BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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本編では描写されなかった、ブラックマーケット防衛戦です。
長い上にごちゃごちゃしてるので、この連休中の暇つぶしにどうぞ
大規模戦闘の書き方ホント分からん……。

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「地獄より湧き出ずるありとあらゆる邪なるもの。
 そして人が生み出した悪しきものに抗うため、
 我らは貴様を遣わす……。貴様だけを。
 切り裂け(RIP and TEAR.)全てが終わるまで( Until it is done.)。」
         ノビク王_『DOOM Eternal』_IDSoftwera



38.Time to Work

 空が赤く染まった日。謎のエネルギーが観測された6地点に、虚妄のサンクトゥムタワーと呼ばれる構造物が出現。

 即座に連邦生徒会から緊急事態宣言が発令され、キヴォトス全域が厳戒態勢へと入った。

 同時に、虚妄のサンクトゥムタワー同時破壊作戦が発動。出現するであろう敵勢力に備え、各自治区は防衛線を構築。

 ブラックマーケットも例外ではなく、レイヴンの声明に答えた者達が、既に境界線を守っていた。

 

 『まもなく作戦時間です。行きましょう、レイヴン。』

 『既に義勇隊が敵勢力と交戦しています。何とか押し留めているようですが、どれほど持つかは分かりません。』

 

 ストーカーが向かっているのは、廃遊園地『スランピア』方向。3本目のタワーが出現した場所。

 当然だが、敵はこのスランピアから来ると予測している。義勇兵だけで防衛線を維持するのは厳しいはずだ。

 準備を終えているナイトフォールが後部ハッチから押し出され、義勇兵が集まっている前線を飛び越えながら投下される。

 既に瓦礫まみれの場所に、ブースターで前進しつつ着地。素早く姿勢を整え、来たるべき敵に備える。

 

 「こちらレイヴン、ブラックマーケット防衛戦に参加する。」

 

 「レイヴン……?レイヴンだ!黒い凶鳥が来たぞ!!」

 

 「ありがたい!お前が居れば百人力だ!」

 

 後ろにいる義勇兵達から歓声が上がる。だがそこには目を向けず、長距離レーダーを確認。

 奴らが何かを察知したか、スランピア方面から大量の敵性反応が近づいて来ている。中には大型の反応も紛れている。

 個の性能に頼らない、純粋な物量戦。存外手堅い戦術を仕掛けてくるものだ。

 味方部隊の確認を行おうとした時、マーケットガードの緊急回線から通信が入った。

 

 『ガード各隊、こちらガード指揮官。レイヴンが戦闘に参加した。ブラックマーケット全域を放棄し、安全圏まで退避せよ。』

 『ここの滅びに付き合う必要は無い。生き延びることを優先しろ。』

 

 『……私達だけでやるしか無さそうです。』

 

 エアによって傍受された座標データは、各校の避難所を指し示している。初めから放棄するつもりだったのだろう。

 レーダーによる戦力の把握を進めるが、結果はあまり芳しく無い。

 崩落までどれだけ持つのか、その予想を始めた時、今度はガードの通常回線が開かれた。

 

 『……こちらガード4-2。既に敵に囲まれている。退却不可能だ。』

 『我々はこれより、徹底抗戦する!』

 

 『こちらガード2-6!通信状況が悪くて指示が聞き取れない!部隊の生存を優先し、独自の判断で行動する!』

 

 『こちら、ガード1-5。撤退などクソくらえだ。』

 『各員、レイヴンに続け!奴の隣が一番安全だ!』

 

 その通信の直後、背中から響く大量の足音とエンジン音。

 たまらず振り返れば、全身が黒で統一された部隊が、義勇兵の間に割入り、バリケードや土嚢の隙間で盾を構えていた。

 それだけでは無い。赤やカーキ、様々な色や意匠で統一された部隊が集まってきている。

 全て、マーケットガードの治安部隊だ。そのほぼ全員が、撤退命令を蹴ってきたのだろう。

 

 『良く言った!命知らず共!』

 

 更に響くのは、キュルキュルという履帯の摩擦音。それも1つではなく、周囲からいくつも。

 音に驚き、道を開けた兵士たちの間を通り、最前線にいた俺の横で整列。

 更に空からバラバラと破裂音。完全武装の攻撃ヘリが、戦車隊の後ろで控えていた。

 戦車や装甲車の種類こそバラバラだが、その全てに燃え盛る骸骨の跳ね馬のエンブレムが描かれていた。

 

 『こちら機甲傭兵部隊、ヘルホース!防衛戦に参加する!』

 『今回の経費はボス持ちだ!怯まず進め!!撃ちまくれ!!!』

 

 ヘルホース。機甲部隊の運用を専門とし、非企業系の傭兵部隊としては最大勢力。

 その歴史も古く、時に学園治安部隊の教鞭をとったこともあるのだとか。

 

 『榴弾砲、撃てェ!!!』

 

 更に後ろ、遠くで響く轟音と共に飛来する、無数の砲弾。

 砲弾は最前線の上を飛び越え、地平線の奥へと沈み、爆ぜた。

 視界を覆うほどの爆炎が起こり、凄まじい衝撃波が閃光から5秒ほど遅れて前線へと届いた。

 あの爆風には覚えがある。榴弾砲用の、サーモバリック砲弾だ。

 レーダーを確認すれば、敵部隊の最前列とその後ろの間には、大きな隙間が空いていた。

 

 『レイヴン、俺を覚えてるか!?借りを返しに来たぞ!!』

 『在庫一斉処分、出血大サービスだ!!必要な物があれば何でも言え!!』

 

 聞き覚えのある声が、オープン回線から飛び込んでくる。“施設”から脱走した時、俺に話しかけてきた熊だ。

 どうやらブラックマーケットの商人の1人だったようだ。サーモバリックを調達できる程度には、資金力とパイプを持っている優れた商人だ。

 カイザーが求めたのも頷ける。

 オープン通信が止むことは無く、続けてたおやかな声が響く。

 

 『レイヴンさん、聞こえますか?私、栗浜アケミと申します。ブラックマーケットの防衛に協力いたしますわ。』

 『戦う勇敢な者達が居るというのに、自分は背を向けて逃げ出すなど、スケバンの名折れですもの。』

 

 『良いか、レイヴン!私達は姐様のために戦うんだ!お前の為じゃ無いからな!勘違いすんなよ!』

 

