BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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さて、先生によるレイヴンの調査が本格的に始まります。
すんなり終われば良いね……。(遠い目)

次のイベスト、ミレニアムやきう部のお話しみたいですね。
33-4とかヒダリデウテヤとかネタマシマシになりそうな予感。


EX.2.フォールド禁止

 車を走らせる事数時間、ヴァルキューレの覆面パトカーがたどり着いたのは、ブラックマーケットの外れ。

 正確には、「これより先、無法地帯」と脅しが書かれた看板の手前だ。

 この看板の先に1歩踏み込めば、どの学園からも救援を受ける事は難しい。

 それを知ってか知らずか、助手席に座った先生は、日よけに内蔵された鏡を使って、自身の風貌を確かめていた。

 

 ”大丈夫かな?ちゃんと溶け込めれば良いんだけど。”

 

 「大丈夫っすよ!今の先生、壺とかブレスレットとか売ってきそうな見た目してるんで!」

 

 コノカの言う通り、今の先生はいつものスーツに黒いコートと山高帽、そこに小さな丸いサングラスを組み合わせたスタイル。

 例え先生の事をよく知っている人間であっても、今の風貌の先生を一目見ただけで当人と認識するのは難しいだろう。

 

 ”あはは……。それなら大丈夫か。コノカも良く似合ってるね。ヴァルキューレとは思えないよ。”

 

 「ふふ~ん、良いでしょ!あたしは色んな格好で情報を集めてきたんですよ~?」

 

 対するコノカは、お気に入りのアロハシャツにスカジャンを羽織り、パンツを履いた上で多数のアクセサリーで武装。

 サングラスまで身に着けたその見た目は、まさしく乱暴者のチンピラだ。

 すなわち、今の2人はどこからどう見ても、典型的な詐欺師とそれに雇われた不良にしか見えない。

 ブラックマーケット用の変装としては、完璧とも言える組み合わせである。

 

 「姉御はどんな変装しても、顔が怖すぎて一発でバレますからねぇ!っとぉ、ここっすね。Tim's Diner。」

 

 看板を通り過ぎて30分ほど車を走らせると、右手に見える真っ赤なネオン。

 Tim's Diner。カンナが雇った情報屋、「ジミー」との待ち合わせ場所だ。

 こじんまりとした、いかにもなダイナーで、出てくる料理のボリュームで有名だ。

 

 ”情報屋はもう待ってるんだよね。”

 

 「そのはずっすねぇ~……。おっ、いたいた!じゃっ、行きますか!」

 

 コノカはパトカーを路肩に止めて、2人はダイナーに向けて道路を横断する。

 コノカはまず先生をダイナーに入れ、先生がコノカのためにドアを押さえようとしたのを寸でで阻止。

 ジミーが座っているのは、奥から2番目のテーブル席。

 そこに向かって、先生はいつも通りに、コノカはポケットに手を突っ込んで近づいていく。

 そこに座っていたのは、少しくたびれたパーカーを来た、機械型のキヴォトス人。

 近づいてくる2人が誰なのか理解していたジミーは、さっきまでパンケーキをつついていたナイフとフォークを皿に置き、皿を机の横へと寄せた。

 

 「……んっ、ひははぁ(来たな)。悪いな、腹がへっちまってよ。」

 

 「良いっすよ!仕事してくれれば文句ないんで!」

 

 「へっ、そりゃどうも。それで聞きたい事は、奴らの素性って事で良いんだよな。」

 

 席に着いたコノカと先生に対ししたり顔を、厳密にはそんな表情のディスプレイを向けるジミー。

 先生達がこれから聞こうとしているのは、例の2人、レイヴンとエアの素性。そして、それに繋がる情報。

 自信満々の態度をとる彼だが、彼自身の情報屋としての評価は、キヴォトスのどこにでもいるという程度。

 先生とコノカは、カンナから奴に期待はするなと忠告されている。

 それに、この行為自体がレイヴンを釣るための餌でしかないのだが、当のジミーがそれを知る由は無い。

 

 ”ええ。どこを探しても、全く情報が出てこなくて。”

 

 「そりゃそうだろうな。俺も随分苦労したぜ。」

 

 「……その感じ、掴んだって事で良いんすよね?」

 

 「フッフッフッ……!俺を舐めるなよ?なんせ伝手を全部使って、散々調べ回ったんだからな。」

 

 ”それじゃあ、その子の出身は、どこなんです?”

