一、サム8語録に先の先なし
二、サム8語録に後の先あり
三、こちらからの攻撃をよしとせず、敵の攻撃を受け流し無効化せよ
四、レスバトルは負けを認めなければいつか勝てる
五、この五箇条を守るべきとも言えるしそうでもないとも言える
鬼は夜でないと出てこないことが多い。
鬼舞辻無惨の血によって人が変じた人喰い鬼は日光によって消滅するため、日光が出ている間はコソコソと闇の中に引きこもっているのだ。
鬼が活動する夜に鬼を探し、狩る……これが私設組織でしかない鬼殺隊の、鬼狩りの基本戦略である。
夕方には空に多く見られた雲も風に流され、空には星と月が輝き、月光が洋館を綺麗に――不気味に――照らしていた。
あの場所こそが目的地。
既に十人もの鬼殺隊士を飲み込んだ洋館は、八八達をも飲み込もうとしているかのよう。
そこに自ら飛び込もうとしている彼らはさしずめ、内側から食い破って殺すため、ライオンの口の中へと飛び込もうとしているネズミといったところだろうか。
八八が叫ぶ。
「ワクワクしかしねぇー!」
「ワクワクしないでください」
しのぶは冷静に返した。
不死身ゆえにか死を恐れず、真っ先に洋館の扉を蹴破り突入した八八が見たものは、洋館のエントランスを掃除している人喰い鬼。その額には角が生えていた。
「お……鬼狩り!?」
「ワクワク死ねぇー!」
出会い頭に八八の斬撃が首を切り飛ばし、人喰い鬼の体が消滅した。
雑魚鬼ゆえにか大した反応すらしなかった義勇としのぶが、それを眺めていた。
「ワクワク殺してるな……」
「ワクワク殺してますね……でも鬼が居るのを見るに、ここで間違いないみたいです」
「間違いとも言えるし、間違いないとも言える」
「いやここで間違いないですよ! 私の発言まで積極的に曖昧にしないでください!」
八八に心乱されつつ、しのぶは洋館前の地面、洋館エントランスの床を注意深く見て、足跡の種類を見定めていく。
「新しい足跡のサイズが結構まばらですね。鬼は複数体居る……?」
「鬼は共食いをするから群れは作らないが、十二鬼月なら下位の鬼を従えていることもある」
「冨岡さんも同意見みたいですね。一体倒しても油断はできなさそうです」
「一石二鳥。俺も祭出てみていースか? 師匠」
「唐突に祭りに行こうとするな」
不死の八八が先頭、最も技量が高い義勇が不意打ちされる可能性が高い最後尾、柔軟で対応力が高いしのぶが二人の間。三人は簡易陣形を組みながら、洋館を進んでいく。
「……寒いですね。ここまで寒くなるような季節でも地方でも無かったはずですけど」
「俺は寒くない」
「"体温"を失ったな……そんな薄着が許可されると思うか?」
八八が上着をしのぶに投げつける。
サイボーグと生身の人間ならば、当然前者の方が寒さには強い。
しのぶはきょとんとし、すぐに微笑む。
「八八さんは素直に感謝する気が失せる言動直しましょうね。ありがとうございます」
「思ってたのと違うね……雰囲気台無し」
「あら。素直に褒められたかったんですか? 可愛いところあるんですね」
「八八、胡蝶、止まれ」
一番後ろで一番広く周りを見ていた義勇が、二人を呼び止める。
しのぶと八八も感覚を研ぎ澄ますと、何かはわからないが、この先に何かが広がっているような感覚があった。
優れた戦闘者が持つ、第六感である。
「……何か感じますね」
「そうだ」
「ここからは慎重に進みぃぃぃぃ!?」
敵の襲撃を想定し周囲を警戒していた八八としのぶの足が、滑った。
彼らが感じていた違和感は、肌を通して得る感覚の向こう側―――つまり、凍った床と、温度が下がった空気を通して感じていたものだったのだ。
最後尾だったため凍った床に足を踏み入れていなかった義勇が、「どうせ八八は転んで頭打っても死なないし……」という冷静で的確な判断の下、八八を見捨ててしのぶを受け止めに行く。
だが、角度が悪かった。
しのぶが倒れ込み、義勇が受け止めに入る。
派手に転倒した八八の頭が壁に激突した。
角度が悪いが、床が凍っている以上受け身は取れない。義勇は遮二無二受け止めに行く。
壁に激突した八八が床を滑り高速回転。ベイブレードになっていった。
しのぶは義勇が受け止めに入って来るのを見て、余計なことをせず身を任せる。
八八の頭が凍った床に接しながら、開いた足が遠心力を生み、太陽系の回転を再現した。
そして受け止めた義勇の手が……思いっきり、しのぶの胸を掴んだ。
「あ」
「あ」
触ったのか?
