BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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アザミ製怪異バラエティパックvsキヴォトスの黒い鳥With珊瑚の精霊
Round 1 ファイッ!

最近のブルアカ、新キャラ登場からガチャ解放までが早くない?
凄く良い事なんだけど、石が無いのよ、ヨースターさん。


54.影送り

 自治委員会の寮を離れ、息を白く吐きながら歩く。

 日の射さないエビスは、想定よりもう1段寒い。

 鋭い冷気が5.56mmの徹甲弾を止めるはずの分厚いロングコートを貫いている。

 それでも中央氷原よりはマシだ。

 生身で外に出た場合、どれだけ着込んでも1時間で低体温症になる、文字通り不毛の大地なのだから。

 だからこそ、べリウスから物資を送るためにカーゴランチャーが作られたのだろう。

 良い方法は他にもあったんじゃないかとは思うが。

 『二度と味わいたくない加速』を味わったのは、あれが最初で最後なのだから。

 

 昔を思い出しながら足を動かしていると、昼頃に見た漁港にたどり着く。

 あの時は全員漁に出ていたそうだが、今は船が何隻も停まっている。

 ここに人がいる可能性は高い。怪異の目撃者もいる事だろう。

 スキャンを実行して、同時に周りを見渡す。

 妙な反応は一切なく、エデン条約のミメシスのようにいきなり現れる前兆も無い。

 

 「港は何もない、か……。」

 

 『ですが、漁師はいるようです。話を聞いてみましょう。』

 

 マーカーが指し示した場所は、漁港から少し離れた酒場。

 耳を澄ますと、煌々と灯る明りから、海産物が焼ける匂いと、少し年季の入った嗄れ声が漂ってくる。

 帰ってきた漁師がそこで酒を飲んでいるのだろう。

 運が良ければ、目撃者も居るはずだ。

 コンクリート壁に沿う階段を上り、ガラス戸を引いて酒場に入る。

 人の話し声で雑然とする中、丸机に乗せた七輪を囲む年配の男たちに声を掛けた。

 

 「ここの漁師か?」

 

 「あん?ああ、そうだが。姉ちゃん、どこの誰だ?」

 

 「レイヴン、傭兵だ。話を聞かせてくれるなら、1杯奢るぞ。」

 

 「そりゃ本当か!?いいぞいいぞ!何が聞きたい!」

 

 酒を奢ると言った途端、急激に色めき立つ男たち。

 やけに大きい声が耳を潰し、エタノールの匂いで鼻が曲がりそうだったが、情報を得るため一時の辛抱。

 

 「この辺りで、タカアシガニの怪異が出たと聞く。それは本当か?」

 

 「ああ、本当だ……。よりにもよってその話かよォ……。」

 

 最初に俺に声を掛けた機械型のキヴォトス人が、頭を抱えて急激に失速する。

 周りの仲間がやいのやいのと囃し立てるが、手早く済ませるため声量を上げて遮る。

 

 「何故怪異だと分かった?カニが陸に上がる事は、珍しい事なのか?」

 

 「姉ちゃんよぉ!タカアシガニってのはな、海の深いとこにしかいねぇのよ!陸に上がってくるなんてあり得ねぇんだ!」

 「カニの中じゃぁ大して銭にならねぇ癖して、クモに似てやがる……!全く最悪だぜ!」

 

 本来陸に上がらないものが、上がってくる。

 つまり、怪異は化けたモノがしないはずの行動を取ることがある、という事。

 その怪異とやら、どうやら変装は素人らしい。

 

 「そうか、感謝する。約束通り奢るぞ。」

 

 カウンターの奥に立っていた女将に、一番大きいビール瓶を注文。

 お代を男たちのテーブルに置いて立ち去ろうとするが、仲間の1人がいつの間にか用意した椅子をバンバンと叩いていた。

 

 「おう!他の話は聞かなくていいのか!でけぇタコがかかった事があるんだがよ!」

 

 「悪いが興味がない。じゃあな。」

 

