BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL- 作:Soburero
せめて、せめて総弾数が増えてくれれば、とても使い勝手がいいのに……。
さて、レイヴン初の大規模戦闘です。長いです。
暇なときにどうぞ。
多分最終章も似たような書き方になると思いますので、ご容赦ください。
書いてるときは楽しいけど、書き方が分からなくて難しい……。
―――――――――――――――――――――――――――――
『ブラックリスト』
連邦生徒会の暗部を担う者達が書かれたリスト
防衛室によって厳重に管理、隠匿されており、
リストの存在を知るのは、連邦生徒会でも極一部の高官のみ
ごく最近、このリストからFOXの名が消え、
新たにレイヴンの名が刻まれた。
『……セイア様。まもなく調印式です。まだ、お目覚めにならないのですか……。』
『……今、お体を――』
『――――ッ。』
『――ッ!セイア様!お目覚めになられましたか!』
『……彼女は、何処だ。』
『彼女?ミカ様なら、ナギサ様と――』
『レイヴンは何処だッ!?何処に居るッ!!』
『セイア様!どうか落ち着いてください!』
『ゲホッゲホッ!ハァッ……!』
『彼女を、調印式に、参加させてはならない……!トリニティが、いや、このキヴォトスが――!』
『炎と血の海へと沈むッ!』
――――――――――――――――――――――――――――――――
エデン条約調印式前夜。キヴォトスの空を飛ぶ、ストーカーの中。
俺は簡易ベッドに腰掛けながら、通信によるブリーフィングを行うために、時間が来るのを待っていた。
ステンレス製のカップに注がれたフィーカを啜りながら、エアが場を整えるのを待つ。
『安全な回線を確保しました。通信、開きます。』
「こちらレイヴン、通信に参加した。聞こえるか。」
『”大丈夫、バッチリ聞こえてるよ。こっちの声は大丈夫?”』
「クリアだ。問題ない。」
まず聞こえてきたのは先生の声。今回の司会進行役だ。
続けて、先生は視界の左下に写されたメンバーを呼び出していく。
『”OK。じゃあ、メンバーを確認するから、呼ばれたら返事をして。”』
『”まずは、ティーパーティー、ナギサ。”』
『はい。問題なく聞こえております。』
『”ミカ。”』
『はーい。バッチリだよ。』
『”セイア。体調は大丈夫?”』
『ああ、問題ないとも。体調も、ただ夢見が悪かっただけだ。』
『”……そっか。なら良いんだけど。これで、ティーパーティーは全員だね。”』
『”正義実現委員会、ハスミ。”』
『問題ありません。ツルギも隣で聞いています。』
『”ゲヘナ万魔殿、イロハ。”』
『聞こえてまーす。マコト先輩以外、全員聞いてますよー。』
『”風紀委員会、ヒナ。”』
『通信に問題なし、クリアよ。アコを含めた、隊長格全員が聞いてる。』
『”アリウス分校、サオリ。”』
『問題なく聞こえている。アズサも聞いているぞ。』
『”独立傭兵、レイヴン。念のため、もう一回。”』
『こちらレイヴン、問題ない。』
そうそうたるメンバーが呼び出される。ここまで人が多いブリーフィングは、アイスワーム討伐戦以来だ。
予定通り全員の出席が確認できた先生が、このブリーフィングの音頭を取る。
ちなみに、エデン条約の発案者である、連邦生徒会。厳密には連邦生徒会長だが、その当人は不在。
連邦生徒会は、今回の件については首を突っ込まない事にしたようだ。
直近でカイザーの幹部と防衛室長がまとめて逮捕され、カイザーは倒産しかかっているとなれば、無理も無い事だ。
使者の1人でも送れと言われたら、奴らは何も反論できないだろうが。
『”よし、これで全員だね。”』
『”これより、アリウス分校による、エデン条約調印式襲撃への対策会議を始めます。”』
『ではまず、ティーパーティーから、前提を説明します。』
『これは、白洲アズサ、錠前サオリ両名からの情報提供に基づく、アリウスの襲撃に対する調印式会場の防衛計画、その最終確認です。』
『サオリさん。まず、アリウスの計画をお話しして――』
『その前に、私から1ついいかな?』
『”セイア、どうしたの?”』
『……レイヴン。まず、君には感謝している。ミカの暴走を止め、サオリの憎しみを砕き、ベアトリーチェの計画を大きく後退させてくれた。』
『きっと、君でなければ成し得なかったことだろう。』
「その後に、だが、と続くんだろう?」
『そうだ。君はよくやってくれた。あとは、私達が事態を鎮める。どうか、手を引いてくれないか?』
「理由は?」
『……私は未来を、夢として見ることが出来る。長い夢の中で、私は見たんだ。』
『君が、このキヴォトスを焼き尽くす姿を。そこに生きるものの全てを、君が奪い尽くす、その姿を。』
『……レイヴンが、キヴォトスの滅びそのものだと?』
『言葉は悪いが、そういう事だ。そのきっかけは、エデン条約の調印式。そこに来るアリウスを、焼き尽くすことをきっかけに、君は、世界を滅ぼすんだ。』
『……荒唐無稽に聞こえるだろうが、これは、定められた未来だ。だが、君が手を引いてくれれば、回避される未来でもある。』
『どうか、手を引いてくれ。もちろん、これまでの働きの報酬は――』
「断る。お前が何を見て、何を思おうが知ったことか。アリウスやトリニティがどうなるのかも知ったことではない。」
「ベアトリーチェは俺に手を出した。悪意を持ってな。その借りは、キッチリ返す必要がある。」
『……アリウスの戦力が分からない以上、取れる手段は多い方がいい。私としては、ここでレイヴンを手放す選択肢はない。』
『セイア様。風紀委員長の言う通りかと。少なくとも今は、レイヴンがトリニティの敵となる事はないでしょう。』
『……レイヴンさん。このまま、会議に参加してください。これはティーパーティーとしての要請です。』