 今度は七囚人の1人にその取り巻きが沢山。レーダーが随分にぎやかになってきた。

 取り巻きがアケミを『姐様』と呼ぶのは、彼女が伝説のスケバンだからだそうだ。

 彼女たちはこちらに合流はせず、別方向の防衛を担当するようだ。経緯はどうあれ、味方が増えることはありがたい。

 

 『こちら独立傭兵、ブルー・マグノリア。防衛戦に参加する。』

 『私の方でも、傭兵たちに声を掛けておいたわ。こっちは任せて!』

 

 『こちらジナイーダ、戦闘に参加する。』

 『2人の伝説からの要請だ。答えない道理はない。』

 

 『礼儀を知らぬ奴らに、キヴォトス流の歓迎を教えてやろう。なぁ、ヴァオー?』

 

 『へっ!遠慮なく暴れられそうだ。やってやろうぜ、メルツェル。』

 

 『運び屋ファットマン、復業だ。必要な物は俺が届けてやる。負けんなよ?ハッハッハッ!』

 

 ブルー・マグノリア。俺が直接協力を要請した相手だが、ここまでの数を連れてくるとは思わなかった。

 大量の友軍反応が、俺達やアケミがカバーできなかったエリアを埋めていく。

 既に防衛線は盤石だが、さらに空から轟音が響く。高速で頭上を通り過ぎた4機のそれは、航空機だ。

 まっすぐ伸びた翼と、胴体に2つ付けられたエンジン。確か、イボイノシシの愛称で有名な機体だ。

 

 『こちらイカロス航空学校、攻撃機隊、ハンマーヘッド1。防衛戦に協力する。』

 『ブラックマーケットは、私達の故郷でもある。このまま焼かせてなるものか!』

 

 『同じくイカロス航空学校、早期警戒機、スカイアイ。君たちの目となろうじゃないか。』

 

 スカイアイからデータが共有され、レーダーの情報量が一気に増える。

 通信で名乗らなかった者達も、防衛戦に協力しているようだ。商人や闇医者のグループがシェルターを運用している。

 運び屋たちも後方で控えている。補給の心配はもう必要なさそうだ。

 

 『この増援……!全て救援です、レイヴン!』

 

 彼らの中には、俺からの声明に答えたわけでは無く、個人的感情で集まっている者もいるだろう。だが、些細な事だ。

 爪弾き者達が、自分たちの居場所を守ろうと、危険を承知で集まってきた。それで十分だ。

 

 『さて、レイヴン。生きる伝説である黒い凶鳥から、何か言いたい事はあるかい?』

 

 接敵まであと1分。何か言うなら今が最後のチャンス。

 俺は自然と、ウォルターが仕事の前に掛けてくれた言葉を思い出していた。

 小さなアドバイスや、俺を鼓舞しようとする言葉。だがその全てが、危険に身を投じる、俺を案じてかけていた言葉だ。

 これほどの大規模な戦いの前、彼なら何と言うか。そう考えだした時、唇は自然と動いていた。

 

 「生き残れ。俺から言えるのはそれだけだ。」

 

 『諸君、聞いていたね!生き延びろとの事だ!死ぬんじゃないぞ!』

 

 『あったり前だ!!訳も分からず死んでたまるか!!!』

 

 『押し返せ!奴らをブラックマーケットに踏み込ませるな!』

 

 『ヘルホース!前進しつつ攻撃!焼き払えェ!!!』

 

 『ブラックマーケット全域で戦闘開始!行きましょう、レイヴン!』

 

 予定より少し早いが、大した問題では無いだろう。

 戦車隊がエンジンを鳴らし、瓦礫を踏み越えながら前進。歩兵隊もその後に続いていく。

 ブーストを吹かし、戦車の横を抜けて最前線へ。地平線を埋め尽くしている敵部隊に突撃する。

 相手は、オートマタやゴリアテ、ユスティナに、アリスの一件で見た妙な無人機。完全な混成部隊だ。

 攻撃ヘリが集団にロケットを叩きつけ、戦車の形成炸薬弾がゴリアテを消し飛ばしていく。

 地上部隊があと少しで射程に入るという所で、攻撃機が機銃で地面を薙ぎ払う。空を引き裂いているような轟音が凄まじい。

 

 『歩兵部隊、戦車隊を盾にしろ!我々はそのために居るのだからな!』

 

 戦車が足を止め、歩兵がその後ろに隠れた。盾を持っている者は、横1列に並んだ戦車の隙間を埋めるように立ちふさがる。

 俺はパルスシールドを構え、ミサイルとガトリングをばら撒きながら突撃。

 こちらの攻撃が着弾した瞬間、俺と歩兵隊に向けて、圧倒的な物量による分厚い弾幕が張られるが、構わず前進。

 真正面に居るユスティナと衝突する直前でシールドを変形、ブレードを腹に突き立て、そのまま出力を上げて刃を伸ばし1回転。

 串刺しになったユスティナ共々、周りの連中を両断する。

 警告、後方、機関砲。後退してシールドを張った瞬間、敵の最前線の連中が、25mm砲の連射によって消し飛んだ。

 飛んできた破片が防壁を叩くが、気にせずガトリングで弾幕を張る。

 

 『ヘルホース、こちらハンマーヘッド1-1!ゴリアテから対空砲火を受けている!優先して撃破してくれ!』

 

 『お安い御用だ!ヘルホース!優先目標はゴリアテだ!空飛ぶサメに手を出させるな!』

 

 少し目線を上げると、何機かのゴリアテが両腕を空に向けている。が、それを確認できたのは1秒程度。

 すぐに戦車の主砲によって、1機が胴体中央にあった頭部がはじけ飛んだ。他のゴリアテも、四肢のどこかしらが捥げている。

 MORLEYの焼夷弾を集団の適当な場所に打ち込み、熱で炙り出された奴が歩兵隊によって撃ち抜かれる。

 更にミサイルで追撃しようとロックオンを始めた時、砲弾が地平線の奥で炸裂した。あの商人、サーモバリック砲弾をここで使い切るつもりらしい。

 7.62mm弾で目についた奴を引き裂きながらドローンをロックオン、ミサイルを放ち撃墜する。

 そのうちの1機が地面に叩きつけられた瞬間、誤作動を起こしたロケットが敵の集団に直撃。

 スキャンで確認すると、他にもロケットを搭載したドローンが紛れている。

 

 「ロケットを搭載したドローンが居る。機甲部隊の天敵だ。歩兵部隊、見逃すなよ。」

 

 『了解!ロケットランチャー持ちも増えてるぞ!注意しろ!』

 

