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トヨタ、タイに最安HV投入し攻勢 中国EV信用低下の隙を突く

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湯 進さん他1名の投稿湯 進長内厚
日経ビジネス電子版

トヨタ自動車は2025年8月下旬、タイで小型セダン「ヤリスエイティブ」のハイブリッド車(HV)を発売した。年内は限定価格の71万9000バーツ(約333万円)で販売する予定で、これまでタイ市場に投入しているHVの中で最安だった小型多目的スポーツ車(SUV)「ヤリスクロス」よりも約1割安い。

「タイの消費者の期待を上回るモデルを投入できると確信している」――。首都バンコクで開いた発表会の席上、現地法人の山下典昭社長が自信を見せた通り、出足は好調だ。関係者によれば、発売後の8月末に現地で開かれた展示即売会でも、計画を上回る受注を得ている。

長年、日本車が9割近いシェアを誇ってきたタイ市場だが、近年は中国EV(電気自動車)の攻勢が激しい。中国EVのタイ市場での販売が本格化したのは23年のことだが、タイ運輸省陸運局によれば、同年の新車登録で前年から倍増の13.4%のシェアを獲得している。

日本車が寡占状態で安定して高い利益率を確保してきたタイ市場に、中国メーカーは中国国内で抱える大量の在庫のはけ口を求めて上陸し、値下げ合戦を展開してきた。

中国メーカーの引き起こした価格破壊によって市場が荒れると同時に、市場規模の縮小もタイでは進んでいる。原因は家計債務の膨張とローン審査の厳格化だ。トヨタ自動車のタイ法人のまとめによれば、24年の新車販売台数は57万2675台と前年比で26.2%も減少。25年1〜7月の販売台数も0.7%減の35万1997台と低迷が続いている。

逆境の中で、スズキSUBARU(スバル)は現地生産からの撤退を、ホンダ日産自動車はタイでの生産能力の縮小を決めた。巨大市場インドへのシフトなどグローバル戦略の見直しもあって、日本勢の多くが撤退や縮小に踏み切る一方で、トヨタは粘り強い防戦をタイで展開している。中国EVが薄利多売を繰り広げる縮小市場においてもシェアを微増させ、首位を維持してきた。

トヨタの強さの源泉の一つに網羅的に車種を用意するフルラインアップ戦略がある。ユーザーにトヨタの用意する多種多様なクルマの中で、より上位車種へと乗り換えていってもらうのが狙いだ。今回その入り口となる小型セダンで、「ハイブリッド最安値」という明確なメッセージを打ち出した。

野村総合研究所タイの山本肇プリンシパルは「中国EVのこれ以上のシェア拡大に歯止めをかけるきっかけになり、トヨタが首位を維持することにつながる」と注目する。

中国EVの信用低下

タイ市場でシェアを急拡大させてきた中国EVだが、このところは勢いより粗さが目立つようになっている。代表的なのは「哪咤汽車(NETA)」ブランドのEVを展開する合衆新能源汽車の破産に伴う混乱だ。

NETAは、主力商品のコンパクトハッチバック「NETA V」で50万バーツ(約232万円)程度という手頃な価格で支持を集めてきたが、6月に合衆新能源汽車の経営難のニュースが流れ、タイ法人も事業を停止。24年に始めたばかりの現地生産も取りやめた。ディーラーへのインセンティブ(販売奨励金)の支払いが止まり、修理用部品の不足からユーザーがアフターサービスを拒否されるなど、社会問題化している。

「インセンティブなどの未払いは1600万バーツ(約7420万円)にもなる」――。23年以来、NETAを1500台余り販売してきたという首都バンコク近郊パトゥムターニー県でディーラーを営むケーさん(54)は天を仰ぐ。本来なら修理代はNETA側が100%負担する枠組みなのだが、現在はユーザーからの修理依頼に費用を持ち出して応じているという。

「中国系とのビジネスはもっと慎重に考えるべきだった。やはり日本や韓国のブランドの方が、安心感がある」(ケーさん)

中国系EVのタイ市場開拓の先頭を走る比亜迪(BYD)にも逆風が吹く。当初は歓迎されていた大胆な値引きが、反発の対象になっているのだ。

主力商品のSUV「ATTO3(アットスリー)」では、タイに進出した22年11月時点で標準モデルが約119万バーツ(約552万円)だったのが、25年9月時点には約70万バーツ(約325万円)になっている。

値引きが繰り返され3年足らずで4割以上も販売価格が下がったことに、購入者は反発を覚えている。24年には再販価格の低下という悪影響を受けたとして、集団訴訟の可能性を探る動きも一部に現れた。

トヨタは、こうして中国EVが信用を低下させているところに、長年力を注いできたHVで最安値を提示して勝負をかけた。そもそもHVの方がEVよりも信用力は高く、購入ローンを組むにしろ、保険に加入するにしろ、リセールバリューの面でも優位にある。

トヨタが他社に先駆けて、タイにHVを投入したのは09年のこと。現地の自動車市場に詳しいアーサー・ディ・リトル・タイランドの内田博教パートナーは「HVは初投入以来、消費者が抱く洪水時や熱による電池劣化への不安に地道に対応し16年かけてタイ市場で信用を築いてきた。EVの歴史はせいぜい3年だ」と指摘する。

タイ市場において中国EVのお株を奪う値頃感を、明確に打ち出したトヨタ。攻めの姿勢を貫いてこそ、市場トップの地位を守ることができる。

(日経BPバンコク支局 奥平力)

[日経ビジネス電子版 2025年9月10日の記事を再構成]

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    湯 進みずほ銀行ビジネスソリューション部 上席主任研究員・上海工程技術大学客員教授
    別の視点

    トヨタはブランド力とコスパの良いHVで市場地位を守る一方、現地向けEVの開発・生産の取り組みを急ぐ必要があるだろう。 タイの乗用車登録台数に占めるEVの割合は9月に22%を超えた。消費者の世代交代や嗜好の変化に伴い、知能化を備えるSDVも受け入れやすくなる。仮にEV率が3割を超えれば、消費者が求めるEVを提供できないのはトヨタにとって痛手になるだろう。 EV乗用車市場で9割のシェアを占める中国勢は、低価格戦略で攻勢をかけている一方、ピックアップトラックも投入。EVの過剰在庫が発生するなか価格競争は一段と厳しくなる。ただ頻繁な値下げは消費者の信頼を崩壊させ、ブランド価値を低下させる可能性がある。

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    長内厚早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
    ひとこと解説

    BEVが足踏み状態の中でトヨタはHEVを持っていることが強みとなっている。しかしトヨタのマルチパスウェイ戦略は既存の技術も活用しながら様々なパワートレインを柔軟に供給するものであり、HEVだけを強化するのではない。HEVで足下を固めてしっかり利益を取りながら、新たな事業であるBEVに持続的に投資できる状況を作り出すことが肝要であり、タイのBEVの挑戦もHEVで稼いでいるからこそできることといえそうだ。技術転換期には新たな技術に積極的に投資をすることも大切だが、足下を固める既存事業も大切にすることですぐに収益化が難しい新規事業を支えることが重要だ。

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