『わ~お。ナギちゃん強引。まぁ、私も意見は同じだったけどね。』
『……やはり止められない、か。まあ、どんな結末になろうと、見届ける事にしよう。』
『”それじゃあ、改めて。サオリ、計画を話してくれる?”』
『まず、アリウスの目的だが、トリニティとゲヘナの首脳陣、そして、シャーレの先生の排除だ。』
『アリウスは、カタコンベと呼ばれる地下通路を通ってくるだろう。出口は、古聖堂付近と、近くの街区に1つずつだ。』
『だが今は、アリウスの主力部隊のほとんどがトリニティに捕えられている。襲撃に来るのは、ほぼ非戦闘員になるはずだ。』
『それと、彼女は兵器を用意していた。コンテナを積んだトラックだ。恐らく、トリニティとゲヘナの境目付近に置いてあるだろう。』
『まず兵器を使い、会場全体を混乱させ、それに乗じて全部隊で突入。一気に制圧する。それが、全体の流れだろう。』
『”それじゃあ、兵器はどうする?対策は?”』
『正義実現委員会が、既にこのトラックの捜索を行いました。情報通り、トリニティ自治区境界ギリギリの空き地に停められていました。』
『ナンバーは無く、運転手も近くには居ないようだったので、運転手が現れるまで待つつもりでしたが……。』
『噂を聞きつけたトリニティ自警団が、勝手に接収してしまいまして。今現在、このトラックは正義実現委員会によって管理されています。』
『自警団には、後で私からきつく言っておきます。』
「それで、コンテナの中身は。」
『……コンテナ偽装型の、弾道ミサイルでした。それも、極めて特殊な。』
『弾頭は広域破壊用の高性能サーモバリックであり、ステルス性を高める為か、特殊な表面処理が施されていました。』
『こんなものが会場に撃ち込まれていたら、どうなっていたか……。』
『……少なくとも、遠隔操作には対応していないようです。兵器に関しては、無力化したと判断してよいでしょう。』
『”良かった……。よし、今度はアリウスの子達について。”』
『非戦闘員と言っても、訓練は受けていると聞いてる。それなら十分脅威足りうる。』
『古聖堂の警備はどうなってるの?』
『正義実現委員会は、1個中隊規模で展開する予定です。特に、カタコンベの出口にすぐ向かえる場所に、精鋭を待機させます。ただ、これは通常配備です。』
『街区の方に、重装させた別動隊を待機させます。会場が襲撃を受けた場合、重装部隊による挟撃を仕掛けます。』
『また、会場に大量の武器弾薬を運び込んでおきました。古聖堂に立てこもる事になっても、しばらく戦えるはずです。』
『問題は、そのどさくさに紛れて、暴れようとする者達ですね。』
『それは風紀委員会が対応する。ゲヘナの境界に装甲車を待機させておく。重火器を満載させてね。』
『迫撃砲も配置する予定。ただ、これを使うと完全な越境攻撃になるということは、今あらかじめ言っておく。』
『それを使う時は緊急事態ですし、致し方ないでしょう。ティーパーティーが協力を要請した、という形で処理します。』
『ありがとう、ナギサ。風紀委員長として、感謝するわ。』
『カタコンベの出口に、トラップを仕掛けておくのはどうだ?奴らの足止めが期待できる。』
『それに、鳴子代わりにもなるはずだ。』
『賛成です。それの起動を合図に、避難誘導を始められます。私の方でも探知は出来ますが、相手が地下にいると精度が下がりますから。』
『……そうですね。ハスミさん。この会議が終わり次第、サオリさんと共に、トラップを仕掛けてください。足止め程度で十分です。』
『承知しました。お任せください。』
『分かった。やっておく。』
『”襲撃された時の避難は?ルートは確保してる?”』
『万魔殿の方で確保してますよ。避難用の足も含めて。』
『トリニティとゲヘナ方面、それぞれ3ルートずつ。襲撃を受けたら、まず首脳陣から退避させます。』
『その後は、逃げ遅れた民間人と怪我人を優先的に避難させて、最終的に、古聖堂には戦闘要員だけが残ります。』
『そして、周辺の安全が確保出来次第、戦闘員も全員退避。これが、大まかな避難計画です。』
『言っておきますけど、あなたがしんがりですからね、レイヴンさん。』
「任せろ。捨て駒扱いは、今に始まったことじゃない。」
『避難に関して、私からお話が。』
『シスターフッドと救護騎士団に協力を要請しました。会場から離れた場所に、臨時病棟を設置します。』
『重症の方は、まずこちらに運んでください。応急処置を施したのち、病院へと搬送します。』
『それなら、救急医学部にも声を掛けておきます。あんまり人は回せないと思いますけど。』
『十分です。ありがとうございます、イロハさん。』
『”これで、必要な話は出来たかな。それじゃあ、全体を整理するよ”』
『”まず、調印式は日程通り実施。そこを襲撃しようとするアリウスを迎え撃つ。”』
『”カタコンベのトラップの作動を合図に、避難誘導を開始。同時に、街区に控えた正実の重装部隊と、古聖堂に待機しているレイヴンが動く。”』
『”会場を防衛しつつ、首脳陣と民間人を、段階的に避難させる。そして、会場に残った戦闘要員と、風紀委員会の迫撃砲でアリウスを鎮圧次第、全員避難。”』
『”これが、当日の全体の流れ。そして、注意しなきゃいけない事がいくつかある。”』
『”この防衛戦で出た重傷者は、臨時病棟へ搬送。処置が終わり次第、病院へ移送する。”』
『”そして、アリウスの子達は、可能な限り捕虜として保護する。過剰な攻撃は控えて欲しい。”』
『”戦いが始まったら、敵と味方と民間人が入り乱れる乱戦になる。誤射には十分注意して。”』
『”特に迫撃砲は、民間人の避難が終わったことを確認してから使う。砲撃要請の座標は、絶対に間違えないように。”』
『”これで、説明は全部。質問がある人は?”』
「……サオリ。ミメシスの起動条件は?」
