BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL- 作:Soburero
1.漂着
「我々の……計画が……。」
「人類と生命の……可能性が……。」
「そのトリガーは、」
「私達が代わりに引きます。」
「…………コーラルリリースが、始まります。」
「美しいと、思いませんか。」
「……レイヴン。」
「ありがとう。」
「共に」
「新たな時代を。」
――――――――――――――――――――――――――――
「……――…………。」
暗闇の中で、誰かが自分に声をかける。
懐かしいような、だが初めて聞くような声で。
「……――ヴン。」
誰だったか、自分の友人であることは確かなのだが。
ああ、そうだ。この声は。
「レイヴン。」
自分と共に戦い続けてくれた、体を持たぬルビコニアン、エアの声だ。
「……ああ、目覚めたのですね。バイタルにも異常はない、安心しました。」
「……ここは……?」
「あなたの機体の中です。コーラルリリースは成功したようですね。」
そうだ、確かオールマインドとイグアスとの戦いの後、コーラルリリースのトリガーを引き、彼女との願いを果たした後だ。
あれからさして時間はたっていないようだ。
しかし、機体からのフィードバックがない。これでは周囲の状況が分からない。
機体に火を入れなければ。
「……そうか。機体は立ち上がりそうか?」
「ダメージは大きいですが、致命的なものではありません。おそらく問題ないでしょう。」
「了解。起動する。起動シーケンス開始。」
今までの戦いで体に染みついた動き。
戦う前に行う、第二の体を手に入れる儀式。
これが終われば、この鉄の巨人は自身と一体となる、はずなのだが――。
「………………。」
「………………。」
「……反応、しませんね。」
「システムがダメになったか。クソ……。」
フィードバックがない時点で薄々察してはいたが、実際に動かないとなるとショックではある。
いままで共に戦ってきた、それこそエアよりも長くそばにいた相棒なのだから。
「リリース時に、コーラルが干渉したのでしょうか?」
「分からない。機体は置いていくしかないな。」
「そのようですね。状況も確認したいですし、ひとまず外に出ましょう。」
「そうだな。フッ……!くぅ……!」
緊急用のハッチアウトレバーを握り、力いっぱい引く。
引き切った瞬間、バゴン!っという轟音と共にハッチが滑り落ち、コックピットに光が差していく。
「うぅ……まぶしい……。」
「……なんだ、ここは……。」
コックピットから這い出たレイヴンが目にしたのは、一面に広がる大量の砂と、ルビコンではまず見ることのない、透き通った青空であった。
なんなら天使の輪のようなものまで空に浮いている。
「……砂漠?ルビコンに砂漠は無かったはずですが……。」
「……待ってくださいレイヴン、その姿は、一体……?」
「なんだ、これは……?」
見たこともない景色に困惑した次の瞬間には、見たこともない自身の姿を見ることになってしまった。
機体の塗装の反射で自身の姿を確認する。
切れ長の目の中央には、コーラルを思わせる、真っ赤な瞳と深淵のような瞳孔。
顔の横まで伸びた、手入れされていない、ぼさぼさの灰色の髪。
頭の頂点には、おそらく犬のそれであろう、獣の耳。
極めつけは、黒い小さな星を中心に、後頭部にふわふわと浮かぶ、2つの赤い光輪。
ご丁寧に、リリースの時に見たブラックホールにそっくりであった。
下を見れば、記憶よりも地面が遠い。背も伸びているのだろうか。
そういえば、体もまともに動くし、力も入る。
元の姿ではまともに入らなかったか、過剰に入れてしまうかの2択だったというのに。
「……とにかく、ここから移動しましょう。サバイバルキットの回収を忘れないでください。」
「……了解。」
混乱する思考をエアが現実へと引き戻す。
彼女の言う通り、ここに留まるのは得策ではない。
シートの裏に格納されている箱を取り出す。
中身は、最低限の水と食料、護身用のハンドガンとマガジンが2つ、マルチツール代わりのサバイバルナイフ。
