BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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続きました。百花繚乱編でございます。
元が短いので、そこまで長くならないと思います。
意外とレイヴンが入り込めそうだったのでねじ込みました。
先生と生徒の関係性への影響?聞くなよ……。


百花繚乱編
41.常しえの花、散りゆきて


 ぬるま湯の中に体を鎮め、熱が伝わる感覚に身を任せる。

 じわりじわりと体の芯まで、心の臓まで温まる独特の感覚。

 自然と深呼吸を1つ。吐く息すら暖かく感じる。

 

 「ふぅ~……。」

 

 『綺麗な景色ですね、レイヴン。』

 

 「そうだな、来た甲斐があった。」

 

 旅館の部屋に備え付けられた、木製の湯船の中で、桃色の花弁が散る姿を眺める。

 すぐ目の下に広がる町には、光がさんさんと輝き、少し耳をすませば、屋台の客引きの声に金づちの音。

 お祭り直前の百鬼夜行では、日が暮れた今も活気づいたまま。

 

 『ここは湯治でも有名です。少しここに留まってもいいでしょう。』

 

 「そう思うか?俺はそろそろ休暇にも飽きてきた。」

 

 あの戦い、空が赤く染まった日から、大体1ヶ月。

 俺は傭兵稼業を一旦たたみ、休暇と称して色々な自治区を巡っていた。

 今は、百鬼夜行でも有名な旅館の部屋を取り、こうして風呂に浸かっている。

 曰く、上等な温泉をそのまま使っていて、様々な効能が望めるとの事。

 顔に垂れる汗を手で拭い、湯船の縁に肘を掛ける。

 

 『そう言っても、体が治るまで戦えませんよ?いくら治りが早いといっても、無理をしては……。』

 

 「はいはい分かってる。心配性め……。」

 

 あの戦い、特にアトラ・ハシースを落とした後、俺の体は動く死体と呼べるほどの状態だった。

 だが何が起きたのか、体はみるみるうちに治っていき、僅か3日で日常生活が送れるほどまで回復。

 リハビリや投薬の必要もなく、1週間で退院。俺のカルテを見たミサトは、怪我人の治療に駆けずり回っていた疲れもあってか、10秒ほどで考える事を止めた。

 ただ、今も完全に回復したわけでは無く、エアの心配も相まって、復帰するタイミングを決めあぐねている。

 

 『心配するのは当たり前ですよ。1歩間違えれば、あなたはあの空の上で死んでいたんです。』

 『私だって覚悟はしていましたが、パートナーを失わないに越したことはありません。』

 

 「……そうだな、悪かった。」

 

 『分かればいいんです、レイヴン。』

 

 「……しかし、あの戦いの後だとは思えんな。復興が早すぎる。」

 

 一部では“キヴォトス事変”と名付けられているあの戦い、死者が出なかったとはいえ、物理的には相当な被害を被っているはず。

 しかし、この百鬼夜行では一部で復旧工事が進められている程度で、被害を受けたとは思えない綺麗な街並みへと戻っている。

 当然、人々の営みも含めて。あの戦いなんて無かったかのように、せっせと祭りの準備が進められている。

 

 『確かにそうですね。普段から壊されているから、直す技術も発達しているのでしょうか?』

 

 「だろうな。ゲヘナは建物の再建が特に早かったそうだからな。あと、レッドウィンターもか。あそこは良い業者がいたらしい。」

 

 休暇中にゲヘナにも立ち寄ったが、激戦区であった場所はともかく、そこから1歩下がった場所はほぼ復旧が完了していた。

 不良が暴れ、風紀委員会がそれを鎮圧し、流れ弾や爆風で周囲の建物は壊される。

 やはり、ゲヘナならではの復旧ノウハウがあるのだろう。

 噂ではあるが、レッドウィンターはクーデターとそれに伴う闘争が日常だと聞いている。故に建物はすぐに壊れ、すぐに直される。

 これも噂だが、復旧工事を担当した業者が、クーデターの常習犯だとか。

 聞こえてくる話だけでこれだ。あそこはゲヘナ以上に何かおかしい。

 

 『その2校は本当に早かったですね。やはり、普段から慣れているからこそなのでしょうね。』

 

 「建物が壊れる事に慣れるのも、どうかと思うがな……。」

 

 世間話もそこそこに、シャワーで汗をさっと流して風呂から出る。

 タオルで全身を拭いたら、普段着ているコンバットシャツとズボンに着替える。

 ご自由にと備え付けられていた浴衣は使わない。あの手の服は思うように動けない。

 部屋に戻って座布団に座り、ニュースフィードを眺めながら程よく火照った体を冷ます。

 しばらくくつろいでいると、部屋の入り口からコンコンと音がする。

 声を上げて入るように伝えると、お盆を抱えた女中が部屋に上がってきた。

 

