「総総分離」異例の長期化 退陣表明したのに…石破首相の奇妙な状況

 石破茂首相の後任内閣の発足の遅れで「政治空白」が長引いている。高市早苗自民党総裁の新執行部は7日に発足したが、公明党との連立協議が難航し、首相指名選挙を行う臨時国会の召集日は当初予定の今月15日から下旬へと大幅に後ろ倒しとする方向で調整している。自民総裁と内閣総理大臣(首相)を別人が務める「総総分離」が長期化する異例の状況だ。

 「もう何といっても物価高対策を急がないと大変なことになる」。高市氏は9日出演のテレビ東京の番組で、最重要課題の物価高対策を行うため、臨時国会では補正予算案やガソリン減税法案の成立を目指す考えを示し、「急がなきゃいけない」と強調した。

 喫緊の経済対策のほかにも、次期政権発足後すぐに外交ラッシュが続く。マレーシアで開催される東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議で外交デビューを果たしてから、27日にトランプ米大統領が来日。その後は韓国で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に参加し、こうした一連の外交日程の中ではアジア各国などの首脳会談も想定される。

退陣表明した石破首相 政権は存続状態に

 しかし、高市氏が直面するのが、政権が発足する臨時国会の召集が大幅に遅れるという深刻な問題だ。当初は15日召集を検討していたが、公明と丁寧に連立協議を行おうと後ろ倒しを決断。だが、公明との協議は破談し、現在は21日召集を軸に検討している。

 政権発足の遅れで懸念されているのが、経済や外交政策への影響だ。補正予算案ができるのは首相の編成指示から1カ月以上かかるのが通例。このため、補正予算の年内成立は困難とみられている。外交日程についても、外務省幹部が非公式に高市氏と接触して説明しているが、詳細な議論は「全然進んでいない」(同省関係者)。高市氏もテレビ朝日の番組で「(自分は)単なる総裁で総理大臣ではないため、全く役所に指示は出せないし、対応は遅れている」と認めた。

 一方、この間、9月7日に退陣表明をした石破首相の政権は奇妙にも存続している状態となっている。日本は議院内閣制のもと国会議員の中から首相が選ばれるため、政府・与党が一体となって政策を動かす仕組みをもつ。だが、石破首相は4日の党総裁選で高市氏が総裁に選ばれた時点で、与党内に影響を及ぼす存在ではなくなったため、石破政権は重要な意思決定を伴う政策判断を実質的に行うことができない「レームダック(死に体)」政権化している。10日、自公連立解消の際も、首相は記者団に「今、私自身は自民党の総裁ではないので、党と党との話について申し上げる立場にはない」と語るのみだった。

 「総総分離」はこれまで、総裁選から間を置かずに国会を召集して新首相を選出するため、数日程度が通例だった。2024年の石破政権は総裁選から4日後、21年の岸田文雄政権の発足も5日後だった。今回は少なくとも2週間以上になる異例の展開となっている。

 自民内の「石破おろし」で権力を失った首相を支持する人々の間ではこの状況を好機ととらえる向きもある。首相の側近閣僚の一人は、「公明が離脱するなんてよほどのことだ。事情が激変したから仕方がないということで、理屈上で可能なら『総総分離』のまま石破氏が首相を続ける流れを作っていきたい」と語る。だが、自公連立解消で自民政権の存続すら確実視できなくなっているのが実情だ。衆院の自民会派は196議席で公明が離れたことで過半数の233はさらに遠くなった。野党内では野党候補者の一本化を目指す動きも出ており、政局の行方は混沌(こんとん)としている。

今後想定される主な政治日程

10月下旬 臨時国会召集。首相指名選挙で新首相選出

  26日~ 新首相がマレーシアで開催される東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議に参加

  27日~ トランプ米大統領が訪日。新首相と首脳会談を開催

  31日~ 新首相が韓国で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に参加

11月15日 自民党の結党70年

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    木下ちがや
    (政治社会学者)
    2025年10月13日18時0分 投稿
    【解説】