 奴ら、俺達の戦術に策を打ったか。さらにランチャー持ちの数が増えるとなると厄介だ。

 戦車が1両でもやられれば、壁に大きな穴が開く。

 発生源を潰せば足止めになるか、試してみよう。

 

 『スカイアイ、こちらレイヴン。敵部隊の発生地点を探してください。そこを攻撃すれば、発生を遅らせることが出来るかもしれません。』

 

 『敵部隊の発生地点だな、了解した。探してみよう。』

 

 俺の意図を汲んだエアが、スカイアイへの指示を引き継いだ。俺は構わず戦闘を続ける。

 飛び上がって適当な場所に榴弾を撃ち込んで穴を作り、ブレードの出力を大きく引き上げて急降下。着地と同時に赤い稲妻を地面に走らせる。

 穴が大きく広がった所で、すかさず最大出力で作り上げた光波を水平に飛ばす。

 光波は大きく広がりながら前進し、進行方向の全てを両断する。

 俺の前の視界が開けたが、それもつかの間。どれほど倒しても、地平線の奥から敵が押し寄せてくる。

 

 『まだ来るぞォ!!コレ弾足りるのか!?』

 

 『足りなくなったら補充しろマヌケェ!!!』

 

 『ハンマーヘッド1、こちらスカイアイ!攻撃目標を指示!敵の巣が分かったぞ!』

 

 『ハンマー1、攻撃目標を了解。各機、付いてこい!』

 

 心なしか、敵の密度が下がってきている。ミメシスと同じく、無限の兵力には制限も付きまとうか。

 ミサイルを適当にロックオンして発射。着弾を待たずガトリングで正面を一掃。

 ミサイルが直撃したオートマタが弾け、ユスティナやドローンがガトリングガンで引き裂かれていく。

 ゴリアテは戦車の射程に入ったものから撃ち抜かれ、横に回り込もうとした者達は歩兵隊に撃ち抜かれる。

 後方では輸送部隊が到着し、装甲車を盾にしながら弾薬のお代わりを前線に回していく。

 防衛線をすり抜け、輸送部隊を狙おうとしたドローンは、運転手のハンドガンに撃ち落とされた。

 歩兵たちは弾を喰らったとしても、戦えるならそのまま戦い、気絶したなら仲間によって助け出される。

 鉄の壁と化した前線の頭上を飛んでいったハンマーヘッドから、何かが大量に落とされる。

 

 『爆弾投下、弾着まで10秒。』

 

 『ぶっ飛びな、クソッたれ。』

 

 警告からキッチリ10秒後、水平に広がる爆炎。タワーから手前側を爆破したらしい。

 あのあたりに何が居たとしても、生きては居ないだろう。

 そのまま最前線で撃って切って消し飛ばし、相手の数を減らしていくと、地上からでも変化が見えてきた。

 地平線の奥に見える影が、明らかに減っているのだ。爆撃が功を奏したようだ。

 

 『こちらスカイアイ!爆撃の効力を確認した!敵の勢いが緩んでるぞ!畳むなら今の内だ!』

 

 その報告の瞬間、味方全員の士気が大きく上がる。

 色彩の駒は砲撃で更に数を減らし、それでもやってくる奴らをヘリと装甲車が掃討。

 すり抜けてきた奴らは、俺を始めとする歩兵隊が撃ち抜いていく。

 足元は様々な空薬莢で埋め尽くされ、戦車や装甲車には銃弾痕が無数に残っている。

 戦車も何台か撃破されており、歩兵隊の損耗も決して少なくない。

 それでもなお、ここに居る者達の心は折れず、戦い続けている。

 銃声が疎らになり始め、両腕で地を這うオートマタを、誰かが撃ち抜いたとき、俺達の前に動くものは居なくなった。

 

 『こちらスカイアイ!敵部隊、第1波の殲滅を確認した!諸君、良くやってくれた!』

 

 『これが、第1波かよ……!分かっちゃいたが、楽じゃねぇな……!』

 

 『お前らよくやった!弾と覚悟を補給しておけ!』

 

 一先ず乗り切ったようだ。本格的に、弾薬の補給と負傷兵の後退が始まった。

 当然だが、これで終わりではないだろう。

 スカイアイからのデータによると、敵の発生地点はタワー周辺。ただし、その範囲は数百kmにも及ぶ。

 ブラックマーケット全域がスランピアのタワーの影響下にある、という事だ。

 当然タワー付近の敵の密度は高く、俺が居た場所が最大の激戦区だった。

 念のため他の部隊の状況も確認する。

 

 『こちらレイヴン。マグノリア、アケミ、状況を報告しろ。』

 

 『こちらマグノリア。損害は軽微、まだいけるわ。』

 

 『こちらも問題ありませんわ。この程度では倒れませんよ。』

 

 『了解した。警戒を続けろ。』

 

 防衛に問題はなさそうだが、心配なのはタワーの破壊に向かった部隊だ。

 ごく少数の精鋭たちで突っ込み、守護者を排除してタワーを破壊する作戦らしいが、火力は足りるのだろうか。

 色々と考えてしまうが、今俺が考えるべき事でもないだろう。先生の方でも、攻撃部隊の状況は監視しているはずだ。

 少なくとも、スランピア側は問題ないだろう。別の攻撃機隊がタワーの破壊のために出てきているらしい。

 敵の増援に備え、その場で待機していると、無線にスカイアイの警告が飛び込んできた。

 

 『各員、こちらスカイアイ!多数の敵影がブラックマーケットの全方位から接近中!とんでもない数だぞ!』

 

 『こちらハンマー1、視認した。なんて数だ、地面が見えない……!』

 

 長距離レーダーと地平線の奥を確認。まだ距離は遠いが、第1波よりはるかに数が多い。

 敵の影が横1本の線として見えており、レーダーは敵性反応で埋め尽くされている。

 しかも、タワーからの距離と戦力密度が一致していない。恐らくは、俺が今見ている光景を、マグノリアやアケミも見ているのだろう。

 輸送部隊は物資だけを置いていき、急いで撤退し始めた。

 残った前衛部隊と後続の部隊が合流して、倒れた奴の分の穴を埋めるが、決して十分とは言えない戦力だ。

 

 『そうまでして私達を殺したいってのかよ!?』

 

 『怯むなッ!!押し切られれば大勢が死ぬ!俺達が食い止めるぞ!!』

 

 『この状況は……!司祭は、どうしてここまで……!?』

 

