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古代妄想。油獏の歴史異聞
三つ巴の話。
神社の神紋は三つ巴が圧倒的に多い。三つ巴を神紋とする神社は、宇佐神宮をはじめとする八幡神社、住吉神社、大神(三輪)神社、志賀海神社などの綿津見系神社、えびす(蛭子)神社、鹿島神宮、香取神宮など、全国の神社の半数近いといわれる。
三つ巴紋の由来には諸説あり、武神である八幡神の三つ巴は弓矢の「鞆」の形からきているとも。また勾玉の形であるとも、水の渦からきているという説もある。古代の信仰は「三」に纏わるものが多い。住吉三神、綿津見三神などは海人の信仰、三位一体を神体とする思想とされる。大神(三輪)神社を根源ともする三所信仰も同じ思想。
住吉三神とは底筒男神、中筒男神、表筒男神の三筒。航海の神とされ、神話では伊弉諾尊が禊をしたときに綿津見三神と共に生まれた。元宮は筑紫あたりとされる。「筒」とは星のこと。三筒とは「三つ星」の神格化。三つ星といえばオリオン座の三つ星を思い起こすが、海人の三つ星は北極星を示す上台、中台、下台の「三台星」。北斗七星の外側にある三つ星であり、「三筒」と呼ばれる。
上海の南、東シナ海に面した浙江省に天台山がある。三つの峰をもつ天台山は古来、神仙思想の原初。神仙の道士が多く住み、三台星の思想はここで生まれている。天帝の星、紫微星(北極星)を支える三台星の真下にある天台山は、地上で最も神聖な場所。三つ星を宗紋とするのちの天台宗もこの山で生まれている。
江南の海人にとって三台星は大切な星。夜、海を渡る船は北極星を目印にして、三台星がそれを示す。ゆえに、北を示す三台星は航海神となった。天台山の三台星信仰を奉じる江南の海人は、黒潮にのって列島に渡る。
そして、綿津見三神は住吉神と共に生まれた底津綿津見、中津綿津見、上津綿津見の三神。北部九州の海人、安曇氏の祖神ともされる。元神は志賀海神社に在るという。住吉神を祀る住吉大社の奉祭氏族、津守氏の氏神が大海(おおわたつみ)神社。住吉神と綿津見神の深い関係を暗示する。
綿津見の「ワタ」は、古代朝鮮語の海「パタ」であるとも。綿津見三神は半島との拘わりの中で、海人の信仰から生まれている。そして、のちの時代、これら海人の信仰と神功皇后の伝承が拘わる。ゆえに八幡信仰も三つ巴。
冒頭に掲げた三つ巴を神紋とする神社は、すべて海人に由来する。大神神社の大物主は海を赤々と照らしてやってきた。えびす(蛭子)は海からたどり着いた寄り神。鹿島神宮や香取神宮を奉祭する藤原氏は安曇氏と同じ流れであるらしい(「鹿の話。」参照。)。三つ巴は江南海人の三台星信仰に因むようである。琉球王国の尚氏の家紋も三つ巴あった。
やがて、武家の時代となり、弓矢の神、八幡神の神威に肖り、多くの武家が三つ巴を家紋としている。(了)
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