 振られちまったなと騒ぎ出す男たちを、若い子にちょっかいかけてんじゃないよと女将が一喝。

 特有の騒がしさを背に受けながら、酒場を後にした。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 農地までの道中は、不良に絡まれる事も、賞金稼ぎが狙ってくることも無く、実に平和なものだった。

 息も凍るような外気温の中、こんな時間に動いていたら死ぬからだろうが。

 狭くとも多少は快適だったコックピットを懐かしんでいると、明かりの下で動いている人影が見えた。

 雪に備えているのか、昼間に聞き込みをした犬型のキヴォトス人が、まだ作業をしている。

 逞しさに感心しつつ近づくと、しゃがみ込んでいた農家がこちらに気づいた。

 

 「ん?あんたは昼間の……。」

 

 「レイヴンだ。怪異について、もう1度聞きたくてな。」

 

 「そうかい。こんな時間まで、精が出るなぁ。」

 

 「それはお前もだろう。その怪異だが、どのくらいの時間に現れたか、覚えているか?」

 

 「丁度、今くらいの時間だ。ありゃ肝を冷やしたぜ……!銃が効かないクマなんて、悪夢同然だ!」

 

 男はそう言いながら再びしゃがみ込んだ。

 どうやら、急に現れたアレには気づいていないらしい。

 目線をアレに合わせながら、警告を込めて口を開く。

 

 「そうか。そのクマというのは、あそこにいるような奴か?」

 

 「はっ?」

 

 暗闇の中に、熊がいる。

 頭は白の、体は黒の体毛で覆われている、2メートルはありそうな熊だ。

 ザクザクと農地を踏みしめ、グルグルと喉を鳴らしながら、俺達に近づいてくる。

 

 「でっ、出やがった!」

 

 農家が背中にかけていた猟銃を構え、現れた熊目掛けて引き金を引く。

 火花とスラグ弾が2発放たれ、どちらもクマの頭に直撃するも、軽く怯んだだけ。

 むしろ怒らせたのか、後ろ足で立ち上がり吠え始めた。

 

 「チィッ!見ただろ!効いちゃいねぇ!」

 

 ある意味では当然の結果だ。

 俺達が話し始めるまで、レーダーにもスキャンにも、何の反応も無かった。

 あの熊は、この農地にいきなり現れたのだ。

 怪異と見て間違いないだろう。

 

 「俺に任せろ。」

 

 「ハァッ!?あんた何言ってんだ!死んじまうぞ!?」

 

 「死線ならいくらでも潜っている。獣の相手は初めてだが、どうとでもなるだろう。」

 

 「やめとけ!いくらあんたが強くたって無茶だ!!」

 

 コートのボタンを外して、地面に転がっていた鉈を左手に握る。

 熊と戦うには短い得物だが、ナイフで殴り合うよりはマシだろう。

 目を睨みながらゆっくりと近づく俺に、熊は地面を叩き更に大きな声を上げて威嚇を続ける。

 

 「クソッ……!嬢ちゃん、俺は逃げるぞ……!忠告はしたからな……!」

 

 農家は俺にそう言うと、熊から目をそらさない様に、じりじりと後ろに下がっていく。

 なお威嚇を続ける熊は、姿勢を低く落として白い息をまき散らす。

 俺が1歩踏みこみ、息を1つ吐いた直後、熊が俺目掛けて突進してきた。

 振り上げられた前足を右にかわして、ガラ空きの脇腹に飛び蹴りを食らわせる。

 大きく吹き飛ばされた熊は地面でゴロリと受け身を取ると、また立ち上がり大きく吠えた。

 調査を始めたばかりの今のうちに、怪異の戦闘面の特性を探っておきたい。

 今度は、こっちから仕掛ける。

 

