BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL- 作:Soburero
今回は『カイザー解体』チャートを走っていきます。
レイヴンが“施設”で目覚めたらタイマースタートです。
はい、よ~いスタート。
『首尾はどうですか、ジェネラル?』
『問題ない。レイヴンの確保に成功した。』
『……しかし、何故君が、あれほどレイヴンの弱点に詳しいのか、少々気になるのだがね。』
『結果さえよければ、過程などどうでもいいでしょう?』
『……その通りだな。』
『では、約束通りにお願いしますよ。』
『安心したまえ。報酬に見合う仕事は遂行する。』
『それが、企業というものだからな。』
――――――――――――――――――――――――――――――――
頭の袋が取られた瞬間、左ほおに感じる強い衝撃。
1つため息を付いてから、頭を持ち上げて、2人と顔を見合わせる。
「やっと起きたかクソ野郎。」
「お前、名前は?」
「………………。」
2人ともオートマタ。1人は重装タイプ。もう1人は細身の通常仕様だ。どちらも、黒い面の中心に黄緑の眼が浮いている。2人は、俺の“説得”を任されたらしい。
ここは、カイザーが“施設”と呼んでいる場所。カイザーPMC本部に存在する監獄とは違う場所。
いうなれば、アーキバスにとっての再教育センターに当たる場所だ。
「……自分の名前も言えねぇのかよお前は!」
「やめろって、やり過ぎると後が怖いぞ。」
「アァ?知ったことかよ、ンな事よぉ!」
髪を掴み上げられ、今度は右ほおに向けて振りぬかれる拳。どうも、重装の方が俺を嫌っているようだ。
もう片方は、与えられた仕事をこなそうとしているだけだろう。
両手両足共に、椅子に取り付けられた強固な枷で止められている。力ずくで外すのは時間が掛かりそうだ。
(……レイヴン。そのまま聞いてください。)
(もうすぐ、この施設のシステムの掌握が終わります。それまでこらえてください。)
俺がこうなった以上、パートナーが黙っている訳が無い。エアの言葉を信じ、今は耐えるしかなさそうだ。
俺を痛めつける事を咎められたのが気に入らなかったのか、握られた拳が腹にめり込んだ。
痛みこそ感じるが、大した物じゃない。調整不足の時の発作の方が、よっぽど苦しい。問題は、体にガタが来ることか。
「俺の同期の大半がこいつにやられてんだ。そいつが、こうやって縛り上げられてんだぜ?」
「なんもするなって方がおかしいだろ!なあッ!?」
「そいつは引き渡すんだぞ。使い物にならなくなったらどうする?」
「知らねぇよ。別の奴を探せって言えば良いだろ?」
「……俺ごとクビになったら、お前のせいだからな。」
「はいはい、そうですかッ!!」
重装型から何度も顔面に拳を浴びる。何度も殴られて脳が揺れたのか、僅かに視界がぼやけていく。
通常型はコンクリートの壁に寄りかかって、ただそれをじっと眺めている。重装型のストッパー兼“いい警官”役として連れてこられたか。
(メインフレームにアクセス、緊急回線を含めた全ての通信を遮断。)
エアのハッキングも順調だ。今はただ、堪えるのみ。
うつむいていた俺の頭を掴み、無理矢理顔を合わせて来る重装型。塗りたてなのか、機械油のにおいが鼻に突く。
「なあ、カイザーに入りますから許してくださいって言えば、もう殴らないでやるんだがな。」
「それともお前、死ぬまでここに居る気か?俺は別に構わねぇ。お前を殴れて、スッキリするからなぁ!!」
「……お前、口が利けないってことはないんだろ?なるべく早く、首を縦に振ってくれ。お前の実力なら、上の連中も悪く扱う事は無いだろう。」
「……それに、こいつと一緒にいるのは、どうもな。」
「………………。」
「……何とか言ったらどうなんだよッ!!!」
うつむいて顔を合わせないようにしていたが、真正面からアッパーを喰らう事になった。
鼻が曲がったか、いやな痛みと共に、鼻の下に液体が垂れる感覚がする。
(管理者権限に手がかかりました。あと少しです。何とかこらえてください……!)
エアの言葉と共に、視界の端に表示されたのは、この“施設”全体の見取り図。そのうちの大半が赤に染まっていることから、大体の部分の制御を奪えているようだ。
脱走準備が整うまで、あと少し。
今まで見ているだけだった通常型が、初めて俺に近寄ってきた。目の前に来ると、片膝を突いて肩に手を置き、目線を合わせて来る。
「……お前、何で傭兵なんかやってるんだ。」
「金だろ、金!それ以外に理由なんかあるかよ。」
「……お前、企業が嫌いか?それとも、組織が嫌いなのか?そういうのが無ければ、企業に入るのも悪くないと思うぞ。」
「……俺は、お前の力が惜しい。俺達の仲間であればって、何度も思った。お前なら、ずっと大きな事を為せるはずだ。」
「俺達と来い。お前なら、俺達よりずっと上に行けるはずだ。」
質問には答えない。ただ、黙ってうつむいておく。
それが気に入らなかった重装型が、通常型を押しのけて、俺の腹に1発入れて来る。
そのまま頭を掴まれ、また無理矢理目線を合わせられる。これしか出来ないのかこいつは?
