BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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アトラ・ハシースの箱舟占領戦、つまり最終決戦です。
本編だとかなりギリギリの勝利でしたが、今回はレイヴンにアイビスも居ますし、何とかなるやろガハハ!

Steamに出てるWarhammer40kの新作、面白そうなんですよねぇ。
ガンブレと一緒にセールで買いたい。

――――――――――――――――――――――――――――――――

「そして町にあるものは、
 男も、女も、若い者も、老いた者も、
 また牛、羊、ろばをも、
 ことごとく剣にかけて滅ぼした。 」
         ヨシュア記_6章21行



39.Verdict Day

 『……レイヴン。』

 

 『あなたはもう、引き返すつもりは無いのですね……。』

 

 『……私も、それに応えます。』

 

 『あなたの、パートナーとして。』

 

 『その選択の先に、何が待っていようと。』

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 注射器先端のカバーを親指で飛ばし、手の中で回して逆手に持つ。

 先端を首筋に押し付けると、軽い衝撃と共に針が撃ち込まれる。

 皮膚の下に液体が流れ込む感覚が収まるのを待ってから針を引き抜き、小指だけ残して手を開き、注射器をミサトへ返す。

 

 「気分はどう?」

 

 「良好だ。」

 

 「なら良いんだけど……。」

 

 今打ち込んだのは、高濃度の栄養剤。アリス奪還作戦の時にミサトから持たされ、トキに撃ち込んだ1本だ。

 ゴム手袋を付けた手で、空の注射器を受け取ったミサトは、それをそのまま黄色の袋へ放り込む。

 袋の口を縛り、手袋を外したミサトは、液体が詰まったガラスシリンダーをこちらに見せてきた。

 

 「はい、コレ。プレゼント。同じのを3本、ナイトフォールに仕込んであるから。」

 

 そう言いながら、こちらの胸のあたりを指差して来るミサト。

 既に装着していたナイトフォールのシステムを調べると、確かに胸の所に薬液注入器が増設されていた。

 ナイトフォールは拡張を想定しておらず、余裕のある設計では無かったはずだが、恐らくリオの手によって取りつけられたのだろう。

 

 「中身は?」

 

 「致死量ギリギリの興奮剤。宇宙との境目ギリギリで戦うんでしょ?戦闘中にアンタが気絶したら、アイビスごとキヴォトスに落ちることになる。違う?」

 「私、友達が隕石みたいになってる所なんて、見たくないから。」

 「それと、それはあくまでも保険よ。連続でブチブチ打ったりしないでよね。」

 

 「覚えておこう。感謝する、ミサト。」

 

 エリドゥの管制室に向かおうと歩き出した時、ミサトはナイトフォールの胸の先端に手を置いて立ちふさがる。

 唇は固く結ばれ、その眼は嘆きに満ちていた。

 

 「そう思うなら生きて帰って来て。薬代と診察代と治療費、全部タダじゃないんだからね。」

 

 「……商魂たくましいな。」

 

 「うるさい。」

 「……本当に、死なないでよ。友達が死ぬなんて、嫌なの。」

 

 そう呟きながら、ミサトは俺の前からそっと離れた。

 俺は何も答えることなく、管制室に繋がるエレベーターへ歩き出した。

 エレベーターで上がる先は、エリドゥ中央のタワー、その最上階。

 ドアが開いた先には、コンソールとにらめっこをしているリオが居た。

 腰に下げたヘルメットに手を置きながら、リオに声を掛ける。

 

 「リオ、状況はどうだ。」

 

 「アトラ・ハシースの箱舟にミサイル攻撃を実行。ミサイルが全て、防壁に阻まれて失敗したわ。」

 

 「防壁?」

 

 リオは一瞬こちらに眼を向けた後、コンソールを叩きながらそう答える。

 正面の大型スクリーンには、黒に近い色の球体が映っている。恐らくは、アレがアトラ・ハシースの箱舟。

 情報と異なる見た目に一瞬混乱するが、すぐに防壁によってそう見えているだけだと理解した。

 

 「そうね……。あれは、事象そのものを遮断する防壁よ。ただ攻撃を防ぐのではなく、防壁に接触した時点で、“攻撃という事象”を消去しているの。」

 「何の対策も無くあの防壁に接触した場合、あのミサイルと同じ運命をたどる事になるわね。」

 

 『接近そのものを阻む防壁、という事ですか……。しかし、対策はありそうですね。』

 

 「そうね。先生から提供されたデータから、“ウトナピシュティムの本船”の用途が分かったわ。本船そのものが、アトラ・ハシースの箱舟への、対抗手段よ。」

 「限界高度は100㎞。武装は一切ない。船体そのものが巨大な演算装置になっているわ。」

 「この膨大な演算能力を利用して、アトラ・ハシースと同じ防壁を作り出し、直接衝突して相殺する。その後は、ハッキングによって箱舟の機能を停止させる。」

 「極めて高いリスクが伴うけれど、今はこれしか対抗策が無いわ。」

 

 アビドス砂漠でカイザーが探していた“超兵器”。どうやら兵器ではなく、空飛ぶ演算装置だったらしい。

 武装が一切ないという点が不安だ。アイビスでカバーするしかないだろう。

 

 「100㎞……。カーマン・ラインまでが限界か。アトラ・ハシースに、それ以上上昇されたらどうする?」

 

 「その可能性は、限りなく低いわね。調べたところ、アトラ・ハシースの限界高度もほぼ同じ、カーマン・ラインまでよ。それ以上上昇すれば、内圧で自壊するわ。」

 「だから最終的には、アトラ・ハシースの推進システムをハックして、大気圏外まで上昇させ、宇宙へ投棄することになるわね。」

 

 「……見たところ、アトラ・ハシースにも武装は無い。外殻も1気圧に耐えられないか。こいつ自体の戦闘能力は、決して高く無さそうだな。」

 

 『ですが、アトラ・ハシースが防壁を展開できるという事は、それ相応の演算能力もあるはず。接触した後も、相手からのハッキングに最大限の注意が必要そうですね。』

 

 「同感よ。既に同じ内容の警告を、先生達に送っているわ。」

 

 接近そのものを阻む防壁。その効果は光すら遮断するほど。

 そしてその防壁を展開できる演算能力に、その能力を発揮する装置を満足に稼働させられる膨大な動力。

 何より、宇宙を航行することが出来ないという事は、平行世界の同じ座標から次元を渡ってきた、という事。

 もしアトラ・ハシースが異次元へと逃げれば、こちらに打つ手はない。

 

 「……分かってはいたが、分が悪いな。」

 

 「……それでもやるのよ。ここで勝てなければ、私達に未来は無い。」

 

 今まで分の悪い賭けは何度もしてきたが、ここまで分が悪いのは、俺の人生を見ても初めてだ。

 だが、リオの言う通り。分の良し悪しに関わらず、賭けをやらねばならない。

 情報をメモリに保存しながら、リオに体を向ける。

 

 「……リオ。他に俺が知っておくべき事はあるか?」

 

 「いえ、無いわね。ただ、言いたい事はあるわ。」

 「……私達の勝利とは、犠牲者を最小限に抑えながら、司祭たちを撃退すること。決して、自分を犠牲にしてまで、彼らを滅ぼすことでは無いわ。」

 

 俺を見上げるリオの目からは、有無を言わせない強い光が放たれていた。

 以前ここでリオと話し合った時のことを思い出したが、口に出すことはしなかった。

 

 「……ああ、分かってる。」

 「出撃する。アイビスの準備を頼む。」

 