『……分からない。彼女はそこまで話さなかった。だが多分、姫が……。秤アツコがカギになると思う。』
『マダムは、必ず姫を送り込んでくるだろう。ユスティナ聖徒会のミメシスを、目覚めさせるために。』
『もし見つけたら、優先的に狙った方がいい。彼女に何を任されているのか、分からないからな。』
『……良いのですか?あなたは、自分の友人を撃て、と言っているのですよ?』
『……覚悟の上だ。お前達は、人を無意味に傷つけることはしない。そう、信じるだけだ。』
『……約束しましょう。あなたの友人達を、無意味に傷つけることはしません。正義実現委員会、そして、トリニティの1生徒として。』
『……感謝する、羽川ハスミ。』
『……この防衛戦は、あくまでもアリウス分校の生徒達の保護、その足掛かりに過ぎません。』
『ここに居る皆様方、どうか、そのことを忘れないでください。』
『”……以上で、作戦会議を終わります。皆、気を付けてね。”』
『どうか我らに、主の祝福があらんことを……。』
ナギサのその一言と共に、ブリーフィングが終了する。
フィーカを1口すすり、心に浮かんだ言葉を、静かにこぼした。
「……あれば良いな、そんなものが。」
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調印式当日。俺は古聖堂の裏で待機していた。
既にクロノスが調印式の生中継を始めており、大通りには屋台も出ている。まさにお祭り騒ぎ、と言った様相だ。
式自体もつつがなく進んでおり、あとは、アリウスが来るのを待つのみとなっている。
『会場全体が、活気づいている……。これが、アリウスを誘き出すための、餌でしかないなんて……。』
「元よりマコトとミカは条約を結ぶ気が無かったんだ。アリウスが居なかろうが、失敗していたさ。」
事実、今トリニティとゲヘナが睨み合っていないのは、アリウスという共通の敵が存在するからだ。
アリウスが居なくなれば、元のいがみ合う関係に逆戻り。結局、この条約で何かが変わることは無い。
『レイヴン……。人同士が、何のしがらみも無く手を取り合う日は、来ないのでしょうか……。』
「……さあな。」
エアの嘆きをただ受け止め、ため息を1つ付いてから、弾薬箱を抱えていた正実の1人に声を掛ける。
「おい。配備はどうなっている。」
「万全です。武器弾薬、グレネードや燃料もありったけ持ってきてあります。」
「何よりだ。奴らはいつ来るか分からん。備えておけ。」
「はい!もちろんです!」
反対方向を見ると、風紀委員会も準備を進めている。トリニティとゲヘナ、今でこそ並んで歩いているが、その溝は深い。
事前に作戦を聞いているはずなのだが、互いに余り関わらないようにしている。
組織として手を結んだ所で、相手を理由なく嫌う者がいる限り、本当の意味での和平など出来ないのだろう。
「……結局、人は人と争う事を辞められんのだろうな。俺達を含めて。」
『……人は、人と戦うための形をしているから。』
人間が生きていくには、敵が必要なのかもしれない。敵を超え、敵を倒すという、明確な目標が。
そうして争い合う事で淘汰を繰り返し、種として進化していくために。トリニティとゲヘナにとって、互いがそうなのだろう。
どちらかが滅んだとしても、それは進化の過程の1つ。
そして、俺はその淘汰の中で生きる傭兵。俺が商売を成り立たせるためには、誰かにとっての敵が必要だ。
だが、誰にも敵が居なくなった時、俺はどうすればいい。誰にも敵が居なくなる時など、来るのだろうか。
『……レイヴン。私達の仕事に、集中しましょう。』
「……そうだな。」
クロノスの中継に目を戻すと、調印式もいよいよ佳境に入ろうとしていた。
後は、トリニティとゲヘナのトップ同士が、手を結ぶのみ。
それを良く思わないものが、すぐ近くにいるのだが。
『……レイヴン、アリウスのものと思われる通信を傍受できました。今繋ぎます。』
『こちら、Ⅳ班……!各員へ、連絡……!』
『こちらⅠ班、どうした。』
『……兵器が、兵器がありません!』
『無いわけが無いだろう……!周辺を調べろ!』
『もう調べました!とっ、トラックごと、移動されているようです!行先は、恐らくトリニティ校舎……!』
『……奴らが計画に気づいたのか?いや、そんなはずはない……!』
『ミサイルを移動させたことに気づかれたようですね。既に手遅れですが。』
『こちらレイヴン。各隊に通達。アリウスが襲撃準備を始めました。避難誘導と戦闘の用意を。』
『こちらA班指揮官、了解しました。』
『B班指揮官了解。想定通りね。』
ハスミとヒナが通達に応答。直後、俺の両隣で準備を進めていた風紀委員会と正実が慌ただしく動き始めた。
俺も、ナイトフォールのチェックを開始。問題が無い事を確認し、戦闘モードを起動して、バイザーを下ろす。
『これで、後はアリウスの動きを待つだけ……。』
「……やれるものかな、そんなに上手く。」
会場には、ナギサの演説が響いている。何も知らない観衆が演説に聞き入り、その裏では、正実と風紀委員会が着々と戦闘準備を進めている。
各武装の弾薬を満載出来ているか確認し、右腕のガトリングガンをスピンアップさせる。
そして、ナギサの演説も終わり、ナギサとマコトが、トリニティとゲヘナのトップが手を結ぼうとした時。
流石にアリウスも諦めたかと考えた、その時だった。
地面が軽く揺れ、多数の爆発音が遠くで響く。仕掛けたトラップが作動したのだ。即座に、会場一帯にサイレンが鳴り響く。
『古聖堂側のトラップが作動!アリウス、来ます!』
『会場が攻撃を受けました!スタッフの指示に従い、落ち着いて避難してください!会場が――』
『総員戦闘配置!避難が完了するまで、古聖堂を防衛します!』
『エア、アリウスは後何分で来る?』
『足止めの効果も考えて、あと3分程度かと。』
『3分ね、了解。全員聞いてたわね!3分で民間人をホールに集めて!』