「オメェはよォ……!自分の立場が分かってんのか……!?」
「自分の家に帰りたけりゃ、ハイって頷いてりゃいいんだ!!それも出来ねぇのかオメェは!!!」
「………………。」
「……何だよその眼は。俺をバカにしてんのか?」
「いいから頷けって言ってんだろうがよォ!!!」
《不明な侵入者を確認。ロックダウン発動。》
耳をつんざくブザー音と共に、視界が真っ赤に染まる。
振りぬかれる寸でで拳は止まり、通常型の方は即座に戦闘態勢に移ったようだ。
だが、重装型は俺の頭を掴む手を離そうとしない。
「――ッ!ロックダウン!?そいつはほっとけ、行くぞ!」
「……お仲間が助けに来たか?」
「……そんな所だ。」
「……そうか!ならそいつらも可愛がって――」
「この辺で、帰らせてもらう。」
言い終わる前に、ヘイローにコーラルを満たし、解放。
俺の力の話を聞いていたのか、光が強くなった瞬間に2人とも逃げ出そうとしていたが、遅すぎる。
コンクリ打ちっぱなしの小部屋に満たされるコーラルの奔流に巻き込まれた2人は、あっけなく機能を停止した。
『全システムの掌握完了!お待たせしました、レイヴン!』
「相変わらず仕事が早いな。脱出ルートは?」
アサルトアーマーによって脆くなった枷から、まず右腕を持ち上げる。ギシギシという音が、枷と自分の骨両方から響いた後、先に耐え切れなくなった枷が外れる。
エアの提案を聞きながら、残る左腕と両足の枷を引きちぎる。体が自由になった後は、へし曲がった鼻を右手で掴み、元の形へ強引に戻す。
痛みに体が反応して涙が出るが、左腕で拭って視界を確保。机の上に載っていた、ウォルターの形見である、ハウンズのドッグタグを首へ下げ直す。
『ここから監房棟を通って、格納庫に向かってください。そこにあるナイトフォールを使って離脱します。』
『監房の扉を解放すれば、より大きな動乱になるはず。最悪弾避け程度にはなるでしょう。まずは、監房棟の制御室に向かってください。』
「了解した。行くぞ、エア。」
2人のオートマタ持っていたハンドガンを両手に握り、リアサイト同士を引っ掛けてコッキング。
殺風景な部屋から飛び出そうと、ドアノブに手をかけた瞬間、エアによって制される。
『レイヴン、少しだけ待ってください。あとは……。』
「……エア、どうした?」
エアの言葉から数秒後、辺り一帯からうっすらと聞こえる断末魔。扉の奥からも、何人か分の叫び声が聞こえてきた。
声の後に聞こえて来る、ガシャンという衝撃音。それなりのサイズの金属が倒れたような音だ。それを心配して駆け寄る声と足音も聞こえる。
『この施設にいる、全てのオートマタのCPUを焼いておきました。防衛設備のIFFの書き換えも終わっています。これで離脱が楽になるはず。』
「……お前が味方で良かったよ。」
『私も、あなたが味方で良かったです、レイヴン。』
『脱出の時です、行きましょう!』
背筋が少し冷えるような感覚を無視しながら、ドアノブを回し、ドアを蹴り開ける。
蹴り開けた先の廊下には3人。まず奥に立っている奴の頭を狙って、歩きながら両手で乱射。
5発ほど撃って3発命中。倒れたオートマタに駆け寄っていた2人が立ち上がったので、銃口をそれぞれに向けて乱射してノックアウト。
倒れた2人に近寄って、まだ意識のある1人の頭を踏みつけて気絶させる。
2人か、オートマタが握っていたのかは知らないが、ハンドガンを捨てて床に落ちていたアサルトライフルを2丁持ち。
呼吸を整え、両手の銃を握り、大きく屈む。そして、その場に影を残して、一気に駆け出した。
『通信を傍受できました。繋ぎます。』
『何が起きてる!?早く隔壁を開けろ!!』
『囚人を外に出すな!!増援が来るまで持たせろ!!』
『ダメです!外部通信が出来ません!このままじゃ、応援呼べませんよ!!』
『ならとっとと復旧させろ!!!』
不意のロックダウンに加えて、オートマタが一瞬で全滅したのが効いているようだ。指揮系統も含めて、施設全体が混乱している。
これに乗じて、暴れるとしよう。
エアによって導かれながら進んでいると、2階建ての檻がズラリと並んだ部屋に入った。監房棟にたどり着いたようだ。
それと同時に、監房の囚人を抑え込んでいた連中が、俺の存在に気づいた。数は7。
「あいつ……!脱走してるぞ!!」
「あいつの仕業か!仕留めろ!!」
まず、正面にいる3人を排除する。全方位から撃ち込まれる銃弾を、機動力でかわしながら1人に向かって突撃。
