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アメリカ人はDIYを本当はやりたくない:安直な異文化論に対しての警告

1. 概要


「アメリカ人はなぜDIYをするのか」という問いに対し、日本における一般的な説明はほぼ定型化している。すなわち、アメリカでは「まず自分でやってみる」ことが当たり前であり、巨大なホームセンターやプロ仕様の設備が整っているため、DIYが文化として根付いているというものだ。また、「家は資産であり、修繕は価値維持の手段である」といった経済合理性の説明も頻繁に用いられる。そして最終的には、「できるかどうかではなく、まず挑戦する」という精神主義的結論に帰着することが多い。

しかしながら、これらの説明はいずれも「なぜDIYをやらなければならないのか」という根源的な問いを回避している。この欠落こそ、アメリカ社会におけるDIY文化の実像を理解するうえでの重要な手がかりとなる。筆者はアメリカで生活した経験から、DIYが必ずしも「嗜好」や「文化的価値」として広く内面化されているわけではないことを実感している。確かに一部の人々はDIYを趣味的に楽しむが、多くの家庭にとってそれは「余暇活動」ではなく、「必要に迫られた労働」に近い。週末に家族や友人と過ごしたい、あるいはスポーツ観戦やレジャーを楽しみたいという欲求のなかで、DIYはしばしば望まぬ義務として登場する。

この現象の背後には、日本人がアメリカに対していつものように踊らされているマーケティングによって形成された文化的幻想が存在する。アメリカの広告産業は、戦後期以降「自らの手で家を作り、守る」行為を自由、自立、創造性の象徴として描いてきた。その結果、DIYは消費社会の中で「自己実現的行為」として再定義され、やがて「良きアメリカ市民の行動様式」として文化的規範に昇華された。この意味で、DIY文化は単なる生活技術ではなく、イデオロギー的実践であるといえるというのがあくまで表面上的なお話で実際はそんなイデオロギーは存在しておらず、実際はやらざるを得ないというただ単純な理由以外何物でもない。

アメリカのDIY文化を語る際によく引き合いに出されるのが「開拓者精神(pioneer spirit)」である。18〜19世紀のフロンティア開拓時代において、人々が自力で生活基盤を築いたという歴史的経験は、アメリカ的自立観の象徴として長く語られてきた。しかし、現代のアメリカ社会においてこの精神がそのまま継承されていると考えるのは、きわめて表層的な理解であり、修理・住宅維持・生活改善といった領域における経済的支援の脆弱さが、個人による自助的修繕を制度的に強制している。この点で、DIYは社会的放任の副産物でもある。

今日のアメリカでは、DIYは実質的「コスト削減」や「責任回避の補填」として機能することが多い。特に住宅市場の高騰と労働時間の長期化により、DIYは「選択(Want)」ではなく「必然(Need)」である。この構造的背景を無視して、DIYを「文化的美徳」として語る言説は、社会的現実を覆い隠す作用をもつ。言い換えれば、DIY文化は個人の自由を謳いながら、実際には制度的欠陥を個人努力に転嫁する仕組みなのである。

結論として、アメリカ人がDIYを行う理由は、「好きだから」でも「挑戦を尊ぶ国民性の表れ」でもない。日本社会がこの文化を輸入する際にも、その背景にある制度的文脈を無視して「美徳」として模倣することは、文化の理解ではなく、幻想の再生産に過ぎない。


2. DIYはアメリカが本場の理由

日本では、「アメリカ人はDIYが好きだ」「アメリカにはDIY文化が根付いている」といったポジティブなステレオタイプが、半ば常識のように語られている。YouTubeでも雑誌でも、「Home Depot(ホームデポ)」を象徴にした「自由と創造の国アメリカ」というイメージが流布しており、まるでアメリカ人が週末になると進んで壁を塗り、家具を作り、家を修繕しているように語られる。

だが、実際にアメリカで暮らしてみると、その実情はまったく異なる。そもそも「アメリカ人はDIYが好きだからやる」という理解は、現実とは正反対である。多くの場合、彼らは「やりたいから」ではなく、「やらざるを得ないから」DIYをしているのだ¹。

