先生の活躍を見たいから頑張ったけど、なんかおもてたんと違う   作:goldMg

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味覚ってどんな味?

 ブラックマーケットは銀行。

 ありとあらゆる『悪いこと』によって稼がれた金の行き着く先はここであると言われている。単一で一つの学区を凌ぐような地区に汚れた金が集まるのだから、それはもう莫大な額の金があると言われていた。連邦生徒会の予算と同じかあるいはそれを上回るのではとも。

 

「強盗ねえ」

 

 サンダースは、あのアビドスの生徒達が強盗に入るというのが信じられなかった。

 

「いくらなんでもブラックマーケットの中央銀行を襲うなんてバカ、本当にやるか? ガードが黙ってねえだろ」

 

 銀行ビルの入り口から少し離れた場所にあるテラスで二人はのんびりと状況を待っていた。ちなみに彼らもガードに追われているので老ロボットのようなボロボロの外観に変装している。

 

「…………お」

 

 対策委員会が現れた。

 風貌は例の覆面姿で、もうこの時点でサンダースの額を冷却水が垂れていく。銀行ガードは寄り集まって進路を防ごうとしたが、2と書かれたマスクをかぶった1人が蹴り飛ばした。

 

(ばきっ!)

 

「ぐええ!」

 

 痛々しい音が響き、ガードがかぶっているヘルメットが砕け散ってその場に落ちる。ヘルメットに頭部を守られたことで失神を免れた不良生徒は下手人の顔を見上げた。

 

「な、なんだてめえら!」

 

「えいっ!」

 

(パンッ!)

 

「うぎゃっ!」

 

 問答をする気はないようだ。

 額に1発くらって沈んだガードを乗り越え、5人が進む。

 それぞれは1〜5の数字が書かれた目出し帽を被って、身元が割れないようにしている。本当は違ってて欲しいなぁと思うサンダースの予想を超え、それは間違いなく対策委員会だった。

 そもそも着替えるところを見ていたのだから間違えようもない。

 

 銀行の中に入ると、俄かに騒ぎが大きくなる。

 

『みなさん! 痛い目を見たくなければ大人しくしててくださいね! ☆』

 

『うへー、静かにしててくれると手間が省けるけど……そうもいかないかー……腰が痛いから嫌になっちゃうね〜』

 

『私たちと年ほとんど変わらないでしょ!』

 

「俺、犯罪者の手助けしてたのか……」

 

 サンダースは本気でショックを受けていた。

 曲がりなりにも企業に所属しまともに働いている人間として、あまりにも受け入れ難い事実。

 あの時助けた子供は、実は銀行強盗でした! 

 それがたとえ可愛いらしいケモノ耳を生やしているとしても、ロボットであるサンダースにはなんの関係もない。

 しかし社長は、愕然と膝を負った従業員に視線を向けたりしない。

 

「カイザーで散々グレーな仕事してたくせに今更純情ぶってんじゃねえよ気持ち悪い」

 

「……パワハラだ!」

 

「聞こえねえな、負け犬の戯言なんざ──おっ、やってるねえ」

 

 銃声が激しくなった。

 中での戦闘が本格的なものに発展したのだろう。

 飛び出してくる獣人たちの焦った顔からしてもその一端を窺い知る事ができる。

 

「どんだけガチで強盗してんだよ……」

 

「そりゃあ必要なんだろうな」

 

「強盗するとか……借金もアイツら自身のせいで拵えたんじゃねえか?」

 

「それは違う」

 

「あ? またなんか知ってんのか?」

 

「砂漠化を止めるための対策費が莫大になったんだよ」

 

「それで破産した、ねえ……俺にはちと理解できねえ趣味だな。どうにもならなくなる前に逃げちまえばいいのに、なんでしなかったんだ?」

 

「俺も前はそう思ってた……つーか前も説明したけどな」

 

「…………ん?」

 

 ユウジの表情は、なんというか苦々しいものだった。事務員と一緒になって経費について詰めるとこんな顔をする。理屈ではわかってるけどさあ……のあの顔だ。

 