 熊が顔を下ろした瞬間に踏み込み、顔面に向けて鉈を振り下ろす。

 鳴きながら怯んだ隙を見逃さず、続けて2回、3回と切り付ける。

 足元を薙ぎ払う前足を、鼻を足掛かりに跳び下がって回避。

 1回転してから着地し、突っ込んでくる熊を左にかわす。

 すかさず脇腹に向けて鉈を投擲。

 刃が直撃するも毛皮で弾かれ、鉈は宙を舞う。

 急加速して、鉈を空中でキャッチすると同時に肩からの当身。

 熊は大きく吹き飛ばされるが、すぐに姿勢を立て直し突進する。

 ぶつかった時の感覚からして、少なくとも200キロはある。

 真正面からの殴り合いは避けた方が無難か。

 

 振り下ろされる両前足に潜り込み、逆手で握った鉈の刃を腹に食い込ませ、脇に手をかけ横へと押し倒す。

 鉈を引き抜き追撃しようとした瞬間、後ろ足で蹴飛ばされた。

 空中で体を捻り右手で体を支え、バックフリップの要領で姿勢を取り戻す。

 吠えながら突進してくる熊を軸に回りながら距離を詰め、右前脚のジャブを鉈で迎撃。

 鉈を握る左腕を狙った噛みつきを、右腕を差し出してガード。

 前腕に喰らい付く歯はコートで止まるが、咬合力で腕が押しつぶされていく。

 ダメージ上等で腕を顔ごと引き寄せ、右の眼球目掛けて鉈を振り下ろす。

 熊の顔面に叩きつけられた刃は、目を2つに切り裂いた。

 鳴き声を上げ腕を離した隙に、顔に残った鉈を殴って更に押し込む。

 大きく振りかぶった左フックを両腕で受け止め、顔面を全力で蹴り下ろす。

 そのまま左手の毛皮を握って外側へ回り、脇腹を蹴って地面に這いつくばらせる。

 暴れる熊を片足1本で押さえつけ、左前脚の肘を狙い殴打。

 悲鳴を上げる熊を余所に、2回、3回と殴り続け、5発目でゴキンという音と硬いものをへし折った感触。

 左手を離し、息を荒げ立ち上がろうとする熊の正面に戻る。

 右手を踏みつけ柄を握り、顔面を思いっきり蹴り飛ばして鉈を引き抜く。

 さっきまでとは打って変わって、熊からは獰猛な戦意が完全に失われる。

 

 左手の鉈に目を向けると、刃には血ではなく、黒い靄が薄くまとわりついていた。

 熊の右目と左肘、そしてこれまで切り付けてきた場所から、同じ靄が濃く漂っている。

 何度も切り付けているはずなのに、血を浴びる感覚が無かったのは、これが理由だろう。

 銃撃は効かないが、近接格闘であれば有効。

 これは有力な弱点だ。

 熊に目線を戻せば、そいつは左足を引きずり逃げ出していた。

 このまま放っておけば消えるのだろうが、倒し方までは分かっていない。

 トドメは刺させてもらう。

 

 逃げる熊の尻に全力で駆け寄りドロップキック。

 悲鳴を上げて倒れこんだ熊に駆け寄り、右手の毛皮を握りながら、頭を足で押さえつける。

 逃れようとする右手を引き寄せ、高く振り上げた鉈を肘に叩きつける。

 2回、3回と、斧で木を切るように、骨を両断する。

 5回目で抵抗がなくなり、肉を切る感覚だけが左手に伝わった。

 足元の熊が止めてくれと泣いている気もするが、気にせず毛皮を握りしめ、右腕を全身の力で思いっきり引っ張る。

 ブチブチと繊維が引きちぎれ、黒い靄が断面を覆う。

 熊が一際大きく鳴いた瞬間、右腕は完全に切り離され、断面から靄が吹き出した。

 腕を投げ捨て、涙を流す熊の頭を殴りつけてから、上あごに右手を掛ける。

 首を軽く回させてから、左手で下あごを握り、強く引く。

 自身の人間離れした筋力で、左手は引き、右手は押して、熊の首を捻り上げる。

 首の力だけで死を回避しようとする熊だが、それは悪手。

 一瞬だけ力を緩め、反対へ回転しかけた瞬間に、上あごを全力で地面に押し込む。

 ゴキンと首からひと際大きな音を放った熊は、それを最後に鳴くことを止め、力を失い地面に伏せる。

 大きく息を吐いた後、熊から離れて手を払い、右腕が傷ついたコートを羽織り直す。

 倒れた熊は足先から塵へと変わり、風に攫われ消えていく。

 最後の一欠片が空に舞った所で、後ろから農家の男が駆け寄ってきた。

 

