BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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アビドス3章エピローグです。
今まで接触する機会が無かった「あの子」とレイヴンが対面します。
あっ、穏便に済みますので、ご安心ください。


52.After Game

 シェマタ確保作戦が成功し、そこから一夜明けた午後。

 先生がドアを開け、俺が後に続いて部屋に入る。

 照明は付いているものの、やけに薄暗く感じるその部屋には、1人の人間のような何かが椅子に座っていた。

 名前の通り、真っ黒のスーツに真っ黒なネクタイ、喪服と呼んで差し支えない服を身にまとっている。

 

 「……おや、先生ではありませんか。我々、いえ、私に何か――」

 

 黒服が部屋に入った俺を見た瞬間、椅子から立ち上がり距離を取ろうとする。

 すかさず背中からリボルバーを抜き、黒服の動きを制する。

 

 「……どうしてソレがここに。」

 

 「座ってろ。」

 

 表情、もしくは顔の模様こそ変わっていなかったが、明らかに動揺した様子を見せた黒服。

 彼は静かに両手を上げ、椅子をそっと引き寄せて、元の位置に座り直した。

 先生は両手を上げている黒服の正面に立ち、俺は横に回って銃口を頭に向ける。

 恨めしそうな雰囲気を纏いながら、黒服は先生を見つめている。

 

 「……先生。どうしてソレを連れてきたのですか?」

 

 ”お前に聞きたい事があるんだ、黒服。”

 

 「話がしたいだけなら、ソレが居る必要もないと思いますが……。」

 

 ”……まず初めに、レイヴンをソレと呼ぶのは止めてもらう。この子には名前がある。”

 

 「……との事ですが、どうお呼びすれば良いでしょうか。C4-621?」

 

 先生がそう言い放つと、今度はこちらに顔を向けてくる黒服。

 やはり表情は変わらないが、その雰囲気と動きから、心底関わりたくないという感情が見える。

 引き金を軽く引き絞り、黒服の空洞のような眼を見つめる。

 

 「レイヴンだ。その名は捨てた。」

 

 「……なるほど。分かりました。ではこれから、あなたはレイヴンと呼ばせていただきます。」

 「それで、お聞きしたい事とは、何でしょうか?レイヴンを連れてくるあたり、重大なお話なのでしょうが。」

 

 ”今回のアビドスの一件、お前も顛末を知っているんじゃないか?誰が糸を引いていたのかも。”

 ”企業にシェマタの事を教えたのが誰なのか、知らない?”

 

 先生が投げつけた、1枚の写真。カイザーとネフティスが求めていた、列車砲シェマタ。

 黒服は写真を慎重に取ると、それをじっと眺める。

 そして、写真を自身の手前において、少しばかり緊張が和らいだ様子で口を開いた。

 

 「……ああ、なるほど。それでしたら、すぐにお答え出来ますよ。彼がどこに居るのかも。こちらは少し時間が掛かりますが。」

 

 ”名前と居場所、両方教えて。対価は、私が払う。”

 

 「大変すばらしい提案なのですが、今回は遠慮しておきましょう。実は私も、今回の件を憂慮していたのです。」

 「レイヴンが安全装置として作動しかねない事案でしたので。それを止めてくださったお2人に敬意を表し、情報をお渡ししましょう。」

 

 若干不安げな表情でこちらを見てくる先生だったが、軽く頷いて問題ないと答える。

 先生は再び黒服に向かい、普段とは異なる剣呑とした表情で提案を受け入れた。

 

 ”……分かった。始めて。”

 

 「ではまず、居場所を特定します。その間に、お探しの人物がどのような者なのか、それをお話ししましょうか。」

 「では、レイヴン。銃を下ろして頂けますか?銃を突き付けられたままでは、落ち着いて作業が出来ないもので。」

 

 「いくら時間が掛かってもいい。ゆっくり、確実にやれ。時間はある。」

 

 「……先生からの助けも、期待できないようですね。嫌われてしまったものです。クククッ……。」

 

 黒服はノートパソコンを開くと、キーボードを叩き、プログラムを走らせ始めた。

 エアに調べさせてみると、スタンドアローンで実行されているため、接続できないとの事。

 何処にも繋がっていないパソコンで何を調べるというのか、いささか疑問ではあるが、一先ず作業を続けさせる。

 

 ”……それで、どういう奴なの?”

 

 「……地下生活者。そう呼んでおります。かつてゲマトリアの一員でしたが、キヴォトスを不安定化させかねない操作を多数行ったため、やむなく除名し、幽閉しました。」

 「地下生活者は、このキヴォトス全体を、ボードゲームのように認識していたのです。今回は、あなたが“ラスボス”だったようですね、先生。」

 

 ”どうして、そんな奴がゲマトリアに?”