 リオが頷いたのを見てから、エレベーターへ乗り込み、最下層へ降りていく。

 エレベーターから下り、白い床の無機質な廊下を歩く。以前血を吐いた場所を通り過ぎ、自動ドアを通ってキャットウォークを踏みしめる。

 ハンガーに鎮座するアイビス、そのすぐ横にある搭乗用の移動足場。丸い足場に乗り、コンソールのスイッチを押すと、アイビスの首元へ近づいていく。

 アイビスの首が後ろへスライドし、操縦席がせり上がる。足場が十分近づいたら、ゲートを開けてアイビスのコックピットに足を掛ける。

 操縦席に足から入れていき、全身を固定。コックピットを閉鎖する。

 エアがジェネレーターを立ち上げ、脳深部コーラル管理デバイスとアイビスを接続。メインシステムを起動させる。

 黄色のランプとブザーと共に、アイビスが地面ごと持ち上げられていく。天井が開き、光が差し込む。

 そのままビルで囲まれたエリドゥの地上まで持ち上げられた後、アイビスの足の固定が外される。

 軽く屈んで飛び上がり、そのまま垂直に高度を上げていく。

 十分に高度を上げてから変形を開始。アビドス方面に機首を向け、4基のブースターの出力を一気に上げる。

 一瞬で音の壁を突き破った、赤い尾を引くアイビスが、キヴォトスの透き通った青い空を飛んでいく。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 『レイヴン、先生からの通信です。“すぐに引き返して、休息を。”とのことですが……。』

 

 「無視しろ。このまま接近する。」

 

 アイビスでカイザーの発掘拠点に向かっている途中、砂ばかりの懐かしい風景に目を向けていると、エアからそう告げられる。

 俺が向かう事と一緒に、アイビスで成功率を上げるという話もしているはずなのだが、やはり帰れと言ってきた。

 アビドスの上空を飛ぶこと10分。眼下にカイザーの基地が見えてきた。露天掘りはしていないようで、通常の基地と見た目は同じだ。

 念のため周辺を確認していると、基地の壁の中、誰かがこちらに手を振っているのが見えた。

 

 『お~い!レイヴンちゃ~ん!こっちこっち~!』

 

 見覚えのある4人組、アビドスだ。速度を落として基地へ降下していく。

 ある程度高度を取った状態で変形を解除。ブースターで減速し、壁の内側ギリギリに着地する。

 機体を跪かせてシステムとの接続を解除。操縦席を持ち上げて、コックピットの前に差し出された左手の上に乗り、地面に降りていく。

 

 「久しいな、アビドス。」

 

 「ホントに久しぶりだねぇ!元気してるみたいで安心したよ~!」

 

 「わあぁ!カッコいい鎧ですね☆まるで騎士みたいです!」

 

 「アンタ、アビドスから離れてる間に、随分派手にやってたそうじゃない!アタシ達も混ぜなさいよ!」

 

 「カイザーが倒産しかかった時は、本当にビックリしましたね。でも、レイヴンさんが元気そうで何よりです!」

 

 ヘルメットを外してアビドスに歩み寄ると、各々の口から発せられる、再会を喜ぶ言葉。

 カイザーとの一件以来、良くも悪くも状況は変わっていないという話は聞いている。

 だが、たった5人でここまで持ちこたえているというだけでも快挙だろう。

 

 「お前達も、変わらないようで何よりだ。だが……。」

 「……シロコはどうした。」

 

 そう聞いた途端、4人全員から笑顔が消えた。その様子を見た時、自身にとっては当たり前に起きていた、ある可能性が頭を過る。

 だが、その不安はホシノによって否定された。

 

 「……シロコちゃんは、空の上にいるよ。丁度、今から行こうとしてる所に。」

 

 「……アトラ・ハシースか。」

 

 「はい。だから今、シロコ先輩の奪還を作戦に組み込もうとしているところです。」

 「どちらにせよ、箱舟に接近して、その制御を奪う必要があります。それと同時並行で、シロコ先輩の救出を行う予定です。」

 

 「……まさか、お前達も付いてくる気か?」

 

 「当たり前じゃん。私達の可愛いシロコちゃんをさらわれて、黙ってみている訳には行かないからね。」

 

 相変わらず、逞しい連中だ。シロコをさらった理由は気になるところだが、今考える事ではない。

 まず状況を確認しようと、アビドスに質問をしようとした時、ザクザクと砂を踏みしめ、スーツを着た者がこちらに駆け寄ってくる。

 

 ”レイヴン、どうして居るの!?休んでなきゃ!”

 

 「シャーレか、もう遅い。俺も作戦に参加する。」

 

 ”駄目だよレイヴン!これ以上は君が!”

 

 「……リスクを承知で背負うと決めたのは、お互い様だろう。お前が言えた口か?」

 「安心しろ、仕事はする。」

 

 シャーレは今まで何度も見た渋い顔をしているが、ウトナピシュティムの起動には、相応の代償が伴う事を、俺は黒服のデータから知っている。

 この戦いに命を賭けているのは、お互い様なのだ。代償がウトナピシュティムか、アイビスから求められる程度の違いでしかない。

 シャーレもそれを分かっているのか、それ以上追及はしてこなかった。

 

 ”……分かった。絶対に無理はしないでね。”

 

 「……レイヴンちゃん、何があったの?と言うより、これから、何が起きるの?」

 

 先生は引き下がったが、今度はホシノが、俺とアイビスを交互に見ながらそう聞いてくる。流石に聡いな。

 

 「……こいつはパイロットに負荷を強いる。戦闘機みたいなものだ。奴はそれを心配しているだけだ。」

 

 「本当にそれだけ?」

 

 「……ああ、それだけだ。」

 

 「……分かった。信じるよ。」

 「今は、ミレニアムって学校のエンジニア部が、ウトナピシュティムを解析してる。それまで一緒に休もっか。」

 「積もる話も、沢山あるしね。」

 

 「そうだな。ついでに飯にしよう。腹が減った。」

 

 全員物言いたげな顔をしていたが、何かを察したのか追求してこなかった。

 一先ず、エアに物資を積んであるストーカーを、この基地まで引っ張ってきてもらう。

 

 「腹ペコも相変わらずなのね。大将が会いたがってたわよ。これが終わったら、会いに行きなさい。」

 

 「そうだな、そうさせてもらう。」

 

 セリカの話を聞いて思い出した。柴大将のラーメン、まともに食べられていなかった。

 確か、風紀委員会の砲撃で店ごと吹き飛ばされて、それっきりだ。

 今は屋台でやっているとのことだったが、今は何処に居るのだろうか。

 そう考えていると、遠くからヘリのローター音が聞こえてくる。今となっては俺の家の、大型輸送ヘリだ。

 

 「もしかしてこのヘリ、レイヴンちゃんのですか?」

 

 「そうだ。カイザー理事の奢りで買ったんだ。」

 

 「あ~、あの後かぁ……。」

 

 「……レイヴンさんが、どんどん遠い所に行ってる気がしますね。」

 

 「気のせいじゃないか?」

 

 ヘリを空いたスペースに着陸させ、開いた後部ハッチから中に入り、弾薬箱を取り出す。

 この箱の中には、レーションを詰めてあるのだ。箱のふたを開けて、アビドスに差し出す。

 4人は思い思いのメニューを1袋取っていき、俺はサンドイッチの袋を開ける。

 

 「あっ!このメーカー知ってるかも!意外と美味しいんだよねぇ。」

 