 「嬢ちゃん、怪我はないか!」

 

 「問題ない。お前も無事で何よりだ。」

 

 噛みつかれた右腕を撫でるが、感じるのは圧迫された痛みのみ。

 歯はケブラーの層が防いでくれた。

 帽子を取って感服する様子を見せた農家が、地面に置いてあった箱から野菜をいくつか取り出し、袋に詰める。

 何をしているのかと思えば、ジャガイモに人参、トウモロコシがたっぷり詰まった袋が俺に押し付けられた。

 

 「全く、あんたは命の恩人だ!ほれ!うちの野菜、持ってってくれ!」

 

 「オイ待て、まだ調査が残ってる。荷物は増やせない。」

 

 「恩人にお礼だけ言ってハイさよならって訳にはいかねぇよ!いいから持ってけ!」

 

 断っても満面の笑みで袋を突き付けられる。

 これは、何をどう言っても逃れられそうにない。

 だが、荷物を増やしたくない事も事実。

 突き付けられる袋を押し返し、届け先を伝える事にした。

 

 「そうか……。それなら、自治委員会の寮に送ってくれ。」

 

 「自治委員会の?あそこはもう使ってないんじゃなかったのか?」

 

 随分と丁寧に手入れされていた建物が、使われていない事になっている。

 頭の中のアザミの色がますます黒くなっていくが、出来るだけ表情には出さず、事実だけを伝える。

 

 「……調査隊の拠点として、一時的に利用している。とにかく、寮に送ってくれ。無駄にはしない。」

 

 「そういう事か。分かった!明日の朝には届けるぜ!」

 

 快諾と共に農地から送り出され、再び夜の雪国を歩く。

 エビス分校の風が、火照った体に更に冷たく突き刺さった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 更に夜道を歩いて、駅近くの商店街まで戻ってきた。

 だが、既に月が高く昇っている時間。

 流石に商店街にはいくつもシャッターが下りている。

 戻るための時間も考えて、調査はこの場所が最後だろう。

 スキャンを実行してみるも、商店街を歩く仕事帰りと思しき者が映るのみ。

 あの熊から特性を掴めただけでも収穫か。

 そう考え、引き返そうとした時だった。

 

 『レイヴン、商店街に不明反応!最初に話を聞いた、ガラス工房です!』

 

 「という事は……。確かめるぞ。」

 

 耳を澄ますと、確かにガラス工房の方向から、人の叫び声が聞こえてくる。

 声を頼りに近づくと、読みづらい看板の工房。

 最初に聞き込みをした職人が、工房の中でギャアギャアと叫んでいた。

 正面のドアノブを捻るが、途中で止まって回らない。

 裏手なら開いているか。

 少し離れた裏路地を通り、工房の真裏へ走る。

 シャッターこそ降りていたものの、隣のドアのカギは空いている。

 ノブを捻り、タックルで押し開ける。

 入った直後、腰を抜かした職人と、それを威嚇しながら追い立てる白いイタチが目に入った。

 

 「ヒィッ!来るな!来ないでくれェ!」

 

 「どうした。怪我はないか。」

 

 「あ、あんたは!逃げなさい!そのイタチは――」

 