 

 腕を組んで目をつむり、答えを貯めるジミー。思わず前かがみになるコノカと先生。

 その状況を、周りの客がちらりと見ては、各々の用事に戻る。

 そんな滑稽な状況が3秒ほど続いた後、2人はカンナの忠告が正しかったことを知る。

 

 「……分からん!」

 

 「はぁ?」

 ”えっ?”

 

 「なぁんも分からん!出身どころか、歳も家族も本当に女なのかも、なんも分からん!」

 

 「いやいやいや!あんだけ自信満々に言っといて、なんも無しじゃ通らないっすよ!」

 

 「悪いがマジで何にも分からねぇんだ。だから当日中に対応できるって言ったんだよ。」

 

 「……今こんな格好してるけど、あんまあたしらナメない方が良いっすよ。で?本当はどこまで知ってるんすか?」

 

 サングラスを指で少し下げて、その奥から鋭い眼光をジミーに突き刺すコノカ。

 とても公安局の副局長とは思えない仕草だが、ジミーもこの手の威圧に慣れているので決して怯まない。

 ジミーは組んでいた腕を広げ、お手上げのジェスチャーを何度も披露した。

 

 「本当に何も分からねぇ。追いかけた奴は俺も含めて全員、最低1回はボコられてんだ。」

 「どこに目と耳持ってんのか分からねぇけど、奴らはやけに動きが早い。正直、こうして話してるだけでも相当ヤベェんだ。」

 

 「オイオイオイ、そりゃないっすよォ~!せっかくここまで来たのにぃ!」

 

 ”一体、どうしてここまで徹底的に……。”

 

 「そりゃお前、自分の事を知られちゃマズいからだろ。裏社会はな、自分の事をホイホイ話した奴から、体よく使われちまうんだよ。」

 「まっ、アイツらはやけに情報が少ねぇけどな。噂だが、そもそも身元がねえって話もある。俺もそう思ってたところでな。」

 

 ”身元が無い?どういう事です?”

 

 「単純な話だよ。そもそも、つい最近“外”から来たから、身元もクソもねぇって事だ。実際、アイツが傭兵になる前の足跡が何1つ見つからねぇ。」

 

 「ははぁん?確かに“外”に戸籍があったら、キヴォトスから確かめるのは難しいっすからねぇ。」

 

 「そういうこった。全く気味の悪い話だぜ。」

 

 天を仰いだコノカを余所に、先生はジミーとの話を広げる事にした。

 結果出てきたのは、先生の仮説の前提を覆すもの。

 彼女達は、そもそもキヴォトスの外から来た。故に誰も頼れず、2人で傭兵になるしかなかった。

 つまり、彼女たちは元々パートナーだったのだ。レイヴンは誰かに操られているわけではない。

 先生の頭に、別の仮説の種が植えられたところで、コノカもジミーからの情報を受け復旧。

 顎に手を当てて、先生と一緒に思案する。

 

 「ああ、そうだ!詫びと言っちゃあなんだけどよ、ブラックマーケットの傭兵の動きが変わってきてるんだ。それを教えてやるよ。」

 

 「手ぶらで帰るよりはマシっすかね……。どう変わったんすか?」

 

 「……傭兵同士の潰し合いが激しくなってんだ。今までもたまたま衝突することはあったんだが、どうも様子が違う。」

 「裏で手を組んでる組織同士が、それぞれ傭兵に依頼を出して、わざと潰し合わせてるらしい。」

 

 ”どうしてそんな事を?”

