BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL-   作:Soburero

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前書きの書き方を忘れ始めたので、フレーバーテキストを書いていくことにしました。
ドーザーの与太話と思って読んでください。
本編じゃ書けないアイデアが多すぎる!!!

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パルスシールド:「Duel」
レイヴンの要請を受け、HCのシールドを基に開発された複合兵装。
大型のパルスシールドとしてはもちろん、両端の発信機を展開することで、ブレードやパイルとしても使用可能。
本来パルス波形を動力源としているが、レイヴンが握ることで、その光は赤く染まる。
外の歴史で用いられた決闘用の盾を、名前の由来としている。


27.脅威レベル9

 トリニティの南側にある大病院に、先生は居た。

 ある生徒達、それも本来ここには居ないはずの子達の様子を見る為である。

 風の噂を聞きつけた瞬間、その子達に連絡を取り、すぐに病院に面会を取り付けた。

 その子達が居る病室までエレベーターで上がり、ナースセンターにシャーレの職員票をかざして通してもらう。

 四人部屋のドアの前、軽くノックをすると、どうぞと返事が返ってきた。

 見舞いの品を入れたバッグを握る手とは反対の手で、ドアノブを握る。

 

 ”みんな、大丈夫?”

 

 そこには、ギプスや包帯で傷を塞がれていた、便利屋68の皆が居た。

 肌が見えている部分も、所々赤く腫れていたり、青痣が浮かんでいた。

 

 「あっ!先生じゃん!やっほー!」

 

 「先生!?どうしてここに?」

 

 ”みんなが病院に担ぎ込まれたって聞いて、居ても立っても居られなくて。”

 

 匿名の通報を受け、ゲヘナの生徒がトリニティへの病院に担ぎ込まれた。

 それも、治療費は全額前払いチップ付きで支払い済みだとか。

 そんな噂話の中に出てきた特徴が、先生の記憶の中に居た便利屋達と一致したのだ。

 見舞いの品をバッグの中から取り出し、全員のベッドサイドへと置いていく。

 

 「やっぱり、優しいですね、先生は……。」

 

 ”私がしたい事をしてるだけだよ。”

 ”でも、みんながここまで手酷くやられるなんて……。一体、何があったの?”

 

 「……むしろ、先生は誰だと思う?私達にこれだけの痛手を強いる人間は。」

 

 ”……レイヴン。”

 

 カヨコからの問いに対し、先生はほぼ迷うことなく、その名前を口にした。

 確かに、彼女たちを叩きのめせる生徒は他にもいるが、その誰もが、病院送りにするほど徹底的に潰そうとはしない。

 ツルギだって気が昂る事はあっても、一線を越えない理性は常にある。結果として、そうなってしまうだけだ。

 

 「その通りよ。でも、彼女を怒らないであげて頂戴。私達は仕事でぶつかっただけ。」

 「私達は便利屋で、彼女は独立傭兵。依頼が違えば、こうなる事もあるわ。」

 

 「そうなんだよね~。それが楽しい所でもあるんだけどっ。」

 

 ”みんな、逞しいね。”

 

 アルの言葉に対し、誰も異議を唱える者はいなかった。

 皆、それを承知の上でこの仕事をしているのだろう。もちろん、レイヴンも。

 生徒達の力強さに感嘆していると、カヨコの神妙な表情が目についた。

 

 「……ねえ先生。アイツ、最近何をしてるのか知らない?」

 

 ”えっ?う~ん……。最近はあってないから、分からないや。ごめんね。”

 

 「そっか……。アイツ、今まで受けなかった依頼を受け始めててさ、不思議だったんだ。」

 

 「そうなのよ。今のレイヴンは名前がキヴォトス中に売れているから、小さい依頼を受けないと思っていたんだけど……。」

 

 「そう、最近はトリニティを中心に動いてるみたいでさ。理由は分からないけど、駆け出しみたいな事をやってるんだよね。」

 

 ”駆け出し……?一体どうして……?”