『レイヴン、私達の出番です。行きましょう。』
古聖堂から少し後退、直後にアサルトブーストを起動して空へ飛び上がる。
ツルギとハスミが率いるA班が、古聖堂側からの、ヒナを指揮官とするB班が、街区から来るアリウスを迎撃する。
俺はB班と協力し、街区からの侵攻を阻むことになる。
街区に向けて飛んでいると、下では正実や風紀委員会、シスターフッドが民間人を誘導していた。
古聖堂に近い者は古聖堂のホールの中へ。離れていれば、カタコンベの出口から遠ざかるようなルートを指示している。
可能な限り、戦闘エリアとなる場所には近づかないようにさせている。これなら、俺達が誤射を気にする必要は無いかもしれない。
『避難車列第1班、移動準備完了!』
『先生!早く車の方へ!』
『”……いや、私は残る!ここで指揮を執るよ!”』
「シャーレ、サオリの話を忘れたのか。奴らの狙いは、お前も含まれてるんだぞ。」
『”分かってる。でも今は、トリニティとゲヘナの皆が手を取り合ってる。私だけ何もしないなんて訳には行かない!”』
「……もういい、勝手に死ね。」
「B班、お前達の前に出る。誤射に注意しろ。」
『こちらB班指揮官、全体の指揮をシャーレの先生に預ける。』
『こちらA班指揮官、先生、私達の指揮をお願いします。』
『分かった、任せて!』
B班が展開しようとしている場所、その少し先に向けて急降下。地面スレスレで一気に減速し、アスファルトを削りながら着地する。
その直後に、自分の後ろに盾によって壁が作られる。俺とヒナを先頭に、大通りを塞ぐ陣形が組まれた。
正面の見晴らしがいい大通り。両サイドは沢山の店によって塞がれている。アリウスが来るのは、恐らく正面から。
裏路地を通ってくる連中は、エアによって補足する算段だ。
「共闘は久しぶりね、レイヴン。」
「そうだな、ヒナ。背中は任せるぞ。」
俺は左腕のパルスシールドを展開。ヒナは翼で自分の身を覆い、その隙間からマシンガンの銃口を覗かせる。
アビドスでのビナー討伐戦以来の、ヒナとの共闘。こんな形で実現したくなかったものだ。
『アリウス接敵まで、あと30秒。』
「民間人に当てるなよ、トリニティ!」
「ゲヘナに言われなくたって分かってます!」
見える範囲に動く人影はおらず、店に居た連中も、軒並み避難したようだ。誤射を気にする必要は無い。
生体反応も、こちらに向かってくるアリウスのもの以外は無い。
遠くから、沢山の足音が、少しずつ近づいてくる。
「来るぞ、全員構えろ。」
遠くに白い人影が見え始める。こちらの射程距離まで、あと少し。
体重を僅かに前に傾け、ガトリングガンのトリガーを引き絞る。後ろの正実や風紀委員会も、銃の安全装置を外す。
そして、顔面につけられたガスマスクがはっきりと映り、そいつらが何の遮蔽も取らず銃を構えた瞬間、俺の後ろから一斉に銃火が放たれる。
「コンタクト!」
「撃て撃て!!会場に近づけさせるな!!」
分厚い銃弾のカーテンにさらされたアリウスは、ようやく正面から事を構える事が悪手だと気づいたのか、銃弾による気絶を逃れた者は建物の影に隠れた。
そこでスキャンを実行して姿を捉え、ガトリングガンで牽制しつつ、大通りに面した店に隠れた奴をロックオン。ミサイルを垂直に発射する。
左右それぞれ8発ずつ、頭上から落ちて来るミサイルによって、影に隠れていた奴は気絶。
焦って飛び出してきた奴は、後ろの部隊による射撃で気絶し、アリウスの数は着実に減っていく。
2発目のミサイルを放とうとした時、アリウスから放たれる弾幕が薄くなった。正面で戦おうとする者が少ない。
レーダーを確認すると、アリウスの一部が陣形の横に回り込もうとしている。
「……回り込む気ね。側面を警戒して!」
アリウスの動きに気づいたヒナが、部隊員に指示を飛ばし、部隊の後方に控えていた何人かが、路地裏へ消えていく。
数秒後、陣形のすぐ横で銃声が響き始めた。レーダーの反応が見る見るうちに消えていく。
正面も順調に掃討が進み、建物に隠れて動こうとしない奴らを、MORLEYで壁ごと吹き飛ばす。
その衝撃で通りまで吹き飛ばされた最後の1人は、正実からの頭を狙った1発によって気絶した。
『敵部隊、第1波の殲滅完了。避難車両、間もなく作戦エリアから離脱します。』
「B班、後退!隊列を維持して!」
指示を受けたB班は、盾を正面に構えたまま後退。俺もシールドを展開したまま、歩いて下がっていく。
古聖堂の方も、民間人の誘導が完了しているようだ。あとは、少しずつ防衛ラインを下げながら、段階的に撤退する。
『こちらチャリオット隊!古聖堂に向けて移動中!到着まで2分!』
街区に待機していた正実の重装部隊も、間もなく到着する。古聖堂の防衛は味方に任せるとしよう。
「俺は遊撃に移る。討ち漏らしは任せるぞ。」
『”第2波、来るよ!持ちこたえて!”』
アサルトブーストで飛び上がり、街区にあるカタコンベの出口の方向へ飛んでいく。
アリウスは既に展開を始めているようで、レーダーの反応が少し散らばっている。
まずは、大通りの中央に居る、最も密度の高い集団を片づける。
『どうして黒い鳥がここに居るんだ!?』
『もう、おしまいだよ……。黒い鳥に勝てるわけない……。』
『腹を括れ……!どうせ作戦が上手く行かなかったら死ぬんだ……!』
アリウスの1人がこちらに気づき俺を指差した瞬間、MORLEYの榴弾を叩き込んで数を減らす。
すかさず部隊の手前に急降下して、着地の衝撃で動きを足を止めさせる。
直後にパルスシールドを構え、部隊の中央を突っ切る様に突撃。逃げ遅れたアリウスが何人か吹き飛ばされる。
そのまま部隊の後方まで回り込み、7.62mm弾とミサイルによって、古聖堂の方向へ追い立てていく。
まともな反撃を貰うことも無く、部隊の約半数がノックアウト。生き残った連中は、建物の裏へ逃げ込んだ。