 

 「大方、賭けでもしてんだろ。ほら、スポーツギャンブルと一緒だよ。サッカーとかの勝敗で賭けるアレだ。」

 「傭兵共ははした金で雇われて、金持ち共がワイン片手にそれを観戦する。んで、最後に得するのは胴元って訳だ。」

 

 言ってしまえば、その組織が傭兵たちの了承を取らず、ルール無用の金網デスマッチに参加させているようなもの。

 しかも、大人たちの道楽のために。

 実に野蛮で、無責任だ。そう考える先生は苛立ちを隠せずにいた。

 

 ”まさか、レイヴンも巻き込まれると?”

 

 「間違いねぇ。アイツは規格外のハイローラーだ。噂じゃあ、アイツのオッズはいつも1.1倍、つまり最低だ。」

 「相手が誰になるのか知らねぇが、間違いなくハイローラー同士の戦いになる。金持ち共も胴元も、大金をつぎ込むだろうよ。」

 

 「ちょいちょいストップ!“ハイローラー”ってなんすか!?」

 

 「おぉ、悪ぃ悪ぃ。ハイローラーってのは、ヤバい依頼ばっか引き受けるヤバい傭兵の事だ。」

 「当然、アイツはとびっきりのハイローラーだ……!命どころか魂まで賭けてる勢いで稼いでやがる。」

 

 ハイローラー。元々はカジノの上客を指す隠語なのだが、危険な仕事を堂々と引き受ける傭兵たちの姿がハイローラーに見立てられ、そう呼ばれている。

 ジミーの言う通り、レイヴンの戦績はブラックマーケットはおろか、キヴォトス全体で考えても異常に高い。

 先生は自らの仮説を修正しようと頭を回すものの、情報が少なすぎて上手く行かない。

 結果、思考がポツリと口から洩れてしまった。

 

 ”何かに、焦ってる……?それとも誰かに……。”

 

 「オイオイオイ、まさかアイツが誰かの指図を受けると思ってんのか?」

 

 ”でも、じゃなきゃそんな危険な仕事なんて――”

 

 「いるんだよ、そんな仕事ばっかするイカれた奴がよ。レイヴンがその代表だぞ。分かってんのか?」

 「アイツはな、どこのコネも使わず、自分の暴力だけでゼロからてっぺんまでのし上がったんだ。今更アイツに首輪を付けられる奴なんていねぇよ。」

 

 ”でも、エアならどうです?”

 

 「………………。」

 「ウハハハハッ!!!ある訳ねえだろそんな事ぉ!!ウハハハハッ!!!」

 

 先生の疑念をきいたジミーは一瞬止まった後、腹を抱え机をたたいて大笑い。

 ゲラゲラと笑い続けるジミーを前に、先生とコノカは互いの顔を見合わせる事しか出来ない。

 周りからの怪訝そうな視線も気にせず笑い続けるジミーに、コノカが首を傾げながら静かに問を投げかける。

 

 「実際どうなんすか?レイヴンはエアの手駒なんて話、出回ってます?」

 

 「ハァーッ、ハァーッ……!こんな笑ったのは久しぶりだぜ!ウハハッ!」

 「その話だけどなぁ、まずあり得ねぇよ!むしろエアの方がレイヴンに首輪つけられてんだよ!」

 「レイヴンのために依頼を選定してんのはエアだ。金回りを管理してんのも、レイヴンのヘリを飛ばしてんのもアイツだよ。」

 

 「やっぱそうっすよね~。いや~、一筋縄じゃ行かないなぁ~!」

 

 「あったり前だろ?俺だって苦労してんだからよ。」

 

 頭の後ろに手を回すコノカに、食べかけのパンケーキにフォークを突き刺すジミー。

 彼らを尻目に、先生は疲労デバフが常にかかっている頭をこれでもかと回していた。

 ジミーの話を信じるのであれば、レイヴンとエアはパートナーである可能性が高い。

 すなわち、彼女たちの裏には誰も居ない。それはどこからの支援も受けられない事も意味している。

 もし彼女たちがこのまま裏社会の道楽に巻き込まれれば、2人だけでなく、沢山の傭兵たちが被害を被る事になる。

 先生のタスクリストに、賭けを中止させる事が、新たに書き込まれた。

 

 ”それで、他に情報は?”