アメリカでDIYが発展した理由は、拍子抜けするほど単純である。結論から言えば、この二つしかない。

  1. 家が壊れやすい

  2. 大工が高い、あるいはそもそもいない

以上である。この二点で、アメリカのDIY市場の大半は説明できる。

にもかかわらず、なぜか日本のメディアやネット記事では、こうした当たり前の事実には一切触れず、代わりに「文化として根付いている」「挑戦を楽しむ国民性」「親から子へ受け継がれるDIYスピリット」など、意味不明な精神論ばかりが並ぶ。Googleで「DIY アメリカ」と検索すれば、上位に出てくるのはその類の解説ばかりだ。だが、実際のところ、そんな「心の豊かさ」や「手作りの温もり」が理由ではない。アメリカのDIYは、必要に迫られて行われる生活の延命措置である²。

アメリカの住宅は驚くほど壊れやすい。ボイラーが頻繁に故障し、壁にヒビが入り、白アリが侵入し、配線が混乱している。日本では「それは施工不良では?」と首をかしげるようなトラブルが、アメリカでは日常的に起きる。

その理由は明確だ。アメリカの建築基準が杜撰なのである⁴。建築コードは州ごとにバラバラで、住宅品質の基準は統一されていない。新築でも中古でも「素人が建てたのか?」と思うような構造の家が数多く存在し、実際に素人が修繕した痕跡が残っていることも珍しくない。

中古市場では特にその傾向が顕著だ。過去のオーナーがどこをどう修理したか不明な住宅が多く、後から配線や断熱材の欠陥が発覚するケースは日常茶飯事である。結果として、「前の住人がDIYで直した家を買って、また自分で直す」という終わりなき修繕の連鎖が発生する。この「循環型DIY」こそ、アメリカ住宅市場の現実的構造の一端である⁴。

またアメリカでは、信頼できる大工を見つけるのが難しい。職人の人口が少なく、しかも料金が高い²。たとえば、トイレの配管や壁の修復を業者に頼むと、数百ドルから千ドル単位の請求が来る。それなら「自分でやるしかない」となるわけだ。


3. アメリカにおける建築基準法

アメリカはご存じの通り連邦国であり、州によってその建築基準はバラバラである。そして、建築に関する法律は連邦レベルでは定められておらず、つまり、「アメリカ版の建築基準法」という一本の法律は存在しない。代わりに、各州や地方自治体(County, City)が独自に建築コードを採用・改変しており、同じ国の中でも地域によってルールが大きく異なる。

多くの自治体は、民間の標準規格団体である ICC(International Code Council) が策定した「International Building Code(IBC)」をベースに、自分たちの地域特性に合わせて採用・修正し、たとえば、地震が少ないテキサスでは耐震要件が緩く、ハリケーンが多いフロリダでは風圧対策が厳しい、という具合で、地域によってその基準がはっきり異なる。つまり、アメリカの建築基準法=「各地でカスタマイズされたIBC+地方条例の寄せ集め」であり、統一されて基準が存在しておらずその品質にもバラバラである。

そのほか同じ「新築」でも、カリフォルニアでは耐震補強が厳格だが、中西部や南部では壁材・配線基準が緩く、「DIYで直せる前提」の構造になっていることも多い。この「地域間品質格差」が、後に中古住宅市場の不均質さにつながり、前章にても触れた「壊れやすい家」「DIYで補修せざるを得ない家」の要因となっている。建築許可(Building Permit)や検査(Inspection)も自治体単位で行われるため、自治体ごとの職員数や予算によって審査の厳しさが全く違う。実際、郊外の小規模自治体では「ほぼ書類だけで許可が下りる」ケースも珍しくなく、その一方、都市部(ニューヨーク・サンフランシスコなど)では、数十ページの図面・エネルギー効率報告書・消防規定などの提出が求められ、審査に数か月かかることもある。