 「クロハ様、お食事をお持ちしました。」

 

 「これは……。随分豪華だな。」

 

 お盆の上には、小鉢に入った色とりどりの料理たちが、所せましと並んでいる。

 煮物に卵、鉄鍋に敷かれた肉や野菜、香ばしく焼き上げられた魚。

 料理に明るくない俺でも、これは豪華だと分かる一膳。

 贅を尽くすとはこの事か。

 

 「ええ。百鬼夜行の食材と当旅館の板前の技術、その全てを尽くしたお料理です。たんと召し上がってください。」

 「あぁ、よろしければ、こちらもどうぞ。お食事によく合いますよ。では、ごゆっくり。」

 

 料理を並べ終わると、女中は頭を下げ、部屋の扉をそっと閉めて出ていった。

 その直前に差し出されたのは、陶器で出来た小さな花瓶と、何かを乗せるには小さすぎる深皿。

 花瓶の方を軽く振れば、中には液体が入っているのが分かる。

 

 「これは……?」

 

 『レイヴン、それ、アルコールです……。』

 

 「つまり、酒か。キヴォトスだとまず手に入らないと聞いていたが……。」

 

 『この部屋の代金を支払えるだけの財力を、生徒個人が持ち合わせることはそうありません。』

 『今のあなたは、見た目が成年のそれに近いので、それで勘違いされたのでしょうね。』

 

 「……試してみるか。」

 

 本来は、この徳利から小さいおちょこに移し替えてから飲むようだが、この広い部屋には俺しかいない。

 徳利を持ち上げ、そのまま口に運ぶ。アルコール特有のツンとする香りが鼻に触れる。

 一口含んで飲み込むと、すぐに喉が熱くなる。反射的に徳利を机に置いた。

 飲み込み切っていたので吐き出すことはしなかった。

 

 「――ッ!!喉が、焼けるッ……!これの何が良いんだ……!」

 

 『酒とは、味や香りももちろんですが、アルコールによる酩酊を楽しむもののようです。』

 『ただ、それはアルコールの割合が10%を超えていますので、最初に飲む酒としては適さないそうです。』

 

 「それを先に言え!全く……!」

 

 徳利を机の奥に押しやって、料理に手を付けるために箸を持った。

 とんだサプライズを受けてしまったが、料理は上等。程よく甘い卵焼きや、だしが良く染みたレンコンはとても美味しい。

 頼んでおいた山盛りの米が、みるみるうちに消えていく。

 普通であれば少し多いくらいの料理たちを平らげ、女中に片づけをお願いする。

 一緒に寝床の準備もしてもらい、チップを渡そうとしたが断られ、眠気が来るまで窓際でまんじゅうをかじる事にした。

 百鬼夜行、独自の文化が息づいている場所と聞いていた。特に、何かと祭りが開かれるとか、他の学園とは異なる建設意匠などが有名だ。

 確かに、悪くない雰囲気だ。根を下ろすことは出来ないが、こうして休暇に訪れるなら、良い場所だろう。

 少なくとも、ホテルの窓から手榴弾が投げ込まれるようなことは無い。

 提灯の光で照らされる桜に、街角をそっと見つめる満月。

 それを眺めているうちに、ゆっくりと夜は更けていく。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 一夜明けて昼、チェックアウトを済ませて食べ歩きながら帰ろうとしていた時、真正面から銃声が聞こえる。

 それは1つ鳴れば、2つ3つと続く。野次馬と思われる連中は端に避けるか、建物に入っている。

 

 「何の騒ぎだ?」

 

 『決闘でしょうか?先生も居ますが……。』

 

 通りの中央では、2人の生徒が撃ち合っている。不良生徒の殴り合いにしては様子がおかしい。何故かどちらもボルトアクションの銃を使っている。

 そこから少し目線を動かすと、見覚えのあるスーツ姿。先生の傍にも3人いるが、誰も争いを止めようとはしない。

 普段であれば先生は止めるはずだが、今はただ2人を見守っている。

 建物の壁に寄りかかり、2人の戦いを眺めてみる。今のところ赤髪の生徒が優勢か。

 ハッキリ言えば、もう1人の紫髪の方、全く歯が立っていない。技量はその辺りにいる不良の方がマシなくらいだ。

 赤髪の方は、少しは出来る。立ち回りは悪くない。どうもわざと急所を避けているようだが。

 結末が見え透いている勝負のはずだが、何故2人は撃ち合っているのだろうか。

 片方は狙いがブレブレ、狙った所に飛んでいるか怪しいほど。もう片方も半端に狙いを外すせいで、時間だけが無駄に過ぎていく。

 いよいよあくびが出そうになった時、紫髪の生徒が弾切れ。弾を込め直す隙を狙われ、胸に直撃した1発。

 衝撃で倒れこんだ相手に対して、赤髪の生徒は追撃するそぶりすら見せず、紫髪の生徒も倒れこんだまま起き上がろうとしない。

 ままごとの様な銃撃戦に決着がついたようだ。

 

