BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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落雷にPCとモチベを殺されましたが、私は元気です。(血涙)
PCも復旧し、データも無事だったんで、ぼちぼち書き進めていきます。
皆は近くで雷が鳴ったら、大事な機械の電源を落とそうね。

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ある生徒の随想録。
シャーレの先生について書かれているようだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あの人を一言で表現するのは難しい。
強いて言うなら、全ての答えを擁立する聖人にして、己以外の答えを受け入れられない愚者、と言ったところか。

恐らく、あの人の中には、『組織』や『人類』、『世界』といった枠組みが存在しない。
ただ個人が、そこにいるのだろう。


28.連絡員捜索及び回収

 『全員、集まったわね。』

 

 『ええ、“ビッグシスター”直々のお呼び出しですからね。駆けつけなければ失礼でしょう?ね、リオ?』

 

 『ヒマリ、よしなさい。リハビリの強度、スミレさんに言って増やしてもらうわよ?』

 

 『ゔっ……。あの、私としては、私の足を良く知っている人にお願いしたいなと……!』

 

 『それにしても、本当に珍しいね。リオ会長から協力してほしい、なんてさ。』

 

 『……確かに、以前の私であれば、誰も頼ろうとはしなかったでしょうね。有り体に言うなら、私にも心境の変化があったのよ。』

 

 『……まあ、人を頼れるようになっただけ、良しとしましょうか。』

 

 『それで?一体何があったんだい?』

 

 『……レイヴンから、ある物の製作依頼を受けたの。ただ、それがかなり……。扱いの難しいものなの。』

 『初めに言っておくけれど、この話は一切他言無用よ。ここで見聞きしたもの、この話をしたこと自体、誰にも漏らさないようにしてちょうだい。』

 

 『ちょっとちょっと、随分重大じゃない。これこそセミナーの出番じゃないの?』

 

 『初めは私もそう思ったわ。けれど、レイヴンからの説明を受けて、これはどこにも出してはいけない情報だと確信したわ。事実、彼女からも、絶対に外に出すなと言われているの。』

 『……もし情報が漏洩すれば、それを知る者全員が、レイヴンによって“処分”される。それでも話に乗る者だけが、ここに残ってちょうだい。』

 

 『なるほど……。要は、何処にも漏らさなければ良いのでしょう?ええ、協力しましょうか。あなたとレイヴンに恩を売れますしね?』

 

 『……相っ変わらずおっかないわねアイツ……。まあ、私の研究もか。』

 『OK、協力する。情報も漏らさない。』

 

 『ナイトフォール以来の、彼女からの製作依頼か。興味深いね……。』

 『よし!私も協力しよう。誰にも話したりしないよ。』

 

 『……ありがとう。感謝するわ。』

 『今回製作が依頼されたのは、これよ。』

 

 『……これ、ロボット?』

 

 『……なんて設計だ……!要求性能も半端じゃない……!』

 

 『……リオ、レイヴンをこんなものに乗せるつもりですか?これに乗ったら、彼女は……!』

 

 『私も初めは反対したわ。こんな人命が軽視されているモノに乗ろうだなんて、正気の沙汰じゃない。』

 『……けれど、彼女はこれを、“最後の安全装置”と呼んでいたわ。これが必要になる時は、無数の犠牲が避けられない状況でしょうね。』

 

 『……アンタもアイツも、覚悟決まりすぎでしょ……。何食べてたらそんな考えになるのよ……?』

 

 『……このキヴォトスの、最後の安全装置。人の手には余る力だが、世界の危機には、だからこそ必要なのかもしれないね。』

 

 『……そもそも、リオがエリドゥを作ったのは、司祭たちの侵攻に備えたものでしたね。レイヴンも同じものに備えているというのでしょうか……?』

 

 『……そうかもしれないわね。もしくは、ただ破綻を恐れているのかも。だからこうして、力を蓄えようとしている。』

 

 『……どっちにしろ、安全装置を限界まで積み込まないと。このままじゃ、動かして3分であの世行きよ。』

 

 『そうだね、まずは脱出装置からかな。しかし、本来この設計に組み込まれているものなんだが……。命を何だと思っているんだい……?』

 

 『であれば、私はソフトに手を入れましょう。情報流入を制限するフィルターを組み込んでおきましょうか。』

 『それで?本体はどう組み上げるつもりなのですか?』

 

 『エリドゥの設備を使うわ。予算はレイヴンから、厳重に暗号化された状態で送金されてる。資金の流れからバレる心配はしなくていいわね。』

 『………………。』

 