 

 「単純に、異なる知見が得られることを期待したのです。異なる知見が集まれば、新たな側面が見えてくる事もありますので。」

 「しかし、ゲマトリアの目的は、色彩への対策。あの老人は、それを忘れてしまったようで……。」

 「いえ、初めから、それに従う気など無かったのでしょうね。彼にとって、自分以外の人物は、全てNPC(モブ)ですので。」

 

 黒服は机の引き出しから書類を1枚取り出し、先生に差し出した。

 先生はそれを一読した後、俺に渡してくる。

 内容は、地下生活者のプロフィール。かなり古いメンバーらしいが、追放されたのもずっと前。

 研究ではなく、“攻略”を主たる目的としており、本人の性格も相まって制御困難。それが黒服の地下生活者の評価だ。

 恐らくだが、黒服が個人的にまとめているプロフィールだろう。

 読み終えた後、銃口を逸らさずに書類を黒服へ返す。

 

 「仲間の扱いに随分苦労しているみたいだな。」

 

 「ええ、残念ながら。恐らくですが、地下生活者を解き放ったのは、フランシスでしょう。」

 

 ”フランシス?ゴルコンダの別人格の事?”

 

 「フム……。別人格というよりは、多数ある人格の内の1人、と呼べば正確でしょうか。」

 「デカルコマニーが死に瀕すると、その時表に出ていた人格は休眠し、別の人格が呼び出されるようなのです。」

 「ゴルコンダ曰く、“心がそこにある間は、その者は決して死なない。”だそうですよ。故に、己が不死身に最も近い存在であるとも。」

 

 ゴルコンダに、デカルコマニー。

 また知らない名前が出てきたが、今それを気にしても仕方ないだろう。

 出てきた時に殺せばいい。

 

 「一心同体、という訳でもないんだな。」

 

 「そのようです。デカルコマニーと、ゴルコンダやフランシスとの関係は、あなた達のそれに近しいものなのでしょう。」

 

 「……俺達の事を、よく知っているようだな。」

 

 リボルバーの引き金をさらに引き絞り、威圧感を全開にして威嚇する。

 どうやら、俺とエアの関係をよく知っているらしい。

 俺の雰囲気が変わった事を察知した黒服は、少しだけ慌てた様子で、体をこちらに向けてくる。

 これ以上余計な事を言うようであれば、用が済んだ後に殺しておこう。

 

 「もちろんです。あなた達も、先生も、研究対象ですので。もちろん、遠巻きに観察する程度に留めておりますが。」

 

 ”……それじゃあ、地下生活者がシェマタを――”

 

 先生がそう言おうとした瞬間、先生の後ろに黒い楕円が出現。

 それを通って、黒いドレスの女が現れる。

 だが、彼女の顔つきと、彼女の頭に浮かんでいるヘイローには、見覚えがあった。

 右手のリボルバーを黒服に、左手のショットガンを、シロコによく似た誰かに向ける。

 

 「……おや、アヌビスではありませんか。お久しぶりですね。」

 

 「……まだいた……!」

 

 ”シロコ、落ちついて!今回は大丈夫!黒幕を探すのを手伝ってもらってるだけだよ。”

 

 シロコと呼ばれた女は、黒服を見るや否や詰め寄ろうとしたが、先生によって阻まれた。

 それでも収まらないのか、右手に握ったライフルはセーフティが切られたまま、先生の肩を掴んで押しのけようとする。

 しかし、その力は弱く、先生の力で軽く抑え込めてしまう程度。

 互いが互いを傷つけないように、力をかける事をためらっている。

 “シロコ”に向けて引き金を引くべきか、そう考えながらショットガンのセーフティを切った時、黒服から補足が入った。

 

 「先生、こいつらが何を求めて来るのか忘れたの!?」

 

 「落ち着いてください、アヌビス。今回は先生達の功績を考え、無償で協力しています。この3人には、何も求めていません。」

 

 ”ほら、大丈夫。何かしてきても、レイヴンが止めてくれるよ。”

 

 シロコをなだめつつ、俺に対しても銃を下ろすようにハンドサインを送ってきた先生。

 取り合えず指示に従い、ショットガンのセーフティを戻し、ベルトへと引っ掛ける。

 シロコの方も多少落ち着いたようで、銃こそ握っているが、戦闘態勢は解けている。

 この女に聞きたい事は色々とあるが、まず最初に聞くべきであろう質問を投げかける。

 

