日本に原潜は必要か 元海自潜水艦長「想定超える中国海軍の活動」
防衛省が設けた「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議」が9月、原子力潜水艦を念頭に「次世代の動力」を活用した潜水艦の導入検討を提言しました。原潜導入は可能なのでしょうか。海上自衛隊の潜水艦はやしお艦長を務めた伊藤俊幸元海将(金沢工業大学虎ノ門大学院教授)は、「自由で民主主義の日本で議論すらできなかったことがおかしい」と語ります。
――提言は「次世代の動力」を活用した潜水艦の導入に触れています。
有識者会議の議論では「原潜」という言葉も出たそうです。原潜は動力に原子炉を使いますが、会議が想定したのは核ミサイルを搭載する戦略原潜ではなく、通常のミサイルを搭載した攻撃型原潜です。ただ、最終的には原潜の導入を直接提言する雰囲気にないと判断したそうです。2011年の東日本大震災以降、「原子力アレルギー」が更に強くなった現状に配慮したのでしょう。全く議論しないのはおかしいという観点から「次世代の動力」という表現に落ち着いたようです。
通常動力型潜水艦と原潜 何が違うのか
――海自が保有する通常動力型の潜水艦と原潜では何が違うのですか。
海自の潜水艦はリチウム電池に蓄えられた電力で電動機(モーター)を駆動して航行します。電池に充電するため、たびたび海面の上にシュノーケル(吸気筒)を出してディーゼル発電機を使う必要があります。水中速度20ノット(時速約37キロ)を出せますが、最高速度を維持し続けると電池の消耗も激しくなります。脅威下でも機会を捉えて充電を試みなければなりません。
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一方、原潜は原子炉が無尽蔵に作り出す蒸気により推進軸を回転して運航します。米バージニア級原潜の場合、水中速度30ノット(時速約55キロ)以上の高速で何の制限もなく長時間連続航走ができるのです。
このため、作戦行動が通常型潜水艦とは決定的に違ってきます。原潜の場合、攻撃後に全速力で離脱すれば敵艦が魚雷で反撃しても逃げ切れます。魚雷の動力源はほとんどが電池のため長時間航行できないからです。原潜は敵艦船を高速で長時間追尾することが可能なうえ、反撃にも対応できる極めて能力が高い潜水艦なのです。通常型潜水艦は、いずれ充電しなければならないため、敵に発見されにくい場所を探して待ち伏せする作戦をとらざるを得ません。
――なぜ、原潜が必要だという声が高まっているのですか。
中国海軍の行動範囲がどんどん広がっているからです。今年6月には中国空母「遼寧」と「山東」の2隻が(九州から沖縄、台湾などを経て南シナ海を囲むように延びる)第1列島線を越え、初めて同じ時期に太平洋に進出しました。その後、遼寧は(小笠原諸島からグアム、パラオを経てパプアニューギニアに向けて延びる)第2列島線を初めて越えました。
こうした動きは、海自が想定していた行動を上回っています。抑止できるのは航空機と潜水艦だけですが、広範囲に行動する艦船を長期にわたって追尾するためには、どうしても原潜が必要になります。運用上、3隻程度は必要でしょう。
日本には、原潜を保有できる技術力と経済力があるのか
――日本には原潜を保有できる技術力があるのですか。
米原潜の場合、船体寿命の約30年間、一度も炉心交換をしません。そのためには燃料棒に高濃縮ウランを使う必要があります。P5(NPT=核不拡散条約=が認めた核保有5カ国)以外が高濃縮ウランを使う場合、NPTに抵触することになり、P5のどこか1カ国の許可や支援が最低限必要になります。インドの場合、P5のロシアが支援して原潜を保有できました。同時にIAEA(国際原子力機関)の査察も義務付けされますが、インドも受け入れています。
(米英豪の安全保障の枠組み)AUKUS(オーカス)でオーストラリアが原潜保有を決めることができたのも、P5の米英が認めたからです。日本の原潜保有は米国の戦略的利益と一致するため、NPTとの関係は解決できる可能性が高いと思います。
また、三菱重工業は元々、米海軍の原子炉から派生した原子力発電装置を製造していました。
――原潜保有を疑問視する声も多いようです。
原潜を維持・管理する費用が莫大(ばくだい)な金額に上るため、現実的ではないと考える人が多いのは事実です。人材育成も課題です。米海軍では、原潜の機関長になるためには半年間の高度な原子力教育を受ける必要があり、米海軍の知人は「自分には能力がない」と機関長コースをあきらめ、その後海軍を去りました。
日本では1970年代に日本初の原子力船「むつ」の放射能漏れ事故を巡り、原子力船に対する強い反対の声が上がりました。当時は船舶工学を教える大学に「原子力推進機学科」という学部がありましたが、「その他の機関」の一部門としてしか教育されなくなりました。海自の教育システムも相当な変革が必要でしょう。
――日本が原潜を保有する時代は来ますか。
中国軍の増強に加え、揺れています。日米同盟を維持するためにも、自前の防衛力強化は避けて通れないでしょう。原潜の保有は、その中の一つの手段とも言えます。原潜の保有は、憲法違反でも国際法違反でもありません。日本を取り巻く戦略環境を考慮すると、イデオロギーではなくリアリティーとしてとらえて、対応を考えなければならない時代になってしまったと感じます。
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