 

 「いや、こんなもんだな。仮にあったとしても、これ以上は追加料金を取るぜ。」

 

 「助かったすよー。んじゃ、行きましょっか!」

 

 「毎度あり!背中に気を付けろよ!」

 

 先生達がダイナーから出ていくのを見送ったジミーは、パンケーキを再び自分の前に寄せる。

 店主からの何か食べていけという誘いを丁重に断り、2人はパトカーに乗り込み、真っ直ぐ公安局へ戻る。

 拍子抜け。それが今回の“取り調べ”の、2人の感想だった。

 どうか食いついてくれ。先生はそう願いながら、山高帽とサングラスを外し、スケジュールをチェックする。

 重要度の低い案件を後ろに回しながら、カンナに取り調べの要約を送信。

 更に、アロナとプラナにレイヴン達の動向の監視を、2人だけに伝わるように指示する。

 その様子をコノカに怪しまれつつも、何にも巻き込まれる事無く、無事に戻る事が出来た。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 ジミーの取り調べから翌日。何と本人から直接、新たな情報を掴んだと連絡が入った。

 ただ、その連絡に使われたのは、先生が各校との業務連絡を行うためのメールアドレス。

 このアドレスは、関係者以外が容易に知れるものではない。

 この時点で、アロナとプラナは怪しいと睨んでおり、行くべきではないと警告していたが、先生の考えは違った。

 確かにこれは罠だ。しかし、これを仕掛けたのは恐らくエアだ。誘いに乗れば、あの2人に近づける。

 先生は念のためカンナ達に連絡し、昨日と同じダイナーに向かう。

 レイヴンが自分を見つけやすいように、一切変装せず、連邦捜査部の職員証を首から下げる。

 ダイナーに入り、辺りを見回すも、当然ジミーの姿はない。

 先生は店主にジミーの顔写真を渡し、来るはずも無い男が来ていないか、尋ねる事にした。

 

 ”店主さん、ジミーを見かけませんでしたか?”

 

 「ああ、こいつなら、向こうの路地で寝てるぞ。」

 

 ”寝てる?ちょっと見てきますね。”

 

 店主が指さした先は、ゴミ箱が並ぶ路地裏。

 そこで“寝ている”という事は、十中八九何かがあった、という事。

 ダイナーを出て路地裏をそっと覗きこみ、人影がないか確認する先生。

 少なくとも、今は誰も居ない。

 そう思って視線を下げると、店主の言う通り、顔面のディスプレイが叩き割られたジミーが、ゴミ袋の上で気絶していた。

 すぐにジミーの元へ駆け寄り、肩を叩いて声を掛けるも、体からバチバチと火花が上がるだけ。

 少なくとも、日が傾くまで目覚める事は無いだろう。

 

 ”酷い……!一体誰が……!?”

 

 「極めて激しい殴打の痕跡を確認。損傷がフレームにまで及んでいます。」

 

 「ひえぇぇ……!これ、絶対レイヴンさんですよぉ!自分の情報を喋ったから、粛清したんですぅ!」

 

 ”本当にレイヴンだとしたら、普通じゃない……。早すぎるし、容赦もない……。それに――”

 

 ピリリリリ!ベルを模した呼び出し音が、唐突に路地裏に響く。

 先生がスマートフォンを取り出すと、そこには非通知の文字。

 このタイミングで非通知の電話がかかってくるなど、普通ではない。

 先生が応答することをためらっている間、アロナとプラナは逆探知の準備を終えていた。

 

 ”非通知!?今……!?”

 

 「もしかしたら、レイヴンさんかも!逆探知してみます!電話に出てください!」

 

 覚悟を決めて、緑色の応答ボタンを押し、スマホを耳に当てる先生。

 直後に聞こえてきたのは、電話越しにも威圧感を放つ、女の低い声だった。

 

 ”……もしもし?”