両手のライフルでノックアウトした瞬間、そいつを足場に飛び上がり、2階の橋の上にいた2人に乱射。1人ダウン、もう1人はよろめいた程度。
橋の手すりを蹴って加速し、腰だめで弾幕を張ろうとしている奴に向けて着地。すかさずもう1人に向けて弾幕を張りながら踏み込み、大きく距離を詰める。
拳で反撃しようとするが、それが振り上げられる前に左手のライフルを捨て、首を掴み上げて盾にする。
右手のライフルも捨て、ベストに入っていたハンドガンを取り出し、2階の仕留め損ねた奴に、拳銃弾を叩き込む。
左手の力を強めながら、肉の盾と共に前進。小銃弾と散弾を受け止めながら、ハンドガンで1人処理。
残りの1人に向けて、気絶した盾を放り投げ、大きく吹き飛ばす。動けなくなったそいつに歩み寄り、マガジンに残った弾を全弾叩き込む。
普段とは異なるであろう、檻から上がる沢山の歓声。それを背に、制御室に向けた階段を3段飛ばしで駆け上がる。
『制御室に到達。』
制御室のドアをタックルでこじ開けると、監視カメラのための沢山のモニターに、監房全体をコントロールするためのコンソール。
中にはそこに居たオートマタの残骸が転がっていた。いくつか武器も残っている。
『……独立傭兵や不良生徒だけでなく、能力があると見れば、見境なく……!』
言葉につられて、モニターを見ると、そこには共通点のない者達。皆、監房に閉じ込められている。
ヘイローの有無に始まり、機械や獣の体、角や羽の有り無し、年齢すらも共通点がない。
カイザーの社員とするために、強引に連れてこられた者達だろう。俺と同じように。
『レイヴン、監房の扉を開きましょう!』
コンソールに駆け寄り、テプラに書かれた文字を追いかけるが、それらを理解する前に、緊急開放の文字の下にある赤いボタンが見えた。
ボタンを拳で、保護ガラスごと叩いて起動させる。すると、今鳴り響いているブザーとは別に、オレンジの光と共にブザーが響く。
突然扉が開いたことに困惑している者も居たが、すぐにやるべき事を理解したようで、多くの者達が立ち上がった。
これで動乱を広げるという目的は果たされるが、ふと、隣にあったマイクに目が向いた。
おもむろにそれを掴み、ボタンを押しながら声を上げる。
「こちら、独立傭兵レイヴン。ここに閉じ込められた全員に告ぐ。お前達は自由だ。」
「俺は、これからカイザーに復讐する。その動乱に紛れて離脱しろ。だが、戦いたいと願う者は……。」
「直近に自殺の予定がある者だけついてこい。この施設に火を付けるぞ。」
話し終わると同時に、一斉に上がる雄たけびと怒声が、監房棟全体を振るわせる。
「行くぞ!レイヴンに続け!!アイツに付いていけば死ぬことはねぇ!!」
「カイザーの社畜になるなんてごめんだ!アタシ達は、最後まで戦う!!そうだろ皆!!」
「父さんの店はカイザーのせいで潰れたんだ……!失う痛みを、あいつらにも味わわせてやるッ……!」
この場の空気を熱する、いくつもの激しい怒り。エアが隔壁を開くと同時に、怒れる囚人たちが武器庫へとなだれ込んでいく。
ある者は素手で頭をヘルメットごと殴り倒し、ある者は相手を押し倒し、武器を奪って仲間に渡していく。
逆襲の足音が、監房棟から響き始めた。
『武器庫への動線を確保しました。あなたは格納庫へ急いでください。』
エアに従い、立てかけてあったショットガンを1丁くすねてから、後ろの非常ドアを蹴り開けた。
動乱の鎮圧に駆り出されているのか、その先の廊下には誰も居ない。
ショットガンを片手に、廊下をひた走っていく。
『ダメです!もう抑えきれません!!』
『“施設”を放棄しろ!!全員逃げるんだ!!』
『何言ってるんだ!?逃げたら俺達が殺されるぞ!!』
『ここに居たって同じだ!!前科者になる方がマシだろ!!』
カイザー達の慌てようを聞きながら、ドアに向かって左肩から突っ込む。衝撃でヒンジは壊れ、へこんだドアがそのまま飛んでいった。
目の前にあるのは、タコのロゴが描かれた装甲車やトラック達。使う暇も無かったか、何台も残っていた。仕事道具を探して、辺りを見渡す。
『ここが格納庫です。ナイトフォールもここに……。』
『ありました、あそこです!』
見慣れたRaD製ACのシルエット。駆け寄って確かめてみると、武器も外されておらず、ケテルと戦った時そのままの状態で残っていた。
恐らくは、エアがわざと開くことで破損を避けたのだろう。全く、頭が上がらない。