 「……シロコ?俺が知っている姿と随分違うようだが。」

 

 「……3人?もう1人居るの?どこに?」

 

 『……ここです。初めまして、シロコ。私は、レイヴンのオペレーター、エアです。』

 

 「レイヴン?エア?聞いたことがない……。一体誰なの?」

 

 「あなたや先生と同じく、別の世界からの、“移住者(ビジター)”です。先生とも異なる世界からやって来たのです。」

 「連れてこられた目的は、キヴォトスの外敵の排除。あなたやプレナパテスのような存在を、駆除するためです。」

 

 戸惑っていたシロコが、黒服の答えを受け、怯えた表情で銃口を向けてくる。

 先生は素早く銃身を押さえつけ、俺は左の手の平を前に出して、武器を握っていない事をアピール。

 

 「落ち着け。今戦う気は無い。銃を下ろせ。」

 

 ”大丈夫、レイヴンは味方だよ。黒服が言うような、怖い子じゃない。大丈夫。”

 

 「……分かった。先生を信じる。お前を信じたわけじゃない、黒服。」

 

 「クククッ。嘘は吐いていないのですがね。」

 

 シロコが落ち着いたのを見た黒服は作業を再開。

 先生は無用にシロコを不安がらせた事に怒っているようだが、当の本人は気にする様子がない。

 やはり処分しておくべきか。黒服の言動を受けて、その考えが固まってきた。

 それから少しの沈黙と、キーボードを叩く音が続いた後、唐突に黒服が口を開く。

 

 「……フム。そういえば、崇高とは何か。そもそもそれをお話ししたことがありませんでしたね。」

 「居場所の特定にもう少しかかります。その間、私の仮説を聞いてみませんか?」

 

 ”興味ないよ。仕事に集中して。”

 

 「クククッ。つれませんねぇ。恐怖へ転じた神秘を、元に戻せるかもしれないという話をしようと思ったのですが。」

 

 ”――ッ!?”

 

 「先生、信じちゃダメ……!」

 

 元に戻せる。黒服のそのセリフを聞いた瞬間、先生はたじろぎ、迷い始めた。

 シロコはそれを止めようとし、当然先生もシロコを再びなだめようとする。

 神秘と恐怖、訳の分からない単語が並んでいるから、その意味を聞いてから処分しても遅くないだろう。

 リボルバーの撃鉄に指をかけ、黒服を睨みつける。

 

 「……与太話と思って聞いてやる。話せ。」

 

 「レイヴンはこう言っていますが、どうしますか?先ほども言った通り、所詮、仮説ですので。」

 

 ”……聞くよ。シロコ、私が変な事を言い出したら、殴ってでも止めて。”

 

 「……うん。分かった。」

 

 「クククッ。興味を持っていただけたようで、何よりです。」

 

 黒服が懐から取り出したのは、1枚のコイン。

 見た目は何の変哲もないそれを、ただ机の上に置く。

 口と同時に手を動かし、解説を始める黒服の声音からは、恐怖は薄れ、趣味を話すかのような喜びさえ感じる。

 

 「まず崇高とは、1枚のコインのようなものです。神秘という表面と、恐怖という裏面が存在します。」

 「通常は神秘を上に向けた状態で、世界という机の上に置かれています。そして反転とは、文字通りこのコインをひっくり返す事。そうして、崇高が持つ恐怖の側面が顕現します。」

 「これまで反転は、不可逆な反応だと考えられてきましたが、私はそうは思いません。」

 「反転とは、可逆的な反応。恐怖に転じた崇高を、神秘へと戻すことが出来る。私は、そう考えています。」

 

 ”……それが本当なら、どうしてシロコは元に戻らないの。”

 

 「先ほども言った通り、これは仮説です。この仮説を証明するために、小鳥遊ホシノに協力してもらおうと思っていたのですが、あなた達に救出されてしまいましたからね。ククッ……。」

 

 「お前……!先輩をモルモットみたいに……!」

 

 「動物実験が出来るなら、私だってそうしていました。ですが、神秘はヘイローを持つ生徒にしか宿らないモノで、人体実験をするほかないのです。」

 「言い訳に聞こえるでしょうが、私は被験者に敬意を払っています。事前にリスクを説明し、十分な報酬を用意し、本人の意志で承諾を得てから、不要なリスクを削ぎ落して実験を行います。」

 「何より、あなたのような存在を、元に戻す足掛かりになれば良いと、本当に思っていたのですがね。」

 