 

 『……俺を探しているんだろう?』

 『ダイナーに入れ。1番奥のカウンターで待っていろ。』

 

 ”ちょっと待――”

 ”切れちゃった……。”

 

 ごく短い指示であったが、先生は確信していた。

 食いついた。この電話の向こうには、確かにレイヴンが居たのだ。

 もしかしたら、ジミーと話していた時も、すぐ近くに居たのかもしれない。

 だからここまで迅速に対処することが出来たのだ。

 先生は彼女からの指示を、千載一遇のチャンス、アロナとプラナは、致命的な罠だと認識していた。

 

 「……逆探知に失敗しました。先生、これ以上レイヴンを追跡することは危険です。すぐにここを離れましょう。」

 

 「プラナちゃんの言う通りです!早く行きましょう!」

 

 ”……いや、乗る。直接会えるチャンスかもしれない。”

 ”アロナ、プラナ。もし本当にレイヴンが来たら、会話を録音して。カンナ達にも聞かせたい。”

 

 「ほっ、本当に気を付けてくださいね!?いつでも逃げられるように、靴紐は、ぎゅっと!固く結んでください!」

 

 簡単な忠告で先生が止まるわけも無く、先生はジミーの傍から立ち上がり、ブラックマーケットでも活動している非営利の医療団体に、ジミーの治療を依頼。

 そして、念のため靴紐を固く結び直した。

 ダイナーに戻り、一番奥のカウンター席に座る。

 変装していないせいで、背中から沢山の視線を感じる先生だったが、必要経費と割り切って耐えた。

 そんな先生に、店主は何も聞こうとしない。何をしようとしているのか、大体把握しているから。

 赤い十字が描かれた装甲車が、まだ路地裏で寝ていたジミーを回収し、即座にブラックマーケットから離れていく。

 左腕に巻いていた腕時計をちらりと見て、彼女が現れるのをじっと待つ。

 先生が席に座ってから5分程、1人の生徒がダイナーに入ってきた。

 灰色の髪、犬の耳、切れ長の昏い瞳、高身長かつ筋肉質な体躯。

 そして、ブラックホールを思わせる、赤いヘイロー。

 装備を大量に背負っているのか、ジャケットの奥からジャラジャラと音が聞こえる。

 そんな生徒は迷うことなく、先生の右隣の席に座った。

 

 ”……君がレイ――”

 

 「……前を向いていろ。普通に振舞え。」

 

 直後、机の下で先生の脇腹に押し付けられる、リボルバーの銃口。

 先生が両手を上げようとする前に、ごく短く指示。

 彼女はそれだけで人を殺せそうな威圧感を、決して隠そうともしない。

 間違いない。彼女がレイヴンだ。

 先生は両手を机の上に出し、レイヴンに恐る恐る顔を向けた。

 

 ”……君が、レイヴンだね。”

 

 「そうだ。お前は?」

 

 ”連邦捜査部、シャーレの先生だよ。これが、身分証。”

 

 「……長官が直々にお出ましとは。連邦捜査部の人手不足は随分深刻なようだな。」

 

 先生が手渡した職員証を、しげしげと眺めるレイヴン。

 その間も、脇腹から銃口が逸らされることは無い。

 先生の事を長官と呼びながら、レイヴンは職員証を先生に返す。

 この段階で、先生はレイヴンと直接会ったことを、僅かに後悔していた。

 今先生の頭の中では、命の危機を知らせる警報が、ひっきりなしに鳴り響いている。

 

 「ご注文は?」

 

 「フィーカをくれ。こいつにも。」

 

 レイヴンの注文を受けた店主は、キッチンへと下がっていく。

 その直前、先生に憐れむような視線を向けたのは、先生の気のせいではない。

 一先ず、先生は普通に振舞おうとするも、頬を伝う汗を隠すことまでは出来なかった。

 

 ”……どうしても、君の事を知りたくて。あとをつけるような真似をして、ごめんね。”

 

 「よくある事だ。それに、それがお前の仕事だろう?それで責めるつもりは無い。情けをかけるつもりも、同時に無いがな。」

 「それで、何が聞きたい?」

 

 ”君は、どこから来たの?どこの出身?”