 朝の聞き込み通り、そのイタチはガラス片の上を堂々と歩いていた。

 そのイタチは俺の方に振り返ると、さっきまで職人にしていたように威嚇を始めた。

 キキキッと短く強く鳴き、左右に小刻みにステップを踏む。

 自分の素早さをアピールしているつもりかもしれないが、ついさっき熊と殴り合った身としては、脅威は微塵も感じない。

 10秒ほど睨み合っていると、イタチが机の角を足掛かりに跳びかかってきた。

 顔面を狙った雑な突撃を、左手で横から捕まえる。

 首を握られなお暴れるイタチを、左手を強く握って黙らせる。

 ベキリという感触を合図に動かなくなったイタチを、適当に投げ捨てる。

 塵になって消えていくイタチの首からは、濃い靄が立ち上っていた。

 

 怪異のイタチが消えかかった時、天井の照明がチカチカと瞬きを始めた。

 明滅する光の中、天井から響くカチカチという小さな音。

 それは1つではなく、2つ、3つと増えていく。

 視線を上げれば、天井の骨組みに大量の白イタチが乗っている。

 イタチ達は俺達を見た途端、一斉に威嚇を始め、職人は腰を抜かしたまま、炉の陰に這いずり隠れた。

 

 「ヒィィィッ!どうしてだ!私が何をしたって言うんだ!」

 

 「落ち着け。今一掃する。」

 

 「へっ?一掃?どうやって?」

 

 スキャンで天井にいるイタチを捉え、数を正確に把握する。

 数は21。さっき首をへし折った個体と同じイタチが複製されているのだろう。

 訳はどうあれ、敵である事に違いはない。

 意識を集中し、この身に宿る“同胞達”に指示を送る。

 目標、怪異のイタチ共。アークの伝播により一掃する。

 手のひらを天に向け、工房内のコーラル密度を上げていく。

 怪異側が異変を感じ取ったのか、照明は完全に消え、イタチが更にギャアギャアと鳴き声を上げる。

 だが、俺にその手の恐怖は通用しない。

 十分な濃度に達した所でコーラルをイタチに誘導し、手を握って起爆する。

 ヘイローから放たれる赤い稲妻が空気を切り裂き、天井に張り付いていた怪異を焼き払う。

 塵に変わりながらボトボトと落ちていく21匹のイタチ。

 最後の1匹が地面に落ちると、照明は光を取り戻し、工房を明るく照らす。

 大きく息を吐いて軽い耳鳴りを抑えていると、隠れていた職人がおずおずと顔を出す。

 

 「あんたは、雷様なのか……?」

 

 「……なに?」

 

 「あれだけいたイタチが、綺麗さっぱり!今のあんたは、まるで雷神様だ……!」

 「あんたは作品も工房も守ってくれた……!ありがとう!本当にありがとう!」

 

 「構わない。仕事の内だ。」

 

 駆け寄ってきた職人は俺の両手を固く握り、勢いよく上下させる。

 涙が滲むほど喜んでいるのは伝わるが、そこまで恐ろしいものだったかは、やはり共感できそうにない。

 

 「お礼と言っちゃなんだが、あんたをモチーフにした作品を作らせて欲しい。完成したら、真っ先にあんたに送るよ!」

 

 「それは止めてくれ。人形になるなんて、ガラじゃない。」

 

 「それは残念……。とにかく、助けてくれて、本当にありがとう。いつかお礼をさせてくれ。」

 

 職人は心底残念そうな顔で、俺の手を離した。

 どんな作品を作るにせよ、俺はマスコットになる気は無い。

 去り際に好きな作品を持っていけと提案されたが丁重に断り、ドアを潜って暗い商店街へと戻る。

 タイムリミットは多少オーバーしているが、トラブルが起きたと誤魔化せる範囲。

 空を見上げると、アクリル越しに雲へと隠れる月が見えた。

 この寒さで雪に降られてはたまらない。

 先生からのお節介が届く前に戻るため、足の回転数を少し上げた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 寮に戻ったのは、雪が降ってきた直後だった。

 ガラス戸を引き開け、体を温かい室内へ滑り込ませる。

 髪と耳の雪を払い、傷が付いたコートを脱ぐため、ボタンを外した所で、お盆を抱えた先生と目が合った。

 

 「戻ったぞ。」

 

 ”お帰り。丁度夜ご飯が出来た――”

 

 「……何だ?」

 

 ”レイヴン!右腕、どうしたの!大丈夫?痛くない?”