そして、かつて自分がある人物の猟犬であった証である、ハウンズのドッグタグだ。
「……ウォルター……。」
ハンドラー・ウォルター。
自身の“飼い主”にして、オーバーシアーの生き残り。
そして、自分にとって父親のような存在だった人。
もうこれを首から下げる資格がないことは理解しているが、どうしても手放したくない。
いや、覚えておかなければならない、忘れてはならないのだろう。
そのためにも、猟犬の名札を首から下げる。
これは、自分の誇りであり、罪の証なのだから。
「レイヴン、市街地を見つけました。ここから1㎞程先です。マーカーを表示します。そちらに向かいましょう。」
「……遠足だな。」
「そうですね、レイヴン。愉快な遠足……とは言えないでしょうけど。」
「先を急ぎましょう。」
こうして、猟犬は砂漠へと生まれ落ちた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……生体反応がほとんどない……。」
「ゴーストタウンか。これだけ砂に埋まっていれば、仕方のないことだろうが。」
しばらく歩いたのち、エアが見つけてくれた市街地――厳密にはその名残だが――にたどり着いた。
だが、街はおろか家にすら人気がない。
おそらくは、自身も砂に飲み込まれる前に、街から逃げ出したのだろう。
もしかすると、自分たちが最初にいた場所の下にも、街が埋まっているのだろうか。
「空き家の主が戻ってくることもなさそうです。使えるものを探しましょう。」
適当な空き家と思しき家に狙いを定め、ハンドガンのグリップで窓を割る。
窓枠をつかみ、体を持ち上げ、家の中に滑り込ませる。
こういった動作がすんなりできる今の体がありがたい。
「……ほぼ何もない、か。……ん?」
「……このバッグは、まだ使えそうです。持っていきましょう。」
当然ながら、ほとんど家財は引き払われていた。
その中で、まともなバッグを見つけられたのは幸運だった。
「……レイヴン、その棚の中に食料がありそうです。探してみてください。」
「缶詰か。少し古そうだが……持っていこう。」
缶詰をつかみ、バッグへと放り込む。
今の手持ちは生存のための最小限。
使えるものはすべて持っていかなければ。
缶に見たこともない年数が刻まれていたのは見なかったことにする。
「2階は……家具が少しか。」
「……この箱は何だ?何か入っているようだが……。」
「レイヴン、その箱は2重底になっているみたいです。開けてみましょう。」
簡単な仕掛けで閉じられた木製の箱だ。
当然開け方は知らないので、物は試しで力ずくで開ける。
少し強めに力をかければ、バキッという音とともに、あっけなく開いた。
この体、意外と力は強いらしい。
「……紙幣、か?」
「そういえば、今の私たちは無一文でしたね。これももらっていきましょう。」
考えてみれば、仕事で稼いだ金はすべてデータ上のもので、紙が金になることはなかった。
ルビコンの口座に接続できない以上、COAMを引き出し、使うことは不可能だ。
元の持ち主には悪いが、忘れていたほうも悪いということで持っていく。
「……!待て、何か聞こえる。」
……――。
――ダヨネー。
突如聞こえる話し声、声量からしてそう遠くはない。
スキャンを実行し、姿をとらえる。
路上に二人、徒歩で移動しているようだ。
だが、そのシルエットからして――。
(……少女が二人、こちらに接近中。どちらも武装しています。)
(タイミングの悪い奴らだ……。)
一人はアサルトライフル、もう一人はショットガンを持っているようだった。
対してこちらはハンドガン1丁、間違っても正面から戦うべきではない。
「――――。って、あれ?窓が割れてる?」
「ん、中に誰かいるのかも。ヘルメット団?」
「うへー。そうだったら大変だぁ。ちょっと見ておこっか。」
こちらが潜伏している家に気づいたようだ。
道路から見える位置の窓を割ったのはうかつだったか。
(レイヴン、こちらに近づいてきます……。どうしますか……?)
