BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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最終章、そしてこの物語のエピローグです。
いつの間にかここまで来ていました。感慨深いですねぇ……。


40.The Man Who Passed The Torch

 左手で口を覆い、軽くせき込む。グローブには、小さな赤い斑点が付いていた。

 腕を振って血を落とし、海岸の砂地を、ゆっくりと歩く。地平線から登り始めた太陽の光が、波を明るく照らす。

 打ち寄せては引き、また打ち寄せる波。その際に立ち、ある音声データを再生する。

 

 『621、仕事は終わったようだな。』

 『お前は自ら選び、俺達の背負った遺産を清算した。』

 『すまない。そして、感謝しよう。』

 『……621。お前を縛るものは、もう何もない。』

 『これからのお前の選択が、お前自身の、可能性を広げる事を祈る。』

 

 ウォルターとカーラのミメシスとの決戦で、最後にウォルターがアイビスの腕に触れた時、アイビスへ送信されてきたデータ。

 タイムスタンプは、ルビコンでの時間を指していた。恐らく、俺がコーラルを焼却した後に、ウォルターが送ろうとしていたデータだろう。

 何故ウォルターのミメシスが、これを送信してきたのか。何故ミメシスがこのデータを持っていたのか。疑問はいくつも残る。

 だが、今俺の右手には、チェーンが千切れたドッグタグが握られている。

 今まで俺の傍にいた、何があっても決して切れる事の無かった鎖が、あの空の上で切れたのだ。

 まるで、俺が未練がましく付けていた首輪を、彼が外してくれたかのように。

 それはありえない、単なる偶然だ。頭では分かっている。だが今は、その戯言を信じていたかった。

 千切れた首輪を握りしめ、青く澄んだ海へ放り投げた。放物線を描いたドッグタグは、しぶきを上げて波にさらわれ、海の底へ沈んでいった。

 

 『良かったんですか?あれは、ウォルターとの……。』

 

 「ああ、良いんだ。あれはもう、俺が持っていていい物じゃない。」

 

 左手で体を支え、片膝を立てて砂地に座り込む。何をすることも無く、打ち寄せては引く波を見ていた。

 ルビコンにも海はあったが、こうしてゆっくりと眺める事は無かった。ただ静かに、時間が流れていく。

 

 「……ようやく、ようやく、色々な事に、ケリがついた気がする。」

 

 ケリがついた。ルビコンの心残りに、ようやくケリが着いたのだ。

 コーラルリリースの時、本来戦うはずだった2人との決着を、ようやく付ける事が出来たんだ。

 打ち寄せる波の音と、風に乗ってくる潮の香り。俺の人生の中で、今が最も穏やかな瞬間だ。

 

 あの戦いから、色々と変わった。

 連邦生徒会の報告によると、司祭たちとの戦闘による死者は無し。各自治区においてもほぼ同様のようだ。

 ブラックマーケットも大きな被害を被ったが、社会機能は保たれた。

 その中には、行政の手から零れ落ちた連中の面倒を見ている者もいるらしい。

 アコギな連中も現れたそうだが、治安部隊が聞きつけ次第、徹底的に叩いている。

 

 復興作業にはカイザーが真っ先に手を挙げ、作業に当たっている。その収入で辛うじて倒産を免れたらしい。

 ただ、ネフティスなどの大企業やカイザー系列から独立した企業も参入していて、カイザーの独占とはならなかったようだ。

 普段は鼻つまみ者の不良生徒も、復興作業に協力している。企業が彼女たちを、バイトとして雇いこんでいるのだ。

 彼女たちにとっては貴重な収入源、企業にとっては臨時の労働力、行政からは迅速な復興が望めると、珍しく三方良しの対応だった。

 

 ただ、良い事ばかりでもない。

 各自治区では、火事場泥棒が急増していて、治安組織が対応に追われている。二徹三徹上等の働き方をしなければ、対応できないほどらしい。

 それに伴い、行政側の仕事も激増。復興に、治安維持に、それに必要な資金のやり繰り。

 多分、今も先生はシャーレの執務室で、書類の山を前に頭を抱えている事だろう。

 

 戦いの代償も大きく、一時的だが、俺は戦えなくなった。1ヶ月は安静にしろと、ミサトから口酸っぱく忠告されている。

 アイビスの負荷と多量の興奮剤によって、俺の全身はボロボロ。帰った後の診察で、ミサトからお前は歩く死体だと言われたのは、今も記憶に新しい。

 ただ同時に、予想よりもダメージが大幅に少ないとも彼女は話した。まるで、何かが肩代わりしたようだと。

 件のアイビスも、キヴォトスには過ぎた技術だと、エリドゥの地下深くに、関連技術と共に厳重に封印される事になった。

 ただ、アイビスの整備が欠かされることは無く、再び深刻な脅威が現れた時に備えられている。

 

 それに、俺はアビドスとの約束を果たせなくなった。

 リンから直接呼び出され、2人きりの会議室で取引を提案された。

 書面上は連邦捜査部専属の傭兵となり、行動は一切制限されないが、他の組織への所属が認められなくなる。

 それと引き換えに、連邦生徒会がこの戦いの報酬を支払い、今までの全ての罪を赦免し、今後連邦生徒会から直に仕事を依頼する。

 今の俺に、その取引を断る理由は無かった。

 ホシノにその話を伝えた時、すぐに他の4人にも伝わって、俺はホシノ達にかなりの剣幕で怒られた。

 その後すぐに、連邦生徒会に殴りこもうという話が持ち上がったが、冷静さを取り戻したアヤネと共に、4人の怒りを何とか鎮めた。

 

 打ち寄せる波の音と、風に乗ってくる潮の香り。俺達が守った世界に、そっと思いを巡らせる。

 

 『……レイヴン。人の弔い方を調べました。キヴォトスではなく、“外”からの文化のようですが。』

 『死者の名前と共に、その人について一言書き添えるようです。』

 『それと、こんな記述もありました。葬儀とは、残された者達のためにある、と。』

 

 「……そうだな。やってみよう。」

 

 膝を突いて屈みこみ、砂浜に墓を書いていく。ルビコンで死んでいった者達の墓を。

 あの惑星では出来なかった、友人達の弔いのために。

 あの場での出来事や、交わしていた言葉。俺の心に刻まれた、各々の選択を元に、それぞれ一言書き添えていく。

 

H.Walter

友人との約束を決して忘れなかった

 

C.Carla

笑いを欠かさなかった女傑

 

C.Stick

灰かぶりの忠実な右腕

 

C4-621

ハンドラーの最後の猟犬

 

 本当は俺と関わってきた全員を書いておきたかったが、一先ずは、彼らだけで十分だろう。

 リンとの取引は、戸籍を作る事も条件に含まれていた。その時に、俺は新しい名前を得ている。

 渡鳥クロハ。

 それが俺の、この世界での、新しい名義だ。

 

 俺は覚えている、あの惑星での出来事を。俺は覚えている、自らの選択と過ちを。

 それでも、俺は望む。自らの意志で生きる事を。

 

 墓の傍から立ち上がり、遠くに停めていたストーカーに向けて歩き出す。

 その後ろで満ち始めた潮が、友人達の墓を、ゆっくりと攫って行った。




以上をもって、BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-、一旦完結でございます。
ここまで読んでくださった読者の皆様に、心一杯の感謝を。

細かいアイデアは今も浮かんでいるので、筆が乗ったら色々書いていこうと考えております。
特にアビドス3章とかいつものお仕事とか何でもない日常とか、レイヴンの物語はまだまだ続きますので、気長にお付き合いくださいませ。
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