建築基準はしばしば政治論争の対象にもなる。たとえば、気候変動対策として「環境基準(Green Building Code)」の導入を進める州もあれば、「政府の過剰規制だ」として反発し、採用を拒否する州もある²⁵。つまり、建築基準でさえも政治的イデオロギーによって左右されるのがアメリカ的特徴である。

結論として、アメリカの建築基準法とは「統一されていない、自由とリスクの象徴」と言え、国が一律に定める基準がない、州・市ごとに異なるルール、検査体制もまちまち、政治やロビー活動の影響も強く、結果、住宅品質はピンキリであり、壊れやすい家も多く、はっきり一言で言ってしまえば、カオスである。それでも「自由な建築」を許すというのがアメリカらしさであり、同時に、DIYやホームデポが巨大産業に成長した制度的な前提でもある。言い換えれば、アメリカの建築コードは市場と政治の折衷産物であり、日本のように「法で守られた品質」は、そもそも設計思想に存在しない²⁶。そこに日本人が想像する「文化的土壌」といった幻想は存在しておらず、ただ淡々と制度的構造によってもたらされたものにしかすぎない。


4. なぜアメリカには大工がいないのか:見えない壁

なぜアメリカには大工がいないのか。この点を理解するために、まずアメリカにおける大工事情を少し整理しておきたい。

アメリカの大工業界は、日本と同じく慢性的な人手不足であり、同時に価格が異常に高い。理由は単純で、供給が限られている上に、市場を構造的に支配している仕組みがあるからで⁷、アメリカでは、多くの地域で大工として仕事をするには、その地域の職人組合(Union)に加入しなければならない⁸。
この組合が労働者の保険や賃金、仕事の割り当てを管理しており、要は地元の窓口のような存在だ。もちろん、組合に属さず個人で仕事を取る独立系大工も存在するが、実際のところそれはかなり難しい。組合に加入しないと仕事を取れない地域も多く、さらに加入費や年会費も高額であり、たとえば、ユニオン系の建設労働者(Carpenters Localなど)は初期登録料に数千ドル、毎月の会費が200ドル以上かかる場合もあり、新規参入者にとって、これは大きなハードルである。結果、大工になりたくても、なるまでのコストと手間が高すぎる。加えて、政治的ロビー活動や既得権益構造も根強く、新しい職人が入ってこない仕組みが半ば制度化されている。

地域によっては、一つの組合がそのエリアの建築案件をほぼ独占しており、組合に属さない者には仕事のチャンスすら回ってこない。村八分とまではいかなくとも、組合を通さなければ見積もりすら出せないような構造になっていることも珍しくない。加えて、組合は地元政治家やロビイストとの関係も強く、行政・議会・建設業界が一体化した閉じた生態系を形成している⁹。

このようにして、新規参入は事実上難しくなる。結果、競争が起きず、価格は下がらない。つまりアメリカの「大工が高い」という現象は、技術の高さではなく、制度的に守られた独占構造によるものなのだ¹⁰。

面白いのは、こうした構造が必ずしも悪とまでは言い切れない点である。確かに組合やロビイストは健全な競争を阻害する存在でもあるが、一方で業界の賃金水準を維持する役割も果たしている。参入障壁を高くすることによって、既存の職人はレッドオーシャンに巻き込まれずに済む。競争が少なければ、労働者の賃金は上がりやすくなる、これもまた資本主義のひとつの顔なのだ¹¹。

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アメリカにおいて配管工事は自分でやるしかない。なぜなら配管工が周りにいないからかあるいは高額だからだ。

要するに、アメリカの大工は高スキルだから高い”のではない。新規参入を制限しているから高いのである。逆に言えば、誰でも簡単に大工として参入できる環境であれば、当然賃金は下がる。これは経済の基本的な理屈である¹²。

アメリカでは、ロビイストと組合が一体となって新しい競争を遮断することで、既存業界を守るという構造が至るところに存在する。そしてこの仕組みこそが、結果的に「大工がいない」「価格が高い」という現象をつくり出している。言ってしまえば、アメリカの大工不足とは、保護された資本主義が生んだ人為的な不足なのだ¹³。

