BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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シャーレ爆破から翌日、エアに叩き起こされるところから始まります。
毎度の如く先生は無事です。ご安心ください。誰も曇りません。
アビドスの1人を除いて……。


49.Pin & Skewer

 『……――ヴン。起きてください。レイヴン。』

 

 「んん……。エア、こんな時間にどうした……?」

 

 未だ日の上らぬ真夜中。時間にして、午前3時。

 暗い部屋の中で感じるのは、安宿のカビと埃の臭い。そして、真剣な声色のエアの声。

 マットレスに横たわったまま、念のためバイタルチェックを実行する。

 

 『無理矢理起こしてすみません。ですが、カンナ公安局長から緊急通信が入っています。』

 

 「緊急?分かった、繋げ。」

 

 公安局長から直々の通信という時点で、ただ事ではない。それも、俺を頼らなければならないほどの事態だ。

 バイタルに問題が無い事を視界の端で確認しながら、体を起こしてベッドの端に座る。

 

 「こちらレイ――」

 

 『レイヴン!?お前は今どこにいる!?』

 

 「――ッ!?いきなり叫ぶな!」

 

 通信を開いた直後、頭の中で響き渡るカンナの怒鳴り声。

 音圧で脳が揺れると錯覚するほどの声量だ。

 一先ずいさめようとするも、カンナの熱が収まる様子は無い。

 

 『今どこに居ると聞いているんだ!!』

 

 「ブラックマーケットの安宿だ。一体何の用だ?」

 

 『D.U.ですら無いのか!?このっ……!お前はシャーレの専属だろう!?』

 

 「書面でそうなっているだけだ。いいから状況を教えろ。でなきゃ切るぞ。」

 

 『……シャーレの部室が爆破された。中にいた先生ごとな。今すぐシャーレビルに来て捜査に協力しろ!!!』

 

 「それを最初に言え……。把握した。今すぐ向かう。」

 

 カンナとの通信を切って、ため息を1つ。まさか、ここまで直接的に排除しようとするとは。

 想定以上の事態ではあるが、同時にいつか起こると思っていた事態でもある。

 ベッドから立ち上がり、武器を付けたままのハーネスを背負い、ジャケットを羽織って安宿を出る。

 代金は前払いなので、何も心配しなくていい。

 

 『部室の爆破……。ネフティスが実力行使に出たのでしょうか……?』

 

 「それにしては動きが早すぎる。別の連中かもしれん。とにかく、カンナと合流するぞ。情報を集めてくれ。」

 

 駐車場に止めていたバイクにまたがり、スターターを蹴飛ばしてエンジンをかける。

 そのままアクセルを開けて前輪を軸にUターン。シャーレビルに向けて走り出す。

 俺の頭にあったのは、シャーレに対する心配ではなく、この事件で動乱が起きていないかという事だけだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 日が昇ってからおおよそ1時間。D.U.地区のシャーレビルにたどり着いたが、予想通り様子がおかしい。

 ビル周辺はヴァルキューレによって封鎖されており、ビルに近づこうとする野次馬やマスコミを何とか押し留めている。

 人混みの外からビルを見上げれば、カンナからの報告通り、シャーレの部室がある階だけ綺麗に消し飛んでいる。

 他の階もガラスが割れていたり、壁にひびが入っているのが見えるが、これは爆発の衝撃波によるものだろう。

 バイクを路肩に止めて、人混みの方向へ歩を進める。

 

 「これは……。随分派手にやったものだな。」

 

 『レイヴン。この件について調べてみましたが、情報が錯綜していて、正確性が担保できません。カンナから直接聞きだすほかなさそうです。』

 

 「だろうな……。」

 

 人混みに近づくほど、人々がタワーにカメラを向けていたり、先生の安否を確認しようと声を上げているのが分かる。

 辺り一帯が埋め尽くされるほどの人込みに飛び込まなければならない事に軽くウンザリしながら、覚悟を決めて身を投じる。

 当然、入った瞬間にあちらこちらから押され、身動きがままならない。

 俺は体が大きい上に大量の装備を背負っているため、なおさらだ。

 

 「このっ……!どけ!道を開けろ!」

 

 もう丁寧に通る事は諦めて、相手の肩を掴んで無理矢理道を作る事にした。

 当然、進路からどかされた人が良い顔をするわけも無い。

 多種多様な罵声を背中に浴びながら、野次馬を押し留めているヴァルキューレの元までたどり着いた。

 

 「落ち着いてください!只今捜査中ですので!」

 

 「ヴァルキューレ!レイヴンだ!カンナ公安局長からの招集で来た!」

 

 「分かりました!今確認します!」

 

 ヴァルキューレが通信を始めた瞬間、誰かに背中から軽く突き飛ばされる。非力だったので1歩も動かなかったが。

 後ろを振り向き、相手が何か言う前に胸倉を掴み、闘気を剥き出しにして浴びせる事で黙らせる。

 その次の瞬間には、マスコミの1人と思われる人間が、俺にハンディカメラを向けてきたが、レンズを握り潰して取材を拒否。

 

 「……どうぞ!局長はシャーレの部室にいます!」

 