 ホシノが選んだのは、少し辛めのチキンシチュー。

 食べなれているのか、袋にスプーンを突っ込んでいる。

 

 「……そう?脂っこくない、コレ?」

 

 セリカはブリトーを選んだ。少し顔をしかめ、首をかしげている。

 

 「これは、レーション特有の味の濃さですね……。」

 

 ノノミは四角いピザ。彼女もやはり微妙な表情。

 

 「もしかして、レイヴンさんって、こればっかり食べてませんよね?」

 

 乾パンをかじっていたアヤネが、眼鏡を光らせそう聞いてくる。

 咀嚼していたサンドイッチを飲み込み、質問に答える。

 

 「流石にいつもではないぞ。これを食べ続けろと言われたら、俺だってウンザリする。」

 「……だが、味気ない食事にウンザリできるのも、人間の特権なのかもな。」

 

 「それって、どういう意味……?」

 

 「……俺は、口で飯が食えなくなった奴を、身近に知っている。胃に管を差し込み、栄養剤を直接流し込む生活を送る羽目になった奴をな。」

 「今の俺にとって、食事は楽しみの1つだ。それすら奪われるなんて、たまったものじゃない。」

 「だから、食い物をマズいと思えるのも、人間の権利かと思ってな。」

 

 まるでオキーフの様なセリフをこぼしてしまったが、これは本心でもある。

 事実俺は、体のほぼ全てを強化されていた。結果として、食事をする能力も奪われている。

 だが今は、こうして当たり前に食事が出来る。経緯はどうあれ、それが戻ってくることはありがたい。

 5人の間に、静かに風が吹いている。サンドイッチを口に運びかじろうとした時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 「その通りですわ。食は人間の、生物の根幹の歓び。それを蔑ろにするなど、あってはならない事です。」

 

 「……美食研。何故お前がここに居る。」

 

 「あれっ、知り合いなの?」

 

 美食研究会の1人、黒舘ハルナ。ヒナに雇われた時に何度も潰した相手だが、懲りる様子は一向にない。

 自覚できるほどの渋い顔をハルナに向けるが、気づいていないのか無視しているのか、俺に構わず話を続けた。

 

 「レイヴンさん、私はあなたを誤解していたようです。3度の食事より戦いと栄誉を好むお方だと。」

 「しかし、今の発言、そしてその信念。まさしく、美食研究会の理念に沿うものですわ。」

 「レイヴンさん、私はあなたを歓迎します。美食研究会へ、ようこそ。」

 

 俺はこいつのこれが苦手なのだ。言葉が通じているのに話が出来ない。

 俺の中では、ハルナはブルートゥと同じカテゴリに入っている。つまり、狂人だ。

 

 「誰がお前達の仲間になるか。もう一度聞くが、何故ここにお前達が居る。」

 

 「あら、とても簡単な事ですよ。それは、私達の探求心のため。」

 「――宇宙で頂く食事が、どれほど美味なのか。それを知るためですわ。」

 

 「……まさか、後ろで縛られているのは……。」

 

 体を傾けて、ハルナの後ろを見ると、黄色のトラックの荷台に生徒が1人縛られており、その周りを美食研究会の3人が囲っている。

 トラックには大きく、“給食部”と書かれており、少なくとも美食研究会の持ち物ではない。

 荷台にいる彼女、今回も美食研究会に巻き込まれたようだ。

 

 「愛清フウカさん。ゲヘナ学園給食部の1人にして、美食研究会の名誉会員ですわ。」

 「今回、シェフとして協力してくださるという事で、こうして連れてきましたの。」

 

 「誘拐の間違いだろうが……。」

 「ともかく、今回お前達の出る幕は無い。早く帰れ。」

 

 「あら、タダ乗りする気なんてありませんよ?風の噂ではありますが、あなた方のご学友が攫われたと伺っております。」

 「そのお方の奪還に、協力いたしましょう。」

 

 アビドスの4人が話に付いていけず、ポカンとしている。正常な反応だろう。

 味方が増える事自体は喜ばしいが、奴らが付いていくかどうかは、俺が決めていい事でもない。

 先生に通信を繋ぎ、会話をハルナにも聞こえるようにしておく。

 

 「……シャーレ、美食研究会の奴らが協力を申し出てきた。対価は、宇宙での食事だそうだ。どうする?」

 

 『”……人手は多い方がいい。一緒に連れて行こう。”』

 

 「了解した……。聞いていたな、出撃まで待機しろ。」

 

 「ふふっ。では、共に参りましょう。美食研究会として。」

 

 「勝手にお前達の仲間に含めるな!ハァ……。」

 

 5分と話していないはずなのに、体に鉛でも入ったかのような疲労感。美食研の中でも、ハルナは特に話が通じない。

 セリカがコッソリと俺に近づき、手でハルナとの壁を作ってから静かに聞いてくる。

 

 「……ねぇ、今のってゲヘナの生徒よね?皆あんな感じで、話が通じないの?」

 

 「それは無い。奴が特別通じないんだ……。」

 

 「……世界って、広いですねぇ……。」

 

 ノノミが呟いた言葉が5人の総意だったのか、それ以上ハルナについて話すことは無かった。

 遠くから助けを求めるかのようなうめき声が聞こえたが、体力を温存するため無視することにした。

 

 それからしばらく、互いの近況について話し合った。

 ナイトフォールやストーカーを手に入れた経緯、これまで受けてきた仕事、功績から付いたあだ名。

 落ち着いた不良集団による襲撃、止まらない砂漠化、僅かだが人が集まってきている事。

 ただ穏やかに、時間が過ぎていった。本来は、ここにもう1人居るはずなのだが。

 だが、作戦を終わらせればいずれ会える。そう思いながら、時々空を見上げた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 アビドスとの歓談から数時間。無事エンジニア部による、ウトナピシュティムの本船の解析が完了した。

 厳密には操作方法が分かった程度なのだが、今はそれで十分だ。

 アヤネを始めとするオペレーター達は、ウトナピシュティムの操作マニュアルを僅かな時間で頭に叩き込み、他の連中も弾薬や食料を船に運び込み、出撃準備を整えた。

 俺はアイビスに乗り込み、これから行われるブリーフィングに備えていた。

 

 『これより、“アトラ・ハシースの箱舟占領作戦”のブリーフィングを行います。』

 『本作戦の目標は、キヴォトスの上空、高度75,000mに存在するアトラ・ハシースの箱舟の機能の奪取。』

 『そして、アビドス高等学校の生徒である、砂狼シロコの救出。この2つです。』

 『まず、ウトナピシュティムの本船によって、高度75,000mまで上昇。目標高度に到達次第、“多次元解釈防壁”を展開し、アトラ・ハシースの箱舟に衝突します。』

 『その後、箱舟内部に侵入し、4基ある次元エンジンの破壊と砂狼シロコの捜索を、同時並行で行います。』

 『箱舟のシステムの掌握と、砂狼シロコの確保が完了次第、ウトナピシュティムにて脱出。遠隔操作によって、箱舟を外宇宙へ投棄します。』

 『この作戦を、ウトナピシュティムの本船のオペレーター10名。』

 『箱舟突入部隊、ミレニアムゲーム開発部、アビドス廃校対策委員会、ゲヘナ美食研究会、計12名』

 『地上管制、ミレニアムエンジニア部、同じくヴェリタス、計7名。』

 『護衛機(エスコート)、独立傭兵レイヴン。作戦総指揮、連邦捜査部特別顧問。』

 『以上31名によって実行します。』

 『……この作戦に、キヴォトスの命運がかかっています。気を引き締めていきましょう。』

 