(……隠れるしかないな。)
「……ん……足跡。まだ新しいね。砂があんまり入ってきてない。」
「んー。これは、まだいる感じかな。」
(……まずいな……。)
二人組が家の中に入ってくる。しかもこちらが潜伏していることに気づいているようだった。
地元民だろうか、その動きには迷いがない。
まだ引き金に指がかかっていないのが救いか。
「おーい!誰かいるのー?いきなり撃ったりしないから、出ておいでー。」
「ん、今すぐ投降すれば、危害は加えない。」
「もーシロコちゃん、それじゃ余計に怖がっちゃうって。」
(レイヴン、このままでは……。)
(……出ていくしかない。今はそれが最善だ。)
(……レイヴン、どうか、気を付けて……。)
こちらが2階にいることにも感づいているようだ。
こうなると見つかるのは時間の問題だろう。
ハンドガンを取り出し、マガジンを抜いて階段の下に向けて投げ落とす。
「うへっ!?なんか落ちてきた!?」
「……ホシノ先輩、誰か降りてくる。」
「……投降する、撃つな。」
両手を挙げながら、ゆっくりと階段を下りていく。
レイヴンの目に入ったのは、アサルトライフルを握り、敵意がこもった目でこちらを見つめる、灰色の髪と犬の耳を持つ少女。
そして、眠たげな瞳の奥に警戒心をにじませる、ショットガンを持った、ピンク髪の少女だった。
どちらも、色と形が違う光輪が頭に浮いている。
「あれぇ、見たことない子が出てきたね。」
「……あなた、誰。」
「……C4、んんっ!」
「……レイヴンだ。」
自身の“本名”を答えかけて、咳払いで慌てて修正する。
番号で呼ばれることが一般的でないことぐらい、強化人間でも知っている。
だが、相手はその対応が気に入らなかったようで、漂う空気が一層張り詰める。
「……そっか、レイヴンっていうんだ。それで、レイヴンちゃんはこんなところで何してるのかな。」
「……遠くから移動してきたんだが、砂漠で足が壊れてな。荷物も最小限だったから、空き家をあさるしかなかった。」
嘘ではない。ACという足が砂漠で壊れ、ルビコンという遠い場所から来たのだから。
「ん?あなた、もしかして、外から来たの?」
「外?外とはなんだ?」
「ここ、キヴォトスの外。知らない?」
「……聞いたこともないな。そもそも、キヴォトスとは何だ?」
”キヴォトス”。そして、その”外”。
知らない単語を叩きつけられる。
ここにきてから不思議なことしか経験していないような気がする。
いや、不思議なことしか経験していない。頭が混乱する。
目の前の二人はさっきの回答を聞いたことで、警戒を緩めたようだが。
「うへー。訳アリってことかぁ。どうするシロコちゃん?」
「ん……。アビドスに連れてく?」
「そうだね、そうしよう!それじゃ、レイヴンちゃん、おじさん達についてきて!」
「……了解。」
どうやらアジトに案内されるらしい。
ここで逆らってもいいことはないので、おとなしくついていく。
ハンドガンもそのままだ。
(レイヴン、このままついて行っていいのでしょうか。隙を見て逃げたほうが良いのでは……?)
(分からない。だが、ここがルビコンではないことは確かだ。)
(情報を得るためにも、話に乗ってみよう。)
アジトについたら、話を聞いてみよう。
おそらく、かみ合うところなど1つもないのだろうが。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「みんな、ただいまー。」
「おかえりなさい、ホシノ先輩。……と、その子は?」
「もしかして、アビドスの新入生ですか!」
「ちょっと!犬とか猫じゃないんだから気軽に拾ってこないで!」
「いやー、空き家の隅にうずくまってプルプル震えてたから、つい……。」
彼女たちのアジト、その部屋の1つまでついていくと、2人の仲間と思わしき少女たちがいた。
なぜいるのかと困惑が詰まった目を向けるもの。
新入りが来たことを喜ぶもの。
明確に警戒し、威嚇するもの。
よそ者である自分がいることに三者三様の反応が返ってくる。
それはさておき、1つ気になることがある。
「……ちょっと待て、お前たちの仲間になるとは言って――」
「いいから、話を合わせて。そうすれば助けられるから。」
「……ハァ……。」
(なんだか、不思議な状況になってきましたね、レイヴン。)
(……そうだな。)
どうやら捕虜や奴隷ではなく、仲間として迎え入れる気のようだ。
一体全体どうしてこんなことになっているのか分からない。
これも、人類世界を破綻させた罰だというのだろうか。
頭が痛くなってきた。
「それじゃ、自己紹介!」
「私たちは、アビドス高校の廃校対策委員会、おじさんはホシノって言うんだ。気軽にホシノ先輩って呼んでね、レイヴンちゃん。」
「私はノノミです!よろしくお願いしますねっ☆」
「私はシロコ。」
「えと、私はアヤネって言います。」
「ちょっとみんな!はぁ……。」
「……セリカよ。よろしく。」
「……レイヴンだ。よろしく頼む。」
拝啓 ハンドラー・ウォルター様。
(一体、どうなってるんだ……。)
おこがましいのは承知ですが、助けていただけないでしょうか。
後書きって何書けばいいんですかね・・・