 視線をビルの方向に戻すと、境界線であろう黄色と黒のテープが持ち上げられていた。

 それをくぐって中に入ると、俺に便乗しようとした1人が、ヴァルキューレに押し返された。

 出入り口の近くでは証拠を集めているのか、青いつなぎにヴァルキューレの校章を付けた生徒が這いつくばっている。

 現場を荒らしたくないとの事だったので、ヴァルキューレの誘導に素直に従い、チョークで区切られた場所やブルーシートを避けてビルに入る。

 エレベーターは先の事件で停止しているのか、入口に黄色い看板を立てて封鎖されていた。

 仕方が無いので、シャーレの部室まで階段を上る。地上から部室まで、確実に200段以上はある階段を。

 階段を上り切った後、既に一仕事終えた後のような精神的な疲労感を抱えながら、見覚えのある金髪の背中に声を掛けた。

 

 「カンナ。」

 

 「レイヴン、来たか。遅かったな。」

 

 左手に持っていた手帳を懐にしまいながら、こちらに振り返ってくるカンナ。

 目の下にはうっすらとクマが見えるが、その眼に疲れは見えない。闘気すら感じるほどだ。

 恐らくだが、事件の通報があった時点で、カンナの眠気も消し飛んだのだろう。

 

 「これでも飛ばしてきたんだがな。」

 

 「先生を守れなかった時点で同じだ。それは私達もだがな……。」

 「レイヴン。電話口ではすまなかった。お前に八つ当たりしてしまった……。」

 

 「あの程度の罵倒なら聞きなれている。気にするな。」

 

 「そうか……。すまない、感謝する。」

 

 素直に謝り、軽く頭を下げてくるカンナに対して、軽く小首を振って答える。

 個人的には、あの時のカンナの台詞を罵倒とすら認識していなかったのだが、相手に合わせる事にしたのだ。

 俺からの許しを受け取ったカンナは、1つ深呼吸をしてから、いつもの厳格な雰囲気を纏いながら部室へと入った。

 

 「早速だが、状況を説明する。」

 「まず第1に、先生は無事だ。病院からの報告だと、奇跡的に無傷との事だ。慎重な経過観察が必要だとも言っているがな。」

 

 「“箱”に守られたか。また死にぞこなったんだな。」

 

 「今の台詞は聞かなかった事にしておくぞ。」

 

 カンナと話しながら部室を観察すると、グシャグシャという感想がまず1つ目。

 入り口から正面にあるガラスは全て砕けており、右側の壁には大穴が開いている。

 天井のボードも剥がれており、右側の天井は裏の鉄骨やケーブルがむき出しになっている。

 家具は大穴から遠ざかるように動いており、机や棚だったであろう物が左側に集まっていた。

 部室の中を何人かのヴァルキューレ生が調べており、目ぼしいものを拾い集めている。

 

 「第2に、爆心地は壁の中のガス管だ。消防も同様の見解を出している。」

 

 「ガス爆発、か……。それなら起爆装置が必要になるはずだ。」

 

 「無論、我々で起爆装置を探しているが、今の所見つかっていない。爆発で粉々になったのかもな。」

 

 「お前達も細工があったと考えているのか。どう仕掛けたと思う?」

 

 「図面を見たが、爆心地のガス管には、人間が簡単にアクセスできる構造になっていない。だが、これは整備ドローンを使えば解決できる。」

 「細工自体はそう難しくないだろう。ドローンで起爆装置を設置した後、ガス管に小さな穴を開けてやればいい。そうすれば、証拠の少ない爆弾が完成する。」

 

 『……その手のドローンは、自動操縦に対応していないモデルが大半です。操縦手が必ず近くにいるはずです。』

 

 「その通りだ、エア。だが、ここからが不可解な点でな。」

 

 カンナの話を聞きながら、壁の大穴の中をスキャンしつつ覗いてみるが、起爆装置らしい物やドローンの残骸は見つからない。

 ただ、破裂した管とその破片が残っているのみ。

 水が流れている音や、ガスの臭いもしないので、事件の後に全てのライフラインの供給が止められているのだろう。

 穴から頭を引き抜いて、カンナと向き合い会話に集中する。

 

 「1つ目。直近12時間は、シャーレの部室に誰も立ち入っていない。」

 「監視カメラの映像を確認したが、少なくとも過去12時間、シャーレの部室には先生しかいなかった。当番も呼んでいなかったようでな。」

 

 カンナが指を指した部屋の角には、天井に取り付けられたドーム型の監視カメラ。

 爆発で損傷し、カバーが外れて中の機構がむき出しになっている。

 あのタイプであれば、部室全体を見渡せる。

 部室に誰かが入り、ガス管に細工を施せば、カメラが確実に捉えているだろう。

 

 「他の階からドローンを遠隔操作しただけじゃないか?生徒を装えば簡単に侵入できるだろう。」

 

 『確かに出来ますが、先生に気づかれないのはほぼ不可能です。このビルは階層ごとに隔離されているので、他の階からこの階に侵入しようと思ったら、大きな音を出しながら通り道を作る必要があります。』

 

 「そして、今の所そうした作業を行ったであろう痕跡は見つかっていない。作業を怪しまれずに行う事が出来る業者などが、このビルに入ったという記録もな。」

 