「いじられてないようだな。助かった。」
背中に触れ機体を開き、適当な出っ張りを掴んで、足から機体へ突っ込む。そのまま両腕、頭を入れていき、機体の前後を閉じる。
『ナイトフォール、メインシステム、正常に起動。ヘイローアンプ、FCS、各センサー、アクチュエーター異常なし。』
念のため各所のチェックを行い、問題が無い事を確認してから、制御システムを脳深部コーラル管理デバイスへ接続。
各制御を、俺自身の意志へ直結させる。
『メインシステム、戦闘モード起動!』
早速膝を屈め、MORLEYを展開し、閉じられたシャッターに照準を向ける。轟音と共に放たれた榴弾が、シャッターを弾き飛ばした。
ブースターを吹かして、開いた穴に一気に前進。“施設”の外に向けて飛び出した。
「もう来やがった!!ヤベえぞどうする!?」
「ほっとけ!!今すぐここから逃げるぞ!!!」
「そうだ!逃げりゃいいさ!雇われの臆病者どもが!!」
「よくも……!よくもアタシの友達を!!殺してやるッ!!!」
既に敗走状態の施設の人員と、怒りに火が付いた囚人たちが撃ち合っている。
車両を使う事が出来ないカイザー達は、この施設に繋がる1本の橋を通って逃げるしかなく、逃げようとした背中を撃たれて倒れるものが大半だった。
通信を封鎖しているおかげで、増援は来ない。
丁度俺の左側が、カイザー達の防衛ラインになっている。ミサイルをばら撒いて即席のバリケードを崩し、味方部隊の射線を開く。
『敵部隊、逃走しています!このまま押し切りましょう!』
「聞いていたな。殲滅しろ。奴らに目に物見せてやれ。」
いくつもの雄たけびと共に、さらに分厚くなる弾幕。“施設”に保管されていた武器によって、次々とカイザーが打ち倒されていく。
盾を張りながらガトリングガンで散らしてやれば、残っていた連中も怖気づいて逃げ出していく。
自分を最前線に弾幕を張り続け、カイザーを追い立て、ここから逃げ出そうとする者もいなくなった時、この戦いは終わった。
『敵性反応、少数が作戦エリアから離脱。残りは全て無力化されています。』
『こちらレイヴン。敵部隊の殲滅を確認しました。』
『私達の勝利です!』
「ハッハァ!ざまあ見やがれってんだ!!」
「……自由。自由だ……!」
「もう大丈夫、私達が勝ったんだよ……!」
「黒い凶鳥さまさまだ!よっしゃぁ~!!」
エアの勝利宣言と同時に、沢山の歓声と祝砲が響く。血気盛んなのは結構だが、ここは証拠として残さなければならない。
通信を施設全体に繋げる。
「全員良く聞け。ヴァルキューレと救護班を手配した。怪我人を集めて応急処置をしておくんだ。」
「この施設に残っていた捕虜はいい証人になる。痛めつけずに放っておくんだ。」
「動ける者はその場で待機。カイザーの報復に備えておけ。」
『了解だ!どうせこいつらは、クビまっしぐらだろうしな!』
『怪我人は救護室に連れてきてくれ。出来る限りの事はしよう。』
『カフェテリアは食材がたんまりあるぞ!勝利の晩餐といくか!』
返事を聞いてから、ため息を1つ。すると、後ろから熊の姿をした囚人の1人近づいてきた。
晴れやかな表情で、ナイトフォールの肩を軽く叩いてくる。
「レイヴン。お前のおかげだ。ありがとよ。」
「構わない。俺が脱走するついでだ。」
「へっ。こんだけデカイ騒ぎが、ついでかよ。黒い凶鳥は格が違うねぇ。」
「1つ借りだな。覚えとくぜ、レイヴン。」
そうして、彼は施設の中へ戻っていく。他の者達も、友人の肩を支えて救護室へ、まともに取れなかった食事にありつくためにカフェテリアへ向かっていった。
ただ、俺は施設には戻らず、正面ゲートの前で立っていた。今回の件、誰が糸を引いていたのか気になっていた。
いくらカイザーと言えど、ここまで杜撰な捕獲作戦を実行するとは思えない。あるいは、それを実行するだけの利益を見出していたか。
その答えは、エアによって知らされることになる。
『……レイヴン、あなたの捕獲作戦ですが、依頼主がいることが分かりました。』
「……名前は。」
『……ベアトリーチェです。アリウス生徒会長ではなく、ゲマトリアと名乗っていたようです。』
『ジェネラルと呼ばれる幹部が依頼を受け、実質的最高責任者であるプレジデントが承認し、実行されています。』
『その際に、風紀委員会の動員を防ぐため、情報を差し止めていたのが、不知火カヤ防衛室長。』
『……カイザーと防衛室長は、以前から繋がっていたようです。私達がここに来る、ずっと前から。』