「討ち漏らしが二手に分かれた。B班、挟撃に注意しろ。」
向かって右側の連中を追い込むために、上空へ飛び上がり、ガトリングガンで銃弾の雨を降らせていく。
対パワードアーマーの訓練など受けていないのか、アリウスは反撃もせず逃げ惑うばかり。
そうして必死に逃げていくうちに、アリウスは防衛部隊の射程内まで入り込んでしまった。あとは、逃げることも出来ず、討ち取られるのみ。
大通りに着地し、左側の連中はミサイルで爆撃する。
『チャリオット隊、到着!皆、お待たせ!』
その報告と共に、古聖堂から重機関銃やミニガンの咆哮が響き始める。
ヒナの方へ目を向ければ、陣形の最前線で装甲車が壁となっている。50口径が回り込もうとしたアリウスに浴びせられていた。
B班と合流しようと移動していると、空中で何かが爆発する。
『こちらA班!アリウスがロケットランチャーを持っています!優先して撃破を!』
『B班了解!エア、識別できる?』
『確認しました。情報を共有します。』
『”建物の影に隠れてる……!飛び出して来るよ!注意して!”』
計画変更。マークされたロケットランチャー持ちを始末する。
空へ飛び上がり、A班の方向へ急加速。B班は奴らの力を信じて任せる。
マーカーは2つ、どれも路地裏に隠れている。ナイトフォールでは細い空間に入る事は出来ず、直接排除するのは難しい。
だが、その場所ごと吹き飛ばしてしまえば関係ない。
片方はミサイルをロックオン。全弾をマークされた奴に集中。もう1人はMORLEYの榴弾を頭上から叩きつける。
両者共にミサイルと砲弾が直撃、周りにいた仲間ごと吹き飛ばした。
討ち漏らしも、ハスミの狙撃とツルギのショットガン、そして部下たちによる弾幕によって、確実に刈り取られる。
1度体制を整えるため、防衛ラインの内側、本来観覧席があったであろう場所に着地する。
『第2波、殲滅。既に第3波が接近しています。』
『”分かった!民間人の避難を始めて!”』
レーダーを確認すると、今までの倍近い数が向かってきている。
こいつらが本隊か、あるいは残った部隊をまとめて投入したか。様々な可能性が頭を過るが、今考える事ではないと、それを振り払う。
どちらの部隊も、防衛ラインまでの距離は同じ程度。一先ずB班の支援をするため、B班の頭上を直接飛び越え、街区の大通りをブーストで滑っていく。
『アリウス第3波、来ます!これまでより数が多いです!注意を!』
シールドを構えながら、まだ距離の遠いアリウスをレーダーを頼りにロックオン。親弾頭を斜め上に打ち上げる。
距離が近づき、アリウスがこちらに気づいた瞬間、ミサイルが着弾。同時に飛び上がり、部隊の中央に焼夷弾を撃ち込み、一帯を焼き払う。
火に巻かれて横に逃げた者達を、ブーストで後退しながら、建物ごと7.62mmで撃ち抜くことで圧力を掛ける。
同時に反対側の部隊にミサイルを放ち、何人かに直撃させて吹き飛ばす。
その瞬間、明らかにミサイルの物ではない大きな爆発が起こった。反射的にシールドを展開することで、衝撃波を受け流す。
直後にパルス防壁を叩く、吹き飛ばされた建物の瓦礫や、アリウスが持っていた武器の数々。
爆発からして、破片を利用しない形成炸薬の類か。だが何故そんなものを今持ってきた。
その疑問は、エアの解析によって晴らされる。
『この反応……!自爆ベストです!』
『自爆ベスト!?死角に注意を!!』
「マークしろ。俺が対処する。」
『”ベアトリーチェめ、何を教えてるんだッ……!”』
さっきの爆発で、片方の部隊は壊滅した。もう片方を確認するが、ベストの反応は無し。
すぐに飛び上がり、A班の元へ最大推力で飛行する。空中から状況を確認すると、おおむねこちらが優勢だが、マーカーが2つ防衛ラインへ近づいている。
マーカーの1つに十分近づき、上空からミサイルを放ち爆撃。念のため16発全弾直撃させる。
路地裏のさらに狭い場所に隠れていたため、4発ほど建物に阻まれたが、残りのミサイルの直撃を目視できた。
焦ったのか、ベストを着た奴が大通りに飛び出し、ツルギ達に向けて真っ直ぐ駆け出した。
ハスミの指示を待たず弾幕が集中されるが、他のアリウスが盾になっている事で、中々仕留めきれない。
ブースターのリミッターを解除して、アリウスに向けて直接ダイブしようとした瞬間、1発のミサイルが目の前を横切る。
そのミサイルは特攻兵達の頭上で弾け、小型爆弾の雨を降らせた。
状況を確認するために、適当な建物の屋上に着地する。ミサイルが飛んできたのは、街区の方向から。
あの弾頭には見覚えがある。ベアトリーチェが仕事を流してきた時に、アリウスの1人が使っていた。
『爆撃!?アリウス達が……!』
『あー……。聞こえる?私達はアリウススクワッド、その残党。トリニティとゲヘナに協力する。』
『怖いですけど、サオリ姉さんを見捨てるのは、すごく辛いので……。私達も、戦います!』
『”ミサキ、ヒヨリ!来てくれたんだ!ありがとう!”』
『”皆!スクワッドが味方として来てくれたよ!A班の右から近づくから、誤射に気を付けて!”』
『スクワッド!?どうしてここに!?』
「詮索は後だ。対処するぞ。」
どんな形であれ、味方が増えることは良いことだ。IFFをエアに更新させて、スクワッドを友軍に登録する。
もう自爆ベストの反応はない。あとは残りを片づけるだけなのだが、A班の正面に新手が現れた。
1小隊程度の小さな部隊。何故今投入してきたのか。その理由はハスミの報告によって暴かれる。
『A班正面にHVT!火力を集中して優先撃破!』
HVT、秤アツコが来た。周りにいるのは彼女の護衛だろう。
本来であればここで投入されるような存在では無いらしいが、ベアトリーチェにも心境の変化があったのだろう。
足止めのために、MORLEYに焼夷弾を装填。時限信管をセットして、発射。小隊の眼前に、燃え盛る焼夷剤がまき散らされた。