 「……終わったようだな。話を聞いてみるか。」

 

 野次馬がぞろぞろと離れだし、先生は紫髪の生徒に寄り添っている。

 赤髪の生徒と話をしているようだが、決闘に勝った奴の表情ではない。

 憐れむような悲しむような、いまいち真意が読めない表情。

 紫髪の生徒が先生に支えられながら起き上がり、赤髪の生徒が立ち去ろうとした時、先生に声を掛ける。

 

 「奇遇だな、シャーレ。」

 

 ”レイヴン?どうしてここに?”

 

 「休暇だ。帰ろうとしたところで、お前達の決闘が目についてな。」

 

 「あ~、悪い……。これは私達の問題だから、気にしないでくれ。」

 

 「だろうな。で、何があった?」

 

 ”えっと、結構複雑な話なんだよね……。”

 

 気まずそうな表情で頭を掻く赤毛の生徒。

 同じく、気まずそうな表情でどう説明するか迷っている先生。

 さっきまで先生の隣にいた3人に目を向けるが、これまた全員気まずそうな顔だ。

 ただ、紫髪の生徒の表情だけは違っていた。

 

 「れいぶん……。黒い凶鳥、その人……!」

 「あなたが、れいぶんなのですね!鬼神がごとき実力という、孤高の傭兵!」

 

 「あっ、ああ。そう、だが……。」

 

 「おい、よせってユカリ……!」

 

 キラキラとした目をこちらに向けながら近づいてくる、ユカリと呼ばれた少女。

 経験のない接し方に少し気が動転する。

 そのまま手でも握ってくるんじゃないかという勢いだ。

 

 「身共、ユカリと申します!突然で不躾なのは承知ですが、あなたに1つお願いをしたいのです!」

 

 「なんだ?」

 

 「身共に、稽古をつけてくださいまし!」

 

 「……は?」

 

 「あなたは依頼を選ばないと耳にしております!お代は必ずお支払いしますので、どうか身共に、力をお貸しください!」

 

 「おいよせって!わっ、悪い!こいつ負けず嫌いでな!ハハハ、ハ……!」

 

 赤髪の生徒に肩を掴まれ、俺から引き離されるユカリ。

 ユカリから出された依頼は、代理人として戦えではなく、自分に訓練をつけろというもの。

 当然、俺はそんな依頼を受けたことは無い。出来るのは精々、経験を積ませるくらいだ。

 ただ、相手がこの調子だと、普通に断っても食い下がられるだろう。

 面倒だ。ここは一芝居打つとしよう。

 

 「……1つ条件がある、こっちに来い。」

 

 「――ッ!はい!何でしょう!」

 

 一切警戒することなく、俺の手招きに寄せられるユカリ。

 十分距離が近づいた所で、わざとゆっくり足を上げ、大きく弧を描くようにつま先を振る。

 鉄板仕込みのブーツが、ユカリの頭に当たる寸前で足を止める。

 足に纏われた風がユカリの極端に長い髪を撫で、ブーツの紐の先端がユカリの肩に触れた。

 そこでようやく、ユカリは自分が蹴られかけたという事実を理解したらしい。

 

 「――え?」

 

 「――ッ!お前ッ!」

 

 「もういい。依頼は受けない。その状態じゃ、いくら稽古をしたところで付け焼刃だ。」

 

 「……そん、な……。」

 

 足を下ろし、ただ静かに断る。

 赤毛が俺に銃を向けていたが、意図を察して銃口を下ろす。

 これからお前を蹴ると伝えるように動いたはずだが、それに反応する様子は一切なかった。

 屈んでかわそうとも、距離を取ろうとも、銃を向けようともしなかった。

 見立て通り、未熟が過ぎる。

 

 「……経験を積め。今のお前に出来るのはそれだけだ。」

 

 「……巻き込んで悪かったな。ユカリ、もう終わったことで、人に迷惑をかけるなよ。」

 

 「まだっ……!まだ、終わっては――」

 

 「終わったんだよ!私達は!」

 「……お前も、過去にしがみついてないで、青春を楽しめ。それじゃ……。」

 