 『……あなたがそんな神妙な顔をするなんて。珍しい事もあるものですね。』

 

 『……私だって、こんなモノが必要になる時なんて、来なければ良いと思っているだけ。』

 『それでも、アリスの時のように、必要になってしまう時は来る。依頼を引き受けた以上、作るだけよ。』

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ストーカーの簡易ベッドに腰掛け、手に入れた情報を整理していく。

 まず、トリニティとゲヘナはかなりピリついている。特に学区境界付近は取り締まりが厳しくなっているようで、正実と風紀委員会が常に睨みを利かせている。

 これは当然だ。互いの生徒が越境して問題でも起こせば、即座に外交問題に発展する。両者とも、何とかそれを阻止したいのだろう。

 ゲヘナでは、妙な人影が万魔殿議事堂に定期的に見られるようになったそうだ。そいつらは常にマスクを付けており、素顔が分からないらしい。

 次にパテル派だが、最近闇ルートから強力な武器を多数買い付けているらしい。ただ動乱に備えるだけなら、正規品で十分。条約のどさくさに紛れて、武力蜂起でもしようとしているのかもしれない。

 そして、その頭である聖園ミカ。こいつも異常な行動が目立つ。スマホのGPS履歴に、何故か廃墟に行っていたという記録が残っていたのだ。

 廃墟には地下通路を通ったようで、1度トリニティで信号が途切れ、廃墟に現れてしばらく滞在。また信号が消えたと思えば、トリニティへと戻っている。

 廃墟で見られたGPS信号は、ミカのそれ1つだけだが、無線通信の痕跡がいくつか残っていた。付近の電波塔の帯域を間借りしていたようだ。

 つまり、廃墟に居たのはミカ1人ではない。そこに居る誰かと接触していた。

 

 これらの情報から考えられる仮説は、ただ1つ。

 トリニティの裏切者は、聖園ミカである。

 

 もちろん疑問も残る。何故セイアを殺す必要があった?廃墟に居た人物と接触した理由は?そいつらは万魔殿の人影と関係があるのか?武力を備えているのはミカの指示なのか?

 これらの疑問を潰すには情報が足りない。今は、仕事を続けるしかないだろう。

 スクリーンを指で弾き、依頼のブリーフィングを再確認する。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 『独立傭兵レイヴン。私は、アリウス分校生徒会長、ベアトリーチェです。あなたにこなして欲しい仕事があります。』

 

 『我々はエデン条約に先駆け、トリニティに連絡員を送っていましたが、つい先日、彼女たちと連絡が取れなくなりました。』

 

 『何が起きたのかなど明白ですが、念のため、彼女たちに何が起きたのか、調べてください。』

 

 『連絡員、もしくは彼女たちが持っている情報を回収していただければ、報酬に色を付けましょう。』

 

 『レイヴン、あなたなら引き受けてくれると、信じていますよ。』

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 簡潔なブリーフィングに対し、やけに割のいい報酬。どう考えても罠だが、アリウス分校という単語が引っ掛かる。

 アリウス。トリニティが今の体制となる前に存在した分派。総合学園となる事に反対した結果、歴史の闇へと追いやられたはずの存在。

 そいつらが分校を名乗り、トリニティを嗅ぎまわっている。ただ名前を借りているだけとは思えない。

 情報を得る意味でも、話に乗る事にしたのだ。上手く行けば、アリウスが何を考えてるのか分かるかもしれない。

 

 『レイヴン、伝えたいことが。その……。』

 

 「どうした?」

 

 『念のため、セイアのスマホにアクセスを試みたのですが、成功しました……。』

 

 「……起動しているという事か?とっくに捨てられてると思ったが……。」

 

 『私もそう思っていましたが……。今のところ、中を調べようとしている者はいないようです。』

 

 トリニティが情報を得るために保管しているのなら納得できるが、そうでもなさそうだ。

 視界に映し出されたアクセスログには、セイアが襲撃されたであろう日から、一切アクセスが行われていない。

 いくらトリニティのトップの遺品と言えど、無意味に保管しておく理由など無いはず。

 

 「妙だな……。クラック目的で起動されているなら分かるが……。」

 

 『依頼まで時間があります。一先ず、何が起きているのか調べてみましょう。位置を特定します。』

 

 「やってくれ。そうなると、こいつの出番かもな。」

 