 

 先生も、疲労にどっぷりと浸かった脳を回して考える。

 今のレイヴンは、裏社会に少しでも触れれば、その名前を聞くことになる程の有名人だ。仕事に困っているという事は考えづらい。

 依頼を受けて動いていると考えるのが自然だが、彼女は長期依頼を引き受けるスタンスでもないはず。

 それとも、何か例外的な事があったのだろうか。

 一足先に仮説にたどり着いたハルカが、おずおずと手を上げる。

 

 「あの……。エデン条約、だと思います……。きっと、トリニティから、依頼を受けてるんじゃ、ないでしょうか……。」

 

 「確かにそうね……!トリニティから依頼を受けてるなら、今までの行動も納得がいくわ!流石ね、ハルカ!」

 

 「となると、情報収集か、反対派の粛清?でも、それじゃレイヴンに依頼するものでもないよね?」

 

 「わざわざ独立傭兵を、それもレイヴンを動かさなければいけないような事……。」

 「……暗殺。」

 

 ”――ッ!”

 

 レイヴンが、誰かを殺す。

 そもそもそんな依頼を受ける子ではないと思っているが、もしやらなければならない状況まで追い込まれた時、迷いなくやってしまう子でもあると思っている。

 一気に良くない想像が頭の中に吹き出て来るが、目の前の現実に集中することでそれを振り払う。

 

 「雇い主の意向に沿わない存在を、秘密裏に消す。これはそのデモンストレーションかも。」

 「“お前達が動けば、レイヴンも動く。妙な真似はしない事だ。”そういうメッセージを送りたいのかもね。」

 

 ”……そして、実際に動き出した者が現れたら――。”

 

 「レイヴン諸共、消えることになる。」

 「もし相手がティーパーティーだったとしても、レイヴンが勝手にやったことにして、切り離すことが出来る。」

 

 この時先生の頭に浮かんだのは、ある可能性。

 何者かがレイヴンに依頼を出し、エデン条約の妨害を目論んでいる。その雇い主は、恐らくは“裏切者”。

 レイヴンがただ暴れるだけでも、相応の被害が出る。ナギサの眼を逸らすくらいなら、簡単に出来るはずだ。

 

 「……それ、マズいじゃない。政争に巻き込まれてるってこと……?」

 

 「でも、あのレイヴンがそれを知らずに、仕事を受けるでしょうか……?」

 

 「……これ、私達もヤバくない?」

 

 ”……レイヴンに話を聞かなきゃ……!”

 

 「待って!」

 「最近のアイツは、ますます腕を上げてる。でもそれだけじゃない。アイツは、私達キヴォトス人の限界を理解してる。」

 「どうすれば、キヴォトス人を“壊せる”のか。どこまでやっても、キヴォトス人は“壊れない”のか。その限界を。」

 「……レイヴンと関わる時は、慎重に動いて。アイツの雇い主の狙いが、先生だったってこともあり得るから。」

 

 カヨコの言葉は、先生にとっては受け入れがたく、そして受け入れなければならないものだった。

 自覚はあった。レイヴンが戦いを乗り越えていくたびに、その戦いの鋭さが増していくのを、間近で見ていたのだから。

 そして、レイヴンにとって、自分は“先生”では無い事も、分かっていた。もしその時が来たら、私は彼女の敵になるだろう。

 それでも、話をしなければならない。あの子が、光の中を歩めなくなる、その前に。

 

 先生は、便利屋達に向けて、いつでも頼ってと言い残し、病室を後にした。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 用事の間の、僅かな時間。先生は、とあるスケバン達の拠点となっている空き倉庫に向かう。

 便利屋の一件で思う所があった先生は、彼女達の様子だけでも見ておこうと思い、足を運んだのだ。

 だがそこに居たのは、トリニティの不良生徒達を取り締まる、正義実現委員会だった。

 その雰囲気や慌ただしさから、ただ事ではない事を理解する。

 先生は、現場で指揮を執っていた仲正イチカに声を掛けることにした。

 

 「最低限の応急処置で良いっす!頭は揺らさないようにするっすよ!」

 

 ”イチカ、何があったの!?”

 

 「あっ、先生!手を貸して欲しいっす!怪我人が多すぎて手が回らなくて!」

 

 ”分かった!”

