思った。
ギャーギャー騒いで地面を転がる善逸の声を聞く度、獪岳の中に怒りが溜まる。
怒りが溜まって、溜まって、溜まって……器の上限値をその怒りがぶち抜いた時、怒りが精神を凌駕し、獪岳は立ち上がった。
怒りのオーラに包まれた獪岳が、善逸の襟首をむんずと掴み、無理矢理立ち上がらせる。
「テメェは……雷の呼吸の恥だ……」
「ヒッ、えっちょっと待って獪岳何その怖い顔」
「他所様に迷惑かけるくらいならよ……もう二度と喋る余裕が無くなるまでまた走るぞ……」
「ぎゃぁぁぁぁ肉体虐めと精神論の妖怪ぃぃぃぃ!!」
善逸は獪岳に掴まれ、そのままズルズルとどこかへ連れて行かれてしまった。
大笑いしていた天元が、笑いすぎて目尻に浮かんでいた涙を拭い、八八に問う。
「あーくそ笑った笑った。八八。お前ならあの二人をどう評価する?」
「一人一人は柱に及ばず。
だが二人なら柱に並び、あるいは超える。
三身一体にはあと一人足りていないのが惜しい……」
「勝手に足すな足すな」
「天元を足せば三身一体だが姫が足らぬ。色気がない」
「ハッ、そりゃそうだな。俺の姫三人は今別件で動かしてるから里に居ねえし」
「嫁を姫と呼ぶ……ついに―――目覚め始めたか……天元!」
「こんなので喜ぶお前はクッソチョロい奴だぜ、本当に」
「拙者には雷の呼吸の一派の跡継ぎは問題ないように思える。
後進の育成が間に合ったな。
後進の枯渇は難しい問題ゆえに、もし義勇等が柱だったなら
「あいつは人の上に立つのがあんま向いてねえだけだろ。多分」
「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」
「お前は本っ当に冨岡に甘いな」
「お前もいずれ分かる時が来よう」
「賭けても良いが俺は絶対にそうは思わねーよ。お、派手に夜が明けそうだな」
遠く空の彼方が、僅かに明るくなって来たのが見えてきた。
この辺りの土地は、山や背の高い木が生い茂る森が多い。
だからこそ鬼には見つけ難く、平地の日の出より日の出が遅いエリアが多くある。
里に一番近い山を越え、崖を降りた所にある開けた平地……そこで、彼らは朝日を眺めていた。
「ご飯の準備はしてきたからすぐ作れるよ。何がいい? カツ丼?」
「「 そうとも言えるし、そうでもないとも言える 」」
「……! 天元、貴様ァ!」
「お前の言動は派手に読める……"語録譜面"は完成したってことだ! ハッハッハ!」
わちゃわちゃしながら、三人は刀鍛冶の里への帰路についた。
かつん、かつん、と音がする。
それが主・鬼舞辻無惨の足音であることを、姿を見る前から、
上弦の壱・黒死牟。
始祖鬼舞辻無惨を除けば、間違いなく最強の鬼。鬼にされた人間の頂点。
六つの目を持ち、時代錯誤なほどに古風な着物を身に纏い、その腰には異形の刀。
鬼は異形になることが多々あるが、人としてのシルエットを残しながらも異形のパーツを残したその男は、『剣士』『侍』といった形容がよく似合う化物であった。
黒死牟は、全ての呼吸の祖となった始まりの剣士・
鬼舞辻無惨の血によって何もかもを捻じ曲げられた彼に、人間の頃の面影は無い。
始まりの剣士の兄として生まれ、始まりの鬼に仕え、けれどその本人は何においても『始まり』ではない―――『壱』の名が、あまりにも皮肉に突き刺さっている男だ。
「黒死牟」
「はっ」
「以前聞いた話だ。お前は言っていたな?
お前の時代の剣士が、お前の弟を面白い表現で表していたと」
黒死牟はこくりと頷く。
「『世界観が違う』―――で御座います。無惨様」
「そうだ。世界観が違う。
ここ千年ほどの間、私は私以外の者に対してそう思ったことは一度しかなかった。
私は人の世界に生まれた、ただ一人の人外の超越者。
貴様の弟は……同様に、ただ一人の人内の超越者。
そしてもう一人。言葉の壊れたあの男で三人目。奴は私同様、この世界から
「……縁壱ほどの規格外とは思えませぬが」
「その通りだ。お前の弟ほどではなかった。
絶対的な不死身を除けば、あの日の呼吸ほどの恐ろしさは感じなかった。
もしもお前の弟と同じ強さがあれば、私は今頃生きては居なかったかもしれない」
「無惨様……」
「……忌々しいことにな」
無惨が屈辱で歯を食いしばり、歯がギリギリと音を立てる。
過剰な自惚れと思い上がりと自尊心に常に満ちている鬼舞辻無惨が、『世界観が違う』と考える者は、自分、八八、そして継国縁壱のみ。
そして、恐れを抱いたのは、数百年前に自分を切り刻んだ継国縁壱のみだった。
「あの男と同じだ。……切り裂いた鬼の体の、再生を妨げる刃」
鬼舞辻は八八を縁壱ほどの脅威には見ていない。恐れてもいない。
だが、縁壱の『赫刀』と、八八の『候剣』に切られた時、鬼舞辻は似た感触を覚えたのだ。
切られた時に感じた、"数百年経とうが治らない気がする"ほどの鮮烈な痛み。
肉の一部を切られただけで、死に近づく感触があった。
それまで世界に存在しなかったはずの、鬼殺しの斬撃。
まるで、天が『鬼舞辻無惨を殺せ』と言い、人間に与えたかのような御業。
人間の技術の延長線上にあるならまだ分かる。
積み上げた技術の上にある鬼の対抗策ならまだ納得できる。
それなら鬼舞辻も違和感は持たない。
だがポンと突然生まれてきた継国縁壱が呼吸の技、剣術、鬼殺しの赫刀、痣……そういったものを持ち込み、八八が不死の体と不死殺しの候剣を持って生まれて来れば、思うこともある。
突如生まれてきた突然変異が、皆鬼を殺すための特異技能を持っているという恐怖。
「もし、あの男が、お前の弟の同類ならば―――実力を隠している可能性もある」
「それは……放ってはおけませぬな……」
鬼舞辻は
なればこそ、油断はない。
臆病に、慎重に、確実性を求め、探りを入れていく。
「探れ、黒死牟。
奴に隠し札はあるのか。
奴の不死身の原理は何か。
鬼を超えた不死性を持ちながら日の下で生きていられるのは何故か。
もしかしたら、奴こそが―――私の探していた『青い彼岸花』かもしれん」
鬼舞辻が黒死牟を差し向けるは、刀鍛冶の里。
かねてより潰したがっていた鬼殺隊の重要拠点にして、忌々しい男が守る場所。
「無惨様……一つ、質問をお許し願えますでしょうか……」
「なんだ。言ってみろ」
「何故、そんなに嫌そうな顔をしているのですか……?」
「……会えば分かる。奴と弟を比べてくればいい」
「よく分かりませぬが……分かりました……」
眉間を親指でぐりぐりする鬼舞辻を不思議そうな目で見ながら、黒死牟は出撃した。