 そう言いながら機体の隅から取り出したのは、リオから買い取った偵察仕様のAMAS。

 静音仕様かつ光学迷彩と高解像度カメラを搭載。各種センサー類も充実している。

 バッテリーの減りが早いのが欠点だが、それを鑑みても便利な品だ。

 後ろにある電源スイッチを入れると、駆動音と共に目に光が灯る。

 

 「よし、仕事の時間だ。行ってこい。」

 

 その言葉に対し、電子音で明るく答えたAMASは、俺の手から浮き上がると、僅かに開いた後部ハッチから外へ飛び出した。

 簡易ベッドに座り直し、AMASとの接続を確立する。視界に広がるのは、一軒家が立ち並ぶ住宅街。

 AMASの存在を悟られないよう、高度を高く保つことを指示しながら、一帯の様子を観察していく。

 

 『エリアの絞り込み完了。この辺りです。』

 

 エアから提示されたエリアは、丁度AMASが飛んでいる住宅街。

 この中のどこかに、セイアのスマホが保管されているという事。

 周辺を慎重に観察するが、怪しいものは何もなく、ただ人の営みが映し出されている。

 考えられるのは、遺族が遺品として引き取ったという事だが、電源を入れておく理由が分からない。

 何より、場所も不釣り合いだ。

 

 「普通の住宅街だな。ティーパーティーの1人が住んでいるとは思えん。」

 

 小綺麗ではあるが、豪邸が建っているような場所ではない。別荘を作るにしろ、もっといい場所があるはずだ。

 要は、庶民のための住宅街。ティーパーティーはおろか、政治抗争とは無縁な者が住むための場所に見える。

 

 『同感です。一体なぜこんな所に……。』

 『……捉えました。あの一軒家です。』

 

 「了解。」

 

 指示されたのは、白い壁の2階建ての一軒家。

 光学迷彩を起動させ、向かいの家の屋根にゆっくりと降下させる。

 正面の窓はカーテンが開けられており、ガラスの奥で、誰かがベッドに横たわっているのが見えた。

 

 「……エア、こいつか?」

 

 黄金色の長い髪に、頭頂部には同じ輝きを携えた大きな耳。幼子かと見紛うほどの小さな体躯。

 事前に調べておいた容姿と一致する。

 

 『……間違いありません。百合園セイアです。』

 『バイタルに問題はありませんが、意識は覚醒しきっていないようです。』

 

 「少なくとも生きているのは確かか。襲撃を受けて自力で移動したとは思えん。誰が匿った……?」

 

 頭に浮かぶのは、暗殺自体が狂言という可能性。

 しかし、わざわざ“死んで”まで自分の存在を隠したい理由は、想像もつかない。

 強いて言うなら、あらかじめ死んでおくことで、自分が裏切者の標的にならない様にする、くらいだろうか。

 

 『……レイヴン、誰か部屋に入ってきます。』

 

 エアの言葉と共に、セイアの寝室のドアが開いた。

 白を基調としたワンピース、青い羽と同じ色の長い髪。その手には緑十字が書かれた箱が握られている。

 

 「……あの服装、救護騎士団か……?」

 

 『……そのようですね。救護騎士団団長、蒼森ミネです。彼女がセイアの面倒を見ているのでしょう。』

 

 その言葉通り、セイアの床ずれ予防のためか、そっと寝返りを打たせ、体の汗を拭いていく。

 ミネによるセイアの世話がひとしきり終わった後、彼女はスマホを取り出し何度か画面をタップ。

 直後、画面を顔の横に当てた。

 

 「……電話をかけようとしてるな。傍受しろ。」

 

 『やってみます。』

 

 『お疲れ様です、団長。あの方のご様子は?』

 

 『……体は問題ありませんが、意識は未だに……。』

 

 『そうですか……。何か、きっかけが必要なのでしょうか……。』

 

 『……今は、セイア様を信じましょう。配達をお願いします。』

 

 『はい。いつもの分量ですね。今日の午後にはお届けします。』

 

 『ええ、お願いします。』

 

 誰かに配達を依頼した。分量、という単語から、恐らくは薬品や食料品の補充だろうか。

 ミネ本人が安易には買い出しに行けない状況、という事だろう。ミネの行動からセイアの居場所が芋づる式に漏れることを恐れているのか。

 そう考えれば、ただの住宅街で匿っているのも頷ける。

 

 「なるほど、読めてきたぞ。ミネがセイアを死んだことにして匿ったんだな。そうすれば、裏切者の目もしばらく逸れる。」

 

 『それをティーパーティーにも知らせない事で、情報の秘匿性を確保する。賢い人ですね。』

 