『わっ、私がやります!そのまま、足止めを!』
取り巻きをミサイルで吹き飛ばされ、横に回り込もうとしていたアリウスも銃弾に倒れ、アツコの味方は残り僅か。
分厚い弾幕と焼夷剤に行く手を阻まれたアツコは、無数の流れ弾によってオブジェと化した車に隠れる。
『……ごめんなさい、姫ちゃん……!』
瞬間、一帯に響く、爆発と聞き間違えるほどの轟音。
ヒヨリが使っているライフルは、半端な防弾が通用しない特大の弾薬を使用する。
その口径、実に20mm。当然、そこまでの大口径を防ぐ能力を乗用車のフレームが持つわけもなく、アツコの頭は遮蔽物ごと吹き飛ばされた。
アツコが倒れた事に気づいた1人が駆け寄ろうとするが、ハスミの狙撃によって阻まれた。
それを皮切りに、アリウスの勢いは急速に失われていった。アリウスが反撃のために顔を出した瞬間、弾幕か狙撃が襲い掛かる。
そして、気絶を免れた最後の1人の頭を誰かが撃ち抜き、古聖堂一帯に鳴り響いていた銃声が、ようやく止んだ。
レーダーを確認しても、敵性反応は一切ない。
『”……落ち着いたみたいだね。エア、周辺に敵は?”』
『敵影無し。第3波の殲滅を確認。これで打ち止めのようです。』
「警戒を解くな。捕虜を確保したら、第3班の離脱準備を始めろ。」
『ハイハイ、傭兵のあなたに言われなくたって分かってますよ~だ。』
『ほらっ、付いてこい!って、暴れんなコラ!!』
倒れたアリウス達の確保が始まった。意識を取り戻したアリウスが、捕縛から逃れようと暴れるが、流石に負傷している状態では治安部隊に勝てるわけもない。
同時に、部隊が隊列を崩し、古聖堂へと戻っていく。俺も屋上から飛び上がり、観覧席に着地する。
『”エア、第2班の状況はどう?”』
『まもなく全車両の作戦エリア離脱が完了します。損害も無さそうです。』
『”それなら何よりだよ。皆、よくやったね!全員、防衛ライン縮小!離脱に備えて!”』
晴れ晴れとした表情で古聖堂に戻る、正実と風紀委員会のメンバー達。正実が風紀委員会に肩を貸したり、互いが拳を打ち合わせる姿が見える。
アリウスを抱えて戻って来る者達の制服も、混じり合っている。
共通の敵の存在によって生まれた、エデン条約のあるべき姿。
俺は戦闘モードを解除することなく、その光景をじっと見ていた。
「……レイヴン、どうしたの?」
弾薬を補充しようとしていたヒナが、いぶかしげな表情を俺に向ける。
その横では、秤アツコとその護衛が風紀委員会に担がれ、古聖堂のホールへと運ばれていく。疲れてその場に座り込もうとする正実の1人を、ハスミが咎めている。
戦いは終わった。事実、もう増援が来る様子はない。そのはずなのに、俺の中の何かが警戒を解くことを許さない。
「……経験上、防衛任務が楽に終わった試しが無い。いやな予感がする。」
記憶に新しいのが、RaD主催の花火大会。
あのブルートゥを頭目とするジャンカーコヨーテスを始末するため、RaDがミサイルを打ち上げようとしていた。
当然、コヨーテスはMTを使って発射を阻止しようとしてきた。トイボックスが厄介だったのをよく覚えている。
だが、MTをさばき切ったかと考えた瞬間、封鎖機構の強襲艦が現れた。そいつも落として、無事に3発の花火が撃ちあがった。
その仕事の時に感じたものと、同じ感覚がする。言うなれば、第6感だろうか。
アリウス達の運び込みが粗方済んだ時だろうか、その直感が当たっていた事を知らせる、大量のレーダー反応が現れた。
『レイヴン!会場全体から複数の生体反応が発生!これは、一体……!?』
「来やがった……!」
「……まさか、ミメシス!?」
そこに現れたのは、青白い肌の、生気を感じない者達。その全てがガスマスクを付けており、表情を伺う事は出来ない。
ヘイローは既に砕けており、その欠片が光輪を作っている。そして、その特徴的な装束。
シスターフッドの前身組織、ユスティナ聖徒会。会場を埋め尽くさんほどの数が、何の前兆も無く現れた。
ハスミの号令によって、古聖堂を中心に弧を描くように、盾で壁が作られる。
『総員、戦闘準備!!まだ終わっていません!!』
「第3班離脱準備急いで!」
『”ユスティナ……!どうして!?”』
「迎撃するぞ!ある物は全て使え!」
「……ここからは時間稼ぎだ。」
サオリの話が正しければ、奴らをどれだけ倒しても意味はない。
これからは、いかに手早く撤退するかの勝負となる。
壁を直接飛び越えて、シールドを展開。ツルギとヒナも壁の前に出て来る。
『”皆!第3班の離脱準備まで時間がかかる!何とか時間を稼いで!”』
『A班指揮官、了解しました!』
『B班指揮官、了解!』
ユスティナの1人が撃ち始めたことを皮切りに、お互いに分厚い弾幕が展開される。
パルス防壁を叩く銃弾の数が、アリウスと比較にならないほど多い。
ガトリングガンで胴を撃ち抜き、ミサイルで爆撃するが、ユスティナが倒された途端に霧となり、倒した分だけ無から補充される。
無限の兵力というだけでも厄介だが、もっと厄介なのは、個々の練度が高い事。射撃精度が高く、武器の扱いに優れている。
そして、無人機と戦っている時に似た、この感覚。奴らには、恐れがない。恐らく、自我も存在しないのだろう。
これは、ベアトリーチェがこれを戦力の軸にしようとしていたのも頷ける。このまま続けたところで、消耗するのは俺達だけだ。
「エア、会場周辺に民間人はいるか。」
『戦闘要員しかいません!クリアです!迫撃砲、使えます!』
『砲撃隊!こちらB班指揮官!砲撃支援要請!座標、
『要請を了解!座標、TP-70!榴弾、発射!』
「退避しろ!吹き飛ぶぞ!」
銃声に紛れてひゅるる、という風切り音が聞こえた直後、奥に居たユスティナの集団が丸々吹き飛んだ。
その直後に現れようとする者達も、2発目、3発目の砲撃によって粉砕される。