 そう言って去っていく赤髪の生徒を、他の3人が追いかけていく。

 ユカリはうつむいたままで、その光景を見る事は無かった。

 この2人、何かあったことは分かるのだが、内容はサッパリだ。

 一先ず、今回も事情を知っているであろう先生に聞いてみる。

 

 「……で?結局何の話だ?あの2人の痴話喧嘩か?」

 

 『勘解由小路ユカリ、百花繚乱紛争調停委員会所属。先ほどの赤毛の生徒が、不破レンゲ。同じく百花繚乱。』

 『百花繚乱には、つい最近“桐生キキョウ”の名前で解散令が出されています。この桐生キキョウも百花繚乱所属です。』

 

 ”うんそうだよ。そうだけど、サラッと生徒名簿をハッキングするのは、私良くないと思うな、エア!”

 

 「身共は……。身共は、ただ……!」

 

 百花繚乱、この百鬼夜行の治安組織だったはずだが、それを身内が解散させるなど普通の判断ではない。

 どうやら今回も、先生は面倒事に巻き込まれたらしい。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 水で満たされた堀沿いを、先生とユカリ、そして俺の3人が並んで歩く。

 辺りに人気は無く、そよ風が並木の枝葉を揺らす。

 

 「なるほどな、百花繚乱の解散を防ぎたいと。」

 

 「はい。この願いが、身共のわがままである事は承知ですが、それでも失いたくないのです……。」

 

 「そのキキョウという奴も、何を考えている。治安組織が解散されれば、調子づく連中が増えるぞ。」

 

 「本当に、キキョウ先輩は何故解散令を……。」

 

 ユカリからの話によると、委員長の失踪をきっかけに部員たちが相次いで離脱。

 副委員長すら離脱して、作戦参謀である桐生キキョウから解散令が出され、その決定に異を唱える者はおらず、結果としてユカリだけが百花繚乱を繋ぎとめようとしている。

 似たような話がキヴォトスの行政機関に起きていた気がするが、あえて無視した。

 

 ”明日、ユカリと一緒に、キキョウに聞いてみよう。ユカリになら、きっと話してくれるはず。”

 

 「先生、もしかして、身共にお付き合いいただけるのですか?」

 

 ”ユカリが迷惑じゃ無ければ、だけどね。”

 

 「いえ!そのような事はありません!むしろ、これで百人力です!」

 

 そして、やはり今回も先生は厄介ごとに自分から首を突っ込んでいく。

 ユカリも味方を得たことで、笑顔を取り戻した。対して俺は、隣から漂ってくる嫌な予感に顔をしかめている。

 

 ”レイヴン、もしよければ、私とユカリに付き合ってくれないかな。もちろん、報酬はシャーレから出すよ。”

 

 「……良いだろう。休暇に飽きていた所だ。」

 

 だが、たまには撃ち合う以外の仕事も悪くない。報酬が出るのならなおさらだ。

 俺の答えを聞いたユカリが、またうっとおしいくらいの笑顔を咲かせる。

 

 「まあ!れいぶんさんも手を貸してくださるのですね!それなら、二百人力ですね!」

 「では明日、キキョウ先輩にお話を――」

 

 「お嬢様、こちらにいらしたのですね。」

 

 「……お前は?」

 

 正面から近づいてくる、和服を纏ったスズメ型のキヴォトス人。

 俺と先生がお嬢様などと呼ばれる事はまずない。つまり、消去法でユカリの関係者。

 その予想が当たったようで、彼女は警戒をにじませながらも、静かに身分を明かす。

 

 「私、勘解由小路家の使用人を務めている者です。こちらの、ユカリお嬢様のお迎えに上がりました。」

 「それで、お二人はどちら様でしょうか?」

 

 ”連邦捜査部シャーレ、顧問の先生です。”

 

 「その護衛の傭兵だ。」

 

 (レイヴン、狙われています。識別は不明です。)

 

 レーダーを確認すると、街中に部隊が2つ、やぐらに1人。

 やぐらの方は狙撃手か。このタイミングで現れ、俺達を狙うという事は、こいつらも勘解由小路家の使いという事。

 姿勢を変えることなく、いつでも銃を抜けるように身を固める。

 

 「シャーレの先生、あの有名な……?」

 

 「ええ、そうですの!ですから、誤解なきように!この方たちは身共のわがままに付き合ってくださっているのです!」

 

 「……2個小隊に、狙撃手が1人。随分と丁重な出迎えだな。」

 

 「……何をおっしゃいますか。ただの出迎えに護衛を動かすなどいたしません。」

 