 「……狙いは俺かもしれん。事前にコンタクトを取ってきたぐらいだからな。」

 

 ブラックマーケットを狙う理由は思いつく。多数の違法兵器やそれを運用できる者達を、あらかじめ潰しておきたいのだろう。

 だがそれは、一般的な戦闘における話だ。別に違法でなくとも、強力な武器はこのキヴォトスにごまんとある。

 さらに、奴らには無限と呼んでいい兵力がある。ここを放っておこうが大して問題にならないだろう。

 わざわざ組織によって統率されていないこの場所に、これだけの大戦力をぶつける理由は無いはずだ。

 となれば、考えられる理由は、危険因子の排除。キヴォトスの安全装置を、あらかじめ壊しておくこと。

 故に、この場所ごと、俺を押しつぶそうとしているのだろう。

 

 『……レイヴン、アイビスを使う時です。ブラックマーケットはあなたが落ちたら終わりです。』

 

 本来もう少し後に乗り込む予定だったが、今回は仕方ない。

 通信をエリドゥに繋ぎ、制御室に居るリオを呼び出す。

 

 「エリドゥ、こちらレイヴン、聞こえるか。」

 

 『こちらエリドゥ。』

 

 「アイビスを起動する。格納庫を解放しろ。」

 

 『……本当に必要なの?』

 

 「ブラックマーケットの敵勢力が異常に多い。このままだと押し切られるぞ。」

 

 『……了解、5番ハンガー解放。必ず、生きて帰って。』

 

 ため息の後、要請に応答したリオ。守れない約束を呟いたのは、彼女なりの慰めなのだろうか。

 当然だが、ここから離れるわけには行かない。

 アイビスは燃料となるコーラルが抜かれており、起動させるにはコーラルを充填する必要がある。

 本来であれば直接乗り込んで、俺をスターターにするのだが、その時間は無い。

 

 「エア、頼むぞ。」

 

 『お任せください。』

 『……SOL644、正常に起動。レイヴン、そちらに向かいます。』

 

 僅かな耳鳴りの後、通信からエアの声が響く。上手く行ったようだ。

 ここからエリドゥとの距離は離れているが、アイビスであれば接敵前に間に合うはずだ。

 敵部隊がこちらの射程に入るまで、あと10分。既に砲撃と機銃掃射が行われているが、効果は芳しくない。

 確かに敵は倒れているのだが、数が多すぎて少し減らそうが意味が無いのだ。

 だが、あと少しでゲームチェンジャーが到着する。

 

 『こちらスカイアイ、レーダーコンタクト!ハンマー1、そっちに5時方向からアンノウンが高速で接近!』

 

 『ハンマー1、確認した!航空機のスピードじゃない……!一体何だ!?』

 

 来たようだ。赤く染まった空の中でも、一際存在感を放つ、赤い光。

 搭乗に備えて前進、歩兵隊から大きく距離を取る。

 

 「スカイアイ、そいつは友軍だ。IFFに登録しておけ。」

 

 『友軍!?こんなスピードで飛んでくるのがか!?』

 

 「そうだ。いいからやれ!」

 

 『おい、何か飛んでくるぞ!』

 

 『赤い、彗星……!いや、馬鹿デカい鳥か!?』

 

 通信が騒がしくなってきた。後ろから兵士たちのどよめきが聞こえてくる。

 ある程度開けた場所で立ち止まり、全ての武装をパージ。高速で空を飛ぶ、風切り音が近づいてくる。

 音が一際大きくなり、ガシャガシャという激しい金属音がすぐ後ろで響いた後、衝撃と土煙が身を覆った。

 

 『お待たせしました、レイヴン。』

 

 エアとの交信が戻ると同時に、体全体を機械の大きな手でつかみ上げられる。

 そのまま巨人の頭のあたりまで持ち上げられると、首が後方にスライド。操縦席兼拘束具がせり上がってくる。

 まず両足から合わせて固定、手を離されたので腰を据え、体を背もたれに預け、背中のヒートシンクを奥まで突っ込み固定する。

 操縦席が真っ暗な機体の中に下がり始めた。残った両腕をアームレスト程度の高さにある拘束具に突っ込む。

 首が元の位置に戻り、コックピットが完全に閉鎖された。モニターも、計器類も、操縦桿やペダルも無い、真っ暗な空間。

 

 『メインシステム、再起動。脳深部コーラル管理デバイスに接続。』

 

 起動シーケンスが始まった。視界のコンソールが初期化を始めた。

 コーラルの共振か、耳鳴りが激しくなっていく。

 

 『コーラルジェネレーター、最大出力。機体制御、異常なし。』

 

 全身から何かが奪われる。だが同時に、自身の体が巨大になった感覚が与えられる。

 

 『脳深部コーラル管理デバイスとの通信を確立、操縦権をレイヴンに移譲。』

 

 莫大な情報を伴ったコーラルが脳に送信される。動悸や吐き気が身を襲う。

 だが同時に、視界が大きく広がり、自身の形を変えられることを理解する。

 動かせないはずの体をゆっくりと動かし、頭を上げ、構えを取る。

 

 『SOL644、メインシステム、戦闘モード起動!』

 

 20mの、白磁の巨人。コーラルの守護者、その1機。

 俺はそれに、乗り移ったのだ。

 右手を振り上げ、コーラルを圧縮。刃として形作り、既に射程内に入り込んでいた敵に向け、解放する。

 ACすら容易に蒸発させるコーラルの奔流を、一気に左へ振りぬき、正面一帯を殲滅する。

 飲み込まれた者は例外なく蒸発し、地面の瓦礫は道路のアスファルトや基礎のコンクリートごと焼き溶かされている。

 ただ延伸したブレードを振りぬくだけで、この威力だ。

 

 『……あれだけいたのが、消えた……。』

 

 『なんて威力だ……。』

 

 『見ろ。ヘイローが、浮かんでるぞ。』

 