 視界の端に写る部室の図面には、上下階への抜け道など1つも無い。

 床が分厚いコンクリートになっている事はもちろん、パイプが通るところはパテで埋め、換気用のダクトはその階だけで完結するように出来ている。

 この階にある他の部屋からなら侵入は可能だが、カンナたちが調べていない訳が無いだろう。

 少なくとも、この階には爆発するまで誰も居なかったのだ。

 

 「確かに無理がある……。一体どうやった?」

 

 「それを今調べているんだ。そして2つ目。」

 「ガスが漏れていたはずなのに、ガス漏れ検知機が一切作動していなかった。」

 「このビルは、火災報知機やガス漏れ検知器が、1階の監理室にある集中管理システムに繋がっている。そのログを辿ってみたが、爆発前に警報が出ていた様子は無い。」

 

 この部室の入り口から右側、その奥には給湯室がある。先生はそこでコーヒーを淹れるのだ。

 もちろん、給湯室には火災報知機に加え、ガス漏れ検知器がある。

 爆心地の近くにあり、これだけの被害を出すだけの十分なガスが漏れていたにも関わらず検知できなかったなど、故障か故意の破壊以外ありえない。

 

 『ケーブルを切断すれば、システムに警報は届きません。ガス管の細工と同時に切断したのでは?』

 

 「そんなことをすれば、検知器との通信障害のエラーが出るようになっている。その履歴が残っていない以上、それはあり得ない。」

 

 『履歴を削除された可能性は?』

 

 「それも無いだろう。システムは外部ネットワークからは切り離されている。その上、カードキーが無ければ、監理室には入れない。入退室の履歴にも、不審なものは残っていなかった。管理会社に、直近にカードキーの紛失が無かったか問い合わせている。」

 

 1つ考えられるのは、ハッキング。

 システム筐体にデバイスを仕掛ける等、何らかの方法で管理システムに侵入し、遠隔で検知器の動作を停止させること。

 それなら、先生がガス漏れに気づけなかった事や、履歴が残っていない事にも説明が付く。

 

 「……エア、管理システムを調べてみろ。干渉されている可能性が高い。」

 

 「調べるのは良いが、システムに手は付けるなよ。あくまでも覗くだけだ。それならいい。」

 

 『分かっています、カンナ。お任せください。』

 

 「さて、ここまで聞いてどう思う、レイヴン?裏社会の人間として、見えてくるものは無いか?」

 

 1度部室の入り口まで戻り、カンナの隣で考える。

 前提として、犯人の目的は先生の排除。

 手法は色々とあるが、キヴォトス人を最も簡単に殺せるのは、窒息だ。

 キヴォトス人にとって爆発自体は致命傷にはならない。

 先生の耐久力を把握しているなら、爆殺を選んだことは不自然ではないが、少なくとも俺なら選ばない。

 不自然な点もあるが、一先ずの予測は出た。

 

 「……まず、殺し屋の仕業とするなら、そいつは間違いなく素人だ。」

 

 「その根拠は?」

 

 「前提として、爆殺は派手すぎる。現にこうして、警察やメディア、野次馬まで集まっている。こうなったら、大規模な捜査は免れない。」

 「シャーレにただ消えてもらいたいなら、生徒を装って人気のない場所に呼び出し、背中からナイフを突き立てればいい。遺体と証拠を隠滅すれば、行方不明として処理できる。」

 

 「ふむ、確かにな……。あの人は、誰かが困っていると見れば、火の中だろうと飛び込んでいく。それを利用すればより簡単になったはずだ。」

 「であれば、排除以外の目的があったのか……?」

 

 「恐らくな。俺が思うに――」

 「……待て、通信が入った。」

 

 視界の端に映し出される、小鳥遊ホシノの名前。

 どうやらこの事件を聞きつけたようだ。

 彼女たちの様子は、まず確実に冷静ではないだろう。

 

 「どこからだ?」

 

 「アビドスだ。この事件を知ったんだろう。」

 

 「……先生は無事、原因は現在調査中、それ以外は話すなよ。」

 

 カンナの忠告に軽く頷いて、念のためカンナにも聞こえるように、スピーカーでアビドスとの通信を繋ぐ。

 今朝のカンナのように、いきなり怒鳴ってくる事を予測して、音量をいつもの半分まで絞った。

 

 「こちらレイ――」

 

 『クロハ!先生は無事なの!?』

 『シャーレで一体何があったんですか!?』

 『クロハ!今どこ!?先生は!?』

 『先生もあんたも無事なのよね!そうよね!?』

 『クロハさん!何が起きたのか知りませんか!?』

 

 「――ッ!うるさい!いっぺんに喋るな!」

 

 『あっ!ごっ、ごめん!つい!』

 

 案の定、絞られた音量もむなしく、5人分の怒鳴り声が頭の中で響き渡る。

 ノイズの奥でひそひそと何かを話した後、ホシノが代表として応答することになったらしい。

 落ち着き払おうとしているようだが、その声には焦りが見て取れる。

 

 『でも、どうなの?先生は無事なの?クロハは?』

 

 「シャーレは無事だ。今は病院にいるそうだ。俺は今、ヴァルキューレの捜査に協力している。調べが付いたら、お前達にも伝える。だから焦るな。」

 

 『……どういう意味の無事なの?五体満足?それとも、命だけは助かったの?』

 