 本船の船長を担当するリンによって、作戦の概要が参加している者全員に伝えられる。

 ここまでは、リオから聞いていた話と大差ない。ただ、箱舟が埋まっていた場所を見て、思ったことが1つ。

 

 「……こちらレイヴン、1つ聞いていいか?」

 

 『何でしょう?』

 

 「地面に完全に埋まっているウトナピシュティムを、どうやって外に出すつもりだ?」

 

 『”……あっ。どうしよう。”』

 

 『何というか、締まりませんね……。』

 

 この基地に、本船を地下から出すためのハッチなどは無く、ただ地面に埋まっているのだ。

 これからその船を飛ばすというのに、誰も気が付かなかったのだろうか。

 ため息をつきながら、地面の厚さを確認。アイビスの武装で十分破壊できる厚さだ。

 

 「……アイビスの砲撃で、地面に穴を空ける。そこから離陸しろ。」

 

 『”りょ、了解。よろしくね。”』

 『”ウトナピシュティムの本船、発進準備開始。”』

 

 ウトナピシュティムが発進準備に入った。中の様子をうかがう事は出来ないが、何も報告が無いなら順調と考える。

 俺もアイビスのシステムチェックを開始。メインシステムに始まり、FCSや各アクチュエーターの状態を確かめていく。

 何も問題が無い事を確認し、戦闘モードを起動。火器の安全装置を解除する。

 

 『”ウトナピシュティム、システムオールグリーン!発進準備完了!”』

 

 『SOL644、戦闘モード起動。合図を待ちます。』

 

 『こちら管制班、こっちも準備完了だ。いつでもいいよ。』

 

 『”レイヴン、お願い!”』

 

 「了解、発射する。衝撃に備えろ。」

 

 ブースターを起動して飛び上がり、あらかじめマーカーを置いた場所に照準を向け、両腕と両肩の武装にエネルギーを送る。

 適切に圧縮されたコーラルを、マーカーに向けて発射。弾けたコーラルが地面をえぐり、空への道を作る。

 

 『宇宙戦艦、ウトナピシュティム!発進!』

 

 先生の合図と同時に、ウトナピシュティムが地面を突き破って浮上。

 脆くなった地層が自重に耐え切れず、ウトナピシュティムが埋まっていた場所にガラガラと崩れていく。

 ウトナピシュティムはゆっくりと浮上しながら機首を上げ、宇宙の手前まで上昇する準備を整えている。

 船の後ろに付けられたエンジンから放たれる光が強くなった。ブリッジの横で変形し、アイビスも上昇姿勢に入る。

 

 「先行する、付いてこい。」

 

 ブレードとパルスアーマーを同時に展開。ブースターの出力を限界以上に引き上げて急加速。

 即座にウトナピシュティムがアイビスの後ろに付いてきた。

 分厚い空気の膜に押し返されることで、機首には炎が集まり、機体が激しく揺れる。

 だがどちらにも大きな問題は無く、順調に高度を上げていく。

 

 『高度1万mに到達!』

 

 『”レイヴン、大丈夫!?”』

 

 「問題ない、このまま上昇するぞ。」

 

 著しい負荷が体を押しつぶして来るが、ブラックアウトの予兆は一切ない。

 こういう時は、強化人間であることがありがたい。

 上昇を続けるウトナピシュティムとアイビスは、雲に飛び込み、たちまち抜け出していく。

 

 『4万m……、5万m……、6万m……。』

 『ウトナピシュティム、目標高度に到達!』

 

 『”よし。多次元解釈防壁、展開!レイヴン、ウトナピシュティムから離れて!”』

 

 キヴォトスの上空、75,000mに到達した。ウトナピシュティムはアトラ・ハシースに向けてゆっくりと軌道を変更。

 アイビスはブレードとパルスアーマーを解除し、ウトナピシュティムの直上で待機する。

 俺達の視界の先には、丸く黒い球体が、アトラ・ハシースの箱舟が見えている。同じ防壁をウトナピシュティムが展開したら、あとは突っ込むのみ。

 しかし、ウトナピシュティムの変化が無い。本来であれば、既に膜が張られているはずだ。

 

 『……防壁、展開されません。』

 

 「ウトナピシュティム、どうした?」

 

 『……アトラ・ハシースの箱舟が、防壁の解釈を変更したわ。これでは、こちらの防壁が意味をなさない……。』

 

 「なら再計算しろ。それが出来るだけのスペックがあるんだろう。」

 

 『それじゃイタチごっこよ!演算が完了する前に、箱舟が解釈を変更する!衝突寸前で変更されれば、一貫の終わりよ!』

 

 「クソッ……!対抗策が、こんなポンコツとはな……!」

 

 ウトナピシュティムとアトラ・ハシースが衝突するまで、約10分。それまでに対抗策を考えなければ。

 脳を回し、今まで得てきた知識を引っ張り出す。しかし、結局最初に浮かんだこの方法しか、アトラ・ハシースには有効ではない気がした。

 

 「……なら、アイビスで破る。」

 

 『レイヴン、どうする気ですか?』

 

 「アイビスの砲撃で、防壁を直接破壊する。無敵の防壁にも限界はある。この機体の砲撃なら、威力は十分だろう。」

 

 結局のところ、アトラ・ハシースの構造も、他の機械と変わらない。

 防壁を発生させるアクチュエーターに、それを制御する演算装置。そして、それらを満足に稼働させる動力源が、機械には必ず必要だ。

 魔法でも使わない限り、機械はこの構造から外れる事は出来ない。

 

 『無理よ!あの防壁を物理的に破るには、天文学的な、エネルギー量が……。』

 

 『それが出来るだけのエネルギーが、この機体にはあります。』

 『ウトナピシュティムの動力を、アイビスに繋いでください。最大出力の砲撃で、防壁を破壊します。』

 

 リオが即座に反論しようとしたが、その天文学的なエネルギーを発生させられる機体がすぐそばにいる事を思い出したようだ。

 厳密には、アイビスではなく、コーラルなのだが。コーラルは十分な量を集めれば、星1つを丸ごと、周辺星系を含めて焼き払える物質だ。

 コーラルのエネルギーを一点に叩きつければ、防壁は必ず減衰する。

 計画は提示された。あとは、オペレーター達に代案があるかどうかだ。

 

 『……私も、手を貸しましょう。』

 

 『……ケイ?あなたなのですか?』

 

 久しぶりに聞く、1度敵になった者の声。自らを鍵と呼んでいた、アリスのサブプログラム。

 今声を聞くとは思わなかったが、一先ず黙って話を聞く。

 

 『ウトナピシュティムを変質させ、アトラ・ハシースと同じ存在とします。そうすれば、防壁を突破することが可能です。』

 『王女によるスーパーノヴァの砲撃と同時に、私がアトラ・ハシースのシステムへの干渉を行います。』

 『……我が王女の、勇者アリスの英雄譚。私は、その礎となりましょう。』

 

 『ケイ、それは駄目です!あなたはアリスの大切な存在なのですから!そんなことをしたら、あなたは――!』

 

 『王女とは既に話し合いが済んでいます。全て、承知の上です。そして私も、覚悟の上です。』

 『王女は、“名も無き神々の王女”ではなく、“天童アリス”となる事を選びました。今度は、私が選ぶ時です。』

 『他に有効な策があるというのなら、撤回しますが。』

 