「……ベアトリーチェは俺を手中に収め、カイザーは資金と名声を手にし、不知火カヤは厄介者が1人消える。そんな算段だったか。」
再び名前を聞くことになった、ベアトリーチェ。そして、カイザーだけでなく、連邦生徒会防衛室も一枚噛んでいた。
想定より大きな話になったが、俺がこれからやる事は変わらない。
『レイヴン。』
『私は、このまま終わらせるつもりはありません。』
「俺もだ、エア。」
「カイザーと、不知火カヤを、叩き潰すぞ。」
この件に関わっていた者を、首謀していた者達を、全員消す。まずは、カイザーからだ。
ヴァルキューレと救護班が到着したのは、日が昇り始めた時間だった。
簡潔に状況を説明し、重症者から搬送が始まった。
そして、公安局長の判断により、“施設”の情報はいったん伏せられることになった。
カイザーと不知火カヤの逃げ道を、塞ぐために。
――――――――――――――――――――――――――――――――
とあるビル、最上階の1室。様々な組織の重役が、話し合いや交渉のためによく利用する、レンタル式の会議室。
特に広いこの部屋の中央のソファに、既に座っている物が2人。
部屋に3度のノックが響き、片方が返事を返すと、連邦生徒会の制服を着た、桃色の髪の少女が扉を開ける。
「あら、プレジデント。直接お会いするのは初めてでしょうか。」
「そうだな。初めまして、不知火カヤ君。」
「ええ。改めて、よろしくお願いしますね、プレジデント。」
握手を交わす、連邦生徒会防衛室長、不知火カヤと、カイザープレジデント。
だが、ジェネラルの方は立ち上がろうともしない。普段であれば、礼節を忘れない人物なのだが。
ソファに座ったまま、カヤに座るよう促す。
「……かけてくれ。」
「……どうしました、ジェネラル?顔色が優れないようですが。」
皮肉も込めてそう声を掛けるカヤ。ジェネラルはため息を1つ付いてから、プレジデントの顔色を窺った。
「……プレジデント、話すべきでしょうか……。」
「……伝えてやれ、ジェネラル。」
「何があったのですか?全て順調だと思っていたのですが。」
「数日前までな……。」
ジェネラルの懐から取り出されたタブレット端末。画面には、現在の“施設”の全容が映っていた。
本来いるべきカイザーの人員はおらず、代わりにヴァルキューレが管理に当たっている。
「独立傭兵レイヴンが、“施設”から脱走した。“施設”は壊滅。今はヴァルキューレの管理下にある。」
「それは、あなた方の失態では?“施設”からヴァルキューレを下がらせろと?」
「それ以降、複数の基地や工廠との通信が途絶えている。現在、状況の確認を急いでいるが……。」
「……送り込んだはずの調査班の帰還も、確認できていない。」
画面をスライドすると、今度はある基地の空撮写真、カイザーSOFの前線基地の1つが映し出された。
問題は、映っている物ほぼ全てが焼けているという事。オートマタや兵士たち、彼らが使う装備や車両、寝泊まりや作戦を立てるために使う建物全てが。
極めて徹底した殲滅を見たカヤは、ある人物の存在が頭に上がった。
「……何が必要ですか?人員?物資?それとも、レイヴン本人ですか?」
「出来る限りの人員を回してくれ。元SRTがいるだろう。彼女たちにも連絡を取れ。」
「それは、中々難しい相談ですねぇ……。今の連邦生徒会に、求心力はほぼ無いと言っていいですから。」
「いいからやってくれ!このままではカイザーは終わりだ!たった1人の、傭兵によって!」
「困りましたねぇ……。確かに、このままレイヴンに暴れられたら、カイザーはもちろん、連邦生徒会の存在意義が問われるでしょう。」
この段階で、カイザーは主要施設を複数失い、PMCやセキュリティの兵力もその4分の1を損失していた。たった1人を相手に、僅か数日の間で。
それを止められなかった連邦生徒会も、特に防衛室とヴァルキューレがその責任を問われるだろう。
「……もう、我々も終わりかもしれないな。」
「……どういう事です?」
脈絡なくそう呟くプレジデントに対し、疑問符を浮かべるカヤ。
プレジデントはカヤの疑問に対し、自身の昔話で答えることにした。
「似たような存在を、私は1度見ているんだ。企業に単身喧嘩を売る、バカげた奴をな。」
「ある傭兵がいた。高い実力を備えた奴でな、企業も重宝していた。」
「だが、そいつは企業の秘密を知りすぎていた。だから、企業は傭兵を敵地で切り捨てる事にした。」
