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企画特集 3【神奈川の記憶】
(128)隠れた事実を掘り起こす
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■軍機密費、東条政権に上納
◇巨額の公金、敗戦後は山分けか
月がかわって10月となり、「神奈川の記憶」の連載も4年目に入った。これほど続けることができたのは何よりも読者の支えと激励のお陰である。繰り返しになるが深くお礼したい。
この間を振り返ると、問い合わせを最もいただいたのは昨年の今ごろ掲載した「日独伊三国同盟 成立の実情」であった。1940年9月に締結された三国同盟の外交交渉で、日独間の主張の隔たりが大きく実際は合意が成立していなかったが、うその報告をもとに政策が決定され、その結果、日本は対米戦争へと大きく踏み出したことを紹介したものだった。
「知らなかった」「驚いた」といった感想に加え、「記事の典拠は何か」「詳細はどの本を読めばいいのか」といった問い合わせをいただいた。
この記事は新聞としてはかなり異例の構成だった。研究した専門家の見解などは一切ない。交渉の当事者たちの供述内容で組み立てた。戦争犯罪人を裁く東京裁判のために連合国軍総司令部(GHQ)が設置した国際検察局(IPS)の検察官の残した英文の尋問調書がベースだった。米国からもたらされ四半世紀も前に日本で出版された資料集に含まれていた。
その資料を読んだのは私自身だった。資料の存在を知ったのは10年ほど前。読んだ研究者を探したが、いなかった。挑みそうな人を探したが見当たらない。
仕方ないので自分で読み始めた。仕事とは別に自宅で読み続けた。膨大で時間がかかったが、2013年に「虚妄の三国同盟」(岩波書店)として刊行した。
新聞に書いたらとの勧めもあったが、衝撃的な事実なので慎重を期し専門家の批評を待った。すると論文や著作で引用されるようになった。認知されたと考え昨年、記事にした。
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その後も興味深い資料を見つけ読み続けている。
そうした中から資料を1点紹介したい。「陸軍」と印刷された用紙に「議会答弁資料」との題がある。敗戦から間もない時期に国会での質問に備えて陸軍が作った想定問答だ。陸軍の不透明な資産管理は社会的な問題となっていた。
「東条大将ガ莫大(ばくだい)ナル機密費ヲ使ッタト云フガ真相如何(いかん)」との問いがある。
「書類焼却ノ為絶対確実トハ申サレマセヌ」としたうえ、「在職間ヲ通ジテ約一八〇〇万円交付シ、二〇〇万余ハ辞職サレタ後、返納サレタ」と説明する。
陸軍の機密費が東条政権に上納されていたことを物語っている。この仕組みはIPSの尋問調書にも記録されていた。東条内閣に先立つ三つの内閣の書記官長が米国人検察官の尋問に供述していた。書記官長は今日でいえば内閣官房長官だ。その供述によると、内閣の正規の機密費は年10万円だったが、それとは別に陸海軍から各500万円を上納する仕組みがあった。東条内閣が存続したのは延べ34カ月で、「答弁資料」は書記官長の供述と大筋で符合する。
陸軍から上納され東条内閣が使った1600万円は、物価変動指数で換算すると今日なら140億円ほどに相当する。海軍からも同規模の上納があったと考えられる。何に使ったのだろうとの思いがする巨額さだ。国は「ぜいたくは敵だ」などと国民に耐乏を強いたが、その中枢には異なる世界が広がっていたようだ。
「答弁資料」は陸軍機密費の全体像も説明する。1945年度の総額は約4億円。インフレが進んだ時期だが今日の2千億円に相当する。その巨額の機密費を7月中に全額配分していた。8月に戦争が終わったので、この年度の軍事費の消化率はほぼ5割にとどまった。ところが領収書のいらない機密費は、敗戦後も支出が続き、きれいに使い果たしていた。
さらに「へそ繰り」にも言及している。陸軍省と参謀本部に合わせて906万円あり、「気の毒な事情」のある軍人や文官に配分したと説明する。4千人近くが受け取ったようだ。気の毒な事情のある人は社会にあふれていただろう敗戦の混乱の中で、戦争に最も責任のあるはずの陸軍中枢の人間たちが秘密の公金を山分けしていたようである。
国会の速記録に該当する質疑は見当たらない。内容が知られることなく眠り続けた問答集のようだ。そうした発見は「軍事機密費」(岩波書店)として7月に刊行した。詳細は図書館ででもご覧いただきたい。
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敗戦の混乱の中で、軍人も役人も公文書を焼いたことが逸話のように語られてきた。だがこうして眠っていた資料を読んでみると、敵国に見せられない資料がどれほどあったのかとの思いがする。300万人以上の国民を死に追いやり、営々と築いた街や財産を灰にしてしまった理由と責任をきちんと説明するに欠かせない資料だったはずだ。何よりも国民に見せるわけにはいかない記録ではなかったのか。公文書軽視とは説明責任の放棄であり国民軽視であることを忘れてはいけないとの思いがする。
(渡辺延志)
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