 当然ながら、先生もシロコも、黒服の言う事を信じてはいない。

 2人とも、苦虫を嚙み潰したような表情で、黒服を睨みつけている。

 だが俺は、こいつの研究自体は本物ではないかと思う。

 こいつは、技研の連中と同じだ。コーラルの可能性に脳を焼かれた狂った研究者共と、同じだ。

 つまり、使いようがあるクソ野郎という事。精々手綱は短く握り、利用するとしよう。

 

 「……それで、話の続きは?」

 

 「おや。レイヴンも興味を持ってくれているようですね。嬉しい限りです。」

 

 「ああ。次にどんなクソッタレな言い訳が飛び出して来るのか、興味がある。続けろ。」

 

 「内容はどうあれ、興味は興味です。嬉しいものですよ。では、話を戻しますと……。」

 「私は、神秘が恐怖に転じる手段があるのなら、それを応用して、崇高へと至る事が出来るのではと考えてきました。」

 「このコインで言うならば、縁で立たせることで、表と裏両方を同時に顕現させる。これが、崇高に至った状態だと。」

 「当然ながら、この状態は不安定です。僅かでも外的な刺激があれば、(神秘)(恐怖)どちらかに転じてしまうのです。」

 

 事実、黒服が立たせたコインは、手を離した途端、裏面を上に倒れた。

 これが、恐怖へと転ずる、という事だろう。

 聞く限りでは、理屈は通っている。恐らくだが、今この場にいる“シロコ”が、その好例なのだろう。

 そのヘイローは一部が砕け、黒ずんでいる。

 

 ”でも、今は違うって思ってる。そんな言い回しだね。”

 

 「おっしゃる通り、現在の仮説は、コインを立てた状態で軸を通し、高速で回転させることです。」

 「先生。こういったコインを、絵柄が見えないほど高速で回転させれば、人間の目にはどう映るでしょうか。」

 

 ”……球体。”

 

 「その通りです。流石は先生ですね。」

 「1枚のコインが球体に見える状態になる事が、崇高に至る事だと、仮説を修正しました。」

 「他でもない、レイヴンとエアの出現によって。」

 

 机の上で器用にコインを回していた黒服が、コインを懐にしまった後、顔をこちらに向けてくる。

 先生とシロコが不安げに見つめて来るが、気にせず黒服に銃口を向ける。

 

 「ほう?どうやら、貴重な事例になれたようだな。光栄だ。」

 

 「ええ。あなた達は恐ろしく、同時に非常に興味深い存在です。言うなれば――」

 「2つの強力な崇高が、1人の人間の体に押し込められ、その状態で安定しているのですから。」

 

 黒服が取り出したのは、先程のよりも一回り大きい2枚のコイン。

 まず1枚を縁で立たせ、さらにもう1枚を交差させた状態で上に乗せる。

 その状態のまま、器用に左手で固定しながら、さらに口を回す。

 

 「この2枚のコインが、今のレイヴンとエアの状態を表しています。通常、この状態で手を離せば、すぐに崩れ、分離してしまうでしょう。」

 「しかし、このコインは手を離しても、如何なる外的刺激を受けても崩れる事がない。2つの神秘と恐怖が、常に同時に顕現しているのです。」

 「しかし、未だ崇高には至っていない。崇高に至るとは、いわば人を捨て、神に近づく事。」

 「現在崇高に最も近いであろうこの2人が、今なお人の形を保っているという事は、崇高に至る条件が間違っていると考えたのです。」

 

 要約すると、今の俺達は、2つの神が1つの人間の体に押し込められているらしい。

 普段であればおとぎ話と一蹴しているが、キヴォトスで起きた数々の事件を考えれば、信じる他無いのだろう。

 2人の反応も半信半疑と言った所。

 情報の礼として、自分の仮説も教えてやることにした。

 

 「……俺達が人の形をしている理由、分かる気がするぞ。」

 

 「ほう?是非とも、教えていただけませんか?」

 

 「人は人と戦うための形をしている。俺は、人を殺すために造られ、人を殺すためにこの箱舟に送られた。」

 「俺達が人の形をしているのは、同じ人を殺すためだ。」

 

 『……同時に、神を殺すためでもあると思います。人は歴史の中で、数々の神を生み出し、そして忘れ去り、殺してきました。』

 『もし本当に神が存在するのなら、その天敵は、人間です。』

 

 人類とは、人類と神の天敵である。

 俺達は、それをずっと証明し続けてきた。これからも、そうする。

 もし神が存在し、傷つき、血を流すのであれば、俺は神だろうと殺してみせる。

 