 彼女がなろうとしている者、聞いたことがある。英雄を導いた、影の功労者。

 アンサング。ケイは、アリスのためのそれになろうと言うらしい。例え、創造主に逆らう事になったとしても。

 今思えば、ケイはずっと、アリスを守る事だけを考えていたのだろう。

 

 「……もう時間が無い、やるぞ。」

 

 『――ッ!レイヴン……!リオもあなたも、人の命を何だと思っているんですか!?』

 

 「受け入れろ、ヒマリ。この戦いを、今ここで終わらせるために、アリスを守るために、ケイは自ら選んだ。お前にそれを否定する権利があるのか?」

 「お前も、今日ここで死ぬことを承知で来たんじゃないのか?」

 

 ヒマリは答えない。今船の中にいる誰もが、今日死ぬかもしれないという事を承知で、ここに居るのだから。

 衝突まで、あと5分。タイムリミットは刻一刻と迫る。

 

 『……先生、指示を。』

 

 『”……アリス、ケイ。準備をお願い。”』

 

 指示を受けて、アイビスをウトナピシュティムの甲板近くまで降下させる。

 ウトナピシュティムのエネルギーは、アリスの砲撃のために利用。

 アイビスはアリスの攻撃を確実なものにするため、事前に防壁を減衰させる。

 

 『……ケイ、アトラ・ハシースのシステムに、バックドアを作れますか?』

 

 『あなたも協力するというのですか、エア?』

 

 『その通りです。アトラ・ハシースのシステムをブロックすると同時に、シロコの生体反応の捜索を実行します。』

 『突入した後が楽になるはずです。』

 

 『……ポートアドレスを送信。ここにバックドアを作ります。』

 

 『ありがとう、ケイ。』

 『リオ、ヒマリ。あなた達はシステムの防衛の準備をお願いします。私達がアトラ・ハシースに侵入した時、彼らも私達を攻撃してくるでしょう。』

 

 『分かったわ。ヒマリ、手を貸して頂戴。』

 

 『……分かりました。』

 

 つまるところ、この作戦はアトラ・ハシースに対する、ソフトウェアとハードウェアへの同時攻撃である。

 チャンスは1度、失敗すれば逃げられる可能性が高い。この攻撃で確実に仕留める必要がある。

 これが前哨戦でしかないという事実に頭が痛むが、目の前に集中して雑念を振り払う。

 

 『……レイヴンさん、1つ聞いてもいいですか?』

 

 「どうした、アリス。」

 

 『レイヴンさんは、戦うのが、怖くないのですか?』

 

 アリスからの問いを聞いた時、俺はすぐに答えを返すことが出来なかった。

 そもそも、戦う事が怖いかなど、考えたことも無かった。ただ、生き延びるために、戦っていたから。

 だが、1度自分に目を向けてみると、胸の奥に、ほんの小さなしこりがある。意識しなければ気づけないほどの、ごく小さなもの。

 俺はこのしこりに、自然と名前を付けていた。

 

 「……怖いさ。いつだって怖い。こっちに来る前も、来た後も、ずっと怖い。」

 「だが、死は怖くない。怖いのは、戦う相手だけだ。相手が怖いなら、打ち倒せばいい。俺は、そうやって生きてきた。」

 「今だって怖い。だが、司祭共を片づければスッキリするだろう。だから、そうするだけだ。」

 

 そうか。これが恐れか。

 強化人間には不要だと、切り捨てられ、失ったはずのものだ。

 俺はずっと、恐れていたんだ。だが、その恐怖すらも戦いに利用した。

 俺にとって恐怖とは、闘争のスイッチなんだ。

 俺は今まで、こんな簡単な事に気づけなかったのか。

 

 『そう、なんですね……。レイヴンさんも……。』

 『……一緒に行きましょう、レイヴンさん!勇者はどんなに怖くたって、前に進むんです!』

 

 『……フッ、頼もしいな。』

 

 アリスがスーパーノヴァを背負い、甲板に出てきた。ブリッジの上によじ登っていく。

 こちらも少し高度を取り、アリスから離れる。

 アリスはブリッジの上に立ち、深呼吸をした後、左腕をゆっくりと持ち上げた。

 

 『プロトコルATRAHASISを起動。コード名“アトラ・ハシースの箱舟”、起動プロセスを開始。』

 『王女は鍵を手に入れ、箱舟は用意された。』

 

 『名も無き神々の王女、AL-1Sが承認します!ここに、新たな聖域が舞い降りん!』

 『アトラ・ハシースのスーパーノヴァ、準備完了です!』

 

 アリスがスーパーノヴァを放り投げると、それは光を纏いながら変形していく。

 砲身や機関部は何倍もの大きさに拡張された、スーパーノヴァの名に恥じない大砲が一瞬で出来上がった。

 アリスはそれを軽々とキャッチ、アトラ・ハシースに向けて構えた。

 それに合わせて、アイビスを砲撃モードに変形。コーラルの充填を開始する。

 

 「アリス!チャンスは1度だ!1発で仕留めるぞ!」

 

 『虚妄のアトラ・ハシースとのパスを形成、アクセス準備よし。』

 

 『バックドアを確認、こちらも準備できました。』

 

 『システム防衛の準備も終わりました。超天才清楚系美少女ハッカーの実力、見せてあげましょう。』

 

 『エリドゥとの接続、良好。こっちも行けるわ。』

 

 「充填率100%、いつでも良いぞ!」

 

 砲身の間で限界まで圧縮されたコーラルが、バチバチとスパークし、共振している。

 集められたコーラルからは、僅かだが意志を感じる。

 仇為す者達を、焼き尽くせと。

 いいだろう、やってやろうじゃないか。

 

 『”撃てェ!!!”』

 

 先生の合図と同時に解放されたコーラルは、普段とは異なる怒声の様な音を放ちながら、極大のビームとしてアトラ・ハシースに向かう。

 そして、僅かな時間を置いて着弾。防壁のエネルギーを確実に削り取る。

 

 『ビーム着弾!防壁、減衰しています!』

 

 『アトラ・ハシースへのアクセス、承認。一部セキュリティシステムを解除。』

 

 『バックドアよりアクセス、攻勢防壁を確認、サブストラクチャー展開。』

 

 『本船へのハッキングを確認、デコイに引っ掛かりました。』

 

 『防壁の出力が上がってる!この威力じゃ足りない!』

 

 「ならこっちも引き上げる!」

 

 ジェネレーターのリミッターを解除して、身に宿るコーラルを全てジェネレーターに注ぎ込み、限界まで増幅。それを全て砲撃に回して威力を大きく引き上げる。

 更に大きくなったビームが、ヒビが入ったアトラ・ハシースの防壁を破ろうと怒声を上げる。

 

 『サブシステム、王女の承認をもって再起動。各機能の権限を再設定。』

 

 『ナビシステム、エンジン管理ユニット、防衛システム、初期化開始。』

 『生命維持システム以外の全ての機能をブロック!』

 

 「アリス、今だ!」

 

 『光よーーー!!!』

 

 その声と共に放たれた、一筋の眩い光は真っ直ぐ防壁へと吸い込まれ、ヒビの中央へ着弾。

 ヒビは瞬時に防壁全体へ伝わり、粉々に砕け散った。これでアトラ・ハシース本体の姿を、はっきり見る事が出来た。

 

 『多次元解釈防壁、消失!』

 

 『”やった!”』

 

 『アリスちゃん!!』

 

 『オートパイロット起動!レイヴン、しっかりしてください!』

 