「だが結果として、死んだのはその傭兵ではなく、企業だった。私が出張から戻ったら、本社が更地になっていたんだ。」
「あの時ほど背筋が冷えたのは、その後の人生でもなかったよ。」
それは、プレジデントが今の立場となる前の話。彼が、“プレジデント”と呼ばれる前の話であった。
だが、カヤはその話を信じていなかった。厳密には、高を括っていたのだ。
ただ1人の人間に、それほどの事が出来るわけが無いと。
「……レイヴンが、似たような存在かもしれないと?」
「それ以上だ。ともすれば、連邦生徒会すら倒せる奴かもしれない。」
「まさか!キヴォトスの中央行政機関を襲撃するバカな人間が、何処に居るというのです?」
その時、カヤの目に移ったのは、空に尾を引く赤い光。それは、少しずつ大きくなっていく。
「……あれは、赤い、流れ星……?」
「……プレジデント!すぐに――」
「座っておけ。」
「……我々の悪運も、ここまでだな。」
その光が一際大きくなった瞬間、ガラスを突き破り部屋に突っ込んでくる何か。
それは、土色の無骨な鎧。ノズルの熱を捨て、左手に張られていたシールドを戻すと、それはゆっくりと立ち上がり、3人を小さな赤い眼で睨みつけた。
「――ッ!?あ、あなたはっ……!?」
『カイザージェネラル、プレジデント、そして、不知火カヤ。』
『“施設”では、レイヴンがお世話になりました。』
黒い凶鳥、キヴォトスの危険因子。様々な異名が付いている独立傭兵、レイヴンだった。
「けっ、警備員!侵入者です!」
「ここには誰も来ないぞ。俺達だけだ。」
「全員、動くなよ。動いた奴から殺す。」
エアの手引きにより、警備として配置されたオートマタは、全て“シャットダウン”されている。誰が来るはずも無い。
6つの銃口を向けて、3人の動きを制するレイヴン。無論、誰も動こうとはしない。
先に静寂を破ったのはジェネラル。表情こそ分からないが、その声音には焦りが含まれている。
「……貴様、どうやってここを知った。」
『企業秘密です。あなた方お得意のね。』
「……ふふっ。レイヴン、あなたは私を襲う事の意味が分かっていないようですね……!」
『分かっていますよ。既に対策済みです。』
その言葉と同時に、どたどたと響く沢山の足音。強引に開けられた扉から、盾を構えた生徒を前面に、沢山のヴァルキューレ生がなだれ込んでくる。
その指揮を執っているのは、ヴァルキューレ警察学校公安局長、尾刃カンナであった。
「ヴァルキューレだ!!動くなッ!!」
「カンナさん!丁度いい所に!この傭兵を――」
「ジェネラル、プレジデント、および不知火カヤ!!お前達を、内乱準備罪の容疑で逮捕する!!」
「なっ、内乱!?何を言っているのですか!?私がそんなことを考える訳が――」
「証拠ならある!レイヴン、教えてやれ。」
プレジデントが持っていたタブレット端末がハッキングされ、映し出される情報が変わる。
それに伴い、カイザーとカヤの罪状の証拠を、エアがつらつらと並べ立てていく。
『カイザー社所有の全てのサーバーを外部ネットワークに接続しました。物理的スタンドアローンも含めて。』
『“施設”の運営目的、アビドスに埋まっている遺物、ブラックマーケットでの活動履歴、そして、連邦生徒会防衛室との癒着。これらを筆頭に全て外部に伝えました。』
『興味深いものもありましたよ。カイザーが連邦生徒会に代わる、キヴォトスの新たな統治者になる計画だとか。』
『あなた達の計画は、全てキヴォトスの中に広まりました。もう情報を止めることは出来ません。』
「バカな……!一体どうやって……!?」
ジェネラルの疑問は尤もだ。エアが話した情報には、スタンドアローンのサーバーの情報や、そもそもデータ化されていない情報も含まれているのだから。
それは、非常に単純なやり方。カイザー内部の人間を雇いこんだのだ。
ある者は、金銭につられて。ある者は、家族の安全と引き換えに。またある者は、自らの過ちの贖罪として。
「こっ、この2人はともかく!私には――」
「不知火カヤ。お前なら、この書類の意味は分かるだろう?」
カンナの部下がカヤに突き付けたのは、七神リンの名と共に連邦生徒会の判が押された、解任通知書。
通常であれば、まず見ることの無い書類。それは、カヤがリンに突き付けようとしていた書類だった。
「連邦生徒会首席行政官の承認を受け、本日正午を持って、貴様の防衛室長としての不逮捕特権は、その職務と共に失効した!!」