 「……非常に恐ろしい答えではありますが、実に興味深い知見です。」

 「先生に、アヌビス。あなた方は、どう思いますか?神秘と恐怖、そして崇高とは、どういうものだと思いますか?」

 

 ”……ノーコメント。”

 

 「私も……。」

 

 「クククッ。では、答えがまとまったら、教えてください。いつでも歓迎しますよ。」

 「……特定できました。次元の狭間にいるようですね。ご案内しますので、こちらへ。」

 

 黒服が立ち上がると同時に、黒服の右側に楕円状のポータルが現れた。

 先に行けと促してくるが、当然俺を含めた誰も信用していない。

 先生がポータルに1歩踏み出そうとした時に、俺は黒服に銃を突き付ける。

 

 「先に行け、黒服。俺達は後に続く。」

 

 「……あなた方を騙す意図はありませんので、ご安心ください。」

 

 「そうか。だが事故でも起きたら困るんでな。先に行け。」

 

 まごつく黒服の肩を掴み、ポータルに向き合わせてから背中を突き飛ばす。

 肩越しに恨めしそうな視線を、厳密にはそんな雰囲気をぶつけてくるが、銃口で背中を突いて黙らせる。

 

 「グッ……!そういう態度ばかり取っていると、友人が離れていきますよ。」

 

 「友人だと思っている奴にはこうしない。さっさと行け。」

 

 渋々先陣を切った黒服がポータルに入り、それから少し待って安全を確認する。

 ポータルが閉じない事を確認してから、先生とシロコを手招きしてポータルに入る。

 ポータルを通ると、そこはただ広大な地面だけが続く、何もない空間。

 光源がないにも関わらず、黒服と、地面に両膝を突き頭を掻きむしる誰かの姿がハッキリ視認できる。

 こいつが、地下生活者だろう。何やらブツブツと呟き、わめいているが、これから起こる事に比べれば、些細な事だ。

 

 「……チートだ。奴らはチーターだ。そうに違いない……。」

 「でなければ、小生が負けるなんてあり得ないだろうがぁ!!!」

 「……何だ?今更何をしに来た、黒服!!」

 

 「地下生活者。あなたに、客人が来ています。」

 

 ”……初めまして、地下生活者。”

 

 「ヒィ!?し、死の神(アヌビス)だとォ!?き、貴様ァ!!チートを使うだけじゃなく、死の神まで――」

 

 「黙って!」

 

 「ヒィィィィ!!!」

 

 地下生活者に真っ先に詰め寄ったのはシロコ。

 シロコが頭に銃口を突きつければ、カメのように丸くなってしまった。

 奴にとっての天敵は、こっちのシロコらしい。

 

 「……もっと恐れるべきものが近くに居るのですが、感性は人それぞれですからね。」

 「今回の件、いち研究者として見過ごせませんよ、地下生活者。よもや、小鳥遊ホシノを反転させようとするだけでなく、安全装置を作動させかけるとは。」

 

 「何を言うこの腰抜けが!!小生は貴様らとは違う、真のゲマトリアだ!!!求道者だ!!!敗者の分際で、小生に指図するなァ!!!」

 

 「……まあ、こんな具合でして。我々も扱いに困り果てていたのです。」

 

 なるほど。追放された理由がよく分かった。

 いうなれば、常時暴走状態の強化人間。しかも加減を知らない。

 処分するのではなく幽閉したのは、最後の慈悲だろうか。

 体を丸めながらもわめき続ける地下生活者の前に、先生がしゃがみ込む。

 

 ”……地下生活者。よくも、私の生徒達を苦しめてくれたね。あの子達がどれだけ苦しんだか、お前に分かるの?”

 

 「ヒッ、ヒヒヒッ……!あの程度……。あの程度の苦しみで、小生を咎めると……。ヒヒッ、ヒヒヒッ……!」

 「ふざけるなチーターがァ!!!貴様に何が分かる!!!小生の苦しみが分かるのか!!ええッ!?!?」

 

 「ホシノ先輩は、こんな、奴にッ……!」

 

 「貴様らには分かるまい!!!死の恐怖がァ……!それが眼前に迫る苦しみがァ!!!」

 「黒服!!死とは何か!!貴様の代わりに、それを証明してやろうというのにィィィ!!!」

 

 「証明してほしいと頼んだ覚えはありませんよ。」

 「……さて、どうしましょうか。このまま放っておくのは危険ですので、お任せしていただけるなら、私が対処しましょう。」

 