     この記事では政権幹部のコメントとして「理屈上で可能なら『総総分離』のまま石破氏が首相を続ける流れを作っていきたい」と書かれている。僕が漏れ聞く範囲でも、明日の自民党両院総会次第では、石破政権は存続に舵を切るかもしれない。  だが、これは自由民主党の終わりの始まりである。「石破辞めるな」とエールを送っていた一部野党支持者にとって、石破政権存続は嬉しいかもしれないが、政界が心情倫理に支配されることの帰結は、責任倫理の担い手の喪失である。石破、高市は対立しているようにみえるが、実は同じ機能を果たしている。 昨夜、SNSの動画で、公明党の連立離脱の祝勝会を開く自民党員の映像が流れてきた。ネット上でも、右派系の公明党離脱に喝采を送る声は強い。「これで公明党に邪魔されずに、解散総選挙に打って出てば高市自民党は大勝する」のだそうだ。「奴らを切れば、自分たちは強くなれる」という発想は、民族紛争ではよくあるものだ。彼らは公明党を切ることで純粋な自民党を取り戻せたと思っているかもしれないが、実際は幅を失うことで、壮大なエコーチェンバーに陥っているに過ぎないのに。  このように、高市陣営とその支持者たちは分離主義に走ることで、自民党に亀裂を入れている。そして石破総理とその側近も逆の立場から分離主義に走るならば、自民党はもはや統一したアイデンティティを保つことはできなくなる。つまり高市陣営も、石破陣営も、右と左から自民党を破壊しようとしているのだ。  左右の破壊工作により自民党が包括政党としての力を失うならば、わが国の統治の担い手は失われ、内ゲバ、細分化、そしてポピュリズムの繁殖という悪夢の連鎖が起きることになる。そして、あまたある民族紛争がそうであるように、この分離主義の動きはもはや誰も止められないだろう。  この悪夢の連鎖のなかで、自民党に代わる包括政党としての資質を「かろうじて」もっているのは立憲民主党である。左派リベラル色を払拭し、大胆な自己刷新をおこない、穏健保守層の受け皿になれる体制をいまのうちから整備することが、この国の政治のこれから予想される混乱を封じ込めることができる唯一の選択である。立憲民主党執行部が、身を切ってでもこの使命を果たすならば、さまざまな選択肢が広がるだろう。だがそれを怠り、心情倫理に拘泥するならば、日本の統治体制は泥沼に埋もれていくことになる。  もはやこの危機は自民党自身では乗り切ることはできない。立憲民主党の判断と行動に、すべてはかかっている。

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    秦正樹
    (大阪経済大学准教授=政治心理学)
    2025年10月13日18時59分 投稿
    【視点】

    総総分離案は、自民党の船田元氏もSNSで主張しています。船田氏の主張は、石破氏に辞任を撤回してもらい、高市総裁のまま、石破氏を再び総理に指名して臨時国会で懸案事項を処理したあと、公明党と再び連立を呼びかける、というものです。 私としては、かなり非現実的だという気持ちもある(しかし、今目の前で「非現実的だと思っていたこと」が現実に起きており、何が起きても不思議はないとも思っている)一方、結局のところ、どんな手を使ってでも公明党との連立再開を模索することがまずは何よりも大事という点では非常に理に適った主張だとも思います。 ただ、非常に興味深いことに(木下先生も書かれていることですが)、(ネット上の)自民党/高市支持者は、どうやら公明党との連立解消を激しく歓迎しているようで、この船田氏の総総分離案にもかなり強い拒否感を示しているようです。さらには、すぐに解散総選挙をすれば自民党は単独過半数を取り戻せるという「おとぎ話」まで見られます。おそらく、何よりも「高市首相」の誕生を望んでいるからこその拒否感や想像(妄想?)なんだとは思いますし、それはそれで好きに主張すれば結構なのですが、現実の政治を直視すれば、それは高市政権どころか、自民党を解党レベルにまで追い込むことを意味しています。 コメントプラスでおなじみの米重さんの試算(https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/4b9f885604b9ebc863fb7a7c777405974ce2ad73、ちなみに私は、米重さんの推計よりも保守的に公明票を見積もって同じように計算しましたが、概ね同じ結果でした)によると、2024年総選挙ベースでは、自民党が勝った132選挙区のうち、公明票の協力がなければ自民党候補が落選していた選挙区は52にも及びます。さらに、公明票がなくなると当落線上に追い込まれる議員も相当数いて、もし野党側に公明票が乗れば(そしてその確率は低くない)60〜70もの選挙区で自民党が落としても全く不思議はありません。少なくとも、自民党が今よりも議席を大幅に増やすという予測を立てる(客観的な)材料は見当たりません。むしろ、今の自民党に愛想を尽かした保守票が参政党や国民民主党に流れる可能性も高いという点も踏まえると、60程度の減では済まない可能性も考えられます。 自民党が今もし選挙をやれば、高市首相どころか、比較第一党の維持すらかなり難しくなります。もちろん、それで立憲政権となるかは別問題ですが、自民党単体で見れば、2009年の政権交代のときの119議席に並ぶほどの大敗となり、党分裂すらあり得る状況に陥ります。まぁもちろん、支持者が、それを「自民党の純化」と考えるのであればそういう路線もあろうかとは思いますが、そのときは、もちろん高市氏の総裁辞任は必至であり、「高市首相を望むため」という目的とは大きく矛盾します。 そもそも、総裁選前から、中道保守でなければ連立離脱、つまり、事実上、高市を選ぶなと通告していた公明党の意向を無視したのも自民党の党員党友、そして過半数以上の自民党議員なわけですから、ある意味では因果応報とも言えます。もちろん、自民党支持者がどういう主張をしていても自由ですし、口を挟むつもりも毛頭ないのですか、さすがにここまでレンズが曇って自ら自滅を選ぼうとしているのを見ると、色々な意味で「厳しい」ものを感じますね。

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高市早苗総裁

高市早苗総裁

高市早苗前経済安全保障相が、自民党の新総裁に就任しました。その後、公明党が連立政権からの離脱を表明し、26年間続いた自公関係は解消されました。首相指名選挙はどうなるのか。関連ニュースをまとめてお伝えします。[もっと見る]