「教えろよ。ロボットにはわからない情緒ってやつがお前にはわかるんだろ?」

 

「……バカにすんなよ」

 

「しねえよ、ぷぷっ」

 

「やっぱ言わねえ」

 

「冗談冗談! ……あ、出てきた」

 

「追いかけるぞっ!」

 

「おう!」

 

 覆面の五人組は強盗に成功したようだ。先頭にいる1と書かれた紙袋を被った少女が頭上に掲げたバッグ。そこに金が入っているのだと明らかにわかった。

 しかしすぐさまガード達が寄り集まってくる。なめたやつは絶対に許さないという強い意志を感じる配置だ。

 

「……ちと多すぎやしねえか?」

 

 騒ぎを起こせば即座に広がるのが裏社会の常識。ガードではないただの不良生徒達も漁夫の利を狙って集まってきた。

 

「追ってるの、俺たちだけじゃねえみたいだな!」

 

「当然だ! 銀行を真正面から相手にしたい馬鹿はいねえが、犯罪者ならそんなこと気にしなくていいからな!」

 

「どうすんだ! 俺たちもぶつかるかもしれねえぞ!」

 

「それはない。ここに俺たちを見つけられる奴はいないからな」

 

「じゃあ?」

 

「黙ってついてく。それだけだ」

 

「色々と気になる事はあるけど……あんまり突っ込んでもいいことねぇんだろうな」

 

 サンダースは社長の顔を伺った。

 

 ──この、トンチキが形を成したような人間のやる事は突拍子もなく、こちらが理解する暇を与えないにもかかわらず正鵠を要ていることが多い。

 ある程度の時間一緒にいれば、信用度も信頼度も高い人間だと理解することができる。

 裏返せば、出会ったばかりでは彼の真意を疑うばかりになってしまい、素直に信じることが難しい性質の人間ということだった。

 

「…………だから、今までついてきたんだよなあ」

 

「は? 社長さまの偉大さを今更思い知ったのか?」

 

「聞いてんじゃねーよ!」

 

「聞こえたんだから仕方ねーだろ」

 

「人間のくせに……地獄耳め」

 

「…………」

 

「!」

 

 ハンドサインにより、二人は即座に物陰へ移動した。

 

「それにしても、あいつらやっぱり強えな」

 

 圧倒的な強さでガードを制圧していた。横槍を入れる不良達もボッコボコにし、ズンズクと道路を闊歩する姿はかつての精強なアビドス高校を彷彿とさせる。

 

「言ってんだろ、アイツらの強さは普通じゃないって」

 

「いくらなんでもなあ」

 

「たった5人で広大なアビドスをやりくりしてんだぞ。そこらの軍隊にだって負けねえ」

 

「評価高えな……」

 

「それが弱点でもあるんだけどな」

 

 美少女強盗団あらためアビドス対策委員会+1は大型重装機甲兵まで破壊し、ガードを完全にわからせた上で街中に逃げ込んだ。

 

『くそっ! どこ行きやがった!』

 

『別れるぞ! 私たちはこっちだ!』

 

「…………ふぃー、なんとかいったみたいだねー」

 

 落ち着いたからか、それぞれがマスクを脱いで一息ついている。

 

「あ、覆面脱いだ」

 

「一旦撒いたからな」

 

「……先生だけ死にそうになってないか?」

 

『ぜひー……ぜひー……』

 

 ぶっ倒れている。

 よくもまあスーツ姿で生徒達に食らいついたものだと拍手の1つでもしてやりたくなるような姿だ。

 大の字に寝転がり、控えめながら確かにある胸を上下させているのをユウジはじっと見つめた。

 

「Dぐらいか」

 

「はぁ? お、お前……やば……」

 

「ロボットって可哀想」

 

「はぁ!? …………!」

 

 シロコがピクリと耳をこちらへ向けた。

 

『……?』

 

『シロコ先輩どしたの?』

 