 「そうか。ならあそこのやぐらで俺に銃を向けている奴が居るのは、どういう事だ?」

 「奴らに伝えろ。お前達が1発でも撃てば、この場にいる全員の安全は保障しない、とな。」

 

 通信をオープン回線につなぎ、やぐらの方へ顔を向けながら、護衛達に聞こえるようにそう言い放つ。

 その瞬間、使用人の顔が、僅かだがひきつったのが見えた。

 

 「確かに、やぐらで何か光っております!あの距離にいる狙撃手を見抜くなんて……!」

 

 「……お互いに荒事は無しにしよう。俺達としても、今撃ち合うのは本意じゃない。」

 

 ”ユカリ、今日は帰ろう。また明日、一緒にキキョウの所に行こう。”

 

 「はい!それでは、また明日お会いしましょう!」

 

 使用人の傍へ行き、そう言い切ってから礼をするユカリ。

 もう一度レーダーを見ると、狙撃手の方は下がったようだ。

 ただ移動しようとしているだけかもしれないが、今は退いただけで十分。

 

 「……お嬢様がお世話になりました。失礼いたします。」

 「それと、お嬢様は今、勘解由小路家の務めで忙しい身です。どうか明日は遅くならないよう、ご協力をお願い申し上げます。」

 

 「その務めというのは、ここまで手を回す必要がある事なのか?」

 

 「……ええ、もちろんですとも。どうか、くれぐれもよろしくお願いいたします。それでは。」

 

 使用人はそう言うと、一礼の後にユカリと共に去っていった。

 同時に、街中にいた小隊も退いていく。

 帰りの道中、2人は何か話していたが、強くなった風がそれを遮った。

 

 「……食えない女だ。考えが読めん。」

 

 ”ユカリの事が大事なだけだと思うよ。それが、使用人としての務めでもあるだろうしね。”

 

 『勘解由小路家、調べてみましたが、歴史の長い家のようですね。長いと言っても、200年程度ですが。』

 『務めについても調べていますが、情報が少なく、推測も難しいです。今日は、これ以上出来る事はなさそうですね。』

 

 ”勘解由小路家の務め、か……。明日、ユカリに会う前に、陰陽部に行ってみよう。ニヤなら何か知ってるかも。”

 

 「だと良いがな。で?お前はシャーレに戻るのか?」

 

 ”うん。今回の件、長くなりそうなら、郊外のホテルに泊まろうかなって思ってたんだけど、お祭り前でどこもいっぱいなんだ……。”

 

 シャーレの言う通り、俺が泊まっていた旅館も、俺が泊まっていた部屋以外空きがない状況だった。

 人が増える前に退散しようと考えていたが、当てが外れたらしい。

 しかし、ここからシャーレまで相当な距離がある。移動するだけでも時間が掛かるはずだ。

 

 「……なら、俺と同じ旅館に泊まるといい。チェックアウトしたばかりだが、まだ泊まれるはずだ。」

 

 ”ええっ?それはレイヴンに悪いよ。私なら大丈夫だから。”

 

 『事が終わるまで、百鬼夜行に留まった方がいいと思います。私達の経験上、あなたが絡んだ事件が、静かに終わったことがありませんから。』

 

 ”ううっ、否定できない……!”

 

 酸っぱい顔をした先生を尻目に、出てきたばかりの旅館に電話を掛ける。

 端末を介することなく繋がった電話から、女将の声が聞こえてくる。

 その後ろでは、電話のベルがひっきりなしに鳴っていた。

 

 「女将か?今日チェックアウトしたクロハだが、同じ部屋で連泊を頼みたい。急用が入ってな。」

 

 『それはそれは、災難でしたねぇ。まだお部屋は空いておりますので、すぐにご用意させていただきます。』

 

 「感謝する。それと、もう1人連れて行く。食事と寝具の用意を頼む。」

 

 『かしこまりました。お待ちしておりますね、クロハ様!』

 

 首元のデバイスから会話をそのまま流していたため、先生にも同じ話が聞こえていた。

 その内容が気に食わなかったのか、どんな感情を読み取ればいいのか分からない顔をしていた。

 

 ”……もしかして、私とレイヴンの相部屋?”

 

 「そうだ。何か問題でも?」

 

 ”問題しかないんじゃないかなぁ……!”

