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あなたのスーツを借りるっす/Novel by イセダ

あなたのスーツを借りるっす

3,393 character(s)6 mins

トレーナーさんのジャケットこっそり拝借してバレるシオンのお話です。

初めてジャケットに袖を通した時、意外と重量があるなって思った思い出。そのうち、何にも感じなくなっていくのかなと思いました。ところで、他人の匂いってどれくらい感じます??香水とか制汗剤じゃない、柔軟剤とかシャンプーのやわらかい匂い。家族のじゃわからないんですよね。シオンとトレーナーはどんな匂いなんでしょう?流石に、シャンプー買いまくって、シオンっぽい匂いを探すのは…まずいかな…?誰か教えて欲しいな。

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「へ…へ…へっぷし!!」
「わっ、大丈夫?シオン?」
「…すいません」


休日のお出かけ中、もう少し可愛いくしゃみができないものかと、恥ずかしくなる。
夏が終わった10月は、ぐんぐん気温が下がって、着る服も秋の装いへ変えなきゃならない時期だ。かくいうあたしは、季節に乗り遅れた。トレーナーさんの暖かそうな服装の横で、やや心許ない格好だった。


「また、風邪引かないようにね」
「うっす、気をつけるっす…コート、引っ張り出さなきゃなぁ」
「そうだね。とりあえず今日はこれ着てね」
「ぅえ⁉︎」


後ろから、何かを羽織らされる。隣のトレーナーからコートが1枚なくなって、あたしを包んでた。


「あの…あったかいんすけど、ちょっと恥ずかしいというか…」
「ごめんね、でもシオンが風邪を引いちゃいけないから」
「い、嫌なわけじゃないんす!ただそのいきなりで、びっくりしちゃって…というか…」


人肌に暖められたコートは、彼の気配を濃く残してた。…匂いとか…すごく…安心する…


「あの…ありがとうございます…」


お店の鏡に映ったあたしは、ぶかぶかなコートに着せられて、真っ赤に茹だっていた。



あの日以降、トレーナーさんの暖かさが妙に恋しくなった。コート以外でも、トレーナーさんの上着を見るたびに、それを着たいと思わずにはいられなかった。もちろん、そんなことを直接言えるわけもないし、心の奥に隠していた。
夕方、学園の廊下を歩いて、トレーナー室へ向かう。


「失礼するっす、トレーナーさん…?」


部屋に彼はいなかった。暖房が効いたトレーナー室は、学園指定のコートと冬着の制服じゃ暑すぎた。丸めたコートとバッグをソファに置いて、トレーナーさんの机を覗く。
お仕事のプリントや、飲みかけのコーヒー、閉じたノートパソコン。さっきまでここにいた痕跡が残っている。すぐに戻って来るんだろうか、ソファで待っていようと考えていると、


「トレーナーさんの…スーツだ」


椅子の背もたれにかけられた、スーツのジャケットが目に入る。これを羽織らないで、どこへ行ったのだろうか?
いくらじっと見つめたところで、スーツは動かない。動かないが、あたしが少しずつそっちへ引き寄せられる。椅子の後ろまで近づいて、今度は顔が引っ張られる。目と鼻の先で、思わずスーツを吸い込む。


(落ち着く…匂い…)


鼻にスーツが当たる距離まで近づいて、ようやく顔をバッと離す。トレーナー室には、あたししかいないことを確認して安心した。今の姿を見られたら、どう思われるか…
また、スーツが目に入る。


(まだ、来ないっすよね…?)


一度踏み込んだら、止まらない。匂いまで嗅いだら、触ってもいい気がしてくる。スーツの袖を手に取って、顔に近づける。次はスーツを持ち上げて、顔をうずめる。


(まだ…大丈夫…)


大変なことをしている自覚はあるが、落ち着く匂いに頭が麻痺して、やめられない。


(羽織っても…いいよね…)


制服の上からスーツを着る。余った袖が、自分の服じゃないことを、強く教えてくる。


(スーツって意外と重いんすね)


あたしを包む彼の匂いと、スーツの重さが、コートを貸してくれた日を思い出させてくれる。いけないことをしている感じが、くすぐったくて仕方ない。ただ、あの日のコートと違うことが一つあった。


(冷たいっす)


トレーナー室は暖房で暖かいが、人肌には及ばない。きっとこのスーツも、背もたれにかかっている間に冷めたのだろう。あの人の暖かさが、少し恋しい。
残念に思いながらも、ようやく手に入ったスーツのおかげか、気が大きくなったあたしは、トレーナーさんの椅子に腰掛ける。


(おぉ、結構座り心地いいっすね)