『…………ん、なんでもない。それよりも手に入れた物を確認しよう』

 

『そうね! 集金記録がなかったらあんだけ頑張った意味がないもの!』

 

 ファウスト──ヒフミが下ろしたバッグに視線が集まる。代表してホシノがチャックを開けた。

 

『……ほへ? なんじゃこれ』

 

『な、な、なんでこんな大量のお金が入ってるの!? ……まさかシロコ先輩、持ってきちゃったの!?』

 

『ん、不服。多分銀行員が勝手に入れちゃっただけ』

 

 ()()()()()()()()、アビドスは一億円と帳簿を手に入れた。

 

『こ、コレだけあれば借金のうちの幾らかが返せるわ! やったわねシロコ先輩! お手柄よ!』

 

『…………』

 

 しかしシロコは難しい顔で返答をしない。

 

『シロコ先輩?』

 

『セリカちゃん、それはダメだよ』

 

『え?』

 

『私たちの目的は集金記録だけ。そのお金は……必要ないものだから』

 

『な、なんで!? コレがあれば少しは楽になるのよ!? それに……このお金だって元を辿ればアイツらが違法に稼いだお金なんだから、持っていって何が悪いっていうの!?』

 

『…………そんなお金でアビドスの借金を返して、セリカちゃんは本当に胸を張ってアビドスの問題を解決したって言える?』

 

『──!』

 

 セリカとそれ以外とで、お金に対する向き合い方が違った。

 

「なんだアイツら、あの紙切れだけもらうつもりなのか?」

 

「そうじゃね?」

 

「じゃあ最初から銀行員にそう言えばいいのに、なんでわざわざあんなでかいバッグに入れさせたんだ?」

 

「さあ」

 

 側から見ていると本当に謎の問答だが、当人達にとっては大事なことだ。

 

『このお金を持って帰ったらさ、きっとまた、同じ状況になった時に同じことをしちゃうと思うんだよね。何度も何度も同じことを繰り返して、良くないことをしてるって自覚もなくなって……もっと良くないことへのハードルも下がっていくんだよ』

 

『でも!』

 

『おじさんは……かわいい後輩がそんな不良になってほしくないんだ』

 

『…………あああ! もう! 何なのよ! せっかくここまで持ってきたのに!』

 

『それにこんなお金に手をつけるくらいなら……最初からノノミちゃんのキンキラカードに頼ってたよ』

 

 流れは決まったようだ。

 ちなみに『先生』はいまだに地面でグロッキーになっている。起こそうとセリカが腕を引っ張るが、何やら泣き言を喚いていた。

 そこでサンダースは何かに気づく。

 

「アイツらがどうしてここに? つーかなんでアッチもマスク被り直してんだ」

 

 やってきたのは便利屋68。

 その先陣を切って走るのは陸八魔アル。息せき切って走ってくるその瞳は、憧れの人物に出会えた少年のような輝きを湛えていた。

 

『あ、あの!』

 

『…………!』

 

 アビドス対策委員会+1がマスクをかぶり直しているのは、便利屋の接近に気づいていたからのようだ。

 

『わ、私は敵じゃないわ! 戦う気もないの!』

 

 そんな言葉が通るのか。

 本気(ガチ)の犯罪者であれば、目撃者に対して寛容な態度を取る意味は無い。この場で、少なくとも意識については消えてもらうというのが正しい反応だろう。

 しかし、彼女たちは先程の振る舞いはともかく、精神、に関しては犯罪者とはかけ離れたところにいるので困惑していた。

 そこにアルがさらに詰め寄る。

 

『先程の銀行強盗の手腕、見せてもらったわ……颯爽と現れたかと思えば、まるで事前準備を完璧にしていたかのような手腕で制圧。まさに銀行強盗のプロ──いいえ、生粋のアウトロー!』

 

『!?』

 

『連邦制会長がいなくなったからなんかじゃない! あなたたちはきっと、その前から強盗を生業にして生きてきたのね!』

 

『!?』

 