 黒服とシロコはもちろん、先生も地下生活者の更生は無理だと判断したのか、地下生活者の傍からそっと離れた。

 シロコは銃口をさらに強く押し付け、地下生活者は悲鳴を上げながら亀のように丸まった。

 どうやらシロコは、ゲマトリアに因縁があるようだ。

 

 「……先生、お願い、やらせて。こんな奴ッ……!」

 

 ”シロコ、ダメだよ。プレナパテスとの約束がある。”

 ”もし君がやるなら、代わりに私がやるよ。”

 

 「プレナパテス……?ああ、あの敗者の事か……!そんな奴との約束に、一体何の意味がある……!」

 「このキャンペーンは、勝者が全てを勝ち取る……!貴様らはそれを邪魔しやがったんだクソがァッ!!!」

 

 「――ッ!?お前ッ!!」

 

 「待て、シロコ。俺がやる。」

 

 そう言いながら地下生活者へ近づくと、シロコは銃を下ろして3歩離れた。

 これ以上待っていても、シロコと先生の堂々巡りの説得が続くだけだろう。

 それに、これ以上地下生活者の戯言を聞きたくないのだ。

 直接殺すことは先生に止められるだろうから、“精神的に殺す”ことにする。

 丁度、それにピッタリの力が、俺の手の中にある。

 

 「お前……?お前に何が出来る……!この世界のコデックスも知らんくせにィ……!!」

 

 「お前、死が最上の苦しみだと思っているのか?」

 「だとすれば、認識が甘すぎる。」

 

 「何だと……!?やはり分かっていないじゃないか!!死より恐ろしい苦痛などあるものかッ!!!」

 

 「違う。死とは、単なる現象に過ぎない。その過程で、苦しみが発生するだけだ。それに、死とは肉体的なものだけでもない。」

 「記憶が全て消えれば、そいつの人格は死ぬ。」

 

 「そんな事がある訳無いだろう!!何も知らんチーターが、分かったような口をきくなッ!!!」

 

 「分かるさ。俺は1度味わっているからな。」

 「なあ、地下生活者。死とは何か、知りたいんだろう?今から教えてやる。」

 

 「――ッ!先生、アヌビス!レイヴンから離れてください!」

 

 両手にコーラルを集め、密度を引き上げスパークさせる。

 スパークは、純粋なコーラルの流れ。

 旧世代型の強化人間ですら死にかける濃度を、これから真人間であろう地下生活者の脳に叩き込む。

 運が良ければ、“新たな人生”。悪ければ、人ですらなくなるだろう。

 

 「死は人生で1度きりだ。たんと味わえ!」

 

 「ガアアアアァアァァァアアァ!!!!アアアアァァァア!!!!」

 

 地下生活者の頭を両手で挟み、両の掌の間にコーラルの流れを作り出す。

 コーラルの奔流に飲み込まれた脳は、少しずつ焼かれ、記憶すらも飛ばしてしまう。

 頭に6つも付いている時計のような目玉は、あちらこちらへ向いており、既に意識など無くなっているのだろう。

 それでもなお、完全に記憶が消えるまで、コーラルを流し込み続ける。

 

 「あれは、一体……!?」

 

 「……コーラルの、奔流です。」

 「皮肉なものですね。あれに脳を焼かれた者が、今度は焼く側に回るなど。」

 

 完全に抵抗がなくなり、6つの目玉が全て上に向いたので、地下生活者から手を離す。

 当然、地下生活者は重力に引かれ、地面に倒れ込む。

 軽く腕を振ってスパークを振り払い、コーラルを再び体の中へと取り込む。

 振り返れば、何度目かの先生の唖然とした顔と、当然初めて見たシロコの怯えた表情。

 黒服の顔は、特に変化はない。ただ、少しでも距離を取ろうとしているのは分かる。

 

 「……死ん、だの……?」

 

 「生きてはいる。記憶は全て消えているだろうがな。」

 

 「まさしく、精神的な死、という事ですか……。」

 

 黒服にここから出せと言おうとした瞬間、襲い掛かる耳鳴りと手足の震え。

 視野の狭まりは僅かなので、比較的軽度の発作だ。

 それでも先生とシロコを心配させるには十分だったようで、2人ともこちらに駆け寄ってきた。

 先生は俺の背中をさすり、シロコはどうしていいか分からず、右往左往している。

 

 ”――ッ!レイヴン!”

 

 「大丈夫?どうしたの?」

 

 「ハァ……。軽い発作だ。すぐ収まる。大丈夫だ……。」

 

 「それでは、レイヴンが落ち着いたらここを出ましょう。」

 

 ”地下生活者はどうするの?”