 

 そうしてイチカに促されるままに倉庫へ足を進めると、そこには、先生が様子を見ようとしていた、大勢のスケバン達が転がっていた。

 腕はひしゃげ、足は本来とは異なる方向へねじ曲がり、顔の輪郭が変形していた。

 そうした子達を何とか治療しようと、正義実現委員会の皆が走り回っている。

 壁に叩きつけられた子が居たのだろう。倉庫のトタンの壁が所々大きくへこみ、めくれていた。

 そこは、野戦病棟の様相を呈していた。

 

 ”……これは、一体……。”

 

 「先生、こっちっす!この子の足を持っててください!」

 

 イチカの指示に従い、先生は1人のスケバンの足元にしゃがみ込み、足を延ばして支える。

 その間に、イチカがその辺りにあったであろう雑誌を使って、手早く当て木をしていく。

 途中、痛みで目が覚めたスケバンを何とかなだめつつ、折れた個所を固定し、ガーゼで傷を塞いでいく。

 その子の処置が終わったら、イチカと一緒に次の子の処置へ。

 それを何度か繰り返し、大半のスケバン達が意識を取り戻すと、正義実現委員会の皆もようやくほっと一息。

 

 「これで、大体終わったっすね……。助かりました、先生。」

 

 ”うん。それなら、良かったけど……。一体、誰がこんな事……。”

 

 「……レイヴンですよ。通報の時点で、もう全員やられてたって話です。」

 

 イチカの細い眼の奥には、怒りの炎が燃えていた。無理もない。

 相手が不良と言えど、全員気絶するまで攻撃するなんて、明らかにやりすぎだ。

 もしレイヴンが、正面から堂々と登場していれば、殆どの子が逃げ出すことを選ぶだろうに。

 

 ”過激な所はあるけど、普段はここまでやる子じゃない……。何かに追い詰められてる……?”

 

 「どちらにせよ、レイヴンは正実でも要注意人物のひとりっす。うちらに喧嘩を売ってきたとしても、不思議じゃないっすよ。」

 

 要注意人物。レイヴンの扱いに対し、先生は一言言っておこうかと思ったが、すぐにやめた。

 彼女の実力を危険視するのは、治安維持機関として、ごく当たり前の対応だからだ。

 状況が落ち着いたことで、便利屋との話を思い出した先生は、レイヴンについてイチカに聞いてみることにした。

 

 ”ねえ、イチカ。最近のレイヴンの行動について、何か知らない?”

 

 「最近ですか?最近になって、急にトリニティで暴れだしたってことぐらいしか……。」

 「……そういえば、レイヴンがティーパーティーに呼ばれたって噂は聞いたっすね。あくまでも噂なんで、確証はないっすけど。」

 

 ”そっか、ティーパーティーに……。何かを依頼されたのかな……。”

 

 「それはない、と思うっすけど、最近のナギサ様の様子見てると、あり得なくも無さそうなんすよね……。」

 

 トリニティに、裏切者がいる。この話をしてきたのは、ナギサだった。

 ナギサの様子がおかしくなっている事に、イチカも気づいていたようだ。

 もしかしたら、私が裏切者探しを断ったことをきっかけに、レイヴンを頼ったのかもしれない。

 よもや、ナギサはレイヴンに直接手を下させようとしているのか。

 だが、もしそうだとしても、彼女がスケバン達を痛めつける理由は無いはず。

 ああだこうだと仮説を並べるが、答えは一向に出てこない。

 そうこうしているうちに、救急車のサイレンがいくつも聞こえてきた。

 倉庫の前まで乗り付けた救急車から、救護騎士団がぞろぞろと降りてくる。

 

 「救護騎士団です!患者さんはどこですか!」

 

 「こっちっす!応急処置だけしてあります!」

 

 「十分です!助かります!ハナエちゃん、搬送の準備を!」

 

 「は~い!全員運んじゃいますよ~!」

 

 ”私も手伝うよ。”

 

 「先生、助かります!まずこの人から!」

 

 今度はセリナ達を手伝い、未だ意識の戻らないスケバンを、2人でストレッチャーに乗せていく。

 意識がある子達は、肩を貸したり、おぶったりして救急車の中に連れて行く。

 怪我人の数が多く、1回の搬送では運びきれないので、正実の装甲車も協力し、一先ず怪我の重い子から運ぶことになった。

 

 ”よし、これでいっぱいだね。後は――”

 

 「先生、救護騎士団に付いていってください。その方が、その子たちも大人しくなると思うんで。」

 

 「先生、こちらへ。」

 

 ”分かった。後はよろしくね、イチカ。”

 

 「任せてください。」

 

 残りのスケバン達は救護騎士団と正義実現委員会で手当てを行っている。順次全員が病院に運ばれるだろう。

 セリナとイチカに従い、先頭の救急車の中に、セリナと一緒に乗り込む。

 外からドアが閉められると、すぐに救急車が走り出した。

 

 「酷い……。レイヴンさんは一体、どうしてこんな事を……。」

 

 ストレッチャーに乗ったスケバンを見ながら、悲しげな顔でそう呟くセリナ。

 命にこそ別状は無いものの、明らかに過剰に攻撃されたであろう痕跡が、全身に残っている。

 しかし、先生はセリナのある単語が引っ掛かった。

 

 ”ん?セリナも、レイヴンがやったって思ってるの?”