 「無傷だ。経過観察が必要だとは聞いているがな。」

 

 『そっかぁ~……!良かったぁ~……!』

 

 ギシリと椅子が軋む音と共に、ホシノの声が遠くなった。

 代わりに、アヤネの声が通信に乗ってくる。

 

 『クロハさん。捜査に協力してるって事は、今シャーレの部室に居るんですよね?何か分かりましたか?』

 

 「まだ何も。だが、不可解な点はいくつかある。それが手掛かりになるだろう。」

 

 『なら良かったわ。このまま迷宮入りになったら、ヴァルキューレに怒鳴り込んでやるつもりだったのよ!』

 

 『……クロハ。もし犯人を捕まえたら、1回こっちに連れてきて。話がしたいから。』

 

 「止めておけ、シロコ。気持ちは分かるがな。お前がやらずとも、ヴァルキューレがたっぷり可愛がってくれるだろう。」

 

 『……ねえ、クロハ。あんまり、考えたくないけどさ。この事件と私達の問題が、繋がってたりするのかな。』

 

 「何とも言えん。とにかく明日になれば、シャーレは何食わぬ顔でアビドスに戻ってくるだろう。それまで動くなよ、良いな?」

 

 『……うん、分かった。』

 

 アビドスとの通信を切ると、顎に手を当てて考え込んでいるカンナが居た。

 先の通信から、何か手掛かりを掴んだのかもしれない。

 

 「アビドスの問題か。関係があるかもしれないな。」

 

 「知っているのか?」

 

 「ああ。昨日、先生が公安局にいらしてな。その時に、アビドスの事情は聞いている。」

 「あまり考えたくはない可能性だったが、やはり無視できんか……。」

 

 カンナは、カイザーとカヤのクーデター未遂の検挙にも関わっていた。

 彼女の頭の中には、その時と同じ可能性が頭を過っているだろう。

 企業の台頭による、キヴォトス全域の支配。

 企業の部分に入るのが、カイザーからネフティスに代わっているだけだ。

 

 「……いや、企業がクライアントなら、なおさら大事になるのを避けるはずだ。奴らの手口じゃない。」

 

 「そうだろうな。だが、先生の排除が目的ではないとしたら?」

 

 「……この事件自体が陽動か。」

 

 「もしそうであれば、奴らは一線を越えてでも、砂漠横断鉄道を手に入れたいという事だ。だが私には、砂漠の鉄道にそれだけの価値があるとは思えない。」

 「欲しいのは鉄道ではなく、それに連なる何かだろう。」

 

 「同感だ。アビドスでも同じ結論が出ている。今、情報屋にカイザーとネフティスを漁らせている。その成果次第だな。」

 

 「そいつらの腕が確かなら良いがな。」

 

 今の所、ヴェリタスからは、仕事に取り掛かったという連絡しか来ていない。

 それは良い便りだと信じたいが、相手が相手だ。

 弱体化しているとはいえ、企業の機密情報を盗むことは簡単ではないだろう。

 カンナの言う通り、ヴェリタスの実力が確かであることを、祈るばかりだ。

 そう考えると同時に、管理システムの解析結果が視界に表示された。

 

 『レイヴン、カンナ。システムの調査が終わりました。』

 

 「そうか。何か見つかったか?」

 

 『……不自然、もしくは不可解としか表現しようの無い部分がありました。』

 『爆発の5分前、システムの警報部分にグリッチが発生しています。システムが警報を発さない様に、ビット単位で改ざんされていました。』

 『そして、爆発が発生した瞬間に、グリッチは解消しています。』

 

 「ハッキングか?だが、システムはインターネットには繋がっていないはず。外部からのハックは不可能だ。」

 

 『その通りです。ですので、システムを書き換えるには、監理室にある本体に、専用の機器を繋いでコントロールする必要があります。』

 『しかし、本体に機器が接続されたという履歴は残っていません。このシステムはどれだけ証拠を消しても、それだけは必ず残るはずです。』

 

 「爆発前の5分間だけ、偶然警報を発さない様に故障した……?いや、そんなことはあり得ない。」

 

 気になったのは、エアが使ったグリッチという表現だが、これがハッキングであるという確証が無かったのだろう。

 火災報知器からハッキングするのも、システムと報知器の通信が単純すぎるため、ほぼ不可能だ。

 

 「カンナ、本体は調べたか?何か仕掛けられているかもしれん。」

 

 「とっくに調べているが、何も見つからなかった。これからシステムの製造会社にも問い合わせてみるが、余り期待は出来ないな。」

 

 「魔法でも使われたかのような不自然さだな……。」

 

 思い出すのは、花鳥風月部による百鬼夜行の襲撃。

 花鳥風月部とは何か、それを調べていた時と同じ、答えだけが用意されているかのような、不自然な感覚。

 あの時の嫌な予感は的中していたのだ。今回もそうだろう。

 

 「だが、この世界に魔法は無い。あるのは科学だけだ。科学には、必ず理屈が付いてくる。犯人に繋がる手掛かりが必ずあるはずだ。」

 

 「案外、キヴォトスには魔法があるんじゃないか?最近、似たようなものを使ってきた連中がいただろう。」

 