砲撃による土煙が辺りを覆うが、弾幕が薄くなったのは砲弾が着弾した、その直後まで。
土煙の奥から、先ほどよりさらに濃い弾幕が張られていく。衝撃に耐えきれなくなったか、盾を構えていた者達が崩れ始めた。
後ろに控えていた者が、倒れた者をホールまで引きずり、空いた穴は俺が入る事で塞ぐ。
『ダメ!効力が薄い!』
「違う。倒した傍から出てきてるんだ。」
『まさに、無限の兵力……!これが戒律の守護者……!』
『敵に回すと、これだけ厄介なんだ……。』
榴弾を後方に向けて撃ち込み、ミサイルを頭上から降らせ、ミニガンでハチの巣へと変える。
ツルギのショットガンで心臓を撃ち抜かれ、ハスミの狙撃で頭が吹き飛び、ヒナの弾幕によって引き裂かれても、ユスティナの動きが止まることは無い。
だが、少し様子がおかしい。確かに弾幕は分厚いのだが、パルス防壁が叩かれる頻度が減っている。
両端の正実と風紀委員会には、今まで以上の密度で浴びせられているにも関わらずだ。
「……ミメシス、俺への狙いが甘いな。」
『……トリニティとゲヘナを、優先的に狙うようになっている……?』
ここで、ハスミの言葉が頭を過る。ユスティナ聖徒会は、戒律の守護者。
戒律とは、ルールだ。誰かにルールを守らせることを目的とするなら、奴らもそれに縛られているのではないか。
トリニティとゲヘナから迫害されたアリウスを守るというルールに、縛られているのではないか。
事実、今俺の後ろには誰も居ない。初めに攻撃を受けたのは、後ろにいる連中を攻撃しようとしたのだろう。
既に状況は悪い。試す価値はある。
「各隊、俺が前に出る!援護しろ!」
『”レイヴン、何言ってるの!?”』
やや後ろに飛び上がり、シールド先端の発振器の出力を大きく引き上げ、刃を形成する。
刃の密度を限界まで引き上げ、高く掲げてから、ユスティナの集団の中央目掛けて急降下。衝突と同時に刃を地面に突き立てる。
その瞬間、赤い雷が地面を走り、周囲のユスティナの自由を奪う。その隙を逃さず、攻撃範囲を広げたアサルトアーマーで、一帯を焼き尽くす。
ユスティナが抵抗する間もなく放たれた光は、彼女たちがその場にとどまる事を許さない。
『なんだ、あの爆発!?』
『ミメシスが、蒸発した……!?』
ここで、仮説が確定した。新たに現れたユスティナは、顔を向けることはあっても、俺を標的にしようとしない。
処理的には、奴らにとって俺はアンノウンなのだろう。攻撃を受けてから、初めて反撃してくる。
ツルギもそれに気づいたようで、全員に新たな指示を出す。
『……各隊へ、こちらA班。ユスティナはレイヴンが数を減らす。壁を作り、その前には出るな。討ち漏らしを仕留めるんだ。』
『ツルギ!?何を言っているのですか!』
「レイヴン、作戦を了解した。B班、聞いてたな。」
『……もちろん。B班、隊列を崩さないで!弾幕を張って押し切る!』
『”第3班の離脱準備がもうすぐ終わる!持ちこたえて!”』
ブレードの出力を上げ、刀身を延長。引き付けて構え、左に振りぬきながら回転。全方位を薙ぎ払い終わったら、クイックブーストで前進して、もう半回転。
逃げることもせず、まともに直撃したユスティナが、上半身と下半身に分かれながら消失。
すかさず矢じり状の刃を作り上げ、ブースターのリミッターを解除、刃でユスティナを削り取りながら突撃する。
ヒナの前に来た辺りで急制動、延長された刃をユスティナの集団に向けて振りぬく。
発振器がオーバーヒートしたら、ガトリングガンでカバーしながら盾を回転、反対側の発振器を展開する。
ミサイルを直射し目の前のユスティナを爆破、開いた空間に突っ込み、前進しながらユスティナをなで斬りしていく。
その先、ハスミ達の前を見ると、かなりの数のユスティナが集まっていた。大きく飛び上がり、集団の中央に焼夷弾を撃ち込む。
足止めのつもり撃ち込んだが、焼夷剤を被ったユスティナの様子がおかしい。
体に火が付き、熱さでもだえたと思ったら、そのまま消滅したのだ。
『……レイヴン。もう1発焼夷弾を。今度は空中で炸裂させてください。』
後退しながら着地点のユスティナを両断。回転をサイドブースターで押し留め、MORLEYの砲口を上空へ構える。
今度は、さっきの砲撃よりも手前を狙い、時限信管をセットして発射。
空中で炸裂した焼夷弾が炎を撒くと、焼夷剤が直撃したユスティナは、例外なく消滅した。
余った焼夷剤を踏んだユスティナも、足元の炎がすぐに全身に回ったのだ。
これは、思わぬ弱点があったものだ。
『……なるほど。』
『こちらレイヴン、各員に通達。ミメシスには火が有効です。焼夷弾や、火炎放射器を使ってください。』
「聞いていたな。亡霊共をもう一度火葬してやれ。」
『砲撃支援要請!座標、TP-70!焼夷弾を使って!』
『了解!目標、TP-70!焼夷弾、撃て!』
砲撃から逃れるため、1度壁の内側へ退避。風切り音の直後、今度は砲弾が空中で炸裂。
大量の焼夷剤をまき散らし、古聖堂に集まっていたユスティナのほとんどを焼き尽くした。
当然1発では終わらず、2発、3発と撃ち込まれ、辺り一面が火の海へと変わる。
『火炎放射器、1丁だけありました!すぐに持ってきます!』
その通信と共に現れたのは、旧型の戦車用と思われる、大型の火炎放射器。
1人が本体を支え、もう2人でホースと燃料タンクを抱えている。
一瞬間抜けな印象を受けたが、その効果は絶大。それが前線で火を噴いた瞬間、大量のミメシスが焼失。
増殖と殲滅の割合が、これでようやくイーブンとなった。
『先生!アツコさんの容体が!』
『うぅ……!熱い……!』
『”マズい……!スクワッド、ホールまで戻ってきて!アツコをお願い!”』
『分かった。すぐ行く。』
今度は火炎放射器の射程に入らないよう、上空から光波を飛ばす。
出来た隙間に全速で飛び込み、衝撃波で周辺のユスティナを吹き飛ばす。
