(再掲載)警視庁特殊銃隊警部補・菅原文太の試練!東映制作テレビドラマ「たそがれに標的を撃て」 | 東映バカの部屋

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東映制作作品を主体として書いていますが、たまに他の話題も…一人でも多くの東映ファンが生まれる事を望みます!

●この記事は平成30年7月18日に掲載した記事を再編集の上で更新しています。

 

 

 

皆様、こんばんは。13時の勤務開始に備えた時間調整ですが日中とは比べ物にならぬ程寒いです

 

 

 

さて本日は過去の記事の再掲載です。今月末で七回忌を迎える菅原文太の主演作品で平成30年に東映chで放映されて以降、年に一度は放映される様になりましたが、俺は「単発の二時間ドラマでは珠玉の名作」と思っている作品で、令和2年12月の東映ch「傑作サスペンス劇場」で再度放映されます。

 

 

 

たそがれに標的を撃て」昭和57年1月5日、NNN系列「火曜サスペンス劇場」にて放映(単発ドラマ)・山田信夫脚本・鷹森立一監督・藤映像コーポレーション/俊藤浩滋制作協力・東映制作。

 

 

未ソフト化作品ですが、先述の通り今月の東映chに於いて12/29(火)20:00~22:00に放映されます。

 

 

 

 

 

 

冒頭、昭和43年に発生した「金嬉老事件」に於いて「警察側の所有する銃火器類が実行犯の所持している銃火器類より圧倒的に性能面で劣っていた事が人質救出の足枷となった経緯」から「犯人制圧と人質救出」を目的として各都道府県警察本部に狙撃用ライフル銃の配備を進めたと同時に「特殊銃隊」が編成され(平成8年に臨時編成部隊から機動隊常設の機能別部隊として再編成の上改称され、現在は「銃器対策部隊」となっています)昭和45年の「瀬戸内シージャック事件」昭和52年の「長崎バスジャック事件」昭和54年の「三菱銀行北畠支店強盗殺人事件」に於いて「最後の手段」として犯人狙撃に携わった事が、当時の報道の映像を交えて語られています。

 

 

劇中、文太さんは「広島県出身の警視庁特殊銃隊の警部補で、瀬戸内シージャック事件の際に犯人を狙撃した人物」と云う設定となっており「冷静沈着で射撃の腕も超一級」「上司の中丸忠雄からの信頼が厚く、部下の大場順等々からは尊敬の眼差しを受けている」「妻・日色ともゑと一人息子と一緒に暮らし、普段は子煩悩な父親で、実母・賀原夏子との会話では広島弁が丸出しとなる一面を持つ(「仁義なき戦いシリーズのファン」「東映ファン」「文太さんファン」等々に対する「サービス精神の一つ」の様にも感じます)」等々である一方「最終学歴が高校卒業である身の上から、瀬戸内シージャック事件に於いては「出世の為…大学を卒業した連中と違い、現場での実績を挙げなければ昇進が難しい現実が存在する為」に犯人狙撃に臨んだものの、結果として犯人を死に至らしめてしまった事から、世間から「人殺し」等々と罵られ一時は周囲が「自殺するのでは?」と心配した程落ち込んだ過去を持ち、立ち直ってからは「犯人の位牌」に手を合わせる事を日課としている一面」も…

 

 

そんな或る日、東京都内に於いて「子供達と引率者・あいはら友子(当作品では「相原友子」名義で出演)を乗せた二階建てバスが、強盗傷害犯に乗っ取られる事件」が発生し、文太さん達に出動命令が下され、実母や警視庁長官・永井秀明等々の説得に応じない犯人・塩屋俊(当作品では「塩田智章」名義で出演)に対して「狙撃命令」が…

 

 

(余談…この作品には「大阪に本社を置き「ZIPANGブランドの豪華貸切バス」に加え「輸入二階建てバスの車両保有台数」に於いては当時国内で1.2を争う規模を誇っていた」中央観光バス(後に事業を停止し、現在はZIPANG.S.Sが継承)が協力をしており、当時の最新鋭の車両であったメルセデスベンツのエンジンを搭載したドイツのネオプラン社製の二階建てバスを「前輪がパンクしたままで走行」「一階部分の側面硝子を本当に破壊し、銃撃場面では前面硝子に銃痕をも再現していた」等々「現役だった借り物の車両を使用しながらも、現実に起きそうな動向を本当に遣って見せている点」も見所となります)

 

 

当初は「狙撃の一番手は大場さん、二番手は文太さん、三番手は中丸さん」となっていたものの、大場さんは昭和59年に開催される「ロサンゼルス五輪」の射撃代表に決定していた為「経歴に傷を負わせない方がいい」と云う永井さんの判断で一番手は文太さんとなるのです。

 

 

「学生時代から射撃に没頭し、射撃が好き」と云う大場さんに対し「お前は幸せ。俺は出世の為に瀬戸内シージャック事件では狙撃をした。高校卒業者が出世する為にはそれしか無かったしお陰で今は警部補だ」と話した文太さん…しかし「狙撃命令」が出された時「当時の状況」が頭に浮かび直ぐには引き金を引く事が出来ず、中丸さんからの「数度の催促」を経て塩屋さんを仕留めます。

 

 

「生命に危険を及ぼさない事=右肩を狙撃」と云う命令に従ったものの、塩屋さんは出血多量で死亡した上に「暴力を暴力で持って鎮静化させる、大東亜戦争時の特攻警察の様な状況に二度としてはならない!」と云う信念を持っていた新聞記者・三谷昇が「協定に反して「狙撃手」文太さんの実名を公表した為」に家族が苦境に陥り、更に永井さん・文太さんは弁護士会(代表は西田健)から「生命を奪う必要性が無かった上に、肉親が現場から至近距離の場所に待機していたにも拘らず、塩屋さんを死に至らしめた殺人行為に他ならない」と云う理由から告訴される事に…