 

 先生は俺の右腕を見た瞬間、お盆を置き血相を変えて俺の右手を取る。

 コートの表面こそボロボロだが、内部のケブラー層は表面が擦り切れている程度。

 熊の奥歯が平らだったことも相まって、俺本体のダメージはほぼ無い。

 

 「問題ない。怪異のクマに噛みつかれただけだ。コートで止まってる。」

 

 ”問題なくないよ!ほら見せて!”

 

 「問題ない!お前は自分の心配だけすればいい!」

 

 コートをめくり腕を見ようとする先生から、腕を強引に引き剥がす。

 呆れを隠さず先生を睨むと、何故か腰に手を当て仁王立ち。

 

 ”そうはいかないよ!傷を見せてくれるまで寮に上げないからね!”

 

 「勘弁してくれ……。」

 

 傷がつくなどいつもの事なのに、毎度心配してくるこいつには、ため息が出る。

 横を通り抜けようと体を傾けると、先生も同じ方向に動き立ち塞がる。

 右、左と横に動けば、先生は両腕を広げ傷を見せろといい続ける。

 そうこうしているうちに、寮の奥から何人分かの足音が近づいてきた。

 先生の奇行を力尽くで止めさせるために、肩に手を伸ばした時だった。

 後ろのドアがトントンと音を立てる。

 反射的にスキャンで確認すると、ドアの奥には人影が。

 

 「ごめんくださーい!誰も居ないのかな……。」

 

 明らかに、初めて聞く女の声。

 思わず先生と顔を見合わせる。

 再びドアが叩かれ、誰かいないかと問うてきた。

 応対しようとする先生を手で制し、肩に備えたナイフを確かめてから、ガラス戸に手をかけた。

 

 「こんばんは!えっと、百花繚乱のみんなっているかな?ここに泊まってるって聞いたんだけど。」

 

 「確かにいるが、お前は?何の用だ。」

 

 そこに立っていたのは、朗らかな笑みを浮かべる、金髪の少女。

 見覚えのある水兵式の制服と、水色の法被を纏っている。

 エビス分校の寒さに対しては、明らかに軽装だ。

 そいつは寒さに身震い1つすることも無く、俺の剥き出しの警戒心に笑顔を崩すことも無い。

 

 「ああ、ごめんごめん。私は――」

 

 「アヤメ……?」

 

 「委員長!?今までどこ行ってたんだよ!!」

 

 「私は百花繚乱紛争調停委員会の委員長、七稜アヤメ。みんながエビス学園に来たって聞いたから、会いに来ちゃった。」

 

 俺達の騒ぎに引き付けられた百花繚乱が、先生の後ろから顔を覗かせる。

 その反応は各々異なる。

 ナグサは涙を流し、レンゲとユカリは無邪気に再会を喜ぶ。

 先生はアヤメの自己紹介を聞いて、完全に警戒を緩めている。

 訝しげな表情をしているのは、キキョウだけだ。

 

 「……ずっと音沙汰が無かった割に、挨拶が軽いね、アヤメ先輩。」

 

 「ごめんねキキョウ。本当は手紙の1つでも出したかったんだけど、色々あって難しくて……。」

 

 「色々あって、ね……。」

 

 「アヤメ……!本当にアヤメなの――」

 

 「ナグサ先輩、あいつはアヤメじゃない。」

 

 フラフラと“アヤメ”に近づこうとするナグサを右腕で制する。

 何かを察したキキョウはナグサの前に回り込み、肩を抑えて押し戻した。

 遅れて来たアザミが、ピンと来ていない表情で俺達を見ているが、何を白々しい。

 

 「……何言ってるの?私は私だよ。もう、寒いから早く中に――」

 

 1歩踏み込もうとした“アヤメ”の口を鷲掴みにし、脛を蹴って姿勢を落とさせる。

 空いた左手でナイフを引き抜き、頭を右に傾けさせて、鎖骨の隙間にナイフを突き立てる。

 深々と突き刺さったナイフを順手で握り直し、“アヤメ”の体を蹴り押して、ねじりつつ引き抜く。

 

 「アヤメッ!!!」

 

 ”クロハ!?いきなり何を――!”