『その……すごくかっこよかったわ! ──わ、私もあなた達みたいに何者にも縛られず、自由で解放された魂を持った、そんなアウトローになるから! だから!』

 

『…………』

 

『名前を教えて欲しいの!』

 

『!?』

 

『その、組織っていうか、チーム名とかあるでしょ? 正式な名称じゃなくても──きゃあああ!』

 

『な、なに!?』

 

『お、女の人! 女の人が死んでる!』

 

『えっ!? …………ああっ!』

 

 限界だった。

 

「っ……! っ……!」

 

「くっ、くかかかかかか! くきっ! ぐがががが!」

 

 透明な2人は、透明なまま腹を抱えて崩れ落ちていく。笑い声で位置バレしないように声を抑えつつも肩を揺するのが止まらない。

 なにせ、ヤムチャ状態の『先生』を放置して話が進んでいくのだから。その光景を外から見させられては笑うしかない。

 

「ひぃ……ひぃ……!」

 

「ぐががっ……! こ、こんな風になってたのかよ……! くききききっ! かわいそすぎだろ……!」

 

『って、この人もしかして先生!? なんで先生がここに!?』

 

『う、うう……水……』

 

『ちょっと、大丈夫!?』

 

 倒れている先生に対してアルは心の底から心配そうに肩を抱き起こした。

 

『これがアウトロー……先生が倒れていてもお構いなし……!』

 

『ちょ、ちょっと! とんでもなく不名誉なこと言われてるわよ!? なんとかしないと私たちが先生を見捨てたみたいに言われちゃうんじゃないの!?』

 

『……いいえ、きっと理由があったのね。そうに違いないわ! だってこんなに素敵な人たちなんだもの!』

 

『なんか勝手に話がまとまってく……何なのこいつ……』

 

「……! …………!」

 

「ダメだ……! し、死ぬ……!」

 

 死にかけの虫のように足をばたつかせ、体を襲う衝動を何とか地面に逃がそうとしている。女性が倒れているのを笑うというなんとも趣味の悪い行動だが、緊張からの緩和が完全に理想的な仕事を果たしていた。

 

『うう……ありがとう……えと、ごめんね。まだ全員の名前が覚えられてなくて……名前を聞いてもいいかな』

 

『り、陸八魔アルよ!』

 

『ありがとう! アル! 私は伊坂コハネ、シャーレの顧問だよ!』

 

 コハネは太陽のような笑顔を見せ、アルの手をぎゅっと握った。

 

『う……ま、眩しい……!』

 

 あまりの明るさに押されている。

 コハネは、生粋の明るさというものを持つ女性だった。

 

『ええと、何の話だったかしら…………そうよ! あなたたちのお名前を聞いている最中だったんだわ!』

 

『はい! 私たちは人呼んで……覆面水着団です! リーダーはこちらにいらっしゃるファウストさん!』

 

『ええっ!?』

 

『覆面水着団……なんてクールな響き! 洗練されていて素敵な名前だわ!』

 

『うへ〜本来はスクール水着に覆面が正装なんだけどね。ちょっと緊急だったもんで、今日は覆面だけなんだー』

 

 ユウジ、サンダースはしばらくアスファルトの上を転がっていた。

 

 

 ──────

 

 

「1億か……」

 

「そんなに欲しいなら拾ってくれればよかったじゃねえか」

 

「それやったらほんとに俺も犯罪者じゃねーか…………ちなみにお前は欲しくなかったのか?」

 

「知ってんだろ? 俺一応公安局の局長と知り合いなんだわ」

 

「し゛って゛る゛! だから監査毎年入るじゃん!」

 

 全員でその書類をまとめていた。毎年サンダースは論理回路がおかしくなりそうなギリギリを保ちながらお仕事を頑張っている。

 

「うん。だから俺、落とし物とか拾ったらちゃんと交番に届けてるからな」

 

「まじで!? お前が!? 全部着服してそうなのに!」

 