 

 「要人とその護衛が同じ部屋に泊まる事は珍しくないだろう。何をそこまで慌てる。」

 

 『先生、レイヴンに手を出したところで、返り討ちに合うだけですよ。安心して泊ってください。』

 『本当に手を出したら容赦はしませんが。』

 

 初めて聞いた、エアのドスが利いた声。絶対に守るという意思を、声と交信両方から嫌でも感じ取る。

 ただ、エアの忠告のおかげで、先生は感情を飲み下せたようだ。

 深呼吸をしてから、いつもの優しい表情で頷く。

 

 ”……分かった。一緒に泊るよ。でも、嫌になったらすぐ言ってね。”

 

 「覚えておこう。こっちだ。」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 旅館までの道のりを歩いていた時、正面に見えてくる人だかり。

 黄色の和装で統一された連中が、提灯で照らされた通りの中央を塞いでいる。

 群衆は脇に避けてはいるが、状況を心配する者と煽り立てる者が半々。

 

 「……また何の騒ぎだ?今日2回目だぞ。」

 

 『……中央に1人、囲まれています。助けた方が良さそうです。』

 

 ”それはマズい、行かないと!”

 

 「待て、俺がやる。」

 

 駆け出そうとした先生を左手で制し、集団にただ歩み寄っていく。

 レーダーを確認すると、確かに円を描くように包囲された1人がいる。そこから動こうという様子もない。

 その1人を取り囲む全員が銃を構えており、一触即発の状態。

 

 「最後に何か言い残すことはねぇのか?大人しく謝るなら、少しは手加減してやっても――」

 

 「何?今いい所――」

 

 取り囲んでいた1人の肩を叩き、振り向いた瞬間に右手で顔面を掴む。

 渾身の力で握りしめれば、つけていたお面にヒビが入り、痛みにうめいて暴れ出す。

 

 「――ッ!?何だおま――」

 

 寄ってきた1人を空いた左手で喉を鷲掴み。

 右手に握った1人を人形が如く右へ振り、左腕を高く持ち上げて抵抗を封じる。

 浮いた手足がじたばたと暴れるが、地に足が付いていないのでは意味が無い。

 

 「ひいぃッ!!ひっ、人を片手で!?」

 

 囲んでいた円が俺を中心に崩れ、囲まれていた1人の姿があらわになった。

 極端に白い肌に、色素の薄い瞳。青い法被が無ければ全身白ずくめの生徒。その左手には、何故か焼き鳥が握られている。

 左腕を大きく振りかぶり、既に動くことを止めた1人を投げ飛ばす。

 白ずくめの生徒のすぐ右を通り抜け、人間砲弾は奥の包囲網へと着弾した。

 右手に握った1人は肩まで引き付け、真横に飛ばして漆喰の壁へと押し付ける。

 銃を向ける者こそいるが、全員腰が引けている。腰が抜けた奴も何人かいる。

 背中から久しく使っていなかったLMGとショットガンをゆっくりと取り出し、わざとドスを利かせて呟く。

 

 「遊ぶか?」

 

 「……おっ、お助けぇ~~!!!」

 

 「修羅だぁ!!修羅が出たぁ~!!!」

 

 武器を捨ててどたどたと逃げ出す、黄色のチンピラたち。

 ちゃっかり、俺が放り投げた仲間を回収しているところは評価できる。

 武器を背中にしまい、あっけに取られて動かずにいた群衆に声を上げる。

 

 「見世物は終わりだ!全員解散しろ!」

 

 ”君、大丈夫?ケガはない?”

 

 「え、ええ。助かった、けど……。」

 

 「あの数の相手を、ボルトアクションで片づけるつもりだったのか?だとしたら蛮勇だ。」

 

 町のざわめきが戻った所で、先生が白ずくめの生徒に駆け寄った。

 その生徒が背中にかけていたのは、飾り気のない、藍色の猟銃。

 狩りをするなら丁度いいが、戦うための武器ではない。

 目を丸くしていた彼女だったが、俺の問いで正気に戻ったらしく、ため息を1つ付いてから口を開いた。

 

 「……大丈夫、慣れてるから。ありがとう、助かった。」

 「この辺り、ああいう奴らが多いから気を付けて。それじゃ。」

 

 「待て。お前に聞きたいことがある。」

 

 「何?あまり助けになれないと思うけど……。」

 

 立ち去ろうとしていた彼女を、右肩を掴んで引き留める。

 極端に白い肌に、色素の薄い瞳、地面スレスレの長い白髪。青い法被に、藍色の猟銃。

 あらかじめ確認していた百花繚乱の名簿の写真と、今目の前にいる生徒の特長が合致していた。

 

 「百花繚乱の解散令について、何か知らないか。百花繚乱副委員長、御稜ナグサ。」

 

 「――ッ!?」

 

 ナグサが身をよじろうとした瞬間に、鎖骨に親指を沈めて動きを封じる。

 怯え一色に染まった真っ白な瞳を、真正面からじっと見据えた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「……あなた達は、どうして百鬼夜行に?どうして、解散令の事を?」