 どよめきを尻目に飛び上がり、砲撃モードへ移行。チャージしたコーラルで、左から右へと薙ぎ払う。

 一瞬の間をおいて、着弾点で連鎖爆発が発生。爆破範囲の敵性反応は例外なく消失した。

 すかさず飛行形態に形を変え、空に向けて一気に加速。見えない力が身を押しつぶさんとするが、構わずスピードを上げる。

 高度と速度を確保したところで、コーラルで飛行形態の分身を作り上げ、爆弾代わりに地面へ突っ込ませる。

 狙いは、こちらに向けて銃弾を放っているゴリアテだ。

 瞬間移動じみたクイックブーストで弾幕を回避しながら、分身たちをゴリアテまで誘導。

 当然ゴリアテが機動力でかわせるわけもなく、分身による連鎖爆発で周りの歩兵たちと共に消滅。

 敵の密度が高い場所を狙い、その上空で変形を解除。ブレードの出力を上げて地面に直接クイックブースト。

 ブレードを地面に突き立てると、ナイトフォールの時より強力な稲妻が、より広い範囲に広がる。自身の周辺の敵が電撃で足を止めた。

 その隙を逃すことなく、機体の腰にある発振器でコーラルを圧縮。爆発として開放する。

 生身やナイトフォール以上の規模の爆発によって、誰も居なくなった場所から飛び上がり、飛行形態に変形。速度と高度を上げていく。

 

 「こちらレイヴン、これよりブラックマーケット全域の火力支援に移行する。」

 

 相手が手加減をする気が無いのなら、こちらも手加減などしない。

 殺すか、殺されるか。最も原始的な戦いだ。

 

 『……ヘルホース!このままだと、戦果がレイヴンに持っていかれるぞ!地獄の軍馬はその程度か!?』

 

 『……気に入らねぇ!カラスばっかに良い思いさせっかよ!!』

 

 あっけに取られていた地上部隊だったが、ヘルホースの一喝により動き始めた。

 第1波の時と変わらぬ士気で、迫りくる膨大な敵を討ち払っていく。

 さっきの攻撃で、相手の数を大きく減らせた。あとは地上部隊に任せても問題ないだろう。

 まずはマグノリアが対応しているエリアに向かう。全速力で飛びながら通信を開く。

 

 『……悔いはねぇ、楽しかった――』

 

 『単純馬鹿が、死んで直るものでもないだろう。』

 

 『ジナイーダ、メルツェルを援護して!他は私が抑える!』

 

 『流石にヤベェぞマギー!無理すんじゃねぇ!』

 

 『今無理しなくていつするって言うのよ!?』

 

 通信から激しい銃声が聞こえてくる。既に相当な激戦になっているようだ。

 地上部隊が反撃しているようだが、その効力はぼちぼち。押し切られるのは時間の問題か。

 上からの景色は最悪の一言。ハンマー1の言う通り、敵で地面が埋め尽くされている。

 

 「ファットマン、こちらレイヴン。火力支援を行う。目標を指示しろ。」

 

 『レイヴン!?その機体に乗ってるの、お前なのか!?』

 

 「いいから指示しろ。いつまで持つか分からん。」

 

 『……なら手当たり次第にやってくれ!数が減らないと、マギー達が動けねぇぞ!』

 

 「了解した。地上部隊に前に出ないように伝えろ。」

 

 戦闘エリア上空を旋回しながら、多数のミサイルと分身を展開。

 分身をゴリアテなどのハードターゲットに、ミサイルは敵の密度の高い場所目掛けて落とす。

 着弾を待たず、爆撃地点からタワーの方向に水平移動。一気に高度を落として地面スレスレを滑空。

 敵と衝突する前にブレードを展開、そのまま突撃して薙ぎ払う。ブレードに何かが触れたという抵抗すら感じることなく溶断していく。

 同時に分身とミサイルが横で着弾。着弾地点と水平に飛んで相手の数を大きく減らしていく。

 ミサイルが全て着弾したタイミングで、垂直にクイックブーストして離脱。

 高度を確保してから砲撃モードに移行。コーラルを限界まで圧縮し、敵集団の中央に向けて塊として発射。

 コーラルの砲弾は高速で飛翔し、照準と寸分違わぬ位置に着弾。

 着弾地点の地面を抉るほどの、極めて大規模な連鎖爆発を発生させた。

 

 『こちらハンマー1-4!良く持たせた、傭兵!』

 

 『砲撃の準備も間に合ったよ。あとは任せて。』

 

 『レイヴン、助かったぞ!これが終わったら、一杯おごってやる!』

 

 「覚えておこう。あとを頼む。」

 

 飛行モードに変更し、今度はアケミたちの方へ加速する。

 一瞬でゼロから音速に迫るスピードへの加速。一瞬視界が狭まるが、構わずさらに加速させる。

 レーダーでアケミたちの状況を確認するが、既に壊滅寸前か。あの数を不良たちが抑え込むのは無理があると言うものだ。

 

 『まだです……!まだ落ちませんよ……!私の後ろには、戦えぬ者達が居るのですから!!』

 

 『姐様、逃げてください……!ここはもう……!』

 

 『ええ、逃げますとも。皆様を逃がした後にッ……!』

 

 「アケミ、無理はするな。撤退しろ。既に増援が向かっている。」

 

 『なら、増援が来るまで私が持たせます!その間に、あれらを!』

 

 このアケミ、相当肝が据わっているようだな。ミシガンが彼女を見たら気に入っただろう。

 変形を解除しながらミサイルをばら撒き、腕と肩の火器4門を使ったチャージショットを最前線から少し奥に放つ。

 チャージショットで開いた空間へ、クイックブーストでダイブ。パルスプロテクションを最高範囲で展開して、アケミたちを守り時間を稼ぐ。

 前方にブーストして距離を詰め、刀身を引き伸ばしたブレードで歩兵ごとゴリアテを両断。

 切り伏せると同時に横に飛びながら、コーラルライフルの通常射撃とミサイルで牽制。ここで周りの敵の狙いが、アケミたちから俺に向いた。

 大量の銃弾が襲い掛かってくるが、アイビスに傷を付ける事すら敵わない。

 パルスシールドを展開しつつ、ブーストの出力を上げて地面を滑走。20mの人型兵器の質量で、相手をひき潰す。

 通常射撃の連鎖爆発で小隊程度の数が減り、ミサイルは広い範囲を一斉に焼き払う。

 前線を大きく押し返したところで、さらにもう一押し。

 左腕にエネルギーを集め、敵部隊に向けてビームとして開放。ゆっくりと左から右へ動かし、見える範囲全ての敵を瓦礫ごと蒸発させる。

 ナイトフォールでは出すのに苦労したこのビームも、アイビスの大出力なら容易に放てる。

 

 「アケミ、今がチャンスだ。撤退しろ。」

 

 『ちょうど増援も来ましたわね。この恩は忘れませんわ、レイヴンさん。』

 

 「なら今日生き残って返してくれ。」

 