 「無名の司祭の事か?確かに、それを引き合いに出されるとな……。もし本当に魔法であれば、我々にはお手上げだ。そうでない事を、祈るばかりだ。」

 

 「そして、もし本当に魔法であれば、それを使える人間は限られている。探すべき場所さえ分かれば、追い詰める事が出来る。」

 

 そして、今俺の頭には、探すべき場所の名前が出ている。

 ゲマトリア、そして、黒服。

 キヴォトス事変の際に、大量のデータを提供したのが、黒服なのだ。

 少し“協力”してもらえれば、手掛かりを掴むことは出来るだろう。

 

 「それで慰めているつもりなのか?」

 

 「そうだ。シャーレが使うような言葉に変えた方が良いか?」

 

 「結構だ。気持ちは受け取ったからな。」

 

 軽く笑いながら、そう答えるカンナ。

 噂だと、カンナは元々生活安全局志望だったが、『顔が怖い』の1つで公安局に移されたらしい。

 もし本当であれば、不幸な事だ。

 事実、カンナの笑顔は、猟犬が笑っていると表現して差し支えないからだ。

 

 「……俺が探しても、これ以上何か出て来るとは思えないな。」

 

 「同感だ。捜査協力に感謝する。情報が手に入ったら、私達にも共有してくれ。」

 

 「了解。俺はアビドスに戻るぞ。」

 

 「レイヴン、待て!」

 「……ネフティスの動きを監視していたが、奴らに焦りが見える。大量の傭兵と兵器を動かしているようだ。お前に何を仕掛けてきても不思議じゃない。気を付けろ。」

 

 「……覚えておこう。」

 

 カンナに対し、それは一昨日に言ってほしかったとは思ったが、黙っておいた。

 階段を降りビルを出て、未だビルに入ろうとしている人混みを避けて、路地裏を通って遠回り。

 スタンドを立てていたはずなのに、何故か倒されているバイクを引っ張り起こし、エンジンをかけてアビドスに向けて走る。

 ノックスから得た情報をカンナに送り、本日最初の食事にありつくため、交差点でハンドルを右に切った。

 

 その後、定食屋でとんかつと山盛りのご飯を頬張っている時、先生から無事だとメッセージが届いた。

 次はビルのセキュリティを強化しておけと返せば、みんなの出入りの邪魔にならないようにね、との返答。

 また死ぬ前に強化しておけと送り付け、熱々のとんかつにかぶりついた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 日が暮れ始めた頃、アビドスの校舎に到着。

 校門の近くにバイクを止め、階段を上って対策委員会の部室に向かう。

 だが、頭のてっぺんに付いた猟犬の耳が、異常を捕らえた。

 部室の方から言い争っているような声が聞こえる。

 

 「……騒がしいな。」

 

 『敵性反応は無いようですが、何があったんでしょうか……?』

 

 銃声が聞こえない以上、戦闘では無いはず。

 念のためスキャンを実行し、アビドスの5人以外に誰も居ない事を確認する。

 予想通り誰も居ないが、ホシノのシルエットが普段と違う。

 髪を後ろでまとめ、防弾チョッキを着ているようだ。

 リボルバーを抜けるように半身に構えながら、部室のドアを開ける。

 

 「アビドス、何の騒ぎだ。」

 

 「――ッ!クロハちゃん!ホシノ先輩を止めてください!」

 

 ドアを開けた瞬間、尋常ではない様子のノノミに縋りつかれる。

 部室の中では、戦闘態勢に入っているホシノを、残りの3人が何とか留めようとしているようだが、ホシノには届いていない。

 ホシノの眼は、何かを捨てた者の眼だ。

 こういう眼をした奴を止めたいなら、殴り飛ばすしかないのだが、教室で乱闘になるのは避けたい。

 

 「ホシノ先輩!1人で行ってどうするのよ!絶対罠だってば!」

 

 「今行くのはダメ。せめて私達と一緒に行こう。」

 

 「ダメ。みんながやられたらどうするの?私はもう、誰も失いたくない。」

 

 「私達だってそうです!もうカイザーとの出来事を忘れたんですか!?今先輩1人が行ったって、何にもならないんです!」

 

 「分からないじゃん。上手く行けば、逆に奴らの弱みを握れるかも。だから、邪魔しないで。」

 

 「死にに行くつもりか、ホシノ?」

 

 俺のその一言でアビドスの言い争いはピタリと止まり、ホシノは俺にゆっくりと近づいてくる。

 普段の昼行燈な雰囲気はどこへやら、殺気とすら呼んでいい気迫を纏っている。

 問題は、それを纏う切っ掛けが先生の暗殺未遂という事だろうが。

 ホシノは頭1つ下から、俺の目を見上げた。

 

 「……ねえ、クロハなら分かるでしょ。相手の意表を突くことの重要性が。」

 

 「まず作戦を教えろ。何と1人で戦うつもりだ。」

 

 「……ノノミちゃんに、ネフティスの執事から連絡があった。クレジットカードを交換するから、夜遅くに1人で来いって。」

 「これが罠だって事は、私にも分かる。でも、ノノミちゃん1人で行くよりも、私の方が勝率は高い。だから、私が代わりに行く。」

 

 「お前、自分たちが何を相手にしているのか分かっているのか?」

 