カヤにとって最後の砦であった不逮捕特権も、既に消失。これは、彼女の手詰まりを意味していた。
怒りか怯えか、あるいは理解できないのか、ただ小さく震えているカヤ。彼女を尻目に、ジェネラルはレイヴンに質問を投げかける。
「貴様、自分がしたことの意味が分かっているのか?我々カイザーはインフラを握っているんだ。それが潰れればどうなると思う!?」
「分かってるさ。何も変わらん。カイザーの首が入れ替わるだけだ。」
「お前達と同等規模の企業は他にもある。カイザーが失脚したとなれば、今度はそいつらが、お前達の仕事を引き継ぐだろう。」
「混乱するのは最初だけだ。全員、じきに適応する。」
”その通り。人間は結構逞しいんだ。”
ヴァルキューレの後ろから、シッテムの箱を抱えた人物。連邦捜査部顧問である先生が、そこに居た。
この検挙作戦は、レイヴンが先生に協力を要請したことが発端となる。先生は連邦生徒会に、レイヴンはカイザー側に働きかけることで証拠を掴み、首謀者をまとめて確保する。
この2人、もとい3人が協力したことで、“施設”の陥落から僅か数日で検挙に至ったのだ。
「……やはり、君が1枚嚙んでいたか、シャーレの先生。道理で、動きが早かったわけだ。」
”……お前達は、自分たちが力を付ける。そのためだけに、非人道的な行為を平然と行っていた。”
”先生としても、1人の大人としても、到底許せることじゃない。”
”法に則り、罰を受けて、その罪を償ってもらう。”
「――ッ!FOXは、FOXはどうしたんですか!?」
意識を現実に引き戻したカヤが、自身が抱えていた部隊の所在を気にし始めた。彼女も、それが悪あがきだと分かっていた。
そして、カヤの期待は、最悪の形で裏切られることになる。
「……すみません、防衛室長。しくじりました……。」
カンナの手招きによって連れてこられたのは、元SRTFOX小隊隊長、七度ユキノ。
カヤの記憶の中の姿とは異なり、片足を引きずりながら現れた彼女は、顔中にガーゼや包帯が当てられており、左腕は三角巾によって吊られている。
「……一体、何が……?」
「……移動中にレイヴンから攻撃を受けました。」
「クルミとオトギは装甲車の天板ごと踏みつぶされ、各部骨折と呼吸困難。オトギは骨盤を、クルミは肺を損傷しています。」
「特に重症なのがニコで、頭が通る程度の穴から引きずり出されたことで、全身を損傷。」
「頸椎へのダメージが特にひどく、現在もICUに入っています。FOXの中で、まともに動けるのは、私だけです……。」
「……それと、レイヴンから防衛室長へ、伝言が。」
「『カイザーを仕留めたら、次はお前だ。楽しみに待っていろ。』とのことです。」
伝言が伝えられた瞬間、部屋の空気はさらに冷えていく。ジェネラルとカヤの視線の先は、レイヴンに向けられていた。
プレジデントは杖を抱えながら、ただじっと座っている。
「化け物が……!」
「……我々は、眠れる獅子を揺り起こしてしまったようだな。」
「――ッ!せっ、先生――」
先生に向けて駆け出そうとしたカヤの足元へ向けて、無数の7.62mm弾が撃ち込まれる。
小さく悲鳴を上げて立ち止まったカヤに、レイヴンがガトリングガンを突き付ける。
「動くなと言ったはずだ。」
「……せ、先生。助けてくださいませんか?あの伝言を聞いていたでしょう?殺害予告ですよ!?」
「出来る事なら何でもしますから、私は、私だけは……!」
カヤが1歩踏み出した瞬間、無慈悲に浴びせられる鉛玉。衝撃に耐えかね、倒れこんだカヤの頭に向かって、さらに1秒の連射。
意識と共にヘイローを手放したカヤを、レイヴンはただ、見下ろしていた。
「警告はした。だよな?」
レイヴンはそう言いながら目線をカンナに向けると、彼女は小さく頷いて答える。同時に、彼女の頬には、1粒の汗が伝っていた。
「ジェネラル、プレジデント。両手を上げたまま、膝を突け。お前達を連行する。」
2人はカンナの指示に大人しく従い、椅子から下りて膝を突いた。カンナが部下と共に、2人の腕を後ろへ回し、手錠をかける。
その最中、プレジデントはレイヴンに問いかけた。
「……レイヴン、1つ聞かせてくれ。何が君を、戦いへと駆り立てる?」
「お前達の様な奴らを、殺せるからだ。」
カヤを担いだヴァルキューレ生を先頭に、3人を連れて部屋から出ていく。
カイザーの2人は特に暴れることもせず、大人しく従っていった。
そして、その部屋には、レイヴンと先生、そしてカンナが残った。