 

 「このまま置いていきます。ここから出る方法も、忘れてしまったでしょうから。」

 

 「よし、もう大丈夫だ……。行くぞ。」

 

 呼吸が整い、耳鳴りが収まった所で、姿勢を正して黒服に向けて頷く。

 再びポータルが現れたので、また黒服を先頭に通り抜ける。

 黒服のオフィスに戻った後、信用されていないのですねと黒服が呟けば、当たり前だと4人同時に言い放った。

 先生とシロコがオフィスから出ていき、節度を忘れるなと警告してから、俺もオフィスを後にした。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 建物から出て、3人並んで所々砂が溜まった道路を歩く。

 当然、人気などなく、それ故に、話を誰かに聞かれる心配もない。

 先生が“シロコ”の近況をひとしきり聞いた後、シロコは俺に憂い気な表情を向ける。

 

 「……さっきの黒服の話。あなたは、別の世界から来たって、本当なの?」

 

 「ああ、本当だ。向こうで色々あってな。それが理由かは分からないが、色々と押し付けられているらしい。」

 「自己紹介が遅れたな。俺はレイヴン、独立傭兵だ。一応、シャーレお抱えの傭兵でもある。」

 

 『そして、レイヴンのパートナーのエアです。改めて、よろしくお願いします。』

 

 「……私は、別の世界のシロコ。アトラ・ハシースってもので、こっちの世界に来たの。」

 

 アトラ・ハシースという事は、プレナパテスが居た世界からこちらに来たという事だ。

 道理で、俺が知っているシロコとは風貌が違うわけだ。

 ただ、アトラ・ハシース攻略戦を思い出し、気になった事が1つ。

 

 「……エア。あの時探知したシロコの生体反応、こいつの反応だったんじゃないか?」

 

 『いえ、それは無いですね。こちらのシロコの方が、多少成長しているので。似たような反応が2つあるのは不思議でしたが、当時はそれどころではありませんでしたから。』

 

 「それもそうだな。」

 

 「……もしかして、ウトナピシュティムにいたの?あなた達は、居なかったと思うんだけど。」

 

 それもそのはず、俺達はアイビスを駆り、アトラ・ハシースを直接破壊していたのだから。

 こちらのシロコが俺達を知らないのも、俺達がこちらのシロコを知らないのも当然の事。

 司祭たちは、俺達の事をシロコに教えなかったらしい。

 

 「白い人型の機体。見覚えは無いか?俺達はあの機体に乗っていたんだ。俺達を知らないのも、無理はない。」

 

 「あのロボット、あなた達だったんだ……。」

 「……ねえ、レイヴン、エア。もしアトラ・ハシースの中で、私と敵として出会ったら、私をどうしてた……?」

 

 「殺してたさ、迷いなくな。だがせめて、無駄に苦しめる事はしない。俺なりの、最期の敬意だ。」

 

 『私も、それを止めることなくサポートします。それが、私の役目ですから。』

 

 ”そしてきっと、私はそれを体を張ってでも止めてた。誰も失ってほしくないし、誰かを殺すなんてしてほしくないから。”

 

 「もしそうなったら、お前ごと殺していたかもしれんな。あの采配が正解だったか。」

 

 ”ちょっと!?そこは止まってよ!もしかして私真っ二つになるやつ!?”

 

 「ああ。俺はやる。お前だって分かっているだろう?」

 

 ”そうだけどぉ!う~ん……!って、君の前でこんな話するべきじゃ無いね。ごめんね。”

 

 「ううん、良いの。振ったのは、私だから。」

 

 ”ありがとう。シロコは優しいね。”

 

 「ん……。」

 

 先生がシロコの頭を撫でると、シロコは耳を倒して少し目を伏せる。

 この癖は、どちらのシロコも同じだ。

 もしルビコンにいた時に、同じ人間が2人居るとなったら、俺は片方が影武者だと断じていただろう。

 だが、ここはキヴォトス。俺の常識から外れた事ばかり起こる場所。

 何が起きたとしても、取り合えず受け止められるようになった。

 

 「しかし、シロコが2人か。どう区別するべきだ……?」

 

 「ん、私はアビドスの校舎には近づかない様にしてるから、区別する必要も無いはず。」

 

 「それは俺が困る。もしシャーレが俺とアビドスを呼んで、その上でお前まで呼んでいたらどう区別すればいい。」

 

 『ただ単にシロコ、と呼んだだけでは、2人が振り返るわけですからね。』

 

 「……それは心配しなくていい。」

 

 ”シロコ。今の君は、こっちのアビドスの仲間でもあるんだよ。遠慮なんかしなくていい。あの子達も、それを望んでるはずだから。”

 

 「それは、どうだろう……。私は、まだ私を……。」

 

 シロコはそう言うと、それ以上何も言わず、うつむいてしまった。

 理由は分からないが、随分と負い目を抱えているらしい。

 だが、罪悪感があるのなら、まだまともな人間でいられるはずだ。

 

 「……お前、何人殺した?」

 

 ”レイヴン!どうしてそんな事聞くの!”