 だが、それと同時にアリスは倒れ、俺もコーラルのガス欠により意識を失いかけた。

 すぐにエアがアイビスの制御を引き継ぎ、飛行形態になる事で墜落を回避。

 撃ち込まれたミサト謹製の興奮剤によって、ブラックアウトを回避する。

 

 『”アリス、レイヴン!”』

 

 「……うろたえるな。自分の仕事に、集中しろ。」

 

 未だぼやける視界に、激しい頭痛と耳鳴り。ACすら操縦できる状態ではない。

 だが、相手が俺達の回復を律儀に待ってくれるわけが無いだろう。

 箱舟への足がかりは出来た。あとは進むしかない。

 

 「結果はどうだ?」

 

 『多次元解釈防壁の破壊に成功。アトラ・ハシースの複数のシステムが停止したわ。』

 

 『シロコの位置の特定も成功しました。アトラ・ハシースの中央部です。』

 

 『ならば今が好機です!アリスさんはどちらに!?』

 

 『い、今は医務室で眠ってるけど……!』

 

 『ではこのまま突っ込みます!ウトナピシュティム、最大速力!』

 

 唐突にリンがそう叫ぶ。事前の作戦通りではあるが、この女、本当にぶつけるつもりだ。

 アトラ・ハシースはウトナピシュティムと比べ大きすぎる。衝突すればウトナピシュティムは確実に損傷する。

 脆い部分を突き抜け、空洞を通れば、損傷を抑えられるかもしれないが、それはもはや神頼みの類だ。

 

 「本当にやる気か?」

 

 『他に手はありますか!?』

 

 「……いや、無い。エア、操縦を渡せ。外殻を崩すぞ。」

 

 『オートパイロット解除、行きましょう!』

 

 興奮剤のおかげで、操縦できる状態まですぐに戻る事が出来た。未だ頭は強烈に痛むが、許容範囲内だ。

 アイビスの制御を握り、ウトナピシュティムの進行方向を予測。ジェネレーター出力を上げ、分身の展開に備える。

 

 『ウトナピシュティム、最大速力!行きます!』

 

 ウトナピシュティムと共に加速し、アトラ・ハシースへ全速力で突っ込む。

 ウトナピシュティムの移動先にあるリング状の構造物、その外壁をロックオン。分身を6つ展開して離脱する。

 

 「ターゲットロック、発射。」

 

 『”ぶつかるよ!!しっかり捕まって!!”』

 

 コーラル爆発で脆くなり、破れた外壁に向けて、ウトナピシュティムは直進し、そのまま衝突。

 かなりのスピードで衝突したことで、ウトナピシュティムは構造内部へ深く潜り込もうとする。

 だが、ウトナピシュティムはその船体の3分の2を、アトラ・ハシースに埋めた所で止まった。

 衝突寸前に逆噴射によって勢いを緩める事で、勢い余ってリングを突き破る事は避けられたようだ。

 

 『ウトナピシュティム、アトラ・ハシースと衝突!乗員、全て無事です!』

 

 「行政官め、仕事のし過ぎでおかしくなったんじゃないか……?」

 

 『方法は乱暴でしたが、箱舟にたどり着けました。作戦はここからが本番です。』

 

 エアの言う通り、ここからどれだけ手早くアトラ・ハシースを掌握できるかが、本当の勝負だ。

 事前の作戦では、突入部隊が次元エンジンを破壊する予定だったが、アトラ・ハシースの外殻はさして固くない。

 アイビスなら、外部からの攻撃で直接破壊できる。

 

 「こちらレイヴン、アトラ・ハシースの次元エンジンの破壊に移行する。破壊時の減圧に注意しろ。」

 

 『”うぅっ……!了解!無理はしないでね!”』

 

 応答した先生が、何かに呻いていたのは無視することにした。まずは手近な第2エンジンから破壊する。

 エンジンの場所は、リングの外側に出っ張りがあり、中央の構造物と通路が繋がっている場所。そこを外殻ごと破壊すれば、アトラ・ハシースの動力は失われる。

 出っ張りがある場所まで、リングの上を飛行。たどり着くと同時に急上昇する。

 

 「攻撃開始。」

 

 分身を展開しながら、次元エンジンに向けて急降下。まず外殻に分身を着弾させて破壊。そこにブレードとパルスアーマーを展開して、飛行形態のまま構造体に突っ込む。

 衝突の瞬間にガタガタと機体が揺れるが、構わず最大出力で構造体を引き裂きながら突き抜ける。

 船内の空気に押し出された瓦礫が、アイビスが突き抜けた大穴から零れ落ちていく。

 

 『第2エンジン、破壊。』

 

 成功した。エンジンの位置も合っていたようだ。すかさず第3エンジンの破壊に移行。

 再び上昇してリングの上を飛行し、第3エンジンまで接近。真上からはやや離れた場所で砲撃モードに移行。

 コーラルを圧縮して、ビームとして解放。エンジンだけでなく、周辺の外郭をも巻き込んで消失した。

 外側にあった出っ張りが、重力に引き寄せられていく。飛行形態に変形して、リングの上を一定速度で周回する。

 

 『第3エンジン、破壊。』

 

 『レイヴンちゃん!そっちで第1エンジン壊せる!?』

 

 『……難しいです。第1エンジンはウトナピシュティムに近すぎます。突入部隊が対処するしか無さそうです。』

 

 『分かった!私達で何とかするよ!』

 

 エアの言う通り、第1エンジンを破壊すれば、ウトナピシュティムが減圧に巻き込まれる可能性が高い。突入部隊がこの高度から投げ出される事も考えられる。

 一先ず、今俺達がこれ以上出来ることはない。第1エリア上部に着地して、レーダーを警戒しながら次の指示に備える。

 しばらく待っていると、突入部隊が第1エンジンの破壊に成功したようだ。オペレーターを箱舟に残し、先生を含めた大勢が中央へと向かっていく。

 だが同時に、アヤネの声とそれをかき消すほどの激しいノイズが聞こえてきた。

 

 『レイヴンさん、通信の強度が下がってます!注意してく――――。』

 

 『強力なECMが展開されました。アトラ・ハシース、各システムが復旧を始めています。』

 『復旧対応が早い……。数分しか持たないなんて……。』

 

 「時間を稼げただけでも上等だ。あとはシャーレ達を信じるぞ。」

 

 『……そうですね。』

 『――ッ!?敵性反応多数、無人機です!』

 

 レーダー反応が急激に敵性反応によって埋め尽くされていく。発生している場所は、中央の構造体、第4エリア。

 三角柱型の胴体に手足が生えており、腕は武器が埋め込まれ、足はスラスターとなっている。空戦特化機体か。

 

 『レイヴン、応戦を!』

 

 飛び上がりながらミサイルをばら撒き、多数を一気に撃墜。コーラルライフルの通常射撃で、密集していた敵機をまとめて撃ち落とす。

 クイックブーストで適当な1機に詰め寄り、ブレードで両断。後ろからのマシンガンによる射撃を、通常ブーストの宙返りで回避しつつ、ライフルで反撃。

 密集している場所の中央に、クイックブーストを連発して潜り込み、最大範囲のアサルトアーマーを発動。

 直後に砲撃モードに移行して、コーラルビームを横薙ぎに発射し、集団を薙ぎ払う。

 こいつらのルーチンは単純だ。一定距離を保ちながらの射撃、それしか能がない。問題は無尽蔵の数だ。

 倒しても、倒した分だけ中央から補充される。いくら性能が低いとはいえ、これじゃジリ貧だ。

 