「レイヴン、感謝する。またお前に助けられたな。」
「構わないが……。今回の件、お前も絡んでいたんだろう?」
今回の事件は、カンナも無関係ではなかった。カヤからの指示によって、諸々の手回しを行っていたのは、彼女だからだ。
情緒酌量の余地はあるだろうが、罰を受けるのは避けられない。事が事故に、なおさらだ。
「……いずれ処分は受ける。逃げはしない。」
「……なら、俺は止めない。また味方として会おう。」
「そうだな、レイヴン。また会おう。」
「先生も、今回のご協力に、感謝します。では、これで。」
”うん。元気でね。”
敬礼を送り、部屋から去っていくカンナを、優しく見送る先生。
カンナが階段を降りていく音が聞こえた時、先生はレイヴンに、そっと声を掛けた。
”……レイヴン。”
「ん?」
”……私達を頼ってくれて、ありがとう。”
とても優しい笑顔で、そう言う先生。ようやくバイザーを引き上げたレイヴンの眼は、少し細められている。
ため息を1つ付いた後、レイヴンは先生に言葉を返した。
「……後を考えると、この方法が1番楽でな。それだけだ。」
「だが、要請に応じてくれた事は感謝する。助かったぞ。」
”いいんだよ。これが、大人のやるべきことだからね。”
”……カイザーが、壊滅、か……。これから、どうなっちゃうんだろうね。”
そう言いながら、窓の外を見つめる先生。いくつか雲の浮かんだ、青く透き通った空。
同じ空をレイヴンも見つめながら、そっと言葉を零す。
「さあな。だが、お前も言っていただろう。人間は、逞しい。」
「存外、何とかなるだろう。」
”……そうだね。きっと何とかなる。”
この事件は、キヴォトスに非常に大きい衝撃を与えることになる。
防衛室長とカイザー幹部のクーデター計画に始まり、“施設”による無辜の市民の強引な再教育、カイザーが抱えていた罪を大量に暴露された事による混乱。
連邦生徒会とシャーレにとって、大変なのはここからだろう。エデン条約の調印式も控えているとなれば、先生の心労は察するに余りある。
それでも、先生は信じていた。人が力を合わせれば、出来ない事など無いと。
レイヴンは信じていた。1度災禍に飲み込まれ、尚生き延びた人類が、簡単に滅ぶはずがないと。
「……本来の仕事に戻るぞ。お互いにな。」
レイヴンは先生に向けてそう言い残し、大空へ赤い尾を引きながら飛び立った。
割れた窓から飛び立った彼女を、先生はじっと見つめていた。
”……レイヴン、エア。”
拷問を受けたにも関わらず、なお自ら戦いに身を投じる2人を、先生は案じていた。
同時に、2人の戦いへの執着は、自分に止められるものでもないという事も、理解していた。
ただ、見守る事しか出来ないという事を、理解していた。
”私じゃ君達を、助けられないのかな……。”
先生は願った。2人に、穏やかな日常が、訪れることを。
同時に、先生は呪った。願う事しか出来ない、自身の力不足を。
FOXとRABBITの和解が無くなりますが、まあ良いでしょう。(眼鏡並感)
きっと先生が何とかしてくれます。多分。
これでレイヴンは企業をほぼ単独で潰した、生きる伝説となりました。
生きる伝説が長生きした例がどれほどあるのかは、分かりませんがね……。
次回
Vanitas vanitatum
前門のレイヴン、後門のベアトリーチェ。そこに座すは死の恐怖。
次回も気長にお待ちくださいませ……。
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連邦生徒会の調査報告書
レイヴンについて調査していたようだ。
彼女の扱いを決めかねている。
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ーーー独立傭兵レイヴンの外見情報から、死亡済みの人物を含めた全ての戸籍データを参照しましたが、一致するものはありませんでした。
辛うじて、連邦捜査部への所属が確認されているのみとなります。
この事から、レイヴンは行政的には存在しない人物となり、通常の手続きでの逮捕は不可能です。
また、常軌を逸した直接戦闘能力、および自身を中心にエネルギー爆発を引き起こす能力により、通常手順での矯正局への収容もほぼ無意味と考えられます。
以上から、捕獲後に投薬等によって恒久的に眠らせる事が、最も有効と思われます。
追記:独立傭兵レイヴンを、『濡れ仕事』へ従事させることを進言します。ーーー