 

 「はい。私も、正義実現委員会から、話は聞いていますので。」

 「レイヴンさんがトリニティで活動を始めてから、重症者が運ばれてくる事が増えたんです。ツルギさんが動いた時より、ずっと多くの人が。」

 「患者さんの話で共通してるのは、戦いにすらならなかった、という点で。私も話を聞いてると、少し怖くなってしまうんです。」

 

 ”……そういえば、レイヴンは教訓を与えるって話を良くしてた。1度痛い目を見ておけば、2度目は無いだろうって考えで。”

 

 先生が思い出すのは、アビドスでのレイヴンの初陣と、ミヤコと一緒にブラックマーケットに行った時の事。

 そのどちらでも、彼女は同じことを言っていた。痛みと共に、教訓を与えると。

 最初はちょっと過激なだけだと思っていたが、彼女と関わるうちに、うっすらとだが気づいた。

 彼女の過去と経験が、“外”の環境がそうさせてしまったのだと。きっと、私が想像も出来ないような過去が。

 

 「……そんな事をしたって、傷つく人が増えるだけなのに……。」

 「……あっ、目が覚めましたか?気分は――」

 

 「ウワァアアァ!?!?!」

 

 目を覚ましたスケバンが、先生とセリナを見た瞬間に暴れだした。

 肩を押さえて動きを押し留め、ギプスから伸びた指先を握る。

 セリナも同様に、何とかスケバンをなだめようとしている。

 

 ”落ち着いて!大丈夫!救急車の中だよ!”

 

 「ほら、こっちを見てください。もう大丈夫ですからね。」

 

 セリナはスケバンの頬に手を添えて、穏やかな笑みを浮かべながら、そっと目を合わせる。

 すると、あれだけ怯えて暴れていたスケバンが、みるみるうちに落ち着きを取り戻した。

 先生は肩に沿えた手を放し、指先はそっと握り続ける。

 

 「ハァッハァッ……。救、急車……?救護、騎士団……?」

 

 ”うん。もう大丈夫。みんな救急車で運ばれてるんだ。”

 

 「……よかったぁ……!れ、レイヴンかと思ったぁ……!」

 

 「もう大丈夫です。レイヴンさんも居ませんよ。病院に付いたら、きちんと手当てをしますからね。」

 

 「うぐっ……!ありがとぉ……!」

 

 やはり、レイヴンだった。彼女との戦いが、余程恐ろしかったのだろう。

 スケバンは気が抜けてしまったのか、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。

 それを見ていたセリナは、彼女の手を優しくさする。

 先生もゆっくりと肩を叩きながら、彼女が落ち着いた頃合いで、話を聞くことにした。

 

 ”一体、何があったの?話せる範囲で、教えてくれないかな?”

 

 「……よく、分かんない。煙で辺りが真っ白になったと思ったら、バンバンデカい音がしてさ……。煙の中で、赤い眼だけが、光ってた……。」

 「もう、出口も分かんなかったから、動けなくて……。ちょっと歩いたら、腕とか足とかが曲がった仲間が居てさ……。」

 「後ろから、ジャリッて音が聞こえたと思ったら、膝、蹴られて……。そのまま、頭蹴られて、終わり……。」

 「……何なんだよ、アイツ……。アタシ達を、ゴミみたいに……!」

 「アタシ、アイツが怖いよ……!スケバンなんか、ならなきゃ良かった……!」

 

 話し終えたスケバンは、再び泣き出してしまった。

 そんな彼女を、セリナは慈しみに満ちた表情でなだめていく。

 

 「大丈夫、大丈夫。レイヴンさんも、きっと校舎まで追いかけて来たりしません。もし来たとしても、私達が追い払っちゃいます。」

 

 ”私からも、あの子にはお説教をしておくよ。もっと手加減しなきゃダメだよって。だからもう大丈夫。”

 