またアメリカの建設現場を支えているのは、実は中南米からの移民労働者であり、特にカリフォルニア、テキサス、フロリダなどでは、現場労働者の半数以上がヒスパニック系移民とも言われている。しかしこの構造は非常に脆弱であり、法就労の取締りやビザ規制が強化されるたびに、現場から人が消え、プロジェクトが止まる。つまり、アメリカの大工不足は「移民政策の影響を受けやすい構造的問題」でもある。

最後にアメリカでは1970年代以降、大学進学こそ成功の道という価値観が強まった。高校でも職業訓練(Vocational Training)や技能教育のプログラムは大幅に削減され、木工・溶接・配管といった実技科目が姿を消した。

結果として、「手に職をつける」より「オフィスで働く」ことがステータス化。ブルーカラーの職業は教育を受けられなかった人の仕事という偏見さえ根付いてしまい、日本のように高卒から技能系専門学校・職人ルートに進むような社会的仕組みはアメリカにはほぼ存在しない。これが、職人層の世代交代が進まない最大の要因である。勿論日本も技能系専門学校・職人ルートは十分承知しているが、アメリカそのさらに先を行っており、それら技能系の受け皿が存在しないのだ。

こういった大工の供給力不足によって、力関係が完全に供給側>需要側となっており、住宅業界においては最低の品質で最高の金額を要求できるという状態が現在のアメリカにおける住宅事情であり、結果自分でDIYをやらざるを得ないという状態に陥るのだ。


5. 修繕費の高さの構造的背景 ― 保険・税制・住宅市場

アメリカで修繕費が高い理由は単純ではない。表面的には「人件費が高い」「材料が高い」といった話で片付けられることが多いが、実際には保険制度・税制構造・住宅市場の歪みという三重苦が根底にある。

第一に、保険制度でアメリカでは住宅修繕に関する保険(Homeowner’s Insurance)は非常に高額で、さらに免責(Deductible)の設定が高いため、
小規模な修繕は保険適用にならないケースがほとんどであり¹⁴、つまり、屋根の一部が壊れようが、水漏れが発生しようが、「どうせ保険が下りないから自分でやるしかない」という選択に追い込まれる。この保険の空白地帯”が、DIY市場を後押ししている一因でもある。

第二に税制の構造であり、アメリカの住宅は資産(Property)として扱われるため、改修費用や維持費は原則として税控除の対象外であるため¹⁵、たとえば、日本のように耐震工事や省エネ改修に対して減税措置があるわけではない。住宅ローン金利は控除できても、修繕費そのものは「自己責任」である。だからこそ、アメリカの家庭は「コストを抑えるために自分で直す」方向に走る。

最後に住宅市場の歪みであり、郊外の中古住宅市場では、築30年、40年の家が当たり前のように売買されており、多くの物件は前のオーナーの修繕履歴が不明なまま流通している¹⁶。結果として、購入後に予想外の修理費が発生する。一軒家を買った後に「壁の中がカビだらけだった」「配線がDIYでめちゃくちゃ」などは珍しくない。しかしこうした構造的リスクはすべて買い手が負う。だからこそ、修繕は高く、しかし避けられない

つまり、修繕費が高いのは単なる「物価の高さ」ではない。それは保険制度の空白、税制の冷淡さ、そして老朽化した住宅市場の歪みが三位一体(Trinity)となってつくり出した制度的コストなのである¹⁷。


6. ホームデポ

このような環境の中で、アメリカではDIYそのものが巨大産業へと進化した。その象徴が、言わずと知れたHome DepotLowe’sといったホームセンターチェーンであり、これらの企業は単なるホムセンではない。彼らが売っているのは「自分で直せば節約できる」という物語であり、¹⁸言い換えれば、DIYをライフスタイル化することによって、「制度的不便さ」をビジネスチャンスに変え、世界的な大企業に作り上げた。