 

 「知ってどうする?仕事には関係の無い事だろう。」

 

 ”その、調査とかじゃなくて、ただの世間話だよ。ただ純粋に、君の事が知りたいだけ。教えてくれると、嬉しいな。”

 

 「なら答える道理はない。他には?」

 

 キッチンから出てきた店主が、両手に持ったコーヒーカップを、レイヴンと先生それぞれの前に置く。

 先生はブラックコーヒー、ソーサーに砂糖とミルクが添えられているが、レイヴンのそれはカフェオレと呼ぶべき薄茶色。

 レイヴンの意外なギャップを頭に留める先生に、何かを察したレイヴンが銃口を強く押し付ける。

 

 ”……君は、どうして傭兵になったの?凄く……、忙しくしてるって聞いてるけど。”

 

 「生きるのに手っ取り早い、それだけだ。」

 

 ”本当に?それだけなの?じゃあなんで、工場を襲ったの?”

 

 「……お前、俺の仕事がよく分かっていないようだな。」

 「敵部隊強襲、破壊工作、物件と参考人の確保(強奪と要人誘拐)アセットの処分(粛清、暗殺)。この辺りを派手にやるのが俺の仕事だ。」

 「俺はただ、依頼を受け、こなしただけだ。何故工廠を潰したかったのかは、俺じゃなくて依頼人に聞け。」

 

 レイヴンの眉間にはしわが寄っている。銃口を押し付けられている脇腹が痛い。

 先生もハッキリとは言わなかったが、レイヴンは第6工廠を襲撃した事を否定しなかった。

 まるで何でもない事かの様に話す彼女の底知れなさに、先生は恐怖を抱いていたが、同時に彼女を知らなければならないという決意も、同じくらい固まっていた。

 

 ”それでも、あれは危険だよ。友達か、仕事仲間っていないの?どうして1人で?”

 

 「質問が多いな。これ以上聞きたければ、俺に仕事を持ってこい。」

 「連邦捜査部の長官殿の事だ。消えて欲しい人間が、1人2人はいるはずだろう?」

 

 ”そんな事させられないよ。やるにしても、君を1人にはしない。危ないよ。”

 

 「……聞いていた以上の、お人好しだな。よく長官の椅子に座っていられるものだ……。」

 

 ”そのお人好しのおかげか、部員が沢山集まってるんだ。君も入部する?うちは来るもの拒まず、だよ。”

 

 脇腹から伝わる衝撃。ガチン、と机の下から響く金属音。

 レイヴンは机の下からリボルバーを取り出し、シリンダーから底がへこんだ銃弾を抜き取った。

 大きすぎる。普通の銃じゃない。

 たった今命の危機を味わった、銃火器に詳しくない先生にすらそう思わせるほど、彼女の右手に握られた50口径のリボルバーは、人に向けるには大きすぎた。

 

 ”……えっ?”

 

 「……フン。噂は本当だったか。」

 

 ”レイヴン、君、今……。”

 

 「何だ?引き金を引かれるのは初めてか?」

 「しかし、お前も災難だな。“箱”のおかげで、まともに死ぬことも出来んとは。」

 

 事実、レイヴンの銃は故障などしていない。アロナが先生を守ったのだ。

 守られていなければ、先生は間違いなく死んでいる。そして、レイヴンはそれを承知で引き金を引いた。

 先生の頬に、また1つ汗が伝う。そんな先生を、真っ赤な昏い瞳が見つめる。

 レイヴンはシリンダーを戻し、リボルバーを机の上に置いた。

 彼女の右手は、リボルバーに添えられたまま。

 

 ”……そのやり口、誰から教わったの?”

 

 「誰でもない。これ以上お前の質問に答える気は無いぞ。」

 「……しかし、このまま帰れと言ったところで、お前は帰らないだろう。ならいっそ……。」

 

 ”レイヴン?”

