推定有罪
虚偽の自白で殺人犯にされた男を救おうとする若き弁護士の苦闘.刑事裁判のあり方を根底から問う傑作.(解説=野村吉太郎)
■編集部からのメッセージ
1990年4月,横浜の労働者の街で,焚き火の周りで酒を酌み交わしていた土木作業員の一人が刺し殺されました.国選弁護人として控訴審から担当した奥村弁護士は当初から一審での審理に不審の念を持たざるをえませんでした.なぜなら凶器が果物ナイフとしては,被害者は深手を負いすぎている,果たして五年前の五千円の借金の未返済が殺意に結びつくのか,そして目撃者の尋問も行われておらず,一審での担当弁護人には意欲が全く欠如していたという事情があったからです.
奥村弁護士は被告への面会を重ねる中で,取調官から責め立てられた被告が自暴自棄になり,偽りの自白をしてしまったことを確認します.被告は公判廷でその自白を覆しましたが,裁判長は被告人の無実に結びつく証拠の見直しや証人の採用を行わず,有罪判決となったのです.
奥村弁護士は,現場に残された血痕の矛盾点,被告人の供述とナイフによる殺害過程の矛盾点,犯行現場にいた証言者の証言の信憑性など一審判決の問題点を次々に解明して,被告がいかに追い詰められ,虚偽に虚偽を重ねた自白を強いられたかを解明していきます.同時に被告のアリバイを証明する新たな目撃者を探し出そうと必死の努力をするのです.その結果,被告の無実を確信する土木作業員の仲間を見つけ,決定的な証言に出会うのです.
奥村弁護士は,これらの新証言によって,逆転無罪への努力を惜しみませんでした.だが,自信満々で迅速な審理を進めんとする二審裁判長にそれがどう届いたかは予断を許しませんでした.証人尋問がようやく実現され,新事実がマスコミにも報道され,この事件の多くの問題点にやっと世間の眼が向きつつある中で,判決は言い渡されます――
本書は実在した殺人事件をモデルにした優れた「ノンフィクション・ノベル」です.検察側の有罪の立証が十分ではない場合,疑わしきは被告人の利益にという刑事訴訟法の推定無罪の原則が日本の刑事裁判では蔑ろにされてきたのではなかったのか.その問題意識が著者をして,「推定有罪」というタイトルをつけさせ,冤罪がいかなるプロセスで作られていったのかの解明に没頭させることになったのです.
本書がもし純然たるノンフィクションとして描かれるならば,膨大な裁判資料を咀嚼しつつ関係者の証言を活かし,広範な読者に届き得る作品にするという点で多くの困難があったと思われます.もちろん小説として描くのも,多くの困難を乗り越えての作業でありました.著者は裁判資料を渉猟し,二審以降の審理を綿密に取材しつつも,奥村弁護士たちが冤罪の構造を解き明かしていくプロセスを見事に小説作品として結晶化させました.それゆえ,単に特異な一事例ではなく,日本の刑事裁判の病巣が一つの物語として読者に届いていく可能性を有していると思われます.とりわけ,裁判官が心証形成の過程で,被告の人間性を理解し,彼がいかに偽りの自白を強いられていったのか汲み取ることが,なぜできなかったのか,なぜ新証人の証言や証拠を吟味せずに判決に至ったのかという問いが正面から提示されているのです.
裁判員制度の開始によって,本書で描かれた裁判は旧制度のものになっています.しかし,長きにわたって行われてきた日本の刑事裁判にどのような問題点があったのかは,今も決して古びていない主題です.それは,足利事件や幾多の冤罪事件が生み出され,その真相が今も未解明のままに残されていることからも明らかです.裁判員制度自体の改革を志向する上でも,本書で示された冤罪を生み出す構造をいかに変えていくのかが必須の課題でしょう.本書の意義の一つとして,かかる社会的な緊張感を有する主題に正面から迫っている作品であることも見逃せないものがあります.本書は共同通信配信の連載小説として1994年10月から96年8月まで,神奈川新聞,山陽新聞ほか13紙に連載され,96年12月に文藝春秋から刊行されました.
岩波現代文庫版の刊行に際して,本書に奥村弁護士として描かれている弁護士・野村吉太郎氏が「解説」を自ら執筆されていることも大いに注目されます.多くの読者の皆様に本書のご一読を心よりお勧めするものです.