Home Depotの広告は常にポジティブで、「You can do it. We can help.」というスローガンは有名だが、実際にはやらなければいけない現実をやってみようというポジティブな物語に変換している。これは一種の心理的マーケティング転換である。アメリカのDIY文化が「挑戦」や「自立」の象徴として語られる背景には、この企業的ナラティブの影響が非常に大きい。日本におけるアメリカのDIY文化のポジティブなイメージはこういったHome Depotによる広告によるイメージ作りが大きいだろう。

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アメリカにおける一般的なホームデポの棚。

また、こうしたホームセンターは、建築資材から工具、塗料、さらにはワークショップやオンライン講座までを展開しており、いわば「DIYの総合大学」のような存在になっている。だがその実態は、制度の穴を埋める民間インフラであり、国や自治体が支援しない生活補修を、企業が代替しているだけであり、そしてこの民間インフラ化こそ、アメリカ社会の特徴でもある。公共サービスが不十分であれば、市場がその役割を担う。DIYの商業化とは、まさにこの典型例であり、「国家の不在を企業が埋める構図」なのである¹⁹²⁰。

そういう意味で、Home DepotをはじめとするアメリカのDIY市場は、今や想像を超えるほど巨大な産業になっている。理由は単純だ。大工を雇うお金がない。そもそも大工自体がいないとなれば、自分で直すしかない

人々はホームデポへ向かい、修理道具や資材を買い込み、見よう見まねで修繕を始める。だが、そうして直された家は往々にして中途半端な修理と改造の積み重ねであり、構造的に脆く、やがてまたどこかが壊れる。するとその家は中古市場に出され、別の誰かが購入し、再び修理を試みる。そのたびにまたホームデポが儲かる。これが、アメリカ住宅市場における負のDIYループだ²¹。

この循環はまるで、「壊れた家の再生」を装った終わりなき経済装置のようでもある。住宅の品質が悪いからこそ、修繕市場が回る。修繕市場が回るからこそ、ホームデポの株価は上がる。その結果、DIYは生活防衛手段であると同時に、株主にとっての成長事業になるという、皮肉な構造が生まれている。

実際、ホームデポの時価総額はすでに米国企業の中でもトップクラスに位置しており、同社の年間売上高は1,500億ドルを超える²²。単なる工具店ではなく、アメリカの住宅構造そのものに依存したインフラ企業と言っても過言ではない。

この構図を見て思い出すのが、19世紀のカリフォルニア・ゴールドラッシュである。当時、最も儲けたのは金を掘った人々ではなく、金を掘るためのスコップやツールを売った商人たち、つまり掘る人ではなく、掘らせる仕組みを作った人々だった。ホームデポもまた同じだ。中古住宅市場という「現代の金鉱脈」で、最も利益を上げているのは、実際に家を直す人ではなく、その家を直すための道具を売る企業なのである²³。

言い換えれば、アメリカの住宅問題の勝者は、住宅そのものではなく、修繕を必要とする社会を前提にした商業構造だ。家が壊れるたびに、誰かがDIYし、またホームデポが儲かる。この連鎖はもはや「文化」ではなく、経済の自動回路として機能している。そして、その仕組みを最も巧みにビジネス化した存在こそ、ホームデポというDIY資本主義の象徴である²⁴。


7. 日本への今後の影響

今後、日本は確実に少子高齢化の波を受け、建築・土木をはじめとした現場系の人手不足が深刻化していくことは避けられない。アメリカではすでに大工や職人の減少が社会問題化しており、その影響として修理費用の高騰や、修繕依頼をしても数か月待ちといった事例が各地で発生している。日本も同様の道をたどる可能性は十分にあり、将来的には「自分で直さなければならない時代」が到来するだろう。

そうした環境変化の中で、私たち日本人に求められるのは、単なる危機感ではなく「備え」である。これも自分は再三別のnoteを通して申し上げているが、危機感をSNSで煽るだけだったら生産性もないし、猿でもできる。大切なのはまさに備えで、業界としては、建築・修繕分野への人材育成を強化するとともに、技術革新や自動化の導入を通じて、限られた人数でも効率的に工数をこなせる体制を整えることが不可欠だ。一方、一般の生活者としても、修理業者や地元職人との関係性を日頃から築き、いざという時に優先的に対応してもらえるような人的ネットワークを形成しておく必要があるだろう。これからは、個人的な「コネ」こそが生活インフラの安定性を左右する時代になる。