机の向こうにあるソファに負けず劣らず、柔らかい。しかも、こっちからも、トレーナーさんの匂いがする。あまり見ないトレーナー室の景色に、部屋の広さを知る。


(トレーナーさん、戻って来ないっすね)


靴も脱いで、椅子の上で体育座りになる。ジャケットの袖で顔を隠して、丸くなる。すると、トレーナーさんに包まれているような感覚になって、部屋の暖かさと安心感に眠気がやってくる。


(早く…会いたいな…)


そうしてあたしは、目を閉じてしまった。



カタカタと規則正しい音が、聞こえてくる。きっとキーボードの音だろう。トレーナーさんがパソコンで仕事をしているらしい。ようやく戻って来たっすか。


「あっ起こしちゃった?おはよう、シオン」
「んぁ?おはようござい…ま……す…?」


トレーナー室で居眠りしたことは、恥ずかしながら何度かあるが、見慣れない景色が広がっていた。
トレーナーさんが、ソファに座って、窮屈そうに腰を曲げ、キーボードを叩いている。それじゃあ体を痛めるのに、どうしてと、そう思ってようやく気がつく。彼がそっちで仕事をしている理由に。


「いやぁ、随分気持ちよさそうに寝てたから、起こさずにいたんだけど。こっちはもう少し時間がかかるから、まだ寝ててもいいよ。その椅子柔らかくて気持ちいいんだよね」
「…ぁ……ぁあ…」


そうだ、そうだ、そうだ!あたし、トレーナーさんの椅子で、トレーナーさんのスーツを着て、寝ちゃったんだ!!恥ずかし過ぎる!弁解しようにも、舌が絡まって言葉にならないし、この状況は変わらない。あれこれ言葉を探して、腕を動かしても、余った袖がバタバタ揺れて、トレーナーさんの匂いがしてくる。素直に謝る他なかった。


「ごめんなさい!!!あたし、勝手にトレーナーさんのスーツ着ちゃって!!」
「ん?別に構わないよ?」
「いやでも、シワとかついちゃったっす!」
「それこそ気にしなくていいのに」


そうだ、そんなことより気にすることがありすぎる。どうしてトレーナーさんのスーツを着ているのか、言わなきゃならない…意を決して、「気になってつい着てしまいました」と言おうとしたところで、


「へっぶし!!」
「ぅわっ!」


トレーナーさんのくしゃみに先手を取られてしまった。よく見れば、トレーナーさんはワイシャツ姿だった。暖房の効いた部屋とはいえ、それでは流石に寒い。もちろん、その姿にしている原因はあたしなんだが。


「ごめんなさい!今お返しするっすから!」
「いや、大丈夫大丈夫」


そうは言っても、これじゃ風邪を引く。どうしようか考えていると、あの日のことを思い出した。あたしはソファまで行って、あたしの丸めたコートを広げて、彼にかけた。


「え⁉︎シオン⁉︎」
「…トレーナーさんが風邪引いちゃいけないっすから。それに、トレーナーさんのスーツをお借りたお礼っす」


あたしは、スーツを羽織ったまま、彼の隣に腰掛ける。


「あったかいよ、シオン。ありがとう」
「えへへ、あたしもあったかいっす」


あたしのコートを羽織っているせいか、トレーナーさんからは、あの落ち着く匂いがあまりしなかった。あたしはそれを求めて、少し近くに座り直した。それでもまだ足りないので、さらに近くに寄った。あたしとトレーナーさんは、ピタリとくっついて、あたしは頭を彼の肩に預ける。そこでようやく、彼の暖かさと匂いを感じて安心する。
トレーナーさんの仕事が終わるまで、あたしたちはこうしていた。




「よし、終わった!帰ろうかシオン」
「うっす!じゃあこちらお返しするっす」
「僕も。ありがとう、寒くなかったよ」
「あたしもっす!」
「じゃあ、片付けるから。ちょっと待って…て…」
「どうしたっすか、トレーナーさん?スーツを羽織って固まって?」
「いっいや⁉︎なんでもないよ!!」
「でも、顔も赤いっす」
「これは、違うから!とにかく、大丈夫だから」
「そうっすか…?まぁ、あたしも身支度を……ぅあ…」


羽織ったあたしのコートから、トレーナーさんの匂いがする。これは、あまりにも…背徳的だ…
つまり、トレーナーさんのスーツには、あたしの匂いが…トレーナーさんの顔が赤いのはあたしのせい…?
確かめる勇気はない。あたしは、コートの袖で顔を隠して、深く息を吸い込んだ。彼の匂いが、やっぱりした。

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