 

 ナグサの両隣を塞ぐように、俺と先生が並んで歩く。

 提灯に照らされる大通りは、ナグサの家への帰り道。

 先生からの提案で、こうして歩きながら話すことになったのだ。

 

 ”元々は、ニヤからの話が切っ掛けだったんだけど、そこでユカリと知り合ってね。今は、ユカリを手伝ってるんだ。”

 ”百花繚乱の解散令については、ニヤから聞いてるよ。確か、キキョウって子が出したって。”

 ”ユカリは、百花繚乱を解散させたくないんだ。だからあの子は、先輩たちの手を借りようとしてる。”

 

 「……どうして、あの子は……。いえ、もう過ぎた事……。」

 

 「何か知っているなら話せ。手ぶらで帰る訳にもいかないんだ。」

 

 「……悪いけど、私は何も知らない。百花繚乱を離れてから、だいぶ経っているから。」

 

 これは正しい。ユカリの話とも合致する。

 うつむきがちに歩くナグサは、多くを語ろうとはしない。

 こちらを騙すような意図は感じないが、このまま手ぶらでは困るというのも確か。

 

 「なら何故解散令が、参謀であるキキョウの名前で出されてる?本来であれば、お前か委員長の名前を使うべきだろう。」

 

 「その通り、だけど……。事情があるの。あなた達と、同じように。」

 

 「……あまり黙っていると体に聞くぞ。」

 

 ”レイヴン!ごめん、驚かせちゃったよね。”

 

 わざと低い声でそう告げると、ナグサの肩がびくりと跳ねて、すかさず先生が俺を咎めた。

 そこから少し沈黙が続き、砂を踏む音がじゃりじゃりと響く。

 小さくため息をついたナグサは、俺達に目を向けることなく、静かに語りだした。

 

 「……多分、アレを返そうとして、キキョウに預けたから。それが、キキョウが解散令を出した理由。」

 

 「アレとは何だ。」

 

 「百花繚乱の委員長だけが持つことが出来る、1丁の銃。けど、それを握る人は、その資格がある人は、もういないから……。」

 「私がそれを持っていたのは、委員長から預かっていただけ……。」

 

 ”預かった?どうして、委員長が君に?”

 

 「………………。」

 

 再びうつむき、黙りこくってしまったナグサ。

 その様子を見た先生は、これ以上追及しない事にしたようだ。

 先生は俺に軽く目線を向けて、首を小さく横に振る。

 

 ”……そっか。無理に聞こうとして、ごめんね。”

 

 「委員長はどこだ。組織の長なら、ある程度話を知っているはずだが。」

 

 「…………もう、ここには……。」

 

 ”レイヴン、もうやめよう。話をしてくれてありがとう、ナグサ。家まで送るよ。”

 

 それ以上俺達が話をすることは無く、冷たい空気がまとわりついたまま、ナグサを家まで送り届けた。

 別れ際のナグサの目線が冷たかったが、特に俺が気にすることは無かった。

 あの類の目は、見慣れていたから。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 旅館へと戻る道。提灯と屋台が並び、月明りが照らす大通り。

 ナグサを送り届けた後、俺は先生から説教を喰らっていた。

 

 ”クロハ、無理に聞き出そうとしちゃ駄目だって。”

 

 「あそこまで情報を隠そうとしているのが気に入らない。そうまでして解散させたいのかもしれん。」

 

 ”きっと、ナグサと委員長に何かあったんだよ。それに整理がついてないだけ。”

 

 「だとしても、あそこまで話さないものか?何が起きたのか分からないと、対処も出来んぞ。」

 

 苦虫を嚙み潰した顔で頭を掻く先生。

 俺の頭の中では、今まで手に入れた情報と、百花繚乱の解散が結びついておらず、苛立ちが募るばかり。

 そんな時にエアが引っ張ってきたファイルによって、悩みの一部は払しょくされた。

 

 『……もしかしたら、これかもしれません。』

 『百花繚乱委員長、七稜アヤメ。現在の状況は作戦行動中行方不明(Missing In Action)。』

 『報告書では、ナグサとアヤメの2名による作戦行動中に、アヤメが何かに飲み込まれた、と記載されています。その何かは、“黄昏”と呼ばれていますが、詳細は不明です。』

 

 ”それじゃあ、その時にアヤメが銃を渡したって事……?”