さらに言えば、ある程度のDIYスキルを持ち、自ら修理や改修を行える知識と道具を備えることも、個人のリスクマネジメントの一環となる。社会全体として、ホワイトカラーよりもブルーカラーの職業価値が相対的に上昇し、「手を動かす力」「現場で解決する力」こそが新たな社会的価値を持つようになるだろう。まさに、労働価値の逆転現象が静かに始まっているのだ。



8. 結論

日本においては、「アメリカ人はDIYが好きである」「DIYはアメリカ文化の象徴である」といった言説が、ほとんど検証されることなく流通している。
それは、まるでアメリカ人が皆自発的に楽しんでDIYをしているかのような、ポジティブなステレオタイプに基づいたイメージである。だが筆者が問題視しているのは、なぜ日本社会では、海外の行動様式や社会現象をこうも楽観的に解釈する傾向が根強いのか、という点にある。

冷静に考えて、週末にわざわざ長時間かけてDIYをしたい人が、どれほど存在するだろうか。多くの家庭の父親たちは、当然ながら家でのんびり過ごしたいと考えている。DIYを趣味として心から楽しむ人々も一定数いるだろう。しかし実際のところ、多くの場合は「家が壊れたから仕方なくホームセンターに行く」という、必要に駆られた行動に過ぎない。

アメリカでは職人(大工)不足や修繕費の高騰といった単純な供給サイドの問題が存在するにもかかわらず、日本ではそうした労働市場的・構造的要因にほとんど目が向けられない。その代わりに、「そういう文化だから」という便利な言葉が用いられる。この現象は、単なる誤解ではなく、日本社会が抱くアメリカへの憧れの裏返しとして機能しているといえる。

本質的に、人間、そして動物は怠惰である。つまり「自分で修理したくない」というのが自然な感情であり、DIYを行う理由は、ほとんどが「やらざるを得ないから(Need)」という単純な必然に過ぎない。ところが日本で語られるアメリカ論は、このNeedをWant、つまり「やりたいからやっている」とすり替える傾向が顕著である。

経済学的にも、市場は「好きだから」ではなく、「必要だから」で拡大する。アメリカのDIY市場もまさに、専門業者の不足、修繕コストの高さ、郊外住宅の構造的維持費といった要因により拡大してきたのであり、「文化的美徳」や「国民性の反映」として説明するのは実態にそぐわない。それを「文化的な自己表現」として語ることは、もはや事実の歪曲に近い。論ずるに値しないとすら言えるだろう。

筆者は、しばしば「文化(culture)」という言葉そのものに不信感を抱いている。文化という語が便利すぎるがゆえに、それがしばしば分析の放棄を隠蔽する言葉として使われているからである。

ある社会現象が「文化的に根付いている」と語られるとき、それが本当に文化的必然によるものなのか、それとも経済的・法的・労働構造的な条件の結果なのか、十分に区別されていないケースが圧倒的に多い。たとえば「アメリカ人がDIYをするのは文化だから」という説明は、制度や環境といったマテリアル(物質的)な要因を完全に無視した「思考停止の言い換え」に過ぎない。

「文化の違い」と言えば一見、説明したように聞こえる。しかし実際には、多くの行動が「文化」ではなく、「制度的制約」や「経済的インセンティブ」の副産物として発生している。にもかかわらず、それらをすべて文化の名のもとに括ってしまうのは、分析の怠慢であり、理解の放棄である。日本人は特に外国の分析に対して不思議と放棄してしまう傾向がある。不思議と国内の分析は脳みそをフルに使うのにも関わらず、海外の出来事になるとまるで幼稚園児か小学生になったくらい頭の悪い分析をしがちである。

日本における「アメリカ人はDIYが好き」という言説は、単なる誤認ではない。それは、「そうであってほしい」という願望的投影の結果であり、文化の理解ではなく、幻想の再生産にほかならない。憧れは理解から最も程遠い感情である。