 「うぅ……!うん……!ありがとぉ……!」

 

 話を聞く限り、レイヴンはそもそも戦いにさせる気が無かったようだ。

 いくらレイヴンとスケバンで数の差があるとしても、ここまで徹底的に何もさせないとは、予想以上だった。

 先生が知っている強者たちは、どんな相手でも正面から挑む。力量に差がある相手であれば、なおさらだ。

 だが、レイヴンは違う。一方的に攻撃できる狩場を作り、その中に入り込んだ獲物を、確実に仕留めていく。

 反抗することすら許さない、極めて一方的な“狩り”。

 

 ”……レイヴン。君はどうして、こんな事が出来るの……。”

 

 先生はただ、レイヴンの変化を願う事しか出来なかった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 補習授業部での指導を終え、乾いた喉を潤そうと、購買へ向かおうとしていた時の事。

 息抜きだろうか、庭園を散歩していたサクラコと出会った。

 彼女は敬愛する先生に向けて、たおやかな礼をする。

 

 「先生、ごきげんよう。今日は――」

 

 ”ああ、サクラコ。こんにちは。”

 

 「……何か、お悩みのようですね。」

 

 だが、サクラコの穏やかな微笑みは、先生の顔を見たことで、僅かに崩れた。

 多くの悩みや罪を聞いてきた聖職者特有の勘が、先生の僅かな変化を見逃さなかった。

 図星を指された先生は、両手をわたわたと動かし否定しようとする。

 

 ”へっ?いや、そんなことは無いよ?今日だって、その、えっと……。”

 

 「……何はともあれ、お疲れのようですね。休憩がてら、『お茶』でもいかがですか?」

 

 ”……それじゃあ、お言葉に甘えて。生徒に心配されるなんて、私もまだまだだね……。”

 

 「恥じることはありませんよ。その悩みは、先生が物事に真剣に向き合っている証拠です。」

 「その献身は、きっと主も見ておられます。もちろん、私もです。」

 

 ”ありがとう。サクラコは優しいね。”

 

 「ふふっ。先生には敵いませんよ。」

 

 先生がサクラコに案内されたのは、庭園の中央にある、白い小さな建物。

 確か、ガゼボと言ったか。その中央には、小さな丸テーブルと椅子が置かれている。

 サクラコに促されるまま椅子に座り、サクラコは裏からティーセットを持ち出してきた。

 先生は彼女を手伝おうとしたが、手で制されたので、大人しく待つことにした。

 しばらくして、芳醇な香りを放つ紅茶が、先生の前に置かれ、サクラコも席に着いた。

 

 「……それで、先生。どの様なことを、お悩みになっているのですか?何か、重大な事を背負われているようですが……。」

 

 ”……うん。実は、ある生徒について、ずっと考えてることがあって。”

 ”その子は、ちょっと過激な所があるんだ。特に、戦いになると、それが顕著で。”

 ”過去に何かがあったのかもしれないんだけど、それを話してくれるほど、信用してくれてないみたいで。”

 ”……付いて来るだけ足手まとい、なんて言われたことも、あったっけ……。どうすれば、私を信用してくれるのかなって、つい考えちゃうんだ。”

 ”――っと。ごめんね、こんな話を聞かせちゃって。”

 

 「……失礼ながら、その生徒は、独立傭兵を名乗っていませんか?」

 

 ”――っ!サクラコも、知ってるの?”

 

 「はい。ここ最近、トリニティ中を騒がせていますので、どうしても、耳に入ってくるのです。」

 

 少し目を伏せて、そう語るサクラコ。トリニティ中は大袈裟ではと一瞬考えた先生だったが、直前に見た光景を思い出し、考えを改めた。

 先生がサクラコに質問を投げかけると、彼女は何かを憐れむような、悲しむような表情で答える。

 

 ”そっか。シスターフッドでは、どんな話が?”