掴んだのか?
揉んだのか?
揉みしだいたのか?
この宇宙には多次元や無限が存在し、観測側がそれを"見る"レベルに達していなければ認識できない。
重なり合った可能性はいかようにも見える。
ゆえに、どう見ようとするかはその人による。
触ったかもしれないし、掴んだかもしれないし、揉んだのかもしれないし、揉みしだいたのかもしれない。
冨岡義勇の手とその手が触れている部分を見て、ぼそっと八八は呟く。
「
動揺した義勇がしのぶの体重を受け止めきれず、凍っていた部分の床を踏んでしまい、しのぶに巻き込まれる形で思いっきり転んだ。
「な、ななななな!!」
慌てたしのぶが揉丘美乳を突き飛ばし、凍った床の上で二人の体が滑っていく。
動揺したまま立ち上がろうとしたしのぶがまた転び、氷上のベイブレードと化していた八八と思い切り正面衝突してしまった。
しのぶの全体重37kg分。胸重量、童貞の致死量の70倍。
しのぶを受け止めようとした八八の手の上に乳が乗る。
八八はメガネを押し上げ、淡々と表情も変えずにコメントした。
「お前……いつも男に乳を揉ませてる気がするな。なぜだ?」
「ぶっ殺しますよ!!!」
しのぶの平手が痛烈に八八の頬を打ち、いい音が響く。
凍った床の上を無言で滑り、壁にぶつかるたび反射し床の上をビリヤードの玉のように動き回っていた義勇が、面白いくらい綺麗に八八としのぶに激突した。
八八が先頭、義勇が最後尾、しのぶがその間。
フォーメーションは変わらないまま三人は進む。
頬に赤い平手の痕が残っている義勇も、さっさと平手の痕が治った八八も、しのぶの全身に漲る怒りのオーラが見えていた。
「どいつもこいつもですよ」
シュッ、シュッ、と滅茶苦茶イラついた顔で日輪刀を素振りするしのぶ。
義勇は心底ビビって距離を取っていた。
男衆にそれぞれビンタ一発で済ませてやった時点で相当に寛容であり、素振りはやり場のない怒りを二人にぶつけないための怒りの発散である。
が、女性のその辺の機微などまるでわからない義勇はビビるしかない。
八八は胸揉んだ罰で心臓をぶっ刺されても「まあしょうがないか」で済ませる人間なので、全くと言っていいほど気にしていなかった。
「氷の血鬼術を使う鬼は見つけ次第ぶっ殺しましょう、そうしましょう」
「色々あったが簡単に言うなら私欲の八つ当たりのためだ」
「確かにそうなんですけど当人の八八さんに言われると果てしなく腹立つんですが!」
「しの八がどう思おうがしの八が腹を立てるかはオレが決めることにするよ」
「そんなだから不死川さんとかに嫌われてるんですよ?」
「胡蝶、八八は嫌われてない」
「あーもう! 冨岡さんも黙っててください!」
三人は慎重に進んでいく。
床が凍っている場所は避けつつ、たまに床の氷を砕いて道を作り進む。
どうやら調べたところ、床や壁に薄い氷を張ることでこの空間を作っているようだ。
間違いなく、氷の系統にある血鬼術。
凍った床を砕いても、数分経てばもう元に戻りかけている。
入り口の方に行けば行くほど砕いた氷の再生速度は遅くなり、奥へ進めば進むほど、砕いた氷の再生速度は早くなる。
すなわち、氷の回復が早い方に進んでいけば、この血鬼術を使っている敵が見つかるかもしれない……ということだ。
氷の上で足を滑らせるだけなら、氷に殺傷能力を持たせる必要もなく、氷を大きくする必要も硬くする必要もなく、ただ表面をつるつるにすればよい。
とはいえ、規模が規模だ。
"十二鬼月が居る"という推察が真実味を帯びてきた。
しのぶと義勇は油断なく進み、うっかりちょっと気を緩めた八八がずっこける。
「ぐああああっ! くっ、眠気が……」
「見てくださいよ冨岡さん。笑える八八さんですよ。
思いっきりずっこけて『かーっ眠いから仕方ないなー!』みたいな言い訳してますよ!」
「やめろ胡蝶」
「恥恥さーん、手を繋いであげましょうか? 敵も居るので気を付けてくださいね本当に」
「八八だ。拙者に恥じるところなどない」
「え?」
くすくすと笑うしのぶ。笑うのが下手そうな義勇が漏らす笑み。
それも、一瞬で消える。三人が同時に、鬼の気配を感じ取った。
一瞬で心の姿勢を戦う状態のそれに切り替え、鬼殺しの日輪刀を構える。
「鬼だ」
「数は?」
「一体」
そこは、大きな洋館の二階ホールにあたる場所だった。
破壊された石柱が散乱し、それぞれに『同時に叩き込まれた打撃と斬撃の跡』が見える。
血鬼術の鍛錬だろうか?