怯んでいるうちにブレードの発振器の出力を上げ、一文字の長い刃を作り上げ、腕を横に振り、刃を飛ばす。
赤い刃は自然消滅するまで、ユスティナを切り裂きながら前進し、その数を大きく減らす。
盾に突っ込もうとしたユスティナを、ブーストで勢いをつけて蹴り飛ばし、火炎放射器の前まで運ぶ。
直後に、その周りのユスティナ共々、炎によって焼き尽くされた。
炎というユスティナの弱点を看破したことで状況は優勢に思えたが、流れが大きく変わったわけでは無い事も事実。
目につく限りのユスティナを切り捌いていくと、1度の斬撃に引っ掛かる数が増えてきた。
『”第3班、離脱準備完了!後方部隊は戻ってきて!”』
『戦力密度が上がっている……!離脱を急いでください!このままでは押し切られます!』
エアの言う通り、単純にユスティナの数が増えている。いくら優秀な戦術があろうが、圧倒的な物量で押しつぶされれば意味はない。
もう一度アサルトアーマーを使い数を減らすも、その密度が下がるどころか、火炎放射器で処理しきれないほどに上がっていく。
元より陥落は時間の問題だったが、タイムリミットを大きく縮められてしまった。
『このペースじゃ、離脱が間に合わない……!』
『何か、何か策を打たなければ……!』
ここにきて制御が変わったという事は、どこかに指揮官が居るという事か。
ならそれは誰だ。まさか、アツコが呼び出したのか。
ガトリングで集団を引き裂きながら考えるが、ユスティナはその猶予すら与えたくないらしい。
「何だ、アレは……!」
『オイオイオイ、バケモノが出て来るなんて聞いてねぇぞ!!』
そこに居たのは、辛うじて人の形をした、怪物。
後頭部ではなく、顔にヘイローが浮かんでいるような頭。舵輪の上半分が、冠のように頭に乗せられている。
異様に長い手足に、同じように長い爪。真っ黒の肌を、星空のドレスが覆っていた。
1体だけなら、ただぶつ切りして終わりだ。だが、3体同時に出現したとなれば、話は別。
『火炎放射器の燃料、もうなくなりそうです!』
タイムリミットが近い。燃料が無くなれば、迫撃砲に頼るしか無くなるが、無限に弾が出てくるわけでは無い。
ここから全員離脱する必要がある。それも、あの怪物どもに近寄られる前に。
こうなったら、イチかバチかの賭けだ。
「……全員、俺の後ろに下がれ!」
『”レイヴン、一体何を――”』
既に限界まで退縮している防衛ラインの前に出て、パルスシールドの発振器を全て展開する。
シールドのリミッターを解除し、コーラル密度を限界まで引き上げていく。
発振器の間に生まれた赤い光は、短時間で大きく成長していき、限界までチャージされた時、それは急速に収縮する。
俺が何を言わずとも、その危険性を察知したハスミとヒナが、全員を下がらせた。
『全員、古聖堂まで下がりなさいッ!!!』
『総員退避ッ!!レイヴンから離れてッ!!』
そして、左手をユスティナの集団の左端に向け、コーラルを解放した。
瞬間、悲鳴のような音と共に極太のコーラルビームが放たれ、進路上に居たユスティナを、障害物ごと蒸発させる。
ブースターで反動を受けとめながら、左腕をゆっくりと右へ動かしていく。
左腕に追従するコーラルは、怪物たちを含めた進路上のあらゆるものを焼き溶かしながら、会場を横断する。
その光は、会場の右端まで振りぬかれた時、僅かな余韻を残して消滅した。
エデン条約の会場や、その先にあった建物の痕跡を含めて、余燼すら残さず、ユスティナを焼き尽くしたのだ。
ブースターの熱を排気として捨て、姿勢を戻し、焼き付いた発振器をパージする。
『……ミメシスの出現、停止……。時間は稼げたようです。』
「……今のは、何……?」
「ビーム、だよな、今の……。」
「全部、蒸発、した……。」
目の前に見えるのは、コーラルに焼き尽くされた荒野。
先程までの様子とは大きく異なり、辺りは静寂で満たされていた。
ホールから聞こえてくる声が、いやに響いているように感じる。
『せっ、先生!姫ちゃんが、姫ちゃんがぁ……!』
『気を失っただけのようですが、その寸前の苦しみ方が、普通ではありませんでした。彼女に一体何が……。』
『”……一先ず、安全は確保できたね。全員、古聖堂から撤退するよ!怪我人は応急処置をしてから搬送する!”』
『”動ける人は、その場で警戒を続けて!”』
『……A班、了解しました。』
『……B班指揮官、了解……。』
「……黒い鳥。」
「全てを黒く焼き尽くす、死を告げる鳥……。」
背中から聞こえてきた、誰の物かも分からない声。
その日は、その言葉が、ずっと頭に残っていた。
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パチンッ!
『……何故切ったのです、マエストロ?そう指示した覚えはないのですが。』
『あのまま続ければ、秤アツコが失われる。それは、そなたにとって本意では無かろう。』
『余計な事を……!既にロイヤルブラッドの代わりはいる!あの子供の事など、どうだっていいのですよ!』
『……その代わりとは、“アレ”の事か?ならやめておけ。“アレ”は――』
『黙りなさい木偶が!!せっかくのシャーレの先生を潰すチャンスが!!あなたのおせっかいで!!』
『……ハァ。まあ、いいでしょう。“アレ”はいずれ、私の元へ来ます。力は、その時に奪えばいい。』
『しかし、ここまで耐えて来るとは思いませんでした……。計画を修正しなければ……!』
カツカツカツ……
『………………。』
『……その愚かしささえ無ければな、ベアトリーチェよ……。』
レイヴンのブレード捌きが、一切キヴォトスナイズされる事無く披露されました。
オマケにコーラルゲロビもお出しされました。
これレイヴンの印象、どうなっちゃうんだろうね。
次回
解放の足音
圧制者の末路など大体決まっている
次回も気長にお待ちくださいませ……。