 「よし、引きあげよう。長居は無用だ。」

 

 AMASをゆっくりと上昇させて、高度を確保したところで光学迷彩を解除する。

 帰還命令を送り接続を切って、後部ハッチを再び僅かに開ける。

 少し待ち、その隙間から器用に戻ってきたAMASを一撫でしてから電源を切る。

 

 百合園セイアは、生きている。

 これは、ナギサと裏切者に対して、良い切り札になるだろう。このカードをいつどう切るか、タイミングを見極めなければ。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 地面スレスレでブースターを吹かし、大きく減速して着地。

 トリニティの外れに位置するスラム街。本来であれば、不良たちが蜘蛛の子を散らすように逃げる光景が見られただろうが、今は真夜中。

 依頼主のベアトリーチェから指定された時間だ。捜索任務で時間を指定する意味が分からないが、意向は意向なので従っておく。

 

 『作戦領域に到達。今のところ、周辺には何の反応もありません。』

 

 「何かあっても良いはずだがな。戦闘の痕跡すらない。」

 

 『……慎重に行きましょう、レイヴン。』

 

 忠告に従い、ゆっくりと歩を進めていく。

 廃墟の間を通る風が、ひゅうと小さく鳴いている。ナイトフォールが地面を踏みしめ、ガシャリと唸る。それ以外は何の音もしない。

 普段であれば、スカベンジャーと呼ばれる者達がジャンクを漁っていたり、空薬莢を拾い集めていたりするのだが、そういった者たちの気配すらしない。

 明らかに、人払いが行われている。あるいは、自ら離れていったか。

 

 『情報では、あの廃墟に連絡員が居たはずですが……。』

 

 そこにあったのは、元は何かの店だったのだろうか。鉄筋コンクリート造りの建物、その残骸だった。

 中には何も残っておらず、埃が積もっているばかり。

 入り口の正面、そこから少し離れた場所に立つと、僅かな違和感。ごく僅かだが、中から生気を感じる。床をよく見れば、所々埃が薄くなっている。

 スキャンを最大出力で実行すると、浮かび上がったのは多数の人影と、地面に仕掛けられたトラップの数々。

 構造を利用してキルゾーンを作ったらしい。中に入った瞬間トラップが作動、一斉に撃つことで仕留める、といった算段か。

 

 「……やはり罠か。いい度胸だ。」

 「エア、奴らの通信を遮断しろ。」

 

 バイザーを下ろし、MORLEYの弾頭を、とっておきに切り替える。

 廃墟の中央、1発で全て破壊できる場所に慎重に狙いを定め、膝を屈めて反動に備える。

 そして、轟音と共に襲い来る強烈な反動を、全身のアクチュエーターとブースターで受け止める。

 とっておきの弾頭が地面に突き刺さった瞬間、中に閉じ込められた炸薬に点火。

 それは、伏兵を廃墟ごと粉々に吹き飛ばす、余りにも過剰な爆発へと変換された。

 極高性能炸薬搭載榴弾『ウェルカムクラッカー(歓迎の花火)』。メリニット製グレネードランチャー、その弾頭設計をエンジニア部へと売り払った結果、MORLEY用に作り出された代物。

 試作品という事で1発きりだが、その威力は確かだったようだ。

 

 「いい花火だ。ウタハ達にいい報告が出来る。」

 

 爆破地点に目を向けると、気絶を逃れた者が何人かいる。付けていたガスマスクは壊れ、服が焼け顔が煤けようとも、その全員がまだ銃を握ろうとしている。諦める気は無いらしい。

 

 『……レイヴン、遠方に敵性反応。狙撃手です。』

 

 警告、狙撃。崖の上から飛んできた銃弾を、即座に盾を展開して弾く。

 今の射撃で、狙撃手の大体の位置は分かった。後は、残った奴らを片づけるだけだ。

 

 ブースターを吹かして前進しつつ、ガトリングで7.62mm径の鉛玉を叩きつけ、1人をノックアウト。

 気絶している連中を飛び越えながら生き残った奴らをロックオン、16発のミサイルの雨を撃ち下ろす。

 反撃の銃撃が飛んでくるが、それを盾で防ぎながら着弾観測。3人を巻き込んで気絶させた。

 狙撃、2発目。クイックブーストで適当な相手に向けて加速、回避と同時に蹴り飛ばす。当然蹴られた奴が耐えられるわけもなく、トタンの掘っ立て小屋に直撃。これで残りは2人。