 

 報告書のタイムスタンプを確認すると、この作戦は1年近く前の事。

 それ以降の更新は無く、アヤメが回収されたという記載も無い。

 その作戦以降から、アヤメの名前が書かれた報告書をエアが探してくれたが、1つ2つ見つかった程度で、成果は芳しくない。

 

 「……作戦から随分時間が経っているが、音沙汰なしか。死んでると見て間違いないだろう。」

 

 『捜索も実行されていますが、“黄昏”が現れたタイミング以降、一切の痕跡が見つからなかったそうです。回収は絶望的ですね。』

 

 ”その事で責任を感じてるのかも……。助けられたのにって……。”

 

 「お互い戦う者なら、覚悟の上だろうに。」

 

 ”クロハ、あの子達はまだ子供だよ。誰かが死ぬのは、あの子達にとって当たり前じゃない。”

 

 「……そうだったな、悪かった。」

 

 『しかし、この事を百花繚乱はどこまで知っているのでしょうか?メンバーがあそこまで減ったのは、それに怖気づいたからでしょうか……。』

 

 ユカリが百花繚乱に入る以前から、アヤメ委員長は失踪しており、ユカリがそれを知る事は出来ない。

 事実、ユカリはアヤメの事を話さなかった。

 問題は、当事者であるナグサを除き、レンゲとキキョウ、他の百花繚乱所属生徒がどこまで知っているのか。

 もし知っていたとして、それはレンゲが百花繚乱を離れる理由になったのか。それはキキョウが解散令を出す理由になったのか。

 中途半端に情報が集まり、疑問だけが積み上がっていく。

 

 「……情報が足りない。これ以上考えても意味は無いな。」

 

 ”そうだね、今は休もう。クロハ、旅館に案内してくれる?”

 

 「こっちだ。少し遠回りだがな。」

 

 ナグサを送ったことで、旅館からは遠のいてしまった。

 一先ず、エアに情報の収集を頼みながら、旅館に向けて歩いていく。

 あなたはだあれ。

 道中、小さな子供の声が聞こえてきたが、気のせいと思い無視することにした。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ”……想像よりずっと豪華な部屋だった……!”

 

 「高級旅館の最上級の部屋だからな。ここは良い。多少の無理が利く。」

 

 堂々と部屋に上がる俺に対し、部屋の入り口で煌びやかさに目をぱちくりさせている先生。

 祭り直前という事で、俺が百鬼夜行に来た時にはどの宿も空きがほとんどなかった。

 その中で、たまたまこの旅館の、この部屋が空いているとの事で、ありがたく泊まる事にしたのだ。

 

 ”あんまり女中さんとかに迷惑かけないようにね!いくらお金払ってるとはいえ!”

 

 「わきまえてる。必要ならチップも払うさ。」

 「さて、俺は風呂に入る。」

 

 ”待って待って待って!ここで脱がないで!私いるから!”

 

 ジャケットを脱いで、武器を付けたハーネスを外し、ベルトを緩めてシャツを脱ぐ。

 上半身がタンクトップ1枚になった所で、先生が自分の目を覆いながら、俺の行動を制してきた。

 

 「何を焦ってる?俺の体のことは知ってるだろう?」

 

 ”性教育のお時間です!!”

 

 残像が残るほどの素早さで、自分のジャケットを俺に羽織らせる先生。

 両肩を掴んで叫ぶせいで、頭の上に付いた耳がキンキンする。

 先生の顔は、親の仇でも見ているのかのように、激しく歪んでいた。

 

 「シャーレ、何を言ってる?」

 

 ”クロハ……!私は君に、恥じらいというものを教えなければならない……!”

 

 「だから何の話だ!」

 

 『……先生、ちょっとキツめにお願いします。流石に無防備が過ぎるので。』

 

 ”クロハ、ちょっとそこに座って!教えなきゃいけない事が沢山あるから……!”

 

 「勘弁してくれ……。」

 

 先生はジャケットのボタンを留めると、机を回って座布団に座り、俺に対面に座るように促す。

 懐かしく、全く嬉しくない感覚。今回の説教、長丁場になりそうだ。

 

 それからキッチリ1時間、俺は先生とエアから、女性が他人の前でするべきではない行動を叩き込まれた。

 安易に人と部屋で2人きりになるな、襲われる。他人の前で服を脱ぐな、それは“お誘い”だ。

 襲われたところで返り討ちにすると反論したら、論点はそこではないと2人がかりで詰められる。

 結局、俺は先生の目の前で服を脱がないという事から徹底することになった。

 ああ、面倒極まりない。俺はシャーレのこういう所が嫌いなのだ。




レイヴンの性自認=人類or強化人間
故に“そういう”知識は無知無知の無知でございます。
多分刺さる人には刺さるやつ。

次回
燻る火種
祭りに喧嘩は付き物

次回も気長にお待ちくださいませ……。
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