明確に、自分の能力を試しつつ、それを鍛え上げていた。
想定している仮想敵は、鬼を殺さんとする鬼殺隊あたりか。
おそらくは、あの列車のレールを破壊した鬼。
そこにも打撃と斬撃の破壊痕が残っていたため、間違いないだろう。
鬼はまだ八八達に気付いていない。
一方的に存在を認識できたのは、明確にアドバンテージとなるものだった。
「打撃と斬撃の同時破壊痕。列車のレールを破壊したのはあの鬼でしょうね」
「もし、俺達を待ち伏せしていたのなら。鬼殺隊を警戒しているということだ」
打撃と斬撃を同時に叩き込む血鬼術。
防弾、防刃、どちらか片方の防御しか想定していない者なら、一撃で死に至らしめるだろう。
『打つ』と『切る』を同時に叩き込むがゆえに、防弾チョッキや防刃服でも容易には防ぐことはできないと思われる。
「名付けるなら『打ち切りの鬼』と言ったところだろうか」
「打ち切りの力などサムライには通用せぬ。それを思い知らせてやろう」
「あんまり見ないくらいに八八さんの気合いが入ってますね……なんで?」
すぐに飛び出さず、ほんの少し間を置き、鬼の意識と呼吸の隙間に、三人は飛び込んだ。
気の緩みを突くような奇襲。
鬼の馬鹿げた反射神経をもってしても最速の反応はできず、"危険な距離"まで三人の接近を許してしまっていた。
「! 鬼狩り!?」
鬼は頭に被っていた兜を脱ぎ、床に叩きつける。
瞬間、血鬼術が発動した。
迫り来るは衝撃波。
鬼を基点とし、床を伝い、荒波のように斬撃と打撃の衝撃波が飛んで来る。
普通の人間ならば視認すらも困難な、人を飲み込む衝撃波の高波であった。
盾で防げば、打撃が盾を砕き、盾を砕けなくても斬撃が回り込む。
剣で防げば、斬撃が剣を切り裂き、剣が切れなくても剣にぶつかりながら衝撃がすり抜ける。
単一の防御手段を抜けて人を殺す、打撃斬撃の血鬼術。
それを見た義勇が、前の二人を追い越し、前に出た。
八八達に当たるはずだった全ての打撃斬撃の衝撃波が、一瞬で消える。
「!?」
拾壱ノ型は、拾ノ型まで教わった義勇が編み出した独自の技。
彼の間合いに入った術、攻撃は、全て凪ぐ。無になる。
防御剣術の究極の一つと言えるだろう。
単品でも規格外に強力なこの技は、"仲間との共闘"によって真価を発揮する。
「もう……散体しろ!」
八八は脱力し、筋肉の余計な縛りを体から抜く。
そして体の周りの磁場を操作し、金属製のサイボーグである自分の体を、一種のスプリングと同じ仕組みのそれへと変える。
筋肉は縮むことで力を生み、関節がその力の向きを変えるのが人体の仕組みだ。
だが彼はただの人間ではなく、サイボーグである。
自分の方に飛び込んできたしのぶの足裏を、腰前で組んだ手の上に乗せ、磁力の反発力で動く体をバネにして、跳ね飛ばす。
しのぶの脚力と磁力で動く腕の力が、猛烈な勢いでしのぶを鬼に向けて弾き飛ばした。
蝶のように華麗で、弾丸のように疾き跳躍は、鬼の目にも留まらぬ神速。
鬼が気が付いたその時には、しのぶの剣が鬼の喉に突き刺さっていた。
鬼が呻く。
だが痛みを感じながらも、鬼にはどこか余裕があった。
最下級の鬼でも、夜の間は、太陽の力を宿した日輪刀で首を刎ねなければ死なない。
突いただけでは死なないのだ。
しのぶは体が小さく腕力も無いため、呼吸で身体能力を飛躍的に上昇させても、怪物的な強度を持つ鬼の
鬼はほくそ笑み、自分の体を刺したしのぶを殴り殺そうとして。
その膝が、折れた。
「私は鬼の首を落とせないほどに非力ですが、それならそれでやりようはあります」
「ガっ―――あッ―――なにが―――」
「鬼を殺せる毒を受けたのは、初めてですか?」
蟲の呼吸の剣士・胡蝶しのぶ。
鬼を殺せる毒を作った、速い動きで毒を刺し込む脅威の剣士。
太陽を当てるか、日輪刀で首を刈るか、そのどちらかでしか鬼を倒せないという、この世界の鬼殺の剣士達のルールを覆した、鬼殺隊唯一のイレギュラー。