 「性能は決して高くないな。何故今展開してきた……?」

 

 『……何かをするつもりかもしれません。警戒を続けます。』

 

 コーラルブレードを延伸して、横に振りぬいて10体以上を破壊。2撃目は縦に振りぬき、また10体以上破壊。

 ミサイルを大量に展開して数を大きく減らし、右腕にチャージされたコーラルを、密度の高い場所に向けて発射。

 直撃はもちろん、ビームの周囲にいた無人機も、コーラルのエネルギーで焼かれ撃墜された。

 これだけやっても数が減らないので、奥の手を使う。

 空中で分身を多数展開。それぞれ適当な場所に突っ込ませて、コーラル特有の連鎖爆発ではなく、アサルトアーマーとして起爆する。

 複数位置で同時発生するアサルトアーマーによって、集団の8割が消失。流石に再出現の勢いが鈍ってきた。

 一度第1エリアに着地して、再び飛び上がり、ライフルとミサイルを中心に撃ち抜いていく。

 そこから30機ほど叩き落して、無人機の波はようやく落ち着いた。

 また頭痛と耳鳴りが激しくなってきたので、興奮剤を1本投与。暗くなりかけていた視界が、一気に晴れた。

 カフェインで脳を直接殴られているかのような感覚がするが、必要経費だろう。

 

 『無人機、これで打ち止めのようです。』

 『……時間稼ぎのつもりだったのでしょうが、司祭たちは一体何を――』

 『――ッ!アトラ・ハシース中央に、大規模エネルギー反応!?』

 

 その報告と同時に、体が急激に地面に押し付けられる。高度計の数字がどんどん増えていく。

 周辺を確認するが、外部からブースターで押し上げているわけでは無い。

 

 『アトラ・ハシース、急速に上昇!自滅するつもりです!』

 『中央上部、更にエネルギー反応!いえ、これは――!』

 

 警告、上方、レーザー。悲鳴と共に視界が埋め尽くされる赤を、左に飛んで回避する。着地してから右を見れば、レーザーの赤い余韻が残っていた。

 これが飛んでくることは、ありえない。あれは、コーラルだ。このキヴォトスには、俺達しかコーラルは居ないはずだ。

 

 『621……。』

 

 『ビジター……。アンタ、そこに居るのかい……?』

 

 『この反応……!そんな、ありえない……!』

 

 ありえない。その名で呼んでくるのは、あの人達だけだ。あの人達は、既にルビコンで死んでいる。

 上空から2機がブースターを吹かして、こちらに降りてくる。2機とも、ACだ。俺が知っている機体だ。

 1機は、メタリックレッドのAC。動力や制御導体、火器に至るまでコーラルが用いられる、アイビスシリーズの最終後継機。

 もう1機は、廃材から組み上げられた、RaD製フレームのAC。赤を基調とするその機体には、大量のミサイルが搭載されている。

 

 『621、俺達は……。』

 

 『ビジター、アンタを……。』

 

 『消さなければならない……!』

 『消さなくちゃいけない……!』

 

 『ウォルター……!?カーラ……!?』

 

 ありえない。どうして、あなた達が。

 

 『使命を……。友人達の、遺志を……。』

 『最大の、脅威を……。排除する……!』

 

 もう一度放たれるコーラルビームを、上空にクイックブーストすることで回避するが、即座にカーラから大量のミサイルが放たれる。

 パルスアーマーを展開しつつ、クイックブーストを駆使しミサイルの軌道の懐へ潜り込む。

 移動先をウォルターが撃ち抜いて来ようとするが、パルスアーマーで防ぎ、カーラの蹴りを寸ででかわす。

 地面に急降下し、クイックブーストを連発して距離を取ろうとするが、大量のミサイルとコーラルビームが放たれた。距離を離すのはむしろ危険だ。

 

 『――っ!この特有の反応……!アレは2人のミメシスです!この人選は、あなたを惑わせるためのかく乱戦術に過ぎません!』

 『レイヴン、応戦を!』

 

 そういう事か。あの人達を呼び出すために、時間を稼いでいたのか。

 ふざけるな、司祭共が。あの人達の死すら愚弄するか。

 飛来するミサイルをアサルトアーマーで撃墜。撃ち漏らしをパルスアーマーに任せて4門の火器にコーラルを充填。

 ビームをカーラのミメシスに向けて発射。相手はこれをクイックブーストで回避した。

 いつの間にか寄ってきたウォルターのミメシスが、左腕のブレードを振りかざして来るが、2連続のクイックブーストで裏を取る。

 そのままブレードで切りかかるが、シールドで防がれた。カーラのミメシスが放った蹴りをクイックブーストでかわし、ライフルの2連射を直撃させる。

 更にクイックブーストで大きく後退しながら、第1エリアの地面に着地する。

 

 『コーラルを、焼き払う……。それが、アタシ達の、使命……。』

 『ビジター、アンタは……!』

 

 こちらに近寄りながら放たれた大量のミサイルによる弾幕を、一気に前進することで掻い潜り、ブレードで切りかかる。

 瞬間、ウォルターからの射撃による横やりを受けて回避。ミサイルをウォルターに集中して発射することで、回避を強要。

 距離を取りながらカーラにライフルを浴びせて、確実に装甲を削っていく。

 無論カーラは回避しようとするが、クイックブーストの移動先に、両肩の火器を利用したチャージショットを放つことで直撃させる。

 

 『……いや……。ここに……。コーラルは、無い……。』

 『……ルビコンでも、ない……?』

 

 ACSが落ちたカーラにクイックブーストで急接近、勢いを乗せて両足を使ったドロップキック。

 大きく吹き飛ばされた隙を逃さず、砲撃モードに移行してコーラルの砲弾を放つ。

 着弾寸前で機体制御を取り戻したカーラはこれを回避。ウォルターから放たれたミサイルを、後退しながら射撃で撃ち落とす。

 更に牽制しながらこちらに詰め寄ってくるウォルターの攻撃をパルスアーマーに任せて、左腕を振り上げたのが見えた瞬間に蹴り飛ばす。

 

 『……ハッ。そういう、事かい……。悪役は、アタシ達の方か……。』

 『……笑えないね。』

 

 ミサイルをばら撒きながら第1エリアの上を移動するカーラに向けて牽制射撃。こちらからもミサイルを放ち、行動を制限する。

 カーラはむしろこちらに突っ込むことで、ミサイルやライフルを回避しようとしている。

 だが、カーラの機体は鈍重で、空中での機動戦には適さない。格好の的だ。

 ウォルターからのコーラルビームによる援護射撃を、右腕のチャージショットを直撃させることで中断させる。

 カーラは全てのミサイルを発射して弾幕を展開するが、パルスアーマーの出力を最大まで引き上げて、クイックブーストで回避しつつ受け止めていく。

 格闘戦の距離となった時、カーラのコアが展開。パルスエネルギーが機体に収縮していく。

 クイックブーストで距離を取る事で、カーラのアサルトアーマーを回避。カウンターとして、飛行形態でブレードを展開し突撃。

 カーラは回避が間に合わず、機首のブレードがコアに深々と突き刺さり、さらに高い空へと持ち上げられる。

 邪魔されない程度まで上昇したら急制動。カーラの機体は慣性で打ち上がり、無防備になる。

 左腕のブレードを最大出力で展開して、クイックブーストで一気に距離を詰め、コアブロックを完全に両断した。

 

 『それでいい、ビジター……。戦うのを、止めるんじゃないよ……。』

 