 

 「……難しい、ですね。度し難い者という人がいれば、真に救いが必要な者という人もいます。ただ、その実力だけは共通していますね。」

 「一般的な技量の生徒では、戦いにすらならない。姿を捉える事すら難しい、という話です。」

 

 ”そこは、何処でも共通してるんだね……。”

 

 「それほど、多くの戦いを潜り抜けてきている、という事かと。しかし、それだけの技量は、どうやって身に着けたのでしょうか……?」

 

 ”……そうならざるを得なかったのかも。昔も今も、戦い続けてるって話だから。”

 

 先生の発言を受けて、サクラコは悩み始めた。何を考えているのか聞こうとした先生だったが、サクラコが口を開いたことで阻まれる。

 それは、彼女の昔話。彼女に小さな傷を残した、ある出来事。

 

 「……これは、私が新米シスターだった頃の話なのですが……。」

 「ある時、酷く傷を負った生徒を保護したのです。その人も、噂の方と同じく、学園の後ろ盾を持たない人で……。」

 「その人は頑なで、施しを受けようとはしませんでした。傷の治療も、最低限で済ませてしまう始末で、多くのシスターが困り果てていたのを、覚えています。」

 「そしてある晩、その人に用意された寝床の上に、僅かな金銭が置かれていて、それっきり姿を見ることはありませんでした。」

 「後に分かったことですが、あの人は、多くを失ってきた……。いえ、多くを奪われながらも、懸命に生きてきた方なのです。」

 「しかし、ずっと誰かに奪われてきたという事実が、彼女の心を蝕んでいたのでしょう。己以外の、何ものも信じられなくなってしまった方だったのです。」

 「我らシスターフッドは、そういった方々にこそ、手を差し伸べるべきなのでしょうが……。そういった方々ほど、指の間をすり抜けてしまうのです。」

 

 先生は、初めてレイヴンに出会った時の事を、その時の彼女の瞳を思い出していた。

 ひどく淀んだ、底なしの瞳。色々なものを諦め、何もかもを捨ててきた人間特有の瞳。

 きっと、サクラコの話の子も、同じ瞳をしていたのだろう。故にシスターフッドはその子を見捨てず、されどその手から零れ落ちた。

 

 ”……そう、だね。あの子も、きっと沢山の物を失って来たんだと思うんだ。けれど、子供が犠牲を払わされる世界なんて、あっちゃいけない。”

 

 「私もそう思います。彼女もきっと、沢山の何かを、差し出してきたのではないでしょうか……。」

 「彼女の戦いからは、まるで……。そうしなければならない、という意思を感じてしまうのです……。」

 

 そうしなければならない。そうしなければ、生き残れなかった。

 そう考えれば、レイヴンの行動や考え方に説明が付く。彼女は戦場を、殺し合いの中を生き延びてきたのだ。

 けれど、彼女の過去がどうあれ、ここはキヴォトス。銃撃戦こそ絶えないが、殺し合う必要など何処にも無い。

 どんな人だって、人生を変えるチャンスがある。レイヴンがキヴォトスに来たことが、きっとそうなのだ。

 

 ”……話を聞いてくれてありがとう、サクラコ。近いうちに、あの子と話してみるよ。”

 

 「あっ、先生。もう1つだけ、彼女について、お話ししても?」

 

 ”うん、もちろん。何かな?”

 

 椅子から立ち上がろうとすると、サクラコから引き留められる先生。

 それに従い座り直すと、その話は、意外な切り出しから始まった。

 

 「……彼女の二つ名、“黒い凶鳥”についてです。」

 

 ”えっ?二つ名があるの?”

 

 この時先生は、レイヴンの二つ名の響きに、内心少し高揚していた。

 が、サクラコの真剣な表情を見て、あまり気持ちのいい話では無い事を察した先生は、すぐに気持ちを切り替える。

 

 「ええ。それもこの二つ名は、ある伝承が元になっているようなのです。」

 「……黒い鳥の伝承が。」

 

 ”黒い鳥……?”

 

 「はい。それは人間の可能性を謳うと同時に、人間の意志の恐ろしさも伝えるもので……。」

 「“神が新たな秩序を造らんとする時、それは必ず現れる。”」

 「“自由意志の基に、身を縛る鎖を、立ちふさがる者を、そして神すらも焼き尽くす者。”」

 「“そして、その者はいずれ、世界を黒く焼き尽くす。”」

 「“真っ黒に。”」

 

 ”だから、黒い鳥……。”

 

 「……私は、彼女がそうなってしまうのではないかと、不安なのです。」

 「自分を、友人達を、そしてこの世界を呪い、全てを焼いてしまう、黒い鳥になってしまうのではないかと。」

 「……誰を愛することも知らずに、全てを呪って逝ってしまうなど、悲しすぎませんか……?」

 

