江口寿史さんの炎上について(論点まとめ)

江口寿史さんの「炎上」について、時すでに遅しの感はある一方、論点が多岐にわたってきて、SNSの短文では話がしづらくなっていますので、自分なりに見渡して論点を整理してみました。
箇条書きで乱筆乱文ですが、この件について考える手掛かりになればと思います。
 

1.「中央線文化祭」広告イラストの件

事の発端
金井球さんの自撮り写真を江口さんが無断で参照(作画工程が不明な段階でトレース、トレパクなどの語を使うのは不適切)
→1)肖像権・パブリシティ権の侵害の可能性、2)写真の著作権の侵害の可能性

専門家の見解(下にリンクを貼った栗原潔氏の記事参照)では肖像権とパブリシティ権の侵害に当たり、著作権の侵害に当たるかは微妙

金井さん自身からの申し出により、使用料の支払い、クレジットを入れる等の対応により事後承諾
⇒当事者間では問題解決

事の経緯を金井さんがツイート、それを受けて江口さんもツイート
→この江口さんのツイートが問題に
本来事前に承諾を得るべきところ得ていなかった点についての謝罪がなく、当該の写真、および被写体の「魅力」のせいでついやってしまった(から仕方ない)という言い訳になってしまっており、さらに金井さんを「応援してあげて」といった表現もあることから、「上から目線」感が出てしまっている
そのため、そこに、見る、見つける、描くのは男性、見られる、見つけられる、描かれるのは女性、という一方的な構図に無自覚な男性アーティストというジェンダー論的な問題化(描いて「あげてる」つもりのおっさんキモい)も行われることに
 
参照記事
事の経緯のまとめ

毎日新聞、江口さんへのメール取材あり
https://mainichi.jp/articles/20251008/k00/00m/040/199000c

AERA
https://dot.asahi.com/articles/-/267015?page=1

法的な観点からの解説
栗原潔氏によるもの
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b4c9bc27d6c1669efc7890cfe1084ad0add19162

福井健策氏によるもの
https://www.bengo4.com/c_23/n_19467/

両者ともに、肖像権・パブリシティ件の侵害についても、写真をトレースして絵を制作する行為が著作権の侵害に当たるかについても、一般的に、法的な判断は容易ではないことを述べている
 

2.過去作の類似例の件

1.を見て、自分もかつて同じことをやられていると告発した男性の投稿をきっかけに、過去作にも同様の例があるのではという検証が始まってしまう

モデルのポージング、衣装等がほぼ同一の「元ネタ」写真が次々発見され、イラストと並べて投稿されていくことに
⇒「トレパク」の語とともに、イラストレーター・江口寿史の価値が疑われる流れに

ここでいくつかの論点
 
1)「トレース」とは何か←「模写」と区別せずにこの語を用いているのではという投稿も見受けられるため、以下の定義の確認が必要

1.原図薄紙などに透かして、敷き写すこと。
(「デジタル大辞泉」https://kotobank.jp/word/%E3%81%A8%E3%82%8C%E3%83%BC%E3%81%99-1570037
 
2)トレースか否か←ほとんど問われておらず、非難側も擁護側も当然のように「トレース」なり「トレパク」なりの語を用いていることが多いが、近年の「彼女」展で、会場ごとに、客前で制作されていた巨大なライブドローイングや、希望者の似顔絵をボールペン一発描きで5~10分で描くライブスケッチなどから、江口の「見て、描く」力の高さは明らかであり、「トレース」と言われているものすべてが実際にトレースかは、制作工程が明らかにされない限り、断定できないように思われる
 
3)トレースは「手抜き」か
イラストやマンガの制作において、トレース自体は一つの技法や練習法としてあり、トレースのみで絵の制作が完結するわけでも、その作品の価値がトレースのみで発生するわけでもないため、トレース=「手抜き」とは言えないし、制作過程にトレースという工程があること自体が「悪い」わけでもないという擁護がなされている

しかし、トレースは「手抜き」ではないというだけでは、肖像権、パブリシティ権、著作権の侵害(があった場合)については擁護できない(実際、この点を主張する論者は、権利侵害の問題と、技法としてのトレースの問題は切り分けるべきとしている)
 
4)マンガ、イラスト業界における資料写真の扱いの指摘
江口がイラストの仕事を手掛け始めたころは、雑誌等の写真を特に言及なく資料として参照するマンガ家も多かったことを、江口の「過失」の背景として指摘する意見も

これも、今日的な観点からすると権利侵害(があった場合)が許される理由にはならない
 
5)既存の写真を参照、またはトレースしていたことは当該イラストの価値をどれくらい下げるか
発見される「元ネタ」の多くがファッション雑誌掲載の写真であることから2つの論点が
 
A)「センス」の問題:江口の「センス」と思われていたものは、元写真の撮影者、および衣装コーディネータのものだったのでは?
 
B)「画力」の問題:「画力」が低いからトレースに頼っていたのでは?
 