 

 先生から目を逸らし、コーヒーカップを見つめるレイヴン。

 しかし、その焦点はもっと奥、別の何かを見つめている。

 しばらく黙り込んでいたレイヴンだったが、何かを思いついたのか、リボルバーから手を離し、体を先生に向けて話し始めた。

 

 「……シャーレ、俺の事が知りたいんだろう?それなら、お前に仕事を頼みたい。」

 

 ”仕事?内容は?”

 

 「ここ最近、ブラックマーケットで傭兵同士の潰し合いが活発化している。お前も知っている話だろうがな。」

 「そこで、お前には胴元の特定を頼みたい。」

 「連中は大規模なカルテルだ。賭けは奴らの資金源の1つに過ぎん。だが、胴元がカルテルの頭と見て間違いないだろう。」

 

 ”それって、君と一緒に調べるって事?”

 

 「バカかお前は。別行動に決まっているだろう。俺とお前が一緒にいる、それだけで怪しまれる。」

 「俺は奴らからの話に乗る。お前はその間に、カルテルを探れ。手段は問わん。目立たなければ、それでいい。」

 

 独立傭兵レイヴンから、連邦捜査部特別顧問に向けた依頼。

 通常であれば、絶対にあり得ない組み合わせだが、先生とレイヴン、どちらも普通ではない。

 力ずくで帰らせることが出来ないのなら、利用すればいい。

 彼女からの提案は滅多にないだろう。利用しない手はない。

 互いに普通でない上に、その利害は一致していた。

 傍から見ればおかしな景色だが、2人が手を結ぶのは、決して不自然ではなかった。

 先生もレイヴンに体を向け、正面から彼女の目を見つめた。

 

 ”分かった、手伝うよ。でも、1つ聞いても良いかな?”

 

 「1つだけなら。何だ?」

 

 ”どうして、カルテルを潰そうとしているの?何かされたの?”

 

 彼女のこれまでの行動パターンから、ただの調査では終わらないと先生は睨んでいた。その予測は正しい。

 レイヴンはまた眉間にしわを寄せ、威圧感を強めた。

 

 「……傭兵を、俺達を賭けの道具にしている事が気に入らない。だから潰す。それだけだ。」

 「それで、報酬について聞かなくていいのか?」

 

 ”要らないよ。君からの依頼だもの。”

 

 「ハァ~……。お前はつくづく、腹が立つ奴だ……。」

 「……受け取れ。総額は1000万。残りは依頼完遂後に支払う。“連邦捜査部への匿名の寄付”、という形でな。」

 

 ”い、要らない要らない!受け取れないよ!”

 

 「受け取れ。お前は俺に、仕事に金を払わない奴だという、レッテルを張る気なのか?」

 

 彼女が懐から取り出したのは、帯でまとめられた札束が3つ。

 それを先生に押し付けようとするが、当然先生は両手を振って断った。

 しかし、レイヴンからの説教で、先生は札束を受け取る以外の選択肢を失った。

 仕事に報酬を支払う事は、この世界の常識である。

 先生は彼女達の身の上が知りたいだけなのだが、当事者でない者がそれを知る由は無い。

 この300万は、困っている子達への差し入れに使おう。

 先生はそう心に決め、札束を受け取った。

 

 ”……分かった。これは、受け取るよ。それじゃあ、調べてみるね。”

 

 「頼んだぞ、シャーレ。お前を雇った事、後悔させてくれるなよ。」

 

 ”大丈夫、期待には答えるよ。”

 

 「よし。ならもう行け。お前は目立ちすぎる。」

 

 先生が周りを見てみると、確かにいくつもの視線が、ダイナーの内外から先生達に向いている。

 変装しておくべきだったと後悔しながら、先生はお代をカウンターに置き、ダイナーを後にした。

 襲われるかと思ったが、レイヴンと接した事が功を奏し、声を掛けられる事すらなかった。

 ブラックマーケットの出口に向かって歩くこと十数分。

 比較的安全な場所に出た先生は、両膝に手を付き、無意識に抑えていた息を大きく吐いた。

 

 ”怖かったぁ……!まさか、撃ってこようとするなんて……!サオリ以来だよ……。”

 

 「だから言ったじゃないですか!!今すぐ逃げましょうって!!私達が銃を故障させてなかったらどうなってたか!」

 

 ”いやぁ、やっぱり直接会ってみないと分からないね。ここまで怖い子だとは思わなかった……!”