 

 

検察庁の聞き取り(担当検事は寺島達夫)に向かう車中で中丸さんに辞表を手渡す文太さん…しかし、その辞表が受理されていない時に都内で小売店に立て籠もった強盗犯人が複数の警察官を射殺する事件が発生し「お前はまだ特殊銃隊員だ!」と中丸さんは文太さんを現場に連れて行くのです。

 

 

ライフル銃に弾丸を装填するのを躊躇う文太さん…しかし「五輪出場が決定していた大場さんの背中」を見て、文太さんは重い腰を上げ弾丸を装填した姿で物語は終わります。

 

 

 

文太さんが出演したテレビドラマ中では明らかに「最高峰に位置する傑作」と言えますし、このまま手を加えずに「劇場公開作品」として今後公開したとしても「殆どのお客様が内容に満足して帰路に就くのでは?」と感じさせる、正に「眠り続けていた傑作単発テレビドラマ」。

 

 

「臨場感溢れる膠着状態の現場描写」をも霞めてしまう「警察・狙撃手の家族・犯人の家族等々、多方面から描かれる心理描写」「事件の解決では終わらない、報道機関や弁護士会・更には検察庁をも巻き込んだ騒動の一部始終」からは目が離せません。

 

 

「文太さんと大場さんの射撃に対する想いの違い」「学歴格差社会・年代の相違」等々に絡めて鮮明化した描写も秀逸!

 

 

そして文太さんは「一人の命を奪った事には変わらない経験から、実力行使の厳格な運用と意識付けを言葉少なに、遠回しに周知徹底する姿」「犯人の説得に肉親、特に母親を安易に利用し、それが結果として報道機関を通して羞恥に晒す結果に至る重大性を省みない警察上層部に対する不満を述べる姿」をも見せています。

 

 

更に三谷さんが文太さんに対し「あんたと家族に迷惑をかけたが、これが私の考え方であると云う事で勘弁してほしい」と堂々と話す姿には「報道機関に携わる人間の偽善者ぶり」を克明に描いた様に感じる一方「不信感等々を抱きながらも、僅かながら三谷さんの心情を受け入れたかの様な無言の態度が、文太さんの辞意の切っ掛けとなったとも感じられる場面」です。

 

 

 

現在「憲法改正問題」が度々報道されていますが、生前「ハマコー」こと浜田幸一代議士は「平和は皆が願う事ではあるが、願うだけでは平和はやっては来ず、平和を実現し維持する為に遣るべきことを遣らなければならない」と云う意味合いの事をお話しされていたと何処かで見聞きした記憶が有ります。

 

 

そして先日に於いては「オウム真理教関連事件の死刑囚に対する刑」が七人に執行されたばかり…

 

 

その様な時期に「生命等々に関わる問題を直視したこの作品」が、視聴可能な方々が限られるとは云え放映された意味は非常に大きいと考えます。

 

 

「憲法改正問題」「死刑存廃問題」は戦後の我国に於いてずっと議論・討論されて来ている事ですが、これだけの人口・人種・国家・宗教等々を抱え、更に時を追う毎に思考等々が多様化し続ける現代に於いては「争いの全く無い世界」は多くの方々が望む事ではあっても達成は不可能。

 

 

「自国の防衛」及び「弱きを助け強気を挫く=罪の無い人々の生命・生活・財産を反社会的な組織・人物等々から守る事」は当然で、場合によっては「実力行使による組織の壊滅・当事者の殺害(抹殺)に至ったとしても止むを得ない事」であり、更に「我国の伝統=誰もが少なからず心に持ち合わせている義理人情・侠客精神に基づく正常な心理そのもの」である以上「現実的な対応を可能にする為の憲法改正・その関連法改正」は絶対に遣るべき。

 

 

更に「仇討ちの伝統が宿る我国」に於いては「国家が被害者遺族に代わり仇を討つ死刑制度の廃止」は不可能であるし「死をもって死を償う重大性を誇示・固持し続ける事による犯罪抑止効果」「無期懲役=法規上「完全なる終身刑」と明記されていない現状」「被害者側の遺族感情・加害者側の「懺悔」の意味合いからの家族感情」等々を考えると「絶対に存続させるべき」と俺は考えています。

 

 

勿論(三谷さんの台詞をお借りして)「過去の特攻警察の様にならぬ為(させぬ為)に(国家であれば「一部の権力者たちの暴挙を発生させぬ為に」)相互監視を徹底させた上での厳格な姿勢と運用が条件」ですし、運用する以上は「当時者・我々第三者共に、多方向からの心情を常に意識・勉強し、相手の立場にで物事を考える癖付けを徹底し、傍観者を絶対に発生させず、常に真実に目を向け意見等々を発信して行く事」も同時に行う必要が有ると考えます。

 

 

 

この様な思考に於いても俺自身が一部の人間から「右翼・軍国主義者」等々と言われた事が、特に学生時代に多く有りましたが、我国には「思考の自由」が存在しますので「意見の対立・相違」等々は有って当然であるものの「この考え方は右翼でもなければ軍国主義者でもない」と言い切らせて貰います。

 

 

 

最後に…「火曜サスペンス劇場」の主題歌は数多く有れども、やはり「記念すべき一曲目」となる「聖母たちのララバイ」が圧倒的にいい曲ですし、記憶に強く焼き付いています。

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