参院選で、結党以来最低となる8議席に沈んだ公明党。「このままではいかん。なぜ負けたか、俺が教えてやるよ!」亀井氏が声を張り上げた。
亀井静香(かめい・しずか)/'36年、広島県生まれ。民間企業、警察庁を経て'79年、旧広島3区から初当選。運輸大臣、自民党政調会長などを歴任した
斉藤鉄夫(さいとう・てつお)/'52年、島根県生まれ。清水建設の課長を経て'93年、旧広島1区から初当選。環境大臣、国土交通大臣などを歴任した
実は高校の先輩後輩関係の二人
亀井:斉藤先生は我が母校、広島の修道高校の後輩なんだ。俺より15年下になるのかな。大秀才と言われておった。
斉藤:大秀才だったら私も亀井先生のように東京大学に行ってますよ(苦笑)。私は英語や国語が苦手で、理系の大学(東京工業大学)に行きました。
亀井:いやいや俺なんか、学校始まって以来の落第生。なにしろ高校1年生の3学期に退学になった。
通学定期を買うのに必要な通学証明書をそれまで無料で出していたのに、今後はカネを取ると学校が言い出した。俺は「冗談じゃねえ」と怒って、ガリ版の抗議ビラを自分で刷って、校門で一人で配った。そうしたら理事会で「赤い学生は辞めさせなくてはいけない」と問題になり、自分から出ていった。
斉藤:いくら正義感があってもそんなことはなかなかできない。私なんか先生に怒られるかなと思ったらとても行動に移せないけど、亀井先生はやってしまうわけですから。
亀井:当たり前じゃないか。
斉藤:それはすごいことです。
亀井:修道高校は中退だから、斉藤先生と初めてお会いしたのは随分先のこと、政治家になってからだ。
斉藤先生は'93年の総選挙で旧広島1区で初当選された。当時は自民党が下野し、公明党は細川連立政権の一員として与党になったばかりだった。俺は細川政権を潰すために、公明党叩きをやった。予算委員会で「公明党とその支持母体である創価学会の関係は、政教分離原則に違反している」と批判したわけだ。
そんなある日、「面会したい」とやってきたのが、当時まだ新人議員だった斉藤先生だ。
斉藤:高校の大先輩でもある亀井先生の懐に飛び込んでいったんです。憲法二十条の政教分離原則の本当の意味を御理解いただこうと意を決して。怒られるかと思ったら、「おぉ、よう来た!」と迎え入れてくださった。必ずご理解いただけるだろうと思って伺ったら、ご理解いただけました(笑)。