 アケミたちが撤退し始めた事を確認し、再び空へと上がって、レーダーで状況を確認する。

 さっき暴れまわったことで、敵第2波の数が大きく減少。あとは地上部隊で殲滅しきれるはずだ。

 一先ずスランピア側の前線に戻ろうと視線を向けた時、その先にあるオブジェがガラガラと崩れていくのが見えた。

 

 『見ろ!タワーが崩れるぞ!!』

 

 『ハンマー2、こちらスカイアイ!第3のタワーの崩壊を確認した!お見事だ!』

 

 『ハンマー2、了解!RTB(帰投する)!地上部隊、あとは頼むぞ!』

 

 『良い腕だ、ハンマー2。よくやった。』

 

 『あんたに負けたくないんでね、隊長!』

 

 『こちらスカイアイ、各員に朗報だ!各地のタワーの破壊に成功している!もう一息だぞ!』

 

 攻撃作戦、上手く行ったようだな。もう一度長距離レーダーを確認するが、新たな敵の出現はなさそうだ。

 後は、残った連中を殲滅するのみ。

 スランピア側に向けて一気に加速。分身とミサイルを展開しながら急降下。

 着弾直後に変形を解除して、クイックブーストで着地しながらブレードを振るう。

 横方向のクイックブーストに通常射撃とミサイルの弾幕を織り交ぜ、確実に相手の数を減らしていく。

 ゴリアテの1体が戦車砲で足を吹き飛ばされ、身動きが取れなくなった。そいつに左腕を向けて、コーラルを放つ。

 それが第2波のトドメとなったか、戦場は再び静かになった。

 無線から上がる沢山の歓声。その声には、決して消えない火が燃え盛っていた。

 空は未だ赤いが、一先ず脅威は去った。

 レーダーを見れば、タワー跡地付近で再び敵が出現している。

 第3波の用意をしているのだろうが、第1波と比べても明らかに数が少なく、出現も遅い。

 それこそ、少数の歩兵隊だけで対処できる規模まで落ち着いている。

 先の攻撃で戦力を使い切ったか、タワーが破壊されたことで制御が困難になったのだろう。

 

 「こちらレイヴン。シャーレ、状況はどうだ。」

 

 『レイヴン!こっちは最後の1本の破壊に取り掛かってるけど、シャーレに敵が集まってきてて……!』

 

 『レイヴン、相当数の敵がシャーレに集まっています。救援に向かいましょう。』

 

 なるほど。俺が無理だと分かったら、今度は先生を落としにかかったか。上等だ。

 後ろでは既に歩兵部隊の補給が進み、再び戦闘準備が整ってきている。

 後は、彼らに任せよう。

 

 「……シャーレ、俺もそちらに向かう。持ちこたえろ。」

 

 『いや、シャーレは大丈夫!むしろ、守護者の方をお願い!策はあるけど、時間が必要なんだ!』

 

 「了解した、守護者に対処する。」

 「ブラックマーケット!俺はD.U.に向かう!後は任せるぞ!」

 

 そう言い残して、飛行形態へ変形し、一気に上昇する。

 先生から共有された座標は、D.U.の港付近。どうもこの守護者、海から上がってきたらしい。

 この位置であれば、アイビスなら1時間以内に到達できる。

 ブースターの出力を限界まで引き上げ、ブレードを展開して空気抵抗を低減。

 激しい頭痛で朦朧とし始めた体に、精神だけで鞭を打ち、音を超えたスピードでD.U.へと飛行する。

 この感じなら、今日中に死ぬのは間違いない。

 ならそれまでに、多くの敵を道連れにしてやらなければ。

 強化人間は、そのために造られるのだから。

 それが、俺の本懐なのだから。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 想定より大幅に早くD.U.に到着。下では派手に暴れている連中がいるらしい。

 その中に七囚人の1人の名前が見えた気がしたが、気のせいと思って無視した。

 指定された場所である港まで後わずかだが、その港の方で何かが暴れている。

 2本のレーザーを空に放つそれのシルエットに、俺は見覚えがあった。

 背中にトゲが、尻からしっぽが生えているが、確かにあのマスコットの姿をしている。

 

 『あれは、ペロロ!?どうして、あそこまで巨大に!?』

 

 あの丸っこい体に、どこを向いているのか分からない目。ヒフミお気に入りのキャラクターじゃないか。

 妙な色に染まっているうえに、その体躯は下手なビルよりも巨大だ。

 まさか、アレが守護者だというのか?

 

 『ペロロジラです!ぬいぐるみを輸送していた船が海で沈没してしまって、流通しなかったっていう都市伝説です!』

 

 「それが形を帯びたという事か?一体どうなっている……!」

 「――って、ヒフミ!何故お前がここに居る!退避しろ!」

 

 『ひっ、一目見たくなってしまって、つい!アズサちゃん、急いで逃げましょう!』

 

 通信から聞こえてきた声、エンジン音が混じっていたが、確かにヒフミの声だ。

 レーダーにはペロロジラからほど近い場所に居ると表示されている。

 この辺りは侵攻初期に避難勧告が出ていたはずだが、ただ見る為だけに近づいたというのか。

 ここまでくると、その熱意は狂信と呼びたくなってしまう。

 ヒフミの考えはどうあれ、俺がやる事は変わらない。ペロロジラに攻撃を浴びせている、ヴァルキューレのヘリ部隊に回線を繋ぐ。

 

 「ヴァルキューレ、ペロロジラから離れろ。奴を排除する。」

 

 ペロロジラの上空を旋回しながらそう警告する。直後、警告に従い、全てのヘリがペロロジラから距離を取った。

 ペロロジラの頭上まで飛行し、変形を解除して火器4門を一斉射撃。

 直上から叩きつけられたコーラルは、ペロロジラの脳天で炸裂。

 頭の大半をえぐり取り、衝撃でよろめいたペロロジラは、鳴き声を上げながら後ろへゆっくりと倒れていった。

 通常ブーストでペロロジラから距離を取り、ビルの間の地面へと降り立つ。

 

 『ペロロジラ、損傷。活動停止……。』

 『……いえ、これは、再生している!?』

 

 ペロロジラの頭、消し飛んだ断面を拡大。そこから小さなペロロと思われる何かがボコボコと生まれ、体を再生させようとしていた。

 自分の肌にも、何かがボコボコと生まれる感覚が襲い掛かる。これが、鳥肌が立つ、という事か。

 ペロロジラは体の修復も不完全なまま、しっぽを使って立ち上がり、その両目を強く光らせた。

 

 「なら全体を消し飛ばすだけだ……!」

 