 社員の社長に対するイメージ改善は必須だとして、そうなのだ。ユウジはこれでも真面目だし治安維持に協力する気はちゃんとあるのだ。

 尾形カンナや公安局員の知り合いにあまり迷惑をかけたくないのもあるし、そもそも普通に生きているだけということでもある。

 

「まあ、あそこから手に入れようと思ったら便利屋と戦わなきゃいけなかったけどな」

 

「一人じゃ無理じゃん……」

 

「やる前から諦めるとか、それでも男か?」

 

「ロボットだよ!」

 

「どちらかと言えば男性人格なんだから、男でいいだろ。それともその口調でその感じで女なのか? それはそれで……来るものがあるな」

 

「ううっ!? な、なんかゾクっとした……」

 

「結局持ってこなかったんだから、もうアレのことは忘れろよ」

 

「……一億あれば絶対色々できたのに!」

 

「そんな金いるか?」

 

「…………」

 

「ああそっか、ボディー交換な。確かに高いもんな」

 

「……アタッチメントもだよ」

 

 ロボットには視覚、聴覚、触覚、痛覚の機能がそもそもついている。しかし味覚は無い。ロボットにその機能を付ける必要性が全くないからだ。

 それでも、味覚を感じてみたいというロボットが稀によく現れる。そういった異常存在向けに後付の味覚アタッチメントが開発されていた。

 もう少し掘り進めると、生徒と見紛うような換装用素体(ボディー)も世の中にはある。肉体の動きや表情、身体感覚から排泄、果ては妊娠までできるのではという噂を聞いたことのないものはいない。

 

 サンダースはユウジに拾われてから多くの改造を受けて、外装を除けば元のカイザー所属PMCロボットとは比較すらできないほど高性能になっている。しかし、これまでは必要ないと思っていたから付けていなかった味覚が、ここに来て急に欲しくなったのだ。

 高性能になったということは整備費用もバカにならず、自らの体を保つために毎月安くない円が口座から出ていく。ある程度は会社から補助をもらっているとはいえ、新たにアタッチメントを増設しようと思ったら相当な出費を見込まなければならなかった。

 一億あったって安泰ではない。

 

「そんなに味ってやつが気になるか」

 

「散々煽っといて良く言うぜ」

 

 サンダースには味覚という概念を理解することはできない。ロボットとして生まれ、最初から完成されていたサンダースにとって、味覚なんてものは無いのが当然だったからだ。

 

「これも変化ってやつだな」

 

「…………うるせえ」

 

「さぁってと! 連絡すっか!」

 

 事務所で一人動き回っているだろう事務員に連絡をかけるユウジ。その様子をボーッと見ていたサンダースの集音マイクには、電話口から漏れる慌てた声がモロに聞こえた。

 

「俺俺────うん、とりあえず一旦戻るけど──」

 

『──!』

 

「…………うん、うん、とりあえずそれ以上物を動かさずに──」

 

『!?!??!』

 

「…………すぐ戻るから」

 

 ピッという電子音とともに途切れた電子音。

 事務所が今やどうなっているのかサンダースは恐怖で震えた。

 そのご期待に沿うように、帰還した二人を待ち受けていたものは──

 

「ひぃぃん! シャチョー! 助けてくださーい!」

 

「おっ、おまっ……!?」

 

 無情にも散らばった書類の数々。

 必死に立て直そうと走り回る事務員()()()()()()()()()が、シャッチョサンの目は事務員の頭の上に釘付けだった。

 

『ギャー!』

 

「なんで巣が!?」

 

 事務員の豊かな髪の上に、ヘイローと被るようにして鳥の巣ができていた。

 

「お前! どかせよ!」

 

「どかしてもどかしてもやめてくれないんですぅ……」

 

「…………こらっ! おいっ! どっかいけっ!」

 

『ギャー! ギャー!』

 

(パンッ!)