 ごうごうと燃える炎の前に立つ、酷く傷つき、血を流すレイヴン。

 彼女が、全てを焼こうとする。その姿は、簡単に想像できてしまった。

 私は、大人で先生。子供が誤った道に進む前に、これ以上彼女が何かを失う前に、導かなければならない。

 その権利と義務が、私にはある。

 

 ”……そうだね。そんな事、絶対にあっちゃいけない。”

 ”ありがとう、サクラコ。おかげで元気が出てきたよ。”

 

 「お力になれたのなら、何よりです。」

 「先生と、そして彼女に、主のお導きがあらんことを。」

 

 決意を固め、晴れ晴れとした顔で立ち上がる先生と、両の手を握り、祈りを捧げるサクラコ。

 今日の予定も済んでいた先生は、ため込んだ書類を片づけるため、一先ずシャーレに戻る事にした。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 まもなく日付も変わろうという頃、アロナと一緒に書類と格闘していた先生の元へ、来客が訪れる。

 3度のノックに返事を返すと、連邦生徒会の行政官代理、七神リンが入ってきた。

 僅かだが、目元にクマが溜まっている。彼女もこの時間まで仕事をしているようだ。

 

 「先生、夜分遅くに失礼します。」

 

 ”ああ、リンちゃん。こんな時間まで、お疲れ様。”

 

 「誰がリンちゃんですか。」

 「……本日、連邦生徒会で緊急会議を開きました。その内容をお伝えしておこうかと。」

 

 ”緊急……?それだけ大きい案件だったの?”

 

 先生がシャーレに着任してから、1度も開かれた事のない緊急会議。

 それを開くだけの理由が有ったのだろうが、思い当たる節には既に終わった物が多く、一体どれの事なのか検討もつかない。

 リンはため息を1つ付きながら、クリップでまとめられた資料を先生に渡した。

 表紙には赤字で大きく、『極秘』と書かれている。

 

 「ええ。キヴォトスの命運を左右する、と表現して差し支えないかと。」

 

 ”そんなに……!?一体何が?”

 

 「……本日、連邦生徒会は正式に――」

 「独立傭兵レイヴンを、連邦生徒会に対する、危険因子と認定しました。」

 

 ”――え?”

 

 危険因子。それすなわち、レイヴンはキヴォトスそのものの敵とみなされた、という事である。

 先生は、その答えを受け入れられない。受け入れられるはずも無かった。

 レイヴンは、誰かを無意味に虐げる事などしない。そう考えていたから。

 それを知ってか知らずか、リンは表情を崩すことなく話を続ける。

 

 「驚かれるのも、無理はありません。単なる個人が脅威として認定されるのは、連邦生徒会史を見ても、類を見ない決定ですから。」

 

 ”違う、違う……!そうじゃない……!リン、レイヴンはそんな子じゃない!”

 

 「先生から見れば、そうかもしれません。しかし、レイヴンがあなたの指示を聞いたことが、1度でもありましたか?」

 「むしろ、先生の指示を無視して行動していませんでしたか?誰の指示も受けず、単独で行動していませんでしたか?」

 

 先生の脳裏によぎる、レイヴンの独断行動。

 アビドスでの風紀委員会迎撃に始まり、便利屋や企業勢力への対処、“廃墟”に現れた無人機への対応に、アリスの殺害未遂。

 私と関わっていない間も、彼女はきっと、自らの意志で戦い続けている。

 

 ”――ッ!それは……!でも、戦いに関しては、あの子の判断の方が正しい事が多い!”

 

 「問題はそこではないんです、先生。」

 

 ”じゃあ、どういうことなの?”

 

 「……先生、レイヴンが今まで潰してきた組織の数、ご存じですか?」

 

 ”……それが、何か関係あるの?”

 

 「大いにあります。会議で問題になったのは、その点なのですから。」

 「……現段階で連邦生徒会が把握しているだけでも、間もなく30に届こうとしています。」

 「レイヴンが叩き潰したことで、連邦生徒会が初めて存在を確認できた組織も、1つや2つではありません。」

 「先生、この意味がお分かりですか?」

 

 ”……レイヴンが、連邦生徒会を襲うかもしれないってこと?”