 レーザーが放たれる前に軽く飛び上がり飛行形態へ変形、ブレードをペロロジラの腹へと押し付ける。

 そのまま膨大な推力で前進しペロロジラを後退させ、ある程度勢いが付いたら上昇を開始。

 機体をペロロジラごと高く持ち上げ、高度がビルの高さを超えたあたりで急制動。宙返りしながら砲撃モードに変更。

 慣性でなお高度が上がるペロロジラに向けて、特大のコーラルビームを照射。

 ビームはペロロジラの体を容赦なく包み込み、焼き尽くす。

 上げているかも分からない鳴き声を、コーラルの悲鳴で上書きする。

 時間にして、僅か3秒ほど。あとに残ったのは、コーラルの僅かな軌跡と、ペロロジラの羽と足のごく一部のみ。

 変形を解除、ブーストで空中に留まり、ペロロジラの残骸を観察する。

 

 『ダメです……!組織が僅かでも残っていれば、そこから再生してしまう……!』

 

 残骸の切り口から、またボコボコと小さなペロロが生まれている。

 僅かでも組織が生き残れば、集まり、再生する。まるでコーラルだ。

 となれば、通常の手順で倒してもキリがない。いくら焼こうと再生するのだから。

 先生は策があると言っていた。それに賭けるしかない。

 

 「……だが時間稼ぎにはなる。続けるぞ!」

 

 『その必要は無い!』

 『無限回転寿司戦隊・カイテンジャー!再び参上!』

 『良く持ちこたえてくれた、傭兵!後は、我々カイテンジャーに任せてもらおう!』

 

 レーダーに友軍反応。カイテンジャーは確か、正義を名乗るお尋ね者じゃ無かったか。

 カイテンジャーが居る方向に目を向けた瞬間、眩い光が視界を包む。

 

 『”カイテンFX、MK∞!クラーケーン!!オケランヴァー!!”』

 

 『『『『『『”カイテンFX、出撃!!!”』』』』』』

 

 光が収まった時、そこに居たのは、また下手なビルより巨大な人型ロボット。

 そのデザインは、街角のテレビから流れていたアニメのそれのように見える。

 武器こそ持っているようだが、戦えるのか不安でしかない。

 何より、気になったことが1つ。

 

 「……何だその口上は……。」

 

 『かく乱戦術の一種でしょうか……?』

 

 『”戦隊モノのお約束だよ!!絶対必要だから!!”』

 

 奴らの声に先生のそれが混じっていたが、気のせいでは無かったらしい。

 多分、これが先生が言っていた“策”なのだろう。

 既に頭が弾けそうなほど痛むのに、いよいよめまいまで襲ってきた。

 

 「……もう何でもいい。カイテンジャー、援護する。」

 

 疑問は頭の片隅に捨て、再生寸前のペロロジラに備え、カイテンFXの後ろの上空で待機する。

 奴は再び起き上がり、治りかけの右目を光らせるが、コーラルライフルで先手を取って右目を攻撃、レーザーを封じる。

 怯んだ隙に合わせ、カイテンFXが突撃。右手の剣をペロロジラに振り下ろす。

 ビルの屋上を足場に飛び回り、ライフルとミサイルで牽制。ペロロジラの両目がこちらに向いた瞬間、カイテンFXの剣がペロロジラを切りつける。

 どちらの攻撃も有効なダメージが入っているようには見えないが、続けるしかない。

 ペロロジラが右の羽を振り上げた瞬間、分身を飛ばし、羽を切り落とす。ついでにもう反対側の羽も、本体のブレードで焼き切ってしまう。

 クイックブーストで上空へ逃れると同時に、カイテンFXの胸部が開き、中から飛び出してきたミサイルがペロロジラへ直撃。

 お返しと言わんばかりのレーザーを、カイテンFXは左腕の盾で受け止める。

 動きが止まった隙を逃がさず、両腕のコーラルライフルにエネルギーを集め、ペロロジラの正面から両目へと発射。

 治りかけの羽で両目を抑えながら、後ずさりするペロロジラ。

 その瞬間、カイテンFXは両手で剣を握り、腰を大きく落とした。

 

 『これでトドメだ、ペロロジラ!!』

 

 『『『『『『”カイテーン!!インフィニティ・スラァーッシュ!!!”』』』』』』

 

 カイテンFXはペロロジラへ大きく踏み込み、その丸い腹へ刃を食い込ませる。

 横をすり抜けながらさらに前進し、剣を振りぬいてペロロジラを両断。

 一瞬間を置いてペロロジラが苦しむような鳴き声を上げ、地面へ倒れこんだ後、盛大に爆発した。

 その爆発を背景に、カイテンFXは決めポーズ。

 もう何が何だか分からない。

 

 『”決まった……!”』

 

 「……あれで倒せるなら、何故アイビスの砲撃で死ななかったんだ……。」

 

 『なに、答えは簡単だ、傭兵。』

 『最後は正義が勝つ!それだけだ!』

 

 「お前達は俺と同じ指名手配犯だろうが。全く……。」

 

 地面に降りた俺を、カイテンFXが見下ろしながら、再び決めポーズ。

 頭痛の原因がアイビスの反動なのか、こいつらの言動なのか分からなくなってきた。

 ともかく、これで守護者は排除出来た。あとはタワーを壊すだけだ。

 

 「シャーレ、こちらレイヴン。タワーの破壊に移る。待機しろ。」

 

 返答を待たず飛行を開始。変形したサンクトゥムタワーへと向かう。

 その道中、下で戦っている者が大勢見えた。そこに所属や人種など、関係なかった。

 戦いこそが人間を進化させる。あながち間違いでは無いのかもしれない。

 5分足らずでサンクトゥムタワーの近くに到着。空中で砲撃モードに移行し、砲身の間でコーラルを圧縮する。

 そして、十分に圧縮されたコーラルを、タワーの根元に向けて発射。

 連鎖爆発がタワーを地面ごとえぐり取り、支えを失ったタワーはあっけなく崩壊していく。

 

 『直撃。第6のサンクトゥムタワー、崩壊します。』

 

 『見ろ!空が!』

 

 『やったのか……?』

 

 地面に降りて、空を見上げれば、赤く染まった空が、少しずつ澄んだ青色へと戻っていく。

 壊したタワーが再出現する可能性もあったようだが、その前に事が片付いた。

 こちら側にとっては理想的な展開だ。

 試しにオープン通信を聞いてみると、各地から敵の撃退の成功や、空が元に戻った事を喜ぶ声で埋め尽くされていた。

 