 ロックオン、後方。急反転して前方に急加速。そいつが放ったであろうミサイルから大量の子弾頭がばら撒かれるが、狙いは既に逸れている。

 そいつはミサイルランチャーを捨て後ろに飛びながら、ポケットに手を突っ込んで何かを抜こうとするが、こちらの方が速い。

 シールドを展開してそのまま衝突。パルス防壁の反発とブーストの勢い、両方が乗った突進は、人体を容易に加速させる。

 そいつが吹き飛んだ先は、他の廃墟のコンクリートの壁。そこに僅かにヒビが入るほどの衝撃が、そいつの意識を容易に奪い去る。

 最後は、狙撃手。もう急ぐ必要などない。

 MORLEYに榴弾を装填し、膝を落として構え、崖の上に居る敵性反応へ向けて発射。

 数秒のタイムラグの後に着弾。炸薬の衝撃が、狙撃手を崖ごと吹き飛ばした。敵性反応が、崩れた崖と一緒に落ちていく。

 

 『……周辺に反応なし。片付いたようです。』

 

 「……ベアトリーチェに繋げ。」

 

 後は、こんな罠にかけようとした奴に、落とし前を付けさせる。

 僅かな間を置き、ザリッとノイズが走った後、妙齢の女の声が聞こえてくる。

 

 『……おや。あなたが連絡してきたという事は、失敗したのですね?』

 

 「なんのつもりだ、ベアトリーチェ。俺が依頼されたのは、連絡員の捜索と回収だったはずだ。何故伏兵が居る。」

 

 『簡単な話ですよ。その依頼自体、あなたを誘き出すための餌です。まあ、ナイトフォールを着てきたことは、想定外ですがね。』

 

 「ふざけるなよ、元から俺を殺すつもりか……!」

 

 『殺すだなんて、とんでもない。ただ、あなたを新たな手駒として迎え入れようとしただけですよ。』

 

 「……誰がお前の首輪など付けるか。」

 

 『あら、飼い主が変わる事なんて、あなたにとってどうでも良い事では?』

 

 「……何の話だ。」

 

 『覚えているでしょう、強化人間C4-621。あなたは自分の意志で、ハンドラーが付けた首輪を外した。』

 『あの老人や、その友人達が破綻と呼んだ道を突き進み、コーラルの力で世界を焼いた。あなたは飼い主に拾われた恩も忘れた、恥知らずの猟犬。』

 『そうでしょう、C4-621?』

 

 ハンドラー。老人。破綻。猟犬。そして、俺の本名。

 ルビコンの出来事を知らなければ、こんな言い回しにはならない。

 既にヘルメットで押さえつけられた耳が後ろへ引き絞られ、歯がギリギリと音を立てる。

 

 「貴様、どこまで知っている……!答えろッ!!」

 

 『答える必要などないでしょう?あなたは私の物になるのですから。』

 

 「……いいだろう。覚悟しろ、ベアトリーチェ。」

 「必ず貴様を見つけ出し、貴様も、貴様を守ろうとする者も、全員殺す。」

 

 『……やってみなさい、野良犬が!』

 

 通信を切った後、自分の手がギシギシと音を立てていることに気づいた。

 ゆっくりと深呼吸し、手から力を抜いて、どうやって奴の居場所を特定するか考える。

 と、ガラリと瓦礫が崩れる音がした。

 

 「うっ……。くっ、うあっ……!」

 

 今目が覚めたであろう奴が、ここから這い出ようとしている。

 丁度いい、こいつに話を聞くとしよう。

 そいつに向けて、ゆっくりと歩み寄っていく。それに気づいたのか、這いずる先は自分の物と思われる銃。無論取らせる気は無い。

 そいつが銃にたどり着く前に、剥き出しの腹に向けて蹴りを入れる。吹き飛ばされた先は、開けた道路。

 腹を抑えて呻くそいつの腹を、ナイトフォールの足裏で踏みつける。苦痛で顔が歪み、手で俺の足をどかそうとするが、無意味だ。

 顔面にガトリングガンの銃口を突き付けて質問を始める。

 

 「……お前、名前は?」

 「……答えろッ!」

 

 口を開かず、俺を睨みつけてきたので、腹を強めに踏みつける。

 何度かせき込み、痛みに呻いた後、ようやく口を開いた。

 

 「……錠前、サオリ……。」

 

 「よしサオリ、良く聞け。ベアトリーチェの居場所を教えろ。」

 「……答えろ、サオリ。」

 