 「分かってる。ネフティスと、それに雇われたハイランダーでしょ。もしカイザーが乱入して来たって、私なら勝てる。」

 

 「その場の戦いではそうだろうな。だが、狙われるのはお前だけじゃないと気づいているのか?」

 「奴らは大軍、対して俺達は両手で数えられる程度。お前1人消えるだけで、戦争としての勝率が大きく下がる事は分かっているのか?」

 

 「そうかもね。でも関係ない。アビドスの皆は私が守る。それが、私のやるべき事だから。」

 

 「だったら既に手遅れだ。アビドスの肩書を背負っている時点で、全員奴らの的だ。本当にアビドスを守りたいなら、銃を置いて、頭を冷やせ。」

 

 やはりと言うべきか、ホシノは先生を失いかけた事で焦っている。

 ホシノは俺から目を逸らそうとはせず、他の4人は俺達を不安げに見つめている。

 沈黙を破ったのは、僅かだが確かに気迫を強めたホシノだった。

 

 「……何が分かるの。」

 

 「何?」

 

 「クロハはさ、大切だった人に、たった1人残された事はあるの?」

 「大切な人を、自分のせいで死なせたことはあるの?」

 

 「……ウォルターの話は覚えているか?」

 

 「覚えてるよ。恩人だったんだよね。でも、それは君のせいじゃ無いんでしょ?私は違う。」

 「ユメ先輩は、私が殺したようなものだった……。私はもう、自分のせいで誰かを失うのは、ごめんだよ……!」

 「だから、そこをどいて、クロハ。」

 

 「断る。仲間を守りたいなら、ここに居ろ。シャーレが戻ってくるまでな。」

 

 「……ふざけないでよ。奴らがアビドスを襲う準備をしてるのかもしれないのに、このままじっとしてろっての!?」

 

 「そうだ。今お前が倒れれば、奴らは嬉々としてアビドスになだれ込むぞ。」

 

 「なら私が奴らを全滅させる!」

 

 「お前こそふざけるなよ。そんなに死にたいなら、俺がこの場で殺してやるぞ。」

 

 そう言いながらホシノを指差した瞬間、胸倉を掴まれホシノの顔に向けて引き寄せられる。

 正面にあるのは殺気に満ちながらも、全てを諦めている、ホシノの濁った瞳。

 この目をしたまま戦った者は、ほぼ例外なく引き際を見誤って死ぬ。

 やはり、この状態のホシノを行かせるわけにはいかない。

 

 「何が分かるんだ!!!奪ってばっかりのクロハに、自分のせいで先輩を失った、私の苦しみが!!!分かるのかッ!!!」

 「……もう行く。だからどいて。」

 

 ホシノが俺の胸倉から手を離し、横をすり抜けようとする前に、胸倉を掴み返す。

 そのまま小さく軽い体を持ち上げて、白い柱へと叩きつける。

 ホシノは叩きつけられた直後から、俺の腕を叩き足をばたつかせて抵抗。

 他の4人も、俺の腕を引っ張ったり肩を叩いたりして拘束を解こうとする。

 

 「クロハ!!ストップストップ!!」

 

 「クロハ!落ち着いて!!」

 

 「クロハちゃん!!」

 

 「ぐっ……!はな、せっ!!」

 

 「……俺が奪ってばかりだと?」

 

 「何!?違うの!?」

 

 どうもホシノは、何か勘違いしているようだ。大切なものを失ったのは、自分だけだと。

 ならば、思い知らせる他あるまい。

 人間は、他者に死より残酷な運命を与えることが出来ると。

 

 「確かに今はそうだ。だが、本当に俺が奪うだけの人間だと思うのか?何も失っていないと思うのか?」

 「俺は1度、記憶を、名前を、人間としての尊厳を全て奪われた。そうして俺は、敵と戦い殺す事以外求められない、出来損ないの制御装置に作り変えられた。」

 「そんな俺を人間扱いしたのが、ハンドラー・ウォルターだ。」

 「そんな俺を笑える奴だと言ってくれたのが、シンダー・カーラだ。」

 「そんな俺とカーラの関係を気にかけていたのが、チャティ・スティックだ。」

 「俺はそんな奴らを、自分の意志で裏切ったんだッ!!」

 

 「……え?」

 

 「俺は、彼らを裏切ったケジメとして、自分の手で殺すつもりだった。だがその機会を与えられたのはチャティだけだ!!」

 「俺は、自分の選択の果てに、ケジメを付ける機会すら失ったんだ……!これこそ自業自得だろうがッ!!!」

 「……お前がユメをどう失ったのかは知らないが、お前こそ分かるのか?」

 「1度全てを奪われ、何かを与えられ、それを自らの選択で捨てた、俺の苦しみが。」

 

 ホシノの抵抗はとっくに止まり、他の4人も俺からそっと離れていく。

 掴んでいた手を離せば、ホシノは何の抵抗も無く重力に引き寄せられ、地面に座り込んだ。

 ホシノの目から殺気は消え、代わりに後悔がいっぱいに詰まっている。

 何かを間違えたと、言わんばかりに。

 

 「……クロハ、ごめん……。わ、私、そんな、つもりじゃ……。」

 

 「……頭を冷やす。お前もそうしろ。」

 