 

 今の先生には、それを否定できるだけの証拠は無かった。

 だから、そんな事は無い、と言い続けるしか出来なかった。アリスの時と、同じように。

 先生の右手に握られている資料が、くしゃりと歪む。

 

 「概ねその通りです。正確には、彼女がその選択をした場合、我々は計り知れない被害を被る事になる、という点です。」

 「問題は、レイヴンは人員ではなく、“組織”を徹底的に叩く、という事でして。彼女の怒りを買った組織は、ほぼ例外なく、組織として再起不能になっているのです。」

 「資金を絞り上げ、不利な情報をリークし、構成員を確実に再起不能に至らしめる。その牙が連邦生徒会に向けられるなど、考えたくもありません……。」

 

 ”なら……!なら私が説得する!シャーレの先生として、あの子が間違った方向に――”

 

 「それにどれだけ意味があるのですか?七囚人の狐坂ワカモのシャーレ所属を許しているのは、その権限もあるからですが、あなたの指示であれば従うからですよ。」

 「彼女は誰の指示も受け付けない、狂犬です。彼女を野放しにしておく理由など、何処にもありません。」

 「それに、おかしいとは思わなかったんですか?」

 

 眉間にしわを寄せたリンが、先生の願いを一蹴する。

 さらに続けられた言葉は、先生にとっても否定できない事実。

 今レイヴンを守れる言葉は、先生の語彙には無かった。

 

 ”……何を?”

 

 「単独で大型ヘリとパワードアーマーを問題なく運用し、独立傭兵としてビジネスを成立させている。これだけでも驚異的です。」

 「ですが、彼女はそれだけではなく、依頼主を限定しません。依頼に対し、十分な報酬があれば、個人、企業、学園関係なく引き受けます。」

 「ある陣営から依頼を受けた次の日には、昨日攻撃した陣営の依頼を受ける、という事もやってのけています。それで干されるようなことも無く、むしろ評価は上がり続けています。」

 「これがどれほど異常な事か、気付かなかったんですか?」

 

 ”……そんな事になってたの……?”

 

 「……ええ、これは事実です。ついでに言うと、これから話すこともですね。」

 「ブラックマーケットの治安維持機関と生身で直接戦闘し、相手を撤退させる。単騎で兵器工場に侵入し、少なくとも10分で壊滅させる。要塞都市の防衛設備を潜り抜け、性能の勝る相手を技量で叩き潰す。それも2機。しかもその後に補給も無い状態で、無人機の大軍と戦闘を行い、平然と生還している。」

 「これらの戦績がどれほど異常な事か、気づけなかったのですか?」

 

 ”それは……!ただ、強いだけじゃないか……!”

 

 報告は聞いていた。風紀委員会、正義実現委員会、ミレニアム保安部。あらゆる治安部隊から。

 レイヴンは危険すぎる、と。すぐに対処した方が良い、と。

 けれど、自由で在りたいであろうレイヴンを尊重し、シャーレとしては動かなかった。

 もしそれが、この結末を呼び込んでいたとしたら?私のせいで、彼女を追いこんでいたとしたら?

 先生の頭の中に、考えたくなかった可能性が、次々と吹き出てくる。

 

 「……強すぎるんですよ、彼女は。」

 「彼女の力は、個人が握るには大きすぎる力です。組織によって制御される必要があり、そして、あらゆる組織がその力を求めるでしょう。」

 「その力が我々に振るわれれば、連邦生徒会は終わりです。その前に、彼女に首輪をつけておく必要があるのです。」

 

 ”……何か、何かあるはず……。何か、方法が……。”

 

 「……もし方法があるのなら、教えてください。」

 「彼女を飼いならすか、その牙を抜く方法を。」

 

 詳細は後日詰めます。リンはそう言い残し、シャーレの執務室を出ていく。

 先生は左手で体を支えながら、ゆっくりと椅子にへたり込む。

 眠気覚ましに用意したブラックコーヒーもすっかり冷え切り、右手に残った10ページ程の資料が、先生の右手を押さえつけていた。

 

 『そいつに銃を向けてる奴を殺すことでしかそいつを助けられない時、本当に同じことが言えるのか、シャーレ。』

 先生の頭の中に、レイヴンの問いがこだました。




いよいよレイヴンがパブリックエネミーと認定されました。
先生も大変だねぇ、レイヴンと関わっちゃったばっかりに。
フロム主人公なんてイレギュラー扱いされてからが本番なのにねぇ。(暴論)

次回
過去の亡霊
『ルールを守れないのであれば、静かに退場してもらう他は無い』

次回も気長にお待ちくださいませ……。
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