 『こちらスカイアイ!レイヴン、ブラックマーケット周りの敵の出現が止まったぞ!よくやってくれた!』

 

 「一先ず、脅威は去ったか……。」

 

 スカイアイからの報告は、俺達の勝利を意味するものだった。

 安堵のため息をつくと同時に、激しい頭痛と耳鳴りが襲い掛かる。

 だが、これで全てが終わったわけでは無い。最後の仕事が残っている。

 

 『あとは、本命の箱舟ですね。まだ時間に余裕があります。エリドゥに戻って、休息をとりましょう。』

 

 エアの言葉に、飛行形態に変形することで答え、エリドゥに向けて飛行する。

 盤面は良好。あとは最後の詰めだけ間違えなければいい。

 今は、終わりを信じて、戦うだけだ。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 エリドゥのハンガーにアイビスが収まった事を確認してから、メインシステムを停止。

 首をスライドさせてコックピットを解放し、操縦席を上に持ち上げる。

 ロックを解除して、コックピットの端に足をかけ、キャットウォークに飛び移る。

 自動ドアを通り、無機質な廊下へ出ると、壁に寄りかかっていたMRaDのミサトが、神妙な顔でこちらに駆け寄ってきた。

 

 「レイヴン!大丈夫!?」

 

 「ミサトか。リオにアイビスの整備を――」

 

 『レイヴン!』

 

 ミサトに歩み寄ろうとした3歩目で、体から急激に力が抜け、アイビスに乗っていた時以上の頭痛と耳鳴りが襲い掛かる。

 何かが喉にへばりつくような感覚に、震える手でヘルメットを強引に外し、地面に這いつくばったまませき込む。

 1度せき込むたび、白い地面に地面に赤い斑点が作られる。

 

 「ああもう!エア、ナイトフォール開けて!」

 

 『今解放します!』

 

 ナイトフォールの背中が開けられた事でバランスが崩れ、横に倒れこむ。

 止まらない咳に構わず、ミサトは俺の脇に手を入れ、ナイトフォールから引っ張り出してきた。

 引っ張り出される間に、体の感覚すら奪われていく。ここまで激しい発作は初めてだ。

 

 「ミサト先輩、何が――!」

 

 「急患1名!ストレッチャー用意急いで!」

 

 「はっ、ハイ!」

 

 ミサトはそのまま俺を横に寝かせ、声を掛けながら肩を叩いて意識を保たせようとするが、俺は既に咳をする力すら奪われていた。

 次第に耳鳴りが聴覚を支配し、視界も黒く塗りつぶされて、意識と記憶が断片的になっていく。エアの交信すら届かない。

 ミサトとその後輩に抱えられ、ベッドか何かに横たえられて、どこかへ運ばれる。

 いくつかの光の下で、沢山の薬や管が準備されている光景が見えた時、俺は意識を手放した。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 耳鳴りの奥から聞こえる、規則的な電子音。暗い視界に映った、体から伸びる、いくつもの管。

 口元には、マスクか何かをかぶせられている。息は苦しくない。

 ふと、隣から僅かだが、人の気配を感じる。上手く力が入らない首を左に回し、誰が居るのか確かめる。

 視界がぼやけていて、はっきりとは見えなかったが、俺が起きたことに気づいたのか、自分から顔を寄せてきた。

 

 「……レイヴン、目が覚めた?」

 

 「……どれだけ、寝てた……?」

 

 「まだ2時間。もう丸1日ぶっ倒れてていいわよ。」

 

 「……そうか。」

 

 ちゃんと生きて帰ってきた割には、ミサトの表情は決して明るくない。

 ベッドサイドの机に置いていたタブレットを手に取り、俺の顔の近くに寄せてきた。

 画面には、俺の全身のスキャンデータが映っているが、普段と異なり、体には大量の赤い警告が浮かんでいた。

 

 「……ねえ、良く聞いて。次アイビスに乗ったら、アンタは死ぬ。」

 「全身の血管や神経がボロボロなの。アイビスに乗って戦ってる間も、脳か心臓の血管が破れてたって不思議じゃ無かった。」

 「アンタが生きて帰ってきたのは、文字通りの奇跡よ……。」

 「アンタの状態は、リオから先生に伝えられてる。最後の作戦は、アンタ抜きでも進められるってさ。」

 「だから今は、ゆっくり休んで。アンタは、ブラックマーケットを守り切ったよ。」

 

 「………………。」

 「……エア、シャーレの通信を、監視しておけ。」

 

 「――ッ!アンタねぇ、まだ戦う気なの!?これ以上は死ぬって言ったでしょ!?」

 

 顔の横に手を付いて、今にも泣きだしそうな顔でそう叫ぶミサト。

 友人が自殺するなんて言い出したら、そんな反応にもなるだろう。

 だが忘れてはならない。これは、このキヴォトスと司祭たちの、絶滅戦争なのだ。

 動いている、という事しか感じられない唇を動かし、ミサトを説き伏せようとする。

 

 「……少しでも、勝つ確率を、上げる。どうせ、その作戦が、失敗したら、全滅するんだ。」

 「俺は、賭けに勝った。もう一度、賭けるまでだ。」

 

 ミサトはさらに顔をしかめ、俺から離れた。キャスターの付いた椅子を引き寄せて座り、うつむいた。

 彼女の顔は前髪に隠れ、知る事が出来なくなった。

 同時に、再び耳鳴りが強くなり、視界が黒く染まっていく。

 

 『……通信、傍受できました。作戦実行は明日になりそうです。今は休んでください、レイヴン。』

 

 「分かった。必要になったら、起こしてくれ……。」

 

 頭を静かに上に向け、ゆっくりと目を閉じる。

 規則的な電子音が、耳鳴りと共に少しづつぼやけていき、意識も深く沈んでいく。

 眠る直前にエアが声を掛けてきた気がしたが、聞くことは出来なかった。




ヘルホースとかイカロスとか、色々と捏造しましたが、「そういうのもあるのか」のスタンスで見てくれるとありがたいです。
後、MT部隊とかルビコプターとか他の学園の活躍も書く予定でしたが、あくまでもレイヴン視点で書いたため、書ききれませんでした。(白目)
皆様の脳内で補完をお願いします。
先生視点だったら書けたんですが、あくまでもこれはレイヴンの物語ですからねぇ……。

次回
審判の日
その天秤は、どちらに傾くのか

次回も気長にお待ちくださいませ……。
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