 手を伸ばして俺を引き留めようとするホシノを置いて、部室を出ていく。

 階段を降り、昇降口を出て、ドアの横の壁に寄りかかる。

 1つ深呼吸をして、思っていた以上に暴れている心臓を落ち着かせる。

 俺にとってあの記憶は、余り思い出したくない過去、自らの過ちの1つ。

 その代わり、ショック療法の効果は覿面。ホシノを落ち着かせることには成功した。

 

 『……レイヴン。過去を話して良かったんですか?』

 

 「そうでもしなきゃ、奴は止まらなかっただろう。少なくとも、あれでホシノの頭は冷えたはずだ。」

 

 『そうだと良いのですが……。』

 

 問題があるとすれば、言外に俺が強化人間だったと話してしまった事。

 彼女たちの事だから、口外するなと言えば確実に誰にも話さないだろう。

 聞かれたら、俺の過去を素直に話してしまって良さそうだ。

 

 「クロハさん!」

 「クロハ!」

 

 「セリカ、アヤネ。」

 

 焦った表情で俺を追いかけてきたセリカとアヤネ。

 ノノミとシロコは、今ホシノのケアをしているのだろう。

 2人は俺を落ち着かせるために来たのだろうが、あいにく、俺の頭はもう冷えている。

 

 「ホシノ先輩、焦ってただけだから!頭に血が上って、思っても無い事言っちゃっただけよ!本気で怒ってた訳じゃ無いのよ!」

 

 「私達も、前の生徒会長の事は聞いてたんです。それがあったせいで、誰かを失うのがトラウマになっちゃってるみたいで……。」

 「カイザーの時も、今回だって、私達を守ろうとしただけなんです!」

 

 「分かっている。それが分からない俺じゃない。止めるために、わざとキツく言っただけだ。」

 「……俺も頭に血が上っていたのも、本当だがな。」

 

 「良かったです……。このまま仲違いしちゃったら、先輩はもっと辛い思いをしてたので。」

 

 ほっとした表情で、自然と俺の両隣を挟むように陣取る2人。

 少し沈黙が続いてから、普段の怒りやすくて騙されやすいセリカとは違う、何かを憂う表情を俺に向けてくるセリカ。

 アヤネも同じ表情で、俺の様子をうかがっている。

 

 「……それでさ。さっきの話、記憶とか、名前を奪われたって、本当なの?」

 

 「シロコ先輩も、記憶喪失の状態で、校舎で見つかったんです。でも、クロハさんは……。」

 

 「……第4世代強化人間、識別番号C4-621。それが俺の、以前の名前だった。ウォルターからは621と呼ばれていた。」

 「ナイトフォールを覚えてるか?俺はあれを10mまで大型化した、ACという兵器のパイロットだったんだ。」

 

 「強化人間……。でも、パイロットだったんでしょ?何で名前まで無くさなきゃいけないのよ。」

 

 「旧世代型は人格や記憶の破綻が激しくてな。人間として扱う必要が無かったんだ。」

 

 「何よ、それ……!?」

 

 手を握りしめ、怒りを剥き出しにするセリカ。

 旧世代型の扱いについて、ルビコンではまず見なかったリアクションだが、ウォルターやミシガンも同じ感情を感じていたのかもしれない。

 だからこそ、ウォルターは俺を1人の人間として扱い、ミシガンはイグアスを兵士として叩き直した。

 

 「……クロハさん。もしかして、渡鳥クロハって名前も、思い出したわけじゃなくて……。」

 

 「新しい名前だ。この名前になった時点で、俺は621の名を捨てている。」

 

 「あんた、想像以上に、とんでもない人生を生きてるのね……。」

 

 「俺の過去は話すなよ。あまり広まると面倒だ。」

 

 「……それじゃあ、私達だけの秘密ですね。」

 

 「言っちゃなんだけど、全然ロマンチックじゃないのが残念よね……。」

 

 「ロマンが無くて悪かったな。」

 

 「うっ……!ご、ごめんってば!」

 

 これで、アヤネとセリカは俺の過去を知る数少ない人物となった。

 セリカの言う通り、ロマンもへったくれも無い秘密ではあるのだが。

 ホシノを止めるためにルビコンの思い出し、それに引っ張られるように、ある言葉が頭に浮かんできた。

 

 「……AC乗りの間で、よく言われていたことがあってな。」

 「“ただの人間は、乗る時に差し出し、強化人間は、降りる時に差し出す。”」

 

 「何かの、伝承ですか?」

 

 「AC乗りが、戦場から無事に帰りたければ、何かを差し出す必要がある。」

 「ただの人間であれば、自分を兵器に変えるために、乗る時に差し出す。」

 「だが強化人間は、兵器から人間に戻るために、降りる時に差し出す。」

 「そして、差し出せるものが無くなった時、そいつは死ぬ。」

 「……俺はもう、何を奪い、何を差し出して来たかなんて、覚えていない。」

 「覚えているのは、あの戦争に、勝利者などいなかった事だ。」

 