 

 「もうっ!もうっ!!しかもヘンな仕事まで引き受けちゃうし!!もっと慎重になってください、先生!!」

 

 この先生、生徒のためにと安請け合いして、何度も命の危機に瀕しているはずなのだが、一向に改善される気配はない。

 しかし、それが先生という生き物なのだ。その愚かな行動のおかけで救われた者も多い。

 今回は、傭兵を生業としている生徒のお願いを聞いただけ。

 誰がなんと言おうと、先生にとってはそうなのだ。

 

 「先生、先輩。お知らせが1つ。」

 

 「ん?プラナちゃん、どうしたんですか?」

 

 プラナから呼ばれ、先生は道の端に寄り、シッテムの箱を取り出した。

 プラナが画面に表示させていたのは、シッテムの箱とスマートフォンのアクセス履歴。

 先生とレイヴンが話している間に、何者かが入り込もうとしていたようだ。

 

 「先生が連絡用に使用しているスマートフォンが、ハッキングを受けていました。辛うじて遮断できましたが、極めて高度かつ高速の攻撃でした。」

 「パートナーのエアによる攻撃と見て、間違いないと思います。」

 

 「ええっ!?攻撃されてたんですか!?」

 

 「肯定。1度、こちらへの侵入を試みたようですが、すぐに中断したようです。アロナ先輩が気づけなかったのも、仕方ありません。」

 「今、データの健全性と情報漏洩範囲を確認しています。」

 

 ”よく気づけたね、プラナ。ありがとう。”

 

 画面越しにプラナの頭を、指の腹でそっと撫でる。

 ホログラムのキーパッドで作業を進めていたプラナは、目をそらしてはいたものの、その頬は僅かに赤く染まっていた。

 

 「……つつかないでください。作業中です。」

 

 ”ごめんね、つい。”

 

 「あの、先生!あなたを守ったスーパーアロナがここに居ますよ!」

 

 ”アロナもありがとう。本当に助かったよ。”

 

 「えへへ。シャーレに戻ったら、プラナちゃんと一緒に、も~っと褒めてくださいね!」

 

 ”勿論。約束だよ。”

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるアロナの頭を、ちょっと強めに指で撫でる。

 満面の笑みで、ヘイローもハート型に変えてそれを受け止めるアロナ。

 一しきり撫で終わった所で、先生は意識を本題へと引き戻す。

 

 ”それにしても、カルテルの調査なんて、大変な事引き受けちゃったなぁ……。”

 ”……伝手を当たっていくしか無さそうだね。まずは便利屋から、かな。”

 

 「……先生、エアからメッセージが届きました。」

 「《連絡の際は、この回線を利用してください。確保された、安全な回線です。》」

 「《それと、私はレイヴンのオペレーター、エアです。私がレイヴンの代理人として対応します。よろしくお願いします。》」

 「……との事です。」

 

 ”仕事が早いなぁ……。”

 

 スマホを取り出すと、確かにメールボックスにメッセージが届いていた。

 差出人にAyreと書かれたメールの本文は、URLが載っているのみ。

 先生は何の気なしにそれを開くと、独自のメッセージアプリが立ち上がった。

 以降はこれを使え、との事なのだろう。

 試しに、アプリを受け取った事を送信してみると、連絡は最小限にしろとのお説教。

 少し切ない気持ちを抱えた先生は、ブラックマーケットを後にした。

 その後、シャーレで待ち構えていたカンナとコノカに、ブラックマーケットに変装もせず1人で向かったことを、しこたま怒られた先生であった。




安請け合いは先生の専売特許。
何でこんな危ない仕事をホイホイ請け負っちゃうんですかね???
本編でも似たような所あるんで今更でしょうが……。

次回
Chase the Bandog.
番犬の近くには飼い主がいるもの

次回も気長にお待ちくださいませ……。
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