 ノイズ混じりの通信と共に、こちらに手を伸ばすような動きをするカーラ。伸ばした指から、灰となって崩れていく。

 だが、彼女は司祭に作り出されたミメシスだ。本人ではない。

 彼女らしい言葉を、彼女を何も理解せず、呟いているに過ぎない。

 

 『ACフルコース、シンダー・カーラ、撃破!後はウォルターを!』

 

 後ろから切りかかってきたウォルターを、反転しながら急降下して回避。コーラルライフルで牽制する。

 シールドで防がれるが、構わず攻撃を続行。ミサイルとライフルの射撃で確実にACSに負荷をかける。

 ウォルターからの射撃は、クイックブーストで確実に回避。ミサイルが放たれれば、それを射撃で迎撃する。

 

 『声が、見える……。621……。お前の、隣に……。』

 『……いや、これは……。お前の、声か……?』

 

 ウォルターからのチャージショットを回避した直後に、クイックブーストで距離を詰めて切りかかる。

 ウォルターはこれを後退して回避するが、左腕のブレードの出力を上げて、横一列に薙ぎ払う。シールドで致命傷は防いだようだが、ACSは落ちた。

 背面へと回り、第1エリアの方まで蹴り飛ばす。ウォルターは吹き飛ばされたが、空中で姿勢を立て直し、第1エリアへ着地。

 ミサイルをばら撒き、クイックブーストを連発して急接近。強引に地上戦に持ち込む。

 

 『そうか、621……。お前は、ずっと……。友人の、ために……。』

 

 再度コーラルビームでこちらを狙うウォルターだが、発射される前に、側面に回り込んで切りかかる。

 それをブレードで切り払いながら後退したウォルターは、コーラルが充填されたミサイルをこちらに放つ。

 まき散らされる子弾頭はパルスアーマーに任せ、こちらもライフルで牽制しながらミサイルをばら撒く。

 接近してきた親弾頭は、機動の内側に入り込んで誘導を外す。同時に移動先に飛んできたチャージショットは、パルスアーマーで受け止める。

 

 『621……。お前を縛るものは、もう、何もない……。』

 『友人達と共に、普通の、人生を……。』

 

 ウォルターは左腕を振り上げ、延伸されたブレードを叩きつけようとするが、Vの字にクイックブーストする事で回避。

 ミサイルを展開した後に着地。それに気を取られているウォルターに、チャージショットを叩きつける。シールドの展開が間に合わなかったのか、直撃した。

 勝負を決めるために一気に接近したが、同時にウォルターのコアが展開。回避が間に合わず、アサルトアーマーをゼロ距離で喰らってしまった。

 パルスアーマーと一緒にアイビスのACSがダウン。蹴り飛ばされて大きく後退する。

 ブレードを振りかざしてこちらに接近するウォルター。機体を翻し、赤い刃が振り下ろされる。

 だが、その刃が食い込む前に、アイビスのアサルトアーマーが発動。ウォルターのACSと一緒にブレードも霧散した。

 左腕のブレードを最大出力で展開。刀身を圧縮して、コーラル密度を限界まで高める。

 左腕を腰に構えて、1歩踏み込み、うなりを上げる刀をウォルターのコアへ突き立てる。

 刃はコアブロックを貫通。ウォルターは右手のライフルを、静かに手離した。

 

 『621……。』

 

 空いた右手が、今も刃を突き立てている左腕に触れる。

 ノイズ混じりの、主の声が、機体の中でこだまする。

 

 『よくやった。』

 

 その一言をきっかけに、ウォルターの機体は、灰となって崩れ始めた。俺は何をすることも無く、ただじっと見ていた。

 俺に触れていた手から、ゆっくりと崩れていく。左腕が支えを失い、だらりと下がった。コーラルの刃は、とうに霧散している。

 崩れ行くウォルターの、最後の一欠片が宙へと舞った時、俺は無意識に、それに手を伸ばしていた。それが幻だと分かっていても、伸ばしてしまった。

 ウォルターのミメシスが完全に消えた時、俺はただ、そこに立っていた。もはや、アトラ・ハシースが自滅しようとしている事など、忘れていた。

 アトラ・ハシースのリングに埋まったウトナピシュティムが、中央に向けて青い光を放った時、アトラ・ハシースの上昇は、ようやく止まった。

 今の俺には、それすら、どうでも良かった。

 

 『……アトラ・ハシース、落下軌道に入りました。自壊していきます。』

 『この軌道であれば、人的被害はなさそうです。大部分が、大気圏で燃え尽きるでしょう。』

 『……レイヴン。帰りましょう。』

 『あなたと、友人達が守った、キヴォトスへ。』

 

 エアの声によって、意識が現実へと引き戻された。アトラ・ハシースは機能を停止し、重力に引かれて落下していく。

 既に破壊したエンジンの周りは自壊しており、じきに全て崩壊するだろう。離脱しなければ巻き込まれる。

 

 「……ああ。そうだな。」

 

 家に帰るまでが、遠足だ。そうでしょう、ウォルター、カーラ。

 興奮剤の最後の1本を撃ち込んだ。

 

 『突入ルートの計算を始めます。ここからであれば――。』

 『――ッ!待ってください!アトラ・ハシース内部に生体反応!』

 『――先生!?どうして残っているんですか!?』

 

 「……あの馬鹿!!!」

 

 シャーレの奴、この船と心中する気だ。

 ブースターの出力を上げて、先生の元へ急行。ブレードで外壁を切り開き、手を突っ込んでこじ開ける。

 中を覗けば、確かに先生が残っていた。片腕を抑えているが、まだ生きているのは確かだ。

 

 「シャーレ、何をしてる!?早く脱出しろ!!」

 

 ”レイヴン!!私の事はいいから、早く逃げて!!”

 

 「ふざけるな!!!お前が居なくなったキヴォトスがどうなるか考えたのか!!!」

 

 ”あの子達なら、きっと大丈夫!!だから早く!!”

 

 「――ッ!いいから、帰るぞ!!!」

 

 ”えッ!?ちょ、ちょっと!?うわぁあぁ!?”

 

 右手を隙間から強引に突っ込み、先生を掴んで持ち上げる。

 コックピットを解放して、先生を中に放り込む。多少減圧するが気にしない。

 コックピットを閉鎖しながらアトラ・ハシースから離れ、飛行形態に変形。再突入に備える。

 

 「どこかに掴まれ!!口を閉じないと舌噛むぞ!!」

 

 『突入ルートの計算完了!!パルスアーマー最大出力!!』

 

 「全速で行くぞ!!捕まってろ!!」

 

 ”おっ、お願い!!ちょっと待っ、オアァアアァァァアァ!!!”

 

 アイビスが、先生を乗せて、キヴォトスの透き通った青い空を飛んでいく。

 一先ず、戦いは終わった。キヴォトスに、平和が戻ってきた。あちらこちらで銃弾が飛び交う、いびつな平和が。

 これから先、俺達に、このキヴォトスに何が待っているかは、誰も知らない。

 けれど、何が待っていても、乗り越えられる。

 何の根拠も無いが、ただ、そう思った。




最終章まで書ききれました。もう何も言う事はありません。
結局本編でもこの世界線でも、司祭との直接対決は出来ませんでしたが、多分本編がこれからやると思うので、のんびり待ちましょう。
最後にプロローグを投げますので、あとちょっとだけお付き合いください。

次回
幼年期の終わり
そして烏は翼を広げ、巣から飛び立った
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