 

 「先生、大丈夫。」

 「……数えきれないくらい。もう、思い出したくもない。」

 

 「それなら、まだ引き返せるな。殺すことが当たり前になると、普通の人生など送れなくなる。」

 

 「知ってるみたいな……。ううん、あなたが、そうなんだね。」

 

 「ああ。俺も何人と殺してきた。顔も名前も知らない奴らを、何人もな。」

 「だが俺にとって、それが普通だ。キヴォトスに来てからしばらく経って、気づいた。」

 「俺に普通の生活は出来ない。そう造られているからな。」

 

 「――ッ。そう、なんだ……。」

 

 「だが、隠居するような義理も無い。幸い、俺にとってキヴォトスは、仕事にあふれた場所だ。」

 「好きなように生きて、好きなように死んでやる。お前もそうしたらどうだ。簡単じゃないが、その価値はあるぞ。」

 

 アトラ・ハシースでこちらに来た時、このシロコは確かに、俺達の敵だった。

 だが、俺にとって今敵でないのなら、今戦い殺す理由などない。

 人生など、好きなように生きればいい。誰にでも、その権利はある。

 

 「……好きなように、か……。すごく、難しそう……。」

 

 「ああ、難しいさ。この世界は、誰かの願いと思惑に塗れている。そんな中で好きに生きるには、力が必要だ。」

 「俺には暴力があった。誰かを殺せるだけのな。だから傭兵をやってる。」

 「お前はどうだ。何がある?」

 

 「……分からない……。色々、置いて来ちゃったから……。」

 

 「それなら、また集めればいい。失ったものではなく、今自分が大切にしたいと思うものを。」

 

 ”……シロコ。責任は、私が背負う。君は、好きに生きていいんだよ。”

 ”疲れたら、シャーレに来て休んでもいい。寂しくなったら、アビドスに顔を出してもいい。お腹がすいたら、みんなでご飯を食べに行ってもいい。”

 ”これは、君の人生なんだから。私は、それを全力で支えるよ。”

 

 「――ッ!こっちの先生も、同じことを言うんだね……。」

 

 ”もちろん。だって、これが私のやりたい事だから。止めろって言われたって、止められないよ。”

 

 「そっか……。そう、なんだ……!」

 

 ”……シロコ?”

 

 少し涙ぐんだと思えば、シロコはその場で立ち止まった。

 今にも泣きだしそうな微笑みを浮かべているが、僅かに憑き物が落ちたのだろう。

 先程まであった、少し危うい雰囲気が和らいでいる。

 

 「……ううん、大丈夫。」

 「先生、レイヴン、私はここで。やらなきゃいけない事、思い出したの。」

 

 ”……そっか。気を付けてね。何かあったら、なくても私を頼っていいからね。”

 

 「うん。ありがとう、先生。」

 

 「シロコ。新しい人生には、新しい名前が必要だ。何か考えておくといい。」

 

 「うん、そうする。ありがとう、レイヴン。」

 「それじゃあ、またね。」

 

 シロコが砂漠に歩いていくのを見送り、俺達はアビドスの校舎に戻った。

 結局、2人のシロコをどう区別すればいいのかうやむやになっていたが、ノノミのアイデアで、姉と妹で区別しようという話になった。

 若い方のシロコは自分が姉だと言っていたが、アビドスの全員にお前が妹だと言い聞かせられていた。

 怒ったシロコは先生を含んだ全員からなだめられたが、頬を膨らませ納得していないと意志表明。

 それを目撃したヒナがアビドスの仲の良さを羨ましがった事で、アビドスの塊にヒナも入ってぎゅうぎゅう詰め。

 俺は面倒を避けるため、ヒナが乱入させられた時に部室を離れ、風紀委員会の臨時食堂で夕食を頬張った。

 ゆっくりとではあったが、アビドスにあるべき日常が、戻りつつあった。




これにて、アビドス3章完結でございます。
次はデカグラ編なのですが、本編の完結を待たせてください……。
完結するまではオリジナルストーリーか、本編時空にレイヴン達が実装されるイベントストーリーでも書こうと思います。
ここからは本当に気長にお付き合いくださいませ……。
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