 

 半狂乱になり、倒れた“アヤメ”に近づこうとするナグサを、キキョウが押し留める。

 突然の殺人もどきにうろたえる百花繚乱達に、黒い靄を纏ったナイフを背中越しに掲げた。

 

 「よく見ろ。血の一滴も付いていないだろ。」

 

 仰向けに倒れた“アヤメ”の周りの雪が、赤く染まることも無い。

 ただ、肩から靄を吐き出しているだけだ。

 百花繚乱が確かめようと1歩踏み出した時、“アヤメ”の体がピクリと動く。

 そのまま操り人形かのように持ち上がり、だらりと宙に釣り下がる。

 “アヤメ”は新雪の上に両の足で立ち、ぎょろりと俺達を睨んだ後、また人間のフリを始めた。

 

 「……ハハ。バレるのが早すぎるよ。」

 

 「何故現れた。何が目的だ。」

 

 「酷いなぁ。私はただ、みんなに会いに来ただけなのに。」

 

 肩からモクモクと靄を吐き続けながら、生気の籠った瞳で俺達を見つめる“アヤメ”。

 流石に本人ではないと把握した百花繚乱が、俺の後ろで“アヤメ”に銃口を向けていた。

 ナイフを逆手に握り、アサルトアーマー分のコーラルを待機させる。

 

 「それだけか?ならお前の主はどこだ。」

 

 「いないよ。私は私だもん。」

 

 「幽霊が独り歩きして、人に会いに来ただけ。燈籠祭の一件を経験した俺達が、そんな話を信じると?」

 

 「あなたは、そうかもね。でも、ナグサはどうかな?」

 

 “アヤメ”はそう言うと、後ろで立ち尽くしていたナグサに目を向けた。

 両腕を広げ、張り付けたような笑みで、ナグサの元に歩もうとする。

 

 「ねえナグサ。私だよ、アヤメだよ。外は寒いからさ、早く中に入れてよ。私を見捨てないよね、ナグサ。」

 

 ナイフを高く構え、1歩踏み出した瞬間、射撃警告。

 後ろからの弾丸をしゃがんでかわす。

 顔を上げれば、心臓の場所を綺麗に撃ち抜かれた“アヤメ”が。

 後ろに数歩下がりながら胸の穴を見た“アヤメ”は、力を失い再び雪の中へ倒れた。

 弾丸の主は、さっきまで半狂乱だったはずの、百蓮を握るナグサだった。

 

 「違う……!あなたは……!あなたは、アヤメじゃない……!」

 

 「ハハハ。そう、私はアヤメじゃない。」

 「ナグサは、本当の私なんて、知らないもんね。」

 

 決意で引き絞られたナグサの表情が、その一言だけで泣き出しそうなそれに戻る。

 それでも俺の隣まで歩き、左手1つで握る百蓮を“アヤメ”の頭に向けていた。

 倒れた“アヤメ”は足先から塵となり、その眼から生気が失われていく。

 

 「ねぇ、みんな。私を知りたい?彼岸邸で、待ってるよ。」

 

 そう言い残して、“アヤメ”は闇の中へ消えた。

 ナイフを鞘に収め、ポロポロと涙を流すナグサの肩を引いて寮に戻る。

 ガラス戸を締めると、俺達の中で先生を除いてただ1人、銃を構えなかったアザミが、俺の事をじっと見ていた。




《怪異には近接攻撃が効く。》
アザミが知らない弱点が追加されました。
時に銃は、戦いが命のやり取りである事を忘れさせるから、多少はね?

次回
墓参り
大体ここが元凶

次回も気長にお待ちくださいませ……。
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