 ウォルターに拾われた時、俺はその言葉の意味が分からなかった。

 ただ、戦うためだけの兵器だったから。だが、今なら分かる。

 2人には誤魔化したが、人がACに差し出すのは、人間性だ。

 生き残るために、自身が人間である事を少しずつ削り落とし、ACへと差し出す。

 ある意味では、俺はコーラルリリースの時に、ACに捧げてきた人間性を奪い返している。

 そしてまた、戦うたびに削り落とす。

 戦争は、人を変える。人を人でないものへと、変えてしまう。

 誰もが、自分だけは生き残るために、何かを捧げるのだから。

 

 「……何をしてる?」

 

 ふと横を見れば、2人が両手を合わせて、目を閉じうつむいている。

 随分前に、先生がラーメンを食べる直前にやっていた儀式だった。

 視線に気づいたのか、セリカが姿勢を解いてこちらを向いてくる。

 

 「あんたが居た“外”じゃ、人が沢山死んじゃったんでしょ?キヴォトスでは、こうやって亡くなった人に祈るの。どうか安らかにって。」

 

 「私達は関係ないですけど、祈るだけなら、ばちは当たらないですよね。クロハさんが居た“外”には、どんな祈り方があったんですか?」

 

 「……さあな。それぞれの祈り方があったんだろうが……。俺達には、祈る暇すら無かったからな……。」

 「俺に出来るのは、俺が殺してきた奴らが、確かに生きていたことを、覚えておくことだけだ。」

 

 「……きっと、それで十分だと思います。」

 

 そうか、それは祈りの儀式だったのか。

 きっと、ウォルターならドッグタグを優しく握り、ミシガンは敬礼で送り出し、カーラとチャティは盛大な花火を打ち上げるのだろう。

 俺には、目を閉じて、祈る事しか出来ない。

 死した者達よ。俺を恨み、呪いたまえ。汝らには、その権利がある。

 

 「……そろそろ戻ろ!さすがのホシノ先輩も落ち着いたでしょ!」

 

 部室に戻ろうとするセリカを追いかけ、俺とアヤネも階段を上っていく。

 部室のドアを開けると、ホシノが泣きじゃくっていたので、装備と銃を引っぺがしてから落ち着かせる。

 そして、ホシノの脱走防止という名目で、今日はアビドスの全員が、俺が使っている空き教室に泊まる事になった。

 古いマットレスを引っ張り出して並べ、俺を除いた全員で横になる。

 当然ホシノは嫌がったが、シロコとノノミに抱き枕にされた事と、俺が脱走したら拳骨を落とすと脅したことで、完全に大人しくなった。

 そうして、アビドスの5人は薄い毛布をかぶって眠り、俺は念のため見張りをすることにした。

 特に何も起こることは無く、風に乗った砂が窓を撫でながら、夜は静かに更けていった。

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「私、わた、先輩、みたいに……!私、また……!」

 

 「先輩、大丈夫。レイヴンが本気で怒ってたら、多分、殴られてたと思うから。」

 

 「シロコちゃんの言う通りです。きっと、本気で怒ってた訳じゃ無いですよ。」

 「クロハちゃんは、すぐに戻ってきます。大丈夫ですよ。」

 

 「違う……。違う……!」

 「私、私、だけが、苦しんでるって、勘違いして……!」

 「クロハは、ずっと、ずっと、酷い人生を、送って……!そんな子、なのに、手を貸してくれたのに、私は……!」

 「……分からない……。」

 「私に、クロハの痛みは、分からない……!」

 

 「……私達にも、分かりません。先輩の苦しみも、クロハちゃんの痛みも。でも……。」

 「先輩が、自分の過去に苦しんでいたことは、分かります。誰も失いたくないっていう気持ちも。」

 「私がその苦しみを引き受ける事は、出来ません。でも、苦しみを一緒に持って、軽くすることは出来ます。」

 「苦しみを1人で背負わないでください。先輩が苦しんでいるのを見るのは、苦しいし、痛いし、悲しいです。」

 「先輩が居なくなるのは、すごく、嫌なんです。」

 

 「……多分、クロハはもう、過去を振り切ってる。私には分かる。私もそうだから。」

 「アビドスに来る前の私は、名前しか覚えてなかった。あの時ホシノ先輩が拾ってくれなかったら、多分、生き残れなかった。」

 「自分の過去が気になった事もある。私の生みの親は、どんな人なんだろうって。でも、もういい。」

 「今の私には、先輩が居る。ノノミも、アヤネも、セリカも、先生も、クロハも居る。みんな、私の大事な、友達。」

 「お願い、先輩。私達を、頼って。1人で、抱え込もうと、しないで。」

 

 「……ごめん……。ごめ、ごめんなさい……!私、私は、誰も死んで、死んでほしく、なくて……!」

 「1人ぼっちは、嫌だった、のに……!私は、みんなを……!ぁぁぁああぁ……!」

 

 「大丈夫、大丈夫です。誰も居なくなったりしません。ここに居ますよ。」

 

 「先生も、すぐに戻ってくる。クロハだって、ここに居る。大丈夫。みんな、ここに居る。」




これで、クロハの前の名前を知るものが6人に増えました。
こうしてクロハに親しい友人が増えていくことは、投稿者としても喜ばしいですね。
クロハが普通の人生を歩む日も、そう遠くないのかもしれませんね。
その日は10年後とかになりそうですけど。(無慈悲)

次回
反撃の狼煙
事の正当性はアビドスにあり

次回も気長にお待ちくださいませ……。
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