準柱級の戦闘力を持ちながら、研究と開発に長け、鬼殺隊内では前線に出るのをやめて毒の開発に専念したらどうか、という声もあるという。
その声を聞いた上で前線に出ることを躊躇わず、戦闘中に敵に合わせた毒の配分を選択し調合、敵にぶち込む恐るべき女傑であった。
「他の鬼もこのくらいなら私も楽なんだけどね……」
死が確定した鬼を見下ろし、小さな声でぷつりと、しのぶは素の喋りで声を漏らす。
「首を落とせない敵には毒を盛るその姿。オレにとっては一番戦国の侍らしく見えるよ」
「よくやったと思う。うん」
「……えと、ありがとうございます」
しのぶは鬼の頸を切り落とせない自分に、多少コンプレックスを持っている。
生来体は大きくならず、身長は伸びず、筋肉が付きやすいわけでもない体は、全集中の呼吸で身体能力を倍加できても、元の身体能力が低いためにまるで当てにならない。
そんな自分の体が、しのぶはあまり好きではなかった。
八八はしのぶの内心を把握しつつ、戦国時代基準の侍らしさを引用して褒めるという、褒めてるのか褒めてないのか分からない言い回しで肯定する。
義勇はしのぶの内心に全く気付いておらず、その苦悩を欠片も察していないが、ごく自然にしのぶを戦友として信頼し、頼りにしていた。
戦友の言葉が、信頼が、しのぶのコンプレックスをいつも和らげてくれる。
"この自分でも良いのかもしれない"と思わせてくれる。
それがなんだか、むず痒い。しのぶは視線を逸らして、頬を掻いた。
消滅寸前の鬼を指差し、八八は煽りの決め台詞を放つ。
「お前の被ってる兜は―――パンツ以下だな」
「八八さんの決め台詞って死ぬほどダサいですよね」
「ウワサ通りいい毒舌だ! ついていこう!」
「ええ……?」
義勇が守り、しのぶが刺し、八八が煽る。
三身一体の完璧なコンビネーション。
古来より侍は三身一体によって本来の力を発揮できるとされており、ゆえに大抵の鬼では敵うはずもない。
だが余計に煽ったせいで、鬼は怒りからか、最後の力を振り絞って八八をぶん殴った。
「く……そっ!」
「ぐえっ」
「八八!」
「あーあ」
鬼が消滅し、八八が吹っ飛び、義勇が叫び、しのぶは何一つ心配せず呆れの溜め息を吐いた。
不死身の八八の体の傷は一瞬で治ったが、凍った床の上をその体が滑っていく。
「ツル……ツル……ツルツル何を滑ってる!?」
ガン、ガン、ガン、と壁に何度もぶつかりながらも止まらず、廊下に出た彼の体は滑り続け、凍った階段の上を勢いよく滑り落ちて行く。
二階から一階へ滑り落ちて行く。踏ん張っても止まれない。
「ツル……ツル……ツルツル何を滑ってる!?」
頑張れ八八頑張れ! 八八は今までよくやってきた! 八八はできる奴だ! そして今日も! これからも! 折れていても! 八八が挫けることは絶対にない!
挫けないが滑る。
滑り続けた八八は、来た道を全て戻り、一階エントランスの壁に顔面から激突した。
「八八、大丈夫か? 胡蝶、八八の様子を……胡蝶?」
「んんんっ、えふっ……笑ってませんよ、ええ、私は今全然笑ってませんからね」
「……」
サイボーグの全体重をかけた顔面激突は"そこに隠されていた扉"を粉砕し、潰れた鼻も数秒で回復した八八が見たものは、隠し扉の奥の、地下へと続く階段だった。
八八の鼻から垂れっぱなしだった鼻血を拭いてやっていたしのぶもそれを見て、剣呑な表情を浮かべる。
「これは……隠し扉でしょうか? 地下に続いてるみたいですね」
義勇が扉の欠片を投げ落とすと、こつん、こつん、という音が、何度も繰り返し聞こえた。
随分と地下深くまで続く階段であるようだ。
彼らは氷の再生速度が速い方に、この洋館の主が居ると考えていたが、それはフェイクであり罠である可能性が高くなってきた。
地下から漂うは、濃厚な鬼の気配。
「鬼の気配が強い。こっちかもしれません。敵の首魁が隠れてる場所は」
「ワクワク死か死ねぇー!」
「八八さん、待て、待てです。……なんでしょうねこの大型犬の散歩してる気分」
三人は陣形を組み、慎重に階段を降り始めた。