A)についての擁護のパターン:参照元の写真から人物を切り出し、別の風景に合わせる操作や、複数の参照元を組み合わせる操作、配色を変えるなどの操作に、編集・キュレーション的なセンスを見出すことは可能。
 
これをさらに、80年代的なサンプリング・リミックス文化や、ポップアートにおける批評的な引用とのつながりを見出す議論も
→江口は、「すすめ!パイレーツ」や「ストップ!ひばりくん」など、パロディ満載のギャグマンガ作品からキャリアをスタートさせており、それらの作品をその文脈の中で評価することは可能だが、今問題とされているイラスト作品の多くは、「元ネタ」の存在が受け手に分かる・ほのめかされる形で提示されていないことから、当該イラスト作品の擁護としては無理があると思われる
 
むしろ、江口の「過失」が、自身のイラスト制作手法をこうしたサンプリング・リミックス手法の延長上で生み出してしまったところに要因がある可能性もある
 
また、この擁護の仕方では、モデルのポージングやファッションコーディネートが江口自身によるものではないということについての「失望」は避けられないように思われる
 
B)についての擁護のパターン:①トレースによらないことが明らかな絵の提示、②トレースであってもなお明らかに江口のそれと分かる描線の力の指摘
 
「トレパク」告発者の多くは江口の作品を系統的・網羅的に見ているわけではなく、また、元写真との「類似性」にのみ目を向け、「どこが違うか」を見ていないと思われる
江口が時代を経るにつれ、意識的に描線のあり方を更新してきており、近年のイラストでは、柔らかい強弱のついた描線になっていること、写真には存在しない輪郭線をどのように引くかという問題、等も見ていないと思われる

従って、①②の指摘は必要だと思われる
 
仮にトレースであっても、線画は手描きで製作し、それをスキャンして取り込んでコンピュータ上で彩色、仕上げを行うという工程であることは、様々な公開情報から確かだと思われるので、「手で線を描く」という部分にイラストレーター江口の個性と創造性があることは確かだと思われる
 
ただ、こうした「画力」についての擁護についても、やはり当該イラストを、江口が自身で目にした街行く若者の姿や街の風景を脳内に焼き付けたり、資料とした雑誌の写真のポージングなどを、自分なりにアレンジしたりするといった、作家の脳内でのイメージの変成プロセスが、当該イラストにはなかったのかという受け手の失望は回避できないように思われる
 
6)自身の過去の発言との矛盾についての指摘
自身のイラストの模倣に対する批判や、資料写真を取り込んで加工して背景画像を作成するマンガ家(花沢健吾と浅野いにおの名を挙げている)に対する批判を、江口が過去に行っていることから、自分も同じことをやっているではないかという批判が行われている
 
→果たして「同じ」なのか?
 
イラストの模倣は、意図的に江口風にすることに対する批判であり、また、それを著作権侵害で訴えるといった話をしているわけでもない
 
また、今回トレースが指摘されているのは写真であり、また江口は元写真の写真家の作風を模倣しようとしているわけでもないと考えられることから、イラストレーターがイラストレーターの画風を模倣するのとは違う問題だと考えられる
 
資料写真の取り込み・加工についても、「写真のようにリアル」な背景画が「マンガ」にふさわしいのかが問題とされていたのであり、写真を使って手抜きしているのが悪いというような話ではない。詳しくは当の浅野いにおと江口の対談の中で語られているので参照されたい(『浅野いにお本』小学館、2019年所収)
 
7)「トレパク」告発を中心とする現状の「江口叩き」は「やり過ぎ」か
「トレパク」告発のほとんどは、上に記事リンクを貼った法律家の見解を踏まえているとは思えず、「トレース=悪」を絶対的な前提にしているように思われる(踏まえているとしても、「法的には許されても倫理的には許されない」といった認識になっていると思われる)
 
こうした「トレパク」が炎上しやすい事情と今回の件を絡めて論じたものとして以下の記事を参照
https://diamond.jp/articles/-/374382
https://toyokeizai.net/articles/-/910321?page=1
 
今行われているSNSでの「トレパク」告発には、元写真の撮影者、掲載誌、掲載号、発行年月等の、著作権法上の引用条件を満たすために必要な出典情報を欠いた無断転載になっているものも散見される→江口寿史の著作権侵害を暴くはずの投稿が、それ自体著作権侵害の疑いのあるものになっている
 
告発者の主たる目的は、モデルの肖像権の擁護や、写真撮影者の著作権の擁護にあるのではなく、不正(肖像権・著作権の侵害、労働力の手抜き、受け手をだましている等々)によって金を儲けて高い評価を得ている江口を断罪し、その地位を失墜させることにあると思われる
 
その延長で、江口に「センス」も「画力」も実は皆無であったとするような主張を行なったり、さらにその主張を、「元ネタ」が見つかっているイラスト以外のすべてのイラスト仕事やマンガ作品にまで拡張する議論は、明らかに行き過ぎていると思われる
 
結果的に、江口作品にさして関心のない、権威を引きずり下ろす快感に飢えている層にまで広まった結果、いわゆるネットのおもちゃ状態になっているが、この層に直接働きかけて、その認識を改めるよう促すことはかなり困難で、かえって「燃料を投下」することになりかねない
 
8)今後どうすべきか
・金井さんとの件
最初の、「中央線文化祭」ポスターが金井さんの写真をもとにした作品であったことの説明が、(金井さんは流してくれているものの)金井さんに対して失礼なものであったのは確かなので、そこは謝罪すべきでは
 
・過去作の件
そもそもの前提として著作権侵害は親告罪であり、客観的には侵害に相当すると考えられるケースでも、権利者からの訴えがない限り、他人が何を言おうと法的な問題にはならない
 
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07042304/004.htm
 
が、もちろん、ポージングやコーディネートなどが「元ネタ」写真と同一であることが明らかなイラスト作品については、肖像権、パブリシティ権、および著作権上の権利者からの指摘があった場合は、何らかの対応が必要と思われることから、その点についての方針の表明を行うべきなのでは→上記毎日新聞の記事の中で、弁護士と対応を検討中とあるので、しかるべき対応が行われると思われる
 
また、それらの作品について、上記A)とB)について、ファンの失望を回避できない側面があることも確かだと思われるので、その点については、ファンに対する誠実な説明が必要ではないか→これについても上記毎日新聞の記事で自分の言葉で説明するとしている
 
「行き過ぎた」「江口叩き」に対する異論は、すでにかなり増えてきている状況なので、江口自身が何かを言う必要はないのではないか
 
 (以上、10月11日記)

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