DIYはアメリカ人の「精神的強さ」の象徴ではなく、社会構造の制約から生じた合理的行動である。この単純な現実を見ようとしない限り、日本社会が語る「文化の違い」は、いつまでも空疎な物語の域を出ないだろう。

「自分で作る楽しさ」や「手を動かす温かさ」・・・・。そんなのはアメリカ人のDIYにない。大事な週末を労働に使うという虚無感しか残らないのである。


9. 参考文献、脚注

¹Pew Research Center (2021). Home Repair and Maintenance in the U.S.: Who Does the Work?
²U.S. Bureau of Labor Statistics (2022). Employment Outlook for Construction and Maintenance Occupations.
³Putnam, R. D. (2000). Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community.
⁴村田陽一『アメリカ住宅の社会史―郊外と中流階級の形成』岩波書店、2017年。
⁵Bourdieu, P. (1977). Outline of a Theory of Practice. Cambridge University Press.
⁶筆者自身の観察・生活経験による記述を含む。
⁷U.S. Bureau of Labor Statistics (2023). Occupational Outlook Handbook: Construction Laborers and Helpers.
⁸AFL-CIO (American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations). Building Trades Unions in America: Structure and Membership. (2022).
⁹McCartin, J. (2011). Labor’s Great War: The Struggle for Industrial Democracy and the Origins of Modern American Labor Relations. University of North Carolina Press.
¹⁰Rosenfeld, J. (2014). What Unions No Longer Do. Harvard University Press.
¹¹Freeman, R. & Medoff, J. (1984). What Do Unions Do? Basic Books.
¹²Krugman, P. (2009). The Return of Depression Economics and the Crisis of 2008. W.W. Norton & Company.
¹³Harvey, D. (2005). A Brief History of Neoliberalism. Oxford University Press.
¹⁴National Association of Insurance Commissioners (2023). Homeowners Insurance Report.
¹⁵Internal Revenue Service (IRS). Publication 530: Tax Information for Homeowners. (2022).
¹⁶Joint Center for Housing Studies of Harvard University (2022). Improving America’s Housing Report.
¹⁷Florida, R. (2017). The New Urban Crisis. Basic Books.
¹⁸The Home Depot Corporate Archives. Company History and Brand Messaging.
¹⁹Klein, N. (2007). The Shock Doctrine: The Rise of Disaster Capitalism. Metropolitan Books.
²⁰Zukin, S. (2010). Naked City: The Death and Life of Authentic Urban Places. Oxford University Press.
²¹Harvard Joint Center for Housing Studies (2023). U.S. Remodeling Market Outlook.
²²The Home Depot, Inc. 2024 Annual Report. (Form 10-K, U.S. Securities and Exchange Commission).
²³Brands, H. W. (2002). The Age of Gold: The California Gold Rush and the New American Dream. Anchor Books.
²⁴Fisher, M. (2009). Capitalist Realism: Is There No Alternative? Zero Books.
²⁵International Code Council (ICC). History and Development of the I-Codes. (2023).
²⁶American Planning Association (APA). State and Local Building Code Adoption Processes in the United States. (2022).
²⁷Meeks, C. (2019). Building Codes Illustrated: A Guide to Understanding the 2018 International Building Code. Wiley.


10. 参考本

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あらい

脚注「⁴村田陽一『アメリカ住宅の社会史―郊外と中流階級の形成』岩波書店、2017年。」この本存在しなさそうです。AI生成コンテンツですか?

2
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toshi

ロングアイランド州に住んでいたタイ人の友人が居ました。 たまに「コレ壊れた!」みたいに家のアチコチの写真送ってきましたが、地下室の配管の写真送ってきた時はさすがに「素人にLineや…

運夢 零 (はこむ れい)のプロフィールへのリンク

おもしろかった。アメリカのDIY事情には、正直あまり興味なかったけど、理想と現実のギャップを解説する記事として、秀逸だなと感じました。

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