 「……誰が、話すか……!」

 

 そいつの眼は濁っていたが、その奥からは、熱が放たれている。

 仲間は全滅し、身動きを封じられ、生死を俺の手に握られても、なおその眼が出来る。

 こいつ、強いな。まあ、今は関係の無い事だが。

 

 「……いい眼をするな。戦う者の眼だ。だが、同時に愚かだ。」

 「答えていれば楽に死ねたものを。」

 

 左足に重心を乗せながらしゃがみ込んで、左手で頭を掴み、全力で握りつぶす。

 

 「アッッガアアァァアッッ!!!」

 

 「答えろ、錠前サオリ。さもなくば貴様の首を引きちぎる。」

 

 サオリは俺の左手を掴み抵抗するが、機械の出力に人間の骨と筋肉で対抗できるわけもない。

 ゆっくりと、確実に、左手のアクチュエーターの出力を上げていき、正直に話すことを促す。

 

 「グッ……!誰が、話すかァァッ……!!」

 「仲間を、売る、ような、真似は、しないッ!!」

 

 この状況でそう返して来るか。これは、アプローチを変えた方が良いだろう。

 頭から手を放し、今度は髪を掴み上げて、バイザー越しに目を合わせる。

 

 「……そうか。なら良く聞けサオリ。」

 「俺は、必ずベアトリーチェを見つけ出し、奴を殺す。お前が奴の居場所を話せば、俺はお前の仲間を殺しはしない。」

 「お前はただ、奴の居場所を教えてくれればそれでいい。お前が居場所を話したことも黙っておこう。」

 

 「……お前に、マダムは止められない……!」

 

 「そして奴も俺を止められない。純粋な力比べになるだろうな。」

 「奴もこの攻撃を最後にする訳が無いだろう。何度でも兵を送り込んでくるはずだ。お前の、仲間をな。」

 「そうなれば、俺は自分の身を守るために、そいつらを殺さざるを得なくなる。そんな不毛な殺し合いを、お前の一言で止められるんだ。」

 「教えてくれ、錠前サオリ。ベアトリーチェは、何処に居る。」

 

 「………………。」

 「……地獄に落ちろ、死神が。」

 

 「……とっくに落ちてる。」

 

 髪から手を放し、ガトリングの銃口を向け、鉛玉を顔面に浴びせる。

 ガトリングガンの咆哮と、大量に吐き出される薬莢の音が、スラムに響く。

 その咆哮が止んだ時、そこには意識とヘイローを手放したサオリと、1匹の猟犬だけが残っていた。

 サオリの腹から足を放し、3歩下がってからエアに声を掛ける。

 

 「……エア、救護班をここに回せ。奴らに話を聞く必要がある。」

 

 『……レイヴン、今のは少し、やりすぎなのでは?確かに、ベアトリーチェが私達の過去を知っている事は気になりますが……。』

 

 「……奴はこれ以上やっても話さんだろう。俺達で奴の居場所を見つけ出さないとな。」

 

 『レイヴン……。』

 

 「分かってる。今のは頭に血が上ってた。悪いやり方だというのは、理解してる……。」

 

 悪いやり方。言い換えるなら、ルビコン、いや、ベイラム流か。このキヴォトスだと、この手のやり口は過激だと言われる。

 しかし、俺もそれに対して、僅かだが罪悪感を感じるようになった。俺も丸くなったものだ。

 

 『……救護班を要請しました。続きは病室で聞きましょう。』

 

 「そうだな……。」

 「……そういえば。こいつら、医療費を払える金は持っているのか?」

 

 『……思わぬ出費ですね、レイヴン。』

 

 「ハァー……。今日は大赤字だ……。」

 

 少し前は便利屋、今度はアリウス。便利屋は保険証を持っていたから安く済んだが、こいつらが持っていなかったら、治療費がいくら掛かるかなど、考えたくもない。

 そして、今回の仕事は当然無報酬。蓄えがあるとはいえ、何百万、ともすれば何千万の出費だ。

 久々に頭が痛くなってきた。

 

 ため息を付きながら空を見上げると、雲一つない夜空で、やけに眩しい月が光っていた。




レイヴンとアリスク(アツコ抜き)の邂逅、散々な形になりました。
予定だともうちっと穏便に済むはずだったんだけどなぁ……。
まあなんもかんもベアおばが悪いからいいか。

次回
補習授業部と裏切者
どっかの強盗団のリーダーがこの部活に居るってマジ?

次回も気長にお待ちくださいませ……。
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