 

『ギャー!!』

 

 

 ──────

 

 

「何で俺たちがこんなことを……」

 

「ごめんなさいごめんなさい! でも私もこんなつもりじゃなかったんです!」

 

 一つ一つ、髪に絡まった枝葉を取り除く。腰にまで届くほど蓄えられた癖毛は、巣にする為の土台に打ってつけだったのだろう。

 1人椅子に座った事務員の背中側から社長と社員がお世話をしている様は、どちらが上長かわからなくなる。

 

「……やっと取り終わった」

 

 サンダースは、関節の痛みなどないだろうに腰をトントンと叩いた。

 

「ほえ?」

 

「そうだよな。お前座ってるだけだから、疲れたとかは無いもんなぁ」

 

「ひぃん……」

 

 それで終わりではない。ここから更に散らばった書類を整理整頓しなければいけないのだから。

 

「もう日が暮れそうだぜ」

 

「風が気持ち良さそうだから窓を開けただけなんです……こんなことになるなんて思わなかったんですぅ……」

 

「ちゃんと片付けておけよ」

 

「ええっ、手伝ってくれないんですか?!」

 

「なんで俺たちが……定時だっつーの」

 

 サンダースは切り捨てる気満々で帰り支度を始めている! 

 

「シャ、シャチョー!」

 

「ん?」

 

「あれ……」

 

 2人がやいのやいのとやっている間に、すでに書類整理を始めていた。事務員の助けに応えて顔を上げるが、しばらく何も言わないと床に向き直る。

 

「この一枚でもなくなれば監査で苦しい思いをするのは俺だからな」

 

 PMCという職業は、世間のイメージと合わせて危険なものとして扱われる。実際、銃火器を業務上で使用するPMCが危険じゃないわけはない。民間警備会社サンダース(彼ら)の武装の質と量についても、一般的な生徒たちのそれを凌駕している。

 

 そして最も重要なのが、彼の会社は反社会的な組織ではないということだ。何を当然のことを、と言う勿れ。民間警備会社を営んでいるのは、生徒を除けば背後に巨大な資本がら絡んでくる。つまり「大人」が経営に関わっているということだ。

 能力は高くとも純粋で付け入る隙の多い子供たち相手に、手を差し伸べるふりをして搾取する悪辣な企業が多い。

 

 対してユウジはヴァルキューレや連邦生徒会の治安維持に関わる仕事を一部請け負うことがある。外部に委託するというのは、既存の人数だけでは手が回らない行政にとって当然と言えば当然だが、関係を保つためにもユウジはルールに則って大人しく監査を受け入れているのだ。

 

 では、そもそも監査とは何か。

 言ってしまえば信用調査だ。

 キヴォトスの心臓部と呼べる連邦生徒会と、その外付け暴力装置であるヴァルキューレ。彼女達と仕事をしようというのだから社会的な信用が当然必要になってくる。

 

 しかし、監査をおとなしく受け入れるという事は向こうが求める書類をしっかりと揃えておく必要があるという事だ。ただの誤字や日時間違いも指摘され、金額が1円でも違えば鬼の形相でどういうことかと詰められる。

 

 なぜ外部協力者がこんな目に……? 

 サンダースと事務員はそこについて常々ブー垂れているが、社長だけは涼しい顔だった。

 直せと言われればハイハイと。

 そもそもユウジ自身が監査員たちよりもよほど監査で見る部分について詳しいので、向こうが学ばせにもらってきている感がある。

 

 書類をミスするのは全て事務員である。

 サンダースはロボット故にミスなどしない。

 ユウジがミスをすることがあるとすれば、合同任務時に新米生徒の作った通知書がゴミ過ぎて、転記すべき内容がそもそもおかしい時だ。そういう時は通知書を見せれば通るので、監査員の怒りはこちらに向いてこない。

 

 鳥さんバサバサでワロタ

 〜春風に鼻歌を添えて〜

 

 なんてことが起こらなければ、書類でミスが起こることもない。

 

「社長、ごめんなさい」

 

「そう思うならもう少し周り見ような」

 

「はぃぃ……」

 

 整理作業は10時まで続いた。

 




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